海津ヨシノリの気まぐれコラム/2001年03月分(0343〜0373)


0343 ●21世紀と言っても、日付が変わっただけのはず
かつてノストラダムスの大予言が迫っていた頃、『日本は無関係だよ。だって平成11年だから』というジョークがあった。結果としてノストラダムスの大予言は発生しなかったが、これは1999年という考え方・・・つまりは、キリスト教を軸とした西洋歴で考えたとき・・・今年は21世紀の始まりの年ということにすぎない。だからイスラム世界などでは日本の和暦のようにまったく無関係に年号が切り替わるだけである。もちろん多くの国ではこの西暦を軸として全ての状況が動いている・・・あるいは部分的に利用しているのでこれを私も否定するつもりはない。余談だが、2001年から21世紀なのに、どうしたわけか中国では2000から21世紀とするなどと大騒ぎになった件は記憶に新しい。未来永劫・・・中華思想は不滅といったところだろうか。そう言えば昨年末は20世紀衝撃の映像といった企画が目白押しだった。もちろん20世紀初頭のことなど生まれていないので知るよしも無いが・・・自分が事件当時にTVで同時進行で見た衝撃のニュースになると妙な気分になる。やはり歴史はその瞬間には正しく評価・認識されることはなく、後世になって冷静な客観的評価が下されるということだろうか。ただ一つ解っていることは、次の世紀末に私のこの文章を読んだ子孫はご先祖の馬鹿さ加減をせせら笑っているということだろう。どちらにしても年明け早々多くの衝撃的なニュースが迷い込んできたことは悲しい。
2001/01/01

0344 ●毎年届く不思議な年賀状
毎年必ず何枚かの年賀状が正体不明だということは無いだろうか。差出人不明版(差出人の住所はおろか、名前などまったくヒントが記載されていない賀状・・・これでは何も解らない)/記憶のない方から版(外交辞令的なビジネス賀状とは違い、明らかに差出人は私と近しい関係のようなコメントを記載しているのだが、まったくもって記憶がない方からの賀状)など色々だ。たぶん年末のあわただしい状態で作成したために混乱しているのだろう。私も自分の年賀状が正しく届いているかが少し心配になった。とはいうものの、今回の私の年賀状は元日発行版となってしまうはずだったが・・・プリンタがSCSI用のため、設置位置に苦労し、結局PowerBookからの印刷となった。ところがこれが原因不明のハングアップの嵐で・・・20枚ほど印刷してはマシンをリセットという理解不能な状態の繰り返しで、処理が完了したのが2日の昼過ぎという失態となってしまった。まっ、それもこれもご愛敬のうちなのだろう。しかし、冷静に考えてみるとMSNのCMではないが、そろそろメールを使った賀状にシフトしてもいいのかもしれないと少しまじめに悩んでしまった、確かこの波は数年前に一度発生したが、当時は高速通信網が網羅されていなかったので、バイナリーメールによる賀状は嫌がらせのように解釈されたものだ。じゃ、今年は門対ないか?と言われると、実はあまり状況は変化していない。やはり高速通信網が全国に広まらないと、まだまだバイナリーメールによる賀状が市民権を得るのは難しいだろう。でも・・・セコイ話で恐縮だが、一枚50円の切手を必要とする葉書を300枚出すのに15000円かかる。だが、バイナリーメールなら、たとえNTTの回線を使ったとしても・・・300通受けとるのに15000円はかからないはず・・・。こうなると、やはり昔作成していた木版画の年賀状を本当に親しい人だけに発送するという先祖帰り的な文化にシフトしていくのだろうか・・・。意外とこういったのが好きだったりする。
2001/01/02

0345 ●小さいことは、お洒落はではない
一部の年賀状で突然思い出したのだが、名刺なども含めて肝心の情報(住所や電話番号など)が恐ろしく小さいものを多く見かける。ある意味で正体不明の年賀状などより始末が悪い。小さいことがデザイン的にお洒落だと勘違いしているのだろうか。小さいのに加えてフォントまで拘っているデザインに至っては、虫眼鏡を使っても判別できないものまである。可読性という部分はデザイン上もっとも重要な要素のはず・・・。毎年正月早々マジにキレそうになる。こうなると、わざと読めないようにしているとしか思えない。いや、私の視力が落ちているからではない。常識的に相手に読んでもらいたい情報ならば、約6ポイント(8Q)が限界ではないだろうか。しかも最近流行の高性能プリンタでの印刷だと更に可読性は脳天気モードになってしまう。しかし・・・これはもしかすると、読めないようにワザと小さくしているのかもしれない。絶対にそうとしか考えられない。だったら、そんな輩とはまともにつき合えない・・・と、いうことになる。だって情報を交換したり交友を深めるってことはフェアな関係の上に成り立つ世界だからだ。少なくとも私はいままでそう信じてきた。しかし、それが・・・信じる者は救われないということだとしたら悲しいことだ。もしかしたらソレを知らなかったのは私だけだったのだろうか。だったら新世紀早々笑える話だ。
2001/01/03

0346 ●盆暮れ正月の道路事情
3日、所用で烏山経由で八王子へ出かけた。通常であれば甲州街道と中央高速道を利用しなくてはならないので、家から下手をすると3時間コースである。甲州街道と中央高速道が都内でも屈指のメチャクチャな渋滞道からだ。ところが、正月三が日はガラガラ状態である。ところが、このように都内がガラガラの時ほど・・・つまり盆暮れ正月ほど道路は危険がいっぱいであるるなにより普段運転しない方が運転しているからだ。路上駐車を交差点手前で突然左ウインカーを出して行ったり、合図なしで突然割り込んできたり・・・もうルール無用状態、しかもそんなドライバーに限ってほとんど前方しか見ていないのだから恐ろしさは増幅する。そう言えば怖いドライバーの話で暮れにやっていた特番を思い出した。高速道路を利用している長距離ドライバーの多くは飲酒運転を行っているらしい。パーキングエリアなどに飲み屋があることが許せないが、ビール程度なら飲酒運転にはならないと勘違いしているドラバーがほとんどなのも唖然とする。そして、彼らが泥酔して人身事故を起こしても過失致死ということで、最長で懲役5年なのである。だからというわけではないが、高速道路を走行中に後方や前方に大型トラックや挙動不審車、改造車等が近寄ってきた場合は迅速に車線変更して逃げるようにしている。そもそも事故や違反の常習ドライバーが野放しになっている行政に大いに問題があるのではないだろうか。正直者が損をする世の中は確実に崩壊する。
2001/01/04

