海津ヨシノリの気まぐれコラム/2001年07月分(0524〜0554)


0524 ●芳香剤の危険性
昨今は、真面目に探すと、芳香剤のあまりの数に圧倒されるのではないだろうか。かつて喫煙していた頃はたとえベランダでホタル族をしていたとは言え、若干の煙が部屋の中に入ってしまうのは避けられず、その問題処理用として市販の芳香剤を利用していた。しかしねこれは少しずつエスカレートし、利用している者の嗅覚を完全に麻痺させてしまう。更に最近はあまり表向きは大きく騒がれてはいないもののね人体への悪影響を危惧する専門家も現れ始めている。口に入れる食品ではないこれらの製品に対しての基準は実に甘いと言わざるをえないだろう。そんな危ない情報をつかんでから私の家では市販の芳香剤にはやたらとナーパスになっていた。そんな折り、二子玉川園に出来た無印良品で本物の花をドライフラワーにした自然の芳香剤を偶然見つけた。思えば昔からこういったものは色々な場所で見てきたが、実際に購入しようとは思わなかった。それはね殺伐とした部屋には向いていないという勝手な先入観からだったのである。そこで試しにこれを購入し、部屋においてみたところ意外ともいえる自然な香りが大好評となった。説明書を捨ててしまったので詳しいことは判らないが、仮に若干の科学薬品が含まれていたとしても、100%が人工科学薬品よりは好感が持てる。また、部屋におく場合も小さい袋に入れて適当な場所に吊したり、目の細かい虫カゴのようなものに入れるといった使い方になるのも楽しい。ただでさえ知らない間に多くの化学薬品を吸引している現代人は、もう少し自然のほのかな香りに敏感になってもいいのではないだろうか。
2001/07/01

0525 ●炎天下に7時間
7月1日、六郷土手に朝っぱらの8時前から所要で出かけて7時間過ごすはめになったのだが、なんとこの日は驚異的な猛暑。午前8時過ぎで既に30度を突破していた。それでも一応の猛暑対策(日焼け止めと防止の下に被るバンダナを用意していたのは良かったがここまで異常な暑さなら長袖のシャツを用意しておくべきだったと後悔)をしていた私は辛うじて倒れるようなとは無かったが、周りにいた大人や子供の幾人かは熱射病で倒れてしまった。子供の頃、これだけ熱い時は定期的に水道に頭を付けて、吹き出る水を頭と言わず、場合によっては全身に浴びていた私はふと、この六郷土手の仮説トイレの近くの水道に目を向けて唖然とした。誰もそんな行為をしていないのである。いや、たまたまこの瞬間にいなかっただけなのだと思い、終始この水道近辺に注意を払っていたが、結局私が六郷土手にいた7時間あまりの間、ついに水道の水を頭からかぶるような事をしている人を発見することは無かった。どうやら、そんな野暮な行為は最近は流行っていないらしい。流行とかの問題ではないと思うが、やはり時代の変化というものなのだろうか。幼児期から茶発・ブランドファッションという脳天気な親子はまだまだ少数派だが、次の世代になれば、それが普通になってしまうのかもしれない。事の是非の問題ではなく、ほんの1世代前の真夏の男の子は半ズボン(死語)にランニング(死語)か上半身裸、女の子はシュミーズ(死語)1枚だったって事はもう誰も覚えていないのだろうか。思い出せば笑っちゃうくらいダサダサだし戻りたいとも思わないけど、なんだか少しだけ時代に取り残されたような気持ちになってしまった。
2001/07/02

0526 ●からしとマスタード
昔から気になっていることに和がらしとマスタードの違いがある。いったい何処がどう違うのだろうか? 大辞林によると、からしとは『芥子菜の種子を粉末にしたもの。黄色で辛みがある。粉末のまま、あるいは練って香辛料とし、薬用にも使う。』マスタードとは『西洋芥子菜(からしな)の干した実を粉末にして作った調理用の芥子。洋芥子。 』となっている。つまり東西の芥子菜の種別は別として種を材料にしているのが和がらし、実を材料にしているのがマスタードということになる。それでは、東西の芥子菜はどの程度違うのだろうか。例えばわさびを例にすると、昔の粉わさびは本物の和わさびを粉末化していたが、最近の粉わさびは洋わさび(緑ではなく白)に和辛子わ混ぜた物に着色をしているらしい。すると、もしかしたら東西の芥子菜も何か決定的に違う部分があるのかもしれない。で、思わず冷蔵庫わ空けてみたがね思えば我が家には和がらしはあるがマスタードは無い。マスタードはどんなものだったかを必死に思い出してみるとハンバーグに使われていたことを思い出したるあれはどう考えても和がらしよりも水分が多そうである。でも、それが本当にそうなのかはマスタードとして市販されているモノを購入してみないと判らないかもしれない。なんだかまたドロ沼に入り込んでしまった。そもそも和がらしとマスタードはどちらが先に誕生したのだろう。どう考えても和がらしはマスタードの模倣のようなイメージがあるが、果たしてそれが真実なのだろうか? 相変わらず何の得にもならない事に悩み苦しむ我が馬鹿さ加減。
2001/07/03

0527 ●フォーカス休刊に思うこと
写真週刊誌という新しいジャンルを確率した老舗的雑誌であるフオーカスが休刊宣言を下した。出版不況も影響しているが、どうやらゴシップネタに読者から愛想を尽かされたというのが大きな要因のようだ。創刊当時、私はこの雑誌にメディアの新しい未来を感じたがねそれと同時に、どうして今まで写真中心の冊子が出なかったのだろうかと不思議に感じていたのを思い出した。しかし、好意的な感覚も、タレントのゴシップネタやヘアヌードなどにシフトするに至り、もう読む気は無くなってしまった。実際私は15年ほどフォーカスに代表される写真週刊誌を読んでいない。そもそも私が勝手に期待していた部分は、くだらないタレントのゴシップ記事ではなく、オンブズマン制度が実質上無い我が国において政治家や官僚などの馬鹿げた行動を監視するジャーナリズムによるオンブズマン制度であった。もちろんそんなものは直ぐに裏切られてしまったのは私が遠吠えしなくても、誰の目にも明らかである。国が抱えている様々な難しい問題よりも、チャラチャラした低俗タレントの馬鹿馬鹿しい動向のほうが気になってしまう大人達は、次の世代を担う子供達の手本となれるのだろうか。確かに出版不況などの影響は大きかったかもしれない。しかし、初心に返り硬派の正統派写真週刊誌にシフトしていたら、違った方向を模索出来たのではないかと私は感じている。そうは言ってもゴシップネタにしか興味を示さない大人が多いと言うことは否定出来ない事実である。だから、時代は何も進歩せず、相も変わらず海外在住で有権者を馬鹿にしているとしか思えない、訳の分からない自画自賛のタレントを筆頭に、大挙して比例区に立候補するのを見ると、やはり知名度だけでお馬鹿なタレント議員が沢山誕生してしまう結果が大いに予想出来てしまう。外務大臣も『比例代表で訳の分からないオジサンやオバサンが当選してしまう』と吠えていた。私は、なんだか寒いモノを感じずにはいられない。
2001/07/04

