海津ヨシノリの気まぐれコラム/2002年06月分(0859〜0888)


0859 ●5月31日は歴史的な日かも
5月31日、遂にPhotoshop7が店頭販売された。と同時に初回アップデート申込み者へも宅配便で届いているはずだ。毎回PhotoshopやIllustratorについてはアップデート毎に絶賛をしている私だが、今回のPhotoshop7はIllustrator10と同様に今までのアップデートよりも格段に衝撃的な内容となっている。もしかしたらMacOSXへ初めてカーボン対応したからかもしれない。ところで余談だが、MacOSXのカーボン対応版となったアドビ版ソフトはPhotoshop7(ImageReady7←今回のバージョンよりバージョン表記がPhotoshopに準拠した。だからImageReadyにはV4, V5, V6が存在しない)に限らず全てMacOS9.X上でも問題なく動作する。これは意外に浸透していない情報のようだ。なにか情報が一人歩きしてしまった感がある。さて、この歴史的な日にJ-Macの例会で少しだけ簡単な使い方をレクチャーする機会があった。時間の関係で今回は修復ツールに絞ってみたが、本当に時間が何時間あっても足りないほどアップデート毎に楽しませてくれるPhotoshopの新製品発売日は我々にとっては本当に歴史的な日であることは間違いない。特に今回のアップデートは(と言いつつ、更にとんでもない仕掛けかなにかで、Photoshop8がリリースされたら私は更に馬鹿騒ぎするのはミエミエ)いつもと違うのである。詳しいレポートはアドビのサイトでも紹介さている。で、一番嬉しいのはアップデート版の動作が重くなっていないことだ。これは本当に有り難い。もしかしたら厳密に測定したら少しだけ重いのかもしれないが、Photoshop6との差はまったく体感できなかった。
2002/06/01

0860 ●インディ・ジョーンズ第4弾?
インディ・ジョーンズのシリーズ第4弾製作が本格始動されるらしい。公開は2005年7月4日だとか。にわかには信じがたいが、ファンとしてはちょっと嬉しいニュースだ。しかし、気になるのはハリソン・フォードが主演するのたろうかという部分だ。これについてはニュースは解答を避けているような感じだ。単に私の勘違いであればいいのだが、ただし、彼は既に50代後半である。時代設定を間違えたりすると最悪の結末になってしまう。もっとも、インディ・ジョーンズが若い必要はストーリー性からあまり需要ではない(若き日のインディ・ジョーンズでは100才になった彼が登場している)と私は思うので、順当に年を取ったインディ・ジョーンズが拝めるのかも知れないことに期待している。少なくともインディ・ジョーンズ第3作【最後の聖戦】が制作されてから既に13年だが、時代背景が1938年となっているので、単純にこれに13年を加えると、1951年となり、この前後を想定すればストーリーは成り立つはずだ。何より無国籍風時代背景がベストではあるが、冒険活劇なので、世界中の人外魔境もどきを探し当てればいいだけだからだ。しかし、思えば最近は妙に続編のリリースが多い。例えばターミネーター等がそうだ。既に完結したるあるいはそう信じていた作品に、突如として続編が登場したりすることは、大型の新作映画があま期待出来ない裏返しなのだろうか。なんだかそんなヒネクレた考えが脳裏を過ぎった。
2002/06/02

0861 ●4回目の大山ハイキング
2日、神奈川県伊勢原市にある大山に登った。ただし、頂上までは登らず、ケーブルカーの終点である下社まで(山頂とは別方向の二股の滝や展望台までは歩いている。)である。当然ながらケーブルカーは利用せず、女坂を利用したので途中駅となっている不動前のご本尊のある本堂(大山寺は大山のお不動さんとして親しまれ、関東36不動の一番札所となっている)もゆっくり見学することが出来た。ただし、このコースは恐ろしく急な階段道なので、心していないとリタイアしてしまうが、取りあえずこの日の私はクリアできた。ところで、大山と言えば、8才の時、高校の遠足の時、浪人時代のバイト仲間とのハイキングの時以来の4回目の挑戦(多分)となる。確か3回目までは私の記憶ではケーブルカーは無かったと思う。随所に、私が3回目に挑戦した後に設営された石碑などが印象的であったので、私の記憶は間違っていないだろうと思う。また、下社も綺麗に修復中で、私が登ったころは巨大なアミの中にいた鹿も、いまではゆったりとした半放し飼い状態となっているのには驚いてしまった。さて、私の遠い記憶では無かったことだが、登り口付付近から女坂、男坂の分岐点までの階段の両脇にびっしりと土産物屋と食事処があるのには少々閉口してしまった(登山口は複数あるので、私が今回利用した道は初めてだったのかも知れないが)。あれでは立ち止まることが出来なくなってしまう。側道下には渓流が流れており、この土産物屋のダンジョンが無ければ、実に癒される景色なので尚更ながら残念で仕方がない。
2002/06/03

0862 ●デクスプレスに登場
4日配信予定のデザインエクスチェンジ(私自身もここから素材集をリリースしている)が主催しているメーリングニュース【デクスプレス】102号から数回に渡って、ちょっとしたコラムを執筆することになった。内容はデザイナーとしての視点が中心となるので、このコラムのような過激さ(?)は無い。むしろ自然体といった感じである。もともと文章を書くのは好きだったので、図版無しの原稿は大好きである。何かの間違いで一般紙などからコラムの連載依頼が舞い込んだりしたら私はあまりのショックに狼狽してしまうかも知れない。もちろんその可能性が極めて少ないから馬鹿なことを言っていられるのだが・・・。実は、この私のコラムは、私自身の日記という側面も持ち合わせている。もちろんここは一番公開されているので、私にしか分からない謎解きのような表現(よほど私のプライベートな行動や性格、生活パターンに精通していないと分からないはず)で固めているのため、説明しなければ本筋が理解できないようなものが多い。ただし、それらも普通に読んでいる分にはなんの変哲もない普通の文章なので、特に不自然さはないはずだ。こんな事を本当は暴露しないほうがいいのだが、時々ヒントを出すのが手品師のマナーである。でね更に少しだけ暴露してしまうと、私は本当に怒り狂ったり、不快に思うような事件や出来事はネタにしないように注意している。文章に理性が無くなってしまうからだ。そもそも、ここのコラムだけを読んでいると私は四六時中カリカリしているように思われているが、実はその反対なのである。文字表現は本当に難しいと痛感する。
2002/06/04

