| 0586 ●iBookにintuosを乗せる |
| 別に目新しい技ではないが、iBookのキーボードの上に一番小さいintuosを乗せると案外格好がいい。ポイントはintuosの下部に少し厚みのあるマウスパットの切れ端を両面テープで貼り付けるだけでいい。何故か一番小さいintuosUSBタイプのケーブルが異常に長いがケーブル巻き取り機のようなもので整理し、マジックテープのようなものでiBookの蓋部分に貼り付ければ完了である。案外こぢんまりと収まってしまうので、嵩張ることもないだろう。流石に持ち歩いてスケッチというのには少々苦しいが、ちょっとした外出あるいは仕事でホテルに缶詰なんて場合はいいかもしれない。実は今までわりといい加減に使っていたが、もう少しなんとかならないものかと試行錯誤した結果、もっとも簡単に処理出来る方法としてある夜突然思いついたのである。なにせ寝入ってから思いついたので、忘れないうちにあわてて仕事部屋にもどって細工したという曰く付きだ。だいたいイラストのアイデアの類も含めてこの手の閃きはメモも取らずにいたら、だいたい直ぐに忘れてしまう。そもそもメモをとった用紙がどこにいってしまったか忘れてしまうくらいだから始末が悪い。やはりメモを取る習慣というのは日頃の鍛錬だろうか。兎に角いい加減だったメモを取る習慣を悔い改め、手頃なノートを持ち歩くようになった。思えば学生の頃は、インディージョーンズが持ち歩いていたような手製の書籍タイプのノートを持ち歩いていた。やはりねあのくらいインパクトのあるノートでないと、またまた忘れてしまうかもしれない。しかし・・・電子機器が氾濫しているのにどうしてメモ用紙が捨てられないのだろう・・・。 |
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2001/09/01
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| 0587 ●新宿の大惨事 |
| 新宿歌舞伎町で雑居ビル火災で44人が死亡した事件は他人事ではない。都心の無理なビル設計と複雑に入り組んだテナントの迷宮により、人外魔境と化していないだろうか。土地が少ないという問題はどうしようもないが、せめて新たに建設する建物は隣接する建物とのゆとりあるスペースを確保しつつ一定の容積を満たさなければ法的に認めないという仕組みになれば、長い目でみれば都市は本当の意味で整備されるはずだと昔から考えてきた。そうすれば今回のような事故が発生しても犠牲者はすくなかったはずである。しかし現実には巧妙な法律の抜け穴を悪用した建設と、それを取り締まれない行政とのイタチゴッコに明け暮れているというのが実態のようだ。そもそも違法建築がどうして野放しなのか本当に理解に苦しむ。だから昔から私は打ち合わせなどで場所を指定されたりする場合を除き、自分の意志で動く時は絶対に、あるいは出来るだけ狭い地下道の店には入らない、あるいは仮に地下ではないにしても雑居ビルのような建物にも近づかないようにしている。有事の時に自分の意志で逃げることの出来るスペースのあるところにいれば、少なくとも危険に遭遇する確率は少ないはずだ。もっとも都心でそのようなスペースを探す方が至難の技と言われてしまえば返す言葉はない。そんな意味ではお台場の町は好きだ。出来ればあの町並みのバランスが崩れないことを祈りたい。やはり無理な話だろうか・・・。 |
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2001/09/02
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| 0588 ●Pentium4/2GHzの驚異 |
| 今更驚くニュースではないが、先頃発表になったと思っていたPentium4/2GHzが既に販売されているのを知って、少し驚いてしまった。なにせ私のWindowsのメインマシンは今時としては逆驚異のPentium2/400MHzである。もちろんPentium4/2GHzマシンを購入したわけではないが、ここまで驚異的なパワーアップが行われると、あと2年もしたらどうなるのだろうか?という期待感が高まる。しかし、世界的なIT不況の影響はその加速にブレーキをかけてしまうかもしれない。いや、ブレーキに関係なく、最近は皆さん矢継ぎ早に新しいマシンを購入しなくなったのではないだろうか。少なくとも仲間うちではこの傾向が極端に鈍っている。確かに早いというのは魅力ある世界だが、今ある環境が我慢出来ないほど遅くないのであれば、それで取りあえず乗り切ってしまおうと考えるのは当然だろう。これはMacintoshとて同じである。かつては新製品に一喜一憂しながら、すこしでもスヒードアップを計っていたことが嘘のように白けきっている。結局、スピードを要求されるのは一部の職種であり、多くはコンピュータに処理を委ねているとは言っても、考えている時間のほうが長いわけであり、そしてこのバランスが一定ラインを越えてしまったのかもしれない。トンと新しいマシンを買ったという話を聞かなくなった。いや周りの友人がまったく新製品を買わなくなったわけではないが、話題は既にそんな怨念から解放されてしまったかのように非デジタル製品に群がるようになったと感じるのは私だけだろうか。かくいう私も欲しいマシンは数ほどあれ、ついつい別のものを買ってしまい、気が付くと予算が消えていたという状況ばかりになってきた。 |
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2001/09/03
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| 0589 ●電話とFAXは何のためにある? |
| 一体いつ頃からインターネットだけで仕事を完結するようになったのかは忘れてしまったが、気が付くと電話やFAXをほとんど使わなくなっていることに気が付いた。買い物に行くにも留守モードにし忘れる事ばかりになった。いや、完全にその行為そのものを忘れているのである。特にFAXは頻繁に届くDMのゴミ製造マシンと化している。それでも私のFAXは複合機として複写機でもあるが、この機能もほとんど利用しなくなってしまった。それだけ仕事の書類はメールによりデータで配布されるようになったからだ。なにせ請求書ですらPDF化したものを先方の希望によりメールで送ってしまう場合もある。資料もインターネットで入手したほうが速い。まだまだ理解出来ない方も多いようだが、嘘手も何でもなく、一面識も無い方と仕事をメールだけで完結してしまうことも珍しくなくなった。例えば私は気分転換的に下の部屋にiBookを持って行き、そこでメールをチェックしたりアイデアスケッチを行ったりすることが多い。当然メールはチェック出来るが電話が鳴っても気が付かない場合が多い。電話機の呼び出し音が嫌いで音量を調整しているので、受話器から10mほど離れると呼び出し音が判らない。そもそもほとんど仕事の関係で電話はかかってこないから麻痺してしまっているのである。それでも電話は無いと困る。深夜に友人と馬鹿話しをするのはコレに限るからだ。しかし、こんな世界も、つい10年ほど前には誰も想像出来なかった近未来SFの世界なのである。 |
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2001/09/04
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| 0590 ●新横浜ラーメン博物館に大興奮 |
