海津ヨシノリの気まぐれコラム/2003年01月分(1073〜1103)


1073 ●遠い記憶の中の正月の風景
元日、久しぶりに世田谷の烏山方面に車を走らせる。いつもはだいたい2日か3日を予定していたが、元日の方が車が空いているという事で今年は元日にトライしてみた。結果は大正解である。しかし、元日早々交通警察官が随分初仕事をしているのを見た。ご苦労様と言いたいが、普段運転しない人が多いことと、軽い飲酒運転や空ていることで暴走する方が多く、案外静かな道路も危険がいっぱいなのかもしれない。ちょうど土日に都内を走ると、サンデードライバーが多く、交差点などでのタイミングが掴みにくい事があるが、ほぼあの世界のような気がする。で、実は今まで指導にも主の許可を取り付けて特別に駐車出来るスペースわ確保してもらっていたがね新しく裁ったマンシヨンの住居者にマークされ、ワッパをされてしまった事があった。もちろんそれは私ではなく、運の悪い弟だったのだが、それ以来その特別駐車場が使えなくなってしまい、近くの総合病院の駐車場を使うことになった。そして、その駐車場を使うのが今日初めてだったのである。そこから目的の場所まで徒歩12分ほど。丁度良い散歩コースということで気分良く歩いていると、なんだか懐かしい風景が永遠と続くので思わず寄り道をしてしまった。そこは小学生の頃に私が見たような『とある正月の街並み』が存在していたのである。もちろん建物が古いといったことではなく、そこに流れる空気のようなモノである。この感覚が何なのかはよく分からない。しかも、この場所を歩くのも生まれて初めてである。もしかしたら不思議な体験をしたのかもしれない。
2003/01/01

1074 ●いつの時代も面白くないよりは面白いほうがイイ
年明け早々、紅白歌合戦の視聴率が3年連続で減小したとか。そもそも価値観の多様化が加速度的になっている現代において過去の視聴率を参考にすること自体がナンセンスではないだろうか。私もついに今年の元日からTVをまったく見ていない。見たいような番組が無いというのも理由の一つだが、なんだか仕事を休んでくつろぐということが家でTVを見ることだとしたら悲しくなってしまうと言う『ちょっと天の邪鬼な意識』が私の中に強く働いているからかも知れない。でも、もし映画専用チャンネルなんかを契約していたらTVづけになっているかもしれない。例えば昔から活字離れで本が売れないという話はよく聞く、TVの視聴率も近年低迷しているので各社色々と作戦会議の連続のようだ。冒頭でも言ったように多様化の何美濃影響は様々なところに表れているのは確かだ。でも、もしかしたらそれと同時に、本当に面白いものが最近少なくなってしまったということもあるのではないだろうか。本当に面白い本だったら売れるという証拠はハリーポッター本で証明されている。映画だってそうだ。だとしたら紅白歌合戦の視聴率を上げるには面白くすればいいということになる。では何故最近のは面白くないのだろう?と真面目に考えたとき、なんとなく答えは出ているような気がする。
2003/01/02

1075 ●2003年はスタートしてしまった
昨年の交通事故による死者は前年より421人少ない8326人で、年間死者数が戦後最悪だった1970年(16765人)の半数以下に減少したことが2日、警察庁のまとめで分かったそうだ。特に改正道路交通法の施行で、飲酒運転など悪質な違反の罰則が引き上げられた昨年6月以降、死亡事故が大幅に減少しているそうだ。思うにまだまだ罰則は甘いと思う。悪質なドライバーは免許取消など厳格に対処すべきだろう。死んでしまった人を元に戻すことはできないのだから。元日に私も車を運転し、多くの警察官の現場検証を目撃した。もしかしたら明日の私自身かもしれないという事を常に頭の中に置いておかないと、ちょっとした気のゆるみでとんでもない事になってしまう。いや、それは車の運転たけではなくねすべからく生きている事全てがそんなようなものではないだろうか。ちょっとしたボタンの掛け違いから誤解と偏見が生まれ、気が付くと元に戻れなくナットし待った関係というものを誰しも2つや3つは持っているのではないだろうか。気が付いたときは後の祭りである。出来るだけそうならないように、気が付いたときからより注意深く行動しなくてはならないと思うのだが、これから先の人生で、どれだけ対人関係で注意を払えるかが実はもっとも大切なことのような気がしてならない。取りあえず静かにでも確実に私の中でも2003年はスタートしてしまった。
2003/01/03

1076 ●年賀状で困ったこと
年賀状という習慣がいつまで続くかというのは興味のある問題だが、それよりも当面の私の年賀状整理のほうが深刻かも知れない。インターネットなどのコンピュータ通信の無かったことは確実に面識のある人とのやり取りということが約束事だったが、そうではない面識のない方とのやり取りという世界が存在するるこれがちょっと困ったことになる事が時々ある。例えば頻繁にメールのやり取りやBBSなどで話をしている分にはいいのだが、年に数回程度のやり取りだと、それが誰だったか分からなくなってしまうことがある。勿論名前が書いて有ればヒントは完璧だが、時々これが抜けている方がいる。いや、その話は昨年したと思うのだが、今回は軽いヒント(ハンドル名)はあるのだが、そのハンドル名と本名が結びつかないのである。喉まで出かかっいるのだが・・・。それと会社名なのかハンドル名なのかが分からない(本名らしき記載は無し)という方がいた。もう謎解きの世界である。私は人の名前と顔を覚えるのがものすごく苦手なので、もしかしたらとんでもなく失礼な事(私のこと忘れてしまったんですか?という突っ込み)をしているのかもしないと考えると本当に情けなくなってしまうが、思い出せないモノはどうしようもない。なにか一発で生涯忘れないような記憶方法って無いモノだろうか?
2003/01/04