0528 ●PowerMac G4 Cube製造打ち切り
とうとうPowerMac G4 Cubeの製造の打ち切り表明が出てしまった。私はCubeはデザイン的には秀でたマシンであったと評価しているが、それが一般消費者の購買意欲には繋がらなかったのだろう。思うに、旧iBookの時も同様だが、リリース直後に、所謂エバンジェリスト達のファーストインプレッションが、様々なメディアで一斉に火を噴き出すが、どう冷静に見ても、言葉は悪いがヲタクの目でしか評価していないような気がする。例えば新旧のiBookの違いをネチネチとやるライター。それらが同時リリースなら読者にとっては有益な情報だが、必要以上(主観だけが一人歩きした誹謗一歩手前の比較)の比較記事は読んでいて馬鹿らしささえ覚える。コンピュータ機器の世界は1年違えば一般社会の10年ぐらい、いや、それ以上の違いがある。10年前のテレビと最新テレビをネチネチ比較する事の意味って本当にあるだろうか。あるいはヲタクライターの求めていた方向ではなかったために意味もなくボロ糞に評価されてしまう等、冷静に読むと神経を疑いたくなるものは少なくない。もちろん全てのライターの方の事を指しているわけではない。が、やはり少し変である。そして、悪いことにそれらの評価はそのまま販売店などにデマのような形で浸透してしまうのである。私は何度も実際に見ているが、『通信と家庭内のデータ整理程度にしか使わないので』と言ってCubeやiBookに興味を示している購買者に対して違うマシンを勧める店員は後を絶たない。ひどい店員はApple製品は欠陥製品なので買わない方がいいとまで言っている瞬間も私は目撃している。聞けば販売店サイドではアップル製品は報奨金も無く、うまみが少ないので売る気は無いらしいが、それならWindowsマシンを勧めてもいいはずなのに、CubeやiBookを求めてきた人にタワータイプのG4やPowerBookを勧めていたのは何故なのだろう。少しばかり誇張した表現を取ると、軽自動車を求めに来た軽自動車で事が足りる人に、スーパーカーを売るような状況である。いや、もっと違う角度から見てみると、iMacから始まった革新的なデザインのコンピュータ文化も、実は一握りのヲタクの世界から逸脱することは無かったということなのかもしれない。本当だとした、ちょっぴり悲しいものがある。とは言ってもCubeは世界的にブーイング状態であったことは確かだ。ということはCubeを称賛しちゃう私はセンスが無いということかもしれない。ヒクヒク。
2001/07/05

0529 ●ケーブルTVラッシュ
ここのところ毎日のように近所でケーブルTV工事が行われている。一番びっくりした時で一日で、5箇所ほどを確認したことがある。そんなにケーブルTVがとづんはやり出すことは考えられないので、この現象を気にとめていたが、遂に工事現場のおじさんに直接規定納得してしまった。つまケーブルTVインターネットサービスのための工事が突然増えだしたそうだ。ケーブルTVのインターネツトサービスは日本全国に色々な会社が乱立しており、規格は統一ではない。つまり256kbpsという最低の環境のところから、私の使っているように14.3Mbpsというところまで速度差にはとんでもない幅がある。そこで簡単に調べてみると、私の利用しているところは異常ともいえるスピードのようだ。ADSL(8Mbpsよりも高速なADSLが無いという前提で)よりもも約2倍速いのだから。しかも上位回線は180Mbpsである。もちろんいきなりこのスピードになったわけではないが、毎月のようにスピードアップの工事が行われてこのような環境になっている。そんなわけで、この環境にすっかり慣れてしまった私はある意味で通信スピードに鈍感になっている。私より遅い環境は理解できないからだ。恐らく下の部屋に常設しているAirMacで通信を行っている初代iBookですらADSLより高速だろう。でも、流行の嫌がらせとしか思えない意味不明のFlashコンテンツの波を思うと、理想はやはり今の100倍ぐらい高速になってもらいたいと感じている。そもそもあのとてつもなく重くて遅い(全てのFlashコンテンツがそうだという意味ではない)コンテンツを普通の環境の人はどうやって我慢しているのだろうか。まさか56kのモテムでじっと我慢していたりするなんてのは、ホラー映画のようで怖いから勘弁してほしいのだが・・・。
2001/07/06

0530 ●ナッツ過食の腹痛前科
最近ナッツ類に多く含まれているビタミンE の必要性がクローズアップされているが、そんなことはどうでもよく私はナッツ類に異常に反応してしまう。兎に角、大好物なのである。アーモンド、ピスタチオナッツ、ピーナッツ、クルミ、マカデミアナッツ・・・ナッツ系なら何でもOKである。ただし、困った事に見境無く暴飲してしまうのが悩みの種である。完全に体に良いという次元を必ず通り越してしまうほど狂ったように食べてしまうのである。つまり無確実に一袋いってしまう。ナッツ類に関しては私の胃袋は、ピーナッツなら千葉産の大きな加味袋入りでないと足りないほどのブラツクホールと化してしまうのである。当然翌日は必ずと言っていいほど腹痛に苦しむことになる。それでも最近は、少しだけ大人になったので、保暴飲は慎むようになったが、先日、久しぶりにピスタチオナッツを買ってしまったのが地獄の始まりであった。もう説明はいらない。兎に角1時間足らずで一袋を平らげてしまい、予定通りに翌日は腹痛でもだえ苦しんだのである。やっぱり胃袋も鍛えなくてはいけないな〜と痛感するもね私は胃が若干弱いので、自重したほうがよさそうだ。でないと自嘲しなくてはならなくなってしまう。でも、ナッツ類もそうだが、私は酒のつまみ系の食べ物が異常に好きだということを思い出した。酒は飲まないのにつまみは食べる・・・これって一種の変態だろうか。酒好きの青山の友人におもいっきり馬鹿にされそうな今日この頃である。でも私としては夏は冷たいビールより、やっぱり冷たい麦茶が一番なのだから・・・。
2001/07/07

