| 0433 ●晴天は雨天よりまし? |
| 花粉症が楽になったと思ったら、月末に続いた雨で最悪状態に戻ってしまった。どうしたわけか花粉症は雨の日のほうが鬼門なのである。もしかしたら私だけかもしれないが・・・なんていうことは無く・・・少なくとも数人の花粉症患者から同意見をいただいた。でも、もしかしたらこの近辺だけの問題かもしれない。とにかく晴れた日より雨の日は最悪のコンディションとなる。もう寝ているしか無いというのが正直な気持ちだ。そんなわけで3月から4月にかけて私は毎年とんでもなく仕事の効率が低下する。たぶん平時の半分以下だろう。なにせ外出してはシャワーを浴びて寝込んでしまうからだ。もしかしたら本当に冗談抜きで近未来には宇宙服でも着ないと春先は外出出来ない人が増えたりするのだろうか。それとも、今は原因不明の新たなアレルギー症候群が社会問題となるのだろうか。かつて高度成長時代にクローズアップされた公害問題は、21世紀になるまでに日本人は死滅するとまで言われた。しかし、それは結果的には映画の中だけの話となり、浄化作用は企業も含めた全体で静か働き、かつては死んだ水しか流れなかった川ですら鯉が泳ぐようになった。きっとこの先もっと浄化作用が働き自然がもっと身近になってくるだろう。でも、それに比例するように治療が困難なアレルギー症候群が台頭してくるような気がしてならない。私など花粉症で苦しんでいることは、ある意味で不幸中の幸いかもしれない。プラスチックや金属に過敏に反応し、都会では生活できなくなってしまった人のドキュメント番組を背筋が凍る思いで見たことがある。もしかしたら数年後の自分がそこにいるのかもしれない・・・と。 |
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2001/04/01
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| 0434 ●向学心と年齢は無関係のはず |
| あるBBSで『いい年してパソコンやって・・・』という書き込みを読んで不愉快になった。前後関係から好意的とも強引に解釈出来るが、小馬鹿にしたような部分をうち消すことは出来ていない。まっ、私はその発言を問題視したいわけではない。発言の言葉だけを取り上げてみただけである。ここで私が気にしているのは『年齢と向学心に何の関係があるのか?』ということだけである。経済的状況が許せば本人の勝手である。だいたい学生の時はさして勉強したいとは思わなかった私もね社会に出てからは学びたいことが山のように増えている。出来ることなら仕事などしないで勉学(興味のある様々な事の学習)に明け暮れたいと考えている。もちろんそれは私にとっては経済的に許されないが。さて話を戻すと、15年ほど前にコンピュータ通信の世界に入った私がもっとも驚嘆したのは、年齢、性別、職業、社会的地位、国籍、障害の有無を無視した交友関係が成立しているという現実であった。これと同様な世界を一般社会で構築するのは至難の業だろう。そんな、ある意味で人と人との関係において理想環境であるはずのネットワークの中で『いい年してパソコンやって・・・』という過去の価値観に抜け出せない発言を私は見てしまったわけである。もちろんそんな人はごく少数でしかなく、気にする必要など無いのだが、本当にそれが少数派の意見なのだろうか。特殊な世界であったはずの通信がもはや当たり前になりつつある今・・・先進的な考え方の人の集まりであったはずの通信世界は、普通の一般社会の価値観に転落してしまったのではないか・・・と。 |
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2001/04/02
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| 0435 ●石坂浩二の四代目水戸黄門 |
| TBS系列で第29部となる【水戸黄門】が2日の特番から始まった。今回の黄門様は4代目となる。そもそも以前コラムに書いた記憶があるが、私にとって水戸黄門のイメージは東映全盛期の【水戸黄門/1957年作】の月形龍之介(一時TVシリーズもあり、映画は全14作作られているが、その中でも傑作と言われているのは1959年作の【水戸黄門・天下の副将軍】であろう)である。よって、東野英治郎から始まったTVシリーズはちょっと抵抗があったのと、内容が少しばかり軽薄であったのが気に入らなかった。しかし、予想に反して長寿番組になっていたのは、どうやら高齢者の見る番組が少なくなったことの裏返しとの説もある。まっ、それは別にしても今回の石坂浩二の水戸黄門は前宣伝も影響してか、妙に気になっていた。そして実際にビデオに録画して鑑賞してみてびっくりしてしまった。勉強家の石坂氏の影響もあるらしいが、今までの軽薄路線はみじんも無く、絶妙に史実とフィクションを織り交ぜてのドラマづくりは見る物を引きつけたのではないだろうか。少なくとも意味不明のキャラクターの道中日記的な流れは確実に払拭している。また、どうして黄門と呼ばれるかから始まり、黄門様のいた時代背景などがしっかり描かれていた点は高く評価しなくてはならないだろう。余談だが幕末までに水戸家からは確か7人の中納言が出ているので、水戸黄門は7人いたことになるが、一般的には水戸黄門=水戸光圀でいいだろう。さて、殺陣は今までのシリーズから比べるとリアリティーは格段に高い。なにより前作から続けての出演は、由美かおるだけである点もイメージチェンジの意気込みを感じる。助さん格さんのキャラクター設定もいい。特に格さんを演じている山田純太(杉良太郎の子息。杉良太郎自身もこのシリーズの第3部あたりまで助さんを演じていたはず)はNHKの大河トラマ『毛利元就』の後半で山中鹿之助を好演して人気を得た経緯がある。血は争えないということかもしれない。どちらにしても今回の水戸黄門は今までのワンパターンからは確実に脱したようだ。今後が楽しみである。ところで、日本で最初にラーメンを作ったのは水戸光圀らしい。そんなエピソードもドラマに反映されるそうだ。良質の娯楽時代劇が少なくなってしまった今、色々な意味で頑張ってもらいたい・・・と感じている。ちみに劇中の甲府宰相徳川綱豊(三代将軍家光の三男綱重の長男)は、その後、五代将軍綱吉(三代将軍徳川家光の四男)の養子となり名を家宣と改め、綱吉没後は六代将軍となり、柳沢吉保などを退け財政改革に力を尽くし正徳の治と賞せられるが治世三年で没してしまい、その家宣の四男家継が七代将軍となるが同じく治世三年わずか八歳で他界してしまい、ここに徳川家康からの直系は途絶え、数奇な運命に導かれた和歌山藩主(紀州)徳川光貞の子吉宗(はじめは頼方であったが和歌山藩主となった折り綱吉の一字を受け吉宗と改名)が八代将軍となる。なお、肝心の徳川光圀は六代将軍の就任を見ることなく他界している。ところで今回の水戸黄門・・・私としてはそれなりに面白いが、お年寄りには話の内容がちと難解すぎないだろうか? どちらにしてもしっかり作られた時代劇がまた一つ増えたという意味では個人的に大満足である。 |
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2001/04/03
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| 0436 ●プロとアマの違いが曖昧な世界 |
| どの世界にもプロとアマの境界線はある。ところがこの境界線が曖昧な世界というものが最近目立ってきた。つまりイラストレーターである。もちろん問答無用のプロはしっかり存在しているが、私が指摘するのは、知る人ぞ知るという場合のことである。例えばプロフィールでプロであると宣言していなければ、素人の趣味のホームページなのか? はたまたプロの余興のページなのかの区別はつかない。そもそもWebデザインという世界は既に消滅してしまったと言ったら過激だろうか? どうも意味不明のアニメーションや音に振り回されている感を否定できないのは私だけだろうか。もちろん楽しい世界としてアニメーションや音楽は好きである。それらを真正面から否定するつもりは無いが、以前もコラムで触れたように必然性のない利用があまりにも多いような気がしてならない。また、最近の傾向というわけではないが、勘違いしやすいのが3D系のイラストを中心としたサイトではないだろうか。ここは見る人が見ればプロなのか?あるいは自称プロなのかは歴然としてしまうが、そうでない人にとっては『革新的なゲージュツの世界』に見えるらしい。やはり、そろそろ『デジタル』とか『CG』なんていう軽薄な表現をプロは慎むべきかもしれない。だってイラストレータという職業は『デジタル』とか『CG』とかの冠の有無で評価が変わるような陳腐なものではないはずだだからだ。少なくとも私はそう信じている。それとも世の中の価値観が豹変してしまったのだろうか? |
