海津ヨシノリの気まぐれコラム/2002年12月分(1042〜1072)


1042 ●ゴミ屋敷再び?
立川でとんてもなゴミ屋敷があって、等々撤去に踏み切ったといったニュースを見て仰天した。取りあえず私の生活範囲圏にはゴミ屋敷は見あたらないが、最近はゴミの不法投棄が目立つ。いや、大袈裟な表現かもしれないが、分別を守らない人が多発しているという意味である。ほとんどが集合住宅の住人なのだが、特定ができないため、近所の人や作業員の方がゴミの中を確認し、廃棄した人物を特定するようになって久しい。しかしねそのとばっちりで真面目にゴミわ出しているにもかかわらず、中を見られることが多くなってきた。自分の出したゴミを他人に見られるのは気持ちのよいことではない。まるで自分の排泄物を見られるような感覚である。全てはマナーを守らない人の影響なのだが。ところでゴミと言えば、最近凄いことを発見した。落ち葉やちょっとしたゴミをホウキではいて、そのまま排水溝の穴に捨ててしまう方があまりにも多いということに。排水溝の穴は雨水の逃げ道なのに、これでは詰まってしまう。実際近所の中華料理店の前のオーナーはここに残飯を捨てて区の職員が清掃のために大迷惑をしていたこともあった。マナーのかけらもないのである。思えばこの店は交差点の角に位置しているからか?交差点の角に出前のオートバイを平気で止めていたりするくらいだから何を言っても通じないのだろう。世の中、厚顔無恥ぐらいのほうが長生き出来るのかも知れない。神経質な奴は短命なんだろうな〜と背筋が寒くなった。
2002/12/01

1043 ●Mac World Expo Tokyo が中止?
どうやら、来年開催予定のMac World Expo Tokyoが中止になるらしい。らしいというのは現段階では未確認情報だからだ。原因は、ニューヨークのEXPOがボストンに移るって言うのでAppleがサンフランシスコ以外はボイコットしようとしてるからだとか。その余波でTokyoもApple側が出展しない動きになったらしく、主要ベンダーがそれに追随する形で出展を見合わせる動きが出はじめたためとか。事情は色々あるだろうが、一人のユーザーとして考えたとき、開催されないと言う事の負のインパクトは大き過ぎるような気がする。ただでさえ不景気で元気のない状況なのだから、年に一度のお祭りぐらいは開催してもらいたい。例えばこれが引き金となってMac World Expo Tokyoそのものが自然消滅してしまったSEYBOLD Tokyoのようなイメージにすり替わってしまうと悲しい。もっとも冷静に考えた時、例えば地方に住んでいる方にとっては、いくら日本が狭いからと言って、そう簡単に東京に来ることは出来ない。また、わざわざ会場に足を運ぶメリットが年々薄れているような気がする。もっとお祭りに徹すればいいのにと。第一回目のMac World Expo Tokyoから感じていたが、どうも国民性なのか、ビジネスショーのようなイメージが強すぎる。それでも、楽しいイベントにすべく頑張っていたメーカーも初期のExpo会場には沢山あったが、それらのメーカーが息切れしてしまう雰囲気にシフトしてしまったのは悲しい事実である。なんとか夢を与えてくれるイベントが出来ないものだろうか・・・と。
2002/12/02

1044 ●タブレットPCが本格リリース
2001年9月のコラム607でも少しだけ触れたが、いよいよタブレットPCが各社から本格販売されるようになった。ただし、Windows系マシンだけである。古くからユーザーインターフェースに惚れ込んでMacintoshを使い込んでいた者、しかもタブレットが無いと困ってしまうような私にとって、出来ればタブレットMacがリリースされてほしいと願うのは当然ではないだろうか。クリエーターにもっとも支持されているはずのMacintoshが案外保守的であるのかもしれない。で、相変わらずタブレットに否定的な方がいたりするのは世の常だろう。かつては『マウスなど使い物にならない』という風潮が囁かれていた時代もあった。殆どのユーザーがキーボードだけでPCを操作していた時代である。当然、当時はグラフィックユーザーインターフェースなど無いのだから、ある意味キーボードだけで事足りていたのかも知れない。実際、常識的な価格帯で購入出来るソフトの中でまともにマウスと連動したソフトなど無かったと記憶している。そんなPCもWindowsのリリースで一気にマウスは必要不可欠となった。そう考えると既にマウスは死滅し、タブレットペンが席巻していても不思議ではないのだが、グラフィックソフト系以外では、やはりまだまだタブレットを使う必然性のあるソフトが少ないのかも知れない。そうは言ってもどのソフトても使えたりするわけで、既に必要不可欠状態となっている私にとってはどんなソフト上でもタブレットの恩恵におもいっきり預かっていたりする。
2002/12/03

1045 ●宴会減少傾向?
お酒を呑みに行く回数が、数年前に比べて減ったという人が36%に上ることが、11月23、24日実施の読売新聞社の全国世論調査で分かったそうだ。呑みながら仕事の話をする人の数が減少傾向であったり、不景気の影響など時代と世相をもろに受けている結果のようだ。もともと宴会に縁遠い私は、勤めはじめた会社も忘年会以外はこれといった呑み会もなかったぐらい社会人のスタートラインから宴会には縁が無かった。フリーとなってからも、特に呑み会が多いと言うことも無くダラダラとマイペースで来てしまったので、呑み会の回数などあまり気にしたこともなかった。そう言えば、昨年は、とうとう忘年会ゼロだったことを思い出した。いや、お誘い頂いていた忘年会もあったのだが私のスケジュールが合わなかったので結果的に参加出来なかった(スケジュールさえ合えば即答で参加というスタイルは昔から変わっていないのだが)ケースというものもあるが、思えば呑み会は本当に少なくなってしまった。恐らく全盛期は7〜8年ぐらい前だったような気がする。それでも私としては月に1回ぐらいなのだから、よほど宴会に縁がないのかも知れない。そんな私も浪人時代はでとんでもなく飲み歩いていた。ほぼ毎日飲み歩いていた時もあったくらいである。もちろん友人のアパートを転々として飲み歩くという安上がりな方法だ。結局その時に呑み飽きてしまったのかもしれない。良かったのか悪かったのか・・・。
2002/12/04