0863 ●InDesignソリューションセミナー
今日(5日)は、大崎ゲートシティーで行われた【InDesignソリューションセミナー】に参加した。もっとも参加と言ってもスピーカーではなく【聴衆その1】である。さて、アドビ主催のこの手のセミナーでは非売品の資料(今回は『Adobe InDesign2.0日本語版−組み版の手引き』『Adobe InDesign2.0日本語版−出力の手引き』『Adobe InDesign2.0日本語版、Adobe Illustrator 10日本語版−透明の手引き』の3冊である)が手に入る絶好の機会なので、可能な限り参加するように心掛けてはいたが、なかなか時間とタイミングが合わなかったため、今日は久しぶりに参加して、なかなか面白い体験をした。もっともInDesign2.0は今年リリースされたので、資料入手はある意味では少し遅れてゲットというタイミングかもしれない。ところで肝心のセミナー内容だが、今回はInDesign用にプラグ類を販売しているサードパーティーの各種自動処理化用の製品解説がメインであったので、直接私が今後関わっていくような内容ではなかったが、InDesignはそれなりに使っているソフトなので、いい意味でバリバリに使いこなしているサードパーティーメーカー担当者の動きが面白かった。更に私の周りでは、何かが行われる毎に、他のページレイアウトソフトとの比較をしている方が印象的であった。それも、どうやって会社の担当者を説得して購入させるかという工作についてである。思わず吹き出しそうになってしまった。ただ、セミナー後半になってからスピーカーがまだ半分も話を終えていないのに、席をたって帰ってしまう方が凄く多かったのにはびっりしてしまった。やはり、どう考えても失礼な事だと思う。
2002/06/05

0864 ●色鉛筆が好き
この話は一度したような気がするが、私は中学生のころから色鉛筆が大好きで、わりと頻繁に色鉛筆だけで絵を描いていた。ところが中学2年ぐらいの時の美術の先生に提出した宿題を『色鉛筆は最終画材ではないので不可』と破り捨てられたことがあった。かの先生はやたらと生徒を殴る人で生徒からは不評であった。私も大嫌いな先生で当然美術の時間は深いな気分であった。ただしね私は小学校の図工の先生に可愛がられていたことが、この呪われた中学時代の美術の先生と関わっていたにも関わらず、高校は選択出来るはずの図工は選択できずに強制的に音楽にされても、描くということは忘れなかった。人の運命というものは不思議なものだと改めて感じている。さて、話を中学の美術の先生に戻すが、どうしてあの先生は鉄拳をよく振っていたのだろう。理解はできないが、私自身は殴られたことは無かった。いや、いままで教師に殴られたことはただの一度も無かった。振り返ってみると、もし殴られていたら、また違った人生を歩んでいたのかも知れない。さてさて、本当に話を元に戻すと、色鉛筆はいったいいつ頃生まれた画材なのだろう。私はいまだに色鉛筆を沢山持っている。あの不思議な感触と描くときの心地よさがたまらないからだ。そんな事を思い出して(最近はラフスケッチは別として、手書きということわしなくなってしまったので)いたら、なんだか少しばかり描きたくなってしまった。いやいや、いっそのことPhotoshopやPainter上でバーチャル色鉛筆もいいかもしれない・・・。
2002/06/06

0865 ●黒澤明監督作品がDVD化
6月5日、最新デジタル技術により、古い映画につきものの『ブツッ』という雑音を取り除き、フィルムの傷を消し、褪色を補正した23本(処女作『姿三四郎』から『乱』まで)が順次DVDタイトルとしてリリースされることが発表になった。私は、『七人の侍』『用心棒』『椿三十郎』『蜘蛛の巣城』『隠し砦の三悪人』をビデオではなくレーザーディスクで狙っているうちにDVDというものが登場し、絶対に出ると信じていた私にとって、速攻でこれらをゲットしたい気分である。あとはインデージョーンズシリーズが早く出てくれれば・・・と。しかし、最近は日課としていたDVD鑑賞をさぼっている。見たくてたまらないのだが、12時近くなると眠たくなってしまうのでついつい後回しにしてしまうことになるからだ。思えば何度も見たい映画だけをDVDで集めているのだが、不思議なことに、どんなに名作であっても、何度も見たいと思わない映画もあれば、世間的には駄作の烙印を押されてしまった作品にもかかわらず何度見ても飽きない作品がある。私流の映画に対する評価は単純明快だ。テンポがよくて効果音も含めて音楽が冴えわたり、キャスティングにミスが無い(あくまでも私の趣味として)作品はいい映画となる。ただし、日本映画は覗く。日本映画はストーリーが弱い。もうちょっとひねりが欲しいという消化不良が残念ながら多い気がする。もちろんこれはあくまでも私の私見でしかないのだが・・・。
2002/06/07

0866 ●先生は先生にあらず
所用で香港の方とメールのやり取りをすることになってしまった。最初は第三者を経由してのやり取りで私は日本語でメールを書き、途中に入っている会社の担当者が英語に訳してメールを香港に送っていると思っていたのだが、どうやらダイレクトに日本語で送っていたらしい(らしいというのは確認したわではないからだ)。そうこうしているうちに、微妙なニュアンスにズレから直接私に香港の方から日本語メールかせ届いた。ちょっと不思議な日本語なので翻訳ソフトを使っている様子(後からそれを確認)だった。ということで今度はね私と香港の方と直接メールのやり取りをすることになってしまった。しかも相互に英語と日本語を併記しているのである。妙な話だ。同じ漢字を使う民族なので、欧米人からみたら不思議な光景だろう。ところで、翻訳ソフトを使っているが故に面白いことが発生してしまった。香港の方は私を『海津先生』と日本語で書いてくる。普通これを見れば多くの日本人は尊敬の念でと解釈するはずだ。確かにその可能性もあるかもしれないが、中国語で言う『先生』は日本語の『さん』あるいは『様』に相当する単語なのである。つまり香港の彼はこの時点で日本語と中国語が混乱しているのである。ちなみに日本語の『先生』にあたる中国語は『老師』である。逆にどちらもまったく同じ意味で同じ漢字なものに『講師』『教授』等がある。どうして大陸から渡った途端にこんなに違ってしまったのだろう。
2002/06/08

