海津ヨシノリの気まぐれコラム/2002年09月分(0951〜0980)


0951 ●消防車の緊急出動
最近私の気のせいか、直ぐ近くにある消防署ばかりでなく、他の消防署からも緊急出動がやたらと多いように感じる。そんなに火事が多いのだろうか。凄惨な事件が多いので緊張せずにはいられないが、どうやら火事による出動ではなく、救急車が間に合わない、あるいは足りないという状況下でのまさに緊急対応なのだそうだ。消防署員は各種緩急処置に精通しているため、一刻を争うような場合でも救急車が到着するまでのあいだのに適切な処置が行えるということで要請が多いのだそうだ。もちろん問題なのは救急車の数が少ないことだが。でも、救急車が多くても病院のたらい回しにより一命を落とすケースも少なくない。今年は縁者に救急車だたらい回しにされ、悪評の藪医者に連れて行かれたという者がいた。最悪のパターンであるが、患者は医者を選べないのが現実である。さて、消防車がいち早く到着することで予想もしないトラブルが発生しているらしい。呼んでもいない消防車が到着したことで近親者と口論になったり、驚いて発作を起こす者も出るとか。要するに救急車が到着するまでのあいだ、場合によっては消防車が出動することがあるということを行政が徹底してPRしていない弊害なのだろう。知っていれば驚くことはない問題である。もう少しPRが上手になってもいいのではないだろうか。いつまでも行政のPRはダサイでは洒落にならないと思うのだが・・・。
2002/09/01

0952 ●スターウォーズ/エピソード2
1日、川崎でスターウォーズ/エピソード2をやっと見ることが出来た。ただし、この日は偶然にも映画の日ということで館内はメチヤ混みで少々疲れてきってしまった。また、川崎の方には本当に失礼で申し訳ない話だが、相変わらずJR川崎駅は浮浪者臭くて嗚咽が出そうなくらいだ。どうにかならないものだろうか。ところで、肝心の映画だが、思っていた以上の完成度で大満足だった。スピード感、今までの謎解き、過去の登場人物とのオーバーラップ等、ファン必見の仕上がりなのは毎回お馴染みという感じだろうか。特に私は今回のエピソード2で一番気に入ったのが、夜と昼間の町中のシーンである。生活感のある何気ないシーンがリアリティーを増すのではないだろうか。それから、スターウォーズは新作を見る前に過去の作品をもう一度見ていた方がいい。当然私もそうして出かけた。得にエピソード4〜6をじっくり見たか見ないかで、今回のエピソード2の感動も違ってくるはずだ。しかし、ヨーダって格好いい。ただし、1つだけ気になった部分がある。ラストでアップになるアナキンの右手だが、あの手はどうして『あの手』でなければならないのだろうか。黒い手袋でも良かったような?と勝手に考えてしまった私である。もしかして、これはエピソード3を見ないと解決しない問題なのだろうか。そして、いよいよそのエピソード3が2005年には公開予定となっている。やはり、エピソード4に繋がる大団円なのだろうか。それとも・・・。ところで、スピルバーグ監督は既に前面否定しているが、願わくばエピソード7〜9を作成してもらいたいと願っているのは私だけではないはずだ。May the force be with you.
2002/09/02

0953 ●イタズラ電話対策は皆無?
ストーカー行為なのかは知らないが、知り合いからイタズラ電話のことで相談を受けた。基本的に警察はこの手の相談は相手にしてくれないそうだ。そこでその方は電話の機能やサービスを事細かく調べてみたが、非通知の相手を見つけだす方法がないことに愕然としたらしい。そんな事を聞いて思ったのだが、電話番号の非通知というのは何のためにあるのだろうかという疑問である。全て通知という状況にすればストーカー行為は未然に防げるのではないだろうか。もちろん逆手に取った悪用も考えられるから一概に全面的に通知としたほうがいいとは断言できないが、少なくともストーカー行為まがいのイタズラ電話を頻繁に受けている人にとっては気持ちの悪い思いを続けなくてはならない。例えば最近ワンギリ対策に重い腰を上げたNTTだが、もっと早くに対応出来たのではないだろうか。ワンギリ問題ばかりでなく、何年も前から電話による犯罪などが問題になっているのに解決がまるで意図的に遅らされているような感じさえ受ける。不謹慎な意見だろうか。思うに、電話機には着信、送信遍歴が全て残る機能が理想ではないだろうか。公衆電話からの着信なら公衆電話番号が表示されるように出来るはずである。私自身もイタズラ電話を昔受けたことがあるからというわけではないが、携帯なら100%、通常の室内電話の場合でも、予め近親者や友人などから公衆電話などから電話をするということが分かっているような場合を除き一切電話を取らないことにしている。
2002/09/03

0954 ●O教授の事を思い出して
3日、あるメーカーの社長の就任パーティー会場で多摩美のI教授と久しぶりに会い、色々な話をしているうちに、学生の時のO教授が現在多摩美で教鞭をとっていることを知った。o教授はいつも黒ずくめでトンボメガネをかけたスレンダーで小粋な女性であったが、どうやら今も当時のままらしい。なんたかとても懐かしくなってしまった。私の母校は諸般の事情で消滅してしまったため、関係者は色々と分散してしまったようだが、聞くところによると写真科の教授の何人かも多摩美にいるそうだ。昨年に引き続き、今年もJPC主催のコンファレンスが多摩美で11月に開催され、その中で私もコンファレンスの一コマを行う予定だが、その織りに訪ねてみるのも面白いかもしれない。いやいやねいきなり出かけてみるのもインパクトがあるだろうか?などと思いを巡らしているのは楽しいものだ。既に私は当時の年齢の倍を越えてしまっている。O先生が当時何歳であったかを私は知らないが、もしかしたら余り違わない年齢だったのかもしれない。なにせ同時期に助手をされていたM先生は私と同年齢であった。私が遠回りしてから入学した結果なのだが、当時はなんだか不思議な思いがした。そうそう、ちょうど子供の頃ファンだった歌手や俳優が、実はたいして歳が違っていなかったことを知ったときのショックのようなものに似ていたのかも知れない。
2002/09/04

