| 0739 ●動くIllustrator画像 |
| ひょんな事からIllustratorのデータを動かすことになってしまった。ただしFlashデータを作成するという意味ではない。詳しくはまだかけないが、本格的なムービーである。思えばAdobeさんとAppleさんに、ムーピー作ると口約束をしたまま、今まで死んでいたのは私である。流石にIllustratorのデータとなるとAfterEffectsが無難なところだろうか。早速忘れていた5.5のアップデータを申し込んで準備を整える私である。というわけで来月になって少し時間があいたら(空くんだろうか〜、なんだか凄く不安)実験君の始まりである。アイデアは頭の中にある。無いのは時間(お金も)だ。ここ2年ほど死ぬほど忙しい日々を送っているが、仕事ではないのが本当に悔やまれる。人生の一時期にはこのような事も必要なのだろう。さて、画像を動かすという事はこれから益々流行ってくるのではないだろうか。もちろんFlashの台頭も大きな要因の一つだ。気軽にコンシューマーレベルで画像を動かせるようになれば、裾が広がるからである。なにせ、つい2〜3年前にはAfterEffectsやPremiereの参考書など皆無だったのだからねどれだけムービー人工が激増したかが分かる。要するに突然(言葉の文である。今突然思いついたわけではない。ちょうどAdobe Dimensionsで差君を作ろうと考えてから3年ぐらいして作品を作り出しような感じである。)のムービー開眼は、若い者に遅れを取ってはいけないと言う焦りなのだろう・・・いとかなし。 |
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2002/02/01
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| 0740 ●トラ・トラ・トラ |
| もちろん阪神タイガースの事ではない。正確な表記は忘れてしまったが、『我レ奇襲ニ成功セシ』といった意味である。もっとも私が戦争を始めたわけでもなく、ただ単に3年がかりで準備していたある事が成功したという意味だ。ただし、内容はプライベートな事なので伏せさせていただく。さて、何かに挑戦した時の結果は3つしか存在しない。つまり行き先は三つ又交差点というわけだ。希望していた道、妥協しなくてはならない道、そして行きたくなかった道である。もちろん結果は成功であったので、希望していた道へ進めることか出来た。ただ、この結論が出た瞬間までがまるで10年もかかったような感覚がいまだに残っている。別に死ぬほど苦労したわけではないが、精神面ではヨタヨタになっていたのかもしれない。しかし、結論が出ると今まで見えなかったことが冷静に見えるよう成ってくる。当たり前の事だが、希望を叶えた人が居れば、叶わなかった人も居るわけである。でもそれは、結論が出た瞬間の勝ち負けであり、長い目で見た時には勝負は逆転していたということも少なくない。なぜなら時間は止まることが無く永遠に様々な要因に反応しながら進んでいるからだ。そして、希望していた道、妥協しなくてはならない道、そして行きたくなかった道の3つの道の意味は数年後には、まったく異なったニュアンスを育んでいるのではないだうか。ある人にとっては『こんなはずでは無かった』、またある人にとっては『あの時負けていて良かった』・・・と。 |
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2002/02/02
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| 0741 ●検索に埋まる日々 |
| インターネット常設環境となってから数年経過しているが、調べ物はほとんどインターネツトの検索に頼るようになってしまった。資料は買うのではなく調べるという習慣が付いてきた。そのためというわけではないが、本当に雑誌を買わなくなってしまった。思えば10年ほど前は雑誌購入のピーク時であり、記憶が確かな物だけでも月に30冊ほどは購入していた。勿論全て月刊誌である。当然全てを読破してたわけではないる資料として、あるいは暇つぶし的に、さらには惰性でと色々な要因が渾然一体となっていた。ただ、私にとっての雑誌購入の本当のピークは浪人時代である。この頃は月刊誌だけで月に60冊は購読していたし、季刊誌は10冊、週刊誌や隔週誌が30冊ほどという、もうほとんど毎日のように燃えるゴミを集めていたような世界であった。上記を逸していたのは確かだ、しかも書籍も月に何十冊も購入していた。アルバイト代は全て本に化けてしまったようなものであった。では、何故この時をピークとしないのか?・・・となるが、当時の私は学生であり(浪人は学生とは言わないかもしれないが)、目的が異なっていたからだ。しかし、こんなに買った雑誌も結局は燃えるゴミとなってしまったのだが、大いなる無駄わしてしまったのかもしれない。でも、この時の本に対する拘りが今の仕事に繋がっているのは確かだ。こんな事を書くと『お前はエディトリアルデザイナーしていないではないか?』と突っ込まれそうだが、実は私の学生時代の専攻はエディトリアルデザインなのである。 |
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2002/02/03
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| 0742 ●PAGE2002 |
| なにやら6日からPAGE2002が、毎度お馴染みの池袋サンシャインで開催されるらしい。『らしい』というのは私が情報を得ていないからなのだが、確か最後にPAGEに参加したのは1999年であったような気がする。その後、忘れてしまっていたり、所用などで参加を断念した記憶がある。今年がもし6日からだとしたら、日程的にキワドイ状態だ。このまま欠席してしまうと3年連続の欠席となってしまう。これじゃDTPの単位は取れないも知れない。さて、冗談はさておき、私の家から池袋というのは距離的に辛いので、まずよほどの事がないかぎり首都高速を利用することになる。JRなど使おうなんて考えるのは、よっぽど暇な時だけだ。思うに都内の中を移動するにも、とんでもなく時間がかかってしまう場合がある。いわゆる陸の孤島状態というやつだ。勿論自動車での移動も渋滞を考えると、場所によっては必ずしも得策ではない。いや、兎に角池袋に到着しても、その後が大変だ。あのビルは前にも触れたが、わけのわからない設計のため、いったい今自分がどこにいるのか解らなくなってしまうダンジョンなのである。特に年に数回も訪れることのない私にとっては、もう頭の中が大混乱してしまう。なにせ、今まで2階を歩いていて階段を下がると2階であったり・・・と。実は、初めてPAGEに参加した時、私は道に迷ってしまったのである。ビルの中で。不謹慎な意見からもしれないが、よくあの空間を消防署が許可したと思う。まっ、それを言ったら東京では生活出来ないが・・・。 |