1046 ●個人という立場は辛い
オンラインで、ある申込みを行ったらエラーとなってしまった。『部門』『役職』をブランクにしたためである。でも、フリーランスのデザイナー、あるいはイラストレーターという立場だと、せいぜい『業種』にそれを書くぐらいで他に何を書いたらいいのか分からない。ちなみに『職業』という欄は無かったので『業種』にグラフィックデザイナーと書いた。結局ねその申込先の知り合いの方に子細を説明して処理してもらったがねやはり個人という立場の考慮は意外に計算外のようだ。不思議なのはコンピユータ関連の展示会のアンケート類でも、グラフィックデザイナーなイラストレーターという場合はどこにチェックを入れていいのか分からない事があまりに多い気がする。結局そんな場合は適当に丸を付けて終わりにしてしまうが、いつも適当というわけにはいかないのが問題となってしまう。今回は申込先に知り合いがいたので事なきを得たが、もし、申込先が未知の世界だったとしたら、入り口を越えることすら出来なくなってしまう。普通こんな場合、そこで申込みを躊躇してしまうのではないだろうか。少なくとも私だったらそこで処理を中断し、申込みそのものを諦めてしまうだろう。申込みとか入会とか、そういった事って、やっぱりタイミングが大切だと思っている。その絶妙なタイミングの瞬間に妙なところで出鼻をくじかれるようなことになると、やっぱり最低な気分になってしまうのではないだろうか。さて問題の申込み手続きだが、子細を説明したおかげ?で次回以降、個人の申込みを配慮する手続き項目に変更することを検討してもらえることになった。やっぱり知り合いが居るのはすばらしいことだと改めて痛感した。
2002/12/05

1047 ●専門用語事典の用途
先日、とある会合でコーシングラフィックスの松田さんと久しぶりに再会し、色々と話が盛り上がった中で、コンピュータ専門用語関係の本の話になり、『やっぱり必要ですよね』という話になった。その時松田さんは『海津さんも原稿を書いたりするので専門用語を正しく記載する必要があるから購入するんですよね』と言われたとき、『少し違うんですが』と言えなかった。実は、私にとって専門用語事典が必要な本当の意味は、原稿執筆よりも、新しい専門用語がよく分からないと言う実にストレートな要因から来ていたりするのである。確かに原稿執筆に間違って用語を使ってしまってはいけないが、私の執筆している内容は実はそんなに専門用語が多くなく、どちらかというと専門用語をしっかり使うという意味においては楽な部類に入っているのである。これが通信関係やプログラム関係、OS関係、3Dソフト関係となると難しい用語が、しかもソフトごとに違っていたりする厄介な問題が目白押しである。つくづく画像処理やイラスト作成の原稿で良かったと安堵している。もっとも最近はML関係でのコラム的な原稿もあるので、一概に安堵もしていられないが、前記した分野を専門としている方にとっては大変な事だろうと感じている。いや、案外専門的にやられている方にとっては苦のない事なのかも知れないが・・・。
2002/12/06

1048 ●久しぶりの都立図書館
6日、大田区内の図書館にはない本を求めて都立図書館に地下鉄で出かけた。大田区内のどこかの図書館にあれば取り寄せてもらえるが、どこにもないのではどうしようもない。ということで3つある都立図書館のうち、もっとも近い中央図書館に出かけた。ここは広尾の有栖川宮公園内にある。とても雰囲気のよい図書館だ。そう言えば、残りの2つのうち、日比谷図書館も日比谷公園の中にある。どうせなら3つ目の多摩図書館も公園の中だったら良かったのにとわがままな気持ちになった。ところで、中央図書館へは、私の記憶では浪人時代に何度か訪れている。入館するときに面倒な手続きがあったのを覚えているが、それは今も変わらない。もっとも国会図書館ほどすごくはないが。で、今は区立図書館は入館も自由になったが、当時の区立図書館(世田谷区の図書館しか利用していなかった)は今の都立図書館ばりに入館時に手続きが必要だったと記憶している。しかし、区立図書館などで本を借りると時々切り抜きされていたりするのを見ると、厳格にしたほうがいいのにと思うことがある。ところで。都立図書館では一般には貸し出しを行っていない。それは少し残念だが、お目当ての本は借りてきてどうのこうのという性格の本ではなかったので、確認し、必要に応じてコピーを取ればすむだけであった。もっとも、現物を初めて拝んだお目当ての本に欲しい情報が入っていたかったのにはガッカリしてしまったが、仕事しなくても生活出来るんだったら、毎日通って館内で数時間本を読んで広尾の町を散歩して、あるいは麻布まで歩いて帰るということをしてみたいと思った。それって凄いわがままな夢だと思うけど。
2002/12/07

1049 ●お気に入りの風景とその変貌
6日に広尾まで東横線を経由して日比谷線にて出かけたが、普段車ばかりで移動しているため、あまりに電車(東横線)の中から見える風景が記憶と違うので唖然としてしまった。東京で3年も一定の風景を見なかったら変貌しているのは必至であることを今更ながら痛感した。もう完全に私はお上りさん状態である。やはり時々は車を使わずに移動しないとだめだと感じた。いや、もしかしたら、そんなことはどうでもよいことなのかもしれないが、私は気になって仕方がない。自分の生活圏として関わりのある町の変貌は同時進行で見続けたいからだ。でも、不思議なことに、普段散歩しているような橋世のある一角が突然取り壊しになって新築工事が始まったりすると、元の家がどんな状態だったか思い出せなくなる。多分真剣に見ていなかったのだろう。恐らく全体として一括りの景色というイメージしかなかったからかもしれない。そう感じる私は、田園調布駅の改修前の状況を写真にとっておけば良かったと後悔している。もちろん誰かが撮影しているのは分かっているし、東急電鉄側でも資料として撮影しているはずだ。でも、やはり自分で撮影してものでないとだめだろう。それに、私自身がもっとも気に入っていた田園調布駅の一角が私の気に入った角度で撮影されているとは限らないからだ。やはり私は凄くわがままなのだろう・・・。
2002/12/08