0955 ●登美の丘ワイナリー
4日、中央高速の勝沼でブドウ狩り(空いていた関係で一般には出さないと言われている曲玉のような形のブドウなどを試食させてもらった。これは丸かじりするブドウなのだが、これを口にしただけでも来た甲があったというものである。)をしてから国道20号を使ってサントリー登美の丘ワイナリーに出かけてきた。平日ということで空いていたので、ガイドツアーを申込んでみたが、この予定外の行動でワイン作りの全体像を把握することが出来た。しかし、流石に最後のワインのテイスティングは車のためにジュースに化けてしまったが、恐ろしく高いワインの価格の意味が分かったのは収穫だった。あれだけ手間暇かかっているのだから高くて当然である。ましてや、幻のワインと言われるものもそれなりの意味があることも・・・って私は普段頻繁にワインを飲むほうではないが、ビールや日本酒などと比べれば飲むほうかもしれない。そうそう、私は生まれて初めてここで本物の生きたコルクの木を触ることが出来た。コルクの木は、樹皮を剥いで加工するそうだが、剥がれた部分は9年で元に戻り、その原木自体も300年ぐらい生息するそうだ。現在サントリーではポルトガルから全面輸入しているそうだが、当地では捨てるところのない木なのだそうだ。例えばコルクの木のどんぐりを豚の餌にすると味の良い生ハムが出来るの等。なおポルトガルは全世界のコルク生産の70%を占めているそうです。リビングの床をコルク貼りにしているにも関わらず、この事実を私はまったく知らなかった。そんな意味でも良い勉強になった。
2002/09/05

0956 ●車での移動が多いと難儀する
最近、色々と車で移動する機会が多く、下手をすると4時間ぐらい運転しっぱなしということも珍しくない。もっとも途中で休憩は入れるが、何が辛いって体が座ったままの姿勢で固まってしまうことだ。高速道路のサービスエリアに入って休憩をしようと、車から出た瞬間は誰しも猫背状態であるのと同じ状況である。更に私は運転中は極度に緊張するので、連日の長時間ドライブだと疲れが溜まってしまうのである。もうちょっとリラックスしてもいいのだが、こっちが真面目に運転していても阿呆なドライバーは後を絶たないので、緊張の度合いがどんなに強くても確実に安全を確保出来るわけではない。だから仕方のない状況かもしれない。4日の山梨行きも中央高速でちょっとした渋滞となったが、感覚的には時速40キロぐらいでの渋滞だと思っていたがメーターを見てみると100キロを指していた。一応私は前方との車間距離は確実に確保していたが、後方の車のヘッドライトは見えなかった。それだけ後方のドライバーは一般道の間隔になっていたのかもしれない。流石にドカンとやられてはたまらないので、車線変更して逃げたのは言うまでもない。さりとて、空いているにもかかわらず時速50キロぐらいでマイペース運転しているドライバーにも困ったものである。そうそう、それよりも大型トラックや大型トレーラーの前に入らないことだろうか。TVの特集で見る限りこれら大型トラツク系のほとんどのドライバーが極度の睡眠不足と飲酒運転としか思えない状況だ。もちろん真面目なドライバーの方が大いに決まっていると信じたいが、あんな大きな物体に高速でオカマされたら即死である。死んでしまってからでは遅いのである。逃げるが勝ちというわけである。
2002/09/06

0957 ●甲州街道と井の頭通りと成城市街
6日、プールをひっくり返したような土砂降り状態の中、午後から夕方いっぱいまで甲州街道と井の頭通り、それに成城市街を車で移動していたるもちろん走りっぱなしというわけではなく、途中で用件のあった場所で待たされたりしたが、基本的に辛い1日であった。なにより、あれだけの土砂降りにもかかわらずヘッドライトを点灯させていない車があまりにも多いため、車線変更は本当に命がけ状態であった。そもそも甲州街道と井の頭通りに関してはなんでもない普通の日でもとんでもない渋滞のメッカである。それだったら電車を使えばいいではないかと怒られそうだが、私の住んでいる場所からだと三角回りとなってしまい、時間の予測はつくものの案外合理的ではない結果となってしまう。可能なら、蒲田から田園調布、更に三軒茶屋を抜けて下北沢に合流という手地下鉄でも出来ると京王線沿線が極めて近いエリアとなる。なにせ新宿に出るより横浜のほうが近い場所なのだから我慢というところだろうか。余談だが、昔横浜に住んでいる用心が幕張にユクより大阪の方が近いと言っていたことを思い出したるもちろん新横浜から新幹線を使ってという意味だが、それほど東京内を移動するのは案外不便な場所というモノもあるのである。私が昔住んでいた町は今もそうだが、バスを使うしか大きな町に移動する手段がないのである。もし電車を利用しようとすると、30分ほど歩くか、30分ほどパスに乗ることになる。それでも子供の頃はそれが普通だと思っていたので、電車の駅まで徒歩10分以内の町に住んでいることへのありがたさは言葉にはならない。ただし、東京と言っても私の住んでいる区域から、いわゆる都心の繁華街に出没するのは、その交通の不便さからついつい車にたよってしまうのである。いくら電車の駅が徒歩10分以内であっても、どの町に多く出没するかで価値は変わってしまう。さりとて、本当に便利な場所に住んだとしたら、もしかすると私にとっては実につまらない生活になってしまうのかもしれない。
2002/09/07

