| 0828 ●クローン兵士もそのうち登場? |
| 28日付の英紙サンデー・タイムズによると、英国のイアン・ウィルムット博士(世界初の体細胞クローン動物である羊ドリーをつくった人)が、これまでにつくられたクローン動物すべての遺伝子に何らかの異常があるとの調査結果を発表し、大いなる問題提起をしたそうだ。博士は、『あまりにクローン動物で広範に問題が発生しているため、完全に正常なクローン動物の存在に疑問を持っている』と指摘したそうだ。そして、イタリアや米国の医師が進めているクローン人間づくりに対して、遺伝子の欠陥を伴う危険が極めて大きいと強く警告し、異常発生の原因は、DNAに付いて細胞の機能を制御するメチル基の働きが、体細胞を移植するクローンと受精とで全く異なるためと推定している。やはりクローン技術は犯してはならない冒涜なのだろう。あえて誤解を恐れずに言えば、医学や科学の進歩は全てが神への冒涜であったはずだ。本来自然界では生き残る事の出来ない病や怪我も、医学と科学の進歩でかすり傷程度になったものが沢山ある。余談だが医学と科学の進歩をしても撲滅出来たのは天然痘だけである。さて、クローン技術の是非はともかく、もし完全に論理的に問題のないノローン技術が確立されれば様々な問題が解決することは確かだ。もし自分が不治の病であり、クローン技術があれば助かるとしたら誰だってそれを受け入れるに決まっている。でも何かが違うような気がしてならない。例えば人類が生まれてから今日までの間に進歩した医学や科学も戦争があったから生まれたものがほとんどである。殺し合いのための技術革新が結果として寿命を延ばす技術を生んだことは皮肉かも知れない。さて話を戻すと、クローン技術も映画のようにいつかは戦争の道具となるのではないかという思いが私の中にある。何を馬鹿げた荒唐無稽なと想う方もあるかもしれない。しかし既に某国では敵からは見えない軍服の研究を数年前から行っているという不気味なデマ(デマで終わることを祈りたい)も飛び交っている。案外、死の商人というのは映画の中に出てくる『いかにも』という風体の人ではないのだろうな〜と突然考えてしまった。 |
|
2002/05/01
|
| 0829 ●不毛な大食いと早食いコンテスト |
| 愛知県尾西市で中学生が早食い競争をして死亡した事故があったが、TVの影響らしい。中学生にもなってこの馬鹿げた行為を真似をした行為としてはあまりにも悲しい結末だ。そもそも大食いとか早食いということにいかほどの価値があるのだろう。大いに疑問を感じる。かつて『早寝、早飯、芸の内』という言葉があったが、生理学的には、なんのメリットもないばかりか、かえって健康を害する危険な行為のはず。こんな事をことさら強調する番組というものに踊らされる子供達がなんとなく哀れに思えてきた。食べ物を粗末に扱う事が嫌いだ。世界中で毎日食べ物を食べている人のほうが少数派である現実を見つめれば食べ物を粗末に扱えないはずである。世の中にはやっていい冗談とやってはいけない冗談があるはずだ。ところで、明石市では愛知県尾西市の事故を受けて、明石焼き(たこ焼き)の大食いコンテストを自粛したそうだ。自粛以前に、あまりに安易なイベント企画ではないだろうか。何かが狂いはじめている。まず最初にTVや映画の向こう側は寓話の世界であり、我々の世界とは違うという事をわざわざ子供達に教えなければならないとしたら、それって本末転倒以前に、悲しい世界のような気がする。いつから子どもたちは夢と現実を区別できなくなってしまったのだろう。誤解を恐れずに言えば、私はTVや映画、はたまたゲームを全面的に否定しているわけではない。それらだけが『唯一の世界』ではないということを子ども達が理解出来る環境作りというものが必要なのではないだろうかと感じているのだ。つまり、結局最後は大人の責任なのである。そう・・・愚かなのは地域の振興企画の一環として、このような安易な企画しか立案できない大人のほうに問題があると私は感じている。言い過ぎだろうか。 |
|
2002/05/02
|
| 0830 ●『モクハラ』裁判は何時発生するか |
| 喫煙者は次第に肩身の狭い思いをするようになっているが、そのイメージは喫煙習慣を止めてしまった私の屈折した私見だろうか。でも、それは別にして、職場などでタバコの煙で迷惑をかけられる事を最近はセクハラにもじって『モクハラ』と言うらしい。なんかちょっとオチャメな感じがするが、実際に困っている人にとっては笑い事ではないだろう。私も止めてから出来るだけ喫煙者がいる通気の悪い場所には入らないようにしている。そもそも、タバコを吸わない人が喫煙者のタバコの煙を吸ってしまう『受動喫煙』のほうが有害物質が高い濃度で含まれている。もちろんこんな事は今では一般常識だ。だから、今時社内で喫煙しても問題無い会社って相当時代から取り残されているような気がする。問題なのは、こうした頑固たる喫煙に対する態度を取ることで喫煙を嗜む友人から煙たがられてしまうことだ。友情に喫煙、非喫煙は関係ないはずだが、この辺の対応が日本人は下手なのかも知れない。事実私も対応に日々苦慮している。初対面の方であればきっぱりと『タバコは吸わないでください』と言えるが、旧知の友であればそうはいかない。そもそも数年前まで私自身が喫煙者だったことは永遠に隠すことの出来ない事実だ。でもこれだけは言いたいるスポーツ選手のユニフォームにタバコの銘柄は入れないで欲しい。そうでなければ明日を担う健全な子供達に間違って美観を与えてしまう。しかし、本当はタバコの話を私はしたくないのである。口五月蠅いと陰口話たたかれたくないからだ。吸う吸わないは個人の勝手だと今も思う。しかし分別の付かない子供達が強制的に『受動喫煙』されるのは拷問だ。とにかく私はもっと早い段階で喫煙をするべきだったと今は逆の後悔に悩まされている。それは吸い始めて3年目の時であった。あの時もう少し気合いを入れていれば・・・と。 |
|
2002/05/03
|
| 0831 ●端午の節句の人形飾り |
| 端午の節句の人形飾りを今年はパスしてしまった。正確には実家にあるのだが、今年は実家に出かけることが無かったという意味である。思えば、プライバシーに関わるので具体名は伏せるが、私が生まれた時、様々な関わり合いの結果としてある方から端午の節句の人形飾り一式を頂いたが、それがあまりにも粗悪品であったことに父が憤慨し、ほとんど全取っ替えをデパートに交渉したという曰く付きである。もちろん最上級品というわけではないが、造りはしっかりしているので今も遜色はないし、なにより私自身が一番気に入っている。特にお気に入りは、兜と神武天皇及び鍾馗様(鍾馗大臣)の人形である。多分、長男誕生で行く末に気合いを込めた父の行動であったのだろうが、意に反して後を継がなかった私は親不孝かもしれない。そんな思いが仕事をするようになってから余計に人形達にオーバーラップするようになっていた。しかし、ここで忘れて話せないのが弟の存在である。どの家でも下の子の専用の節句人形というのはまず存在しない。ご多分に漏れず我が家でも兄弟二人のための節句人形となってしまったが、当の弟は早くから『建前は二人のものだが、所詮は兄貴のもの』という事態を把握していたようだ。結果として私はほぼ毎年この節句人形をこの時期に拝んでいるが、弟はもしかすると社会人になってからは一度も拝んでいないかも知れない。そんな複雑な思いもまた人形達に私はオーバーラップしてしまう。やはり人形というものは持ち主の様々な思いと願いが染みこんでいる鏡なのだと改めて痛感した。にも関わらず、毎年3月と5月の節句の後になると必ず綺麗な節句人形が無惨にもゴミ捨て場に放置されていることを発見する機会が増えた。理由は様々なのだろうが、そんな時、この人形達は思いを果たせないまま主君に見捨てられた家臣のように思えて、なにかとても悲しい気持ちになる私である。 |
|
2002/05/04
|
| 0832 ●ディズニーシー初体験 |