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2002/02/04
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| 0743 ●若者の二極化 |
| 久しぶりにTVのニュースを見ていたら、千葉の外房線(確か?)は、通学に利用している地元の中学高校生が車中で喫煙をするので有名で昨年社会問題になったらしい。その結果、各学校から指導員が乗車してキッチリ指導を行ったとか。だから今は喫煙する者が少ないという話だが、マナーの悪い中学高校生が他の乗客の顰蹙を買っているそうだ。見ていて、社会生活をする上で当然理解している、学んでいるはずの基本的な道徳心やマナーというのもがまったく無い中学高校生が当地には固まっているようだ。もちろん全ての学生がそうであるはずはないのだが、そんな学生達だけしか居ないような錯覚を受けるのは確かだ。かつて米国の学校が崩壊した要因の一つに、学力別クラス編成制度というものがある。日本でも一部の私立学校では実地されている。要にする、出来る生徒はAクラスで、出来ない生徒はDクラスというように、部外者でも一目瞭然で、その生徒の学力が判別されてまう事になる。結果、下位のクラスになってしまった生徒はやる気がなくなり非行に走るという流れだとか。もちろんそれだけが要因ではないのは理解している。どちらかと言えば、心のよりどころになるような教師との出会いの有無が案外影響しているのではないかと個人的に感じている。不良グループや暴走族を補導している補導員や警察官の話では、彼らがグループに参加した理由の多くが『友達を見つけるため』だとか。だとすると普通の学生生活の中で友情を探すことは出来ないのだろうか。卵が先が鶏が先かの話になってしまうが、どうして若者は二極化してしまうのだろうか。やはり決定的な要因を見つけだすのは難しいのだろうか。 |
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2002/02/05
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| 0744 ●食品表示に不信感 |
| もう話すのもばからしいほど頭に来る雪印食品の悪行だが、毎日のようにその手口と嘘が暴露されるに至り、もう信用回復は絶望を通り越しているのではないかと哀れささえ感じてしまった。ところで、今回の事件で『他のメーカーも同じ事をしているのではないか?』・・・『表示など一切信用出来ない』・・・『いったい何を食べさせられているのか解らない』という声が日増しに高まっている。だれだって、あんな犯罪を知ってしまったら同じことを考えるに決まっている。狂牛病発生後にTVの料理番組では気のせいか牛肉を使った料理が激減していたように、ただでさえ狂牛病で神経質になっていたわけだ。ところが、安全だと信じていた大手メーカーが偽造を会社ぐるみで10年も行っていたのだから信用出来るこものなんか無くなってしまったようなものだ。私はもともとあまり肉を食べなかったのでストレスは溜まらないが、牛肉が好きな人は早々ストレスが溜まっているのではないだろうか。私だって菜食主義者ではないので、まったく牛肉を食べないわけではない。むしろたまには食べたいのだが、もう怖くてどうしようもない。これは、牛肉が怖いのではなくて表示が信用できなくなっているのだ。さりとて表示が信用出来ないから何も食べないというわけにはいかない。最近はハムやソーセージを見ただけでも気持ちが悪くなってきている。雪印食品の行った『偽造・虚偽・隠蔽』の罪の重さは計り知れない・・・。 |
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2002/02/06
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| 0745 ●ネクタイなんか大嫌いだ〜 |
| 7日、ほぼ1年ぶりぐらいでスーツを着ることになった。またまたネクタイ地獄である。悪戦苦闘の末、今回は30分もかかってようやくネクタイをしめることが出来た。昨今は中学校生もネクタイしていたりするので、私みたいなネクタイ出来ないオジサンは馬鹿者かもしれない。というよりあまりの不器用さに情けなさがこみ上げてくる。やっぱりそろそろワンタッチ式のネクタイでも買ったほうが良さそうだ。なんたって、このネクタイをしめるのにイライラしなから30分も費やすのは明らかに時間の無駄だし、精神的にもデメリットの塊だ。だいたい、どうにかネクタイをクリアしてスーツを着込んでみても、似合わないのは誰の目にも明らかだ。なんだかコント用のスーツを着ているようにさえ思えてくる。でもねスーツでないといけない場所という者もあるるいやね別にジーンズでもいいのだが、TPOを無視するには私は年を取りすぎている。どこかにスーツの着付け教室みたいなものでもあったら真面目に通ってみたいとさえ思ってしまう。でもねスーツ着用の儀式が完了して、帰宅後に着替えてしまえばそんなイライラもすっかり忘れてしまう。我ながらそんな脳天気さに呆れかえってしまう。でも、次のスーツ着用時にはまたまたイライラのボルテージは増幅するのだろうと思うと、やはり真場目に打開策を・・・と考えるのだが、スーツ着るのは苦手だと逃避したのに今になって苦労するとは夢にも思わなかった・・・。 |
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2002/02/07
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| 0746 ●InDesign 2とPageMaker 7 |