0867 ●なんか変な規制?
近所の中学校で運動会があった。ところが、入場者の規制をしていたそうだ。その中学校に通っている生徒の兄弟以外は入場出来なかったそうだ。中学生同士の喧嘩などを予防するのが目的らしい。大阪の池田小学校事件以降この手の問題はシビアになってきている。ところが、なんとも理解に苦しむのが、他校の中高生の入場を規制しているにもかかわらず、大人はノーチェックなのである。私はその方が危ない気がする。なにせ私の家の近辺では包丁男が出没し、何度も大騒ぎとなっているからだ。しかも、今だにに捕まっていない。いや、正確には一度捕まって釈放になっているらしいのである。そう言えば近所でもないが、わりと近場の小学校では、運動会や父兄参観も入り口で特にチェックが入るようなことはないらしい。教育の一環?として近隣の住人が自由に参加出来るような仕組みになっているからだそうだ。確かに昔は運動会と言えば近くのお年寄りなどが楽しみにしていたはずだ。でも、この際、関係者以外は入場お断りの一般非公開にしてもいいのではないだろうか。私立学校では運動会などは一般非公開のところが多いと聞く。いやそれよりも防犯カメラをまんべんなく設置し、ガードマンを24時間体制で配置すべきという強行意見も聞く。数年前であればこの意見に私は即答で『馬鹿げている』と答えたかも知れない。でも、今は即答で賛成に回ってしまうかも知れない。
2002/06/09

0868 ●アイデアに著作権はない?
アイデアという無形物に対しては著作系は発生しないそうだ。著作権を発生させるためには、他人が知ることが出来るように解説書を作成したり、映像を作成して初めて成立するそうだ。もっともな話だが、知人のある事件を思い出すと複雑な心境だ。それは、分かりやすく整理するとこんな事件である。『Aさんが色々と頭の中だけに暖めていたソフトウェアの変わった使い方のアイデアをBさんに話したら、BさんがAさんに相談もなく、いつの間にかそのアイデアを使ったソフトウェア解説本を出してしまった。』実際にはもっと複雑なのだが、骨格はこんな具合だ。これを法律というフィルターを通して権利を主張すると、Aさんがその問題点をどんなに訴えても、Bさんの勝訴で、Aさんは敗訴してしまうのである。つまり無形物としてのアイデアを幾らもっていても、それを形にしてしまった人の方が権利を有するのである。これはとんでもない不条理である。もちろん口頭で複数の人が理解出来るように説明していたりすれば状況も変わるだろうが、誰も知らないようなアイデアの場合は致命的だ。人の良いAさんは貧乏くじを引いて、人の褌で相撲を取ったBさんが脚光を浴びてしまうのである。そしてBさんの周りにいる人達はその事実を知らずにBさんを尊敬する。Aさんは踏んだり蹴ったりである。世の中こんな事が案外多いんじゃないだろうか。
2002/06/10

0869 ●仕事仲間であったSN氏の逝去
9日、仕事仲間であったSN氏が逝去された事を10日に知った。最後にお会いしたのは2年ほど前だったが、メールでは時々やり取りをしていた。何より、ニフティーのグラフィックフォーラムの17番(Drawソフト関係の会議室)会議室の常連回答者であったので四六時中お会いしている印象があった。更に昨年の秋頃から、一緒にIllustratorのブラグ開発とオンライン販売(シェアウェア)を企画し、アイデアを私が出したりしていたのだが、お互いにメインの仕事を優先させていたので、延び延びとなってしまい、宿題を提出していなかった私がそろそろ連絡をと思っていた矢先の事で、流石に滅入ってしまった。生真面目で仕事熱心な方だったことが裏目に出てしまったらしい。仕事の無理がたたっての事だとか。しかも、つい数週間前までは元気だったらしい。人の運命は誰にも分からないが、仕事をするようになってから多くの友人の逝去を受け止めてきたが、こればかりは生涯慣れたくないものだ。思えばデザインエクスチェンジよりリリースした【Power Graphics File #0001海津ヨシノリ】も彼の紹介によるものだった。そもそも最初の出会いは、彼が突然メールを送ってきたことに端を発している。自社開発のDraw系ソフトの評価をいただきたいという内容であった。私はこのソフトが一発で気に入り、事あるごとに利用してきた。なにより地味なソフトであったが、彼の実直さがストレートに反映されている良いソフトであった。最後に直接お会いしたのが2年前であったが、実はお会いしたのはその時を含めて2回だけであった。色々なことをメールを通じて学び合った数少ない友人の一人であった。それにつけても、そろそろ連絡をと思っていた3月頃に連絡を入れておけばと悔やまれて仕方がない。謹んでご冥福をお祈りしたい。
2002/06/11

0870 ●とろけるマーガリン状態
今年は梅雨はまだ来ないのだろうか? 突然真夏のような照り返しに少々困惑気味である。まるで朝食の時に出してさのままテーブルに忘れ散られたマーガリンのような気分になる。はっきり言って外に出たくない。でも出ないと頭がおかしくなりそうだ。私は部屋にジートしているのが耐えられない性分だからだ。そんな意味では仕事がデジタル化されたことを大いに喜んでいる。なにせアナログ時代はとんでもない不摂生状態であった。仕事柄ダミー作りが大変だったのである。デザインに合わせて様々な材料を用意し、場合によってはインスタントシールのようなもの(クロマティック等)を作成するための版下を作成するというとんでもない作業地獄に翻弄されていたからだ。ピーク時には平均睡眠時間4時間以下であった。なにより、納品先で倒れたことまであったぐらいである。それを考えたら今はとんなでもなく楽だ。だから1日数回散歩を兼ねたウインドウショッピングに繰り出すのが楽しみなのだが、こう熱くては外出を躊躇してしまう。もっともこの界隈は緑が多いのでまだまだ救われているのかも知れない。完全なコンクリートジャングルと化した町だったら、確実にとろけるマーガリンはとろけるだけではなく蒸発してしまうだろう。とろけるだけだったらまた元に戻すことは出来るが、蒸発してしまったら最後である。でも都会の生活は知らず知らずのうちに、残るか蒸発かの二者択一になっているような気がしてならない。私はいつまでに冷蔵庫に戻ることが出来るのだろうか・・・。
2002/06/12