0531 ●やっと実現されそうな都立高校の学校群制度廃止
今となっては衰退した現実しか見ていないので、理解に苦しむ方も多いだろうが、都立高校と言えば、かつては一握りの私立高校を除けば名門的な位置づけであった時代がある。それが学校群制度がガチカヂに施行され、生きたい学校を選べなくなってしまってから徐々に都立高校は衰退していった。そしてねそれと反比例するようにね失礼ながら掃き溜めのようだった私立高校が今では名門高校として人気を集めている。まさに学校としての企業努力である。そこにはコツコツと地道に学生の学力向上に人力されてきた教職員の方々の涙ぐましい努力があったと聞く。かたや都立高校は魂を抜かれたかのように画一化の道を歩んで衰退してしまった。我が国は共産国家ではない。そして大切なのは誰もが同じではないという事である。聞けば一部の公立小学校などでは運動会の徒競走の時に同じスタートをする者同士が手をつないで完走し、着順を決めないそうだ。争うことは危険な思想だという事らしい。これじゃ、まるでどこかの政党が自分の政党に人気がないことを逆恨みするかのごとく、現政権の人気に嫉妬し、事をあろうに、戦前に戻る危険な現実と吠えている、いや、頭がキレたとしか言えない話をしているのとなんら変わりないように感じてしまった。ところで話を現実に戻すと、かつて運動会の徒競走は上位3位まで賞品が出た。ノートや鉛筆の類だったが、私も一度だけ2位でノートをもらったことがある。これは優劣を付けるという意味ではなく、頑張った者には恩恵があるという事を教える正しい教育であると感じている。それに引き替え今はホームレスを手厚く保護しようという理解に苦しむ法案を通そうとする政党に代表されるように頑張らない人を擁護する訳の分からない価値観が正義となって久しい。社会で頑張らない人と社会的弱者とは別である。これじゃ、次の世代を担う子供達だってキレてしまうのは当然だ。誰でも全ての人がオールマイテイーに何でも出来るスーパーマンなんかには絶対になれないのである。何か一つの事に秀でているのが人間である。もしそれが差別だというのなら映画マトリックスのような世界になった方がマシというものだ。どちらにしても、少しずつまともな状態に戻りつつある状況は諦めかけていた者たちの光となっていることは確かだ。あとは足を引っ張る一部の偏重メディアに注意すべきと言ったところだろうか。
2001/07/08

0532 ●スピルバーグのA.I.で思うこと
恐らく映画の興行記録を更新するのは確実であろうスピルパーグのA.I.は見たい映画の一つだ。スタンリー・キューブリックの意志を継いだという事だが、時を同じくして手塚治虫のメトロポリタンが上映されることで気になったことがある。A.I.のデイビッドってほとんど鉄腕アトムではないだろうか。アトムの葛藤がそのままA.I.のテーマになっている。鉄腕アトムはかつて少年という月刊誌に連載され、TV放映もされ、最終回は人類を救うために太陽に突っ込んでしまうのだが、サンケイ新聞に、その後のアトムの話としてアトム今昔物語が連載され好評を博していた。実はこのアトム今昔物語も完読してはじめてアトムの葛藤が理解出来るのだが、それはさて置き、最近流行の日本のオリジナル作品のパクリをスピルバーグが(もとアイデアはキューブリックだからスピルバーグに罪は無い?)やってしまうなんて少しばかり悲しい。ルーカスと並んで日本通で日本の大衆文化に理解の深い彼なら鉄腕アトムを知らないはずがない。そしてアトムはメトロポリス(作品そのものは大好きだった手塚治虫の初期の作品として期待していたが・・・)のティマそのものとも解釈出来る。でも、そうすると若かりし頃の手塚治虫がデイズニー作品の影響を受けていたことにより、ピノキオがティマでありアトムであるようにも思える。確かにここまで屈折した解釈はやりすぎかもしれない。でも、少なくとも私にはデイビッドはティマであり、アトムに見えてしまうのだが・・・やはり考えすぎだろうか。
2001/07/09

0533 ●七味唐辛子フェチ
私は調味料をあまり多用しないので、時々コテコテの中華料理を外食すると翌日気分が悪くなることが多い。最初は理由が判らずに困惑していたが、医者に相談したところ化学調味料の固まりのような中華料理は慣れていない人が食べると体調を崩すそうだ。普段自宅では調味料をあまり多用しないような方は注意が必要だ。ところで、調味料をあまり多用しない私も七味唐辛子だけは別であるるもちろん何にでも入れるというわけではないが、みそ汁、焼きそば、などには必需品である。それでも昔は大量摂取は体に良くないと思いこんでいたが、原材料は唐辛子粉・黒胡麻・山椒・芥子の実・麻の実・陳皮・青海苔の七種類で、全て合成物質ではない自然の食材である。どう考えても体に悪いわけがない。もちろん異常な量の摂取はどんなものでも体に良くないので、ほどほどなのは言うまでもない。思えば私は甘いモノも好きだが辛いモノも好きである。いったい何時から辛いモノが好きになったのかは覚えていないが、多分カレーが原因だったような気がする。赤坂にあるモテイというカレー専門店のインド人オーナーの友人と知り合いなので、勤め人デザイナーであった頃は、頻繁に出かけていた。兎に角おいしいのである。いや私的においしさがベストマッチと言うべきかもしれない。更にここのスペシャルホットという激辛カレー(インド的には普通だそうだ)に2度挑戦したのも少なからず影響している。1度目は完食できたが、2度目は徹夜明けで体調が悪かったのが原因か?完食できなかった。やはり夏は辛いモノがいい。もちろんカレーに七味唐辛子は入れないが、餃子には使う・・・と、ここでまた話を戻すと、そもそも七味唐辛子を好きになったのは何故なのだろうか?という疑問が沸いてくる。しかし、これを私自身は明確に答えることが出来ない。基本的に食生活は和食なので、七味唐辛子を多用するようなシーンはどちらかと言えば少ないはずなのに・・・。
2001/07/10

0534 ●親日的な国を知らなかった非礼
ちょっとした調べもので、親日的な国を探してみたら、ざっと次のような国が検索に引っかかった。・・・イラン/インド/インドネシア/ウズベキスタン/エチオピア/エルサルヴァドル/エルサルバドル/オーストラリア/キルギス/ケニア/サモア/シリア/スーダン/スリランカ/タイ/チリ/トルコ/ネパール/バキスタン/バハレーン/パラグアイ/パングラデッシュ/フィンランド/ブラジル/マレーシア/ミヤンマー/モンゴル(あいうえお順/俗称で国名としては正式でないものもある)・・・。もちろん他にも探せばあるのだろうが(実際私は、今回の検索で、ヨーロッパとアフリカについては調べ方が足りていない)、著名な親日国というと、だいたいこのような国になるらしい。で、私としては名前は聞いたことのあるところばかりだが、どんな国なのか理解出来ていないところがあり、勉強不足を大いに恥じている。日本は、世界的には言われなきバッシングしか受けていないと思っていた私にとっては、これらの国が引っかかってくれたことに正直言って驚いている。しかも政府関係の公式データなのだから信用してよいだろう。こうなると知らなかった国について俄然勉強したくなってしまった。少なくとも首都と著名な観光地(このあたりが志の低い証拠?)あたりから調べなくてはならないのは言うまでもない。でも、コロコロと国名を変えてしまう国があって、しかも旧国名なら判るが・・・という国については、いきなり突っ込まれても、訳が分からなくなってしまうのは私だけなのだろうか。社会に出て、国際情勢に鈍感で無関係な仕事に就いてしまうと、よほどの政変や大事故、あるいは反日バッシング報道でもないかぎり外国の事はニュースに流れないのが現実である。そうでない時はしょうもない芸能ニュースかスポーツニュース満開がおきまりコースである。でも、それはある意味でとっても不幸な事なのかもしれない・・・と最近感じるようになった。いや〜しかし、水爆作っていて、ODAの利子すら払わず、日本企業の製品の偽物を政府として見て見ぬ振りし、なにかにつけて反日キャンペーンに余念のない国なんかに湯水のようにお金をバラまくんだったら、親日的で真面目な国にODA を実行したほうがいいと思うんだけど、何かやっぱり裏があるのだろうか?
2001/07/11