0958 ●13年前のハンディーカム
ちょっと部屋の中で捜し物をしていて、13年前に初めて購入したソニーの8mmビデオカメラである初代のハンディーカムが出てきた。当時は凄く小さいと感じていたが、いま手に取ってみるとやたらと大きい。余談だかこのカメラには液晶モニターがないのでファインダーで画面を確認しなくてはならない。しかもファインダーはモノクロなのである。それでも当時は画期的な低価格で人気をさらった関係か、入手するのに少し時間がかかったことを思い出した。そう言えばこのカメラで撮影したビデオテープは購入後5年でたったの5本であった。その次に購入したシャープの大きな液晶モニター付きのタイプでも8本ぐらいしか撮影していない。なんだか無駄遣いの塊のような状況である。そして3代目のキャノンのデジタルビデオカメラを購入したのが4年ぐらい前だろうか。このカメラでは10本以上撮影しているが、それでも極端に少ない。撮影する時は異常に撮影するのだが、そうでないときは忘れてしまったかのように箱に入れっぱなし状態が続いてしまう。本当はデジタルビデオ編集なんかをガリガリやってみたいのだが、時間が捻出出来ない。なにより予備バッテリーを1つしか持っていないのが問題なのかもしれない。そもそもいくら手ブレ防止機能が付いていても本格的に編集するような画像を撮影するためには三脚も必要だし光の状態も計算しなくてはならない。そんなことを真剣に考え込んでしまうと機材の塊のような箱をいくつも持ち歩かなくてはならなくなってしまう。悪い癖だ。でも、納得できる状況で完全武装して撮影に望んでも、気まぐれで撮影された使い捨てカメラのたった一枚の写真に負けてしまうことがある。やはり、使い捨てビデオカメラのようなものかぜ出ないと、本当の意味でスナップ感覚のビデオ画像は撮影出来ないのかも知れないと馬鹿な事を考える私であった。
2002/09/08

0959 ●名前に翻弄される
一面識も無く、メールや電話だけで仕事を完結することが本当に多くなってきた。がね例えば同じ名前の方(A社の田中さん、B社の田中さん、C社の中田さんという具合)からの仕事が重なってしまった時ね返信先を間違えてしまうことがある。冷静になっていれば間違えないのだが、ついうっかりということを時々やってしまう。ところが9日はまったく違う名前の方にもかかわらず何を勘違いしたのか、問い合わせのメールではない数日前のメールに返事をしてしまったのだから私は相当な大馬鹿者である。A社のBさんからの問い合わせに、C社のDさんへ返事をしてしまったのである。原因は、Dさんの紹介という形でBさんから問い合わせがあったことによる。だからまったく明後日な方に返事をしてしまったわけではないが、絶妙のタイミングでメールが交差してしまったからかもしれない。いや、殆ど電話を使わずに仕事をしていたのにここ数日は仕事関係の電話が多かったから混乱してしまったのかもしれない。いや、もしかしたら電話はある程度の頻度でかかってきているが、フラフラと買い物にいったり、図書館にいったりしている毎に留守番モードに設定しない(電話は多分ないだろうという思いこみ)から気が付かないだけなのかも知れない。やはり外出時は留守番モードにしなくてはいけないと反省した。
2002/09/09

0960 ●生態系破壊は深刻な環境問題
ここ数年、毎年夏休みの終わった9月の上旬は環境庁などはピリビリしているそうだる夏休みに買い求めた日本に生息していない昆虫や魚、爬虫類が飽きられて捨てられるケースが多発しているからだ。当然生態系は崩壊し、最後は巡り巡って我々日本人の生活にも影響してくる。米国でも同様のケースに悩まされているそうだが、地域によっては、例えば池や川の水をせき止めたりして完全に異種体系を排除するといった強硬手段を行っているそうだ。そのくらいやっても当然だと思う。更に突っ込めば、動物園などの博物館関係で見ること以外で、飼育したり売買したりする事を禁止する法律が必要ではないのだろうか。どうも、わがままとしか思えない欲望を商売とすることが良かれという風潮になっているような気がしてならない。専門家によっては、人の動きが活発になることにより文化交流が深まるように、生態系の変化が仮に人工的に行われてしまったとしても、それ自体が自然の摂理と唱える人もいるようだ。誰もが遠い未来を見ることは出来ないが、もしかすると戦争や事故、大気汚染などよりも、生態系汚染による環境問題の方が近い将来の地球にとって深刻な問題になるのではないだろうか・・・。
2002/09/10

0961 ●大手町で迷う
10日、午前10時30分に大手町のアーバンネットビルで仕事関係の待ち合わせがあったのだが、余裕をもって出かけたはずが、最後は全力疾走という馬鹿なことをしてしまった。要するに迷ったのである。方向音痴ではないつもりだが、地下鉄を利用したのが間違いだったのかも知れないが、普段馴染みのない町は苦手だ。特に大きな建物ばかりで、目印が見つけにくい大手町は私にとってはラビリンスかもしれない。いや、地下鉄の中で都コンブを食べているおばさんを見たのが祟りのはじまりかもしれない。で、用件を済ませて帰る時ね来る時には何も無かった地下道が、飲食店のラビリンスのようになっていて、まるでブレードランナーの世界のような雑然とした状況で萎縮してしまった。逆に朝方の何も内地下道にはホームレスのおじさん達が気持ちよさそうに寝ていた。もしかして棲み分けしているのだろうか。さてさて、これだけの飲食店と弁当販売が競合しないほど人が多い証拠なのだろうが、考えてみれば大昔、虎ノ門のデザイン会社に勤めていた頃、毎日の昼食に苦労した事を思い出した。なにせ最後の頃は新橋まで歩いていったくらいである。毎度同じモノばかり食べているわけにもいかない。人間はわがままなのである。そんな中で同僚のYさんは、毎夜の夕食を3年間牛丼で通したというのだから尊敬してしまった。しか、当時と今の定食の留弾がほとんど変わらないのには愕然とした。ほとんど昼食は家で夕食のあまりを食べている私は、既に浦島太郎なのかも知れない。
2002/09/11

