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| ●貧乏性の証を発見 |
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2日の午後から、ちょっとした捜し物をしていて、ついに部屋の大掃除を始めてしまった。そして、3日の夕方になり、もう限界にちかった部屋が凄くゆったりとしたスペースに変貌したる捨てたゴミはほとんど無い。あるのは主文する予定で60cmぐらいに積み上げた雑誌の山だけである。実は机やエレクターの下などに格納していた様々なダンボール箱が殆どスカスカ状態だったのである。しかも、後生大事にとってあるつまらないものとかが色々と出てきた。もちろんそれらは少しずつ整理しなくてはならないが、兎に角効率的に普段使わないものを整理してダンボール箱に詰め直しただけで、新たにテーブルが2つほど入るスペースが確保できたのである。さてさて、こんなに苦労した大掃除も、実は部屋の三分の一のスペースに限定した作業なのである。残りを整理したらマップケースが出てくるかも知れない。ところで、整理していて気が付いたのが古いマニュアル類や書籍の数々だ。流石にコンピュータ関連の書籍は寿命が短いので思い切った処分が必要だろう。しかし、もしかしたらという何かが私の襟元を引っ張ってしまう。悲しい貧乏性である。だから、もし私の家に大きな蔵があったとしたら、私は多分何も捨てない生活をしていたかもしれない。勿論生ゴミとかは別である。要するに紙屑コレクターの素質だけはあるということである。やはり蔵が無かった方が正解だったのだろうか・・・。 |
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2002/11/04
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