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2001/04/04
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| 0437 ●南海電鉄の窓ガラス事件 |
| 最近被害が広がっている電車の窓ガラスに傷を付けて絵を描くという事件で、特に悪質な行為に困惑していた南海電鉄が現行犯逮捕された学生に損害賠償を求めるそうだ。当然というより、この犯人達にある意味で厳罰を望みたい気持ちでいっぱいだ。走行中に強度が低下したガラスがなんらかの要因で破裂したら、どんな大惨事になるかなど小学生でも理解できるはず。まさに『都会のお馬鹿が目を覚ます』かもしれない。犯人は自分の絵を広く多くの人に見て欲しかったとか。以前このコラムでも触れたが壁の落書きやガラスに傷をつけた絵は屑でしかない。そんなものをゲイジュツと賞賛する一部の方の価値観をメディアは断じて肯定してはいけないのではないだろうか。人に迷惑をかけることは芸実行為ではない。たんなる馬鹿の遠吠えと言ったら言い過ぎだろうか。壁面アーティストと称する輩と暴走族の違いを私は見いだせない。しかし、この傾向は、どうやら日本でも本格的に国民の二極化が凄い勢いで始まっている証拠かもしれない。なぜならメディアで取り上げられる今の若者ではない若者の数もそんなに少なくはないからだ。つまり、節度ある対応が出来る普通の青年達の数である。そんなに日本も落ちてはいないはず。にも関わらずメディアに登場する軽薄な青年群像は何を意味するのだろうか? 芸術家とは『自分の好き勝手な論理で自由に表現を行う人』ではないはずだが・・・言葉にしてみるとどうも曖昧な部分だけが目立ってしまうのが辛い。 |
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2001/04/05
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| 0438 ●文化の違いは国際化でも変わらない |
| 国際化という抽象的な言葉が一人歩きしてどのくらいたつのだろうか。情報として文化や芸術などが自由に飛び回る事は大切だ。異民族に対する偏見や差別といった事も結局は理解不足から発生するからだ。そういった意味では自国の問題を棚に上げて、他国の教育に干渉するのは少々問題だとは思うが、一番の問題はそれを必要以上に歪曲する一部の報道機関といったところだろうか。さて、今回はこの問題の話ではない。ということで話を戻すと、日本もつい一世代前ぐらいまではドップリと大和文化に浸かっていたはずだ。それがいつのまにか欧米志向の国際化という、意味不明の呪文に毒されて今に至るという感じではないだろうか。それはそれで別に否定するつもりはないが、問題なのは価値観のようなメンタルな部分までもが日本でもいきなり欧米志向の国際化により変化してしまったと勘違いしている方が多いという点である。良いとか悪いとかの問題は抜きにして、私たちはまだまだ極東の島国の独自文化と価値観にがんじがらめなのである。それを勘違いして極度に傲慢な自己主張を展開してしまったりすると、結局は大切な友を失ってしまったりするのではないだろうか。ただし、自己主張を否定しているわけではない。自己主張は大切なことである。だからこ、注意しなくてはならないのは、欧米型の思考とは『自分に理解できるか?』であるのに対して日本式の思考は『他人は理解してくれるか?』ではないだうか。非常に大雑把だが、なくとなく私はそう感じている。少なくともこう説明すれば漠然とではあっても私の言わんとしていることが伝わる思うのだが・・・。余談だが国際化として着目されるのはいつつも欧米だ。東南アジアの経済力が低いからでもない。単に東南フジアでは日本は対等の相手とは絶対に見なされないからだ。援助のためには対等のふりをすると言ったら言い過ぎだろうか。色々と要因があることは理解しているが、未来永劫永遠にこの状態が続くことは確かなようだ。そしてそれはとても不幸なことだ。 |
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2001/04/06
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| 439 ●最悪とはこんな事かもじゃ洒落にならない |
| 大量画像処理のバックアップ作業が思わぬ時間的ロスと、外付けのFireWireのHDDとUSBのCD-RWドライブを購入した。メインマシンで一気に作り込んだデータの元データ(Photoshopのレイヤーを生かしたファイル)をHDDにコピーし、それをiMacDVに繋げて、そちら側でバックアップのCD-Rを作成という大作戦である。早速セッティングを行い。パンパンに詰まってしまったデータ用HDDから新しいHDDにデータを転送した。流石に新しいHDDはキビキビと動く。さて・・・あとはiMacDVでCD-Rを焼くだけ・・・。ところが、12倍速対応のドライブで12倍速対応のCD-Rメディア(サンプルとして添付されていたブランクCD-Rメディアは私の使っているものと同じであった)なのに・・・1倍速でもエラーとなる。げっ、初期不良?・・・と、焦りCD-RをiBookやG4に付けて実件すると4倍速まではなんとか処理することが判明。まっ、仕方ないか・・・ではどうしてiMacDVで問題が? と色々調べているうちに、とんでもない事実が判明。どうやらHDDに問題があったようだ。例えば36MBのデータを書き込むのに8秒なのに対して、その書き込んだデータを別のHDDにコピーするのに4分もかかるのである。これじゃCD-Rなんか作れるはずもない。とりあえず全てのマシンに繋げて実験したが同じ症状だったのでショップで交換してもらった。が・・・今度のHDDも若干早い程度で、前回との大きな違いは無かった。メーカーのサイトでも特に問題が発生しているといった事実は無いようだ。もしかするとFireWireのHDDの読み込みが遅いのだろうか? だとすると今まで使っている2台の外付けFireWireのHDDはなんだったのだろうか? 納得は行かないが、仕方がないとあきらめてしまった。とりあえず貯まったデータをなんとかすることが先決である。そして徹夜になってしまった。で・・・腹の立つHDDをツールで調べてみると他のHDDとは明らかに違うのである。サムソン製品だからという偏見は当初あったが、これはいくらなんでもと考え直し、調べてみるが不可思議なことばかり。決定的に変なのはコネクタである。FireWireのHDDとはいうものの本体のコネクタはSCSIでもATAでも無い。完全に見たこともないコネクタである。それに妙なアダプタを繋げてそこからFireWireのケーブルという仕組みなのである。マニュアルを見ると、ATAドライブを利用していると明記してあったが、それは今では当然の話・・・にもかかわらず、まるで初期のFireWireのHDDのような馬鹿臭い仕様が明記されていた。パーテーションはダメ。起動ディスクにはならない等々。これって今時としては?詐欺まがいじゃないだろうか。これだったらむき出しのHDDを買ってきてケースに入れて使った方がよっぽど良かった・・と今更ながら後悔するのであった。 ところで12倍速CD-RWドライブだが、結局4倍速以上は無理だった。これも詐欺臭いな・・・。ドライバーは有名製品なのに・・・。これだったらSCSIのTOASTのほうがかえって効率が良かった。結局今回の買い物ははっきり言ってお金をドブに捨てたようなモノとなってしまった。 |
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2001/04/07
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| 0440 ●氾濫する情報の中で発見する事件 |