0962 ●サブマシンのモニターが絶命
11日の22時頃、突然サブマシンのモニターが極度の糸巻き状態になったる思えばこのモニターは既に1年ぐらい前から電源投入後に表示されるまでが恐ろしく時間がかかるほど劣化していたるなにせモニターに何か写ったときには既に起動が完了しているぐいらの鈍さである。田と上がってしまえば問題ないのだが、とうとう臨終の時を迎えたようだ。私の記憶では、このモニターは8年以上私と付き合ってきたはず。大型モニターとしては2代目で、今は無きSuperMac社の19インチである。当然マルチスキャンではないので特殊なアダプターを使わないと最新マシンには付かなかった。それでもうちのモニターの中ではもっとも色が安定していたので重宝していたが、突然プッツンしてしまう前に廃棄することにした。幸い17インチの未使用のモニターがあるので、急場しのぎにこれを繋げることにした。ただし、この17インチは手持ちの中で最低のモニターなのである。つまり、どうあがいても色が合わない曲者である。完全な白も黒も表示出来ないばかりか、やたらと赤いのだからどうしようもない。どのみちこれも近々には廃棄してしまおうと思う。問題はちゃんとしたモニターだが、いかんせん私のサブマシンはベージュのG3マシンなので、先行き短い運命なのは確かだ。この際マシンごと買い替えることも考えたが、まだまだ使えるのでもったいない。そこで、メインマシンのモニターをサブに繋げ、メインマシンのモニターは手持ちのCintiq専用とすることを考えている。本当はそろそろ全てのマシンと関係機材を切り替えたいのだが、流石にそんな冒険は今の私には出来ないのである。
2002/09/12

0963 ●DELLと対象の良いApple?
昨夜のトラプルで疲れ果ててしまった私は12日の朝、モニター調整で等々ブチ切れてしまった。問題の色の合わないモニターのどうしようもない性能にである。兎に角どうしようもないくらい馬鹿なモニターである。これが天下のS社のモニターかと思うと絶句する。じゃ、なんでこんなモニター買ったかというと、7年ほど前、作業中にモニターが突然昇天し、起動中で処理を中断出来ないことから、近くの店にあるモニターでなんでもいいから直ぐに持ち帰ることの出来るものということで買っただけのモニターなのである。当然購入後に空くじを掴んだことを悟ったが、後の祭りである。当時も既にマシンは複数所有していたが、マシンの関係でモニターのアダプターが適合しなかったことがモニター購入の引き金になっている。丁度モニターの企画が統一される前後の事件なのである。結局仕事の中断を再開し、落ち着いた頃に新しいモニターを購入したので、その後、この緊急購入モニターは最悪の時の予備モニターとして殆ど使うことは無かった。かくなる上はCintiqをとりあえず繋げてと思ってセッティングを行ったが、なんとモニターがグリーンのフィルターをかけたような状態で使い物にならない。げっ、Cintiqも壊れた?と冷や汗が出たが、G4に繋げてみると何事も無かったように綺麗な色調で表示される。ということはビデオボードが死んでいる?という結論に近づくが、だとするとアノ糞モニターが表示されるのはどうしてなのだろう。結局色々なマシンに繋ぎまくって得た結論は、ビデオボードとの相性しか考えられない。さりとて調べた範囲で最短で新規購入のモニターを手に出来るのは3日後である。近所の店にはめぼしいものが無かった。秋葉原に出かけている余裕はない。今後購入するモニターは当然液晶しか考えていないので、どんなに安くて性能がよくてもブラウン管はパスしたい。ということで、仕事途中のデータをメインマシンに転送して仕事再開と思った瞬間、Windows用のモニターが目に入った。確かアレも6年ぐらいたってはいるが悪いモニターではない。ということで15キロのモニターを2台移動して仮接続をしてみたところ、恐ろしく綺麗に写るではないか。いったいどうしたことか? とりあえず糞モニターを仮に当分使う予定の無いWindowsマシンに接続し、Windowsのモニターを本格的にG3マシンに繋げて事なきを得た。しかし・・・このWindows野モニターはDell製であるる勿論中身は国産モニターだが、確かAppleのジョブス様はDellが大嫌いではなかっただろうか。
2002/09/13

0964 ●久しぶりのスポーツセンター
11日、2ケ月ほど休眠会員申請していたスポーツセンターに久しぶりに出かけてきた。7月8月は何かとバタバタするので、思い切ってお休み申請したわけである。そのため、体は鈍りきってしまい、体重も上がったのではないかという心配もあったが、とりあえず体重も体脂肪も変化が無かった。ただし流石に体は重いので時速5キロぐらいのウォーキングを軽めに行って引き上げてきた。多分今までのペースに戻るのに1週間ぐらいかかりそうだ。もっとも今までのペースと言っても時速7キロ程度のウォーキングと簡単なストレッチぐらいしかしていないので大した違いはないのだが。で、びっくりしたのはトレーニングマシンが全部新品に交換になっていたことだ。私はあまり使ったことがなかったが、ちょっと面白そうな気がしてきた。だからと言って『のりものスタジオのドンファンさん(ローカルネタ?)』みたいになろうとは思っていない。そう言えば以前も書いたかも知れないがねこのスポーツクラブには女優の手塚理美さんも会員でね時々拝見するんだけど至近距離からまだ見たことがない私であった。というより言われないと分からないので気が付かないのである。ブラウン管ほ通した顔と、現物は案外違ったりするものだし。あと、田中なんとか(詳しく聞き取れなかった)という男優さんも会員らしいが、こちらはまだ見たことがない。実は両方とも会員の噂話で耳にしたので、手塚理美さんを実際に見るまでは本気にしていなかったぐらいである。しかし、2年間ダラダラと通っていて、今回だけは軽い筋肉痛になってしまった。夏休みは部屋で座りっぱなしという事が多かった証拠かもしれない。
2002/09/14