0535 ●電源交換で得した気分?
Apple Computerが,PowerBook G3用の電源アダプタをリコールしていたことを偶然発見した。対象となるのは、1998年5月から2000年3月の間に出荷された2足コネクタの電源アダプタで、北米、日本を含むアジア諸国、ラテンアメリカなどに57万個出荷されたそうだ。症状は、過度に熱くなることが問題で、怪我人は報告されていないが、早急に代用のアダプタを注文するよう呼びかけているので危険性は高いようだ。なにより、『万一使用する場合は、その場を離れることがないように』なんて言ているのを見れば、やっぱり相当危なそうだ。だいたいこういった問題は私はいままで遭遇した腰が中ツタので、緊張感は無かったのだが、なんと私のPowerBook G3/266が該当マシンということに気が付くのに、さして時間はかからなかった。あとは速攻でApple Japanのサイトから申し込みをした。すると兎に角5日以内に宅配便で発送されるそうなので、その時に問題のアダプタを手渡しすれば良いらしい。ということは7月13日頃に届くかな?と思っていたのだが、本日11日、皮肉な事にシャワーを浴びている時にいきなり宅配便が来てしまったのである。流石に素っ裸で対応することはせず、別の者に対応を委ねたが、もし私だけだったらと思うと思わず腹が痛くなるほど笑いこけてしまった。そて問題の代替え電源を箱から開けてびっくりしてしまった。iBookの電源とまったく同じなのであるるコンセントから円盤までのケーブルの色が違うだけで、タイ製というのまでまったく同じである。ということは電源そのものの規格って4年ほど変わっていなかったのだろうか。どちらにしても、電源が同一なので混乱もなくなり私としては便利になった。もちろん知らずに発火の可能性のある電源を何年も繋げっぱなしだった事の恐怖は今頃やってきた。世の中案外こんなものなのかもしれない。
2001/07/12

0536 ●公立学校の建物の完成度
公立学校の建物についての疑問点を以前書いたが、この猛暑の続く中、公立学校のほとんどはエアコンすら未だに無いそうだ。条件の良い学校で保健室にエアコンが入っている程度らしい。外断熱処理(頭の固い建築業者は未だに外断熱を主流と考えていない。湿気が多く、四季のある我が国にはもっとも適切な断熱工法なのだが・・・)されているわけでもないコンクリートの固まりのような箱の中で、いったいどうやって勉学に励めと言うのだろうか。『昔はエアコンなど無かった』なんて言う訳の分からないオジサンがいるとしたら、大馬鹿者である。昔は都市そのものが熱を持っていなかったのだから、今のような猛暑は無かったのである。例えば家々から出るエアコンの廃熱、車の排気ガス、アスファルトで覆われた道路やコンクリートの固まりのビルディングの照り返しによる二次放熱・・・これだけでも想像を絶しているはずである。聞けば世界の大都市の中で毎年地熱の上昇が著しく高いのが東京だそうだ。そして外とは別世界のようにデパートなどのショッピングモールでは肌寒いほどの冷房をかけている。これじゃ、体がおかしくなるのは当然だ。聞けば最近の子供の体温は、一世代前の日本人の平均よりも極端に高かったり、低かったりする者が多いそうだ。ニュータイプと一括りでかたづけてしまうのは簡単だが、一種の文明病だろうか。それはそれでどうしようもない事かもしれないが、少なくとも次の世代を担う子供達には適切な教育環境を提供することは大人の義務ではないだろうか。それと体育館の観覧席と更衣室は何故ないのだろうか?不思議でしょうがない。
2001/07/13

0537 ●牛乳パックは行楽の友
実際に既に使われている方も多いだろうが、私はつい最近この事実を知って目から鱗状態であった。知らない方の為に整理すると、こんな具合である。使い切った牛乳パック(形状が同じであればなんでもよいが、臭いのとれないモノは使えない)に水を入れて製氷室で凍らせるのである。これをクーラーバックに入れれば簡易冷蔵庫に早変わりする。もちろん市販のクーラーバツク用の冷却用氷もあるが、この牛乳パック氷のメリットは形状が立方体で、巨大なこと。なにより、折り畳み式のバケツに出先の水道水をいれて、その中にこの牛乳パック氷をいれれば瞬間にして冷水が出来上がる。夏場のバーベキュー、あるいはスポーツ大会などには必修アイテムではないだろうか。また、ちょっとした散歩などにの為に水分補給したい場合は、小さいペットボトルに水を3分の1程度いれ、口に水が届かない程度に傾けて製氷室で凍らせてから、出かける時に普通の冷水をつぎ込めば、どんな炎天下であっても、小一時間ほどは喉にしみ入る冷水が確保出来る。これ・・・一度やると癖になってしまう。そう言えば昔、缶ジュースが出始めの頃、冷蔵庫で凍らせてからタオルで包んで遠足に持っていった事を思い出したが、よく爆発しなかったものである。缶は冷凍室で凍らせると爆発する危険性が高い事は今では誰でも知っているが、子供の頃の私はそれに気が付かなかった。ただし、幸いなことに一度も爆発事故には遭遇しなかった。もしかしたらこれで私は一生分の運を使い切ってしまったのかもしれない。
2001/07/14

0538 ●AdobeのMac OS X対応の動向は?
私がこの件についてコメントすると、妙な深読みをされる方がいるが、何も情報は掴んでいないということをあらかじめ前置きしておく。さて、来週からニューヨークで開催されるMACWORLD ExpoにAdobeは参加しないことを表明している。経費削減の一環ということのようだ。Adobeと言えば、Appleとは切手も切れない関係のメーカーであり、業界を背負っているのは誰もが認めるところだ。最近、そのAdobeに対してユーザーの多くが気にしている事柄にMac OS X対応の行方というものがある。現時点で公式表明があるのはAcrobatだけだからだ。確かにAcrobatは必修アイテムだが、プロのグラフィックユーザーとしてはPhotoshopやIllustrator、InDesignなどの動向が気になるところだ。ところで、批判を恐れずに言うと、何故かマイナーなソフト、あるいはシェア的にプロにはあまり相手にされていないソフトばかりがMac OS X対応を表明しているのは何故なのだろう。この機会にシェア奪回を考えているのだろうか。個人的にはそんなに甘くないと感じている。さて、確かにMac OS Xは斬新で面白いソフトだと思うが、常用ソフトが対応しなくては真剣に以降することが出来ない。そもそも多くのプロの知り合いは、既にリリース間近のMac OS 9.2あるいはその先の9.X・・・ぎりぎり、9.999ぐらいまで使い切ると宣言している方が多い。流石に2年もすれば環境は揃うとは思うが、下手をするとこのドサクサにWindowsユーザーにシフトしてしまう方が多くなるのではと少々心配している。なぜならMacintoshでなければ使えないプロ用のソフトは今は皆無だからである。
2001/07/15