| 多くのメーリングニュースに入っている私は読むのも地獄状態ということを以前書いたが、いやはや、本当に地獄状態だ。特に発言が暴発しているよう参加型のメーリングニュースは凶器一歩手前かもしれない。もう一日に10発言以上もメールが届くような参加型メーリングニュースは読まないようにしてしまった。消去法で整理してしまえば本当に重要な情報源とは何かが分かるからだ。ところが不思議な者で、一日50通ぐらい暴発して絶対に私が読むはずのない状況にもかかわらず事件のような発言は偶発的に目に入ってしまうことが多い。これはいったい何なのだろう。私に超能力がある可能性が皆無なことは私が一番よく知っている。たぶん凡人にもわかるような強烈なオーラのようなものが閃光を放っているのかもしれない。いや、人は騒ぎに集まるというもっとも基本的な性が成せる技かもしれない。だとしたら滑稽を通り越して悲しささえ漂う。もっとも、これは、昔横行したニフティーでの『見知らぬフォーラムでバトル発生。全員集合せよ!』とは違う。いや、むしろバトルは消えたかもしれないが、より陰湿な行為に手口を変えて深く潜行しているのかもしれない。そう言えば昔ニフティーでストーカー事件というものがあった。ネット社会ではオフと称して飲み会や茶会が頻繁だが、やはりここでも本当に見知らぬ者同士が初めて会うということは希であるはずだ。必ず知人が数名混じっている状態が理想なのだが、最近はそういった基本的なマナーなど消えてしまっているようだ。人を信じることは大切なことだが、常軌を逸した人が無防備の善人をいつでも襲うことが出来る位置に平然と存在しているのも現代の怖い部分である。英国では隠し防犯カメラがブレイクしているとか。犯罪を 防ぐという意味では必要なのだろうが・・・そんなものなど必要のない世界が現実であった時代は、既に書物の中だけとなってしまうのだろうか・・・。 |
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2001/04/08
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| 0441 ●今年の大河ドラマは外れ? |
| 今年の大河ドラマは人気が無いらしい。視聴率は基本的に民放ほど気にしていないはずのNHKが躍起になっているのがなんとも滑稽である。そもそも北条時宗(七代執権)の時代は源頼朝が鎌倉幕府を開いた(源氏は結局三代で滅び、北条時政が初代執権として君臨。ただし、強圧的な政治により実子義時と頼朝の妻政子により隠居させられる。よって実際に執権として他の御家人から認知されたのは二代執権義時)時と、足利尊氏が室町幕府を開いた(正確な意味で平定したのは金閣寺を作った三代将軍義満)の100年ほどの丁度中間の時代であり元寇という事件がなければ、どちらかというと日本史の中では地味な時代である。しいて言えば、池畑慎之助が演じている北条実時(金沢実時)が金沢文庫の創始者であるといった史実のほうが有名である。更に言えば柳葉敏郎演ずる安達泰盛が、時宗の死後、木村一輝演ずる平頼綱に謀反の疑いをかけられ時宗の子貞時の命により攻め滅ぼされた霜月騒動のほうが有名かもしれない。しかし、それを言ったら北条時宗氏に対して少しばかり失礼かもしれない。ただ、ドラマという観点では資料が少ない時代が故に脚色はしやすいかもしれない。ところで、時宗は4人兄弟のはず。少なくとも歴史上に名を出しているという意味では4人兄弟である。末っ子の宗頼についてはドラマでは一切描かれていないが・・・どうして? 余談だがかつての大河ドラマの中でも、例えば中井貴一が演じた武田信玄でも、重臣穴山梅雪は一切登場していなかった。多分脚色の関係だろうが、やたらと知りすぎていると、こんな部分が妙に気になってしまうのは一種の病気だろうか。そう言えぱ昨年の大河ドラマも後半は散々だったようだ。それは仕方がないだろう。二代将軍秀忠以降は大きな戦も無く平和な時代に入っているからだ。前半の家康存命中の数々の合戦と比較してみれば、ドラマとして描いたときのインパクトはまったく違ってくる。癖のある登場人物の数だけを見ても歴然だ。そんな意味では来年予定の大河ドラマは視聴率という意味では期待できるのではないだろうか。なにせ信長、秀吉、家康の時代を生き抜いた加賀百万国の祖、大納言前田利家だからだ。実際には利家と正室まつとの物語だが、ドラマの性格上、激動の時代を描くことは明白。特に賤ヶ岳七本槍のあたりで柴田勝家の与力であった利家を秀吉が寝返るように説得するあたりは利家の生涯でもっとも劇的な部分の一つなのだが・・・。あと実際のドラマでどう描かれるかは不明だが、利家は秀吉(藤吉郎)とおね(秀吉の正室、北政所高台院)を取り合った仲なのだが・・・。ところで話を北条時宗に戻すと、4月8日の放送中、北大路欣也演ずる謝国明がクビライ・カアへンと草原で会うシーン。待ちくたびれた所に遙か草原の向こうから騎馬にのったクビライ・カアンの軍勢が・・・としいうシーンで配下の兵士の多くが頭の帽子?が落ちるのを気にして手で押さえていたが、ついには落としてしまう者が2名ほど・・・しかもそのまま最後まで撮影されていたあたり、ちょっと無神経さを感じてしまった。更にこのシーン。ボーと見ていても気が付くほどのカットなのである。 |
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2001/04/09
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| 0442 ●トラブルは重なるモノかもしれない |
| HDDとCD-Rドライブの外れ事件の続報である。まず、HDDはメーカーのサイトに問い合わせしたところ・・・直払いで送り届けて欲しいとの連絡がメールで入った。到着とともに代替え品を発送するとのことだ。問題の有無は別にして大手ハードメーカーはある意味で疑わしければ交換というスタイルをとっているのだろう。そうでないと、いちいちユーザーの苦情に付き合っていたら大変なことになる。さて、送り届ける私の購入したHDDがいかなる状況であったのかが今は一番知りたい事実である。代替え品が届くのは嬉しいが、願わくば偶発的な問題であることを祈りたい。次ぎにCD-RWドライブだが、結局添付されていたソフトでは4倍速が限界。しかもその4倍速も不安定ということでTOASTに戻してしまった。幸い4.1.2で対応しているので、まったく問題なく使えるのは助かった。知れついながら添付されていた国産有名ソフトのBのインターフェースはTOASTを使い慣れた者にとっては無駄が多く混乱の元でしかない。しかも残念なことに現行バージョンにはどうやら問題があるようだ。同ソフトのCD-Rライティング版は使ったことがなかったが、HDDなどの管理やフォーマット用としては使い慣れていたので、少しばかりがっかりしてしまった。国産ソフトでサポートも良いので今後に期待したいところだ。ところでTOSATでも結局は4倍速以上は不可能であった。だとすると、このドライブのパッケージに記載されている12倍速っていうのは何?を意味するのだろうか? インターネットサーフィン中に焼けるとか? どうやら、12倍速までは論理的に可能だが物理的にはそれぞれのコンピュータの性能とCD-RあるいはCD-RWメディアとの相性に左右されるようだ。マニュアルを読んで落胆したのは言うまでもない。ところでTOASTにすっかり填っている私だが、このソフトは今でこそリーズナブルな価格だが、その昔は10万円コースであった。流石に当時はドライブを持っていなかったので購入はしなかったが、それでも憧れの的だったことだけは覚えている。で、この使いやすいライティンクセソフトに慣れてしまうと他はまず使えない。結局Windows用に購入したドライブに添付されていたソフトでWindows上のデータを焼いているのだが、あまりの使いにくさにギリギリまで処理をする気にならないのが本音だ。これはWindowsが尾突堤という問題ではなく、TOASTのインターフェースが優れすぎているが故の問題である。つまりTOASTのWindows版は存在しないのである。でも、どうやら次期バージョンでは同社がWindows用ライティングソフトとしてリリースしている製品との互換性が確保されるらしい。どうしてTOASTのWindows版がリリースされないのかは知らないが、互換性が保たれるのであれば多少でもインターフェースは似通っているはず。だったらいいのだけど・・・。まっ、それよりも当面の問題は今回のCDRドライブの処理スピードである。いや、問題ではなくて怒りだった。 |
