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0702
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| ●大声は正義という非情 |
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声が大きい人という意味ではなく、外交的と言いかえるべきかもしれない。世の中には『いいかげんにしてくれ!』ということが恐ろしいほど多い。仕事や交友関係にも当然溢れている。しかし、その多くは一夜明ければ許せる範囲である。それが大人の世界のズルさかもしれない。ところが人を陥れるような嘘をついたり、誹謗・抽象を陰で乱発している人が時々いる。被害者が事の事実を知らないのが一番幸せなのだが、運悪く知ってしまうと悲惨だ。しかも、悪意に満ちた加害者の方が社会的にも優位な位置にいて何かにつけて同情を買いやすいキャラクターだったらどうだろう。実はこんな図式がもっとも普通で多いことだと改めて驚愕した今日この頃である。要するにそんな役回りの人と何をやっても得な人がいる非情な現実であることへの怒りとでも言うべきかもしれない。世渡りのうまい人には何をやっても勝てないのは確かだからだ。かつて映画の中の悪役は、いかにも悪役と言う風体であり人相であった。しかし、それって実はもっとも嘘くさい話であり、現実には外見は逆のパターンという場合の方が多いはずだ。つまりは世の中は本当に生き馬の目を抜く世界ということだが、真面目に生活しているにもかかわらず、不幸にして何をやっても裏目に出てしまう人がいる。逆に悪の限りをつくしても法の目をすり抜けて優雅な生活を送っている人もいる。これって運命なのだろうか。私はそう思いたくない。自分が不幸だと感じる事が実は不幸の始まりではないか・・・と。 |
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2001/12/26
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