0539 ●『ギャンブルくじ』などいらないのでは?
サッカーくじtotoの赤字転落が決定的となったようだ。買う人、買わない人はまさしく個人の自由であり、妙な胸算用をした関係者の罪は重いかもしれない。そもそもこの手の『ギャンブルくじ』は本当に必要なのだろうか。くじとは言うものの、はっきり言って博打である。聖人君子で目くじらを立てるなんてことはさらさら無いが、青少年に対してこの博打を容認するというのはどうも納得できない。何も日本人の勤勉と倹約の祖である石田梅岩(いしだばいがん/1685〜1744/江戸中期の町人思想家/石門心学の創始者)や二宮尊徳(にのみやたかのり/1787〜1856/江戸後期の農村復興の指導者)の精神を受け継ぎ、勤勉と倹約に努めよと力説しているわけではない。誰だって楽して豊かな生活を送りたいと感じているのは当然だ。しかし、最初から楽をしていいものだろうかる確かにそれで生涯をまっとう出来るのなら誰も文句は言わないだろう。人間が都市という空間で共存するということは、様々な関わりの上に成り立っている。どこかで額に汗して働いている人の恩恵に必ず与るのである。もし、全ての人が何某かの生産に一切関わらなかったとしたら、この世界は瞬時に崩壊してしまうことぐらいは子供でも理解出来る。マッドマックスやウォーターランドの世界だ。浪花節を唱えるつもりなど毛頭ないが、若いときから一発当てるみたいな博打人生を目標にするような生き方を大人が手とり足とりで宛っていいものだろうか。関係組織に関わっている方には大変腹立たしい意見となってしまうことをはじめに謝っておくが、私は、公営ギャンブルも含めて博打の全てに対し、その必要性に疑問を感じずにはいられない。私は堅物すぎるだろうか。
2001/07/16

0540 ●インド料理はダシをとらない?
ある人と話していて『インド料理はダシをとるのだろうか?』という素朴な疑問にぶつかった。誤解を恐れずに話を進めるとインド料理と言えば私にとってカレーしか頭に浮かばない。少なくともポピュラーな食べ物はカレーあるいはその延長上のものだけのように思うのだが、それは偏見だろうか。心のどこかに偏見ではないかという気持ちがあることは確かだ。例えばそれは外国人から見た日本食は、寿司、天麩羅、刺身、すき焼きだけだと聞いたことがあるからだ。もちろんそれは日本を見たことのない人の話であるのは言うまでもない。さて、話をカレーに戻すと、やはりインドの人はカレーしか食さないとしたら、基本的にダシをとるという行為は無いことになってしまう。だしをとらない料理というのは無いと思いこんでいた私にはちょっとした衝撃だった。ただし、それは日本人的なダシという意味での話であり、もしかしたら日本人には、とりわけ私には理解できないようなダシというものが存在しているのかもしれない。だって普通カレー作る時にダシなんてとらないはず?と思っていることがそもそも私の大勘違いなのだろうか? ちなみに私は激辛シーフードカレーまたはベジタブルカレーが好きである。3番目がチキンカレーだろうか。ビーフカレーはインドの方に敬意を表して、自宅では基本的に作らないので当然食べないことが多い(偶然そうなってしまった)。そう言えばアジア料理で好きな順番は、カレー、ラーメン、チャーハンだったりする。芸がないと言われると返す言葉がない。でも、これってほとんど日本食と言ったほうがいいほどオリジナルから逸脱しているということはあまり知られていない。
2001/07/17

0541 ●低迷するハードディスク業界
コンピュータと言えば、ストレージメデアの代表として今ではハードディスクを知らない人はいないほどポピュラーである。その昔、コンピュータはカセットテープを使ってデータを保存していたなんて言おうものなら、化石扱いされるだろう。近年は倍々ゲームであった容量の増大と価格の半減が、どうやら頭打ちとなってしまったらしい。本当なんだろうか。根底は PC業界全体の不振、とりわけWindowsマシンの販売台数の頭打ちが要因(だからと言ってMacintoshに代表されるような非Windowsマシンが爆発的に売れているわけでもない)なのだが、淘汰は仕方ないとしても、安心出来るメーカーが淘汰され、粗悪な製品を作り続けているメーカーが生き残るのは個人的に許せない。今時そんなメーカーがあるのか?と疑問視する方もいるかもしれない。しかし、これがあるのである。事実は小説より奇なりは本当だ。思えば最初に手したハードディスクが懐かしい。以前この話はコラムネタにしたと思うが、新型のiBookを8〜10台ほど積み上げたような容積の巨大なハードディスクで容量は10MBであった。12年以上前で確か価格は30万円だった。もっともこれは実際に購入したわけではなく、ある人の中古を私の使っていた複写機と交換したのである。多分こんな話は既に理解出来ない人のほうが多いのだろうが、コンピュータ業界の今の常識も10年先の若者には理解出来ない世界になっているのは確かだろう。その頃またこの最初に手にしたハードディスクの話をすれば、確実に原始人扱いされるに決まっている。でもこの原始人は捏造じゃないぞっ!
2001/07/18

0542 ●大根おろしの代用品
大根おろし(大根卸し)が無いと死ぬ私である。シーフードや野菜のフライには必修アイテムである。当然、天麩羅によし、納豆にも無いとダメ・・・。ということで、私にとって大根は隠れキャラのような野菜となっている。もちろん千切りにしてみそ汁に入れれば至福の時を迎える事が出来る。ところが、これだけ利用範囲の広い大根も、冷静に考えてみれば特殊な料理に使われるという状況ばかりだ。天麩羅やフライを毎日食べるなんてあり得ないし、納豆は主食ではない。結果、意外と大根が冷蔵庫に入っていない場合が少なくない。『しまった大根が切れている』と気づくも後の祭りというわけだ。例えば納豆に入れるのであれば人参おろしでもOKだが、やはり味は大根おろしとは違う。ところが、最近この大根の代用品、正確には大根おろしの代用品を発見したのである。それは玉葱である。最初は『そんな馬鹿な』と思ったが、本当に騙されてしまったのである。まず納豆に入れてみたが気が付かなかった。次に天麩羅の時に代用してみたが、これも違和感はなかった。こうなると大根の使命は消滅してしまったような感じを否定できない(大袈裟な)。玉葱なら保存もきくし、みそ汁に入れてもおいしい。玉葱そのものをフライにするのもイケテル(死語)。かくしてこの代用品を発見してからというもの、我が家では大根の使用頻度が激減してしまった。そう言えば、ハワイ産の玉葱は丸かじり出来るほどう甘くてサラダ用に重宝されているらしい。日本では手に入るのだろうか。取りたての長葱にら味噌付けて生でバリバリ食べたりするが、流石に玉葱はバリバリ食べるなんてことは出来ないので、このハワイ産の玉葱は前からとても気になっている事の一つである。
2001/07/19