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2001/04/10
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| 0443 ●オリジナルとパロディーの狭間 |
| NHK教育チャンネルで毎日夕方放映しているハッチポッチステーションという子供向け番組がある。内容は基本的に音楽系?なのだが、グッチ祐三とジャーニー(声は林家こぶ平らしい?)たちのドタバタコント風の世界である。で、この中でグッチさんが様々な物真似ネタを披露(時には缶コーヒーのボスの真似などNHK的にはスレスレで面白い)するのだが、これが半端な面白さではない。しかも子供に馬鹿受けらしく、彼個人のディナーショーには幼児連れの母親が溢れてしまい、本人は複雑な心境のようだ。で・・・不思議なのは、オリジナルを一切知らない子供達に馬鹿受けしている点である。確かに笑いを取る芸なのでオリジナルを知っている必要はないのだが・・・パロデイーを先に知ってしまった子供にとって、そのオリジナルが学校で習う正当派の童謡であったりしたら、ちょっと可哀想な気がしてきた。つまり、オリジナルよりも先にパロディーを知ってしまった者にとっては、パロデイーがオリジナルで、オリジナルはパロデイーでしかないのである。これは、少し視点がずれるが、本人よりも上手に本人を演じる物真似が本人の芸を変化させる事となんとなく似ているような気がしてならない。本当は、まずオリジナルがあり、それを真似することだったはずが、真似の方が面白くなってしまうというわけだ。でも、この不可思議な現象は日常に溢れているような気がするのは私だけかもしれないが・・・。 |
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2001/04/11
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| 0444 ●バックアップ大作戦 |
| 数日前に購入したハードデイスクとCD-Rドライブ(正しくはCD-RW/CD-Rドライブ)が外れだった話をしたがね実はメインマシンに繋がった4台のハードディスク、合計120GBのバツクアップの為だったのである。3台のマシンに分散して作業すればたとえ4倍速でも12倍速を使っているのと同じことになる。結果的に新機種は12倍速は出ずに4倍速ドライブとなってしまった事るデータ分散のために購入したハードディスクはメーカーに送りつけてしまった事の二重のアクシデントで処理は大幅に送れてしまった。結局、CD-R を焼いている最中に裏で別のマシンからイーサーネット経由で別のデータを受信・・・としてCD-Rを作成というゲリラ先述に転じたるもちろん睡眠中はデータ転送に徹して処理時間を軽減したのは言うまでもない。こうして2日間神経を集中して200枚ほどバックアップを取った。流石にこの工場的な処理には疲れ切ってしまった。せめてDVD-RAMが今のCD-Rぐらいのスピードで処理出来ればと願うのだが・・・。さて、データをバツクアップしている最中に、データ作りに関して自分の悪い癖を発見してしまった。それは、意味不明の仮ファイルがあまりにも多すぎることだ。流石に最近は保存する必要のないファイルの一時保存は『ゴミ001.ai』や『きらもに002.ai』(きらもに→GOMI)といったファイル名にしているが、1年ほど前には相当いい加減なファイル管理をしていたので今頃苦労してしまった。そうなのである。今回は大掃除なのである。おかげでメインマシンは綺麗さっぱり何も無くなってしまった。実は今回の大掃除で、例えばダウンロードしたデータ類や共通で使うデータ類(ロゴや指定マークなど)は特定のマシンに繋がっている予備ハードデイスクにまとめて格納してネットワークでデータを共有することにしたのである。もちろんWindowsマシンも参加している。こう無説明するとサーバーが存在するような錯覚を与えてしまいそうだが、サーバーは存在しない。しいて言えぱ全てがサーバーといつたところだろうか。どちらにしても今回のバックアップは本当に疲れてしまった。 |
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2001/04/12
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| 0445 ●旬なネタは鮮度が命なのに・・・ |
| 旬なネタというものがある。しかし、絶妙のタイミングを外すと洒落にならない。例えば昨年コラムに書いた1999年4月末納品の件もそうであった。あるメーカーの某製品のカタログの表紙画像やその他の内部画像処理を行ったのだが、7月に公開予定のスターウォーズを意識し、宇宙的なイメージで調整したが、未だに現物は印刷に回っていない。間に入っているディレクターが怠慢なのだが、雑過ぎる人間を根気よく相手にするのも限界ということで、私は2000年4月をもって彼との縁を切った。ところが、別件でその後2000年7月に納品したコラム執筆の仕事があった。大手メーカーの販促用小冊子のためのコラムで、結構ボリームがあった。あまり詳しくは書けない、内容としては2000年7月の時点で推測したMac OS Xの話などを中心としたDTPがらみのネタになっていた。しかし・・・2000年12月に校正確認が届いたきり、未だに印刷に回っていない。これはメーカー直の仕事であったが、取り仕切りは会ったこともないデザイン会社の仕事のようだった。結局、そこが怠慢過ぎるのか? あるいは他の執筆者が原稿未納品なのかはしらないが、流石にキレそうになった。『校正はいいけど、2000年7月に執筆・・・と明記していただけないと私は物笑いのタネにされてしまう』と一応その見知らぬデザイン会社の担当者に打診したが・・・リアクションはメーカー担当者からあっただけで、未だに何も無い。どうやらメーカー担当者も泣きが入っているようだ。しかも、このメーカーは1999年4月末納品先だったりするのだが・・・私は納期を守っているので何も悪いことはしていないのだが・・・結果的に最悪のパートナーということなのかもしれない。相性というのは大切だが・・・どうにもならない宿命というものなのだろうか。いやいや、もしかしたら厄年・・・ということもないか。一番カリカリしているのはメーカー担当者なのだから。 |
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2001/04/13
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| 0446 ●映画は映画館で見るのが王道だが |
| 見たい映画がいつも頭の中にいっぱいの私は、結局その1割ぐらいしか映画館で見ていない。あとはDVDビデオのリリースを待つことになる。いや本当は全てを映画館で見たいのだが、マナーの悪い観客にイライラしてまで映画館で見たいとは思わないからだ。携帯電話は鳴りっぱなし、スナック菓子はバリパリ音を立て、缶ジュースは足下にポイ捨て。もちろん全員がマナーを守った観客なんていう場所は何処にもないのは分かっている。でも、出来るだけ少ない場所でゆっくり見たいと思うのが普通ではないだろうか。昔はそんな観客を回避するために無理して指定席で見たものだ。しかし、流石に一部の馬鹿のためにどうして私が余分な出費をしなくてはならないのかという矛盾が出てくる。結局、こういった複合要素も観客離れに拍車をかけているのではないだろうか。綺麗で椅子もゆったりした映画館は相反して人気だということについて、特に理由を追及する必要はないだろう。その点、家庭用TVは大画面・超音響といった方向を邁進している。デジタル機器の台頭も目覚ましい。もしかしたら本当に映画は家庭でゆっくりくつろぎながら見るという様式に変化してしまう日がくるかもしれない。有料の映画専門の衛生放送はもしかしたら未来の映画館かも・・・と・・・ふと思ってしまった。でも私はまだ入会していないが・・・。 |
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2001/04/14