0965 ●茶髪が不謹慎なら・・・
近所を10時頃散歩していたりすると決まって自転車に乗った近くの高校生の時間外通学に遭遇する。それが半端な数ではないのである。しかも圧倒的に女生徒ばかりである。更に彼女達に共通しているのは、絵に描いたように皆さん茶髪でアイラインがクッキリという風体である。最初に見た時は流石に怖かったが見慣れてしまうとさして気にもならない。高校生が化粧をしてはいけないという規定は多分後から付け加えた校則だったりするはずだ。例えば私は高校生の頃長髪でやたらと教務室に呼ばれて説教を受けたが、校則に長髪禁止とは書いていなかった。呼ばれた私は、スポーツ刈の奴らがクラブの帰りにタバコ吸っているのは問題にならず、単に長髪だというだけで問題児とされるのは適わないと嘯いていた。不条理はどこにでもあると悟った頃である。今の学生はどうしようもないと目くじらわたてている教師の方達も、きっと若かりし頃はその時代の若者特有の突出した歌舞伎者であったのではないだろうか。確かにだからと言ってなんでも自由奔放がいいとは思わない。むしろ自由と好き勝手の区別がつかないうちに親の着せ替え人形のような育てられ方をしてしまう事が問題ではないだろうかと感じている。ある人が、10才未満で芸能人の真似もどきに茶髪に化粧までしている子供は親に問題がある。そして彼らは成人しても、ほぼ確実にまともな生活は送れないだろう・・・と吠えていたのを思い出した。流石に少々過激な意見過ぎると感じてしまったが、どんな幼児でも無理せず簡単に大人の情報が手に入ってしまう世の中の仕組みに問題があるようにしか思えない。
2002/09/15

0966 ●世田谷美術館のミロ展
15日、9月23日まで開催されている世田谷美術館のミロ展に出かけてみた。実は割引券を入宇種していたので勢いがついたというわけである。ところが入り口で割引券を忘れたことに気が付き、結局は割引券の恩恵には預かれなかった。さて、肝心の展示内容だが、ミロの1918年から1945年までの作品のため、個人的には好き嫌いが極端に交差してしまうものであった。ただ、やはり日頃はデジタル画像処理ばかりしている私としてはこのように時々一枚の手書きの絵画を見ることは、なんだか妙に心が落ち着く。また、ついでと言っては失礼だが、世田谷美術館コレクションとして2階で開催されていた版画展が印象的であった。元々木版がが好きで色々と凝ったことをしてきたが、ここ数年はまったく作品を作っていない。精神的な余裕がないことが原因かもしれない。しかし、自由な創作活動を行うためのバックグラウンドが無ければ創作活動はできない。悪循環の繰り返しだ。やはり、どこかに甘えがあるのではないかと自問自答してしまった。今、やりたい事が沢山ある。いや有りすぎて困っている。どれもこれも思いっきりやりたいあるいはチャレンジしたい事ばかりである。きっと、その1つでもやり遂げるエネルギーを作り出すことが大切なのかもしれない。常に突進していく姿勢と言ったら大袈裟かもしれないが、いろいろな先人の作品を見るといつもそんな燃える思いが全身を駆け抜ける。
2002/09/16

0967 ●突然の秋
14日の夕方から突然涼しくなったと思ったら、翌日の15日は等々長袖のTシャツを着込んでしまった。世田谷美術館を出てからはついでに砧公園で散歩を楽しんだが、秋津(蜻蛉)がやたらと多く飛んでいたのが印象的だった。そう言えば、砧公園は久しぶりである。なんとなく景色も変わっている。初めて砧公園に来た時の印象は今でも覚えている。まさか大人になっても頻繁に訪れる場所になろうとは思いもしなかった。ここがこのまま公園として永遠にのこってくれることを期待したい。ところで、こんなに突然涼しくなってしまうのも異常気象の影響なのだろうか。等々この日はスーパーに柿と松茸まで出現(もっと前から出ていたのかもしれないが、私は気が付かなかった)してしまった。普通だったら10月の頭ぐらいまでTシャツ一枚で過ごしていたのに、やはり何かが狂い始めているのだろうか。もちろん一過性の涼しさだろうが、いきなり10月の頭ぐらいの涼しくなってしまったので、突然紅葉の山並みが見たくなってしまった。多分私は東京から離れて生活することは絶対に出来ない。しかし、東京だけを見て生活することもまた出来ないのであるだから時々可能な限り人の手の入っていない空間が恋しくなるのである。若かりし頃のミロが『絵画を軽蔑する』と言った本当の意味がなんとなく少しだけ解ったような気がした。『人工物を軽蔑する』・・・と。
2002/09/17

0968 ●相手が居ない思い出は悲しい
部屋を掃除していて、偶然棚の隙間から賞味期限ですら5年前という使い捨てカメラが出てきた。フィルムは全て撮影済みとなっていた。多分5年以上経過していることは確かなので撮した画像は全て感光してしまっていると思ったが、ダメもとで同時プリントに出してみた。すると上がってきた写真は四分の一は感光が激しく苦しい写真であったが、残りの写真は損傷は驚くほど少なく、その中に写っていた私と家族は、その風体から紛れもなく8年ほど前であることが判明した。恐らく棚の隙間という薄暗い棚に眠っていたおかげなのだろう。もちろん当時の写真はコレだけということではないので珍しくもないが、このカメラで撮した場所の写真は無い。たった8年前の写真ではあるが、ある意味でタイムカプセルを拾ってきたような驚きと喜びを感じた。しかし、17日、平穏に暮らしていた何の罪もない人が20年以上も前に突然家族の前から連れ去られ、拉致先で不自然に死亡していたというショッキングな現実をニュースで知った。突然家族のから引き離され、見知らぬ異境の地で、誰にも悲しみをうち明けることすら出来ずにこの世を去らなくてはならなかった悲運。そして、それに対する家族の言葉で表せない怒りと悲しみを感じる時、この8年前の写真を家族で話題にすることが出来なくなってしまった。
2002/09/18