0347 ●家電リサイクル法
今年4月から家電リサイクル法が施行される。簡単に説明すると、消費者は処分したい家電を業者に引き取ってもらう時にリサイクル料を支払い、業者はそれをメーカーに戻すという流れだ。一見正論のような仕組みだが、それだったら販売価格に最初からリサイクル処理料金を乗せていれば済むことではないだろうか。なんで面倒な仕組みを作らなければならないのだろうか。これってNHKの視聴料金問題にも当てはまる日本的な非合理性の世界のような気がつてならない。NHKの視聴料金は未払い者対策で徴収係を大量に増やすという時代に逆行した対策で苦慮しているそうだ。フランスなどでははじめからメーカー販売価格にフランス国営放送の視聴料金が上乗せされているそうだ。これなら不公平は何も発生しないはず・・・。まったくもって変な話である。さて話を家電リサイクル法に戻すが、私はこれが施行されることにより壊れた家電製品の不法投棄が増えるのではないかと心配している。法律が変わり産業廃棄物扱いとなった畳が昨年あたり栃木県などで突然大量不法投棄されていた事件は記憶に新しいはずだ。現在のように粗大ゴミ処理のために料金を支払うという仕組み上でさえ家電製品の不法投棄は後を絶たない。でも、自営業者などが加入しなくてはならないはずの国民健康保険や国民年金の類も、非加入者のための救済処置に多額の予算を使っているのをみると、この国って正直者は馬鹿を見るの、鏡のような国なのかもしれない。かわいそうなのは、それらのツケを全て面倒みなくてはならない今の若い世代だ。ご愁傷様としか言えない自分が辛い。
2001/01/05

0348 ●TVはやっぱり末期症状
世紀末から新世紀という100年に一度の大イベント・・・そんな時代の流れの中で迎えた年末年始のTV番組には例年になく期待していた部分もあったが、それは見事に裏切られてしまった。まったくもって陳腐な番組ばかりにいささか怒りがこみ上げてきた。いや、別に高尚な番組内容を期待しているわけではない。バラエティーだって私は好きだ。でも、相変わらずの虐待ネタと下ネタでは進歩がないと言われてもしかたがないのではないだろうか。すでに映画関係は香港、韓国にエンターテイメント性という意味では抜かれてしまった。とかく日本のデッドコピーと言われていたこれらの国のTV番組もあと数年後には日本を越えてしまうだろう。いや、すでに越えているのかもしれない。もちろん文化というものはひとつつの尺度で判断することは出来ないが、あまりに陳腐な虐待ネタと下ネタだけの芸能人が増えすぎてしまったのは誰もが認める事実のはず。学生コンパ芸のようなタレントばかりじゃないだろうか。相撲がダメだからタレントになる。野球を引退したから俳優になる的な安易さが認められているからだろうか。政治家の世襲を非望するわりには芸能人の世襲にはとんと甘い国民性の大きなツケと言ったらいいすぎだろうか。IT革命も教育革命もどうでもいい(どのみち誰も何も期待などしていない)から、もっと明るい未来の見える何かを期待したいものだ。だって21世紀なんでしょ。
2001/01/06

0349 ●七草粥を味わう時代は過去のこと?
今日(七日)は七草粥を味わうということになっている。つまり春の七草であるセリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロを粥にして食するわけだ。ちなみに秋の七草(ハギ・ススキ・クズ・ナデシコ・オミナエシ・フジバカマ・キキョウ)というものもある。もちろん諸説あり、言い方も違っていたりするので地方によってはこの七つではない場合もある。そもそも春と秋はあるのに夏と冬の七草がないのはどうしてなのだろうかと学生の頃に悩んだことを思い出したが、特に調べようとはしなかった。ところで、この七草の名称をすらすらと言える人はどのくらいいるのだろうか? かくいう私も全部は言えない。だいいち、私の世代であっても、七草粥を味わうなんて経験はしたことがない。生まれた時から東京育ちだったからというわけではなく、たまたま食べなかった(その記憶がない)というだけかもしれない。しかし、少なくとも都会に住んでいる身としては優雅に七草粥を味わうなんてことは想像出来ない。しかし・・・調べてみると近所のスーパーにはセットで七草を販売している。いやはや便利な世の中だが、それでも食べない人がいるのも事実だ。だいいち我が家の今日の夕食は意味もなくおでんだったりする。元日の夜からピッザ食べているようでは七草粥もないものだが・・・なんだか文化崩壊的な赤面状態に陥る。
2001/01/07

0350 ●ここ数年繰り返されている成人式の醜態
今日(8日)は成人式であった。成人式と言えば自衛隊員締め出しなど昔から馬鹿げた騒ぎが多かったが、ここ数年、式典をボイコットしたり、式典潰しのような行為がニュースとなって顰蹙をかっている。思うに、セレモニーの意味も理解できず、単に自分の都合や勝手な論理だけで行動するようでは、成人などとは努々言うことはできないのではないだろうか。式典の最中に携帯電話で話す彼らの行動パターンは、電車やバスの中で携帯電話を使った馬鹿っ話をしている高校生そのものである。ある意味では幼児以下である。こういった方たちが成人として世の中に紛れ込んで行くという事だけでも背筋が寒くなる。しかも恐ろしいのはねこういった阿呆な若者が確実にあと数年したら社会の一部を担うかもしれないという現実である。でも、これは冷静に考えてみれば確実に国民が二極化していることの証ではないだろうか。かつてのSF小説のようにジワジワと、しかも確実に一等国民と二等国民の識別化が始まっているような気がするのは私だけではないだろう。我が国は世界でも数少ない貧富の差が少ない国であったが、それは徐々に崩壊している。そして、貧富だけでなく人間性の質のようなものも二極化してきているのではないだろうか。だとしたら、そういった魑魅魍魎的な輩とは同席したくないものだ。そして、マスコミは、若者がそういった輩ばかりであるかの報道を慎むべきだろう。闇雲に危機感を煽るのは思想統制のようで危険な臭いがする。
2001/01/08