| 店頭販売前にいち早く予約していたInDesign 2.0アップデート版が7日届いた。で、今の今まで私はとんでもない勘違いをしていた。『InDesignはPageMakerのデータを読み込めない』と。どうして私は勘違いしてしまったのだろう。バージヨン1.0でもPageMakerのデータは読み込めていた。勘違いは本当に怖いと痛感した。ところで、肝心のInDesign 2.0は1.0のデータ中のリンクを正しく認識しない。要するに互換性が怪しい。ただし、これは前向きな使用変更によるものであり、InDesign 2.0のCD-ROMに含まれている【ID1.0Jライブラリーコンバータ】をInDesign 1.0上で利用して歳保存すれば解決する。古い使用を引きずることで新バージョンが遣いにくくなるような状況は、一時的にはユーザーにとってメリットはあるが、長い目で見たときにデメリットの方が大きくなってしまうだろう。そんな意味ではこの対応を支持したいと思う。ところで、Illustrator 10と同様にInDesign 2.0には小塚明朝・ゴシックのOTFフォントが含まれている。しかし、AcrobatはReaderである。方やPageMaker 7.0には欧文フォントは天こ盛りだが、和文フォントは添付されていない。しかし、AcrobatはReaderではなく製品版が含まれている・・・と思っていたが、これも私のとんでもない勘違いであった。もちろんAcrobatの書き出しはどちらも優秀だ。ということで、なんだか最近思いこみと勘違いが多すぎると反省。もう神経ボロボロかも。 |
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2002/02/08
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| 0747 ●塵も積もれば・・・で絶句 |
| ある目的のために集めたり、プリントアウトしてステップラー止めしていた資料が必要なくなり、リサイクルゴミに出すべく、整理した。当然ステップラーだけは外して燃えないゴミ箱へまとめた。ところが、整理すればするほど次から次へと資料が出てきて、とうとう新聞紙用の紙袋に6袋ちかくもリサイクルゴミが出てしまった。流石によくぞここまで溜め込んだと呆れかえってしまった。紙というのは本当に簡単に溜まってしまう。さりとて溜まらないように、あるいは出来るだけ紙を使わないようにということも意外と我々の仕事では難しくて出来ない。ページものの場合は例外だが、例えば印刷所へデータを入校する場合、どんなに軽いデータであってもプリントアウトしたものを添付しなくてはならないので、紙が必要になる。要するにデザイナー側が意図したように出力されるかを確認するだけである。しかも予備を出すので2セット必要になる。もちろん校正刷りなどまでいけば用無しになるので廃棄扱いだ。つまり、一過性の用途でしかないのである。それでも資料は減った方だ。かつてアナログ時代には紙焼き用の印画紙の箱に、紙焼きの元となる手書きのロゴタイプやマークなどが200箱近く部屋に散在していた。今はデータで整理出来る部分である。でも、前記したように完全にペーパーレスにはまだまだならないのが現実だ。印刷物があるかぎり・・・。ということで、最近は竹などから安くて高品質の紙を作る研究が盛んだが、いっそのこと、紙のリサイクルの循環しステムをしっかり作り上げてしまった方がいいのかもしれないと考えるようになった。 |
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2002/02/09
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| 0748 ●憩いを求め3000秒 |
| 10日、2年ぶりでゆったりと有楽町界隈と銀座へ買い物に出た。特に銀座である必要は余りなかったが、たまには出かけてみたいという単なる気まぐれ(ソニープラザで新型VAIOを見るのも目的の一つであった)である。ところが、これがとんでもないことになってしまった。まず食事をする適当な場所画なかなか見つからないのである。最後はケンタッキーに入ってしまったが、わざわざ銀座まで来たのだから、ソレは無いはずである。しかし、空腹には勝てなかった。問題はその後である。2〜3のショップを巡って、無印良品に入ってから休憩ついでにコーヒーが飲みたくなったので、喫茶店を探し回ったが、これが最悪の結末で、1時間近くも有楽町界隈と銀座を彷徨ってしまった。つまり禁煙席が無いのである。あってもあまりに少なくて満席状態。しかも彷徨っている間は歩行タバコの方々の狼煙攻撃をまともにくらって頭はクラクラ状態。最後は阪急の地下にあるGAPの隣のアンデルセンに落ち着いたが、あまりの疲労感に声も出ない状態。ただし、ここは完全禁煙なので神経は救われた。で、取りあえずココで気持ちを落ち着けてから、無印良品に戻って仰天してしまった。ここの2階には、完全禁煙のMeal MUJIという軽食喫茶があったのである。そんなことなら彷徨のではなかったと思うも後の祭りである。とにかく煙は叶わない。でも、そんな私のコラムは『つい最近まで吸っていたのに何を言う』と思われる方も多いようだ。でも、聞くところによると喫煙者が止めた場合のタバコに対する嫌悪感はもともと吸っていなかった人の数倍らしい。だからというわけではないが、私はドトールコーヒーは注文カウンターのある一階が喫煙席なので、もう入る以前の問題となってしまった。そんな事より最近は今日のような外出をした夜は、気分が悪く頭痛で寝込んでしまうようになってしまった。そろそろ花粉症の季節・・・外出には注意しないと・・・。 |
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2002/02/10
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| 0749 ●アクロバットなデザイン |
| ・・・と言っても、Adobe Acrobatの事ではない。クライアントに校正確認をしていたカタログデザインの印刷上がりが逆算されて前倒しとなったため、講習中に入校しなくてはアウトという木曜日(つまりこの日のうちに入校しないとアウトなのであるるオンライン上でデータをやりとりすればまだ1日は稼げるが、こちらでプリントアウトしたサンプルを添付しないと危険なので)に再確認の必要のある部分が発生して、再度PDFで確認をとり、宅配便ギリギリの時刻になとか発送することが出来た。床が根驚いたことに、そのA3両面2つ折りの校正刷りが土曜日の朝一番に宅配便で届いたのには唖然とした。バイク便ではないので、先方は金曜日に宅配便を発送していることになる。いやはや、いつも無理を聞いて貰っているところではあるが、流石に今回は更に頭の下がる思いだ。しかも、慌てていたので私はオーバーブラック指定をミスっていたのだが、丁寧に修正していただき、おまけに修正したデータまで添付されていた。よく印刷所に対して罵声を浴びせて修正させることがデザイナーであるみたいな態度をとる方かいるが、私にはそれが出来ない。デザイナーは一人では仕事は出来ないのであるるあくまでも様々な方達とのコラボレーションの上に作品は成り立っている。だからこそ裏方として頑張っている印刷所の方とのコミュニケーションは大切だと常に感じている。いやいや私の場合はいつも印刷所の方に助けられている。だから出来るかぎりこの印刷所を利用したい。仕事は気持ち良く進めたいからだ。 |