0871 ●高円寺は大阪のサテライトという説
東京の杉並にある高円寺(寺ではなく町の名前)は東京ではなくて関西(この場合大阪を指す)だという説を最近聞いた。そう言われてみれば、最近会っていないが、かれこれ15年ぐらい高円寺に住んでいる知人がいるが、どこから見ても完璧な関西人丸出しモード(言葉は関西圏ではないが、さりとて何処かよく判らない)である。まっ、実際の生まれ故郷については聞いたことがないので、もしかしたら関西生まれかも知れないので、この話の信憑性は疑わしいが、問題の高円寺関西説の根拠は、誰一人順番を守らないし、割り込みも日常茶飯事という事から話が飛躍したらしい。考えてみれば私の住む界隈から当地までは地理的には近いが、まずよほどの事が無い限り誰もいかない場所である。甲州街道を挟んで海寄りと山寄りでは相互にほとんど交流がないというのが言い得ているような気がする。そもそも都内の甲州街道界隈は渋滞地獄で古くから東京に住んでいる者にとっては関わりたくない場所である。だから海寄りから見て甲州街道の更に先にある高円寺はツライ場所だ。もっとも訳あって20年来、甲州街道を少し越えた当たりの烏山に定期的にでかけることにはなっている。さて、高円寺が関西であるか否かというのは私には重要な問題ではない。重要だと感じているのは、たかだか数キロあるいは、数10キロ程度の地理的関係で、住んでいる人があからさまに違うことの不可思議さである。たとえば私の住んでいる界隈は古くから住み続けている人が多く、幼稚園なども親子3代で通ったという話も珍しくない。当然近隣に住んでいる人たちとの交流も東京であるにもかかわらず案外深かったりする。また、一人っ子の方が少ないという東京とは思えない現実がある。もっとも世間の一般論で言う東京人というのは東京人から見ると理解不能なイメージなのである。元々東京の人は付き合いがいいほうである。隣近所と付き合わない人の多くは東京に元々住んでいた人達ではない。これは何も東京だけの話ではない。どの町でも元々住んでいる人が多い町と、新興住宅街とでは文化も治安も雲泥の差が生まれているはずだ。これはもしかしたらある特定の年齢層の人だけが異常に多いからではないだろうか。町というのはやはり様々な年齢の人達が複雑に絡まって渾然一体となっているほうがバランスが保たれているような気がしてならない。
2002/06/13

0872 ●武蔵小杉・武蔵溝の口・府中本町・立川
13日、打ち合わせで立川に出かけた。当初は車で移動するつもりでいたが、流石に交通渋滞の要のような場所に向かうので時間の予測もつかないことから、電車を利用することにした。方法は例によって数パターンあったが、もっとも短時間なコースとして東急田園都市線/田園調布⇒武蔵小杉⇒南部線/武蔵小杉⇒立川を選んだ。ところが南部線と言えば学生の時に通った溝の口を通過することを思い出した。卒業してから一度も来ていない町だ。今回は乗車したままの通過だったが、問題の溝の口駅を通過する前後の風景と停車とし時に見た駅前のロータリーのあまりの変貌に唖然としてしまった。ただし、線路際に連なった終戦直後のアーケード街もどきは今も健在だったので、ローターリーの変貌とのギャップになんだか不思議な気分になってしまった。ところが次の津田山、更に久地駅は何故かほとんど当時のままであったのには驚いた。もしかしたら私の勘違いなのかもしれないが、当時、久地に友人が住んでいたので、その町のイメージは強烈に私の脳裏に焼き付いていたからだ。そして、実は川崎から立川まで走っている南部線の駅で私は川崎から府中本町間しか乗車したことが無いことを思い出した。しかもその時は溝の口からの上司やだったがね何故か死ぬほど長く乗車していた記憶がある。あれはなんだったのだろうか。とにかく府中本町から立川までは初体験なのである。今度はゆっくりと街並みを探索してみたくなってきた。梶が谷に抜ける山道のような道は今どうなっているのだろう。あの高配と先生のカップルはその後結婚したのだろうか。T氏が住んでいた昼なお暗い大正末期に建てられたようアパートは今も残っているのだろうか・・・今まで思い出さなかった不思議な記憶が次々と蘇ってきてた。きっと何かが呼んでいるのかも知れない。
2002/06/14

0873 ●暗黒に落ちたウルトラマン
14日、傷害と恐喝容疑で『ウルトラマンコスモス』に主演している21歳の俳優が逮捕された。彼は犯行当時19歳で、逮捕後容疑を認めているらしい。犯行内容は、『弟の友人に暴行してけがをさせ、現金45万円を脅し取った』というのだから呆れてしまう。私はかつて恐喝された事が3回ほどある。3回とも奪い取られた金銭が少額であったことと、暴行を受けたことが無かったのが不幸中の幸いだったのかもしれない。ただし、中学校の同級生には頻繁に暴行を受けていた。まっ、それは遠い昔の話なので私にとってはどうでもいい話ではあるが、やはり【暴行・恐喝】という言葉に私は異常に反応してしまう。いや、私には理解不能な行為だからだ。『ウルトラマンコスモス』と言えば子ども達の憧れのはず。放送は打ち切りで映画も公開を見合わせるようだが、当然の結末だろう。なにより既に『ウルトラマンコスモスが暴行と恐喝をしていた』というイメージは消えることはないのである。誰よりも清く正義感の塊であるはずのヒーローが、もっとも卑劣なゴロツキだったからだ。人として生きている者は、誰だって怒ることもあれば殺したいほど憎むこともあるはずだ。でも、ほとんどの人はそれを思っていても行動しないのである。ましてや自分の遊興費を他人から得るという身勝手な理由のために【暴行・恐喝】を行うなど卑劣以下だろう。子ども達を裏切った罪は計り知れない。でも、巨額脱税犯や覚醒剤常習犯でも芸能人であれば簡単に何度でも現場に復帰出来てしまう現実を直視すると、この程度の事件という括りにすり替わってしまうのではないだろうか。偉そうな事を言うつもりはないし、更生する者を救うのは大切な事だが、行き場の無い虚脱感だけが残る気分だ。そもそも有名になったり、社会的に高い地位に上り詰めた方が、若い頃の障害・暴行・恐喝・万引きなどの経験を若気の至りとし、美談扱いして拝聴しちゃうメディアにも問題があるのかもしれない。若気の至りだからやっても良いというモノじゃないからだ。
2002/06/15