| 突然、話題の新横浜ラーメン博物館に出かけてラーメン(私は頑固な醤油ラーメン派)を食べてきた。第三京浜の港北から直ぐなので我が家から30分ほどで着くほど近い事と、前々から行きたいと思っていたのでとっても期待していたが、それにしっかり応えてくれる愛すべき場所であった。特に階下の昭和33年代の下町を再現した町並みは圧巻である。細部にまで拘りをもって作ってあり、どこ1つをとっても手抜きをしていないのが凄い。多分、私が物心ついた頃(未就学)の池袋や新宿の裏町あたりがこんな感じであったはずだ。なにせ派出所には当時のお巡りさん(警官)がいて本当にパトロールを行っているし、酔っぱらいのおじさんはいるし、駄菓子やのお婆さん、おじいさん(お婆さん、おじいさんは若い係員がメイクで成りきっている)も健在だ。更に車道や歩道の造りとドブ板の石とか、軒下みたいなところは必見である。話題の造りものの犬の糞は残念ながら発見出来なかった。そんなこんなで大感激してしまったが、願わくば、もっと広いスペースに企画者の熱い思いを展開させてあげたいと感じてしまった。でもこれは来場者全員の願いだろう。ところで、来場者は平日というのにとんでもない数だった。数日前の新宿の火事騒ぎなどが頭の中を過ぎったが、景観を損なわないように非常口が多く作ってあるのを確認して安堵した。しかし・・・4Fの駐車場のエレベータ付近に漂うトイレの臭いは演出だったのだろうか。だとしたらこれだけは譲れない悪趣味だ。どちらにしても、やはりディズニーランドぐらいの敷地に本物の昭和30年代の町並みを作ってしまったら案外面白いテーマパークになるのではないだろうか。さてさて、来月あたりにまた出かけようと思う。それほどここは癖になる場所だ。 |
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2001/09/05
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| 0591 ●謎のチャイニーズメール |
| 定期的に集中して届く謎の中文メールがここのところ後を絶たない。不思議なのはほとんど全ての中文メールが私のホームページのインフォメーション宛に届いている。更に中には発送元が私のインフォメーションなんていうのまである。そもそもランダムなDMであれば間違って届くこともあるだろうが、インフォメーション宛というのはなんか意図的としか思えない。だが、そうだとしたらわざわざ日本人に対して中文メールを送るだろうか。時々まっとうな怪しい中国人からメールが届くが、それは英文である。来たメールには絶対に返事を出すように心がけたいが、残念なことにいくら英語でもこれらのメールは『何日の画像の高解像度版が欲しい。金は出せない。』的な内容で腹立たしい不快感しか残らない。それでもまだ英語なら意味は通じるが、いくら漢字圏とは言ってもまったく通じないに等しい間柄ということは我々が考える以上にあまり理解されていないのかもしれない。あるいは流行のチャイニーズハッカーだろうか? 私のホームページなどハックしても何も利は無いと思うが・・・。どのみち読めないメールと宛名が私ではないメール、そして不明瞭な人物からのバイナリー添付メールは問答無用で捨てるしかないのである。私ごときに届くメールの一通ぐらい読まなかったとしても日本の国益を損するようなことはまずあり得ないし、地球が崩壊することもないだろう。 |
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2001/09/06
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| 0592 ●三代目は熊犬 |
| アイボの三代目がリリースされた。今までとは一線を引くようにデザインが大幅に変更された。賛否両論となるかもしれない。確かに可愛いが、最終判断は新しい動作などを見てトータルバランスで考慮しなくてはならないだろう。でも、なんとなく可愛すぎるような気がする。もっとも、初代アイボから老人ホームなどで癒し犬として大活躍していることはあまり知られていないが、そういった用途を考えると、この三代目の方向はアリかもしれない。老人も病人も、愛玩動物を飼うことで病気やストレスが回復したという臨床報告は後を絶たない。薬や手術に頼るばかりが医療ではないことは昨今の常識となりつつあるが、人間が本来持っている回復力というものは相当なパワーがあるのかもしれない。だとすれば医療犬としてもっと特化したバージョンがそろそろ出ても可笑しくないかもしれない。いや・・・ロボットがエスカレートすると、もっと別の意味での癒し系が登場するのかもしれない。新しい製品や分野で必ず出てくるピンク系である。大昔、あるデザイン会社で市販のビデオテープのモニター調査をしていた時、いかがわしい利用方法しかしていない人しか見つからず苦労した覚えがある。当時は普通にTV放映をエアチェックするといった使われ方ではない、ピンク的な用途がほとんどだったからだ。そう思い出した時、なんだか最先端を闊歩している文明人と言われる人々は案外寂しい人生を歩んでいるのかもしれないと感じてしまった。 |
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2001/09/07
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| 0593 ●7日違いでゴールドカードは3年後? |
| すっかり忘れていた免許の更新に出かけた。今までは田園調布署内で行っていた更新も裏手の別棟で行われるようになった。手続きも免許証と運転免許証更新のお知らせはがきを持参するたげで良くなったので処理は迅速化されている。また今までと違い、ちゃんとした教室で講義も30分受けるように義務づけられたが、優良区分の更新者だけなので講義と言っても実質15分程度のVTRと事故の実例の簡単な説明だけであった。というわけで、講義が終わり、いざ新しい免許証が交付というその時になって私は唖然としてしまつた。てっきりゴールドカードだとばかり思っていたのに相変わらずブルーカードで今まで通りである。3年後にまた更新だ。そう言えば運転免許証更新のお知らせはがき中の最新の違反内容に【踏切不停止】と記載されていた。うっ、そんな馬鹿な〜と思ったが、よく見ると誕生日の1週間後の違反になっている。もし1週間前だったらと思うと悔しくて仕方がなかった。もう帰り道はぐったり疲れ切ってしまった。しかし・・・帰宅して少し冷静になって考えてみると、ゴールドカードは無事故無違反が5年続いた場合に発行されるので平成9年に違反となった私はまだ4年しか経過していないことが判った。ということはどのみちブルーカードだったのである。前にも書いたが、問題の【踏切不停止】は、どう考えても交通安全週間中の白バイ警官のイチャモンのような言いがかり状態で切られた違反キップだが、今となってはそれが教訓となって前にも増して実質的な安全運転に徹しているので、考えようによっては白バイの警官には感謝すべきかもしれない。なにより日頃から道路交通法が甘いと叫んでいる私としてはこれぐらいはやっぱり当然と叫ばなくてはいけない事に気が付いた。 |
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2001/09/08
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| 0594 ●三面鏡モニター作戦 |