1050 ●市街地の道路整備
7日、所用で日吉まで車で出かけてみた。車を使わなければ30〜40分ほどかかってしまうが、車だと渋滞していなければ15分ほどで着いてしまう。悪名高き綱島街道の渋滞に巻き込まれると50分ぐらいだろうか。難しい判断だが、取りあえず初めてのコースは手に汗握るコースであった。なにせ雨降る夕方から夜半にかけての往復運転だからだ。まずセンターラインの識別はつかず、セットバック中の道は太くなったり細くなったりして、普通の未知の数倍の神経を使う羽目になってしまった。やはり、ここは電車で出かけた方が安全という結論に達してしまったが、摂関何年もかけて丸子橋を拡張したのにねあまり意味が内容に感じた。何せ、右に折れる中原街道は、突然一本道状態になるのは相変わらずだし、どうもここの渋滞は当分収まりそうにない感じがする。いや、思い切ったセットバックをして道が広くなったとしても、今まで躊躇していたドライバーが大挙して利用するようになれば、新たな渋滞が勃発してしまうのではないだろうか。特にこれからは高齢者の時代となり、移動手段を車に頼るケースが増えることを考えると市街地の道路整備って案外急務じゃないだろうかと感じた。
2002/12/09

1051 ●東京は予想外の雪と微量の積雪でパニック
8日に突然お汁粉(私の家で言うお汁粉は世間的には善哉)が食べたくなってスーパーに小豆を買い出しに行き、3時のオヤツに間に合う形で鍋と格闘して至福の時(小さすぎ至福かも知れないが、最近はこんな些細なことが楽しくて仕方がない)を迎えたと思ったら翌朝は予想外の行きとなっていた。実は、私がお汁粉食べると雪が降るという超個人的なジンクスがあったりする。まっ、あくまでも今回は偶然だが、雪に関しては転倒された方が多かったので少々不謹慎かもしれないが、個人的には随分と癒された気がした。これって子供の頃に雪が降ると意味もな遊び回って水浸しになった感じに似ている。スキー用のウェアのような雪支度の防寒具など持っていないのに、適当な格好で直ぐに水浸しになっていた頃がなんとなく懐かしい。ズブ濡れでガタガタ震えながら1時間も2時間でも遊んでいたのだから元気だったのだろう。今同じ事をしたら風邪ひいて寝込んでしまうだろう。こんな話ばかりしていると、私はアウトドア系というイメージをもたれる方が多いかも知れないが、意外とそうでもない。確かに自然は好きだが、やっぱり自然の中で、あるいは自然に近い空間で暮らしたりすることは私には出来ないと思う。なにせ、積雪2センチ程度で右往左往するくらいだからだ。ちょっと情けない感じがするが、でもそれが私の現実である。私にとっては都会の雪景を紅茶でも飲みながら日がな一日、ぼ〜っと眺めているだけでも楽しくなってしまう。年をとったからだろうか・・・。
2002/12/10

1052 ●犯罪的マスコミの過剰取材
ノーベル賞授賞式に出席するためスウェーデンを訪れている島津製作所フェロー田中耕一さんをストーカーのように追いかける所謂ワイドショーを中心とする日本メディアの常軌を逸した過熱取材に、スウェーデン外務省などから批判が出ているそうだ。大量の取材陣が滞在先のホテルを取り囲み、田中さんを容赦なく質問攻めにする“常識外れ”の取材は当地で奇異で見られている。更に、記念講演後の記者会見では、あるテレビ局の女性記者が『賞金を何に使うんですか』と前代未聞の馬鹿げた質問をするに至っては恥の上塗りである。田中夫妻の随行員で『日本びいき』として知られるスウェーデン外務省のカイ・ラーニウスさんも、『受賞者は国王や政府、財団のゲストだということを、理解してほしい。授賞式を人生最良の思い出としてもらうために招待しているのだから』と、ついに声を荒らげて抗議したそうだ。ノーベル賞は世界最高の栄誉であり、芸能人取材とは違うはずなのだが、そのあちりの感覚が日本メディアには皆無なのだろう。視聴率のためなら国をも売るような事を平気で行うメディアさえあるこの国に、真の報道が芽生えることはあるのだろうか。もし馬鹿げた行動を行っている報道関係者が一部の脱線組であるとするなら猛省してもらいたい。それとも、これが知る権利であり、正しい報道のあり方なのだろうか。いや、そんな馬鹿なメディアの連中など私にはどうでもよい。気になるのはスウェーデンにいる友人に日本人は皆あんな無礼な連中だと思われることである。
2002/12/11

1053 ●民課窓口に防犯カメラ設置
宮崎市が市民課窓口に全国で初の防犯カメラ設置が設置されたそうだ。事も発端は2月に同市で発生した戸籍を改ざんする事件だそうである。思うに、本人を断定する方法もイイカゲンだし、ちょっと頭の良い人だったら簡単に他人の戸籍や住民票を取り出せてしまう現行法が問題なのだが、政治家の方にはあまり緊張感がないようだ。人の良い日本人『であること』が前提の悪法なのかもしれない。今の日本だと正直者は殺されるぐらい怖い状況と言っても過言ではないだろう。東京でも新宿など、一部の繁華街に防犯カメラが設置されているが、こういったことはもっと積極的に行って貰いたいと個人的には感じている。絶対に正直で静かに生活している者が保護される社会でなければならないはずだ。いや、本当はない方がいいに決まっている。でも、それが許されなくなってしまった今を否定することは出来ない。でも、最近ふと穿った考えをすることがある。誰だって静かに平和に暮らしていたいと思っていると信じていることが間違っていたのかと。なんだかそういった疑念を抱かせる事件や事故が景気に反比例して右肩上がりで増え続けているからだ。いつかは自分が被害者になるかも知れないと言う危機感が年々強くなってきている。まっ、私はあまり繁華街に出歩いたりしないし、直ぐに謝ってしまうので致命的な怪我は避けられるとは思うが、それでもやっぱり理解に苦しむような事件が起きると背筋が寒くなる。これだけ凶悪事件が多発すると、もはや『あんな事件は自分とは無関係だ』ということを自分に言い聞かせることなど出来ないからだ。
2002/12/12