0351 ●医療ミスの恐怖は今に始まったことではない
正月早々医療ミス事件が世間を震撼させている。とに昨年初頭あたりから医療ミス事件の報道が目につく。逃げ場のない患者にいつ自分が置かれるかもしれないと考える恐怖を誰しも想像したのではないだろうか。思うに一度取得してしまった医師免許は死ぬまで有効であるというシステムに問題はないだろうか? 一定の期間ごとに試験が施行され、それに合格しなければ継続して医師免許は交付されないぐらいのシステムが必要だと感じる。致死までにはいたらないが、医療行為に問題があることが分かっていても、それを停止させることが現行法では出来ないという話も聞いている。恐ろしいことだ。いつ自分自身がこういった不良医師にブチ当たらないともかぎらない。そもそも、ここ数年医療ミス事件が多発していることは不思議でもなんでもないらしい。これは昔から今と変わらず多かったことだが、医療行為という聖地が故に事実は隠蔽されていたと解釈するべきだろう。そう言えば、思い出したが、検眼行為というのは法的に医師以外の人間行ってはいけないそうだ。『そんなことはない。所謂メガネ屋でやっているではないか?』と思われる方が大多数だろう。実は・・・メガネ業界が最初に多額の政治献金をした結果・・・この部分が曖昧になったという報道を昨年末に見た。とんでもない事だ! 結果としてメガネ販売を最優先するあまり、専門知識のない人間が検査を行うのでね眼病を発見できず直る眼病でも失明するケースも多発しているそうだ。メガネを作ろうと思ったときは迷わず眼科(メガネを眼科で作るかは別として)で精密検査をしたほうがいい。もちろん、その眼科医がクレージーな医師でないことが条件だが・・・。
2001/01/09

0352 ●久しぶりのスポーツセンター
年末年始のバタバタで、3週間ほどスポーツセンターに行かなかったツケは約2キロの体重アップと、ちょっと大きかったかもしれない。というわけで、9日に3週間ぶりに顔を出したのだが、今まで定期的に体を動かしていたのに、突然それをストップしてしまったために、見事に体が鈍っていた。そうは言っても、体重2キロアップは大したアップではないかもしれない。恐らく、あと数回通えば戻ってしまうだろう。聞けば冬は夏場と違い体を動かさないと発刊しないので、水分が体内に残り、意外と肥満の危険性が高いとか。実際、初めて知ったが正月太りというものがあるそうだ。でも、よく考えてみれば、年末年始は暴飲暴食の季節でもある。運動不足との連携で肥満化しないほうが不自然かもしれない。しかし・・・夏は夏で夏太り・・・結局年がら年中暴飲暴食に明け暮れているのが人間・・・とりわけ自分たちを先進国の文明人だと勘違いしている人間特有の文化なのかもしれない。そう言えば、一部の国では、今だに肥満のほうが金持ちという文化があるそうだ。お金持ちだから沢山食べることが出来るので肥満になる・・・つまり肥満になるほど金持ちという論理なのだそうだ。そうすると飽食の今の日本人って・・・それらの国と同じ文化国家になったということだろうか? まっ、文化の是非を論じることはナンセンスだが、地球上の人間のうち、毎日食事をとっているのは、少数派であるということが案外知られていないそうだ。
2001/01/10

0353 ●冷や飯研究家というわけではないが・・・
落ち込みそうなタイトルだが、本人はいたって脳天気である。実は、冷や飯ご飯が好きなのである。もちろん麦が混ざっていないことが条件だ。余談だが一番好きなご飯は麦が三割ほど混ざっているものだったりする。ちょっと変態的だろうか。どうも高級白米は貧乏症のためか、甘ったるくって沢山食べられない。だから麦を混ぜるというわけだ。さて、話を冷や飯にもどすと、この冷や飯という言葉は逆立ちしたって良い意味では絶対に使われないかわいそうな単語である。それが世間の常識なのだが、私は夕食に余ったご飯を翌日の昼に、冷や飯としてたべるのが好きなのである。そのためにワザと多めにご飯を炊いたりすることがある。間違っても電子レンジでチンしてはいけないのである。だいいち私は電子レンジの使い方が分からない。ところが、この大好きな冷や飯も、最初に炊飯するときに硬く炊いても、柔らかく炊いてもだめである。適度な状態という一番難しい炊き加減が必要なのである。で、この冷や飯にベストマッチのおかずは、なんと言っても蒲焼きである。ただし、ウナギは反則で、秋刀魚の蒲焼き缶詰を王道としている。余談だが、ラーメンライスも冷や飯に限ると信じていたりする。で・・・こういった楽しみは自宅でしか出来ないのが辛い。世の中は、美食〜グルメブーム真っ最中だが、本当においしいものはご飯と味噌汁と言ったのは誰だったか忘れてしまったが、日本人には正論だと思う。収りたての葱に味噌をつけただけのおかずでご飯を食べるといったシンプルな定食屋はないものだろうか・・・。
2001/01/11

0354 ●代官山と恵比寿の狭間の焼き肉店での会話
12日、怪しい飲み会21世紀第一段というのを代官山と恵比寿の狭間の焼き肉店で行った。参加者は諸般の事情で4名となってしまったが、もう・・・次から次へと危ない話の連発であった。少々隣の席が気になったが、隣は隣で普通の会社員的な盛り上がりで爆発していた。それはおいておいて、世の中の定説(そう言えば定説のアノおじさんはどうしていたのだろうか)と言ってしまえばそれまでだが、物事は発信側と受信側では微妙な意識のズレというものがある。もちろんどちらが正論ということは無い。で、この場では私は受信側ではあるが発信側の論理も理解出来るという微妙な立場のフィルタがかかっているので、更に話がややこしくなってくる。内容が内容だけに具体的な話が出来ないのが歯がゆいが、たとえば鳴り物入りでリリースされた製品を絶賛する方がいれば、真っ向から否定する方もいる。更に分かりやすく言えば、人間が社会生活を営むようになってから数多くの椅子が制作・考案されてきたが、未だに決定打といった椅子はないのと同様に、どんなものにも完全ということはない。つまり全員が賞賛するようなモノは存在しない。ましてや、現代のように多様化したニーズを全て網羅してしまう製品というものは更に難しくなってしまう。当たり前だが、今日はこれが案外理解されていないように感じてしまった。誰しもイイモノを作って販売しようと考えているが、それをイイモノと感じる人がどとれだけ多いかで製品の価値が決定してしまうのが現代である。より多くの人が賞賛するイイモノが必ずしも受け入れられないという不可思議さを含んで・・・。余談だが、久しぶりに電車に乗って代官山で降りたが、もう浦島太郎の世界である。
2001/01/12