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| 0447 ●インターネットは本当にリアルタイムか? |
| もうインターネツト無くして生活は考えられないと素直に感じる人がいるとすると少々危ない。何が危ないかと言えばね情報の即効性だ。例えばインターネットに常設し、タイムリーな配信ニュースを受け取ったとしても、それを目で追わなくては(受信者が実際に読むというアクションをしなくては)新鮮な情報も直ぐに陳腐してしまう。ところが、同じ『ながら族』でもラジォのニュースを流しっぱなしで仕事をしている場合はどうだろうか。少なくとも重大ニュースが飛び込んで来た時に事の重大さにいち早く気がつくはずだ。でも、コンピュータは特殊な場合を除きユーザーが情報を得ようとアクションしない限り、どんなに早く配信ニュースを受け取っても、それは何の意味も持たないことになってしまう。ただし、例えば言葉が分からない外国に数週間滞在しているといった特殊なケースであれば、配信ニュースの即効性は意味を持ってくるのではないだろうか。もちろん極端な話ではあるが、様々なメディアから情報が溢れている世界に暮らしいる場合は、必ずしもインターネットは情報の発信基地とはならないということである。将来、配信ニュースをユーザーが設定したものだけに自動的に整理し、重要事項は読み上げてくれるといった世界がくるまでは・・・と、今は取りあえず結んでおいたほうがいいかも(笑われないかも)しれない。だってこの世界の進歩は尋常じゃないからだ。 |
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2001/04/15
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| 0448 ●寒天と言えば餡蜜命 |
| 寒天と言えば黒蜜で甘く食べるのが命の私としては、時々狂ったように餡蜜が食べたくなる。幸い池上には浅野屋さんという老舗にして極上の蜜豆を販売している店があるる販売というのは小売りのことである。池上と言えば葛餅が有名だが、私は葛餅は食べない(死ぬほど嫌い)のでもっぱら蜜豆か餡蜜である。で、今日(14日)も何かに呼ばれるように呑川沿いに歩いて買い物に出かけて、浅野屋さんが宝暦2年からの操業ということを知った。まさか鎌倉時代からという事もないので、帰宅後早速調べてみると、宝暦2年とは1752年である。この年は八代将軍吉宗が他界した翌年、治世は吉宗の子、九代家重の時代である。すると来年は操業250年って事になる。知らなかった、と同時に土蔵を見てみたくなった。そう言えば、この近所にちょっとした知り合いがいるのだが、そこの奥さんが嫁いできた時、姑さんより家財を一切捨ててはならないと家訓をたたき込まれたそうだ。当然、怪しい土蔵がある。こういった代々伝えられているお宝というものがある家がうらやましく思うことがある。私の家にも日本刀などがあるが、実はもっと沢山のお宝があったらしい。しかし、先々代あたりから適当に手放してしまったらしい。先の戦争も影響したかもしれない。もしそれらが全て今も家に残っていたら、たぶん私は仕事などしないで土蔵に籠もりっきりになっていたかもしれない。そういった意味では土蔵は無かった方が良かったのかも?などと相変わらず馬鹿な事を想像しながら餡蜜に舌鼓を打ったのであった。 |
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2001/04/16
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| 0449 ●とあるオンライン販売の不思議 |
| あるプロバイダーの会員である。いや、プロバイダーは後から出来た部門(それとも最初からあった???)なので、なんと言ったらいいのだろう。会則?には『Macユーザーのためのインタラクティブコミュニティー』という訳の分からない言葉が明記してある。まっ、それは私にはどうでもよい話しだ。そもそも年会費を払って何年たつのか忘れてしまったが、どうやって入会したかも覚えていない。気がついたら会員になっていたという感じである。でも、それも今はどうでもいい話・・・問題なのはオンラインショッピングである。いや正確には会報の特売品を指定しても同様なのだが、支払い方法が【着払い】もしくは【コンビニ受け取り】しか選べないのである。しかも商品ごとに【着払い】もしくは【コンビニ受け取り】が固定となっており選択の余地が無い固定となっている。クレジツト決算が出来ないのだ。そのくせクレジットカードの申し込み用紙が会報には入っている。う〜っ・・・最近の日本語は難しくて理解出来ない。いったい、今時どうなっているのだろうか? 取りあえず問い合わせの電話をした。すると2〜3回担当者をたらい回しにされ、最後の電話のリダイアルは100回ほど行っただろうか? やっとの思いで繋がったので支払い方法が選べない事を確認すると、今回に限り年会費を引き落とす口座から自動引き落としします・・・との答え。しかも、次回以降もその方式がご希望でしたら処理後にお電話をいただければ・・・と。これって親切なのか不親切なのか?私には理解出来なかった。取りあえず、電話口の担当者の真摯な態度から親切と理解している・・・。でも何か?変??? |
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2001/04/17
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| 0450 ●ローカライズの功罪じゃ失礼かもしれないが |
| とあるグラフィックツール系Sharewareのリリース当初からのシンパである私は、最近複雑な心境だ。このソフトはリリース当初日本語が利用出来なかった。よく調べてみると表示フォントを固定しているためで、システムフォントを自動利用するようにすれば取りあえずどの言語でも利用出来ることが(論理的に)分かった。そしてその旨を解説用に作った英語のPDFとともに送り、数日後に対応版をリリースしてもらったことがあった。あまりにも迅速な対応に驚嘆したものだった。それから定期的にアップデートを繰り返していたが、ここに来てリニューアルアップデートが行われ、登録ユーザーは25ドルでアップデート出来るという知らせが入った。私は直ぐには新バージョンをダウンロードしなかったので、このメールを忘れていたが、数日前に思い出し、ダウンロード後に早々アップデート登録を行った。すると、この生まれ変わった新バージョンでは、メニューやダイアログなどを完全な日本語に設定出来るようになっている。正確には、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、日本語が切り替えられるようになっている。なお、日本語はKanjiという記述になっている。ただし、マニュアルは英語のままだ。もっとも基本操作は従来のバージョンと同様なので違和感は全くない。そして気持ちよく使いこなしていたが、今日(17日)になって、このソフトの日本語版の登録は日本の代理店にShareware 代金を支払わなくてはならないことを知った。支払った者へはメールにて日本語のマニュアルが送られてくるそうだ。納得がいかないのは登録料金が税込みで5000円を越えている事である。つまり日本語マニュアルが2500円ということのようだ。と、ここで私は大きな勘違いをしていた事に気がついた。このリニューアルバージョンのUSの開発メーカーでの新規登録代金は45ドルである。つまり、この税込み5000円というのは新規登録料金だったのである。何故今頃それが分かったかというと、日本の代理店のサイトの説明文に『旧バージョンからのアップデート打ち切り』、『旧バージョンの登録は終了』、『旧バージョンの登録をお考えの方はリニューアルバージョンの登録をお考えください』となっていた。いやいや大変失礼な早合点をしてしまったものだ。いや?『旧バージョンからのアップデート打ち切り』となっているが、つい数日前にUSの開発メーカーのサイトで直接アップデートした私は日本では非合法ユーザーという事???なのだろうか。それとも数千円の金額にこだわる私はセコイ? |
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2001/04/18