0969 ●TVに対するわがままな要望
見たいTV番組を予約録画していたらどうでもいい野球中継が勝手に延長され、無惨な録画状態となってしまったという愚痴は何度もネタにしているが、例えば毎週楽しみにしているドラマなどが、特番でお休みなんということを当日知ったりすると、誰でも憂鬱になるのではないだろうか。しかも、特番ということで気を取り直して画面を正視しているとほぼ確実に期待を 裏切られることがあまりにも多くなったような気がする。例えばCMの入る直前の数分間の映像がCM後にも流されるといった具合だ。1時間番組でも正味30分ないのではないかという内容で、特番は反則ではと言いたくなる。更に下らない話を複数のコメンーターが話まくったりしてくれると、思わず音声をOFFにしたくなる。そういった意味ではNHKの特番計番組は安心していられるほうだろう。少なくとも民放の同類番組は映像が綺麗でもナレーションの軽薄さで損をしているような気がする。しかし、CMが必要不可欠である民放の仕組みではこの状況は避けられないのかも知れない。技術的に民放が劣っているわけではないのは十分に理解しているし、実際、民放でもたいへん質の高い紀行ものを作成しているところもある。やはり演出が少々オーバー過ぎてミスキャストのレポータが番組を軽くしてしまうのかもしれない。わがままな要望かもしれないが・・・。
2002/09/19

0970 ●ビデオ取材で緊張
実は9月10日、あるビデオ取材を受けた。質問内容に従った意見を述べて後から編集してもらうというものだが、流石にカメラの前で話すというのは緊張する。数年前にも同様の経験をしたが、緊張のあまり時々何を話しているのか頭の中が真っ白け状態となってしまう。当然話しは支離滅裂だ。流石に担当者の機転でリラックスしてから再挑戦という繰り返しを経て事なきを得たが、こういった緊張感からくる支離滅裂状態というのは遠い昔に授業中に先生に指されて質問に答えた時のドキドキに似ているかもしれない。慣れてしまえばなんともないのだろうが、やはり私のように普通のおじさんには辛い試練かもしれない。いやいや、普段黙って仕事をしていることの多い生活パターンだからこそ、突然何かを話さなければならない状況に陥ってしまった事への戸惑いかもしれない。実は10月に講演を行うことになっている。今までのように作品を紹介したり、Tipsや作り方を説明するのではなく、ただ2時間話まくるという余興?だ。果たして私は無事にクリアすることが出来るだろうか。
2002/09/20

0971 ●新たな素材集を発射
まだ完全に暴露することは出来ないが、今年中に私の新しい素材集がリリースされることになった。ただし既にリリースされているタイトルのシリーズではない。当然販売メーカーもそれとは異なる。内容については流石に現段階では触れることは出来ない(ヒントすら暴露出来ない)が、ちょっと面白い内容となっているのは確かだ(と思う。なにせ同類の他社製品を見たことがないからだ)。実は、別に素材集作家になろうという意味ではないのだが、ある程度の素材のアイデア原本を作成している。いや、日々の仕事の延長で作り込んだものを整理していないだけだが、色々と有るという意味である。根が貧乏性なので、全てをバックアップしてしまうためにこんなことになってしまったのである。問題なのはどのようにして発表するかといったところだろうか。メーカーから出す事ばかりが方法ではない。実際2年近くペンデイングとなっているものもあるので、見極めが大切かもしれない。ところで、それらのバックアップも、そろそろDVD-Rあたりに変更しないと地獄を見そうな状況になってきている。そりゃそうだ。たった1枚の画像合成を作成するために、バックアップ用のCD-Rが10枚なんていうのは普通の世界となってしまったからだ。ょきのIllustratorだけで仕事をしていた頃、バックアップはフロッピーディスクでも充分だったことを思い出すと絶句してしまう。
2002/09/21

0972 ●曖昧な記憶に翻弄
人間の記憶は正確である反面、実に曖昧であったりする。例えば、数日前、滅多に使わないソフトウェアのマニュアルが見つからずに、部屋中を探し回ったことがあったが、一部の使用方法を忘れてしまったからである。確かあのマニュアルはグリーンで厚みがPhotoshopのマニュアルほど・・・と必至に探したが等々見つからずに、諦めてしまい、少しばかり時間はかかるものの別のソフトウェアで代行し、事なきを得た。最初からそう割り切ってしまえばいいのだが、私の性格がそれを許さなかった。余談だが、手紙にサインしたり宛名を書いたりする、あるいはメモをとるという場合にお気に入りの筆記具がないと何もできなくなってしまう。自分でも呆れてしまうが、つまらない拘りはどうやら永遠に捨てられそうにない。で、話を戻すと、あれだけ探して見つからなかったマニュアルが夕食後、なんの気なしに机の左奥を見ると、問題のマニュアルがあるではないか!・・・私は何を錯覚したのかPhotoshopのマニュアルと同じ厚さということを一番のポイントとして探してしまったことにより見つけることが出来なかったのである。実際にはPhotoshopの半分ほどなのだが、目の錯覚だったのだろう。背表紙のデザインが似ていることも影響していたのかも知れない。でも、こんな勘違いは誰にでもあるのではないだろうか。もしそれが直ぐに手にとって確かめられない抽象的な思い出のようなものだったりすると、厄介な記憶となって後々大混乱してしまう。
2002/09/22