0355 ●ワープロ専用機撤退の波
かつて、漢字一行15文字しか表示できない液晶モニター付きで熟語変換が可能なワードプロセツサー機が100万円を切った時、驚喜したものであった。当然、購入を真剣に検討した覚えがあった。そして瞬く間に価格はリーブナブルなものとなり、猫も杓子もワープロを使い始めるようになった。そして世界でも類を見ないパソコンとワープロ専用機の二極化という独自の文化を形成するようになった。当然その弊害は初期のパソコン通信などでばホスト側の機能をパソコンだけに限定出来なかったが故に様々な弊害が発生してしまった。しかし、そんな特殊な文化にも陰りが見え始めたのはいつ頃だったのだろうか。気が付けばパソコンはハイパワー低価格化の波に乗り、ソフトウェアの価格崩壊も凄まじいモノがある。更にインターネットの普及は見逃せない事件である。結局、ワープロ専用機の人気は陰りとなり東芝に続いてNECも撤退を表明した。東芝、NECと言えば、初期の頃はワープロ専用機で歴史的な意味合いをもつ名機を数多くリリースし、競い合ったトップメーカーである。冷たいようだが、ある意味でこの撤退は遅すぎたと個人的に感じている。もっと早い時期にパソコン一本に絞っていればソフトウェアの開発も無駄がなかったのではないだろうか・・・と。どちらにしても、21世紀という節目を意識した企業決断だとは思わないが、大きな波というものはすでに自国だけの流行だけでは止めることが出来ない時代に入っていることだけは確かだ。そう言えば、結局私はワープロ専用機を購入することは無かった。一粒で二度おいしいパソコンを選択した根っからの貧乏性が幸いしたのかもしれない。
2001/01/13

0356 ●21世紀最初の食べ過ぎ
まったくもっていい年をして洒落にならないが、食べ過ぎによる胃痛で寝込んでしまった。ことのおこりは昨年末から引きずっていた牡蠣フライが食べたい病である。つい最近まで広島から毎年取り寄せていたくらい牡蠣好きなのである。しかしこの年末年始は忘年会、新年会・・・さらには風邪や副流煙などによる体調不良でXデーは毎日のように延期され、遂に13日に決行されるに至り、溜まっていたストレスが全て牡蠣フライに向けられてしまったのである。しかも私はご飯が大好き族である。ご飯と相性が抜群の牡蠣フライとなると、ドンブリご飯4杯が胃袋に消えるのにさして時間はかからなかった。そして・・・気が付けば明らかに食べ過ぎ状態・・・すでに食事が完了した時点で腹痛一歩手前であった。更に今回は禁煙後初の牡蠣フライ食べ放題である。食べたものは確実に消化されてしまうのである。もう深夜から腹痛に見舞われ、ほとんどまともに寝ることもできないほど苦しんでしまった。そして翌朝から胃痛による腰痛にまで事態は深刻化し、ついに昼過ぎまで寝込んでしまったのである。当然朝食はほとんど無し、昼食も軽く済ませ、夕食はスパゲティーを軽く・・・というありさまである。まったくもっていい年をして馬鹿なことをしてしまった。でも、牡蠣はやっぱりフライで食べるのが私は死ぬほど好きだったりして・・・毎年同じような失敗を続けているのだが・・・21世紀になってもこの悪習は変わらないようだ。
2001/01/14

0357 ●禁煙席が無いことの苦痛に悩む
知り合いと騒いでいたりするときは相手が喫煙者であっても、あまり気にならないが、買い物途中で一人ゆっくりコーヒーなどを飲んで休憩したい場合・・・喫煙席が無かったりして休憩場所に困るようになってしまった。特にいままで気が付かなかったが、ビジネス街は論外としても、繁華街の中でもどちらかと言うと若者の街という場所ほど禁煙席は絶望状態である。それでもスターバツクスなどのように禁煙をステータスとしている場所もあるがねやはり少数派である。どうしようもない時は仕方がないので缶コーヒー(禁煙によりコーヒーはブラック党になったが、最近は本当においしいブラック缶コーヒーが出回ってきて少し嬉しい)などでジベタリアン族を決行したりする事もある。なんかちょっと空しい。さてさて、ここで思うに喫煙者は禁煙車より店内を汚すのだから料金を別に徴収しても良いのではないだろうか? なんて唐突に考えてしまった。今は知らないがかつての銭湯では女湯のみ髪洗い料金がベット設定されていた。女性はすべからく長い髪であった古き良き時代の異物だがねこれってある意味で正論かもしれないと思ったわけである。しかし、ほんの半年前までは私も喫煙者であったことを考えれば随分と勝手な論理だが、この喫煙料金なる制度が出れば、ちょっと面白くないだろうか? 取りあえず、行きつけの町の禁煙ゾーンなり喫茶店系で禁煙席のある場所を調べる必要があるのかもしれない。たかが煙草を止めただけでこれほど生活の習慣が変わろうとは思いもよらなかった。渋谷、二子玉川、自由が丘、蒲田、大森などの喫煙情報をご存じの方は情報をBBSにアップしていただけると嬉しい。
2001/01/15

0358 ●報道管制されるほど厳戒態勢なのか
国会に上程が予定されている『青少年社会環境対策基本法』案(報道管制のようなもの)に対し、民放各局の人気キャスター達が都内で会見し『法案は民主主義の基本原則である【表現の自由】【報道の自由】を侵す極めて危険なもので断固反対する』との声明を発表した。まったく同感である。確かに昨今のTV番組はお世辞にも良質とは言えない。イジメを増長したり、暴力的なシーンや性描写はエスカレートしている。更に、場合によってはヤラセなども堂々と横行する始末だ。大いに反省してもらいたいと思う。視聴率優先主義でいる以上永遠に叶わぬ夢なのかもしれないが・・・。しかし、だからといって、ソレを見ただけで誰も彼もが没落するわけではない。余談だが私の小学校低学年の頃はマンガ映画のポパイを見ることは学校のお達しで禁止されていた。理由はキスシーンがあるからという馬鹿げたものであった。しかし当時の親たちは真剣にそう信じていたようだ。そういった馬鹿げたフィルタをあらかじめ設置してしまうことはやはりナンセンスである。一番大切なのは、どれが良くないことで、どれが共鳴出来ることかを自分自身で判断できる能力を身につけることではないだろうか。どんなに神経を使っても、知らず知らずに人に迷惑をかけてしまうのが人間である。たからこそ相手を思いやる心を培わなくてはならないはず。単に臭いモノに蓋をするような行為では何も解決しない。昨今の荒廃した若者の行動の根元は別のところにあるはずだ。にもかかわらず、よりによってもっとも我が国で明後日な思考回路をもっている政治家の皆さんに番組の善悪を判断してもらうなんてことを想像しただけでも、背筋が寒くなるのは私だけではないだろう。もしかしたらこの国は永遠に世紀末状態なのかもしれない。
2001/01/16