| 4日、私の連休中の目玉企画であるディズニーシーを初体験した。朝5時置きして準備をはじめ6時半出発で7時に到着するも、入場券を買うために2時間列び、入場できたのは9時を回っていた。実は後で知ったのだが、徹夜組が相当多かったそうだ。なにせこの時間でも駐車場は最上階の5階であったくらいだから。さて、2時間列んだ入場券購入の列で我慢するも、その間、隣人の口臭まで気になるような密集し、蛇行すし詰め状態と化した行列の中で、数名後ろのヤンキー風主婦2名がいきなり喫煙をはじめたのには怒り心頭した。思わず注意しようとしたが、怖い人が出てきてヤバイ事になったら困るので我慢してしまった。きっとみんな同じことを考えていたのだろう。どのみち中途半端に分煙を施行しても守らない輩がいるわけだし、あれだけの人口密度となるディズニーシーやランドでは少数の守らない輩の数も尋常ではなくなる。いっそのこと全面禁煙してしまたほうがいいように思う。ところで、初入場したデイズニーシーはディズニーランドより大きく、新鮮みも手伝ってついつい時間の経つのも忘れてしまった。ただし、ファーストパスを酷使しても、体験することの出来たアトラクションとレストランは、アラビアンコーストではシンドバッド・セブンウォヤッジ、キャラバンカルーセル。ポートディスカバリーでは、ストームライダー、アクアトピア。マーメイドラグーンでは、フランダーのフライングフィッシュコースター、マーメイドラグーンシアター、ワールプール、アリエルのプレイグラウンド、セバスチャンのカリブソンキッチン。アメリカン・ウォーターフロントでは、ディズニーシー・エレクトリックレールウェイ、ディズニーシー・トランジットスチーマーライン、ケープコッド・クックオフのドナルドのボートビルダー、カスバ・フードコート。だけであった。始めてディズニーランドに出かけた頃から比べたら事前予習が役立った。なにより知人に生き字引のような強者が多いのはこんな時に随分と助かる。結局、1回ぐらいの挑戦では見たいアトラクションはまず無理というのはデイズニーランドと同様であったが、まずまずの初体験だったかもしれない。最後にメディテレーニアンハーバーのディズニーシー・シンフォニーを見学し、帰路に踏み切ったのは閉館30分前の21時半であった、おかげて駐車場から出るだけで1時間ほどかかってしまった。でも、トイレはたくさんあっていつでも綺麗でペーパーが無いということもなく、悪魔のようにゴミを散らかす入場者の山にもかかわらずゴミは瞬時に消え(だからと言ってゴミをまき散らすことを正当化するのはナンセンス)失せるこの空間は一度体験したら病みつき。これって凄いことだ。子どもの頃に出かけた遊園地は各アトラクション毎の空間はゴミの山であったこと思い出した。汚い場所には汚いマナーの無い大人が集まり、更に汚い空間が生まれる。だから、どんなに面白そうなテーマパークでも、トイレが汚く園内がゴミだらけでは二度と入場しようとは思わない。そういった意味ではデイズニーランドがオープンして今年で20周年だが、そのノウハウは様々なところで活かされていると思う。思い出せば、始めて入場した時、ゴミ箱の中身が見えないことに驚きを感じたことを思い出した。でも、この20年で利用者の意識は変化したかというと、大きな変化が無いのが現実だ。マナーの無い大人からは、マナーの無い立派な子どもが成長するからだ・・・。それにしても凄まじい人の波に船酔いならぬ人酔いし、頭痛に陥ってしまったのは私である。幸い頭痛薬を持ち歩いていたので助かったが、もし持っていなかったら救護室におせわになっていたかもしれない。 |
|
2002/05/05
|
| 0833 ●怪しい美容ネタ |
| 目尻の小ジワには痔の塗り薬が効くらしく、モデルの人たちが愛用しているという胡散臭いネタを仕入れた。本当だったら結構面白い。そう言えばシワをのばすためにポツリヌス菌をシワの部分に注射するのは有名な話だから、まんざらこのネタはイケイケなのかもしれない。でも、見かけ上の美容って、やっぱり嘘の世界。整形に走る人達が、本当に美しいというのは『健康であること』だということに多分気が付くのは中年以降になってからだろう。もちろん外面と内面の両方に気合いをいれている人もいるのは確かだ。でも絶対に少数派だと思う。とにかくあまりにも人工美人が多すぎると思うのは私だけだろうか。少しも太っていないのにダイエットしないとと騒ぎまくっている女子高生などを見ると、本質を見失って欲しくないと思ってしまう。芸能人がスリムで美しいのは虚栄の世界で花開く幻想だからだあって、あれがそのまま現実生活にとけ込めるものではない。全てが作られた世界であり、レンズを通って感じる人工世界だからだ。だいたい新聞折り込みなどのダイエット広告のほとんどで使われている『使用(利用)前』と『使用(利用)後』の画像のマジックを私は自分で作成することが出来るし、瞬時にその嘘を見抜ける自信がある。つまり、錯覚を生み出すTipsを知っているから、ますます嘘っぽく感じてしまうのである。もちろん真面目に作成しているところもあるだろうが、やっぱり不自然すぎる画像が多いのは事実だ。でもそれすら素人の方は気が付かないのである。思えば『こんなミエミエの詐欺になんでひっかかるの?』という事件が後を絶たないのを見れば、いかに騙されやすい人が多いかと言うことが分かるというものだ。もちろん私は消費者を詐欺行為として騙すための画像処理はしたこともないし受けたこともない。 |
|
2002/05/06
|
| 0834 ●小学校以来の馬事公苑 |
| 6日、何年ぶりかで、いや小学校の時に数人で行った集団デート以来、まるでタイムスリップしたように世田谷区にある馬事公苑(正式にはJRA馬事公苑というらしい)へ、JRA馬事公苑馬術大会を見学にバスで出かけた。余談だが、パスを2回乗り継ぐため、生まれて初めて1日乗車券を購入した。つまり1日乗車券なら500円(東急バスなのでローカルな話かもしれない)だが、2台のバスを往復すると840円になってしまうからだ。案外安いのに驚いてしまった。さて、肝心の馬事公苑だが、流石に最後に見たときから随分時間が経過しているので、その景観は別世界のように変貌していた。ただし、小学校の時のデートで弁当を食べた池がまだ残っていたのを発見した時は不思議な気分になった。だが、あの時一緒にいた私以外の4人の同級生が誰だったかよく思い出せない。さて、久しぶりに競走馬を目のあたりにしての感想は、やはり無駄のない完成されたボディーの美しさだろう。体脂肪などゼロではないかと思えるほど美しい筋肉の塊と化している。牧場や農場にいる馬ならよく見ているが、やっぱり違う。そう言えば、盛んに競馬場に足を運ぶことをJRA馬事公苑馬術大会ではアピールしていたが、ギャンブルというイメージがあまりに強すぎて、私などは一度も競馬場を訪れたことが無い。いや、私には無縁だという意識がそうさせているのかもしれない。競馬でのギャンブルが好きな方には本当に申し訳ないが、賭けた馬の一挙一動に激しく反応するおじさん達に囲まれた状態で静かに馬の走る姿を楽しむなんてことはご遠慮したい。しかし、このように普段の自分の生活の中では決して知ることのない、あるいは体験することのない世界のイベントに参加すると、思わぬ発見があって楽しい。逆の言い方をすれば、自分が生活の糧として生きている世界とは別の空間のほうが、実は圧倒的に広大で奥が深いということだ。これは案外気が付かないモノであり、悪い表現ではあるが、専門馬鹿で生涯を閉じてしまう方の方が多い。私はソレが好きではない。ということで、今回ソレは私にとって馬術用の様々な道具や器具などであった。そして、その不思議な形状と美しさを発見しただけでも楽しい時間を過ごしたと言える・・・。家の前から田園調布〜用賀を経てのバスの行き帰りの車窓のなんの変哲もない眺めを堪能したのは言うまでもない。見慣れたモノばかりみていたる人間は、自己満足の塊と化してしまうような気がする。それで良ければ別にかまわない事なのだが・・・。 |
|
2002/05/07
|
| 0835 ●赤面しそうなタイトル本が出た |