0543 ●水洗電動シェーバー
髭剃りにはドライ派(電気カミソリ派)とウエット派(カミソリ派)がある。ちなみに私はドライ派であったが、ここ1年ほどはウエット派に改宗していた。理由は常用していたシェーバーの手入れが面倒なのと、替え刃がとんでもなく高いことを知ったからだ。いや、それでも替え刃は何度か交換していた。そもそもこのシェーバーはドイツ製で、既に2台目。一台目は今は無き西ドイツ製であった。さて、手入れが面倒とはどういった事かというと、洗浄が面倒という事である。やはり自分しか使わないとは言うものの衛生面には注意を払いたい。それなら国産の刃先が水洗出来るシェーバーを買えばよいではないかという結論になるがねそもそも10年異常前から存在していたこの国産の水洗電動シェーバーの性能に疑問符を付けていた私はそのままトラウマ状態で国産製品は、はじめから見向きもしなかった。ところが、ちょっとした事で最新型を利用している方の話を聞くことができた。聞けば彼もつい最近までドイツ製で頑張っていたようだ。それが見事に改宗してしまった話を聞き、私もいっきに衝動買いしてしまった。現行ドイツ製品の替え刃フルセット代金で購入出来てしまう価格である。少々その価格差にカルチャーショックを受けてしまった。もちろん探せばドイツ製でも似たような水洗電動シェーバーがあるのかもしれけない。しかし、調べた限りではこういった小細工の出来る製品で完成度が高く手頃な価格となると、やはり日本製しかないようだ。さっそく風呂場で使用してみたが、あまりに切れ味が良すぎていきなり下顎のあたりに擦り傷を作ってしまった。皮膚が弱いから電気カミソリ派だったのが、なんだか少々心配になってきた。
2001/07/20

0544 ●花火は何故花火
7月20日は海の日だが、まったく無関係に、今年最初の『花火』を多摩川の河原で行ってきた。毎年恒例とは言え、確か本来は御法度の場所である。しかし、都会住まいでは『花火』を楽しむ場所すらなくなって久しい我々にシンガポールのように『花火』を行ったら罰金みたいな結末だけは避けたいものである。というわけでね当然ながら完全装備で出かけるのは毎度のことである。まず、水をはったバケツ/除虫剤の含まれた火元になる大型の蝋燭/軍手。こうして完全防備で『花火』を行った後は何故か荷物が増えてしまうことは、昨年の同時期にコラムで書いたが、まだ夏の始まりということもあり、今回は他の方の『花火』の残骸は皆無であった。ところで、『花火』は英語では(Fireworks)というが、いきなり(Fireworks)と言われると、私はMacromediaの(Fireworks)が頭に浮かぶんてしまう。これってやはり職業病だろうか。思えばどうしてあのソフトは(Fireworks)なのだろうかという疑問もあるが、それを言うと、どうして『花火』が(Fireworks)なのだろうかという疑問も出てくる、(Fire)だけなら『火事』だから直訳的には『火仕事』となる。それじゃ『焚き火』はどうして(Bonfire)なのだろうか。素直に訳せば(Bon)は(Good)だから『良い火』ということになる。なんて馬鹿なことを考えていたらねあっという間に花火のストックが底を突いてしまった。毎度つまらないことにエネルギーを使いすぎる私の悪い癖が今宵も出てしまった。なんとかは死ぬまで直らないのだろう。
2001/07/21

0545 ●ネットに横行する揚げ足取り軍団
ネットワークという世界にいきなり入って、BBSや掲示板、あるいはメーリングリストなどで不快な思いをしなかった方はまず居ないだろう。何かが一般世界と少し違っている特殊な価値観とタイミングの世界に誰しも最初はとまどうはずだ。特に一般社会で真摯な行動をしてきた人ほどとまどうのがこの世界である。やっぱり尋常な世界でないのは確かなようだ。例えばある方が質問をアップしたとする。たわいもない質問だが、言われてみると自分でも曖昧に考えていた問題なので、独自に調べてみると思いも寄らない事実を知って目から鱗が出たりする。そうなれば必然的に質問者に対して解答をアップしたりするが、質問者が質問をアップして数日経過しても、誰一人解答らしき書き込みをしていない状況で回答をアップすると、『飛んで火にいる夏の虫』とでも言いたげに、魑魅魍魎のたぐいが、ワサワサと解答発言のあら探し発言を始めるのである。普通の人間はここで『そんなに詳しく知っているのだったら最初からあんたが答えればいいではないか!』と思いたくなるが、そんな発言をしたらそれこそ相手の思うつぼである。自らは決して最初の回答者にはならず、誰かの解答のあら探しやミスを発見しては『したり顔』で蘊蓄を垂れるってなんだか卑劣だと思うけど、決してキレたりしてはいけないのである。それこそ相手の思うつぼだからだ。
2001/07/22

0546 ●パイナップルアイス
子供の頃よく食べていたパイナップルの輪切りの形の氷菓、つまり、かき氷を固めたようなアイスを偶然見つけて買い込み、いきなり2つも平らげてしまった。思えば小学校に入る前の私は、パイナップルと言えば缶詰のものしか知らず、形状は輪切りで、中心に穴の空いた果物だと勘違いしていたので、この輪切りのパイナツプルアイスは夏の定番となっていた。実際、初めて本物の生のパイナップルを見たときはショックで固まってしまったものだ。初めて見るパイナップルは強烈な形状である。さて、問題のアイスだが、もちろん本物を凍らせたわけではなく、氷で作った偽物なのだが、やはり、当時の甘味料と着色料の黄金技で本物のような錯覚を当時の子供達に与えていた。余談だが勘違いと言えば、今時の子供はね魚は切り身で泳いでいると錯覚している子も多々あるとか? 本当だとしたら怖い。ところで、何かの本で読んだ話によると人間は幼児期に食べたものを老年期に入ると求めるようになるらしい。すると私が老人になった頃(既に入り始めているという説もあるが・・・)は、パイナップルアイスに粉ジュースだろうか? もちろんこの程度なら笑えるが、今の小学生が老年期に入ったら、ハンバーガーにポテトチップを求めるようになるのだろうか。そんな光景を否定するものではないが、なんとなく風情には合わないようで寂しいものがある。もっとも、パイナップルアイスに粉ジュースだってお世辞にも風情に合うわけではないが・・・。
2001/07/23

0547 ●瞬間的な気分で判断する
23日、友人の石川浩二さんの個展のオープニングパーティーがあるというので原宿の会場に出かけた。車が使えない状況だったので、バスで田園調布まで出かけ、そこから東急東横線で渋谷まで出てからJRで原宿という手順を踏んだ。ところが普段電車に乗り慣れていないので時間配分を勘違いして随分早く着いてしまった。そこで原宿の町を散歩でもして時間を潰そうと考えていた。少なくとも改札を出るまではそう考えていた。原宿と言えば大昔、ガールフレンドと賞品リサーチをよく行っていた場所であるる雑貨ショッサプの走りの頃の話だ。今では随分ファッション化されすぎてしまったが、当時は色々と怪しい店が多かった。なにせあの大中ですら本当に怪しい中華雑貨店だったのである。そんな昔の事を思い浮かべながら原宿の改札を出たところで私は現在の原宿に引き戻されてしまった。そこには夢遊病のように視線の定まらない若者が亡霊のように集中しているのである。暑さも手伝い瞬間私は『私のいる場所ではない』と感じ取ってしまった。あとはもう原宿の町を時間つぶしで散歩するなどという気持ちは消え失せ、ひたすら会場に向かって足を進めている私がいた。会場には異常に早くついてしまったので人影も間ばらで合ったが、その分石川さんや石川さんの奥さん(奥さんとも私は古い友人である)と面白い話をすることが出来たのは大収穫であった。もしかしたら、瞬間的に判断したことは仕組まれていた運命だったのだろうか。運命的なモノはあまり信じないほうだが、渋谷の方角から歩いて原宿に入る時は感じない気持ちが改札を出たときに瞬間感じたというのは、もしかしたら何かが働いていたのかもしない・・・と。単に暑かったからというのじゃいくらなんでも夢が無い落ちだ・・・し。
2001/07/24