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2002/02/11
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| 0750 ●思いこみと判断 |
| 人間誰しも思いこみや勘違いは覆い。私も最近赤っ恥をかいたばかりだ。具体的な名称は固有名詞なので避けるが、私の場合は、例えば『リサイクル』という看板だと6年間思い続けていたのが実は『サイリクル』だったというようなオチであった。解ってしまえば笑い話しだが、解らずにいたことの方が洒落にならない。もちろんこれを正しく読んでいなかったことで私は特に困ったことにはなっていないが、もし、読み違えてしまったことで岐路が変わってしまうなんてことがあったとしたら大変だ。例えば自動車の運転であれば瞬間に状況判断をしなくてはならない。迷ってしまったので停止して再確認するという事が許されるケースは希だからだ。TVゲームなら再挑戦も簡単だが実生活では再挑戦はあり得ない。余談だが、私は助手席に大人が座っていると誤認識の確立が高くなる。もちろん高くなると言ってもたまにタイミングが少し落ちるという程度だが、それでも背筋が寒くなるのは確かだ。これは、慣れない状況に追いやられることで余計な情報が入ってしまうからかも知れない。平素は助手席は私の荷物置き場というケースが圧倒的だからだ。いや、何が言いたいかというと、普段と違うことを突然行ってはいけないということである。何事もリズムが狂ってしまうと予想もしない馬鹿げた失敗に繋がってしまう。で話を戻すと、『リサイクル』か『サイリクル』の判断を間違えても私にとってその店は多分一生利用することのない店だったので勘違いが6年も続いてしまったのかも知れない。 |
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2002/02/12
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| 0751 ●ラジカセは消滅するか? |
| 先日銀座のソニープラザで新型VAIOを見た時にあと思った事があった。『近い将来ラジカセは消滅するのではないか?』という思いである。既にインターネットは万人にとって避けられない、無視出来ないメディアとなっている。そしてパソコンが必要となるのだが、ノートパソコンに高品位のスピーカーが内蔵、あるいは合体出来るシステムでそのまま音楽CDやDVDが鑑賞出来てしまうのだったらね単機能のラジカセは必要ななってしまう。カセットテープに自分だけのお気に入りを編集してダビングする行為も今やMP3(MPEG-1 Audio Layer3)にとって変わろうとしている。もちろんプロの話をしといるわけではない。一番的な家庭環境の話だ。当然、今現在の全ての世帯がこの環境だという意味ではない。近い将来に必ずこうなるのでは?という推測である。どのみち住居スペースが圧倒的に狭い日本人にとって無駄な電気製品の粛正は悲願であり、既に様々な試みが現実化している。もしかしたら冷蔵庫のドアにパソコンを組み込んで、キッチンでTVやDVDわ鑑賞出来るようになるのではないかと半分真面目に期待しているのは私だ。メインモニターは天井から必要な時だけ引き下げるなんていうのもいいかもしれない。兎に角、電気製品は極力視界から消えて欲しい。いや、視界から消えて欲しいようなデザインのものしか無いからなのかもしれないが・・・。まっ、極論はさておき、やっぱりラジカセは無くなるだろうな〜。 |
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2002/02/13
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| 0752 ●腕時計レス生活 |
| 腕時計が私はあまり好きではないという話はしたような気するが、気にせず話を進めることにする。そもそも私は腕時計の圧迫感が大嫌いだった。でも、無いと困る時期や状況というものは確かにある。しかし、よく考えてみると携帯電話を持ち歩くようになってからは時計を持ち歩いているようなものである。四六時中時刻を気にしなくては成らないので有れば腕時計も必作用かもしれないが、私はそうでもない。結果、携帯電話で代用することにしてからはほとんど腕時計をしなくなってしまった。ただし、携帯電話にも欠点はある。公共施設や乗り物の中では利用出来ない点だ。ただし、数時間それらの環境で束縛されることがあったとしても今の私には特に困る事はない。余談だが、昨年の夏休みに4日間通信が出来なかったことがあった。通信環境は用意していたのだが、アクセスデータを忘れてしまったので通信が出来なかったという間抜けをしてしまったからだ。しかし、帰宅してみても、重要な用件は一通も舞い込んでいなかった。もちろんコレは私に限った事柄なのは言うまでもない。でも、人間というのはとかくネガティブに物事を考えやすいのか、『もしかしたら』という思いが一人歩きしてしまうのではないだろうか。・・・もしかしたら携帯の電池が切れるのではないか?・・・もしかしたらi-modeを契約して四六時中メールをチェックすれば面白い仕事が舞い込んでくるのではないか?・・・と。でも、最新のコンピュータ機器など無縁な人に仕事が集中したり、最新機器で要塞のように準備万端整えていても暇だなんて話は腐るほどある。世の中、実際はそんなものなのである。 |
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2002/02/14
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| 0753 ●ワガママだから人間なのかも |
| 13日、東京都林業試験場は、樹齢3年のスギの幼木への実験で、花粉を作る雄花を減らすことが判明した薬剤が、樹齢20〜50年の成木に対しても、同様の抑制効果を確認できたと発表した。つまり花粉の発生を人工的に抑制してしまおうというわけだ。成功を祈ると同時に早急な実用化を期待したい。しかし、それとは逆の考え方が頭の中を走った。そもそも花粉症は文明病の一つで、体内の寄生虫などの数が激減している先進国の人に多い都市型の文明病である。だから、今現在花粉症に悩まされていない人もある意味てぜは一触即発状態であるのは確かなようだ。つまりスギ(その他ブタ草など該当するアレルギーの要因とされる植物など)に問題があるわけではないのである。さりとて寄生虫を意味もなく体内に宿すことは勘弁願いたい。結局年で生活している者にとっては自然は『悪』という単純で馬鹿げたステレオイメージが今後益々増幅してしまうのではないだろうかという本当に馬鹿げた話を私は信じ始めている。もちろん苦しんでいる人に我慢しろなんていう話をしているわけではない。実際私もこの7〜年ほど前から花粉症で苦しんでいる。でも、聞けば、もっと凄いアレルギーの方がいるそうだる金属アレルギーやプラスチックアレルギー等・・・様々な特殊事例が暗雲しているらしい。現在の文明や文化という価値観は西洋的発送の延長上にある。もちろん東洋的発想が正しくて西洋的な発想が間違っているわけではないが、何かどこかで決定的にズレが発生しているような気がしてならない。でも、気になっていようが、花粉症で苦しもうが、この都会生活に慣れきってしまった以上、もう後戻りは出来ないのではないだろうか。人間ってワガママだから人間なんだと最近思うようになってきた。 |