| 7日付けで新刊が出た。【海津ヨシノリ Photoshop Graphic Technipue/毎日コミュニケーションズ刊】という赤面もののタイトルだ。まさかこのタイトルでそのままゴールするとは思っても見なかった。だから売れないと超恥ずかしい。さて、肝心の内容だが、今までにない形式の変な本かも知れない。ひたすら各社のロイアリティーフリー画像だけを使って画像合成を行っている。しかも手順を追ってのキャプチャーオンパレードなので、ある意味絵本形式かもしれない。また使用したソフトは、ごく一部を除き全てPhotoshopである。ただし、バージョンは5以降(旧バージョン間の細かい違いを私はもう忘れている)であれば特に問題ない構成となっている。もちろんMacintoshでもWindowsでもOK(キャプチャーはMacintoshで撮影している)だ。ところで、私はこの本の初校を手にとって始めて気が付いたのだが、Photoshopの著書はコレが初めてだったのである。共著は何冊かあるが、自分でも意外であった。逆にそれだけ麻痺してしまっているのかもしれない。ところで、この本は2年前に別の出版社から特定のメーカーのロイアリティーフリー素材だけを使った本として企画が進み、執筆が半分完成していたのだが、メーカーの都合で企画が消滅してしまい、作成したデータもお蔵入りとなってしまった経緯があった。今回は企画の仕切直しで全ての画像を作り直しているが、唯一当時の作品を微修正のまま使っているものがある。それがどれかは秘密ということにしておく。さて、著書としては実に3年ぶりとなってしまったが、前回の【Adobe Illustrator と Dimensions で描く 3D イラストレーション/ソーテック社】のみ(今回の本で著書は6冊)コラムが無く、一部のマニアックな方からブーイングが出ていたので、今回はコラムを復活させてみた。ただし、過去に例がないほど真面目な内容となってしまい逆の意味でブーイングが出てしまうかも知れない。さてさて、冗談はさておき、暴露してしまうと、今回のコラムはページの整合性を取るために作品掲載にするか、コラムにするかの二者択一であった。余談だが、過去の著書のコラムは、『初めにコラム有り』という執筆形態をとっていた。それ故、ある本では相当脱線した内容となっている。さて、話を戻すと、二者択一ではあったが、ロイアリティーフリー素材だけを使ったフォトイメージングという世界を理解していただきたいという思いと、私自身が日本でのロイアリテイーフリー素材の黎明期に体験した思いを整理してみたかったということもコラム化への拍車となった。 |
|
2002/05/08
|
| 0836 ●やっぱり体育系と言われる事件 |
| 私はこの20年ほど高校野球(もちろんTV中継)を見ていないので知らなかったが、昨年夏の甲子園の全国高校野球選手権大会でベスト8まで進出した高校野球部の寮で、2,3年の部員14人が、1年生部員に対し集団で、怪我を負わせるような暴行を行っていた事が発覚した。理由はよくある言い訳の『指導の行き過ぎ』だとか。開いた口が塞がらない。思うに、体育系クラブの指導は暴行そのものではなだろうか。殴ればいいってものではない。かつて私も中学の頃に暴行を受けた事を書いたが、指導と暴行は明らかに違う。いつも、こういった事件が出ると私は『絶対に氷山の一角で、実情はもっと凄いはず』と感じている。確かに全ての体育系クラブがこのような行動をしているわけではないのだろうが、ついつい信じがたい気分になる。結果こういった馬鹿が後を絶たない限り、『やっぱり体育系のノリだね!』という、いつものレッテルが一人歩きしてしまうのは避けられないのだろうか。以前のコラムのネタにしたが、多摩川を散歩していると休日は野球やサッカーで汗を流している子ども達を見かけるが、ほぼ6〜7割の確率でタバコを吸いながら、あるいは缶ビールを飲みながら下手な少年を罵倒しているコーチらしきオジサン達を見て、私はいつも怒りを隠しきれない。そしてこんな馬鹿な大人達に振りまわされている子ども達がかわいそうで仕方がない。小中学校ではスポーツは楽しむことに重点を置き、突出した才能ある子は英才教育をすればいいではないか。飲んだくれでゴロツキのコーチが根性め努力光線を何もしらない無垢な子ども達に意味もなくあびせる指導って、やっぱり百害有って一利無しではないだろうか。頑張ることを教えるのは大切なことだが、暴力をあびせるのはナンセンスである。そして、暴力と教育の区別が付かない大人が意外にも最近は多くなっているそうだ。私の父は既に80才を越えているが、尻なら数え切れないが私はいまだに顔や頭を殴られたことが一度も無い。今思えば腕の良いバリバリの職人ではあったが、暴力を振るう父でなかったことに感謝している。思い出せば、同級生の一人は野球の試合結果のアテツケに頻繁に殴られていたらしい。悲しい親子関係だと思う。 |
|
2002/05/09
|
| 0837 ●ポストCD【本命】が登場か? |
| ポストCDの本命として、米国データプレイ社が開発した『データプレイ』がこの夏にも我が国で手に入るらしいるメディアは500円硬貨サイズに500MBの記憶容量を実現している。これは、CD品質の音楽で5時間分に匹敵する記憶容量なのだそうだ。更に、注目すべき点は、懸案であった不正コピー防止機能が組み込まれたことだ。これにより、消費者と企業の双方にメリットが生まれるため、大手音楽レーベルが音楽アルバムの媒体として採用を決めるなど、普及の条件は急速に整いつつある。常々思うことは、不正コピー防止機能など必要ないということだ。しかし現実には、不正コピーが実質上容認されているような状態であり、某国にいたってはコピーしか市場に存在しないのではないかという状態にまでなっている。これではオリジナルを作成した関係者は報われないばかりか、その国の文化は衰退してしまう。であるから、正直者は適正な不正コピー防止機能を認めざるを得ないという流れになるわけだ。余談だが、どこぞの国の国家ぐるみと言われても仕方のないコピー状況を打破するために、Windows XPのあの仕組みが決まったという話もネットに流れている。真偽のほどは知らないが・・・。ただ、逆にこれだけ小さいメディアになると万引きなどの被害が増えるのではないかという心配が生まれるのではないだろうか。確かにセキュリティーシステムは一般化したが、盲点は色々なところで指摘されている。もうこうなるとイタチゴッコだ。幼児期から適正な著作権教育を行うことの方が早急に求められている予防策かも知れない。親が図書館から借りてきた音楽CDやレンタルビデオショップから借りてきたビデオをコヒーしたりしていることを子供は見ているのである。また、いくら教育の一環だからと言って著名・無名を問わず著作権があり、使用に際してロイアリティーが発生するキャラクター等を安易に利用してはいけないはずだ。それがちょっとした伝言チラシであってもである。前にもコラムに書いたが、鳶が鷹を生むことの確率は限りなくゼロに近いのである。 |
|
2002/05/10
|
| 0838 ●素材辞典イメージブック |
| データクラフトからリリースされているロイアリティーフリー素材集(データクラフトでは著作権フリーという表現を使用しているが、この表記は好きになれない)『素材辞典』は私も頻繁に利用(現在リリースされているタイトルの50%ほどを所有)しているが、ロイアリティーフリー素材集としては、最初に慣れ親しんだフォトディスクのリソースブックが手放せず、これと同様なカタログの販売をデータクラフト側に切望していた。そうしたら遂に『素材辞典イメージブック』として出てしまったのである。私は素材メーカーのカタログマニアである。カタログを写真集のように眺めてるのが好きだ。眺めていれば、どんな画像をリリースされているかが把握できる。もちろん所有している画像は一目瞭然で把握できるようにチェックマークを入れているので対応は完璧だ。さて、ほとんどのカタログがサムネール用の画像をCD-ROMで添付している。これは意外と重宝するのだが、なんと、『素材辞典イメージブック』にバンドルされているサンプル画像は、640×480ピクセルの画像である。これは各メーカーが製品に添付しているWeb等の低解像度利用画像(メーカーによっては若干サイズが異なる)と概ね同じサイズである。Web画像はそのまま、印刷画像もラフとして当然仕事に利用出来る。現在『素材辞典イメージブック』は5冊で100タイトル分リリースされているが、2万円ほどで100タイトル20000カット(各タイトルに3カットほどサンプルとして高解像度番が添付されている)の640×480ピクセル画像が手に入ってしまうことになる。1カット1円以下である。あまり話題になっていないようだが、これって競合メーカーにとっては『かなりヤバイ事』になっているのではないだろか。私自身で言えば毎日更新しているフォトイメージングは基本的にこの手のサイズで作成しているので、あっと言う間に素材が10000点ほど増えてしまったことになる。楽しくてしかたがない。 |