| いくらコンピュータのマシンパワーが増大しても、PDFをモニターに表示しながら別のアプリを立ち上げて指示に従うなんてことはちょっと辛い。それでもパノラマ50インチぐらいのモニターがあって、マルチCPUでギンギンのスピードが出るなんて事になったら問題ないが、当面は複数のマシンに処理を分冊させたほうが効率はよい。つまりちょっと前までのメインマシンにPDFの表示やテキスト処理といっさた比較的軽い作業を与え、メインマシンではヘビーな処理を行うといった具合だ。幸い、コンピュータでの仕事が長いので古いマシンは捨てるほどある私は、遂に3台のマシンに繋がった3台のモニターを三面鏡のように配置し、その間に座るという究極の阿呆な環境を構築してしまった。これなら少しだけ体を傾げるだけで3つのマシンを操作することが出来る。問題はタブレットの設置場所だが、これはまだ工夫が必要だ。さて、もしタブレットの問題が解決したとしたら万全の環境かと言うとそうでもない。やはり数百ページといったPDFを画面で読み進めるのは少々辛い。これは私たちの世代だけの問題かもしれないと思うと情けないが、やはりプリントアウトして読真無いと頭に入らない。もちろん貧乏性の私は例によって両面印刷したものを製本して整理している。ただ、そんなオールドタイプの私でも3〜4年前のように片っ端から両面プリントして製本ということはしなくなった。もしかしたら少しだけ進化したのだろうか? 単に貧乏性が強くなっただけという説が有力なのだが・・・。と書き綴っている後ろで英文のオンライン書類300ページが、有り余る放熱とともにサーピスコールエラーと戦いながら生成されつつある。 |
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2001/09/09
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| 0595 ●現代の七不思議 |
| 高速道路で手錠をかけられて死亡した中学生の事件は記憶に新しいが、犯人が検挙されて判った事実は、瞬時に衝撃として日本中を走ったのではないだろうか。犯人が中学校教諭という異常性と破廉恥さは話すまでもなく当然だが、被害者がテレクラを利用していたという事実である。なぜ中学生がそんなところに電話をしなくてはならなかったのだろうか。それともこんな事は今時のごく普通の常識なのだろうか。絶対に何かの歯車が大きく、しかもゆっくりとズレて周りはじめているような気がしてならない。と同時に、夏に発生した不可解な事件を思い出した。大家族の中で生活していた小学2年生の男の子が家出をして1ケ月近く路上生活をしていたのである。幸い無事に保護されたが、保護されても家に戻る意志は無く、自発的に保護施設に入居している。当の親御さんは、まるで他人の子の事件のごとくさめた目でインタビューに応じていたのが印象的だ。もちろん通り一辺倒だけの情報で白黒を付けてはいけないが、なにかやはりおかしい事があまりにも多すぎる。一度崩れかけたものを元に戻すのは容易なことではない。例えば誰もが凶悪事件や理解を超える汚職に鈍感になってしまったらどうだろう。既に幼児虐待のニュースには振り向きもしなくなっているのではないだろうか。みんなが麻痺してしまった先にこそ真の恐ろしさが潜んでいるような気がして仕方がない。 |
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2001/09/10
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| 0596 ●ZBrush使ってみませんか? |
| 突然、ZBrushの開発元であるPixologicから名指しで、『ZBrush使ってみませんか?』というメールが舞い込んできた。どうせいつものように出しても返事は来ないだろうと、気軽に返事をしたら、製品版を使って欲しいと返事が来たので、新手の売り込みだと思って適当に答えたら本当にNFRのシリアル番号がメールで届いてしまった。こんなの有りだろうか。こうなったら何か作品を作らなくては外交問題に発展する(そんなバナナ)と、急いで指定された場所から最新版をダウンロード後、PDFのマニュアル300ページあまりを両面印刷したが、このソフトのインターフェースは凄く特殊で頭の中が突然プッツンしてしまった。初めてLivePictureに触れた時以上の難解さである。そう言えば、確か吉井さんが絶賛していたはずだ。ということで吉井さん的着眼点で見てみると、なるほど!その意味が本当に判ったような気がする(多分、maybe、perhaps)。特に2Dがメインで3Dもちょっとやってみたい人には最高の環境だろう。それでいて、このZBrushはやっばり3Dソフトだ。でも、Photoshopなどのビットマップ画像を読み込めるので、アクセント的な処理も可能である。色々機能が有りすぎで少々混乱気味だが、簡単に言うとコテコテのモデリングが可能なPainter 3Dといった感じである。というわけで出来るだけ速くマスターしなくてはと焦り出す私であった。ところでZBrushで頭部をモデリングするとどうしてもモンスターみたいになってしまうのは、なぜなんだろう。それはさておき、やはりここまでくると吉井さんと『怪しいソフト探究団』とか設立してしまおうか・・・と。 |
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2001/09/11
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| 0597 ●アメリカで発生した同時多発テロに激憤 |
| 12日午前2時頃に消灯の準備をしていて飛び込んできた、アメリカでの同時多発テロの衝撃は今も消えていない。すぐニューヨーク在住のアメリカ人の友人にメールを送るが、誰一人として返事が戻ってこない。避難勧告が出ているためだろうが、心配で眠る事が出来なかった。唯一安否が確認出来たのは、知り合いの日本人で、出勤途中に間一髪状態で助かったという話を12日の朝7時頃の電話で知って安堵した。しかし、判ったのはその一人だけである。こんな卑劣なテロ行為は断じて許されるものではない。いやテロ行為そのものが許されてはならないはずだ。そして今一番心配な事は、この悲劇が引き金となって新たな不幸が発生することだろう。連鎖するテロ行為に同盟各国は神経をピリピリさせている。あるいは、もっとエスカレートして第三次世界大戦が本当に起きてしまうのだろうか。それだけは信じたくないが、少なくとも世界経済に何らかの影響が出ることは必死だろう。不謹慎な意見だが、ある意味で無血世界大戦の勃発かもしれない。便乗する第三勢力の政治的暴走も視野に入れた、更なる多角的な対応が同盟各国に求められてしまった。兎にも角にも、謹んで犠牲になられた方のご冥福をお祈りするとともに、ご家族の方々の悲しみをお察ししたい。これが心ある人が最初に思う正直な気持ちだろう。少なくとも私は今も、昔も、これからもそう信じている。しかし、インターネットの端々では『映画みたいだぜ〜』『現実感無いですね〜』みたいな脳天気な対岸の火事発言が溢れている。この常軌を逸した現実世界に逆切れしそうになった。 |
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2001/09/12
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| 0598 ●最後のFedExが届く |
| ニューヨークのど真ん中で突然戦争勃発してしまったとしか思えない光景は平和ボケしている日本人には理解出来ない世界だろう。昨日のコラムの続きみたいになってしまうが、町の中でも脳天気な笑い話のネタみたいな話し方をする方が多いのに呆れてしまった。こんな連中と々空気を吸っていると考えるだけで気分か悪くなってくる。罪もない人を巻き込んだ無差別テロ殺人事件という現実が理解できないのだろう。そんな、やり場のない怒りを一人こみ上げても仕事は待ってくれない。冷たい現実に戻るしかない私に忘れていたFedExが今日(12日)届いた。紛れもなく11日にUSAから発送された最後のFedExである。次のFedExが一体何時届くのかは誰にも判らない。そんな中で気になっていたニューヨーク(NYC)在住の友人からの連絡がとれたことで私は少しだけ安堵した。なんと彼女ら夫婦は東京に来ていたのである。間一髪状態での来日だったようだ。私を驚かすためだったようだが、洒落にならなくなってしまった。ただ、他の友人の何人かは連絡が取れていない。またNYC以外の州に住んでいる友人にも連絡をいれたところ、多くの方から【日本のメディアなどを見ていると無責任な報道が多く、平和の極地にある国だと感じた。間違った情報がさも事実のように錯綜しているだけでなく対岸の火事といった感じで悪戯に煽るだけで不快感さえ感じる。「戦争」の意味が変わった今、しかも隣にテロ国家がある日本は決して対岸の火事じゃないはずです。】という意見をいただいた。返す言葉がないが、この言葉の重みを理解出来る日本人は、残念ながら少数派であるというのが偽らざる現実だ。 |