1054 ●動物の飼育を規制する条令
12日、10匹以上の犬猫飼育、迷惑かけたら懲役もあり得るという条令が鳥取県議会で可決されたそうだ。これは、10匹以上の犬と猫の飼育を禁止できる全国初の犬猫飼育規制条例ということになる。発端は、同県内の犬繁殖業者が100匹以上を敷地内に放し飼いにし、騒音や悪臭で住民とトラブルとなった際、県が動物愛護条例に基づいて改善命令を出しても解決せず、訴訟問題にまで発展した事によるそうだ。動物好きの方には納得できない条令かもしれないが、ものごとには何事も言動というものがあるはず。飼育禁止であるはずのマンションや団地で堂々と飼育している人はルール違反だが、あくまでも見て見ぬ振りをするのが日本人の美徳とでもいう状況が続いていたが、やはり限度はどこかで爆発してしまう。そんな事言っても犬や猫を飼うことで精神的に癒され、結果として健康になるという事も証明されているが、やはりケースバイケースだろう。ネコや犬と接することでなんらかの菌に感染し、菌を特定できないままリンパ線が腫れ続けて入院という人が意外に多いと聞く。小鳥やハムスター類を飼育することで幼児や老人など免疫力の弱いものが体調を崩したりすることも多い。いや、それらが全てクリアされたとしても、動物の必要異常な鳴き声だって好ましくないと感じる人だっているわけである。と、こんな事を書くと私が動物嫌いだと感じる方が出てくるのではないだろうか。実はその逆で、死ぬほど好きなのだが、近所の方とのトラブルを予想し、ずうっと我慢しているのが実情である。学生の時に先輩から譲り受けたハムスターを飼っていて、予行性のために夜になるとカゴの中で大暴れし、近所に迷惑を掛けた時の気持ちは今も忘れていない。本当にノイローゼ一歩手前だったのである。
2002/12/13

1055 ●JPCに入会する
毎年今頃になると決まって思い出すJPC(Japan Publishing Consortium)への入会を今年やっと果たすことが出来た。そもそも私は組織とは無縁であったが、それでもJPCは2つ目の組織となる。最初に入会したのは、STRATA協会という3DソフトのSTRATAシリーズのユーザー同時の親睦を目的とした組織であった。というより、これは創立に関わったので正式に入会とはいいがたいが、取りあえず組織であった。ただし、テキストエディターを共同開発するなど面白おかしい活動はしていたが、数年で自然消滅してしまった。そうだ、思い出したが、創立に関わったという意味では、MUONというMacintoshユーザーグループの立ち上げに関わっていた。10年ぐらい前の話であるが、数年前に諸般の理由で退会してしまったのでカウントは出来ないが、確かにこちらの方が最初であった。そうだ、更に思い出したのは、何故か自分でも理由はわからないが、FMUG(Fukuoka Macintosh User's Group)にも入会していたが、退会してのか生き残っているのか自分でも分からない状態となって今に至っているいや、それを言ったら私はBMUG(Boston Macintosh User's Group)にも入会していたが、確か次年度の会費の支払い申込書のような者が届かないので自然退会してしまったが、調べて見たらまだ組織は健在のようだ。次はJ-Mac(Japan Macintosh Artist Club)である。これは毎月アップル本社の会議室を利用して勉強会をするなど活動は活発だ。マンガ家の会員が圧倒的に多いのも楽しい。こうして調べてみると随分忘れていた記憶が蘇ると同時に、大昔は案外元気に活動していたんだな〜と我ながら呆れる始末である。てなわけで、現在進行形はJ-MacとJPCとなったが、JPC関連の話は今後は色々とネタにしてみたいと思う。
2002/12/14

1056 ●セレモニーとしての年末年始
今年もあと2週間ほどとなってしまった。にも関わらず年末年始という『アノ』独特の雰囲気を感じなくなっている。別に私が繁華街に出かけなくなったからと言うことではないるどこにも出かけずに自分の町を徘徊するだけでも年末年始の空気は感じるはずだったが、最近どうも『ピン』と来ない。そしてこれは毎年加速度的に来なくなっているような気がするるどうしてなのだろう。冷静に考えてみると、正月の準備という儀式が無くなってしまったことに起因しているような気がする。煤払い的な大掃除も特にしなくなって数年たつ。いや、大創始をしなくなったのではなく、定期的に掃除をしているのて、わざわざ大掃除をする必要がなくなってしまったからだ。更におせち料理を作るなんて儀式はとうの昔に壊滅している。お餅をお米屋さんに頼んでつきたてを年末に配達してもらい、包丁でしっかり切り刻むなんてことを最後にしてから既に何20年以上過ぎている。確かに便利で後戻り出来ないがね元日からオープンしているコンビニや、2日から仕事始めのデパートなんていうことが当たり前になってしまうと、正月という儀式のもつ意味は消滅してしまったと言っても過言ではないだろう。大昔のデパートは早くて日からの営業であった。お年玉を貰い、その使い道を3日間もあれこれ考えるだけでも、私にとって正月は楽しいセレモニーだった。いやいや、お年玉をもらえなくなってしまったからそう感じるのかも知れない。余談だが私は25才ぐらいいまでお年玉を貰っていた。もちけん両親からではなく今は亡き祖父母からだ。当時はそんな年でお年玉を貰うことを恥ずかしいと随分拒否していたが、受け取ることが祖父母達を喜ばせると知ったとき、既に彼らは旅立っていた。
2002/12/15

1057 ●大河ドラマ【利家とまつ】
今年の大河ドラマは賛否両論が渦巻き視聴率はそれなりに確保されていたようだ。では何が賛否両論なのかというと、主役を含めた配役に対する評価vs史実歪曲とご都合主義といったところだろうか。確かに史実に詳しくして貰いたいと思う私にとっては、いくらなんでも凄すぎないかというシーンが多過ぎた。でも、あくまでもドラマであり、今年は特に戦国ホームドラマという括りを大切にしたシナリオであったので、アレもまた良しなのではいう気持ちに私は傾いていた。ただ、随所に史実では既に他界している人が出てきたり、必要以上に利家を善人扱いしたために、整合性のとれなくなって少々苦しい場面を作らざるを得なかった回が多々あったのではないだろうか。今の価値観では非情な行為であったとしても、当時の情勢ではそれが正義である場合が少なくない。そんな意味では、2000年の葵三代や、1997年の毛利元就、1987年の独眼流政宗などは、非情な表現をしっかりと描いていたように感じている。それらのイメージがあまりに強すぎてしまったために私としては、今回の利家とまつは甘ったるいホームドラマでしかなかった。もちんそれは意図されたものであり制作者側としては成功したことになるのだろう。まっ、いくらドラマとは言え、細かいことを上げていったらキリがないが、別の観点から見ると、何度もコラムネタにしているように、今年の大河ドラマの人気者は、主役の二人ではなく、佐脇良之役の竹野内豊と、豊臣秀吉役の香川照之さんてあることが統計で表されたようだ。私も同感である。更に織田信長役の反町隆史さんも株を上げたのではないだろうか。逆に、利家の子供である利長よりも年下であるはずの上杉景勝役の里見浩太朗さんのキャステイングの意味が分からなかったのと、井口太郎左衛門(丹波哲郎)と、うめ(赤木春恵)の年齢設定がよく分からない点が気がかりだったりした。でも、テーマ音楽は独眼流政宗と並ぶ名曲だと思うし、なにより最終回はストーリーも判っているのに涙腺の弱い私は目が滲んでしまった。まだ見ていなかった方ねも、総集編で一気に見てみるのも面白いかもしれない。最低限の歴史の勉強になることは確かだからだ。
2002/12/16