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| 0451 ●マイナスの先入観は些細なキッカケから |
| 先週末に購入したハードディスクの読み込みが異常に遅い問題をメーカーに問い合わせると即答で送り返して欲しいと連絡が入った話をした。先方の指示に従って発送した翌々日に代替え品が届いた。早速セッティングを行い転送テストを数回繰り返したが、2台続けておかしかった読み込み時間の異常さは発見出来なかった。つまり、何事もなかったかのように快適な動作を行っている。試しにツールでハードディスクのスペックを確認してみると、問題のあった2台のハードディスクともSamsung製であったが、今回のものはIBM製となっていた。余談だが私は内蔵ハードディスクは今のところIBMで統一している。これだと(実際には特定のシリーズとなるが)Macintoshの起動デイスクにすることが出来るからだ。まっ、それは偶発的な問題でどうでもよいる問題なのは立て続けにSamsung製で問題となったことである。少なくともこのメーカーのハードディスクは過去に20台ほど購入しているが、問題となったは今回だけなのに、しかもSamsung製のドライブを利用しているものは今回が初めてである。こうなると、このハードディスク本体のメーカーの一般的な信頼性は別として私の中での信頼性は崩壊してしまう。そういった不幸な関係というのは誰しも持ち合わせているのではないだろうか。『どうしても私はあそこの製品とは相性が悪いと』いうあの世界である。今回の件にしても、恐らく複数のOEM先から仕入れたハードディスクをロットごとに使い分けて出荷していた特定のロットの偶発的な事故だったのかもしれないと頭では分かっていても、Samsung社への信頼を回復するには時間がかかりそうだ。ただし迅速な対応を行ってくれたメーカーの姿勢には経緯を表したい。失礼な話かもしれないが、不幸中の幸いだったのは本体は国産でSamsung製ではなかったことだ。もし全てがSamsung製でなにがしかのトラブルに遭遇していたら、私はクレームは付けられないだろう。日本人が某国の製品にクレーム付けるなんて国際問題に発展しかねないと私は本気で思っている。もちろん偏見なんだけど・・・そういったイメージをなかなか払拭させてくれそうにないのが残念だ。 |
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2001/04/19
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| 0452 ●液晶モニターは国家プロジェクト |
| AppleのCinema Displayの登場が引き金になったかのように、次々と低価格で高性能な液晶モニターが登場してきた。もちろん粗悪品もあるのでグラフィックを生業としている者は注意する必要があることは言うまでもない。ところでね半分は冗談だが、『液晶モニターは国家プロジェクト』という話をどこかで聞いたことがある。つまり、資源がなく国土も狭いが技術だけはある我が国にとって、これからは液晶モニター意外に考えられないと言うのである。例えば毎月排出されるOA危機の粗大ゴミの量は想像を遙かに超えているそうだ。モニターもマシン1台につき1台は確実に販売されているので、その数はマシンの台数に比例するはず。さらに4月から施行されたリサイクル法の直接的な対象ではないが、廃棄する場合は一定の手順を踏まないと処理出来ないようになっている。だから、液晶モニター化によりゴミの総退席は確実に半分以下となる。更に製造過程で必要される原材料もCRTの半分以下になることぐらい小学生にもわかるはずだ。そこで、資源がなく国土も狭いが技術だけはある我が国にとって、これからは液晶モニターという論理なのだそうだ。いや、もっと簡単に言うと日本人のために生まれたモニターぐらいに考えてもよさそうだ。この話を際し世に聞いた時・・・『そうだそうだ!』と膝を叩いてしまった。強烈な放熱も発光音?も無い液晶モニターでこそ初めて家庭で仕事をする人の理想環境ということではないか・・・と。でもコレってメーカーが発したサブリミナル効果?なわはないと思うけど・・・。 |
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2001/04/20
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| 0453 ●デジタルカメラは侮れない |
| かつてデジタルカメラが登場した頃は様々な罵声が飛び交ったものである。しかしねもはや時代の波は誰も無視することが出来ないまでになっている。ところが実際には最新型のデジタルカメラ(業務用数百万というクラスは除く)でもせいぜいAPSフィルム程度の解像度しか得られない。いや、それはそれで全然問題ないはずなのだが、意味もなく大型カメラにこだわるセミプロの方が時々いる。いや、そういった大型、中型カメラを使う人を否定しているわけではない。私ですら中型カメラは2台所有している。問題なのは、カメラの性能ではなくカメラマンのセンスと腕ではないだろうか・・・と私は思っているのである。いくら高額なカメラとレンズ、それに関連機器を酷使しても、センスも無く、シャッチーチャンスを逃しているようでは、ロシア製や中国製の旧式カメラ、いやいや使い捨てカメラで天性のセンスにより映し込んだ写真にすら到底かなわないということではないだろうか。いや、たまたま雑誌でそういった人を見てしまったので、つい書いてしまった。しかも誰が見てもセンスの無い写真と言ったら、いくらなんでも言い過ぎかもしれないが・・・実際素人の中学生にまでダサイと言わせたのだから脱センスは本物かもしれない。(自分の事は棚に上げて置いて)えっ、ダサイセンスが売りだった?っていうのは無しにしてね。表現の自由が保障されている日本は幸せな国だ。いやいや、どんな国だって道具の自慢しかしないような作家は上には出てこないはずだと思うけど・・・日本は違うのかな〜? |
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2001/04/21
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| 0454 ●他人のBBSはちょっとスリリング |
| 自分のBBSなら勝手知ったる我が家みたいなものだが、他人のBBSに突然書き込みをして失敗したことの無い人はいないだろう。流石に昔あったような怖いBBSというものは少なくなってきたようだ。ところで、私は複数のBBSをロムしている。中には時々参加している場所もあるが、時として不可思議な人が登場するBBSでは書き込みを自粛してしまう私がいる。例えば、インターネット上で検索するまでもなく、直接該当するサイトにいけば直ぐに分かることをシラジラシク質問してくる人/親しいのか嫌がらせか分からないまま、いきなり管理者に向かって喧嘩腰の発言をする人/滅多に登場しないのに、登場する時は自分の話だけして消えていく人・・・。似ているようでBBSごとに、つまりは管理者ごとにひの場の雰囲気は一変する。そんな中で私がいままでで一番気分を害したのは、発言数の多いとあるBBSに挨拶かたがた有益だと思える情報と、別件で質問をアップしている方に対する解答をアップしたことがあった。このBBSには知り合いも多かったるしかし、今まで交通渋滞でどうにもならなかった交差点から突然車が全て消えてしまったかのような静寂が訪れたのであった。しかもね10日ほどその無賃目は続いた。偶発的に皆さんが忙しくなるということはあるだろう。しかし、それにしてもタイミングが・・・。いや、やはり私の考えすぎだったのかもしれない。いやいや、大変困っている様子の方の質問に答えても挨拶は無く、また別の質問をしていた人を見たときのほうがイライラしたかもしれない。あっ、もちろん私のBBSの話ではない。最近はやたらと他国の内政を指図する自己中国家(じこちゅうこっか)には、まるで子供同士の喧嘩で『花子さんと遊ぶんだったら、あんたとは絶交よ!』の世界と同レベルなので呆れてしまうが、自分の判断で他人のBBSを評価してはならない。他人のBBSのルールは素直に尊重されるべきであるはずだ。それが治外法権というものである。今のところ私のBBSでは私が判断する問題らしき問題は異常なほど無いのが不思議なくらいだから・・・。 |