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2001/09/13
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| 0599 ●次の標的は日本という怪情報 |
| 米国での多発テロ再発の黒い影は今も消えてない。しかも次の矛先は日本ではないかという怪情報まで飛び交っている。こういった緊張感の高まっている時は様々な憶測と推理が飛び交うのはどの時代も、どの国も同じだ。もちろん万全の安全対策をとるのは当然だ。しかし、現在の我が国の法律では、万全の安全対策は残念ながらあり得ないと考えた方がいいだろう。全てが後手の法律になっている。全ての紛争問題が完全に消え、本当の意味で全世界が平和に共存していることが前提の上に成り立つような法律と言ったら言い過ぎかもしれないが、近いのは確かだ。だから、もっともテロリストが行動を起こしやすい国の一つが我が国であることを、改めて認識しなくてはならない事態に直面しているぐらいの緊張感は、最低でも持っているべきであろう。もちろん必要以上の恐怖感を煽るような事は慎まなくては成らないのは当然だ。しかし、聞いた話では、こともあろうに米国と我が国が同盟関係にあることすら知らなかった人がいるそうだ。この時期に不謹慎ではあるが、ジョークとしては一級である。でも、事の是非は別として、いくらなんでも、そんな脳天気な大馬鹿者はいないと信じているが、近い状態の人はウジャウシャいるのではないだろうか。そんな人に限って『戦争はダメ。まず話し合いで〜。』と正論を切り出す。でも、話し合う意志もない殺戮者が、なりふり構わず攻撃してきても、彼らは相手の為すがままを許すのだろうか。数年前にエジプトで起きた日本人を含む観光客無差別殺戮テロは記憶に新しい。命乞いする交戦意志のない丸腰の無抵抗な新婚カップルを容赦なく殺戮していった殺人者たちはまだ罰せられていないばかりか、既に忘却の彼方へ消えかけている。価値観が違い、世界観が違う者同士が理解しあえることはあるのだろうか? 無いからこそ、そして数千年の遺恨は世界の様々な紛争に重みを増している。巻き込まれたら何人と言えどもそこに待っているのは死だけなのであり、ハリウッド映画のようなヒーローの出現はあり得ない。さて、現在米国ではアラブ系米国人や留学生、ビジネスマンなどが言われ無き暴行を受けたりしているそうだ。第二次世界大戦時に日系米国人が受けた迫害と差別に通じるものがあるのかもしれない。冷静になれと思うのは当然だが、罪もない同胞が一瞬にして消えてしまった米国民にとって、その怒りと恐怖と悲しみを対岸の火事を眺めている我々が等しく理解することは出来ないだろう。もちろん、迫害と差別を肯定するつもりは毛頭ない。今回の悲劇に関連して様々な情報を得た。そしてその多くは脳天気な日本人の存在を示す不快なものばかりであった。私もその一人かもしれない。しかしこの先何処で何が発生してもおかしくないという危機感だけは感じ取っている。論争の無い静かな人生を過ごしたいのに・・・。 |
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2001/09/14
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| 0600 ●現実と空想の間 |
| 米国多発テロは様々なところに影響を与えている。その影響が大きくなってくるのは来週あたりかららしい。亡くなられた方々や、その遺族の事を考えれば文句など言わずに我慢すべきだろう。ところで、こんな時期に不謹慎かもしれないが、私はハードアクション、パニック、戦争映画が好きだ。流石に当分見る気分にはなれないが、それらは仮に実話をベースにしていたとしても絵空事という約束が成り立っている。戦争映画にしても、日本人が出てこないものであれば、ある意味で受け手の私に現実感はない。余談だが私はそんな理由からよほどの事がないかぎり旧日本兵が出てくる戦争映画は怖くて鑑賞出来ない。それは先人から聞いた生死を彷徨った実話を色々知っているからだ。あまりにリアルな彼らの実話はそのまま画面とオーバーラップしてしまう。アクション映画も最終的にはヒーローがテロリストを一掃するというオチでフィナーレである。もうそれだけで絵空事なのである。007シリーズなどはその典型だろう。まさに荒唐無稽な話だから面白いのである。ところが最近は現実と空想の間を往復しているような加害者による凶悪猟奇事件が多発しているように感じて仕方がない。聞けば昨今の子供たちの誕生日プレゼントの多くは、テレビゲームソフトが圧倒的だそうだ。それは一つの時代の産物であり私はこれを否定しないが、物心もまだ正しくついていないような幼児期からバーチャル世界にドップリと浸かってもいいのだろうかという大いなる疑問が沸く。実際に喧嘩をして相手を殴ったり、殴られたりして痛みを感じる前に、ゲームの中で敵を投げ飛ばしたり、ブッ叩いたりすることを永遠と繰り返していれば、それが脳神経に与える影響は絶対に普通ではないと思う。成人して分別をわきまえた大人であれば、現実と空想の切り替えは出来るだろうが、どうもニュタイプの人々はこれが混然となっているようだ。そして第一次テレビゲーム世代の子供達が既に親となっている現実は、言葉に出せない恐怖を放っているような気がする。 |
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2001/09/15
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| 0601 ●波乗りジョニー |
| 憂鬱と虚脱感と失望感に嫌悪感が入り乱れたここ数日で流石に精神的な疲労が限界となってしまった。こんな時はシュワルツェネッガーのDVDでも見ればいいのかもしれないが、流石にまだそんな気分にはなれない。というわけでミュージックショップに出かけてサザン・オールスターズの『波乗りジョニー』を衝動買いてきた。選択の意味は無い。あるとしたらリズムかもしれない。かつて彼らがデビューした頃、音楽評論家はこぞって彼らの事を、やれ『コミックバンド』だ、『何を歌っているのか判らない』と散々罵倒したが、意に反して彼らの支持率は衰えていない。日本語はロックに乗りにくいという定説を覆したのも彼らだったような気がする。まっ、そんな評論はどうでもよく、音楽は究極の癒し道具であり、メンタルな生活必需品であろう。だけど、サザンの曲の中に登場する若者達って、彼らがデビューしたあたりで既に死滅しちゃっているようにも思える。夏の浜辺の若者は既に馬鹿者に進化しちゃっているからだ。それは今の江ノ島をみれば一目瞭然だろう。言い過ぎだろうか。でも、出来ることなら【江ノ島=花火乱射/淫行/悶着/騒動/暴走族】というイメージは払拭しないと先人に対して失礼だろう。『いや、それこそが新しい若者文化だ』というのであれば、私が既に老人となってしまった動かぬ証拠かもしれない。じゃ、ササンの曲の中に登場する切ない若者達はどこにいるのだろう。もしかしたら、もう存在してていないからこそ理想世界として広く様々な世代に親しまれているのだろうか。もしそうだとしたら、なんだか悲しい曲に思えてきた。 |
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2001/09/16