0548 ●地下鉄での移動も馬鹿に出来ない
24日、所要で午前11時までに九段下に行くことになった。麹町から九段界隈にかけは頻繁に出かけるのでいつも車を飛ばして出かけることが多い。特に穴場の靖国神社の駐車場は安くて混んでいることがないので重宝している。しかし、今回は所要のために車を使うことができずに地下鉄を利用することになった。これなら徒歩10分ほどのところが都営浅草線西馬込駅なので、車がなくても安心だ。わざわざバスを利用して田園調布まで出かけ、そこから東急東横線で渋谷まで出てから地下鉄、あるいはJRという手順よりは効率が良いと思っていた。しかし、普段地下鉄に乗り慣れていない私はいきなり勘違いをしてしまった。まず私が最初に考えた方法は、【西馬込⇒(都営浅草線)⇒三田⇒(都営三田線)⇒大手町⇒(営団東西線)⇒九段下】である。ところが西馬込の駅で切符買おうとして大混乱になってしまった。九段下の料金が表示されていないのである。しかたがないので駅員に聞くと、『営団との連絡の関係で複数の方法があり、料金が高くなる場合と安くなる場合があるので、乗り換えの方法を指定して真ん中の券売機で購入して欲しい』と説明を受けた。また『まず、西馬込から日本橋まで行き、そこから東西線に乗り換えれば乗り換えは1回で済むし、料金は一番安い』とのアドバイスも受けた。早速言われたとおりに券売機を使うが、ここで思いっきり間違えて営団との連絡なしで指定料金にのボタンを押してしまった。気が付いたのは日本橋の改札である。本来乗り換えであれば切符は改札で消滅したりしない。そう・・・切符が改札から出てこなかったことではじめて事の真相を知ったのは私である。結局、日本橋の駅で営団の切符を買い直し、九段下まで指定時刻通りに無事に着くことが出来た。帰りは行きの教訓から間違えずに券売機をこなしたが、なんだか情けない気分になった。聞けば都営13号線も平成19年完成を目処に工事中とか。きっとそのころはますますわけがわからなくなって、私は券売機恐怖症になっているかもしれない。
2001/07/25

0549 ●ついに届いたウイルスメール
巷で今もっともホットな話題の SirCam ウイルス(ワーム)メールが私のところにも届いた。しかもinfo@kaizu.com宛なのだから悪質この上ない。内容は記事などで読む通りに次のような本文で、【Hi! How are you? I send you this file in order to have your advice See you later. Thanks】というおきまりの書き出しである。またお決まりのエクセルのファイルも丁寧に添付されていた。もちろん私はメールをWindowsのOutlookで読んだりはしていないので感染するような問題にはならないが、もしWindowsのOutlookに移行していたら・・・あるいはMacintoshのウイルスだったらと思うと、ウイルスの性質に関係なく背筋が寒くなる。思うに以前もコラムに書いたが、この手の愉快犯には厳罰が必要ではないだろうか。私は終身刑ぐらいでもかまわないとさえ考えている。妙な話だが、まさにこの手の人達をサイバーテロと命名した人はすばらしいセンスだと脱帽だ。遺恨などで特定の人を恨んでの個人同士の犯罪とは違い、まったく無関係な者が被害に遭うということは到底納得出来るものではない。神戸の将棋倒し事件も、結局は自分の事しか考えていない馬鹿な大人の集団行為が尊い人命を奪っている。やっぱり自衛しか防ぐ方法はないのかと思うと絶望感さえ漂う。でも、ますます巧妙になるウイルスメールを本当に未然に自分自身で防ぐことは出来るのだろうか。正直に言って私には自信が無い。こうしている間に世界中で罪もないネットワーカーが確実に被害に遭っているのである。世界的な規模で法整備が急がれるのではないだろうか。
2001/07/26

0550 ●主催者消息不明のメーリングリスト
97年10月末あたりに友人と始めたとあるマイナーなメーリングリストがある。もっとも主催者はその友人のほうで、私は賛同者という立場であった。特に宣伝することもなく地味にスタートしたので、口コミで会員が増えるまでの数ヶ月は本当に2人しか参加者がいなかったので馬鹿みたいな話の連発であったが、案外その頃が一番楽しかったのかもしれない。ところが、気が付くと今は参加者も増え相当盛り上がっているのは驚きである。ところが、問題は主催者であるAさんが行方不明な事だ。同じ都内に済んでいるにもかかわらず、消息不明状態なのである。彼を知る友人関係の間では『失踪した』『某国に拉致された』『死亡した』など様々な憶測が流れている。なにせ、この3年ほどの間に彼を目撃した者が皆無なのである。電話は一応繋がっているようだが、いくら呼び出しても誰も出ない。携帯も同様である。更にメールに対する返事も届かない始末だ。だが不思議なことにこんな状況にあってもメーリングリストは機能しているのである。そもそも、彼の律儀さと相手に対する気遣いを知っている者にとって、まったく音信不通となってしまったことは理解しがたい事件である。一体全体彼は何処に行ってしまったのだろうか。まさか時間のひずみに飲み込まれてしまったなんて事はないだろうが、まさに事実はしょうせつりも奇なりとはこの事かもしれない。30年ぐらい後になったらひょっこり出てくるのだろうか。そう言えば昔、ニフティーのシスオペの何人かが突然消息不明となった事件があったがね危ない発言をしたので消された(映画の見過ぎ?)のだろうか? それとも現代版神隠しなのだろうか? 考えれば考えれほど謎は深まる。
2001/07/27