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2002/02/15
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| 0754 ●祟られた駐車場? |
| 物騒なタイトルだが、何も喧嘩をしたわけではない。15日、牛乳(コーヒーには牛乳を入れている、一時は専用のミルクを色々と試していたが、行き着くところ普通の牛乳になったというわけだ)を買いに、近所のスーパーにしては色々な物を売っている近隣では有名な不思議デパートに出かけた。いつもここ行くには近道のスーパーの駐車場(この駐車場はね地下と1F、2Fまであり、私が利用する近道は1Fである。)を通って裏口から入るのが私の定番だ。で、いつものように駐車場に入ったとたん。喫煙しているおじさんが目に入った。ここは青空駐車場ではないのである。何を考えているのか理解に苦しむ以前に、反射的に『ここは禁煙ですよ!』と注意を促そうとしたが、次の瞬間・・・小市民的に止まってしまった。だいたい、最近は逆恨みで刺されるなんていうのも珍しくない。だいいち近所で騒ぎを起こすのは得策ではない。まったくもって卑怯な逃げ口上だと自分でも解っている。しかし、なにか起こってからでは遅い。例えば逆上した相手が殴りかかってきたときに避けたら相手が躓いて怪我(つまり自滅)をした・・・なんて場合でも私にも何パーセントかの非は発生してしまうからだ(実際そんな感じのおじさんであった)。本当は注意するべきところではする必要があるのは確かだ。しかしよく考えてみれば、火気厳禁の場所で喫煙するようなお馬鹿さんへは、何をどう言っても馬の耳に念仏であろう。貴方がどうなろうと貴方の勝手だが、無関係な人間だけは巻き込まないでいただきたい。くわえタバコで火のついた石油ストーブに灯油をつぎ足すようなものだ(タバコを吸っていなくても火のついた石油ストーブに灯油を注入すれば確実に火災は発生するが・・・)。そう言えば、以前この駐車場で車がこすれたとかで、傷害事件寸前っていうのがあったらしい。祟られているのかも知れない。 |
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2002/02/16
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| 0755 ●大豆はどこにいった |
| 味噌、醤油、豆腐、納豆と、大豆がなければ死滅してしまうほど大豆に依存している日本の大豆自給率は、たったの2%である。当然足りない大豆は輸入に頼らなくてはならないが、それらは遺伝子組み換え大豆であったり、反日嫌日国家からのまったく信用出来ない輸入作物であったりする現実を知る人は少ないと嘆いている専門家の話を先日読んだ。極論であることは確かだが、こんな疑念は、雪印食品事件で表示に対する不信感が増している今、恐怖のボルテージとなり、嫌でも増幅しているのではないだろうか。昨年の節分の時にも触れたが、例えば大豆だけをとっても、どうして巷に溢れている大豆を原料とした食品のほとんど全てが『国産大豆100%使用』と明記されているのだろう。どう考えても不自然だ。高級料亭で使われている味噌や豆腐だけが唯一国産大豆100%ではないかと私は本気で考えている。だって自給率はたったの2%なのだから。同じように考えていくと、コンビニやファーストフードでは必ずと言っていいほどコシヒカリやササニシキという表記がある。いくら宮城は伊達正宗が仙台藩の存亡をかけて米づくりに励み、江戸の消費米の生命線を握るほど供給出来るようにしたと言っても、当時と今とでは人口比が違いすぎる。でも、それは私の大いなる勉強不足で、実は世界一の過密都市東京の胃袋を軽くクリア出来るほどササニシキは収穫されているのだろうか。絶対に誰かが嘘をついているとしか考えられない。某所で作って宇治に運んで宇治茶というのは有名な話だが、そういった暗黙のルールを許してしまう国民性にも問題があるのではないだろうか。やっぱり、自給自足に走るしかないのかもしれない。昨今見直されている東京の小規模農家の農作物は高価に取り引きされているようだ。私も時々近くで取れた野菜を食べることがある。もう忘れかけていた懐かしい味がする。いつまでこの味を思い出すことが出来るのか少し不安になってきた。 |
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2002/02/17
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| 0756 ●映画館の悪夢 |
| 17日、やっと『ハリー・ポッター/賢者の石』を見に行った。いつも行く大森の映画館では上映していなかたので、近場で綺麗ということで川崎のチネチッタへ出かけた。しかし、これがそもそも大間違いであった。映画館は綺麗で座り心地もよかったが、まず映画館に行き着くまでも、あの数100メートルがとんでもない悪夢であった。『吸う族』の砦のような状況なのである。一発で頭痛になってしまったのは言うまでもない。蒲田も相当凄いが、それと比較出来ないほどのインパクトであった。嘔吐寸前になるほど気分を悪くして映画館に入った私に、更に追い打ちをかける事態が発生した。なんと『ハリー・ポッター/賢者の石』が始まったとたん、隣席していた親子連れが、持ち込んでいた紙袋からコンビニで仕入れた食べ物を取り出して突然食べ始めたのである。ビニール袋を取る音があれほど不快に感じたことはいままで無かった。しかも、映画が終わるまでの約2時間半、その行為はほとんど止まらなかったのである。その間、トイレに立つこと3回というギネス記録も充分に私のストレスアップに貢献したのは言うまでもない。親がこんなことをすれば確実に子供も真似をする。いや、上映中の飲食はマナー違反であるという認識など持たなくなる。かくして、その子が親になったとき、また同じ事を繰り返すのである。文化はこうして正確に伝承されるのである。で、映画は面白かったが、同じくらい苦痛を感じて鑑賞し、帰りもまた狼煙の上がる道を越えてホームにたどり着き、帰宅したが、頭痛で先ほどまで寝込んでしまった。なんだか最近は本当に外出が怖くなってきた。しかし、こんな話ばかりしていると、本当に喫煙愛好家?の友人に嫌われるだろうな〜。 |