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| 0602 ●狂牛病の疑いのある牛が廃棄されずに飼料に |
| 千葉県で狂牛病(牛海綿状脳症)らしき疑いのある牛が発見された問題で、即刻処理場で処分された後に破棄された事になっていたが、実は飼料を作る化製場で肉骨粉になっていたことが発覚した。千葉県側は『高温で加熱処理されているので問題はない』としているが、狂牛病の原因物質であるプリオンは熱に強く、汚染が無いとは言い切れないそうだ。そもそも狂牛病は潜伏期間が2〜8年と長く、今はなんともなくても数年後に発病する危険性が高いそうだ。しかし千葉県の担当者は『高温で加熱処理されプリオンは感染する力を失っており、牛の肉骨粉を使った飼料は牛への使用が禁止されているため、問題はない。安心してほしい。』と話しているらしいが、とんでもない失態である。更に輸入禁止になる前に肉骨粉を食べた牛がこれから発病する可能性もある。農水省にも他の省庁とと同様に危機感は無いようだ。そんな馬鹿なお役人など信じていない国民の、市場では牛肉拒否が想像以上に進んでいる。なにより、狂牛病の疑いのある牛が発見されたという報道で近くの小学校では給食から牛肉を使ったメニューが即刻消えているくらいだ。神経質過ぎるという意見もあるが、誰だって気持ち悪くて食べる気がしないのが本音だろう。対応を見誤ったために牛乳全体の消費が落ち込んでしまった雪印事件は記憶に新しいが、今この時期に不用意に恐怖心を煽るような行動を行い、国に対して虚偽の申請?を行った(事実関係は不明だが、国側は、そのような事実は知らされていなかったと会見)千葉県の担当者の罪は重い。何故、無関係な牛肉業者を巻き込まなくてはならないのだろう。ただでさえ神経質になっている我々は本当に牛と聞いただけで拒否するしかなくなってしまった。もちろんナーバスになりすぎても、パニックを引き起こすたけで何の解決にもならない。でも怖いと思うのは本音だ。しかし、問題の肥料を食べた鳥や豚?等はどうなるのだろう? 私自身、今は無知からくる誤解状態かもしれない。でもこんな事は心配しすぎぐらいが丁度いいと私は思っている。感染してから千葉県の担当者に土下座してもらっても、どうしようもないからだ。ところで牛の骨が絡んでいる食品としてはゼリーなどがある。コラーゲンを含んだ化粧品もそうだ。これら人体に影響がないのだろうか? こういった二次的な加工製品のほうが実は危ないような気がするのだが・・・。 |
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2001/09/17
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| 0603 ●液晶タブレットcintiq |
| 今年の夏の頭にワコムさんからお盆あたりに時間を作ってほしいと突然連絡が入った。私は東京者で帰省する場所もないのでお盆でも東京にいる。もっとも今年は夏休みから帰ってくるのがお盆という状況だったが、それでも『いったい何なんだろう?』という期待感が高まった。『バンドル用チュートリアルPDFのリメイクの話かな?』あるいは『intuos2かな?』、『はたまたアレの話かな?』などと思いを巡らせながら約束の日を待ち望んでいた。そして当日の新宿本社で私は現行intuosと同色のFinalβ版らしきcintiqと対面した。既存のPLシリーズとは別系統の新しい液晶タブレットである。ワコムさんではintuos登場前に既に液晶タブレットをリリースしていたが、それは、どちらかと言うとクリエーターのワガママに付き合うのではなく、医療用としての位置づけであったようだ。当時、私はワコムさんに対して価格を押さえるために、ミラーモニター仕様としたグレースケールの液晶モニターを提案した。それでユーザー数が見込めれば価格も下がると思ったからである。しかし、その衝動的なアイデアも、intuosのリリースですっかり私の頭から消え去っていた。当時、それほどintuosのリリースは衝撃的だったのである。しかし、この新しいcintiqを触ってしまったら、コンピュータとの関わり方がユーザー主体になるような気がしてきた。いや、そうなるように使えるのである。もともと我々はケントボード等に向かって描いていたわけである。当たり前だが新鮮な世界を体験してしまった。こうなると誰かに話したくなるが、それは守秘義務として我慢しなくてはならない。しかし17日にその我慢から、やっと解放された。ワコムさんのサイトには偽らざる感想を送っている。少々臭い文章に思われる方も多いかもしれない。でも、あれは本音である。なにせ今まで使っていたモニターはポスト・イットを貼る黒板となってしまったくらいだ。そう言えば、本物のモニターにポスト・イットを貼るっていうジョークはどこかにあたような・・・。 |
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2001/09/18
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| 0604 ●JIS配列利用者は変態なのか |
| 友人の何人かが発起人となってインターネット上で、PowerBookやiBook購入時にキーボードを現行のJISまたは英語版のASCII配列のどちらかを選択出来るように、ということで【アップル製品購入時にすべてのマシンに対して個人のニーズに合ったキーボードが選択出来ること】の署名運動が行われていることを先ほど知った。今まで散々言われてきた問題だがAppleは動かなかった。私も機会ある事に日本ばかりでなくUSAのApple担当者に様々な形でアプローチしてきた。恐らくそれまでのASCII配列からJIS配列に切り替えたことで日本のビジネスユーサーにも市民権を得た実績がそうさせているのかもしれない。さて、知ったからには私も清き一票をと、勇んでで出かけて既に賛同されている方のコメントを読んでいくうちになんだか勢いがメラメラと薄れてしまった。『なんの意味も無いカナ文字の刻印はいらない』といった偏見的強行意見がチラホラあるのである。そして読み進めるうちにある事に気が付いた。賛同者は全てローマ字入力者なのである。私はキー配列と刻印の組み合わせの中では変態的希少価値とも言われている【ASCII配列カナ入力派】であり、しかもタッチタイピングが出来ないので刻印は必要不可欠という天の邪鬼状態なのである。なにか生き方そのものをおもいっきり罵倒されてしまった気分になり署名を行う気分は一気に薄れてしまった。大多数の賛同者の意見は【カナ入力など必要ない】とでも言わんばかりの勢いである。いや、カナ刻印のキーボードを使っているのは変態みたいな流れになっている。もちろん本来の趣旨は選択技を広げて欲しいという意見であり、入力方法を限定するようなものではないが、2000名を越えるような人数が突然集まってしまうと趣旨が曖昧に成りかねないのはどの世界でも同じだ。そもそも私はローマ字入力のほうが思考を妨げると思っているから、彼らとはまったく反対の岸にいることになる。もちろん私は私自身の場合に限り、ローマ字入力も出来るが、系統が曖昧に発達してしまったローマ字入力だと思考が妨げられると言っているのであって、ローマ字入力を行っている方達を否定したり蔑視したりしているわけではない。結局どう冷静に考えても私にとってASCII配列のキーボードは喉から手が出るほと欲しいのは確かだが、それにカナ刻印がなければ何の意味もないということを思い出した。かつてのADB拡張ASCII列キーボードと同じものがあればいいのだが・・・。でも、それだったらタッチタイピングを覚えればいいのではという意見が聞こえてくる。しかしこれは、複数のマシンを色々使わなくてはならない環境にいて、特に大量の文章を入力するわけではない私にとって、特定の環境に依存してしまうのはまずいという経験値からの行動だ。かつて、どっぷりと使っていた特殊なキー配列のマシンから脱却するのに死ぬほど苦労したことがあるからだ。天の邪鬼だろうか? そうこうしているうちに既にJISキーボードに変更して1年経過してASCII配列には戻れなく成りつつある。人間って実にいい加減だとつくづく感じ入ってしまった。ただ、既にあるUSAキーボードを求めている人がいるのに、それを選択出来ないというのは何か変である。何のためのBTOなのだうか・・・と。 |