0973 ●フイクションなのは分かっているが・・・。
予告で解説しているシーンがカットされるなど不可思議なことの多い今年の大河ドラマは、少々マニア向きではないのかもしれない。例えば、賤ヶ岳の合戦のシーンで、わざわざ毛受勝介(永島浩二)を登場させているのに、その逸話シーンも説明も無いのには少々『?』が出た。毛受勝介は賤ヶ岳で敗走した柴田勝家がこの場で討ち死にを決意したのを止まらせ、自身が勝家の甲冑を借り受けて身代わりとなって討ち死にし、結果的に勝家が北庄城に戻るまでの時間稼ぎをした人物である。また、前田長種(辰巳琢郎)が末盛城奪回戦に加わるためにどうして金沢城にいたかの説明が皆無。実際には1584年、秀吉方として小牧長久手の戦に参陣したが、織田信雄軍の攻撃を受けて前田城を開城、加賀を訪ねて利家に仕えたために金沢城にいたことになる。最低でもナレーションが欲しかった経緯のはずだ。更に話は進み、佐々成政に剃髪を進めるつめにまつが現れるシーンや、寝入っているねねの寝所に突然現れるといった演出はいくらなんでも荒唐無稽過ぎるような気がする。確かにほとんどがフィクションであり今風にアレンジされているドラマであることは分かっている。例えば前田利家と佐々成政が仲が良かったというのは嘘で、どちらかというと佐々成政が民衆に慕われた名君であり、前田利家はずる賢い城主であったらしい。歴史はあくまでも勝者に都合の良いように改竄されるのはいつの時代も同じだからだ。まっ、そんな疑問点を探し出すときりがないが、全体的には過去の大河ドラマと比べれば、珠玉の一策となっているのは確かだろう。特に、織田信長(反町隆史)、豊臣秀吉(香川照之)、柴田勝家(松平健)のキャスティングは今後の時代劇の流れを変えるのは確かなほどのナイスキャスティングであったと思う。
2002/09/23

0974 ●キックバックなんてやったら終わりだよ
あんまりこんな話をネタにしたくないのだが、毎年行われているあるイベントへの参加要請が数か月前から入っていたが、一度も公式に参加していなかったこともあり躊躇していた。そして、一度ぐらいは参加しないと失礼かなという気持ちが今年はあった。だから『とうとうこの時期になったか』という気持ちとともになんらかの形でお手伝いしなくてはという気持ちに傾きかけたある日、とんでもない打診が入った。私が音頭を取って参加者を纏めて申し込めば一人あたりにつき一定の金額のキックバックがあるというのである。これって旧態丸出しのおじさんたちの世界じゃないですか。流石に怒るわけにもいかず、即座に私は自分自身に不参加の判断を下した。ボランティア的な流れで開催されているはずのイベント。確かにお金のかかるイベントなので、無料奉仕ではないのは理解出来る。だからこそ多くの人が気軽に参加出来るように参加費用を抑えているはずなのに、更にキックバック分が上乗せされているのと同じである。そんな馬鹿なシステムを作動させるのであれば一円でも参加費用を安くし、より多くの人に参加を求めるべきだろう。それであれば私も出来る限りの強力は惜しまないつもりだ。でも、一度でもキックバック制度を一部の関係者に作動させてしまったこのイベントへは、私は生涯参加はしないだろう。仮に個人で参加したとしても、その時点で、なんらかの賄賂もどきが私に流れていると誤解されてしまうからだ・・・。ここでコラムネタにしなくても、この甘い?話は少なくとも数百人単位で流れているからだ。私は石頭過ぎるだろうか・・・。
2002/09/24

0975 ●角印のケース
請求書や見積書用に角印を作成して4年ぐらい経つだろうか。それまでは丸い判子を利用していたので、この角印の取り扱いには神経を尖らせていた。なにせケースが安くないので購入していなかったのである。つまり角印のケースって特注扱いらしいのである。だから、安い既製品のケースわ探し歩いているうちに疲れ果ててしまい、とうとう自作しようかとまで思い詰めてしまった。そこまでするんだったら、とっとと特注品わ買えばいいのだが、一度決めたらトコトンというのが私の悪い性格なので、しかたがない。そして小さな木のケースを作成しようと材料を買いに行った途中で偶然入った100円ショップで、ナイスなものを見つけたので、それを流用することにした。案外いい加減な一面もある。それはコイン入れのケースである。軟質プラスチック製で仕切があるが、彫刻刀でいっきに切り取れてしまった。あとはマニラボールという厚手の紙(インクジェットプリンタ用紙の中に入っているガイド用の厚紙)に展開図を描き、ちょっとした紙工作を行い、プラスチックケースの中に簡単な紙箱を作成し、中で判子に傷がつかないようにして一件落着した。なんだか馬鹿みたいな行動だが、この馬鹿みたいなことが私は好きだったりする。多分数か月後には木製の手作りケースに落ち着いているとは思うが・・・。
2002/09/25

0976 ●木箱のような棚のようなケース
大型モニターが昇天した関係で、机の目の前に寄与台なクレーターが出現してしまった。それなのに部屋の中は収集が付かないほど本や資料が飛び回っている。そこで、クレーターに収まる適当な大きさの棚を買うために近所の大型ホームセンターへ出かけた。ところで、私の机の前はエレクターが組まれているので、適当な本棚があればベストというわけなのである。ただし、適当なサイズはあっても適当な作りのものが多く、強度は期待できない。ところが、今回は切断した材木の端切れが廃材として安く出ていたので、それを流用した関係で材料費が僅か数着円程度の出費で60×60×45cmの小さな本棚を作ることに成功してしまった。やっぱり本棚は本物の木に限る。仮にそれが合板であったとしてもスチールよりはましだ。市販の組み立て本棚も確かに木だが、あれはペーパータイガーそのもので強度なんて皆無である。だから安いのだが、やはり長く使うという意味では無垢の木材だろう。もしかしたら昔から私は木材フェチなのかもしれない。そう言えば実は私には木材加工で作りたい昔からの夢がある。それは昔の漢方医が利用していた薬戸棚だ。千と千尋の神隠しの中に出てくる竈爺の部屋にあるアレである。可能ならば床から天井までの壁面全てがアレである部屋が欲しい。きっとそれだけ引き出しがあっても私はものを整理出来ないだろうが。それともう一つの夢は西部劇に出てくる保安官の事務所にあるタンス型で蓋付きのテーブルである。流石にあれは我慢しきれずに6年ほど前に市販品(と言ってもパイン材の無垢にニス塗装の逸品)をゲットしてしまった。私の夢って案外セコイのかもしれない・・・。
2002/09/26