|
2002/05/11
|
| 0839 ●カメラマン1号 |
| 11日、久しぶりにカメラマンをやってきた。ただし仕事ではない。でも、そこそこ本格的な機材構成である。ところが最近はあまりメインカメラで撮影を行っていないので前日はテストと操作マニュアルの確認に大慌てしてしまった。仕事じゃなくても失敗は許されないからだ。今時のカメラで失敗はないのでは?という突っ込みを入れられそうだが、実は数年前に同様のケースで一度ミスをしている。それは本番でストロボが同調しなかったのである。原因はホットシューの接点不良であった。もちろん後日修理に出したのだが、その瞬間は凍結しそうになった。ただし、一応旧型のカメラにストロボを付けたものを念のために用意していたので、その場はその学生時代のカメラで逃げ切ったことを思い出した。しかし、もっと悲惨な経験をしたこともある。これは仕事だったが再撮影可能な風景撮影であったので翌日に再撮影することで逃げ切った。実はこの撮影には複数のカメラに、F値の明るい単焦点ンズを付けて画角ごとにカメラを変えるという方法で撮影をしていたのである。デームレンズは上がりが甘いと言われていた頃の話である。当然複数台のカメラは全て同一ではない。2台は同じカメラであったが、最後の一台はメーカーこそ同じであったものの形式の異なるタイプで、結果として誤設定のまま撮影していたことに気が付かなかったのである。つまりこのカメラだけ自動絞り設定があったことを忘れ、露出計の値で設定したF値は正しかったが、シャッター速度は自動制御されていたので単体露出計での測光値は見事に反映されないまま撮影されてしまったのである。デジタルカメラなら犯さないミスだ。きっと、あと数年したらこの失敗の意味すら分からない人が出てくるかも知れない。 |
|
2002/05/12
|
| 0840 ●海賊版と不正コピー |
| 【スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃】の海賊版が、はやくもインターネット上で売買されているそうだ。公開前段階にもかかわらず唖然としてしまうが、海賊版は試写会に持ち込まれたデジタルカメラで撮影されているようだ。公開当日には上海、北京で手に入る最新映画の海賊版という話は有名だが、実際にこんな事を堂々と行う人がいることが信じられない。これと似た状況として、一般の方には無縁のネタではあるが、アドビなどに代表される大手グラフィックソフトウェアメーカーの人気ソフトのベータ版がインターネット上でリーク記事とともに配布、あるいは売買されている事は既に珍しくもなくなってしまった。しかし、もっと凄い新手の商売がある。DM業者から入手した個人情報を基にDMを発送し、欲しいソフトウェアをどれでも1万円でCD-ROMに焼いて販売する商売だ。300%違法行為である。ただし、DMを読むと巧妙な仕組みになっていることが解る。例えばこんな具合だ。『パスワードプロテクト解除ソフトを1本1万円で買いませんか? 今なら購入された方に希望のソフトウェアのサンプルをプレゼント!』・・・つまり、市販ソフトの複製をプロテクト解除ソフトにバンドルして販売するのである。もう開いた口が塞がらない。こういった行為は一時的には商売になるかも知れないだろう。しかし、そういった安易な発想が真面目に購入しているユーザーの足枷となってしまっている。新しいメディアや製品に対する法整備はいつも後手になってしまうが、出来るかぎり早急に厳罰(著作権違反の違法販売なら最低でも懲役20年といった具合に)を課し、デメリットしかないことを世間に知らしめる必要があるのではないだろうか。サイバーテロも同様である。でも、世の中にはむちゃくちゃな主張を行うメーカーも少数ではあるが存在している。結局真面目な一般市民だけが馬鹿を見るような仕組みになってしまう。悪い奴ほど長生きなのも痛いほど私は知っている。今の我が国では若い人が先進国の中では最低レベルで虚無感が強いらしい。いつも、何度も騒いでしまうが、結局は先人である大人が襟を正さなくてはその次には何も期待出来ないないのではないだろうか。 |
|
2002/05/13
|
| 0841 ●粛正から免れた思い出 |
| たわいない紙切れやDMは、大抵その場でゴミ箱行きというのは誰でも同じだろう。私もここ数年は開封すらせずにゴミ箱行きというものも少なくなくなった。ただし、ソフトのアップデート案内の場合は期限ギリギリまで判断に悩む場合も多々ある。もちろん滅多に使っていないソフトの場合であることは言うまでも無い。そんな場合は専用の箱に『取りあえず入れておく』ということになるのだが、これが実は大問題なのである。入れてしまったモノは二度と見ないという鉄則が誰しもあるのではないだろうか。こうして何が入っているか解らない箱が私の部屋の中には松林の松茸のように埋もれている。そもそも箱の側面にメモわしておかない私が悪いのは確かだ。でも、紙箱が大好きの私としては出来るだけ箱を汚したくないと言う妙な価値観がそれを許さない。やっぱり私は少し変かも知れない。さて、そんなお宝を偶発的に発見することがある。多くはちょっとした資料を記憶を頼り部屋の隅で探している時などに偶然発見するのだが、発見してしまうとこれがまた大問題となる。なにせ場合によっては10年以上も前の手紙やらはがきやらDMといったものなのだから、突然その当時にタイムスリップしてしまい、永遠と読み始めてしまうのである。そして、それらを手にした当時は詰まらないゴミ箱直行一歩手前のモノであったはずなのに、10年も経過してしまうと、なにか止まってしまった時間の痕跡のような愛着が沸き、逆に絶対に捨てられなくなってしまうのである。私はどちらかというと几帳面ではない(自分ではそう思っているが何故か第三者は私を几帳面だと言い放つ人が圧倒的に多い)ので、これらの書類は年代別ではなく、箱に入れた時の勝手なルールによって納められて(整理されて)いるので、本当に空けてびっくり玉手箱となってしまう。先日は、高校を出た直後ぐらいに作成した詩集(限定10部)が出てきて思わず赤面してしまった。こんな恥ずかしいモノは永遠に封印しなくてはいけないかもしれない。 |
|
2002/05/14
|
| 0842 ●MacOSXは支持されているのか? |
| たまにはパソコン関係のネタも入れないとマズイかも・・・ということでMacOSXについて少々真剣に考えてみた。まずオペレーション関係が今までのOSに慣れきってしまっている(10年ちかくほとんど大きな変化の無いOSに慣れ親しんでいる者として、そう簡単に切り替えられない)事、ツール類がまだ出そろっていない。OSの概要(なんでフォントフォルダーが4つも5つもある?等)がイマイチ理解出来ていない等で私は少々混乱きみである。ただし、対応するメジャーソフトのうち使用頻度の高いモノは全てMacOSXにカーボン対応しているので移行は個人的に問題ない。ただし、PSプリンタなどのサードパーティー製機器のドライバーが未対応のままであったり、今後の対応は未定、対応は行わない等、どちらかと言えばネガティブな対応が多い現状が今後も続くと考えると、少々辛い。なにより、現行のマシンではやはり動作が重い(MacOSXではなく、MacOS9を使えば動作はされなりに納得できるようだ)と言わざるを得ないような気がする。そして、まだプロの世界ではほとんど誰もMacOSXに移行していない(少なくとも日本の現状では)にもかかわらず、AppleではMacOS9の開発終演を宣言してしまった。いいんだろうか。世界的な不況(経済をリードしてきた先進国に限り)の中で、新しいOSを使うために新しいマシンを買い、対応する最新のアプリケーションに全てをアップデートすることがどれたけの負担になるかを考えると、なかなか踏み出せないというのが実情ではないだろうか。少なくとも私が関係する企業では踏み出せないところが圧倒的のようだ。 |