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2001/09/19
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| 0605 ●善意の?チェーンメール |
| 米国での同時多発テロの影響は様々なところで歪んだ形でふくれあがっている。例えば、便乗組のチェーンメールなどがそうだ。多くの参加者は善意で献身的に参加してしまったのだろうが、どう考えても愉快犯だ。本来いかなる理由であってもチェーンメールは、ネットワークのトラフィック増大やメールサーバの負荷増大の原因となるほか、不正確な情報によるパニックや混乱の原因ともなるため、いわゆる『ネチケット(ネットエチケット)』に反するとされているはず。署名を集めるだけならメールではなくサイトを利用するほうが合理的かつ建設的であろう。だが、今回の件で私も取り乱してメールを乱発したように、携帯電話を含めた電話回線が正常に機能しなかったために、メールに走った方が相当数だったらしい。チェーンメールに走らなくても充分にネットワークのトラフィック増大やメールサーバの負荷増大を引き起こしていたわけだ。つまり、このような常軌を逸した悲惨な事態が発生してしまうと、誰にとってもチェーンメールの問題点ですら些細な事となってしまうのかもしれない。だから、うっかり正面切って否定しようものなら、交戦主義みたいな風潮にすり替えられてしまわないだろうか。どうも報復の是非を巡り、良くも悪くも世界中が理性を失っているような気がしてならない。じや、どうすれば適切なのかは正直に言って私には判らない。ただ、少なくともチェーンメールのようなものには自分のところで止めるといった、しっかりとした対応をすべきであろう。ところで、不思議なことに、チェーンメールはヨーロッパやオセアニア系からが多い。当然英文だ。今のところ日本語メールは受け取っていないが、あまりに多いチェーンメールの数に、流石に疲れてしまった。 |
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2001/09/20
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| 0606 ●単位が足りない |
| 最近妙な夢を定期的に見る。夢の中の私はデザイン学校の学生で単位が足りずに卒業できるかどうかの瀬戸際で狼狽しているのである。しかも比較文化の授業(あのフランス気触れの先生は好きになれなかった)の出席が足りないのだ。私は自慢するわけではないが、多少のズル休み(でもそんな時でも学校の近くにいた)はしていたが、単位が足りないと言うことは経験したことがない。一部の教授に突然嫌われて『こいつの卒業は認めない』みたいになったことはあったが・・・。というわけで、朝起きて冷静に考えれば実に馬鹿げた内容なのだが、見ている最中(レム睡眠中?)は冷や汗が吹き出るような狼狽のしかたである。これは何かを予知しているのだろうか? 仕事関係で締め切りを破った記憶はほとんど無いし、提出する書類のようなものの不備で慌てふためいたという経験もない。だから、これから先の事を予知しているのかと思ったのだが、想像が出来ない。ところで問題の夢の中には当然同級生が登場するのだが、不思議なことに顔の判別が付かない。いや夢の中の同級生らしき人物の顔が思い出せないのである。そもそも校舎は見たこともない建物で、学生時代のものとは似ても似つかない。多分その夢の中ではこれらの要素や脇役達は重要な存在ではないのかもしれない。ということで振り出しに戻ると、この夢は何かが足りないことを暗示していることになる? まっ、足りないという意味では私は色々足りていない。お金が足りない/知識が足りない/アイデアが足りない/押しが足りない/ウイットが足りない/フットワークが足りない・・・。ということは、やはり正夢だった。 |
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2001/09/21
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| 0607 ●タブレットPC |
| Macintoshユーザーとしては、期待感の高いMac OS X 10.1を拝めるのではと、期待の高いWorld PC Expo Tokyo 2001が19日から22日まで千葉幕張メッセで開催されているが、今年は未参加になりそうだ。昨年は10月19日からの開催で初日だけ出かけたが、やはり今年は無理だ。久しぶりの展示会ということで期待していたが、仕事とは無縁の雑用があまりに多すぎて相変わらず振り回されている。米国多発テロの関係で海外からの出展メーカーのドタキャンもあったらしい。ところで話は飛ぶが、私は今回ベールを脱いだマイクロソフトのタブレットPCが気になってしょうがない。中身はワコムさんなのだろうか? 現状では筆圧関知までは出来ないようだが、もしムワコム製品がベースであれば、それは時間の問題だろう。詳しいことは不明だ。ただ、キーボードだけのインプットデバイスからスタートしたPCの世界は、マウス(ほんの一時期、大型マウスのようなキャットというものがあった)、トラックボール、タブレットと進化してきた。特にタブレットの進化はパーム機器の進化に少なからず貢献している。そして本家のタブレットも液晶モニタータブレットがいよいよ本格スタートしたように、大きなステップに入った。そしてその先にある物は、案外昔懐かしい世界ではないだろうか。技術革新が進むことは実は昔の状態に戻ることだと私は最近痛感した。タブレットPCが進化すれば、本物の電子ペーパーとなるはずだ。そうなると今のパーム機器も、もしかしたら新しい文房具として様々な形状の電子メモ用紙みたいな形となってリリースされるのではないだろうか。 |
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2001/09/22
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| 0608 ●Nimda |
| 真偽のほどは判らないが、米国同時多発テロとの関係が取りざたされているように、この時期突如として現れて猛威をふるっているコンピュータウイルス【Nimda】の被害はどこまで食い止められるのだろうか。一部には『WindowsでOutlook Expressなんか使っているから感染する。だからそんな奴が悪い!』みたいな風潮が一部にあるが、それって不毛なイデオロギー論争のようで興醒めする。いや対岸の火事状態なのかもしれない。さて、この手のコンピュータウイルスは年々巧妙で悪質なものが現れては世間を震撼されているが、中にはデマの類も相当多いらしい。私は今のところ10年ほど前に初歩的なウィルスを一度だけ受け取ったことがあったが、それは直ぐに発見して事無きを得た。ある意味でコンピュータウイルスもかわいい時代だったから笑える話になっている。しかし、もし私が最新の強力なコンピュータウイルスに感染してしまったとしたらと考えると、やはり背筋が寒くなる。だからというわけではないが通信は一台のマシンに限定し、チェック体勢は万全を期しているつもりだが、それとて実は後手後手の状況であることは否定出来ない。ワクチンとコンピュータウイルスはイタチゴッコの関係だからだ。兎に角こまめにバックアップを取るしか予防策はないのだろうか。それでも個人のコンピュータが被害に遭うのと違い、国家の命運を左右するようなコンピュタに進入し、誤動作してしまったらどうなるのだろうと考えるのは私だけだろうか。『そんなのは映画の見過ぎ』といった声が聞こえてきそうだが、私から言わせれば、そんな楽観的な意見の方が、よっほどハリウッド映画的だと思う。そもそもコンピュータウイルスと言うより、既にサイバーテロと言うべき状況ではないだろうか。 |