1058 ●条件反射的な思い出の曲
自分史というもので考えたとき、誰しも思い出の曲というモノがあるはずだ。実はちょっと部屋を掃除していたら、昔のレコードの復刻版CDが出てきて聞き入ってしまったのである。それは荒井由美のベスト版である。実はデザイン学校時代の思いでは何故か荒井由美の曲とオーバーラップしてしまうのである。それ以前はハードロックだったのだが、突然デザイン学校時代にはいると曲が変わってしまう。趣向ではなく、思い出すという意味での曲なので、自分でどうのこうのいう問題ではない。で、問題の荒井由美の曲でもっとも当時の記憶を蘇らせるのが、何故か『12月の雨』と『何もきかないで』だったりする。要するに明るい曲ではないのである。別に失恋しまくったというわけではない。何がなんだかよく分からない(多分何かに条件反射的に反応しているのだろうが・・・)が、この曲なのである。条件反射的なもののようだ。不思議だが兎に角どうしようもない金縛り状態となってしまう。もちろん荒井由美の曲きどれも好きだが、実はレコードを持っていないのである。当時購入したのは別のアーテイストだったりする。そして卒業後は、南佳孝やチューリップとなるるもちろん滋養圏反射的なミュージシャンという意味でである。で、ここ10年ほどはこの条件反射的にその時代を思い出す曲がまったくないのである。どうしてなのだろ。確かに自主的に新しい曲を聴こうとしなくなったと言うことはあるかもしれない。でも、本当にそれだけなのだろうか。なにか上手く説明出来ないが、何かがあるような気がしてならない。
2002/12/17

1059 ●ビギナー向けと侮れない
最近、毎月読んでいる雑誌のお気に入りは、DTP WorldとMac Peopleである。DTP Worldは永久保存版的な編集内容なのでバックナンバーとしての利用価値が高く付録の小冊子は(表現は悪いが、マジ!糞!本当!に)重宝する。例えば最新号では2色刷りの見本小冊子である。こういった実例がついているのは有り難い。次にMac Peopleだが、これは一応ビギナー向けという雑誌で、私も時々単発企画に参加させていただいているが、昨年末ぐらいから毎号読んでいて填ってしまった。プロだからと言って実際全てのジャンルにパランス良く精通しているわけでもないし、案外いい加減に覚えていたことに気づいたりする。だからビギナー向けという括りで全ての情報を分かりやすく解説してる雑誌は本当に重宝する。Mac Fanも同じだ。そもそも画像処理ではプロかもしないが、ムービー関係は素人というように、それぞれの専門分野を棲み分けしているのがプロである。更に大きな声ではいえないが、私は定期的に雑誌に原稿を書いたり本も執筆しているが、プロのライターではないので相当いい加減な専門用語の知識だったりする場合が時々ある。多くはソフトウェア固有のちょっとした処理名称のご認識だたりするのだが、実際の仕事ではこういった名称などいい加減に覚えていてもまったく困らないことがネックである。この勘違い執筆で有名なのが『レイヤー属性』である。PhotoshopやIllustratorでレイヤー毎に描画モードを変更するのが私流の処理のペースだが、この『描画モード』をつい最近(確かPhotoshop5.5ぐらいまで)まで『レイヤー属性』と書いていたのである。しかも、表現的に可笑しくなかったので誰も気が付かなかったのである。多分もっと凄いことをしているのかもしれないが、そう考えると過去の原稿を読み返せなくなってしまう・・・。
2002/12/18

1060 ●すっかりオノボリサンとなった私
18日、某出版社の忘年会大会が渋谷で行われるで、久しぶりに電車で渋谷まで向かったが、いかんせん飲み歩く習慣のない私は、夕方5時以降に公園通りなどあるいたこともない(20年ぐらい前ならある)ので、あまりの人混みに、会場に到着する前に人酔いしてしまった。まるで山奥から突然都会に出てきた人の状態である。なんとなく情けなくなってしまった。気を取り直して会場に入り旧知の友人達とワイワイやっているうちにパーティーがはじまり、景品抽選会を皆さんが期待しはじめたころ、クジ運の悪いので最初から景品を諦めていた私は、今回からクイズがあることを知った。そして、結論からと言うPhotoshop(Adobe Photoshopの文字を入れ替えた単語からソフトなを割り出すという問題)とIllustrator(各バージョンごとのヴイーナ画像の違いを当てる問題)のクイズにを正解して景品を2つ(MacとWin兼用のマルタファンクションキーボードと限定品キャラクター付きの某アニメDVD)もゲットしてしまったのである。帰りに交通事故に遭わないように注意したのは言うまでもない。ただし、二次会に出た関係で帰りは田園調布から小1時間歩く(タクシーだとぼったくられるので悪天候でもないかぎり使わないことにしている。)ことになってしまったのはご愛敬だろう。で、1次会の会場は狭くてタバコの煙がモンモンとしていた関係で空気が悪く、明日のことを考えると寝込んでしまうのではないかという心肺が脳裏を走った。それにしても非喫煙者の方で平気でいられる方は、何か秘訣があるのだろうかる今度じっくり聞き取り調査をしたくなってきた。Help Me !
2002/12/19

1061 ●やっぱり体調崩してしまった。
いや、もう本当にこんな話ばかりしていると嫌われ街道まっしぐらとなってしまうので控えたいが、前夜の予想は見事に的中して今朝は喉が痛くガラガラ声で頭痛と気持ち悪さが残っていた。流石に経験値で医者に出かけるほどではないので、静かに睡眠をとっていたが、どうやら恒例の『1日寝込まないと回復できない』状態となってしまった。しかし、こんなに簡単にダウンしてしまうと言うことは、どこか体の具合でも悪いのだろうかと心配になってしまう。ただねどうやら外出をあまりしないので完全に人酔い状態になりやすくなっているところに、タバコの煙攻撃で止めを刺されるといったことのようだ。そもそも宴会のうち大人数系の場合は立食パーティーなので、禁煙席という概念は無い。確か喫煙していた頃に数回そんなパーティーに参加したこともあったが、当然禁煙コーナーへは出かけずに終わってしまった。要するにコミュニケーションが成り立たなくなってしまうのである。これもまた問題である。となると、やっぱり『煙』への基礎体力をつけなくてはならないのかもしれない。昔喫煙していた頃、パーテイー等で吸い過ぎた時はみそ汁を飲むと良いと言われて実践していたが、それを思い出して急遽味噌汁を作り出す私であった。こうなったりインスタント味噌汁を持ち歩くしかないだろうか。なにか代替えの薬を薬局で探してみることにした。なんか凄く情けない気がするが・・・。
2002/12/20