|
2002/05/15
|
| 0843 ●トナー大量消滅事件 |
| ちょっと派手なタイトルにしてしまった。事の発端はレーザー系プリンタAのシアントナーが無くなったので注文しようとし、もう一台のレーザー系プリンタAのプリントを使用としたら、暫くプリントを行うと、申し合わせたようにシアントナーが無くなってしまった。更にそうこうしているにうち、複写機兼用のFaxのトナーの消耗してしまったのである。おいおい、いくらなんでも一度に購入は流石に辛い金額、しかし、ここで冷静に状況を判断し、もともと最近は動作がメチャクチャ不安定で勝利するべきか廃棄するべきか悩んでいたプリンタAわ思い切って廃棄することにした。5年近くでトナーを4回交換しているので相当(このプリンタのトナーは他メーカーの2倍の容量がある)プリントしていることになる。利用面プリンタであったので廃棄する事については暫く悩んでしまったが、不安定な状況は修理しても長続きしないことが判明していたので、いつかは行わなくてはならない決断であった。そして、このプリンタが実は一番巨大だったのである。廃棄処理を行った日は、まるで仕事部屋に穴が空いたように、ポッカリと空間が出来てしまいね妙に落ち着かなかった。ところで、ほぼ同時期に導入したもう一台のプリンタBは今回が初めてのトナー交換である。つまり、それだけ使用頻度が少なかったのである。どんなに頑丈でも使用頻度が高いとガタツキも大きくなるのはどんな機械でも同じだ。しかし、いつもガンガン使っていたプリンタが突然消えてしまうのはなんだか助手が一人いなくなってしまったような錯覚に似ているような気がする。もっとも私は今まで本物の助手を持った経験は無いのだが・・・。 |
|
2002/05/16
|
| 0844 ●乃木坂から六本木へ |
| 16日、所要で乃木坂に出かけた、かつてFractalDesign(確か)のパーティーが行をれた店に少しだけ寄り道してみようと思ったが、時間がなくて断念した。しかし、この場所にこんなトンネルは当時無かったはず、5年ほど前(もしかしたらそれ以上)なので景色も変わるのは当然だ。さて、所要を済ませ、帰りは外苑東通りを六本木に向かい日比谷線で帰ることにしたが、ゆっくりこのあたりを歩くのは8年ぷりぐらいである。六本木の駅は1年半ほど前のアドビのAfterEffectsの発表会場に来るので利用したのが最後であった。そして2年ぶりの日比谷線の駅は、まったく違う駅の世に変貌していた。ただしホームの半分はまだ昔のままである。自動車でばかり移動していたツケかもしれない。でも、そもそも公共交通機関を利用すると都内では以外と料金がかかりね、ちょっとした買い物ならサービス割引も考慮すると自家用車で出かけた方が経済的なのである。余談だが東急バスを1日に3回利用するのであれば1日乗車券を買った方が安上がりだ。こんな具合に都心の交通料金は尋常ではないような気がする。さて、乃木坂から六本木までの600メートルほどの距離は適度な散歩コースであったはずだが、なにかやっぱり馴染めなくなっていた。もしかすると8年ほど前までは頻繁に仕事の関係で歩き回っていた事もあり、当時の印象があまりにも私の中で強烈に残っているからかも知れない。実はフリーに成り立ての頃、この付近のデザイン会社から依頼を受けたパッケージデザインの仕事の納品が深夜となってしまい、友人のバイクの後ろの席に乗って三軒茶屋から深夜に何度も往復したことを思い出した。どうも最近、思い入れが強い場所のギャップの大きさに落胆することが多くなってきた。多分私自身がまったく進歩していないことの裏返しなのだろう。少しは反省しなくては・・・。 |
|
2002/05/17
|
| 0845 ●誤れば良いというものではない事がある |
| 2月の中旬、二子玉川園ある有名生活雑貨店で机を注文(現物を確認し)した。納期は4月上旬ということであった。時期的にこのくらいは仕方がないと感じていた。ところがねバタバタしていて忘れてしまった4月の頭に店から、生産国の関係で4月末日までズレ込んでしまうという電話が入り納得して待つことにした。ところが4月末になってもまったく届く気配も連絡も無く、等々連休明けにこちらから電話をすることにした。流石に少々私がカリカリしていたのわ加須具か気にして変わりに電話をかけたところ、5月の末日に再度のびてしまい、今度こそ確実にハイそう出来るとの事であった。打ち合わせから戻ってその事を聞いた私は、本当に確実に配送出来るとは思えないと直感し、翌日再度電話を入れると、やはり私の直感がズバリ的中したかのように、5月末になっても確実に配送出来るという確約はとれないということになってしまった。店頭で現物を確認し3ケ月近くも曖昧な解答に振りまわされ、最後は『申し訳有りませんでした』で終わりなのである。これで怒らない人がいたら私は会ってみたいるしかし、どんなに怒り狂っても結果は何も変わらない。単にいい加減なショップの体質が見えてしまっただけでも今後の商品購入に役立つと価値観をすり替えて納得するのが精一杯である。結局この机のために差炉差炉と部屋のスペースわ厳密に測定して他の物との配置設計をしていたため、全てがパーとなってしまった。世の中にはどうしようもない事情というものがある。かつて某女子大学の教科書を扱っていた書店でアルバイトをしていた頃、教科書販売の時には購入せず、試験前になってから教科書を買い求めに来る学生が後を絶たなかった。当然、一般の書籍とは異なるので弔問しても直ぐに入ることが確約出来ないし、ましてやいつ頃はいるかも確約できない状況であったので、その事を説明して注文を受けたが、大抵はその女子大生達は2日ぐらいしてから『まだ届かないのか?』と怒鳴り込んできた。その時と今の私は逆の立場だが、決定的に違うのは私の時は確約出来ないことを説明したが、この店員は指定日に届くことを確約した。この違いは充分に大きいと思うが、それでも『申し訳有りませんでした』で全てを納得しなくてはならないのだろうか。何か納得出来ない私である。せめてこちらから電話で確認する前に連絡をくれれば怒りは収まっていたのに・・・。 |
|
2002/05/18
|
| 0846 ●『歩きたばこ』に罰金刑? |
| 軽犯罪法改正を改正して、『歩きたばこ』を罰金刑とする法案が今国会へ提出される可能性が出てきたそうだ。内容としては『歩きながらたばこを吸った人は、1万円の罰金または1ケ月の拘留』だそうだ。これは、歩行者の持つたばこの火で小さな子供が怪我をする事件が想像以上に多発していることに端を発しているそうだ。可決されれば様々な面での『抑止効果』が期待できるのは確かだろう。具体的な法案は、軽犯罪法の対象に『相当の注意をせずに、公共の場所で、他人の身体・財産に熱による害を及ぼす恐れのある状態で喫煙した者』を追加する内容となるらしい。つまり、別件逮捕の口実に悪用されないように、新法でなく乱用禁止が明記されている軽犯罪法の改正案とするようだ。反対する人など居ないので簡単に可決すると瞬間私は思ったが、はたしてどうなることやら。ところで問題の『歩行者の持つたばこの火で小さな子供が怪我をする事件』に関しては失明した子がいたことを以前聞いたことがある。知り合いでは、火傷が数件あった。人込みにもかかわらず無法地帯となりやすいお祭りなどは要注意だろう。実は私自身も以前喫煙していた頃にお祭りの会場(その時私は喫煙はしていなかった)で火傷をしたことがある。相手はちょっと危ない系の人だったので泣き寝入りしてしまった。妙に関わってもっと大きな怪我しては馬鹿である。これは喫煙に限らず中学生などを注意して逆ギレされて大怪我というのと似ているのかもしれない。だから誰も注意しないのだと。例えば聞いた話で、ある県の公立小学校のクラスにいる問題児(単なる過保護故のワガママな児童)生徒が被害妄想で、その親も似たような状況故、ちょっとでも関わるととんてもなるといった事があったらしい。学校全体で腫れ物に触るような扱いだそうだ。放任主義と過保護の境目、指導と体罰の境目・・・いつもどの時代もその基準が曖昧で周りの者は翻弄されてしまうのではないだろうか。さてさて、だいぶ脱線してしまったが、『歩きたばこ』を罰金刑を課す法律が可決されるか否かは大いに興味津々といったところである。 |