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2001/09/23
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| 0609 ●文字表現だけの屈折した世界 |
| ネットワーク社会にしか通じない表現や言葉というものは少しずつ市民権を得ている。最初は少数派のスラングであっても、ひとたび市民権を得てしまえば辞書に掲載され、立派な日本語に化けてしまう。ところで、この新語あるいは新表現の中で私はどうしても好きになれないものがある。それは『(爆)、(笑)、(泣)、(涙)、(怒)』といった感情表現である。たとえば、【少しばかり馬鹿ばかしいことを真剣にやっている人】に対しての感想として・・・『思わず微笑んでしまいましたが、この人よくやるよね〜』、『(笑)、この人よくやるよね〜』、『(爆)、この人よくやるよね〜』と、書き方によって表現がキツクなっていないだろうか。書き手がそんなに意識していなくとも読み手によっては軽蔑されている事に感じる場合もある。実は私もほんの一回だけある雑誌原稿に『(爆)、(笑)』などを使い、先輩から注意を受けたことがあった。とかく知っている者同士だと書き方もラフになりがちだが、それを第三者が読むと、やはり不快感を与える場合もある。なにより、当事者同士が気にしていなくても、面識のない第三者は逆に疎外感を受ける場合がある。特に『(爆)、(笑)、(泣)、(涙)、(怒)』がメインとなり、他の装飾語や形容詞がほとんどないコメントの場合、一歩間違えなくても相当歪んだ誤解を発生しかねない。通信という世界を体験して既に15年近くたつ私は、もう麻痺してしまっている部分もあるが、やはり今でも時々不快感を味わうことがある。だから反面教師、私は出来る限り『(^_^)』を多用するようにしている。でも、この顔文字もあまり複数の種類を使い分けるのも嫌味かもしれない。本当は普通の言葉だけでネット上の会話が成立すればいいのだが、もはやそれは国語ではなく古典になってしまったと言ってもいいだろう。 |
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2001/09/24
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| 0610 ●絵風蔵のハリマオ(Harimau) |
| この話は以前コラムに書いた気?がするが・・・いまだに受ける質問の中に、某所で永年私が使用しているハンドル名【ハリマオ】の由来というものがある。私としてはどうでもよいネタだが、闇雲に付けたわけではない。そもそも少々誤解を与える名称であるのは確かだ。【ハリマオ】と聞くと多くの日本人は、故石森章太郎(晩年は石ノ森章太郎と改名していたが我々の世代にとっては石森章太郎でしかない)の初期の代表作の一つである【怪傑ハリマオ】を思い浮かべる。そしてそれが完全な間違いでは無いことが話をややこしくしているのである。【ハリマオ】は太平洋戦争開戦当初にマレー半島で日本陸軍の特務機関員として実在し、昭和13年にマラリヤにより32歳で死亡した谷豊(たにゆたか)の真実を追ったドキュメンタリー小説【マレーの虎・ハリマオ伝説/新潮社/中野不二男著/1988年発行】を読んだことがキッカケであった。もちろんマンガの【怪傑ハリマオ】も知っていたが、この真実の【ハリマオ】の話は衝撃的であった。いや、映画のような話ではなかったことが衝撃だったのかもしれない。ただし、谷豊の人生は短かったにもかかわらずあまりにも波瀾万丈なものであった。大きなうねりの中で自分自身を信じて突き進んだ太く短い人生というものはなにか戦国時代の武将に通じるような気がした。とかく戦時中の話となると眉間にシワを寄せる輩が多いが、当時の人の多くは当時の世界観と自国の価値観に翻弄されて生きていたわけである。そして【ハリマオ】こそがもっとも当時の時代に翻弄された者の一人だったのかもしれない。我々の生き様も、もしかしたら数十年後には馬鹿げたものとなっているかもしれない。価値観とはそういうものだろう。だからこと今の価値観で過去を語ってはいけないのである。【ハリマオ】とはマレー語で虎を意味する。 |
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2001/09/25
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| 0611 ●落下によりiBookが破損した |
| 昨夜(24日)ちょっとしたアクシデントで初代タンジェリンiBookを机の上から落下させてしまい、CDドライブが閉まらなくなってしまった。それ以外は支障はないが、CD類を挿入したらCDドライブ部分をガムテープなどで固定しないと使えない状態である。さてさて困ってしまった。今までMacintoshの修理というのは経験したことがなかったからだ。取りあえず情報だけは収集し、翌25日の朝、対面修理受付の日本NCRクイックガレージ秋葉原へ電話して簡単な見積もりを取ろうとしたが、旧iBookの場合はアップルの修理センター扱いなので、そちらに電話をするようにアドバイスを受けた。そこで指定された番号に電話をかけ、症状を説明し、修理代金の見積もりを依頼すると、親切な担当者は1分ほどしてから『CD-ROMドライブ交換となるので、68,000円となります。もし他に問題点があれば更に修理代金が嵩みます。また、その場合は渋谷と秋葉原のクイックガレージに持ち込んでいただけると対応が速いです。』と大変丁寧な説明があった。私は検討するとして電話を切った。68,000円も出すのなら10,000円を切って販売している外付けのCD-ROMドライブ(CD-Rドライブでも20,000円を切っているものもある。)を買って割り切って使った方がいい(私はセコイだろうか?)に決まっている。いやいや、もしかしたら中古が手に入ってしまうかもしれない。ということで、もしかしたら開口して少しの小細工で元に戻せるかもしれない状況であると考え直した。ただし、iBookの場合に限らずノートパソコンは内部が相当タイトに設計されているので素人は関わり合わないほうが賢明だろう。だから、そのうち直せるだろうという安易な気持ちで、使用するときはセロハンテープで固定するという方法に落ち着いた。それにしても、偶発的に同じ日にトラブルが発生した洗濯機の修理対応があまりに迅速で見事であったのを考えると、コンピュータの修理というのはまだまだ発展途上なのかもしれない。 |
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2001/09/26
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| 0612 ●ペルシャの市場にて |