1062 ●New Painter Classic
procreateブランドとなって初めて Painter Classicがアップデートされた。内容的にはPainter 7をベースにしている。そして販売方式はオンライン販売オンリーとなっているようだ。これはこれで有り難いことではないだろうか。余談だが、私もここ数年はほとんどオンラインやカタログ通販で間に合っているのが実情である。多分多くの方がそうだと思う。価格もリーズナブルではないだろうか。もしタブレットを新規購入するという場合であれば、バンドル版を狙った方が更にお得である。もっとも既に持っている者にとっては、この方法は使えないが。さて、最近Photoshop Elementsに凝っている話をしたが、Painter Classicも、ある意味で同一線上に鎮座しそうである。雑誌の原稿を執筆する立場として(あくまでも私の視点という意味)考えてみると、新しいソフトを紹介したりすることも含めて、従来であればプロだからプロ用という位置づけのソフトを利用して執筆するというパターンが当たり前と思われていたが、それが本当に読者の求めている流れなのだろうかという疑問が出始めた。まず、お気軽価格のコンシューマー版、あるいはライト版を使ってソフトウェアの特徴を整理し、段階的にプロ版ならこんなことも出来るという流れの方が自然ではないだろうかと。そう考えるとなんだかライト版ソフトを買い漁りたくなってきてしまった。とかく陰口わたたかれている低価格対ソフトも、案外重宝していることをプロはあまり語ろうとしないのが本当のところのような気がする・・・。
2002/12/21

1063 ●麻紐に大興奮
映画『インディー・ジョーンズ最後の聖戦』の冒頭シーの中で、郵便物が麻紐に括られているところが妙に気に入っていた。要するにプラスチックやビニールの無い時代の工夫とでもいうべきで伝の美しさである。それ以来ね気になっては板が自発的に探そうとはしなかった麻紐が偶然入った100円ショップに売っていたので思わず衝動買いしてしまった。確かにビニール紐より割高で手袋でもしていないと痛くて使いにくいかも知れないけど、その面倒くさい部分がなんとなく楽しい。なんか私はオカシク?なってしまったのだろうか。実は100円ショップであってもなんとなく高価なイメージがしたので、予備に紙紐も買ったのは貧乏性の性格からかもしれない。これらの紐で昔の写真アルバムを括って保存して置いたりすると雰囲気が出るな〜などと、馬鹿なことを想像しながら自分の世界に埋没してしまう。取りあえずクラフト紙もロールで随分前に仕入れていたりするので、あとは時間を掛けて雰囲気づくりのための梱包作業である。実は、大切なものだがね特に直ぐに必要なモノでは無いというモノが多すぎるので、腰ずつ整理して梱包したいのだが、どうもこういった作業は後回しになってしまうせいか効率が悪い。それだったら梱包が楽しいという切り替えに走った方が賢明ではないだろうか?という発想なのだが、この作戦はどうなることやら。
2002/12/22

1064 ●年賀状が一巡?
22日、来年の年賀状の印刷上がりが届いた。味気ないとは思うが、流石に500通近くを版画で作成というわけにもいかず、印刷を始めてしまったわけだが、そう言えば最初に印刷したのは何時の頃からだろうかと調べてみると、なんと既に12年たっていたのである。いや、もしかしたら13年かもしれない。そのうち、完全なデジタル入校という意味でも11年目となっていたことを知って唖然とした。『そんなに時間が経っていたのか』と。でね最初の頃は大した枚数でもなかったはずだったがねどうして印刷したのか思い出せない。多分、版下を作成して印刷したモノを出すことがデザイナーとしての自負だったのかもしれない。でも、最初の頃はフルカラーなんてことは予算が無いので出来ず、2色刷りなんてことで苦労していた。しかもそれですらとんでもなく高かったのを思い出した。そして初めてデジタル入校したフルカラーの年賀状を作成した時は、偶然知った印刷所のサービスの一環だったのだが、今ではそれをどこでも行っているのになんとなく時間の流れを感じてしまった。で、私はこの印刷所を知ってから他では年賀状は作成していない。今となっては価格という意味では安いところがあるが、単に安いからと言うだけで浮気をするということは自分自身をも否定してしまいそうな気がする。私は目先の価格にとらわれることなく、長いスパンでチーププレイをしていきたいタイプだからだ。で、その最初のフルカラー印刷の年賀状を受け取ったある方が激怒したことを思い出した。『たかが年賀状でこんなにお金欠けるのは生意気』だとか。でも、版下入稿で今までの印刷所で行っていたら確かに当時でも10万円では済まなかったのは確かだ。激高した方はデジタル入庫酢すら知らなかったのだから無理はないかもしれない。私にとっては笑える昔話の一つである。
2002/12/23

1065 ●クリスマスの思い出
私にとってクリスマスというのは色々と思い出の詰まった記念日である。仕様学校3年生ぐらいの時に買ったチョコレートケーキで家族全員が軽い食中毒になったのを皮切りに、ケーキ食べ過ぎ事件等、基本的に間抜けな話のオンパレードである。最悪だったのは中学の時にクラスの女の子が3つのグループに分かれてクリスマス会をしたときの事だ。クラスの男子のうち、私を含めた5名がどのグループからも誘われなかったというのが最初の試練(大袈裟な)だったのかもしれない。高校の時は学年8クラス中、女子は10名以下という凶作が続き、なんだかクリスマスは本当に苦しみますだった。そんなこんなでデザイン学校の時は、それなりにまともなクリスマスを過ごす機会を得たが、それって随分時間がたってから、良い思い出となった。なにせ当時は寒いという事をいかに我慢するかという状況下だったからだ。余談だが、横浜の某教会のクリスマスミサに参加して寄付をしたのはこの時が生まれ初めてである。余談ついでに私の遠縁(確か・・・母の従姉妹の夫の兄)には神父がいるのだが、その神父の宗派も教会も知らなかったりする。でもって仕事につくようになってからはクリスマスは私には無関係となったが、ある年のクリスマスイブの渋谷の南口駅改札でちょっとした出来事があり、その瞬間に私の運命は見事に変わってしまった。その出来事は予期せぬ偶然だったのかもしれない。そしてそれは自分にとってクリスマスは無関係だと思っていたことがまるで嘘のように変えてしまったようだ。少なくとも今現在までは。
2002/12/24