|
2002/05/19
|
| 0847 ●駄菓子屋さん発見 |
| なんと、徒歩数分のところに駄菓子屋さんがあることを発見。近所では有名な穴場だとか。早々出かけてみると確かに雰囲気は立派な駄菓子屋さんであるが、当然ながら取り扱っている商品は今風である。でね紹介してくださった方の話では、昔懐かしいフィリックスガム(最近は時代を反映してキシリトール使用のバージョンがあるそうだが、私はまだ見ていない)があるとの話だったが、私の世代だと、インディアンガムでなくては反則だ。インティアンガムの当たりは的の中心に矢が刺さっているものだった。メーカーが何処だったか忘れてしまったが、多分マルカワだと思う。同じマルカラのオレンジマーブルフーセンガムは私の子供の頃から存在している数少ない駄菓子だ。で、適当に見繕って清算わ頼んだら190円だった。なんだか店主に申し訳ない気がした。これじゃ商売なんて成立しない額である。さてさて、少しだけ悲願だった昔懐かしい怪しいフーセンガムを早速頬張ってみたが、なんだか『こんな味だったっけ?』という気分であった。多分当時はもっと凄い甘味料だったから味が違っているのかも知れない。今はちゃんと砂糖を使用している。ところで私は口髭があるので、フーセンガムは下手をするとみっともないことになる。出来るだけ大きく膨らませないように頑張って噛んでいたら、なんだか口が疲れてしまった。多分ガムはよく噛んでいるほうだが、こんなに肉厚で腰が強く大きなガムを噛むのは珍しいからかも知れない。でも、流石に30分ほど噛んでいたら口の中が甘さと独特の香料で気持ち悪くなってしまった。いや、ガムが悪いのではなく、この味と雰囲気があまりにも久しぶりだったので体が拒絶反応を起こしてしまったのかも知れない。多分あと5〜6個噛めば慣れてくるのだろうが、なにせタバコを止めてしまってから味覚に対して異常に敏感になってしまったので、当然甘いモノに対しても敏感に反応するようになり、余計そんな気持ちになってしまったのかもしれない。でも不思議なことに和菓子なら甘さは気にならないのである。ちょっとワガママになってしまっただろうか・・・。 |
|
2002/05/20
|
| 0848 ●時間よ止まれ! |
| かつて同じタイトルの人気ドラマがあったが、その話ではない。私はこの1年ほど、積極的に腕時計をしなくなっていたが、それは個人の勝手であって、どうしても腕時計が無いと困る場合(通常は腕時計の変わりに携帯電話を利用しているが、コレが使えない場所があるため)もある。そこで久しぶりに腕時計をして外出したのだが、なんと電池が切れていることを出先で気が付くという失態をしてしまった。さて、帰宅した私は予備の時計を全て机の中などから出してみた。その数なんと20個である。もちろん全てを購入したわけではない。購入したのは4つだけである。残りは景品やプレミアムといったもので、有る意味ではオタクアイテム(私は単に貧乏性で手元に置いてあるだけ)だ。ところが当然使っていない時計ばかりで、一番新しいモノでも手に入れてから2年ほど経過しているので、見事に電池切れ状態である。実はほんとうは2年ほど前まで昔の自動巻という時計をもっていたが知人に譲ってしまったので、私は電池式の時計しか持っていないのである。こんな時は昔の手巻き式や自動巻の時計を尊敬してしまう。なにせ時計によっては電池交換するよりも新しいモノを購入した方が安いモノまである始末だ。かつて我々が学生の頃、入学祝いと言えば『時計、万年筆』と相場が決まっていた。学習雑誌の年間購読契約の景品も怪しい万年筆だった。流石に時計の景品は当時は無かったが、デジタル部品の価格崩壊により、小学生のちょっとした景品にすら時計が含まれるようになった。そうなるとやっぱり時計は装飾品としての価値観を高める方向にいってしまうのかもしれない。事実、小ロットの特殊デザイン時計が人気を集めているそうだ。私はゴツイ時計は大嫌いだが、頑丈な時計が好きという相反する希望が強いので、シンプルなダイバーウォッチのレデイース(普通の紳士用ダイバーウォッチはやっぱりどう考えてもデカすぎる)がいいかもしれない。でも、今は一番のお気に入りの電池を交換するのが先決だろう。未だかつてもっとも私の所有した時計の中で長生き(10年使用)な時計だからだ。 |
|
2002/05/21
|
| 0849 ●瞬間に判断出来ない事もある |
| よく知っている友人だと、その人の生活パターンも把握しているので、まさかこんな時間にこんな場所にいるはずがない(営業でもない勤め人でまったく正反対の方角で、ここから1時間もかかる会社にいるはず)という状況下で突然目の前に現れたりすると、瞬間何が起こったのか理解できなくなる。いわゆる頭の中が真っ白状態というやつだ。しかも私自身が絶対に乗るはずのない電車にのっていたのだから、相手も同じ状況になったそうだ。結局暫く相手が本物かどうか、確認しつつ、恐る恐る近づいて本人と確認し、やっと『どうした?こんなところで』と普通の会話が成立するのである。でも、ここでお互いに瞬間考えた『こんな場所にいるはずがない』という勝手な推理は相手にとっては大きなお世話なのかもしれない。ココが太平洋の真ん中の無人島だったり、すればそれは凄い驚きだが、同じ東京の中での事だからる絶対にあり得ないという表現は実に変な感覚なのであるるでも、そういた変な固定概念というものは様々な部分で誰もが持っている。時としてそれらが複雑に絡まったとき、人はとんでもないミスを犯してしまう。もちろんそのミスが笑い話の範疇であればいいが、友をなくすような結末に導かれてしまう場合も少なくないのではないだろうか。ちょっとした誤解と思いこみで友人を亡くしてしまうことは誰しも経験していることだ。ところが、最悪のパターンにもかかわらず、誰と無く誤解を埋めてくれる第三者が現れ、数日後にはその最悪のパターンすら笑い話となる事もあれば、些細なことで笑い話の範疇にもかかわらず、第三者の尾ひれが付いたことで取り返しの付かない関係となってしまう場合もある。本当に人の世は難しいと痛感するが、それも何かに導かれているのかも知れない。どんなに嫌だと思っている奴でも腐れ縁が抜けない人もいれば、イイ人だと思っているが初対面から生理的に敬遠してしまう人もいると言えば誰でも理解してもらえるかもしれない・・・。本当に人間関係は難しいものである。 |
|
2002/05/22
|
| 0850 ●渋谷エクセルホテル東急 |
| 京王井の頭線渋谷駅と言えば、かつてはガード下にある不二家が私の憧れであった。もちろんとんでもない昔の話である。その直ぐ横から出ていたバスが私と渋谷との連絡船であった時代の話だ。で、ここで工事が行われていたのは知っていたが、思えばもう何年も(調べてみると7年ぶりであった)この近辺に足を運んでいなかった。渋谷での私の行動範囲と言えばハチ公前のコージーコーナーか、ツタヤ経由の東急ハンズ止まりである。ところが今日(22日)は所要でイラストレーターのY.Oさんと一緒にとある代理店の方と打ち合わせがあった。本当に東京の田舎者状態の私は、気軽にツタヤの2階にあるスターバックスで打ち合わせと考えて、待ち合わせ場所はハチ公前の交番近辺というズサンな計画(これじゃ完全にお上りさん状態である)をたててしまった。結局よく考えれば一等地のツタヤの2階にあるスターバックスなんかで直ぐに座れるはずもなく、仕方なく京王井の頭線渋谷駅あたりに出来たホテル内のエスタシンカフェがいいというY.Oさんの勧めで足を向けたのはいいが、思いっきり3人はホテルと合体している駅ビルの中で道に迷ってしまう事10分・・・ようやくたどり着いた目的のエスタシンカフェがナイスな店で、しかも一番見通しのいい(あくまでも言葉の文である。なにせ渋谷の駅周辺はお世辞にも見通しがいいとは言わないからだ・・・)窓際になったので取りあえず良しとした。日頃見慣れているビルも知らない間に少しずつ変貌しているというのは驚異的だ。実際は少しずつ着工しているのだが、四六時中その場所を見ているわけではないから余計に驚きを感じてしまう。これって親戚の赤ちゃんが、暫く見ないうちに中学生になっていたのに驚くのと似ている。渋谷はわりと頻繁に訪れていただけに、少々今日はショックが隠しきれない私である・・・すれ違いざまの女学生の『おじさん何ぼけ〜っとしてんのよ!』という視線をなんとなく感じたような・・・やっぱ歳かな〜?。 |
