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●文化財保護法施行50年記念協賛事業

10月29日、文化財保護法施行50年記念協賛事業の一環として行われた【重要文化財池上本門寺五重塔保存修理事業現場見学】に参加した。ものものしい名称だが、要は重要文化財の指定を受けている東京大田区池上にある日蓮宗本山である池上本門寺内にある五重塔の修復工事現場を減額してきたというわけだ。ただし、これは申込み後に抽選となるので、大田区教育委員会が指定した日時に参加出来ることが条件だ。運良く日曜日にクジを引いた私は、所用をぶん投げて参加した。小雨混じりで底冷えのする最悪の天候であったが、二度と無い体験に大感激を得た。特に、修復前の五重塔をよく見ていた私にとっては感無量である。そもそも、この五重塔は、1608年に源秀忠が建立寄贈したものである。つまり、二代将軍徳川秀忠のことである。詳細は次の通りだ。徳川家康の入符に合わせて、12世日惺上人が比企谷から池上に移ってから池上本門寺は急速に発展し、徳川家や諸侯の菩提書や祈願書となり、ゆかりの人々により堂塔や什物の寄進を得るようになった。法華経の篤い帰依者であった加藤清正が慶長に祖師堂と正面の石段を寄進したと伝えられている。この堂は巨大な希望をもつものと伝えられているが、宝永7年(1710)の火災で焼失してしまった。また、二代将軍秀忠の乳母の岡部局も日惺に帰依し、秀忠の武運長久を祈願し、本復後秀忠が誓願通り慶長13年(1608)に五重塔と仁王門を建立寄進した。なお、この五重塔は、ほぼ100年後の元禄16年(1703)に祖師堂前から58間移して現在の場所に再建されている。ただし、再建とはいうものの1608年当時の状態を半分ほど分解した状態でそのまま移動してから組み立てている。その後幾度かの小さな修復を経て、先の戦災からも免れて今日に至っている。なお、先の大戦では池上本門寺のほとんどの建物が焼失している。さて、今回の平成の大修復は出来るかぎり古い部材を残して修復させるために可能な限りの最先端技術が応用されているそうだ。入場料を取って廃刊させるようなイベントではないため、地味で粗野な展示場もあったが、実際の修復現場に入ることも出来たことに感激した。400年生き続けているこの五重塔は、失礼ながら、今秋私が見たり参加した各種展示会が全て吹き飛ぶほどの大迫力であった。五重塔の伏鉢に刻印された大工鈴木長次が途中、鈴木近江守長次となったために刻印を消し取って修復した後などは微笑ましい歴史の一コマだろう、氏が自ら読み上げた歌も残っている。

2000/10/30


このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。






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