0359 ●音楽DVDソフトに目覚める
今まで、DVDソフトと言えば私は映画を思い浮かべていたが、偶然発見した音楽好VDソフトに『マジカル・ミステリー・ツアー』というものがある。まさか知らない人はいないと思うが、今から34年前に、ザ・ビートルズが初のプロデュース兼監督を行った作品で、当時としては斬新な、時代を先取りした作品として歴史に残る問題作である。実は、私はこれを今だに完全に鑑賞していなかったのである。取りあえず買い物ついでに様々なショップで物色するも現物を発見することができずに、そろそろストレスも限界に達してしまった。もうこうなったらオンラインショップしかない。そこで、いつも利用しているショップのサイトに行って更に唖然としてしまった。レッド・ツェッペリンやディープパープルなんかももあるではないか。なんか映画よりもハマリそうな予感がすることが少し怖い。もちろんビデオテープなら今までも手に入った。しかし、どうしたわけか今までこの手の音楽ビデオにはトント興味が無かった。どうしてなのかは自分でも分からない。まっ、そんな事はどうでもいいことだ。取りあえず檄貧で昔見ることの出来なかったライブを当時の臨場感のままに今改めて鑑賞できる幸せを少し感じていたりする。調子にのってキャロル・ラストコンサートを調べてみたが、発見することは出来なかった。そのうち出るとは思うが・・・ちょっとナツメロ過ぎるだろうか? そう言えば、最近ロックコンサートにいっていない事を思い出した。やっぱ音楽はロックでしょう・・・。
2001/01/17

0360 ●フォトイメージング365日
2月上旬発売予定のAGOSTOデザイングラフィックス08号の連載が編集部の都合で2ページとなってしまったため、急遽ネタの捻出に苦労してしまった。6ページが4ページになり、しかも隔月ではネタも出ないというものだ。それが更に半分では・・・。というわけで、思い切ってこの一年あまり続いた毎日フォトイメージングを見開きにちりばめることにした。ちょっと迫力があって面白い。しかし・・・問題の毎日フォトイメージングは、唐突に始めて明日から2年目に突入である。詳しい経緯はAGOSTOデザイングラフィックス08号で触れているが、ほとんど気まぐれだったのかもしれない。ところで公式に毎日フォトイメージングを公開したのは昨年の2月2日なので、本当の2年目突入は2月3日ということになるのかもししれない。そう言えばこのコラムも今月26日から2年目突入となる。どちらにしても、ちょっと複雑な心境だ。そもそもこんなに続くとは本人が一番予想していなかったことである。別に続けたからどうのこうのという世界でもないし・・・なんとなく惰性で来てしまった感はある。しかし、よく考えてみれば、たったの1年という見方も出来る。そうだ、まだたったの1年なのである。そう考えれば全然たいしたことでもなく、個人的にちょっとだけ続いたぐらいのイベントといったところだろうか。人生はまだ長い・・・今後も肩肘はらずにノラリクラリとマイペースで続けてみたいと思う。
2001/01/18

0361 ●洗濯機と冷蔵庫のバージョンアップ
17日、10年以上使い続けていた洗濯機と冷蔵庫を交換した。暮れに注文していたものが納品になってのである。別に今までの洗濯機と冷蔵庫が壊れたわけではない。いや、正確には洗濯機は壊れかかっていた。つまり我が家の全自動洗濯機と乾燥機の組み合わせは限界に達していただろう。すでに何度か手持ちの工具で修理していたくらいである。しかも10年も前の洗濯機なのでドラムがステンレスではなく、掃除にも手間がかかり、非効率の固まりのような物体であった。水の消費も最新型と比較したら不経済の王様である。乾燥機を使ったときの湿気は悪夢としか言いようがなかった。もう交換するしかない。しかし、冷蔵庫は少し手狭というぐらいで特になんの問題もなかった。だが、調べてみると冷蔵庫に関しては10年前と比較すると、どのメーカーもだいたい消費電力は70%オフとなっているらしい。しかも最近の製品は壁が薄く、同一筐体でも格納容量が雲泥の差となっている。これなら大好きなアイスクリームも大量格納出来るし、騒音も激減。そして全自動洗濯機と乾燥機は、全自動洗濯機と乾燥機が一体化した最新型のドラム式乾燥洗濯機となり、洗濯部屋の圧迫感も消え、騒音も激減した。本当は洗剤を使わない超音波洗濯機がコンシューマ価格となるのを待っていたのだが、これは洗剤メーカーがある限り可能性は低いだろうと、最近は諦め状態であったのも引き金になった。あとは取り残された10年モノのメインTVをいつ買い換えるかだが、サブTVはすでに20年ちかく経過してもまだ映る。やはりこれは当分買い換えはなさそうだ。もし買い換えするとしたら液晶の値段がこなれてきた頃だろう。スペースはやはりお金では買えないから・・・。
2001/01/19

0362 ●突然降り積もった東京の雪
20日の夕刻から突然の積雪に東京はちょっとしたパニックである。どうやらこのまま明日の朝あたりまで降るらしい。もしそうだとしたら積雪は確実に5cmを越えるかもしれない。豪雪地帯の方には想像できないだろうが、東京で5cmも積雪があれば確実に交通麻痺の大パニックである。だいいち雪道用の靴なんて誰ももっていない。心配なのはお年寄りの転倒事故だが、誰一人として事故に遭わないことを願うことしか今の私には出来ない。取りあえず明日の朝の雪かき仕事は待っているが・・・。思えば私が小学校の頃、記録的な大雪に東京は見舞われ自宅の庭にかまくらを作ったことを思い出した。確かあの時は竹馬の足がすっぱり積雪に埋まってしまった。不幸なことなのか幸運なのかは分からないが、その後、あれほどの積雪は東京には無いが、似たような積雪はお年ほど前にあった。当時は積雪の中チェーンも付けずに、病人をかかえて車で環状八号線を突っ走った記憶がある。事故は免れたが、一歩間違えば全員即死だったかもしれないと後から冷や汗が出たことを思い出した。そんなことが突然頭の中でグルグルと回り始めると、小学校の頃に体験した東京での記録的な豪雪同じぐらいの積雪があったら今の東京はどうなるだろうか。当時と今とではあきらなに交通量も違う。子供のころには楽しかった雪の思いでが大人になると楽しくない思い出となってしまうのはスキーの楽しみを今だに知らない不幸な私だけの問題なのだろうか・・・。もしかしたら、こんな私でも自分の生活とは無縁の場所で見る積雪には様々な夢をオーバーラップさせることが出来るのかもしれない。
2001/01/20