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2002/02/18
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| 0757 ●千と千尋の神隠しが金熊賞 |
| 『千と千尋の神隠し』が、第52回ベルリン国際映画祭で最優秀作品賞にあたる金熊賞を受賞した。アニメ映画としては史上初なのだそうである。私としてはこの『アニメとしては史上初』という部分に『えっ、そうなの?』という逆の驚きがあった。ところで、このニュースに驚く数日前に私は3回目の鑑賞をしていたのである。馬鹿みたいと笑われる方もいるだろうが、残念ながら最近のディズニー映画はつまらない。いや正確にはディズニーアニメーションがつまらない。もちろんここで言うアニメーションとは、ビクサーの3Dグラフィックスを除いたアニメーションと言う意味だ。悪い言い方をすると租税乱発に近いものがあるように感じる。それは、厳しい感想かもしれない。しかし、ディズニーアニメの長い歴史の中で世界中で普遍的に愛されている古典的な名作と比較してしまうが故、最近の作品は絵がイージーすぎるように感じている。私のディズニー映画のお気に入りは『ピノキオ』だが、60年も前の作品を越えられないのは何故なのだろうと・・・。いや、絵がイージー過ぎる印象から見ようとしない私が、見ても居ないのに文句を言っているのが間違っているのは解っている。でも、わざわざ映画館に足を運んでまで見たいと思わせる何かが足りないのは誰もが薄々感じていることではないだろうか。ちなみに最後に見た最新作は『アラジン』である。で、話を戻すと、今も私にとって宮崎アニメの『となりのトトロ』を筆頭に幾つかはが手放しで気に入っておりDVDも集め出したし、次回作にも期待している。でも、それと同じくらいに、かつて子供の頃ワクワクして映画館に入ったときのような感激をディズニーに期待したいのだが・・・。もうピクサーの力を借りるしかないのだろうか・・・でも取りあえず"Return to Never Land"に期待だろうか・・・。 |
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2002/02/19
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| 0758 ●何を今更B4のコピー用紙? |
| B4のコピー用紙が無くなってしまった。しかし、私にとってB4というサイズはほとんど利用価値のないサイズでなのである。思えば昨年の秋ぐらいまで、20年ほど前に購入した最初の複写機と一緒に勘違いして注文したB4の用紙が1箱残っていたくらいである。その後何台かの複写機のリースを繰り返し、今は4代目の複合複写機を利用しているが、その間、購入時に必ずついてくるおまけの用紙セットのうち、どうしてもB4だけは消費出来なかった。しかも今使っている複写機は最大B4までなのに・・・。もうこのたまりに溜まったB4の用紙は生涯使いきることなど無いのではないかと思うほど蓄積されていたのである。と言っても500枚の包みが12個だったのだが・・・この3年ほど、突然使用頻度が増え、気が付かない間に在庫が切れてしまったのである。なんということだと唖然としてしまったが、生涯大事に保存して置くほどのものでもないので、消費出来たことは、ある意味で安堵している。ところが、ここに来て突然B4が必要になった。しかも800枚ほど。しかし、今度はストックが無いのである。取りあえず近所で2包み(1包みが500枚なので)を調達したが、流石にコレで終わりだろうと思いたい。そう言えばB5というサイズもあるが、これはもう私にとって本当にまったく用のないサイズである。勿論今までの私の仕事内容に関しての話だが・・・。余談だが、あんまり古い用紙を使うと水分を思いっきり吸い込んでいるので機械には悪影響が出るらしい。 |
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2002/02/20
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| 0759 ●花粉症地獄がやってきた |
| とうとう花粉症に苦しみ出した。いつもの季節到来と言ったところだろうか。しかし、言葉で書けば笑い話だが、当の本人はもう涙目と頭痛で断末魔である。外出から帰ったらまずシャワーして着替える・・・だけど、いくらなんでも毎回これを繰り返していたら大変だ。今年は近所でも重装備の人が増えている。数年前だったら笑い物になるような格好も既に市民権を得ている。もしかしたら大気汚染に苦しみ、宇宙服を着ないと外出できない未来の地球人みたいなB級SF映画の世界が近い将来現実化してしまうのだろうか。ちょっぴり笑えるけど、やっぱりそこまで人間は馬鹿じゃないと思う。でも、かつての大人達は、アレルギーなんて言う言葉に『気合いが足りないからだ!』『根性がないからだ!』などと非論理的な罵声で苦しむ青少年達をまくし立てていた。そして、それは本当に30年ぐらい前まで、いや20年ぐらい前まで東京でもまかり通っていた世界なのである。で、やっぱりこういった事って自分が苦しんで初めて知る悲しい世界なのである。だから花粉症に苦しんでいない人に理解を求めるのは無理な話なんだと思い始めだ。丁度、喫煙者に禁煙者の立場を理解させるのと同じように。誰だって身につまされないと正しく理解しようとは思わないはずだ。丁度文化の違う国同士が本気で理解し合おうとしても越えられない壁があるように・・・。 |
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2002/02/21
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| 0760 ●ロード・オブ・リング |