|
2002/05/23
|
| 0851 ●食品販売を停止せよ |
| 我が家でも使っている『ダスキン』が運営する全国チェーン『ミスタードーナツ』(ここも頻繁に利用しているお気に入りの店だ)の肉まん(飲茶シリーズは好きなメニューなので、必ず食べていた)に無認可の酸化防止剤TBHQが含まれていた事件で、TBHQ使用を指摘し、ダスキン側から口止め料として6300万円を受け取っていた同府内の取引業者の証言により、当時のダスキン首脳が昨年1月に事実関係の公表を迫った一部の幹部社員に対し、口止めを強要していた疑惑が浮上したようだ。ダスキン首脳は『公にするな。墓場まで持っていけよ』と指示したらしい。これが事実だとすれば、子ども達ばかりか多くの人々にオサムグッズとともに絶大の人気があった『ミスタードーナツ』のイメージはこれで完全に崩壊してしまったのではないだろうか。今年は雪印食品の食肉疑惑に端を発した食品疑惑が沢山発覚した年であった。だからこそ、もうこれ以上問題は出ないと信じていた。特にファーストフーズ関連のチェーンは更なる安全管理と徹底した衛生管理で、より安心して利用出来ると信じていた。それが見事に裏切れた形となってしまう。いや、問題は無認可の酸化防止剤TBHQが含まれていた事ではない。事実を把握していてもみ消そうとした会社の体質であるるこれじゃ、昔の『おいこらお前、黙ってろ』的な馬鹿おやじ丸出し(大昔に関わっていたメーカーの課長はがこのタイプだった。仕事が欲しければ黙っていろという一言で私は逆ギレして取引を止めた)ではないか。そしてこの問題は『ミスタードーナツ』だけの問題ではないだろう。雪印食品の時と同様に『他も信用できない・・・やっぱり同じ事をやっていた』という流れになるのではないかという疑念が多くの消費者の脳裏をかすめたのではないだろうか。人間はどんなに修行しても仙人には成れない。何か和食べていかなくては生きていけない。でも、食べても生きていけないモノばかりという状況では、どうしたらいいのか苦慮してしまう。ましてや、なにも解らない子供達は何を選択したらいいのだろう。『食べて死ぬか!食べずに死ぬか!それが問題である!』 |
|
2002/05/24
|
| 0852 ●制服で信用してはいけない |
| 後で何かあると怖いので具体名は伏せるが、いわゆる公共設備(電気・水道・ガス・電話の類)関係の制服を着た方が突然夜現れ、ある装置を付けることを説明した。近所には老人世帯もあり、かなりの確立でそれを設置したとか。兎に角馬鹿みたいに声の大きな人で顔も浅黒く尋常ではないと私は直感した。また、チラシを見ながら色々話を聞いて説明を受けるうちに、どうも曖昧な箇所があることに気が付き、即答を避けて『検討いたします』と言うと『騙したりしているわけではない』と突然声を荒げた。あっけに取られたのは私である。普通、まっとうなセールスなり営業であれば、『ご不明な点があればいつでも伺います』ぐらいで退散するはず。ますます怪しいと感じた私は早々その公共設備のホームページで内容確認し、不明点や疑問点を整理して翌日電話を賭けた見ると、なんとその大きな声のセールスマンは委託された末端の施工業者らしく、大きな声ではぐらかす曖昧な説明の半分は嘘であった。恐らく契約件数に対してリベートが発生しているのだろうが、夜7時に突然制服で来て、隣町まで聞こえるような大きな声で近所中を辻説法する手口であれば老人世帯などは一発で契約をしてしまうはず。特に集団心理で『隣が設置するならうちでも』といった伝染はほとんど瞬時と言って過言ではない。しかも、ほとんどの家で設置している(実際にはそんなことは無かった)という言葉は老人を騙すのにはあまりにも魅力的な言葉である。内容そのものはいい加減な設備ではないが、必要性はははだ疑問である。特に我が家ではほとんど意味のない設備であった。やはり直感というか、私は都会で声の異常に大きな人は昔からあまり信用しないようにしている。威圧的と言い変えた方が誤解を招かないかも知れないが、見る人によっては、親切なおじさんに見えてしまうのが怖い。 |
|
2002/05/25
|
| 0853 ●本物だろうかという心配 |
| 学生の時から数年間お世話になった方が突然音信不通となって10年以上になる。いつも気にとめていたが探し出す術を私は持っていなかった。また、コンピユータ類に対して極めて否定的な方だったのでインターネットでの検索にも私は否定的であった。なによりあまりにも普通の名前の方だからだ。こんな表現は不適切かもしれないが、例えば『田中真一』とか『山本一郎』といった具合にデフォルト辞書登録されているような名前なのてある。ところが、先日インターネット上で調べモノをしていて偶然、同姓同名の人を発見した。ただしホームページは無い。あるのは会社らしき(よくある何を主張・販売したいのかよく解らない会社の類)ホームページ上のアドレスである。前記したように、その方の名前はあまりにもポピュラーなので単なる同姓同名の方の確率が極めて高い。見ず知らずの方にいきなりメールで問い合わせを行うのも変だし、対応に迷ってしまう。そこで、仕事を変更していなければ著書もあるはずなので、大型書店でダイレクトに名前だけで検索をかけてみた。すると相当数の書籍のデータが表示された。そこで彼が書くであろうジャンルに更に絞り込んで行っても数は減らない。結局同姓同名で色々な方が存在している現実を知るだけの結果となってしまった。実はこう書くと訪ね人は一人と思われてしまうかも知れないが、実は三人なのである。三人ともあまりにも癖のない名前故、こんな事になってしまっている。駆られ和知っている第三者からの情報を得た方が早いかも知れないがねその第三者が悲しいことに捕まらないのである。少なくとも私とは異業種ではなく、同じ世界の片隅に位置している者同士なのだが、案外狭いと思っている世間も実は変なところで広すぎるのかもしれない・・・。 |
|
2002/05/26
|
| 0854 ●入り口は勘弁してほしい |
| あまり喫煙批判を繰り広げると煙たがられるのが困るが、やっぱり不快な思いをしている者としては時として我慢の限界を超えてしまうことがある。悲しいかな最近コレが私には多い。実は26日、所要でとある会場に出かけることになった。9時から15時頃まで束縛されることになるが、なんと入り口周辺が喫煙ゾーンなのである。ここで数分受付処理で立ち止まらなくてはならない。また、食事などで一時退席する場合も、ココを通過しなくてはならないのである。喫煙することは否定しないが、非喫煙ものが深いな思いをするような状況を設定した主催者のセンスを疑ってしまう。いや、こんなのはセンス以下だ。以前ドトネコーヒーのオーダーカウンターのある1階が喫煙ゾーンであることを批判したが、まさにアレの世界である。50人が寿司詰めでやっと存在出来るようなエリアで30名も喫煙しているのだからその状況は理解していただけると思う。そしてこの嫌悪感は、よく考えてみれば幼稚園児にだって理解できるはずだ。タバコの煙が無い場所は非喫煙者にも喫煙者にも歓迎されるが、タバコの煙だらけの場所は非喫煙者にとっては地獄の世界である。しかし、私が喫煙していたころは、たとえ喫煙している者の立場であっても自分が吸わないタバコの臭いに対しては強烈な嫌悪感を持っていた。あれは私だけの特異な体質が成せる感覚だったのだろうか? で、この会場の一番奥にある最近完成した建物が時代に反し、その場に入れば誰でも確実にシックハウス症候群になれるほど強烈な異臭を放っているのである。施工費は3億円という話だそうだが、どうみても1奥円がやっとだろう。残りは妙なところに消えてしまったのかも知れない。そして私はここに数時間束縛されることになったのである。結局、人混みと建材の匂いとタバコで帰宅して直ぐに頭痛薬を飲み寝込んでしまった。 |
