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| ●大河ドラマ『葵・徳川三代』の後半はイマイチ? |
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大河ドラマ『葵・徳川三代』がここのところ内容がイマイチという意見を時々聞く。もちろん私が脚本を書いているわけではないのだが・・・。そもそも、三代将軍徳川家光の治世中には大きな出来事はあまりなかった。じゃ、どの程度のことが大きな出来事か?と言えば、やはり家康存命中の関ヶ原の乱や、大阪の陣あたりだろうか。さて、実際に家光の治世中に起こった事件としては、次の3つが有名だろう。・・・【徳川忠長自刃/駿府藩主となったからの上記を逸した振る舞いが兄である三代将軍家光の不興を買い交付に蟄居後2大将軍秀忠の死去と同年の1633年上野国高崎で自刃】【島原の乱/関ヶ原の乱後、肥後国宇土郡江部村に帰属していた西軍小西行長の遺臣増田勘兵衛の子である増田時貞(世に言う天草四郎時貞)がキリシタン宗徒とともに起こした乱。時貞は、肥前国有馬の原城に籠城したが幕府軍に37000名ものキリシタンともどの討ち取られた】【慶安事件/楠木正成の子孫などと称して軍学者である由井正雪が丸橋中弥などと幕府転覆を企てた事件。一味は全て鎮圧された】・・・もちろん現在ドラマで進行中の朝廷とのやりとりも加える必要がある。つまり波瀾万丈であった家康の人生があまりにも小説のようにおもしろすぎたために秀忠、家光と続く次の治世は、なにか物足りないような錯覚に陥るのだろう。更に江戸時代も進めば、もっと眠たい治世となってしまう。あえて小説的な将軍の登場を待つとしたら、幕末の13代将軍徳川家定あたりまで待たなくてはならないと言ったら、それ以外の将軍に体質ちょっと失礼かもしれない。ちなみに調べた範囲での徳川幕府の将軍は次のような系図となっている。【 ■初代将軍 徳川家康 松平広忠の長男 ■二代将軍 徳川秀忠 徳川家康の三男 ■三代将軍 徳川家光 徳川秀忠の次男 ■四代将軍 徳川家綱 徳川家光の長男 ■五代将軍 徳川綱吉 徳川家光の四男 ■六代将軍 徳川家宣 徳川家光の三男の長男 ■七代将軍 徳川家継 徳川家宣の四男(八歳にて他界のため嫡子無く家康直系はここまで) ■八代将軍 徳川吉宗 和歌山藩主(紀州)徳川光貞の子 ■九代将軍 徳川家重 徳川吉宗の長男 ■十代将軍 徳川家治 徳川家重の長男 ■十一代将軍 徳川家斉 徳川家治が生前に実子を失ったため、一橋治済の長男 ■十二代将軍 徳川家慶 徳川家斉の長男? ■十三代将軍 徳川家定 徳川家慶の長男? ■十四代将軍 徳川家茂 徳川家定に子がなかったため、和歌山藩主(紀州)徳川斉順の長男? ■十五代将軍 徳川慶喜 水戸藩主徳川斉昭の長男? 】三代将軍以降はあまり詳しくないので不明点も多い(調べ方が足りない)が、家康直系は結果として七代将軍徳川家継までであった。 |
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2000/11/01
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