0874 ●地球に酷似した惑星を発見?
13日、木星とよく似た公転軌道を持つ惑星を類史上初めて発見したと、米カリフォルニア大バークリー校などの惑星探索グループが発表した。この惑星系(カニ座に位置?)は地球から約41光年離れた位置にあり、約50億年前に生まれた。これほど太陽系に似た惑星系は過去に発見されていないそうだ。太陽系外惑星の発見総数は今回の発見で90個を超えたそうだが、今回発見された木星に似た惑星のデータは【恒星からの距離=5.5天文単位(1天文単位は地球と太陽の距離で、太陽と木星は5.2天文単位)、公転周期=約13年(木星は11.86年)、質量=木星の3.5〜5.0倍】であり、恒星からの平均距離1億5060万kmのほぼ真円の軌道を、385日周期で公転している惑星の存在も確認されたそうだ。ちなみに、この数値は地球 (太陽からの平均距離1憶4960万キロメートルの軌道を365日周期で公転) とほとんど同じだ。 これらのデータから、この地球型惑星に生物が存在しているかもしれない可能性が高くなってきた。よくこの手の話をすると荒唐無稽な話のように拒絶される方がいるが、果たしてそうだろうか。なにより我々が地球という惑星に存在していることこそが他の惑星にも生物が存在している唯一の証ではないだろうか。ところで似たような話を2年前にニュースで読んだような記憶があるのだが・・・。で、地球外生物がSF映画のように地球人にどうして接触してこない(一部には遭遇しているという説を唱えている人もいる)のか?という疑問もある。しかし、あくまでも地球人の科学力での計算ではあるが、進化と滅亡の論理によると、最短の知的生物が住む惑星までの移動を可能にする科学力がつく前に知的生物はなんらかの要因で滅亡してしまうとか。たね同時に同じように知的生物が存在しているとは限らない。例えばもし1万年のズレがあったとしたらというわけだ。そんな空想をめぐらすのは好きだが、出来れば生きているうちに地球外知的生物に遭遇してみたいものだ。もちろん友好的な・・・。
2002/06/16

0875 ●理解不能の不思議なBBS
調べものをしていると、最近はBBSに行き着くことが多い。大抵は『あ〜外れ!』とかで別の検索データに移動するのだが、時々絶妙のタイミングで、その偶発的にいきついたBBSを読みふけってしまうことがある。実は最近これで不思議な体験をした。偶然いきついたとあるBBSは個人のサイトのBBSで、主催者らしき人も時々発言しているのだが、何か特別のテーマがあるわけでもなく、管理者が話題を提供しているわけでもなく、書き込み者はただ自分勝手な事を発言しては消えていくのである。更に驚くことに、なんとレスという形の発言の比率が極めて少ないのである。ところが、その膨大な発言を読み続けて気が付いたことがある。登場人物は10名ほどに限られている事。所謂通りすがりの方の発言は皆無。また、発言内容の表現形式から、この10名程度の人達はどうやら面識があるらしい(あくまでも想像の域)。言葉尻(なれ合いの表現が多い)からそれを直感出来た。であるとしたら、何故彼らは同一の話題を共有しないのだろう。ほぼレスの付かないバラバラの話題を単発書き込みして消えてゆく。同じ人が数日たつとまた別の話題を書き込みする。しかも、よせばいいのに追跡調査してみると書き込み者の自己のホームページを公開していて掲示板やBBSもある。そして、それらは普通の掲示板として機能しているが、発言数は極端に少ない。何か変な気がしてならない。兎に角ね問題のBBSは自分勝手な発言の繰り返し状態なのである。もちろん数日間通ったわけではなく、過去の発言を読んだに過ぎないのだが、それだけで判断しても問題ないだろう。少々不気味ささえ感じてしまった。時事、趣味、仕事、芸能、自己PR・・・話題は多方面に渡り、まるで新聞の三面記事のようにぐるぐる回る。しかし、ほとんど(実際95%以上)がレスの付かない単発発言である。いや、そのあまりに自分勝手な登場の仕方とワガママな口調だけで判断すると、独り言に近いかも知れない。もしかしたらそんなゲームが流行っているのだろうか。
2002/06/17

0876 ●周辺機器の寿命
私の記憶が正しければ、この1年半ほど新しいハードウェアを購入していない・・・と思ったら、外付けハードディスクを1台購入していた。さて、これら周辺機器の寿命は運が良ければ数年先までだが、運が悪いと数か月でアウトという場合も少なくない。そんな意味で言うと私は今のところ外れはほとんどない。初期不良で交換してもらったものはあるが、むしろコレは運が良かったことだと思っている。さて、そんな運の良い私にもそろそろ寿命ではないかと思える周辺機器がある。それはMOドライブだ。オリンパスの230 MB版ターボシリーズの2代目だから相当古い。実は1代目も昨年まで持っていたが、壊れてしまった。で、この2代目だが、今までに購入したMOドライブとしては初代128MBから数えて4代目ということになる。でも、CD-Rは既に5代目である。で、この1年間でMOを使ったのは仕事関係ではただの1回だけである。いや、過去にバックアップをとったデータも確認したりしていないので、本当に1回だけである。だから、もしかしたら壊れているかも知れない。それほど使わなくなってしまったので、万が一利用しなくてはならない時に壊れていても、急遽近所のショップでゲットすれば問題ないという頭が私にあり、緊張感は皆無状態となっている。そもそも既にCD-Rに鞍替えして6年ぐらい経過している。勿論色々な状況を想定し、JAZ、JIP、など可能な限りのドライブは購入していたが、私に限ってほとんど利用せずに、その辺に放置したままとなっている。もったい無い話だが、こればかりはどうしようもない。逆に適当なところで仕様点してほしいのが巨大軍艦のようなSCSIタイプのスキャナーである。性能はまだまだプロ用として使える範囲で問題など一切無いし、A4全面の通過原稿もスキャン出来るタイプである。でも死ぬほど重いし、この大きさには流石に閉口しつつある。でも使えるものは破棄出来ない。
2002/06/18

0877 ●キーボードショートカット
先日、とあるメーカーの方から通常のアートワークで、キーボードショートカットはどの指で行っているかという質問を受けて瞬間大混乱してしまった。数年前にビデオ撮影したときに私の手元が撮影されていだが、当の本人が一番よく理解していない部分でもある。ここは冷静に整理して問い合わせの解答をまとめたが、私は殆どキーボードショートショートカットを使わない。理由は簡単だ。1つのアプリケーシヨンだけを利用して仕事をしているわけではないからだ。だから共通設定出来る部分については積極的に覚えようとするが、どうあがいても共通設定出来ないものについては覚えないようにしている。そう言えば、キーボードショートカットについては以前ある編集関係の方が、DTPオペレーター系の仕事をされている方にとってはスピード命なのでキーボードショートカットは必修という話をされていたのを思い出した。私の場合は手の動きよりも漠然?と考え込んでいる時間のほうが長いので、次の一手を決めるのにあえてキーボードショートカットを使う必要がないのかもしれない。アイデアが決まって作業に突入している場合であっても、タブレットを動かしているようなものだからだ。もちろんそれでも、まったくキーボードショートカットを使わないわけではないのは前記したとおりだが、私には今のところあまり重要な問題ではない。なによりこの問題は本当に難しく奥が深いと思う。それは誰もが納得する環境を作れ出すことが難しいことだからだ。だから私の場合は、重要なのはコンディションを整えて、常に体調が万全であることの方が大切だと思うようになった。もちろん理想的な作業環境というのも大切な問題だが・・・。
2002/06/19