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2001/04/22
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| 0455 ●人生におけるハンデ |
| 喧嘩とまではいかなくても、ちょっとした意見の違いから言い争いになったりすることは誰にでもあるはずだ。もっもこれとて学生の時ぐらいが最後で、ずるい大人になると逃げ道を覚えてしまい、上手に上辺だけつきあう技を会得してしまうので、滅多なことでは争わなくなる。ところが相手の顔の見えないネットの世界では。この大人のずるさが適応できないのである。年齢も性別も国籍も職業も特定出来ないからだ。結局『エライ目』に遭遇すると自己防衛が働いてBBSなどでの発言をしなくなってしまう。ところで第三者としてこういったちょっとした争いに関わってしまうことはないだろうか。関わるというよりは発言を読んでしまうといった状況が正しいかも知れない。普通は静観するのが大人だがね例えばAさんとBさんの論争で、客観的に見てもAさんのほうが論理的でBさんの負けと誰の目にも明らかな場合があったとする。ここでBさんに『冷静になるように』と、アドバイスをするのも大人である。ただしここにメンタルな要因が入ってくると話はややこしくなる。例えばBさんがAさんよりも年上で、その年齢差が親子ほども離れていたらどうだろう。Bさんの不可解な発言や行動に、大人としての何か難しい意図があるのではないか?と勝手に推測してしまったりしないだろうか? 更にAさんが男性でBさんが女性だったらどうだろう? あるいは、健常者のAさんに対してBさんが障害者であったらどうだろうか・・・。世の中には解決出来ない理不尽な差別という問題があるが、病的に平等を唱える延長上に馬鹿げた主張を振りかざす方が時々いる。なんとも理解に苦しむが、例えば未だに『女性のための』『女性だけの』という企画やイベントが時々ある。それが本当に女性にしか意味のない企画であればいいのだが、そうではない企画にこのお題目を唱える事は逆差別ではないだろうか? 話はだいぶ脱線してしまったが、都市生活をしている上で受ける様々な要因は、時として真実を見失うことが多いということである。いや、真実とか正義といった死語が今や子供映画のヒーローの中だけにしか存在しないことに問題があるのかもしれない。 |
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2001/04/23
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| 0456 ●いち早く仕事場は常夏の国 |
| 実は4月に入ってからほとんどTシャツで通している脳天気な私である。しかも仕事場ではエアコンを使い始めている。流石に常時駆動させてはいないが、マシンの放熱地獄を避けるのにはもはやエアコンしかない。ものが多すぎるのが諸悪の根元だとは分かっていても、貧乏性が災いしてこの赤熱地獄を作り出してしまった。あと数年したら本当にこの部屋から妖怪が生まれるかもしれない。しかし・・・年開けてはじめてエアココンを使うときが花粉症バリバリの時だととんでもない事になる。まずしっかりと掃除をし、風でモノが飛ばないようにしてから窓を全開にして2時間ほど試運転である。これで私は半日ダウンしてしまう。思えば子供の頃の東京の冬は結構寒かった。アスファルトがまだ少なくエアコンなど゛も無く自動車も少なかったからだろう。だから夏場の暑さも今の東京のような異常さはなかったように思う。そういうえば先日 TVで流れていた情報によると毎年、都市の発生する熱というものの上昇率が一番高いのが東京だとか。このままエスカレートすると本当に極地の氷が溶けてケビンコスナー主演WaterWorldの世界になってしまうのではないだろうか・・・。それじゃ本当に洒落にならない。省エネが叫ばれてずいぶん経つが、いざ自分の家でそれを実こうしようとする人はやはり少数派かもしれない。せめて・・・デパートなどで実行されている異常な空調だけでもなんとかならないだろうか。私は毎年夏も冬もあれで数回は気分が悪くなって寝込んでしまう。 |
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2001/04/24
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| 0457 ●スーパーマーケットの空間 |
| 時々、とんでもなく歩行空間の狭いスーパーマーケットがある。いや、よほど大手の特殊な場合を除き、空間が少ない日本では、スーパーマーケットなどの販売店舗の空間というものは異常に狭い。それでも若い方なら苦にならないだろうが、時々困惑している老人に遭遇することがある。老人は視界が極端に狭いので直ぐ横に人がいる、あるいは商品が陳列されているということを把握するのに時間がかかる。いや、把握しきれずに人と激突してしまったりするのを何度も見ている。少しの段差で転倒して骨折するといったケースも多々ある。余談だが、最悪の場合は惚けを進行させるなど老人にとって骨折は命取りだ。しかも、これからは老人社会である。我々が老人になる頃、今のような狭い空間ばかりの店舗で本当に大丈夫なのだろうか。確かに改善の動きや新規建設中の店舗などはゆったりとした設計のものが目立つ。でも、例えば話題のお台場の色々なショッピング街も意外なことにシグネチュアが分かりにくく、トイレも少なく飲食街も希少・・・完全に若者をターゲットにした作り方のようにしか見えない。これで本当にいいのだろうか? 今はそれでもイイかもしれない。みんな若い時は自分は老人にはならないとでも錯覚しているように行動しているが、現実は静かに襲ってくる。そして、直ぐそこまで老人社会は迫っているのである。どうやら、その場繕いの都市設計は代々世襲されていたのかもしれない。もちろん半分は冗談だが、もし本当だとしたらこれ結構怖い話だと思う。 |
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2001/04/25
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| 0458 ●意外に少なかった外国人の友 |
| 唐突に地図を眺めていて思いついたのだが、いったい自分には外国にどれだけの友人が居るのだろうか?という疑問にぶつかった。そこで、とりあえず思いついた人物を国別に整理してみたら、あまりに少ない国の数にちょっと仰天してしまった。友人の数が多い順で整理すると、米国、瑞典(スウェーデン)、伯剌西爾(ブラジル)、英国、台湾、香港といった具合である。面識があるという人を加えても、仏蘭西(フランス)、加奈陀(カナダ)、濠太剌利(オーストラリア)、独逸(ドイツ)、新嘉城(シンガホール)ぐらいである。もちろん、該当する国にいる日本人の話ではない。しかし、渡航した国が香港、澳門(マカオ)、新嘉城だけというのだから仕方がないかもしれない。第一、私は語学が苦手。例えば、これが20カ国ぐらいに知り合いがあるなんて人はいるだろうか。もちろん外交関係の仕事をしているというのは反則である。まず居ないと思うが、例えば留学生の多い大学に通っていたなんてことになると話は違ってくるかもしれない。少なくとも、この留学生の数は数年サイクルで膨大しているからだ。私達の時代と今とでは雲泥の差だろう。だとすると、この良い意味で膨大している留学生と接することの出来る学生の方達は、決して金銭では得ることの出来ない宝の中で学習出来るという表現がもっともふさわしい・・・と言ったら少しばかり表現が大げさだろうか。なんだか意味もなくそんな事を唐突に思い浮かべてしまった。 |
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2001/04/26
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| 0459 ●バッチ処理を侮る不幸 |