|
2002/05/27
|
| 0855 ●包丁を研ぐことの意味 |
| 昨今は100円ショップで包丁が購入できる時代だ。誰が好きこのんで包丁を研ぐ必要があるのだろうか? というネタは以前利用したが、今日(28日)は久しぶりに包丁を研いでみた。行動に対しての意味はまったく無い。ただ砥石があって、使える包丁を捨てたくなかったというだけの話である。買うのは簡単だが、使い続けることは難しい。だからと言って自慢話をしているわけではない。つまり、モノを大切にしようというセコイ話なのである。ところがモノでも使い続けることが出来ないモノという厄介なモノがある。コンピュータ類などはその典型だろう。確かに使い続けるという言葉だけで示せばコンピュータとて物理的な破損が発生しない限り使い続けることが出来る。でも、それがプロの道具となってしまうと話は別だ。税務署の提示する減価償却期間の5年という素っ頓狂な年数をあざけるように、寿命は2年が限界だろう。しかし、包丁やノコギリ、鉋といった道具であれば、そのモノが磨り減ってしまわない限り、何時までも使い続けることが出来る。さて、話を戻すと、砥石をわざわざ買わずとも家にあったから研いで使い続けるというのは、確かに倹約の精神かも知れない。しかし、別の視点から見ると、研いでいる時間は本当に余っている時間か? 研ぐという事は難しく(スキルが伴っているのか)ないか? という点を天秤にかけた場合、人により判断はまちまちだろう。でも、きっとどの結果であっても当事者の自己満足の領域を脱していないのは確かな気がする。 |
|
2002/05/28
|
| 0856 ●ソフトのセミナーを申し込む |
| セミナーと言ってもメーカーのセミナーである。私は時間の許す限り(キャンセルせずに確実に参加出来る場合に限り)メーカー主催の製品解説などのセミナーに参加するようにしている。ただし、この話わ以前したような気もするが、過去に1度だけあるメーカーのセミナーに申込みをして断られた事があった。『海津さん、これはピギナーの方のセミナーですから遠慮してください』というメールが届いたときはショックであった。なにより、私はそのメーカーのそのソフトについては完全にビギナー(購入していたが時間がなくてほとんど使ったことがないソフト)だったからである。私は全てのグラフィックソフトのエキスパートではない。だから申込みに際してもフェアな申込みを行ったのである。にもかかわらず妙な勘違いで申込みを拒否されてから、私はそのソフトをほとんど使わなくなってしまった。別に意固地になっているわけではない。メインで使用しているソフトがあれば特に困らない状況であったからだ。そう考えると、もしあの時セミナーに参加することが出来ていたとしたら、私の使用するメインソフト(メーカーやソフト名を名指ししたくないので抽象的な表現となってしまうが、少なくともほぼ毎日使用しているソフトであることは確かだ)に今とは違う変化があったかもしれない。いや絶対にそうだと確信する部分がある。なにせ今はそれなりにメジヤーな位置に存在しているソフトだからだ。さて、話を戻すとね例えば私が聴講者としてIllustratorやPhotoshopのセミナーに参加すると言ったら関係者はどう反応するだろうか。『冷やかしは嫌われるよ!』という声が聞こえてきそうだ。でも、ソフトの使い方は千差万別。誰の使い方が正しいというような世界ではない。色々な方の使い方と接し方だけを学び取るだけでも大切な事だと考えている。いや、むしろそのほうが大切な事だと私は考えている。 |
|
2002/05/29
|
| 0857 ●メールマガジン登録の悪戯 |
| メールマガジンは多種多様で面白いので、凄まじい数を登録している。しかし、よく解らないものも多いので購読はある意味で慎重に設定する必要があるだろう。ところで、この手のメーリングニュースはメールアドレスを登録することで購読を開始出来るが、このイージーさが時として悪戯を生む結果となるようだ。実は私も頻繁にこの被害にあっている。登録時間に私は絶対に登録はしていないし、だいいちそんなメールマガジンの存在すらしらないにも関わらず登録確認のメールが届く。更に私は現在オリジナルドメイン以外に5社8種類のアドレスを保持している。これはメールマガジンや各種オンライン登録時に自分なりの一定のルールの元に振り分けているのだが、そのルールから逸脱したアドレスで登録されたメーリングニュースの登録確認が届いたりする。明らかに悪戯である。それでも自動退会手続きや購読解除などが行えるシステムならまだいい。悪質と言わざるを得ないのは退会に際して新たな個人情報を求めたりするケースだ。また、退会したい場合はご一報くださいというのも不愉快きわまりない。だいたい個人や小規模事業主が、小さな親切、大きなお世話モードで勝手に送りつけてくるパターンにコレが多い。更に困ったことに相手が私を知っている場合、下手に断ると妙なデマを流されることだ。本人は近況報告のつもりらしいが、それだったら年に数回が限度であろう。毎週のように届く近況報告マガジンが楽しい内容なら私もカリカリしたりしない。そうじゃないからカリカリしているのである。自衛手段としてはこの手のメーリングニュースは専用のフォルダーに自動格納させ、表示を一番小さくし、着信があってもタイトルすら解らない状態としてしまう。だからこの手の方や会社から個人的なメールが万が一届いていたとしても、私は永遠に読むことはないのである。何かの間違いでメールソフトがトラブルを起こしてしまったりでもしない限り・・・。なんか最近愚痴っぽいと反省しているのだが、嫌なことが本当に多くて閉口してしまうが、やっぱり情報であっても決して押し売りであってはいけないはずだ。 |
|
2002/05/30
|
| 0858 ●大江戸線を初体験 |
| 30日、所要で千駄ヶ谷の東京体育館に出かけた。荷物が多かったので車で出かけたかったが、この近辺は駐車場が無い(そもそも東京体育館ほどの建物の地下にどうして駐車場を作成しなかったのか大いに疑問を感じる)ので公共交通ということになるが、方法は6パターン考えられた。(1)バス⇒田園調布⇒中目黒⇒六本木⇒国立競技場 (2)バス⇒田園調布⇒渋谷⇒代々木⇒千駄ヶ谷 (3)バス⇒田園調布⇒渋谷⇒青山一丁目⇒国立競技場 (4)久が原⇒五反田⇒代々木⇒千駄ヶ谷 (5)西馬込⇒五反田⇒代々木⇒千駄ヶ谷 (6)西馬込⇒大門⇒国立競技場 ということで、コース6を選んだのは良かったが、出口を勘違い(国立競技場側で降りてしまったが、入り口は逆方向であった)して東京体育館を一周するような間抜けな結果となってしまった。さて、都営浅草線から何気なく乗り換えたのが大江戸線である。ところが、この大江戸線、異常に車両が小さいのである。もうほとんどテーマパークのアトラクションみたいな世界である。どうしてこんなに小さい車両なのだろうか。しかも同じ都営線でこんなに違うなんて理解に苦しむ。もちろんどうでもいい話なのだが、あまりのギャップに暫く呆然としてしまった。ところで、この大江戸線、妙な区間を走っていると思っていたが、案外面白い路線であることに気が付いた。これなら月島へも30分ほどで出かけることが出来るし、青山あたりも30分コースになる。思えば勤めていた頃は地下鉄だけで移動するほど地下鉄好きであったことを思い出した。ここらあたりでじっくりと新しい路線や延長された駅などを散歩してみるのもいいかな〜と思い始めている。ただ、大江戸線という名称は好きになれない。確か環状線とするはずが、環状ではないので大江戸線に変更された経緯だが、もう少しセンスのある名称でも良かったのではないだろうか。 |
|
2002/05/31
|
|
|