0363 ●Adobe Indesign 日本語版襲名披露の怪
いったい何時リリースされるのかと噂されていたAdobe Indesignもどうやら今月26日に本当にリリースされるようだ。ところで、下馬評として以前からリリース時にはQuarkXpressユーザーからの乗り換えキャンペーンを有望視する声が多かったのと同時に、PageMakerやFrameMakerあるいはIllustratorユーザーへの優待販売は確実に実行されるであろうと言う意見が大勢を占めていた。少なくとも私の記憶では英語版のInDesignがリリースされた時には優待販売は行われていた。しかし、実際にリリースの蓋を開けてみると、今回の日本語版に関してはこれらの特別メニューは一切公表されていない。つまり、乗り換えや優待版萩委は行われないということのようだ。少し前に大ブレークしていたGoLiveとは雲泥の差がある。もちろんAdobeにとって今回のInDesign日本語版は同社初の特別プロジェクトであり、膨大な予算がつぎ込まれているのは誰の目にも明らかである。これは英語版でも同等のはずだとは思うが・・・。で、Adobeとしてはデザイナー三種の神器のうちの2つまでがAdobe製品であり、残りの1つを駆逐出来ないジレンマを・・・あるいは煮え湯を長年味わってきている。少々問題発言となってしまうが、実際には多くのデザイナーは必要悪としてQuarkXpress社の悪名高きサポートに甘んじて使っていた感を隠せない。だとすればある意味でこのQuarkXpress社の天下を揺らがせることのできる唯一のソフトウェアのリリースという大イペントに際して、何らかの花火を上げてもよかったのではないだろうか。もし、アドビストアの価格(つまりはストリート価格の基準)である98000円がAdobeとてのギリギリのサービスだとすれば、ちょっと作戦を誤ったのではないだろうか。もし私が切り込み隊長?だったらアドビストアの価格を12万円ぐらいに設定し、乗り換えや優待販売価格をその半分ぐらいに設定したかもしれない。精神的な問題だが、これで随分とイメージは変わるはずだ。どちらにしても優待販売が行われることの是非とは別に良いソフトは確実に受けいれられることは確かだが・・・果たしてこのInDesign日本語版リリースの波紋はどのように影響してくるのだろうか。取りあえず優待販売に期待していた私はMacintosh版のみ先行購入することにし、Windows版は様子(財布の)見といったところである。ところで、優待販売が無いということは深読みするとPageMakerやFrameMakerの製品としての位置づけは今後も生き残るという事になるのだろうか。それはそれで良いことだとは思うが・・・取りあえず今はInDesign日本語版が熱い!
2001/01/21

0364 ●大分・聖嶽洞穴の人骨疑問に思うこと
21日、考古学および人類学の専門家が出席し、都内で開催された、文部科学省科学研究費特定領域研究『日本人および日本文化の起源に関する学際的研究』考古学班の主催のシンポジュウムにおいて、我が国で唯一、旧石器時代の人骨と石器が同時に出土したとされる大分県本匠村の聖嶽(ひじりだき)洞穴をめぐり、人骨の年代や石器の発見状況について疑問を示す声が相次いだそうだ。どうも難しい話は苦手だが、どうやらこの発掘の話は教科書にも載る大発見だったようだ。また、この発端は例の発掘ねつ造のF氏が関与していた発掘であったことも疑惑に拍車をかけたようだ。思うにねこのF氏は論外の極刑ものだが、そもそも医療、あるいは科学などは別とし、純粋なる学術的な研究モノは生涯日の目ろを見ることが少ないのが我が国の現状である。平たく言えば研究費も少なくスポンサーも付きにくい分野の研究者は、不謹慎な表現かもしれないが、マスコミで売名行為などしないきがり生活できないのである。たとえば、『フニャララ・カップ』といったメーカー主催のゴルフ大会に出す広告宣伝費、あるいは援助金?の一部を回しても罰は当たらないと思うのは、私のセコイ発想だろうか。もちろんゴルフが悪いといっているわけではない。私の言わんとしている事は・・・文化として、学術研究者にとって研究しやすい状況を持っているかいないかも大切な国の文化ではないだろうか。とかく世界から金儲けに余念がないと罵られている部分を冷静に分析するぐらいの余裕が政治家の方々には欲しいものだ。とにかく歴史が好きな私としては、今回の騒動の引き金となった発掘ねつ造に関わった輩へは七代先まで蔑視て余る心境である。
2001/01/22

0365 ●愛煙家を煙に巻くつもりはないのに
ある方からのメールが強烈だった。『海津さんがあれほどコラムで副流煙について嫌悪感を表明したら、愛煙家の方は誰一人海津さんとは同席しないでしょう』・・・。確かにそう読まれてもしかたがない。しかし、コラムの文章は本来の気持ちを数倍増幅していることも確かだ。いくら気ままに書いているとは言っても、多少は誇張したりしている。そのあたりは当然読み手も納得ずく?のはずだ・・・と。しかし、実際、どちらかを選べと言われたら、当然ながら煙の無い世界がいいに決まっている私である。ただ・・・そうは言っても禁煙したことと交友関係とは別問題である。昔からマナーを守って一切煙草を吸わない人だって、口も聞きたくないくらい嫌いな人はいる。逆に、とんでもなくヘビー・チェーン・スモーカーであっても愛くるしい友はいる。だから、禁煙後も、喫煙していたときと同様に不定期な集会をしては馬鹿騒ぎをしている友がいる。さすがに最近は彼らも煙草を気にしてくれる(それは大変ありがたい)が、そのために私と会うことを躊躇されてはかなわない。ただ、どうやら普通の禁煙車より副流煙について過敏状態であることは確かのよたうだ。そのあたりはどうしようもないが、座る場所や換気の良い店などを選べばすむことである。もしかしたら私がもうすこし煙に強くなればいいことなのかもしれない。と・・・そう考えていたら、今までさんざん副流煙の加害者を演じてきた供養をしなくてはならないことを思い出した。そうか・・・今は供養の時だったのだ・・・と。
2001/01/23

0366 ●気になるMP3プレイヤー
最近わたしがもっとも欲しいものの一つがMP3プレイヤーである。今までは外出時にはカセットテープのウォークマンを持ち歩くこともあったが、大きすぎるのと振動に弱いのはカセットの宿命だめろう。あれほど発売当時は小型で革命的だと感じていたのに勝手なものだと自分でも思う。実は、これにはMP3プレイヤーの登場も大きく影響している。だってあれだけ小さく振動に強ければジョギングしながらも使える。もっとも私はジョギングはしないので走りながらの耐久性は特に必要ないが、それでも細かいとことを気にせずに使えることは嬉しい。さてさて兎に角欲しくてしかたがない。ただ・・・気になるのは再生時間と互換性だろうか。多くはWindowsマシンとの連携を考慮し、Macintoshとの接続は無い。スマートメディアやUSB接続なので道はあるだろうが、情報収集してまで頻繁に使うようなものでもないのでツイツイ買いそびれてしまう。もっともモノを買うということは買うまでの葛藤と買う必然性を自分に言い聞かせるといったプロセスが面白かったりする。だから今が一番私にとっては楽しい時間なのかもしれない。恐らく次のステップで長時間再生と互換性の問題をクリアしたタイプが一斉に発売されるような気がする。というより・・・全部が携帯電話に組み込みだろう。であれば色々持ち歩く必要もない。しかし・・・こうも加速度的に携帯電話が進化すると誰が予測しただろうか。もしかしたら今のような形態のパソコンすら消滅しかねない勢いのような気がするのは私だけだろうか?だとすれば、半年後ぐらいにMP3プレイヤー機能が搭載された携帯電話に機種交換といったところだろうか。
2001/01/24