| アラブ世界は今緊張の真っ直中だ。そんな思いで、ふと思い出したことがある。誰しも初めて買ったレコード(今はCD)が何であったか覚えているはずだ。多くは流行歌やアイドル歌手の曲ということになるだろう。しかし私は少し違っていた。どこをどう間違えたのか?私にとって初めて購入したレコードとは、ケテルビーの【ペルシャの市場にて】だったのである。小学校の音楽の郊外授業で聞きに行ったフルオーケストラの【ペルシャの市場にて】が一発で好きになってしまったのである。もしかしたら1962年の東映アニメ【アラビアンナイト・シンバッドの冒険】の影響が大きかったのかもしれない。余談だがこのマンガ映画は、【ベネチア第14回国際児童教育映画祭青銅賞/ベニス国際映画祭児童映画部門聖マルコ獅子賞(グランプリ)】を受賞している名作だ。また当時の東映マンガ映画は記念すべき第一弾の【白蛇伝/1958年】から【アラビアンナイト・シンバッドの冒険】の翌年の作品【わんぱく王子の大蛇退治】まで6年間連続して海外の様々な賞を受賞しており、今でも名作として誇れる作品ばかりだ。ちなみにそれらは、【白蛇伝/1958年】【少年猿飛佐助/1959年】【西遊記/1960年】【安寿と厨子王丸/1961年】【アラビアンナイト・シンバッドの冒険/1962年】【わんぱく王子の大蛇退治/1963年】となっている。機会があれば鑑賞して損はないだろう。というわけで、アラビアンナイト・シンバッドの冒険】で、アラブ世界の神秘性に目覚めていた私にとってケテルビーの【ペルシャの市場にて】は止めの一発となってしまった。あとはそのままレコード店に親をつれて突撃してしまったことを思い出した。今でもその当時のシングルレコードは部屋の奥にしまってある。だから今でも私の好きなクラッシック音楽の上位を占めている。 |
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2001/09/27
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| 0613 ●健康保険料の値上げで吠える人 |
| サラリーマン世帯の健康保険料金が値上げされるらしい。我々自営業者と同様に自己負担三割になるようだ。すかさず論点がズレまくって大騒ぎするコメンテーターが後を絶たないが、自営業者の国民健康保険制度も含めて諸悪の根元は別のところにある。例えば国民健康保険は17%もの人が未払いであり、彼らが万が一医者にかかる時はかかった時だけ支払えば過去の未払い分はおとがめ無しなのである。これでは真面目に払うことが馬鹿だと言う人が出てきてもおかしくない。実際知り合いの何人かは大見栄きって未払いを誇らしげに風潮している者までいる。余談だが、高級マンションに住み高級乗用車を持っているのに低所得世帯保護制作である児童手当の給付を受けている方もいるそうだ。手口は自営業なら簡単らしいが、私には理解を超えた世界だ。話を戻すと健康保険料の赤字の原因は医者側にもある。意味もなく薬を過剰投与たり、あるいは投与したかのように書類を提出するなど悪質な開業医は後を絶たない。私もかつては町の開業医専門だったが、近くに大手総合病院があることで鞍替えし、その医療方法の違いに唖然とした覚えがある。今までの開業医なら風邪でも確実に毎回注射をうたれ、薬は袋から弾かれそうなくらいてんこ盛りだったが、近くの総合病院では風邪ぐらいでは単に話を聞くだけで処方箋も簡単。当然薬も微量で、再度訪れる必要はないほどだ。医者は税金が免除されている等とかく世間から白い目で見られているが、実は泡銭で腹が膨れているのは、ごく一握りの医師だということを忘れてはならないはずだ。もちろん開業医が全て悪いという話をしているわけではない。総合病院にだって銭勘定しか出来ない医院長が時々世間を騒がせるのは皆さん周知の事実だ。いやはや、渡る世間は本当に鬼ばっかりではないか・・・だから、もう滅多なことでは驚かなくなってしまった。 |
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2001/09/28
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| 0614 ●『千と千尋の神隠し』の観客動員数が新記録 |
| 宮崎駿監督の最新作『千と千尋の神隠し』が、公開69日にして、1997年の『タイタニック』が62週間かけて打ち立てたの観客動員数を越えたそうだ。そして今の観客の動きは変わらないそうだ。更に11月上旬には、興業収入でも『タイタニック』の260億円を抜く見込みらしい。私は既に2回見ているが、DVDがリリースされたら多分真っ先に買うだろう。派手なアクションも無く、宇宙人も出てこないし、過激な殺戮シーンもなく、妖艶な主人公も居ない。でもこれだけの人に支持されたことは事実だ。ごく一部から、主人公がブスだとか、話が暗いだとか、訳の分からない的はずれの批判(少なくとも私にはそうとしか思えなかった)を受けていたが、それらが完全に的はずれであったことを証明した結果と言えるだろう。素直に感じることが出来なくなってしまった大人の批判は百害あって一利無しと言ったら言い過ぎだろうか。更に、『タイタニック』と比べて子供たちの鑑賞が多かったので『タイタニック』とは比較出来ないと旋毛を曲げる輩もいるが、そんな事はどうでもいいじゃないかと私は思う。とにかく事実は事実であり、毎回テーマの違う宮崎作品への信頼が、老若男女に徹底されたという証だと私は確信した。そして一番忘れてはならないのは、宮崎作品はいままでの日本映画になかったパータンだという事ではないだろうか。本家ディズニーが安易な作品制作に走ってしまったが故、技術は完全にディズニーを越えていることも見逃せない。そしてこの成功は次の文化に繋がる道程であると信じている。本作品にて引退をほのめかしていた宮崎監督は『ヒットしたから、これであと2本くらいは失敗してもいいかな』と話しており、予定になかった?次回作については『アクションをやりたい』と意欲を見せているらしい。私は本気でその言葉を信じたい。日本の映画文化に無かった余裕とリラックスが今のスタジオジブリにはある。これは物を想像する者にとっては何より大切なFORCEではないだろうか。 |
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2001/09/29
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| 0615 ●手づくりおはぎに挑戦 |
| 数日前から季節柄おはぎが食べたくてしかたがなかったが、おいしい店が近くにないので我慢していた。洋菓子もそうだが、和菓子も不味い店のものは、食べただけで不幸になると私は思う。洋の東西を問わず、お菓子の半分は夢ではないだろうか。夢を売っていなければならないお菓子がまずかったら夢は一瞬に消えてしまう。そしてそれは犯罪だと私は思う。そんな思いを巡らせていて、偶然近所のスーパーで発見した【手づくりおはぎセット】というのが面白そうだったので、思わず衝動買いしてさっそく作ってみることにした。作ると言っても実に簡単なのである。餅米と粳米のブレンド(そのほうが粘りけが丁度良い)を規定の水とともに炊飯器で炊き込む。あとは同封の調理済みのあんこを鍋で3〜5分ほど軽く煮て水分を適度に蒸発させ、冷めるのを待ってから、餅米と粳米のブレンドのおにぎりを作り、クッキングペーパーを使っておにぎりにあんこを包み込めば完成だ。よくあるスーパーのパンコーナーで売っているパック詰めの安おはぎと比べたら、涙が出るほど美味しいのには正直に驚いてしまった。これぞ正しく雲泥の差と言う世界なのだろう。大きめのおはぎが10個出来て価格は300円でお釣りがくる。せこい話かもしれないが、今時、下手をするとおはぎ1個が200円もして最悪の味だったりすることも多いので、この偶然見つけた安くて面白くて美味しい【手づくりおはぎセット】は癖になりそうだ。姉妹品に黄粉おはぎとか、胡麻おはぎなんかがあると言うこと無しなのだが、いい年したおじさんが和菓子食べてヘラヘラしているのは異常だろうか。疲れたときはビールを一気に呑むよりも、私は和菓子と渋茶が一番である。でもって、今はやっぱりおはぎの季節というわけだ。 |
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2001/09/30
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