0878 ●ファミレスは何処に?
19日、打ち合わせでJR中野駅に向かった。待ち合わせ場所は北口である。私は地理的に車が便利なので車で向かい(実は中野駅まで向かうのは始めて)ガード下に駐車して改札あたりで待ち人と待ち合わせに成功。そのまま適当なファミレスてせ打ち合わせとなったが、ここでファミレスにたどり着くまでに30分近くかかってしまった。用が無いときはやたらと目に付くファミレスも、実際に入ろうとすると案外見つからなかったりするものである。結局たどり着いたのは中野通りの甲州街道手前あたりにあるデニーズとなった。実はもっと中野駅寄りのところにジョナサンがあったのだが、逆方向からだと目立たなかったため見逃してしまった。やはり、たまにしかいかない町で何かを探すことのほうが無理難題というものかもしれない。ところで、見知らぬ町に一人で出かけて食事をしたくなった場合、私は迷わずコンビニで弁当を買って近くの公園のベンチで食べることにしている。暗い性格とみられてしまうかもしれないが、私は一人で食事をするのが大嫌いなのである。特に見知らぬ町の見知らぬ店で一人食事なんてのはどう考えてもダメである。だいいち、その店のメニユーが美味しいかどうかは博打のような世界だ。どこで食べても味は変わらない(厳密には違うらしいが)ファミレスやコンビニが無難というものだ。で、結局コンピニ弁当という手でおちつくのである。そう言えば数年前に大阪でセミナーを行ったとき、別件で大阪に来ていた友人(プリブレス関係のハードメーカーの女性社員)とばったりコンヒニで遭遇。考えることは同じであったというオチを思い出した。で、コンビニ弁当はやっぱり幕の内でしょう・・・と、勝手に決めている私である。
2002/06/20

0879 ●目の付け所が粗悪パーツ
きっかり1年半前に購入した『目の付け所が〜』とかいうメーカーの冷蔵庫が怪しい。購入して1年目には既にドアの手賭け(左右開きなので両サイドにある)の銀メッキが剥げてしまっているのである。はっきり言ってとんでもなく汚い。また、ちょっとしたメモを貼り付けるためにマグネットを利用しているのだが、見事にボディーは金槌で叩いたような凹み方である。本当に日本製なのかうたがってしまうが、多分日本製ではないだろう。少なくとも問題のパーツは・・・。安く上げるための弊害と言ったら言い過ぎかも知れないが、少なくとも10年は使い続ける私としては、この先最低でも8年半は薄汚いドアの手賭けを気にしながら使い続けなくては成らないのである。新しいデザインと機能に加えて安い価格というアンバランスな口上を武器に売り上げ合戦にあけくれているメーカーにとっては、1年半は充分に買い換えの時期であるというシミュレーションなのかも知れない。そう言われてみると私の携帯電話のガンメタルメッキも剥げ始めている。確かこいつも購入してから1年半(正しくは15ケ月であった)近く経つ。でも、この剥げ方はどこかで見ている。それがなかなか思い出せなかったのだが、ついに思い出した。ほぼ30年前に大枚叩いて購入したシャープペンシルのメッキの剥げ方そのものであったるこいつは使用していて10年ぐらいしてからメッキが剥げ始めた。そう考えると昔のプラスチックメッキの方が精度が良かったという事になる。何かとっても不思議な気分になってしまった。
2002/06/21

0880 ●公立図書館の表に出ない実体
私は公立の(大田区)図書館を頻繁に利用している。辞書代わりであったり、インターネットの検索に引っかからなかった情報などを調べに行くのである。ただし、公立図書館を利用する場合には注意が必要である。館内は綺麗だし本も充分にあるのだが、問題はホームレスの休息所という点だ。トイレで洗顔は言うにおよばず、洗髪までしてしまうのだから仰天する。しかも、下手に行動すると人権問題で逆に騒ぐ人がいるからか、見て見ぬ振りである。特に冬場と夏場は休息にはもってこいだ。飲料用の冷水もある。暇つぶしの本やビデオ、音楽CDも潤沢だ。けっきょく一番の利用者は彼らの近づかないことに神経を注ぐことになる。誰だって鼻を摘みたくなるような人の隣で調べものなどしたくない。なにより、彼らの休息場として図書館が存在しているのではないのだ。公園に座っていることは問題ないが、公園に住むことは問題なのと同じではないだろうか。確かに図書館は誰もが利用出来る場である。しかし、異臭を放つ風体で利用していることは、公序良俗ではないだろうか。つまり、社会的妥当性が認められるとは到底理解しがたい。なにより洗髪はないだろうと思うが、やはりそれでも人権は守られるべきなのだろうか。いやいや、彼らは数年後の自分だと思い、手厚く対処してあげるべきなのだろうか。この問題の本質は、鶏が先か卵が先かという問題に似ているような気がする。いや、唐突なネタも私が今日(21日)、隣に異臭人に座られてしまったからなのだが・・・。
2002/06/22

0881 ●ジャンル分けすることの意味
既に作成したイラストを作品集などに掲載する場合にトリミングを行うことがある。横位置で作成した画像はどうあがいても縦には成らないという切実な場合と、カタログの表紙な用のため、予めタイトルなどが入る位置を避けて作成した場合などがそうだ。当然トリミングを行うとイメージは激変する。極端な話、キャンバスの形状に左右される絵画のニュアンスかもしれない。絵画とイラストの違いは何だろうかという禅問答もどきがある。様々な方が様々な答えを導いている。どれももっともな答えだ。だが私はこう考えていた。絵画は絵画として鑑賞するが、イラストは二次要素とともに組み合わせて鑑賞する。もちろん極論だが、つい最近まではそう考えていたのだが、最近これが崩れ始めた。イラストを絵画的に鑑賞することもあるし、絵画をイラストのように二次要素と組み合わせて鑑賞する場合もある。実はフォトイメージングはイラストか写真家という禅問答が私の中に突然でてしまったからだ。素材の95%は明らかに写真だし、アナログ時代にはフォトコラージュという表現もあった。でも、なにか自分のやっていることは少し違うような気がしてきた。もしかすると従来我々が区分けしていた表現のジャンルというものが、ジワジワと崩れ始めて渾然一体となってしまっているのかもしれない・・・と。もしかするとジャンル分けすることの本来の意味は、自分に理解できないことに対する一種の恐怖心の払拭ではないだろうか。
2002/06/23