0367 ●祈祷済あるいは大願成就福豆の謎
そろそろ節分の心配をする季節だ。もっとも心配と言っても私がアルバイトで鬼を演ずるわけではなくね単に福豆の食べ過ぎに注意しなくては・・・という心配である。実は、福豆が異常に好きだったりする。だから、物心ついてからはとしの数だけ食べたという正しい節分を私は行っていない。下手をすると福豆の食べ過ぎで翌日ダウンが相場であった。で・・・悪い癖は福豆が販売されはじめると、こっそり買ってはオヤツに・・・を繰り返している。ところで、今まで気が付かなかったのだが、今年の福豆のパッケージにはどれも示し合わせたように『国産大豆使用』と明示してある。更に『遺伝子組み替え大豆ではありません』なんていうものもある。コレ・・・ちょっと怪しくないだろうか。平時はあれほど国産大豆が希少価値でめったに手に入らないことをウリにして商売を行っている店すらあるのに、これだけ大量の福豆全てが国産大豆って・・・やっぱり変だ。たとえばさすがに刺されたくないので産地と製品には触れないが、地名を書に宇品名の一部にしているある食品は今では100%中国産で・・・輸入後にアッセンブルするといった具合だそうだ。ひどい話だが・・・ある意味だまされるほうも悪い。なにせ昔の本物を知っている人にとっては、それらは確実にイミテーションであることが見ただけでわかるからである。ただし・・・本物を知らない人にとっては災難としか言いようがないだろう。農作物にしてもやたらと安くて色がきれいなものは中国産などの外国製品で、薬づけに近いモノが多いそうだ。もうどこまで表示を信じていいのか分からないのが現実だろう。皮肉なことに、ファーストフード系の食材は安全性の高いモノが多いそうだ。こんなことを考えていると・・・なんだか福豆を食べる気持ちが薄れてきてしまった。
2001/01/25

0368 ●来月は車検だということを忘れていた
来月は2度目の車検だということをすっかり忘れていた。ということで土壇場で困るのはまずいので早めに予約を入れて処理することにした。つまり、買い換えは無しである。ところが、さすがに購入後5年も経っているので、基本料金だけでは済まないとの知らせが入った。大きいところではタイヤ交換とバッテリー交換である。でもって私は定期点検も車検も正規ディーラーに任せているので、このようなパーツ交換の場合はさすがに出費は馬鹿にならない。特にタイヤは洒落にならない。かと言って見積もりを聞いてから他で処理するとも言えないので、そのままヒクヒクしながらお願いするというわけである。こうしてなんだかんだとノートパソコン一台分が消えてしまった。やはりチマチマと短い距離を毎日のように使っていたシッペ返しかもしれない。で・・・こんな具合の車検となってしまったので代車が届いたのはいいが、なんと価格帯では愛車のずうっと下に位置している車種なのに、可動調整部分も多く更に内装は超豪華でカーナビまで標準装備・・・やはりこの5年という年月は大きかったのかもしれない。なにせ私の車にはカセットデッキしかないのである。ちょっと情けない現実かもしれない。でも・・・カーナビってドライバーには無用の長物ではないだろうか。運転しながらTVを見るのが危険ではなくて、携帯電話を使う方が危険・・・だから法的に禁止・・・というのが理解できない。どう考えてもTVを見ながら運転するほうが危険だと思うのだが、もってもいない私が言っても説得力がないのが悲しい。まっ、取りあえず数ヶ月ぶりに洗車(私は、雨ざらしの車をわざわざ洗車する意味が分からない変な人)された愛車が戻ってくるのは楽しみである。
2001/01/26

0369 ●カードの氾濫で使いたいときに大混乱
電車やバスの乗車カード類から、各種会員カードにクレジットカードを含めると財布の中身はカードだらけだ。いったいいつからこんなことになってしまったのだろう。お陰で私の財布は完全無比のおばさんの財布となっている。ところで、これだけカードが財布の中に氾濫していると、イザ使おうと思うときに似たような違うカードを提示して店員の顰蹙を買うなんて経験は誰もがしているのではないだろうか。出す方は『はやく処理してよ〜』状態だが店員としては、『他の店のカード出すんじゃないよ〜』光線を放っている・・・。そんな中にあってようやく一部の交通機関の共通カードがお目見えしたが、まだまだJRとの連携が達成されていない。いい加減交通機関だけでも全てを一枚のカードでという具合にならないものだろうか。また、各種会員カードやサービスカードもクレジットカードなどにメモリー機能を付ければ一枚で済んでしまう気がするのだが・・・それって安易な発想だろうか。でもそんなに難しい問題でもないはずだ。確か通院記録などを含めたコミ人情報を記録し事故などの応急処置を行う場合にもカードさえ持っていれば、事故により意識がなくても適切な処置を受けることが出来る・・・なんてことを計画している話を私は20年以上前に聞いたが・・・アノ話はどうなったのだろうか。相変わらず馬鹿な一部の人間の利益の前に押しつぶされてしまったのだろうか。なにより現在出回っているクレジットカードの多くは30年前のセキュリティーから大きな進化はしていないのである。秋葉原あたりの怪しい店で買ってきた機械で簡単に個人情報を見ることが出来るそうだ。どうにかしないと危ないと思うんだけど・・・。
2001/01/27

0370 ●烏に隠れた鳩公害
よく出かける散歩コースの池上本門寺と洗足池公園は、知る人ぞ知る鳩の極悪地獄である。もう人なんて恐れない自己チューの鳩がゴキブリのように生息していると表現したほうが正しいかもしれない。でもって鳩は平和の象徴ってことになっているので皆さん寛大に接しているわけである。十分に文化財を糞公害で台無しにしているのに・・・。もちろん私だって過激な行為はしていない。しかし・・・この鳩ほど病原菌を大量にもっている鳥も少ないだろう。もしかしたら烏のほうがよっぽど衛生的かもしれない。で、この鳩に餌をあげることがステータスと勘違いしている方が多いのがちょっとした問題だったりする。基本的に都会の鳩には天敵がいない・・・更に人間はこぞって餌をばらまく・・・その結果・・・鳩は異常に増え・・・病原菌も増えるというわけだ。で、運の無い私は必ずここで鳩に襲われるのである。人気の少ない場所でお弁当を食べたりするのがいけないのかもしれないが・・・。突然・・・箸もった手に鳩が乗ったりすると恐怖のボルテージは嫌でも増幅してしまう。しかし、ここで蹴散らしたり殴ったりしたら、動物愛護法で逮捕されてしまう。なんとも複雑な気分だが、要は近づかない事・・・という締めくくりではあまりに寂しい。鳩の糞が体に付着してもなんともない強靱な体と基礎体力なんてものはとうの昔に現代人は無くしてしまった。もしかしたら人類滅亡は鳩によってもたらされる・・・なんて案外洒落では済まないかもしれない。ヒッチコックが生きていたら・・・『鳩』なんて作ったかも? などと馬鹿なことを考えながら、そそくさと雪のあとの足場のわるい洗足池公園を後にするのであった。
2001/01/28