| ワケあって、1000点近い画像をハードディスクにCD-R数十枚からコピーし、Photoshopのバッチ処理で軽量フォーマット変更、サイズ統一を設定し、実行ボタンをクリックして所要で外出して4時間。既に処理は完了していた。便利な世の中になったものだ・・・と満身笑顔の状態だった私の目が点になるのにさして時間はかからなかった。花粉症による思考力の低下か? こともあろうに上書き保存設定をしていたのである。元データはCD-Rから戻せばいいが、これが死ぬほど時間がかかるのである。もちろん同じ処理を直ぐにでもはじめなくてはならないのだが、なんとも虚脱感だけが残る事件である。これでもしバックアップを取っていないデータでの事件だったらと想像するだけで背筋が凍りついた。実は私には前科がある。あれは8年ほど前だったろうか。128MBのMOにIllustratorのデータをバックアップした直後に何を思ったかフォーマットをしてしまったのである。気がついたときは綺麗にフォーマットが完了した後であった。しかもこのバックアップは本当にデータ整理のバックアップで、二度と同じデータを拝むことは出来なくなってしまったのである。その後、この事件の影響で死ぬほど徹夜を余儀なくされたのは自業自得だと言うにはあまりにも悲しい。後にも先にもバックアップでの失敗はこの時だけだが、この先絶対にミスを起こさないとは断言出来ない。8年前は128MBで済んだが、今もしDVDなんかで同じことをしてしまうと・・・と、想像するだけで既に神経はズタズタである。やはり緊張感の持続は若いうちだけか・・・。 |
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2001/04/27
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| 0460 ●対等でない立場の上に真の友好など無い |
| 国際交流というのはお互いの文化を尊重し、謙虚で真摯な関係ではじめて生まれるなんていうことは小学生にも理解できてしまう。しかし、現実には、他民族を弾圧し(そうなのである。あなた方が攻撃する矛先の国の過去の侵略行為を批判するのであれば自らの侵略行為を是正してから文句を言うのでなければ筋違いではないか)世界に向けて彼らは自国の民と嘯き、攻撃する矛先の国からの経済援助で軍事化し、あるいは第三国に援助し、その翼下とする。またある国は攻撃する矛先の国の小さな島を占拠し、自国の領土であると理不尽な主張を繰り返し、攻撃する矛先の国の文化を拒否しつづけている。過去の様々な歴史的現実を考慮しても、このように自国の行動そのものが理不尽であり常軌を逸した国から、やれ教科書を是正しろ(経済発展の影に攻撃の矛先の国の莫大な金と人の援助があったことは一切触れていない教科書を使っている国から言われる筋合いは無いはず)だとか、独立を主張する異民族を支持することを暴挙のごとく批判する民と、攻撃する矛先の国は無理して友好など作る必要などないのではないだろうか。例えば、精一杯のおもてなしをしたとしても、『それが最低限の私に対する礼儀』ぐらいにしか考えていたい人がいて、それでも友人として長いつきあいを続ける仙人のような人がいるとしたら私は尊敬してしまう。無理して仲良くしても結果は見えているのである。本当に長い目で真の友情を作ろうとするなら、お互いに一時的に我慢すべき部分というモノはあるはずだ。そして、本当に民主的な国家で有れば真実が抹消されることはないからだ。上辺だけの似非友好交流などは廃止し、真の友好が出来るまで先延ばしした方がいいかもしれない。今のように名ばかりの友好交流など百害あって一利無しではないだろうか。 |
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2001/04/28
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| 0461 ●平等という甘い世界は机上の空論だという現実 |
| 平等という言葉は響きがいい。人はみな平等だ。でも本当だろうか。本当に平等というものは存在するのだろうか。同じ仕事をしても【手際がよく効率を上げる人】【不器用で効率の上がらない人】に大きく二分されるはずだ。しかし、単純な作業ならこの判断は直ぐにつくが、複雑な仕事の流れであったりすると、どの部分が全体の結果に影響するかの判断で評価は大きく変化するはずだ。でも、これもある意味では単純な仕事と言いきっていいだろう。そのある意味とは『趣向』の有無である。とはいうもののあまりにも抽象的すぎるので、まう少し整理してみた。つまり、絵や彫刻、写真といったアートと言われる成果物に対する評価基準である。もうこれは、制作者の社会的立場や活動範囲、勲章(様々な受賞件数)の数が凄く影響する。いや、影響ではなくフィルターとして判断を誤らせるのである。自分にとって不快感のある作品であっても、有名な作家の作品であれば誰も表だって否定しない。特に自ら作品和創作せず、ただ鑑賞するだけの側の者にとって、この有名作家を否定するという行為は、社会的に自殺行為に等しい部分があることは否定出来ない。では本当に優れた作品とはなんだろうか。実はそれはどこにも存在しないのである。つまり前記した二次的要因による評価と、時代性という偶然により光り輝くか、鈍く朽ち果てるかだけなのである。でも・・・そう言い切ってしまったら悲しいものがある。つまりはアートという世界で生きている者にとっては、自分が良いと思う表現を固持し第三者の偏見に左右されないことだ。だいぶ話しが脱線してしまったが、アートの世界に代表されるように個々の作家が強烈な個々の世界をぶつけあっているような空間には、平等などという言葉は絶対に存在しないのである。だとすると、例えば参加者の立場が平等である事をうたい文句にしているアート集団があったとしたら、それは組織として始動をはじめた時から崩壊が始まっているようなモノだ。話がいつになく抽象的で申し訳ない。つまりは、ゴッホは死ぬまで貧乏画家であった・・・ということが言いたかったのである。そしてもう一つ。商業デザイン、イラストはアートではないのである。いや・・・本当に言いたかったのは、どうしてみんな同じサイズで同じ位置に作品を提示して満足しているのだろうか・・・と。これってやっぱり平等意識なのだろうか。 |
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2001/04/29
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| 0462 ●午後の紅茶のラブリーエミリー |
| 午後の紅茶のCMでチューリップの『ぼくがつくった愛の歌(ラブリーエミリー)』が使われている。思わず鳥肌がたってしまった。思えばメジャーデビューとなったアルバム『黄色い魔法の靴』からオリジナルメンバー最後のアルバム【someday Somewhere】まで全て買ったほど私は、当時チューリップに陶酔していたからだ。しかも、この『ぼくがつくった愛の歌』のアルバムはビートルズのイエローサブマリンを意識した構成となっており、オリジナルの絵本付きで、LPに含まれている全ての曲が絵本の解説になっているというものであった。当然オリジナルのLPレコードは今も所有している。いや、前記した全てのLPは持っているのだが、直ぐに出せない場所にある。ただし、LPに巻いてあった襷は直ぐに取り出せるので調べてみた。【魔法の黄色い靴】【心の旅】【君のために生まれ変わろう】【MLODY】【WELCOME TO MYHOUSE】【無限軌道】【日本】【離陸】【全て君たちのせいさ】【Upside-down】【ぼくがつくった愛の歌】【Someday Somewhere】・・・順不同。たぶんこれがオリジナルメンバーでの全てのアルバムのはず。もうこうなったらCD-ROMを買うしかない。しかし・・・全てがリリースされているわけではないので、この際レコードプレイヤーを買ったほうがいいかもしれない。しかし、懐古趣味なのだろうか。でも、最近は古いグループの再結成や古い曲のリメイクが目立つ。じっくり聞く大人の音楽というのが少ないからかもしれない。前にも書いたが、今の中年族が青春時に聞いていたのは演歌ではない。そして、この20年以上も前の音楽シーンは意外にも今の若い方にとっては新鮮な音に聞こえるようだ。処分し忘れたLPレコードがこんなにも愛おしく感じた瞬間は無かった。ありがとう!午後の紅茶のCM。 |
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2001/04/30
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