| 映画『ロード・オブ・リング』が楽しみだ。が・・・実はつい最近まで駄作だと勘違いしていた。事の起こりは20年ほど前に映画通(半端な知識ではなかった)の友人が『指輪物語』というアニメを見たが酷い作品だったと騒いでいたのが印象的で、それがいまだに脳裏から消えなかったのである。トラウマ状態というやつだ。当時、私も『指輪物語』を見る予定でいたが、一発で取りやめにしてしまったことも思い出した。だから、どんな映画であったかわ自分で確かめ随いままで来てしまったことは問題だが、その記憶が、『指輪物語』すなわち『ロード・オブ・リング』とオーバーラップしていたのである。ただし、それは別の映画の予告編(今はTVでもガンガンやっている)で見た瞬間に消え失せてしまった。申込みと勘違いの典型的な例も知れない。でも、昔から、先生が好きになると、その先生の教える教科も好きになるというように、友人や知人の放つ言葉の持つ重みというものは案外む意識のうちに自分の人生を左右してしまっていたりするのかも知れない。そして、それについて多くの人は、気にとめることすらしないのかもしれない。であれば、出来るかぎり自分の体で感じる必要があるのは理解出来る。でも悲しいかな人間はどんなに科学が進歩しても、全てを体感することは出来ないのである。だから面白いのだと私は真面目に考えている。 |
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2002/02/22
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| 0761 ●千代田区の英断 |
| 東京都千代田区は22日、通学路などでの路上喫煙を禁止し、違反者に対しては罰則を科す全国初の条例を制定する方針を明らかにした。早ければ今年の6月からだそうだ。これは英断に値する。2年ほど前まで喫煙していた(歩行タバコもやっていた)のにとお叱りを受けそうだが、本当に辛いのである。しかも、打ち合わせの席などで相手が喫煙することが事前に解っている場合と違い、予期せぬ歩行者の喫煙に翻弄されることは本当に苦痛以外のなにものでもないのである。失礼な喩えだが、かつて悪名を欲しいままにしていた香港ですら喫煙に関しては厳格な法律が施行され綺麗な町に変貌しているそうだ。先進国の中でもっともタバコに寛容なのが日本である。これはある意味で汚名のようなものだろう。変な話だが喫煙したい人の気持ちも私は理解している(今の私は喫煙したいとはまったく思わない)つもりだ。シンガポールのように幻覚である必要はないとは思うが、せめて非喫煙者の権利が正しく確保出来るだけのマナーぐらいは大人が作り上げる必要があるのではないかと。そんな意味で今回の千代田区の方針は日本にとって歴史的な意味をもっているかもしれない。ただ、空き缶などのポイ捨て禁止条例や、ピンクチラシ配布規制の先例のように、施工されても、あまり有効に機能していない事を考えると焼け石に水なのだろうか。 |
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2002/02/23
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| 0762 ●横浜ドリームランド閉館で思うこと |
| 横浜ドリームランドが22日に閉館となったそうだ。向ケ丘遊園も春には閉館となる。向ケ丘遊園は何度も出かけているし、私が初めてアイススケートをしたのもここである。だから愛着はあるが、キャラクター性の強いテーマパークの登場には勝てなかったのだろう。かつて、読売ランドが開演した頃に出かけてねほとんど何も出来ていない会場内をモノレールで一周した程度で退散した記憶がある。それでも当時の私は感激したものだるでも、事態は変わり、我々が子供の頃に体験した驚き程度では今の子供はニヤリともしない。それだけ質を求められているのは確かだろう。いや、大人用、子供用という敷居が無くなってしまったと言っても過言ではないかもしれない。遊興や交友に明け暮れて子供を死なせてしまうといった理解を超えた痛ましい事件が多いが、世の中全体がなにか妙な方向に走ってしまっているような気がするのは私だけの錯覚だろうか。突然豊かになってしまった事により正常な判断力や感覚が欠如してしまったのかもしれない。ほんの2世代ほど前の日本がどんな世界であったかを思い起こせば、この急激な社会の変化は人間の本質を歪めるのにさして苦労はしないはずだ。もちろん全部の日本人がおかしくなっているわけではないのは充分に理解しているつもりだが。何度もコラムネタにしているように、どうやら本当に日本も二極化に拍車がかかっているようだ。失礼な言い方だが、横浜ドリームランドや向ケ丘遊園に興奮していた頃の日本が一番良かったのかも知れない。そんな干渉が何も生まないことなど解っているのだが、そう思わないと横浜ドリームランド関係者に失礼な気がしている。とにかく閉館して行くかつて憧れだった遊園地に『ありがとう』の言葉を贈りたい。 |
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2002/02/24
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| 0763 ●渋谷でタイムスリップ |
| 日々刻々と変貌している渋谷の駅周辺。特にセンター街を中心として一角の変貌は尋常ではないと言っても過言ではないだろう。24日、久しぶりにこの界隈を所用で闊歩したのだが、私の学生の頃と比べたら、まったく別の町と言ってもいい。しかし、見つけてしまったのである。遠い学生の頃の記憶とまったく同じ一角を。多分私の勘違いしている部分もあるのだろうが、やはりこの一角だけは時間が止まっているとしか考えられない。もしかしたら本当に止まっているのではないかとさえ感じるる更に、振り返れば当時の学友達が立ちすくんでいるのではないかという気に本気でなってしまった。後から考えれば馬鹿みたいな話だが、その瞬間は本気でそう感じた。でも、もしかしたら、私が感じたその一角を明日訪れたら無いかも知れない。そんな蜃気楼のような体験をした。多分、頻繁に出かけていたこの当たりに対する愛着のボルテージが上がり、蜃気楼のようなものを勝手に見てしまったのかも知れない。いや、蜃気楼だと思いたいと勝手に感じているだけで、実は本当にその一角は周りから取り残されているのかもしれない。普通の人生に置いてねなんらかの節目というものがから名図あるるもっとも一般的なのが高校生の頃、大学生の頃といった学生時代の区分けだろう。次に社会人として勤めだした頃、役職につ就いた頃・・・と。ところが私にはある時期からこの節目というものが曖昧となっている。だから妙なイメージだけが増幅されてしまうのかも知れない。そのうちもっと変な者を見るようになってしまうのだろうか。それは少々勘弁してもらいたいが・・・。 |
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2002/02/25
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| 0764 ●耳をすませば |