0882 ●プールでひと泳ぎで思い出す
23日、久しぶりに(記憶が間違っていなければ今年始めて)近所の区営プールに出かけた来た。ここは1年中やっている(夏場以外は屋内の温水プール)ので気分転換には丁度良いが、プールを泳いだ後は念入りなシャワーと昼寝が必要になるのが難点である。そのため、スポーツセンター(最近は午前中の打ち合わせや外出が多くて休みがち)のプールはまだ一度も利用したことがない。さて、このプールは設備もよいが唯一気に入らないのが更衣室に空調が無いことだ。つまり冬場は暖房が入っていないのでプールから出る時は温水シャワーをタップリ浴びて、有る程度体の水分を取り除いてから更衣室にいかないと確実に風邪をひいてしまうというわけだ。また、過度に使われている消毒用の塩素も肌にヒリヒリする。もっともこれはどのプールも同じだろうが、個人的に私はコレに敏感である。中学の頃の夏場のプールの時のように30センチ間隔に巨大ラムネのような塩素消毒剤が配置されているようなことは最近はないのでまだましかもしれない。余談だが、当時はこの異常な塩素のために気分が悪くなって途中で帰ってしまったことが何度もあった。その都度、心なき同級生のK君が『泳げないから仮病を使っている』と悪意ある告げ口を教師にしていたのを思い出した。流石に教師はこの事(私の塩素アレルギー)を理解してくれていたので何事も無かったが、K君の告げ口攻撃は彼が転校する止まることは無かった。だから、私は今でもこの塩素の匂いをかぐと当時の不快な思いが重なってしまう。
2002/06/24

0883 ●キャプテンハーロック放映中止
CSデジタル放送・スカイパーフェクTVのチャンネル『アニメシアタ-X(AT-X)』にて27日から放映予定だった松本零士原作の長編アニメ『キャプテンハーロック』が、原作者の漫画家・松本零士さんからの『画などで宗教的な問題がある』という抗議に、局側が放送中止に踏み切ったそうだ。事の発端は、完成した『キャプテンハーロック』の中で、『諸悪の根源』とされる異星人が地球を攻撃する強烈兵器がユダヤ教徒の『ダビデの星』型として描かれていることが問題となったそうだ。これは今後の日本の全ての表現媒体に大きな一石を投じたのではないだろうか。とかく宗教問題に対して甘い認識しか持っていない日本人は、他の国から神経を疑われるような事を今まで平気で行ってきた。これは日本人の宗教観から来る認識のズレであり、一概に日本人が悪いという事にはならないが、松本零士さんが仰るように『いかなる宗派でも、宗教を信じる人の心を冒とくしてはならない』というのは誰もが心に止めて行かなくてはならないはずだ。当然ここで言う『宗教を信じる人』の『宗教』の部分に文化や信条などを置き換えて考えてみるのは言うまでもない。そう言えばアニメ映画の敵キャラの軍服や軍装品、兵器などのデザインは決まって第二次世界大戦のドイツや日本などの枢軸軍側のデザインの模倣が多い。一つのシンボルとしてなのかもしれなないが、ステレオタイプ的に、これらが100%悪という表現には正直閉口してしまう。世の中は全てが様々な要因の組み合わせで動いている。時には時代が生んでしまう悲劇もあるだろう。10年ひと昔を越えて、既に3年ひと昔状態にもかかわらず50年、100年も前の現象を今の価値観で論じる愚かさに代表されるように、世の中には絶対の悪も絶対の正義も存在しないということに誰も気が付いていないような気がしてならない。今回の件が大好きな松本零士さんからの提案であったことが嬉しかった。
2002/06/25

0884 ●20年ぶりのデート
25日、小雨交じりの玉川高島屋(単にここが集まりやすかったというだけ)で、学生時代のガールフレンド2名と20年ぶりぐらいのデートをした。ただし、うち一人とは6年ぶり、かつてのミニコミ誌のスタッフ(私か創刊したわけではない。私は単なる編集スタッフ)でもある。会うまではやはり月日の歳月を少し気にしていたが、会ってみると、何も変わっていないような錯覚に陥った。いや、確かに時間は20年以上経過しているのだが、目の前の二人は当時から突然タイムスリップしてきたかのように何も変わっていない。勿論まったく変わっていないわけではないが、少なくとも写真で比較しなければ違いは分からないほど変わっていないと思った。もしかしたら、当時からずうっと生き方が変わっていないからなのかも知れない。例えば結婚、出産、職場変更という生活のリズムが変わってしまっても、生き方という基本ライン(信条?)が変化していなければ、人は何も変わらないのかもしれない。とかく周りの目を気にして年相応の行動に陥りやすいのが世の大人の顛末ではないだろうか。それもまた人生だし否定する気はない。でも自分に素直で人の目を気にしないで生きていけることの方がすばらしいと思う。もちろん破天荒な人生を歩むという意味ではない。『らしさ』とか『相応の』という言葉に敏感になりはじめたときが人生の最初の危機のような気がする。そんな岐路に立っても、マイペースで自分の生き方を貫ける人生の方がすばらしい気がする。そしてそれは凄く素朴であり自然な主張の法が長続きするのでは・・・と。いや、もしかしたらほどよい緊張感の持続なのかもしれない。
2002/06/26