1066 ●Macintosh対応となったNew Smart Scroll
今月に入って、Macintosh対応となったWacom Smart Scrollを購入していたが、色々とコラムネタが続いてしまったので、レビューコラムが遅れてしまった。結論からいうと『凄くイイ』ディバイスである。まず、cintiqのような液晶タブレットを使っている人にとっては問答無用で必修アイテムとなるはずだ。少なくとも私はそうなってしまった。一度使ったら病みつきとなってしまう液晶タブレットは便利だが、完全にキーボードレスで作業が出来るということにはならない。勿論ここで言っているのは文字入力以外のキー操作の事である。例えばCommandなんとかという組み合わせであったり、Spaceキーであったりする。ところが、このSmart Scroolは8個のボタンに色々な処理が登録出来るので、まず通常のオペレーションでは困ることはない。しかも、対応ソフトを絞っているので、登録出来る処理は痒いところに手が届き、大袈裟な言い方だが涙ものである。なお、対応ソフトに関してはメーカーのサイトでリクエスト(Macintosh版は対応したばかりでリクエストが少ないようだ)を募っている。ある意味でフェアで実直な対応であると感じた。勿論いままでのタブレットとも組み合わせで使うことも出来る。画像処理などの非文字入力処理に特化した作業が多く、またタブレットが必需品という方はキーボードの配置に苦労してきたはずである。そんな方にはお勧めだ。ただし、現状ではMacOSXには未対応となっている。しかし、それも多分時間の問題で解決するだろう。だけど、これは左手用のようだ。右利きの人が右手でタブレットペンを持ち、左手でSmart Scrollを使うことを想定しているようだが、逆の場合はちょっと慣れるまで苦労するかもしれない。intuosの2Dマウスのようにどちらの手で使っても良いようなデザインが理想だろう。
2002/12/25

1067 ●クリスマスと正月の価値観?
クリスマスが終わればツリーも後かたづけというのが日本のおきまりとなっているし、実際に終わってしまった後もデコレーションをそのままにしているはずはないと勝手に思い込んでいたが、どうやらUSなどでは年明けまでそのままだという話を聞いた。もちろんUSでは日系人などを除きお正月を派手に祝うという習慣は無いので2日から仕事をしているそうだ。でも、日本も年々正月の存在感は気薄化していないだろうか。私はこの傾向をはじめは寂しいと感じていたが、よく考えてみるとクリスマスはロマンチックなのに対して正月はなんとなく土着のイメージが強すぎて演歌的すぎてしまう。正月に恋人達が愛を囁き合うなんていうのは絵にならないが、クリスマスなら何万というラブスーリーを誰もが思い浮かべるはずだ。たったこれだけの違いでも、若い人達にとっては充分な説得力があるのではないだろうか。私だって暗いよりは明るい方が好きだ。そして、正月の方が日程は長いにもかかわらず商戦的にはたった2日のクリスマスの方が桁違いというのも頷ける。いや、これは私だけの特殊な価値観かもしれない。私は白洋楽性の頃に正月の親戚周りが好きではなかった。私の家系は東京者なので親族も全て都内に住んでいる。だから移動は簡単なのだが、あの退屈な挨拶回りが苦手であった。確かにお年玉をもらえるという飴は用意されていたが、正座してよい子でいるふりをするのが辛かった。それと、祖父母の『もう帰るのか』というまなざしを見るのが辛かった。そんな幼児体験が正月を暗いイメージにしてしまったのかもしれない。
2002/12/26

1068 ●cintiq C-1700SX
26日、ある評価記事のために新製品のワコムcintiq C-1700SXが届いた。所謂17インチcintiqである。15インチ版は使っていたのでその違いは些細な画面サイズだと思いこんでいたのは私の勘違いであった。そもそも液晶モニターはCRTモニターのように天地左右に黒いデッドエリアが殆どないので、大きく感じるばかりか、手持ちの19インチモニターと同等のサイズであったのには驚いた。そう思って15インチ版を改めて見てみると確かに17インチのCRtモニターぐらいのサイズはある。で、驚くのはサイズだけではなく、表示の美しさだ。どうやら液晶のランクが上らしく、15インチ版と比べると雲泥の差ぐらいの違いがある。まっ、詳しい評価原稿はしかるべきところに書くとしてここではこのくらいにしておくるでは何がいいたいかというと、バンドルされていたPainter Classicの最新版を使い、この17インチのcintiqで久しぶりにイラストを描いてしまったことが言いたかったのである。ほぼ完成していてあとは仕上げという段階だが、Painterで本格的にイラストを描くのは久しぶりである。特に何も考えずに正方形の新規ファイルを作成してガジカシと描いていたら出来上がってしまったという感じなのだが、チョークの設定がPainterと比べて少々辛いが、これがバンドル版ってなんだか凄いな〜と感心してしまう。ただし、Macintosh用としてはこのPainter Classic以外はバンドルされていない。でも私にとってはPhotoshop Elementsと同様にこの潔さは、癖になりそうな予感がしてならない。
2002/12/27

1069 ●ウイリアム・メレル・ヴォーリズ氏設計の民家
27日、話題の滋賀県の豊郷小校舎を設計した米国出身の著名な建築家、ウイリアム・メレル・ヴォーリズ氏が日本で設計した1000あまりの建物のうち、東京の大田区にある民家というものがTVで写し出された。82才になる女性が結婚した頃から済んでいるというその建物は驚くほどモダンで美しい造りだった。しかし、大田区と言えば、山王あたりか大森界隈だろうか?と考えていて、ふと近くに似たような建物があることを思い出した。なにぶん曖昧な記憶なので、散歩がてら確認しにいくことにした。問題の場所は某政治家の家の隣である。ただし、本当に『確か?』という記憶だったので殆ど期待していなかったのだが、なんと、徒歩3分ほどのその場所は、まさしくTVで見たそのものの家であった。『こんな近くにあったなんて!』という驚きとともに、中をじっくり見てみたいという思いにかられてしまった。もちろん知り合いがいるわけではないので、そんなストーカー行為は出来なかったが、世の中案外近くで色々とあるものだな〜とびっくりしてしまった。なお、ウイリアム・メレル・ヴォーリズ氏の年譜は、1905年(24才)に来日。1919年(38才)に子爵・一柳末徳(ひとつやなぎすえのり)の三女、満喜子と結婚 。1920年(39才)にW・M・ヴォーリズ建築事務所と近江セールズ株式会社を設立。メンソレータム(現・メンターム)の輸入販売を開始。1941年(60才)日本国籍取得、一柳米来留(ひとつやなぎめれる)と改名)。1951年(74才)社会公共事業に対する功績により、藍綬褒賞。1961年(81才)建築業界における功績で黄綬褒章。1964年(84才)7年間の無言の病床生活を終えて昇天。正五位勲三等瑞宝章。
2002/12/28

