|
1387
|
| ●武蔵の後半が変 |
|
大河ドラマ武蔵がやっぱり変だ。例えば、1584年、母は武蔵を生んだ直後に48才で死去。1590年、武蔵7歳の時、父無二斎は53才で死去。1600年、武蔵17歳で関ヶ原の合戦に出陣(ただし、真偽は不明で諸説あるらしいが取りあえず事実だとして話を進める)。となっているが、ドラマでは、関ヶ原以降まで母は存命していたことになっている。また父無二斎は少なくとも1612年までは(無二斎の願いで豊前に向かうが、向かってから巌流島の決闘までの時間経過が曖昧なので不明確。ドラマを見る限り1年程度の感じだが)存命していたことになっている。なお、武蔵は父無二斎の養子であったというような諸説もあるらしい。1606年、武蔵23歳の時、柳生宗厳(石舟斎)死去。1612年、武蔵29歳の時、船島(巌流島)の決闘。1614年、武蔵31歳の時、大坂冬の陣に参戦? つまり、柳生宗厳が死去する少なくとも1年以上前に武蔵は三之助と出会っているが、その後、大坂夏の陣前夜(前年としても1614年)に柳生の放った刺客(亜矢達)により一命を落とすが、武蔵と出会ったときが5歳だとしても既に14歳になっているはず? ところで西郷輝彦さんが演じている本田正信って徳川家康と同年代なのにねやたらと若すぎませんか? と突っ込みたくなる。とにかく登場人物の生きる?目的が曖昧で、突然現れては消えるという安手のドラマ仕立てのような気がしてならない。また、どうでもいいといえばそれまでだが、大野治長役をマリナーズの大魔神こと佐々木投手が行って話題となったが、後半では近藤正臣に前半のキャスティングは無かったことのようにして変更になっている。私は、こんなすり替え大嫌い。とにかく、巌流島の決闘以降の創作部分(原作にはないと言う意味。巌流島以前も随分創作されているが)はイメージのぶち壊しの連続で、私にはちょっといただけなかった。また、巌流島の決闘以降を描くにしても後半の五輪書を執筆するまでの流れが重要であり、その部分はほとんど1〜2回で終わってしまうような流れである。これは事前予告により少なくとも11月いっぱいは大坂冬夏の陣の話で終わりだということが解ってしまったからである。いや、12月の1週までは続く感じだ。だとすると、それ以降は1回ぐらい?で描ききるのかもしれない。ちなみに大坂夏の陣以降の流れは、1615年、武蔵32歳の時、大坂夏の陣に大坂方で参戦(小笠原家客分として?)。1618年、武蔵35歳の時、酒造之助を養子とする。1626年、武蔵43歳の時、本田忠刻の死に際し、養子酒造之助殉死。1627年、武蔵44歳の時、伊織、小笠原忠真の命により武蔵の養子になる。1637年、武蔵54歳の時、養子伊織とともに島原の乱に出陣。忠真の軍で軍監を勤める。1641年、武蔵58歳の時、『兵法三十五箇条』執筆。藩主忠利に献上。細川忠利死去。1643年、武蔵60歳の時、10月10日五輪書を書き始める。1645年、武蔵62歳の時、5月12日五輪書書き終える。死去。となっている。 |
|
2003/11/11
|
|
|