0885 ●ラッセルブラウンで傘忘れる
26日、東京国際フォーラムで行われた【Adobe Photoshop World 2002】に参加した。前日夜半から体調が悪く土壇場まで参加を躊躇していたが、結局出かけることにした。ただし、体調が悪いので運転を控え地下鉄での参陣である。ところが小雨交じりだったために慣れない傘を持参したが、これがそもそもの間違いだったのかもしれない。さて、思えばラッセルブラウンのセミナーは一度も見たことが無い私である。Photoshop 5の時は前座でIllustrator 7についてノレクチャーを行ってはいたが、翌日に大阪でセミナーがあるという状況だったので自分のレクチャーが終わったら、その足で大阪に向かったような記憶がある。実はこの部分が曖昧で、もしかしたらラッセルプラウンのセミナーを見てから大阪にいったかもしれない。記憶が定かでないのである。そしてPhotoshop 6の時は申込みに失敗して断念。今回も偶然告知当日に知ったので速攻で申込みできたというお粗末さ。会場では体調がすぐれず滅入っていたが、久しぶりに中嶋かをりさんと田畑倫晶に会い、終了の後に喫茶店で話し込んでいたのがいけなかった。そのまま傘を忘れて気が付いたときには家の近くの駅の改札であった。取りに戻る交通費で傘が買えてしまう時代。なんだかとっても複雑な気分である。で、肝心のセミナーだが、セミナーそのものよりもラッセルブラウンが余興(どこまでがマジなのかは不明?)で行った【Photoshopの生い立ち/アナログ編】が最高であった。このインハムクトが凄かったためか、あとの本筋であるはずのTipsはあまりインパクトのあるものではなかった。だけど、次回からは東京国際フォーラムは止めて欲しい。終了後に参加者が集中する階段やエスカレーターが狭すぎるのである。一歩間違えると大惨事になるのではないだろうか。どう考えても設計ミスとしか思えない。私が心配性過ぎるのかも知れないが・・・。
2002/06/27

0886 ●学生の頃の臭い
いつの間にか梅雨入りしてしまった東京はうっと惜しい世界となっている。もっとも、夜中(と言っても10時頃)にポストまで行くことが多い私は、こんな雨の日(27日)には懐かしい学生の頃を思い出す。うまく説明出来ないのだが、この季節の温度と湿度と深夜の雨の絶妙のバランスが、遠い昔の学生の頃の匂いなのである。夜中にタバコを買いに行ったり、、コンビニに出かけたりと、結構夜中は行動していた。夜行性というわけではなかったのだが。で、私は親の反対でバイトはしていなかった。変な話だが、バイトする暇があったら勉強に力をいれろというのが私の父の教え(父は祖父にやりたいことを止められた事が私への期待と反発になっていたらしい)である。これには流石に『裏切れない』と感じた私は、学校で可能な限り出来ることは全てチャレンジしてみた。単位に関係のないものまでも。結局その弊害で毎日徹夜をしていたからだ。あと、昼間撮影した写真輪現像し、プリントしたものをビニール袋に水ごと入れて、翌朝学校の写真科のドラム乾燥機を利用するという事が日課になっていた。よくもあんなにバイタリティーがあったものだと感心する。いや、今となっては自分でも信じられないほどだ。でも、それが楽しくて毎日が充実していたのかもしれない。映画科の映画に出演したりと、思い出すと笑える行動が多かった。あのエネルギーが今も継続出来ているとしたら、凄いことになっていたかもしれないな〜等と馬鹿なことを深夜の雨の中で考える私であった。
2002/06/28

0887 ●超ド級の神技な姉さん
28日、所用で西馬込から大門まで地下鉄にて朝一番で出かけた。特にどうってことのない行軍であったが、行きの地下鉄内で凡そ20分間近く私の隣にいた女性の行動には衝撃的であった。いくらなんでも揺れる地下鉄の中で立ったまま、アイラインで目元を描き込み、ビューアーで睫毛を調整し、マスカラを二重に塗り込んで、最後は口紅というフルコースである。私は化粧をしたことが無いので理解不能だが、常識的に考えて、揺れる地下鉄の中で何にも掴まらずに立ったまま、アイラインのような細かい描き込みが出来るのだろうか? よく通勤時間の電車の中で電気カミソリでジョリジョリしているおじさんはいるが、今日の女性には流石にびっくり仰天してしまった。電気カミソリおじさんなど可愛い部類かもしれない。しかし、当の彼女は、最初のスッピンの時の方が数十倍綺麗で知的に見えていた。確かに至近距離で女性が化粧をしているのを見たことがないとは言え、少々怖い体験であった。若いときの厚化粧ってやっぱり不健康的で好きになれないが、もっともそんな美観が既に私がおじさんだという証かもしれない。そう言えば、以前もこの地下鉄無いで弁当を食べている高校生を見たことがあった。あまりに堂々としているので誰も不思議がらないほどだった。そして私もそうであったが、地下鉄を下車して我に戻るとその異常さに背筋が寒くなった。確かに電車で弁当を食べることは不思議なことではないが、通勤電車内で食べるっていうのは反則じゃないだろうか。それとも、暫く通勤時間帯に電車に乗らなかった私が世間の常識から取り残されてしまったのだろうか? それだったらソレでいいのだが・・・。
2002/06/29

0888 ●加速度的な半年間
気が付けば30日で今年の半分が終わろうとしている。とんでもなく加速度的な時間の進み方のような気がする。明るいニュースは皆無状態。インチキで胡散臭く嘘で塗り固められてしまった張り子の虎のような世界を背に向けてしまえば、ゆったりとした自然な時の流れを過ごせるのかも知れない、と考え込んでしまった。思えば今年に入ってから極力コラムネタは激怒しない方針をとってきた。暗いニュースに噛みつくことはせず、出来るだけ自然に明るい話題を探し求めるポジティブな視点を持つように心掛けてきたというわけである。最近はだいぶ悟りを開いてきたのではないかと少しだけゆとりが出てきたが、相変わらず張り子の虎は君臨している。それでも以前よりは熱くならなくなったという意味である。ある方にコラムに怖い話が時々あるという事を言われたのも軌道修正の要因になっている。ここで言われた怖いとは『過激な内容』という意味だ。別に意図しているわけでもないし、正義感を振りかざすつもりもない。ただ、人を傷つけたり、裏切ったり、蔑すんだりするような人は因果応報だと信じたい。年を取るとどんな極道でも丸くなるという話がある。でも私は丸くなったのではない。目的意識に変化が出てきたのである。何がもっとも大切なものなのかを見つけたからかも知れない。それは青い鳥のようなものである。目の前にあるからこそ気が付かなかった大切な宝のようなものにやっと気が付いたとき、世の中を見る目が激減する。それはふとしたきっかけから訪れた。気が付いてみれば、虚栄と見栄で重装備した悲しい人々が、はっきりと見えるようになってきた・・・。
2002/06/30





このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。


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