1070 ●Painter Classic 2.0
コラム1068でPainter Classic 2.0(Procreate Painter Classic)が癖になりそうだと書いたが、しっかり使い込んでみて少々印象が変わった。確かにPainter 7をベースにし、レイヤーも使えるようになっている等、確実に進化しているように思ったが、例えば『既存のPainterのブラシ類が流用出来ない』『Photoshopファイルが読み込めない』『テクスチャーを反転指定出来ない』等、使い込むと気になる部分が多い。確かにPainter 5.5あたりをベースとしていた旧Painter Classic 1.0(Painter Classic Wacom Version)では読み込めるファイル形式の制限は狭かったが、書き出し形式は2.0よりも多かった。いや、細かい揚げ足取りをしたいのではない。少なくとも旧バージョンで可能だった『既存のPainterのブラシ類が流用出来る』『テクスチャーを反転指定出来る』といったことが出来なくなってしまったことに問題があるように思う。重要なのは、バンドル製品だからという『安かろう悪かろう』ではなく、製品版(Painter 7)に繋がるポジティブなイメージを何故Corelは捨ててしまったのだろうか?という疑問である。少なくともPainter Classic 2.0を初めて触った人はPainter 7に対して、あまり良い印象を持たないだろうと感じてしまった。ことPainter Classicに関して言えば、MacOSX上で使うのでなければPainter Classic 1.0の方が優れていると言わざるを得ない。もしプラットホームがWindowsであれば、躊躇すること無くPainter Classic 1.0がベストだと思う。もちろん激辛寸評ではあるが・・・。
2002/12/29

1071 ●私的な十大ニュース
ごく私的な今年の十大ニュースなるものを整理してみた。【1】Principle(1)(2)をリリース/ImageGapより作品集としての色合いが濃いロイアリティーフリー素材集【Principle】(1)(2)をリリース。【2】Creator's Forum 2002 in BROBA/Creator's Forum 2002 in BROBA Vol.3【Tipsよりも大切なもの〜自分発見と既成概念にとらわれない発想を磨く事〜】という講演を行う。私としては初めての話だけの講演で妙に緊張した。【3】JPC CONFERENCE 2002/多摩美術大学上野毛キャンパスにて行われたJPC CONFERENCE 2002にて【Adobe PhotoshopとIllustratorのスーパーティプス】というセミナーを行う。昨年に引き続きのコンファレンスとなったと同時に、JPCへも入会することになった。【4】アスキーにデビュー/アスキーの雑誌 Mac Peopleにデビュー。意外にもアスキー関係のメディアに登場するのは初めてだった。【5】初めてのPhotoshop本/毎日コミュニケーションより初めてのPhotoshop本として【海津ヨシノリ Photoshop Graphic Technique】を出版。著書としてPhotoshopをメインとしたものは初めて。【6】2002年ベストMac本選考会/毎日コミュニケーション主催の『2002年ベストMac本選考会』の審査員を行う。だけど、私の選んだ本は毎日コミュニケーション刊の本ではなかった。【7】コラムとフォトイメージング/毎日続けているコラムとフォトイメージングが1000を越える。既に引っ込みが付かなくなってしまった。【8】super artist network/世界のアーティストとの作品集『super artist network』(Agosto刊)に参加。【9】イラストレーションファイル・デジタル02/イラストレーションファイル・デジタル02に参加。こういった企画に参加するのは生まれて初めて。【10】人酔い症候群/外出することが減ったせいか、今年に入って人混みで人酔いするようになったり、パーティー会場の煙草の煙で翌日ダウンすることが多くなった。
2002/12/30

1072 ●2002年最後の大惚け
30日、年賀状の投函をしなくてはいけない事にやっと気が付いた私は、早速切手を購入しに郵便局へいった。はじめから年賀切手ではなく、明後日な記念切手を狙っていたのだが、そんなものは既に売り切れていてね残っていたのは7月に発売されたふもの日のBurnaのイラストの記念切手であった。早速20シード購入して家に着くも、別の用件を思い出してそのままその日は終わってしまった。焦ったのは翌31日の朝だったのは言うまでもない。早速1年以上使っていなかった(SCSIなので使うときは旧PowerBook G3に接続するので面倒なため)ALPSのプリンタをセッティングし、ファイルメーカー(だいたいファイルメーカーって指定位置へのプリントがものすごく苦手でタコなのに腹が立つ)で宛名(実はこの整理に1週間かかっていた)をプリントしていて20枚ぐらい終わったときに『〜様』が抜けていることに気が付いてやり直し。バタバタとしながらやっとの思い出プリントアウトし終わると、なんとなく枚数が少ない。そんな馬鹿な?と調べてみると何故か奇数データしか印刷されていない。焦って偶数データを印刷してから切手を貼ろうとして、私はとんでもない事にやっと気が付いた。購入したBurnaの切手はデザインが4種類なのだが、そのうちの1種類は猿の絵である。こんなものは使えない。来年は羊年である。ということで折角購入した100枚分の切手は、来年の今頃使うしかなくなってしまった(トホホ)。なんだか、本当に最後の最後まで間抜けな事をしてしまったと思ったら、なんと兎年(1998年の大晦日に買った1999年の絵馬)の絵馬を部屋の隅で発見してしまった。これって翌年(1999年)の大晦日に神社で燃やさなくちゃいけないのに。もしかして、ここ4年ほどろくなことがなかったのはこのせいだったりして。と、問題を転化し、除夜の鐘が鳴る前に神社で燃やさなくてはということだけを考える大晦日の私であった。来年につづく。
2002/12/31





このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。


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