0551 ●インクカートリッジの消費スピード
プリンターは仕事柄というわけではないが、大小合わせると10台ほど持っている(どう考えても、個人で使う範囲という意味では完全に変質者だと自分でも思う)。特にレーザー系の大型2台は重宝するのだが、流石に夜は騒音が酷く自宅でSOHO(まっ、差別用語でしょうね。コレ。私は嫌いです。)している者には使用出来ない。というわけでインクジェット系になるが、小型のものはスピードや融通生が悪いので大型の所謂プロ用という機種を外付けPostScriptハードユニットとともに活用・重宝しているのだが、いかんせんカートリッジ代が馬鹿にならない。レーザー系よりは安いが、やはり4本まとめて買うと15000円ほど(セコイですか?)になってしまう。そして小心者の私は必ず予備ストックを持ち合わせているはずなのだが、あまりに消費が多いためか?、とうとう在庫が切れていることを知らずに今日まできてしまった。ま・・・マゼンタカートリッジが空である。こんな時は近所の深夜9時まで営業しているパソコンショップが重宝するのだが、問題のカートリッジは常に1セットしか在庫がない。下手をすると既に売り切れである可能性が高い。もしそうなったら翌日まで仕事を諦めるしかないと決め、ショップに走って物色すること5分・・・。ようやくマゼンタカートリッジを発見した。しかし、案の定4種類あるカートリッジのうち、イエローだけが無かった。もし私のプリンタのからになったカートリッジがマゼンタではなくイエローであったらと想像すると背筋が寒くなった。こうなったら渋谷当たりに出かけた時にカートリッジのストックをまとめ買いすればいいのだが、15000円あったら本やDVDビデオを買ってしまうのが私である。ダメだ〜こりゃ。
2001/07/28

0552 ●テレビが壊れて修理を頼む
メインのテレビのボリユームが調整出来なくなり、常に最大音量となってしまったのでメーカーに修理を依頼した。なにせ購入して10年も経過しているので販売店では相手にしてもらえない。幸い、サービスには定評のあるV社だったので対応も迅速で電話をした翌日に修理担当者が来て、あっという間に修理は完了した。どうやに本体のボリユームスイッチが破損して最大音量で止まっていたらしい。部品は既に在庫が無いということで、そのまま取り除いてもらい、リモコンで操作するようにした。結局、修理代金は出張費用と合わせて5000円となった。凄く良心的で感謝の念は忘れなかった。ところで、修理と言えば、26〜7年ほど前に購入直後のS社のオープンデッキの調子が悪いので販売店に修理あるいは交換を依頼したところ、メーカーかせ著間説修理担当者が来て、目の前で簡単に該当部分のネジを調整しただけで3万円を請求され、キレて叩き帰した(別に殴り飛ばしたわけではない)ことを思い出した。メーカーに苦情を入れ、保証期間内であり、修理代金は払う義務はないと大騒ぎしようとしたが、どうやら下請けのやくざな修理会社に泣いていたのはメーカー自身だったようだ。さて、問題のオープンデッキだが、ロジャー・ムーア主演の007『黄金銃を持つ男』の敵キャラであるスカラマンガを演ずるクリストファー・リーの秘密基地にコンピュータとして鎮座していたのが同じ機種だったので『ヲイヲイ! それはコンピュータじゃないぞっ! そもそも仮にコンピユータだとしても、シーケンシャルファイル検索シテスムで地球を驚異に陥れる制御なんて出来るんかい?』と、映画館で死ぬほど大笑いして周りから怒りの攻撃を受けてしまった。まっ、当時はそんなもんだったのかもしれない。ところで問題のオープンデッキだが、どうやらトラブルの多い欠陥商品だったことも後から判明したが、当時は今ほど欠陥商品に対する対応が市民に浸透していない時代だったので大騒ぎになることもなく自然消滅したようだ。
2001/07/29

0553 ●船の科学館のプールで副流煙地獄
船の科学館のプールは毎年数回利用している。というわけで本日(28日)出かけてきた。車だと20分ほどで着いてしまうので便利このうえない。二式大型飛行艇の現物も拝める妙な空間だが、大田区民で国民健康保険を払っていれば割引券がもらえるのでバツグンに安上がりに楽しむ事が出来る。さてさて今日は少し早めに出かけたが、おもつたより人影は多くなく、気に入った場所を陣取ることが出来た。周りはマナーの良さそうな家族づればかりだったので安堵していたのも束の間・・。突然右横にヤンキー風の3家族が陣取ってきたと思いきや、奥さん連中は子供にスナック菓子の袋を宛ったまま、唐突にチェーンスモークをはじめたのである。もう完全にスモッグの中に入ってしまった状態である。しかも、タイミングの悪いことに今から荷物置き場の場所を変更することは絶望的な状態となってしまった。こうして私は5時間少々をスモッグもどきの副流煙地獄の中に放置されてしまったのである。もちろん遊泳中は彼女たちから逃避することは出来るが、永遠に遊泳しているわけにもいかない。しかし・・・帰る時間になり、プールから出る直前に見た彼女たちの簡易灰皿は、なんとスナック菓子の袋いっぱいにあふれそうな量の吸い殻で溢れていた。あくまでも推測だが、3人はそれぞれが5時間中に少なくとも2箱以上は吸っていることになる量だ。これってもうほとんど人間機関車状態だが・・・まっ、人のことだからどうでもいい・・とも言えない副流煙地獄。多分明日の朝は気分が悪くて私は午前中は寝たきり状態になるかもしれない。トホホ・・・。
2001/07/30

0554 ●価値観の違いから分かれるリサイクルの意味
リサイクルという言葉は既に幼児でも使うほど一般的になっているが、実際に正しい意味で理解している人はどれくらいいるのだろうか。まず【リサイクル】とは(資源の節約や環境汚染を防止するために、不用品や廃物を再生して利用すること)という意味だ。また、【再生】とは(廃品となったものを再び新しい製品に作り直すこと)という意味である。すると、例えば巷で流行っているペットボトルを利用している手作りオモチャやペットボトルアートは正しい意味のリサイクルではないことになる。もちろん作り手にとって単に捨てるのではなく何かに利用しているという意味ではリイサクルなのだか、興味のない第三者から見ればそれもまたゴミでしかない。少々ひねくれた意見であり、意味の無い論調なのは自分でも判っている。ではいったい何が言いいのかというと、人により当然異なってくる価値の擦り合わせをどう付けるかということだ。例えば趣味として何かを集めているコレクターは星の数ほどいる。しかし、興味のない人にとっては単なるゴミ集めにしか見えないのである。もっと極端な話をすると、車で5分ほどのところに怪しいごみ屋敷があるのだが、ここの住人はゴミの日には決まって近隣のゴミ収集場所でめぼしいものを物色しているのである。そして、それを自宅の庭にため込んでいるのである。もう誰が見ても凶器の世界なのだが、当の本人にとっては誰はばかることのない真面目な行為のようだ。ある意味では完全にリサイクル人生をまっとうしている地球に優しい人とも言える(もちろん、そういった意見を持つ方もいるだろうという話であり、個人的には到底理解出来ない)。自宅の敷地内での行為であり、悪習などが発生しなければ、役所が行政指導に入ることも出来ない。第一、そんな事をしたら妙な団体が人権侵害と騒ぎ立てるからだ。ただ、他の市町村とは異なり、東京都大田区では美観破壊が著しい場合は行政指導が入れる条例が施行されている。さてさて問題のゴミ屋敷がどう処理されるかはお手並み拝見と言いたいところだが、こういった問題の小さいものというのは、そこらじゅうにあるのではないだろうか。ゴミを捨てなければ警告を受けるし、捨てれば捨てたで環境破壊になってしまう。やっばり、キヨウケンのシュウマイに付いている醤油入れの収集はやめたほうがいいだろうか・・・。
2001/07/31





このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。


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