0371 ●通信マシン機種変更の顛末
私は通信マシンとして一台専用マシンを設置している。とは言うモノの過去のマシンの流用である。つまりは昔のメインマシンといったところである。で、数日前までは、この通信マシンは、Power Macintosh 7600/200にG3/366ボードをさして快調に利用していたのだが、突然とうとう使い物にならなくなってしまった。通常、安全策のために予備の起動用HDDを繋げており、それから起動してみたが、結果は同じであった。この予備の起動HDDはAppleのシステムをインストールした状態のままの無垢であり、これで問題が発生してはもうお手上げである。いったい突然のこの症状は何が原因なのだろうか。数年前であれば徹夜をしてでも原因究明に命を懸けるような勢いがあったが、最近はもうダメである。さっさとマシンを変更してしまうのが一番精神衛生上イイ。ということで所用で衝動買いしたiMacDVも役目を果たして埃をかぶっていたので、これを通信マシンにすることにした。幸い、前回のトラプルで購入した内蔵用HDDにFireWireのHDDケースを組み合わせたバリバリのHDDも余っていたので処理は1時間ほどで完了した。実際私は外付けのHDDをパーテーションで起動システムとデータ格納の2つのHDDとして利用(内蔵HDDは予備の起動システム)していたのでマシン変更に伴うデータ転送などの処理は直ぐに対応出来るようになっている。つまり新しい環境でも名称なども含めて同一のHDD構成にしてしまえばなんの問題も無いというわけである。たからたったの1時間ほどで引き継ぎ完了というわけである。さてさて、あとは抜け殻となった7600の余生を考えなくてはならない。少なくともG3ボードをはずせば何の問題もないことだけは分かっている。つまり、G3ボードそのものに問題が発生しているような気配である。ただし、確信は無い。では安全走行のために購入時のシステムに戻して使うという策も考えられるが、今更システムを7.5などに戻すことは意味がない・・・。さりとて新しいG3ボードを買うのも躊躇が入る状況かもしれない。取りあえずメモリー512MB積んだ私の7600は仕事にあぶれてしまった・・・。
2001/01/29

0372 ●恐れていたクローン人間登場カウントダウン
米伊の不妊治療専門医による計画で、どうやら年内にクローン人間が誕生しそうだ。またこのチームには日本人医師も関わっているらしい。しかし、クローン人間を禁止している国は先進国の一部である以上、クローン禁止法などの法的規制をもたない国を舞台になし崩し的に誕生してしまうのは火を見るよりも明らかだ。もちろん、自分の血を分けた子孫が欲しいと願い、クローン人間を求めている方たちの気持ちもわからないでもない。しかし、『自然の摂理を犯してもいいのだろうか?』という疑問が私の中に浮かぶ。このままいけば今世紀中に男性は死滅してしまうかもしれない。何故って・・・クローン人間技術が確立されてしまえば男性という性の必然性は無くなってしまうからだ。どのみちいつかはそういった世界になってしまうであろうが・・・倫理面や宗教上の問題はどこらあたりで辻褄を合わせるのだろうか。だってそうでしょ・・・人工授精でさえ初登場の時は今のクローン問題のように大騒ぎしたのに・・・知らない間に市民権を得てしまったような風潮じゃないですか。生きている間にSF映画の中だけで良かった馬鹿げた世界だけは体験したくないものだと私は真剣に思う。かつてある学者の話をTVで見たとき私は驚きを隠せなかったことを思い出した。簡単に整理すると、『医学が進歩し本来生き延びることの出来なかった未熟児が保育器によって延命した結果・・・ひ弱な人間が大量発生し、新たな多くの問題を生んでいる』といった具合の話である。一概には言えない問題であることは確かだが、考えさせられる問題であることも事実だ。どちらにしても医学の進歩は加速度的に進んでいる。そして、この先数十年後には人間の寿命も飛躍的に延びる技術が発見されるそうだが、そうなっても一部の狂信的な指導者あたりが金に糸目をつけずに長生きしたのでは何にもならないと思うのだが・・・。まっ、その頃には私は土に帰っているだろうが・・・。
2001/01/30

0373 ●紙という体温のある素材
コンピュータ機器やソフトウェアに囲まれていると、知らず知らずにプラスチック地獄に自分が堕ちているのがよく分かる。たとえばCDケースやパソコン本体・・・ソフトの外箱・・・結構使われていたりする。いや不燃ゴミと言ったほうがいいかもしれない。余談だが、キッチンでちょっとした料理を作ろうとしただけで不燃ゴミは瞬く間にゴミ箱にあふれてしまう。過剰包装が故の結果だが、最近すこしキレかかっていたりするのは私だけだろうか。で、話を戻すと・・・ソフトウェアの場合・・・私は外箱の類でプラスチックのものは即刻捨てるようにしている。埃の塊となるプラスチック類は本来コンピュータ機器には不必要のはずだが・・・とぶつぶつ言いながらの処理である。しかし、そうは言っても様々な仕事上の書類の整理などはどうしてもプラスチック系のケースなり棚などを勝つようしなくてはならない・・・が・・・私はここでも出来る限りバンボール箱を流用するなどしてプラスチック類を使わないようにしている。たとえばCDはケースはPictrography3000の用紙のダンボールがドンピシャのサイズである。ケース付きでも1箱に20は入る。ここに私はケース無しの不織布に入れたCD-Rを100枚単位で整理している。やはり紙の箱は気持ちがいい。で、そんな変わった趣味が故にソフトウェアの紙箱はコレクションするようになったが、最近はこれもだんだん簡略化され、かつてのような重厚な厚紙による箱が少なくなったのは少し寂しい気がする。ところが、時代が求めているのか? ある通販メーカーがハイそう用のダンボールを販売し始めた。製品としてのダンボールは無地で、4種類のサイズがあり、どれも理にかなったサイズとなっている。これって案外売れるんじゃないだろうか。願わくば、強靱なCDサイズのダンボールがあるといいのだが・・・。
2001/01/31





このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。


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