| スタジオジブリ作品で一番好きなのは、何度も言っているように『となりのトトロ』だが、本当の事を言うと、『それ』だけではないのである。実は『耳をすませば』も相当肉薄して好きな作品なのである。ただ、原作が【柊あおい】さんの描く少女マンガ(原作は読んでいない)ということもあり、公言するのは少々恥ずかしかったのである。で、ジブリの動画としての『耳をすませば』は1995年7月に劇場公開されている。絵コンテや脚色は宮崎駿さんだが、監督は、『火垂るの墓』、『魔女の宅急便』、『おもひでぽろぽろ』(これはまだ鑑賞していない)、『もののけ姫』で作画監督を行い、『耳をすませば』で初の監督を務めた近藤喜文さん(1998年1月21日午前4時25分、解離性大動脈瘤のため永眠)である。実際にある京王線沿線の町といった設定で、主人公達がいきいき描かれている。しかも、『となりのトトロ』のような妖精も登場しないし、『風の谷のナウシカ』、『天空の城ラピュタ』、『もののけ姫』のようなアクションシーンもない。あるのは、本当に普通の中学生の日常生活を描いたシーンだけなのである。そして、テーマは初恋・・・。で、私がジブリ作品が好きな理由の一つはラストシーンがいいことだ。派手さもなく自然にフェードアウトし、見終わった者に色々な想像を与える手法だと私は勝手に解釈している。で、『耳をすませば』で雫と聖司が見せる甘酸っぱいラストシーンは本当にいい。そして、エンディングテロップに現れる脇を固めた原田さんと杉本君(実はこの2人がもっとも中学生らしい)のこれからを想像出来る下校シーンもいい。この2つのシーンに感動出来るうちは、私もまだまだおじさんには成っていない証拠だと勝手に決めている。更にこの作品では、日本の一般家庭の日常生活がこれほど克明に描かれている。そして、オープニング(オリビア・ニュートン・ジョンによる)からエンディングまで重要なイメージを作り出す挿入歌である『カントリーロード』がこれほどいい曲だと思ったことはない。実は、劇中で雫が聖司のバイオリンに合わせて歌う(後からおじいさんたちが加わる)シーンが一番いい。多分この作品は実写で映画化したら大失敗していただろう。それは、生身の人間が放つ生臭さが、この映画の持つ透明感を消し取ってしまうからだ。それに、安手の実写映画話見るんだったら上質の動画のほうがいいに決まっている。いや、そんな話はどうでもいい。気持ちをリラックスさせたくなったので、突然また見たくなり、遠い昔を思い出してしまったのである。よせばいいのにビデオはしっかり持っている私である。多分DVDが出たら買い直すだろう。あっ、『海がきこえる』(TV放映のみで劇場公開はされていないがビデオはリリース)もいい・・・。 |
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2002/02/26
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| 0765 ●ルール厳守は泣きを見る? |
| 広島市は26日、暴走族対策の条例として、集会を取り締まり対象し、罰則に懲役を盛り込む『暴走族追放条例』案を発表した。全国で初だそうだ。しかし、これが全国初であることに驚きを隠せない。『暴走族』であることだけで検挙出来ないことの方が不思議だ。聞けば自動車修理工場の多くが裏で非合法の改造や代理車検などに手を染めているそうだ。悪いことをしているだけで検挙できない異常な状況を一般市民はいつまで我慢しなくてはならないのだろうか。改造車に話を戻せば、子供が見ても改造車と分かる車であっても、それだけでは検挙されない。これって私の理解の範囲を越えてしまっている。昨年、同級生につきまとわれて殺害された青年がいた。警察に相談しても取り合ってもらえなかった先の殺害事件である。ストカー法が施行されてもね男性がストーカー行為を受けている場合はまず警察では相手にされないそうだ。結局、おかしな場所、おかしな連中には近づかないという・・・もっともオーソドックスな防衛をとるしか方法はないのだろうか。もちろんそれすら完全な防衛には成らない。どうして普通におとなしくルールを守って生活(私自身が厳格にルールを守っていると言う見意味ではない。努力はしているが、見る者によってはルール違反と取られる行為も無意識にしていると思う。)している者が泣くことになってしまうのだろうか。ルールを守らず悪行三昧でも、厚生して有名になれば、人生相談まで始めて人に説教をする不可思議さを誰も変だと思わない。結局、要領の良い奴だけが世の中を上手に泳ぎ切るなんて結論だけは願い下げだが、それが現実であることを誰も否定できないはずだ・・・。 |
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2002/02/27
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| 0766 ●ネットワーク接続不良 |
| 常時最低でも3台のマシンを起動している私にとって、相互のネットワーク環境は死活問題と言っても過言ではない。もちろんイーサーネットの事である。通信用と、仕事用のメインとサブの3台である。ところが27日、突然サブマシンが他のマシンをネットワーク上で認識しなくなってしまった。当然他のマシンからもサブマシンは発見出来ない。ドライバーのせい? あるいは接続不良? 考えられる事故は全てチェックしてみたが、一向に解決しない。こうなるともう原因は『祟り』のようなものだ。マシンを蹴飛ばすか撫でるといった非現実的な対応しか残されていない。しかし、流石にソレは洒落にならないので、そのまま電源を落として寝てしまった。で、翌日になり、昨夜の件はすっかり忘れていつものように半分寝ぼけた頭でコーヒーを飲みながら電源を入れてメールのチェックをしつつ、サブマシン(私の場合サブマシンでの作業の方が実は多いので、メインマシンを起動することは案外少ない)を起動し、そのまま仕事に入ってからネットワークでデータを飛ばして、『あれ?確か昨夜は繋がらなかったはずなのに??』という狐に摘まれた状態で私はフリーズしてしまった。原因はなんだったのだろう。接続不良もチャックしたしねリスタートや電源を落として数分後に再起動ということまで繰り返していたのに昨夜はまったく繋がらなかった事がまるで夢でもみていたような状況である。やっぱり『祟り』の類だったのだろうか・・・。そう言えば今年は雛人形を出していないが・・・。 |
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2002/02/28
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