0977 ●川崎の日本民家園
以前、川崎市にある生田緑地内の岡本太郎美術館の話をしたが、あの時入園なかった日本民家園に23日入った。元々今回は見学する予定だったが、岡本太郎美術館で開催されていた『岡本太郎とメキシコ展』が29日までだったことも行軍に拍車をかけたというわけである。もしかしたら半年ごとぐらいに岡本太郎美術館に出向くことになりそうだ。さて、その後突然の空腹に、日本民家園内にある蕎麦屋(これも民家)目刺し、まつこと数分で空腹を埋めてから元に戻ってじっくりと見学してみた。もともと私はこの手の家をほとんど知らないので興味深い体験をした。資料によればほんの30年ほど前まで実際に人が住んでいたのだから驚きだ。しかも200年以上たった建物まであるのである。造りが簡単で通気性がよかったから長持ちしたのだろう。願わくば、実際に農機具などを使用している生きた民家を体験したかったが、そんなテーマパークじゃ人は来ないだろうか? ここだって紛れる無く人工的なテーマパークのような場所である。もっとも怪しい売店があったりね意味不明な土産物屋があったりするわけではないので意味が違うかもしれない。でも、いわゆる人工的な遊び道具だけのテーマパークを何度も喜ぶのは子供ぐらいのものだろう。いや、そうでもないのだろうか。どうも最近の私はこういった地味な場所に憧れる傾向にあるような気がする。何がそうさせるのか自分が一番よく分かっていないのだが・・・。
2002/09/27

0978 ●麻痺してしまう怖さ
秋田県本荘市裏尾崎町の保育園で今月上旬、女性保育士が昼寝の時間に騒いだ園児5人の口に、粘着テープを張り付けていたことが判明し、保護者に謝罪するとともに1週間の自宅謹慎処分とされたそうだ。これが事実だとすれば、完全に殺人未遂に相当する行為を行っているのに自宅謹慎ってなんだか甘いような気がするのは私だけだろうか。なんだか最近は社会的に尊敬されなくてはならない立場の方の不祥事や破廉恥な事件があまりに多い。このままいくと、東南アジア人の犯罪があまりに多すぎるので、結果として麻痺してしまうように、誰も気が付かなくなってしまうのではないだろうか。何かが狂っている。思うに拉致問題をストレートに表記した教科書が例の物議を醸しだした教科書だけだったことを見ても、この国は何かがおかしくなってしまった証拠だろう。あれだけの事実をでっち上げとねじ伏せてきた国内の関係者の責任は重い。いや、不祥事や不可思議な事件は昔から沢山あったのかもしれない。ただ、その当時は表に出さないような、出ないような何かが働いていただけなのかも知れない。それにしても怖い事件や騒ぎが多すぎる。自衛というわけではないが、近くのポストに投函するだけでも私は午後9時以降は可能な限り外出しなくなってしまった。そう言えば近所の包丁男はまだ捕まっていないらしい。
2002/09/28

0979 ●オバチャリにひかれる
26日、午前中の10時半頃、近くを散歩していて交差点で突然オバさんの運転する自転車にひかれてしまった。幸い怪我は無かったが、あまりに突然横から出てきたので避けきれなかった。しかし、その時瞬間見たおばさんは運転方向とはまったく逆の方向を見て交差点にさしかかっていたのだから唖然というか、不謹慎ながら、早く死んでしまいなさいと本気で思ってしまった。そしてねそのオジサンは、何食わぬ顔でそのまま立ち去ったのだから私の怒りは正当だろう。しかし、本当に自転車を運転する大人のマナーは最低だ。夕方以降の無灯運転は当然、しかも歩道を我が物顔を運転しているのには仰天する。自転車は車道である。しかし、危ない人が車道というのも困る。先日は、車道を運転しているおばさんが私の乗っていたバスの前を突然脇見運転で横切ったのには心臓が止まるかと思った。温厚な運転手が思わず罵声を発したのだからその出棺の緊張感は尋常ではない。なんたって、知らないおばさんの死体なんて見たくもない。実は近所の大型スーパーマーケットに集まるおばさん達の自転車は暴走族より怖いのである。なにせ、申し合わせたように皆さん、道路交通法は完全無視で、パンチパーマに眉毛は細いし、茶髪て顔黒・・・これでルーズソックス履ていたら完璧だろうか。
2002/09/29

0980 ●勘違いで済むことと済まないこと
29日、駒沢公園に久しぶりに出かけた。結果的にはあまりに多い蚊に2時間ほどで退散してしまったのだが、前回来たのがいつ頃だったか忘れてしまったが、鳩の数が激減していたように感じた。時間帯がそう感じさせたのかもしれないが、そんな印象を受けた。ところで、散々でかけている駒沢公園が実は半分は目黒区内にあるということを強初めて知った。発端は目黒区の選挙の候補者ポスター板(正しい表現を知らない)を見たからだ。思いこみがそうさせ、何も疑うことを知らなかったのだから大笑いである。そんな勘違いは思い出すと色々と出てくる。例えば私の実家で、けんちん汁と言えば、どうしたわけか味噌仕立てだし、お汁粉は世間的に言うと限りなく善哉に近い。そんな勘違いなら家事の慣習みたいな部分で特に困ったりもしないし恥もかかないが、そうじゃない場合・・・例えば国語の表記などで勘違いしたまま大人になってしまうと恥をかくことがある。実際私はつい最近までPhotoshopの描画モードの『乗算』を【じょうさん】と読んでいた。正しくは【じょうざん】なのだが、どうも濁る発音が不快に感じていたのか、あるいは最初に何かで間違って覚えてしまったのか分からないが、今頃であっても気が付いて良かった。でも、なかなか【じょうざん】と発音できない。いや、この程度のことなら笑って済まされるが、とんでもない勘違いや間違いを正しいと信じ込まされたまま大人になり、更にそれが周りの大人全員が勘違いしていたりすると怖いことになる。
2002/09/30





このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。


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