1077 ●海津という魚
4日の午前中、幸田露伴(近くにある池上本門寺の修復再建した五重塔の右端に墓がある。ちなみに彼の代表作の五重塔のモデルとなった谷中の五重塔は昭和30年代に放火により焼失)に関した番組をほんの少しだけなんとなく見ていたら、彼が釣りに凝っていて『かいづ釣り』もしたという事に触れていた。『かいづ釣り?』って釣りの方法?それともそんな魚がいる?ということで調べてみたが、釣りをしたことがほとんど無い私はまったくチンプンカンプンの明後日野郎となっていた。それでも頑張って調べていくうちに、なんと『海津』という淡水魚らしき(イマイチ確信に迫った記述を発見出来なかった)ものが存在している事を知った。げっ、なんだそれ?という状態だが、更に調べてみると鯛のような体系の30〜50センチぐらいの大きな魚である。露伴が没してから既に50年ほど経過している。少なくとも50年前からいた魚だということは確かなようだるもしかしたら通称というやつで、正式名称は別なのかもしない。もちろん鈴木さんがスズキと驚くのとは異なる驚きなのは理解してもらえるだろう。そう言えば私の祖母は釣りに狂っていたらしい。しかも淡水魚だったそうだから、もしかしたら海津を釣って食べた事もあったかもしれない。なんだか漠然としか記憶のない(私が5才ぐらいの時に他界しているので)祖父に対して急激な親近感を感じた一瞬である。
2003/01/05

1078 ●宮本武蔵
5日、今年の大河ドラマ『武蔵』が始まった。誰もが知っている吉川英治の代表作である。そして私にとっては意味深い作品でもある。それはこの宮本武蔵こそが私の父の生涯を通じた愛読書だからだ。父は今現在までに何十回となくこの原作を読み返している。私も中学生の頃に勧められて途中まで読んだことがあったが、当時の私の頭の中にはSF小説しかなかったので、始めから拒絶反応が働き、殆ど頭の中には入らなかった。そしてダラダラと今に至ってしまったというわけだ。勿論ポイント的に重要なストーリー展開は理解している。忠臣蔵とともに宮本武蔵の話はあまりにも有名だからだ。とにかく父がどうしてこの作品に傾倒したかについて、父が私に問いかけた年を当の昔に通り過ぎている私は、そろそろ見つめ直してもよいかもしれないと思うようになった。直接聞くのは反則だ。阿吽の呼吸で一子相伝しなくては意味のない何かのような気がする。考えてみると私は兄弟の中で一番父に性格が似ている。だから本気で読みふけることで、父の青春時代から今に至る情熱の一部をこの作品に傾けた理由が読みとれるかもしれない。いや、既に戦国時代ワタク化している私にはその血が脈々と流れているのだろう。そんなことを思いながら第一回目を見た感想は、殺陣のシーンがリアルで今までの大河ドラマとは別の意味で一線を引いているような気がして楽しみになった。でも主演の市川新之介さんは、まだどことなく歌舞伎っぽい仕草が、というのは禁句だろうか。
2003/01/06

1079 ●郵便料金の謎
郵便物の料金設定で面白い事を発見した。例えば一般郵便物として1kg以内のものを郵送する場合なら日本全国一律700円、2kg以内から950円、3kg以内から1150円、4kg以内から1350円と定められている。ところが、同じ重さのものを小包として処理すると、2kg以内で510、610、710、820、1020。4k以内で630、770、870、980、1180。という料金設定となる。小包の料金設定が細かく分かれているのは地域ごとに設定が異なるだだ。詰まり遠方ほど高くなるという簡単な仕組み。問題は小包のほうが安くなってしまう場合が発生するという点である。しかも、小包1個についてシールが1つ貰えて、10個溜まると1回の小包発送料金がタダになるそうだ。この場合、近場の小包でシールを稼いで、もっとも遠くにタダで送ることは可能なのだろうか。特にこれについての説明がないので問題は無いのだろう。なんだかとっても安易と言うかイージーな設定のような気がしてならない。そう言えば最近は料金別納を予め印刷したはがきなどが増えてきた。つまり一般にもこのシステムが浸透してきた、理解されてきたという証かもしれないが、受け取った方はなんだか少し無機質的な気がするのではないだろうかと感じた。でも、近い将来私もその道に入りそうな予感は否定出来そうにない。
2003/01/07

1080 ●宛先不明って寂しい
毎年発送した年賀状のうち何枚かが、宛先人不明や宛先人退社などで戻ってきてしまうのを見るのは寂しい気持ちになる。今年は今現在で10名ほどだ。でも、その中でごく稀に私の勘違いで宛先人不明となっている場合がある。それは移転案内をデータベースに私自身が反映させていなかったケースだる慌てて戻ってきたはがきと新しいはがきねそにお詫びの手紙を添えて再発送するのだが、これが戻ってきた分全てに行えるとベストなのだが、世の中さんなにうまくはいかない。更に最悪なのはそうして戻ってきた方の殆どがメールアドレスも無効となっていることだ。なんたか突然消息不明なってしまったような気がして悲しい。で、そんな思いをしていて気が付いたことがある。例えば毎年年賀状を交わしている仲で、喪中だったり、転居という要因が発生すると、年中行事だった年賀状の発送というセレモニーに誤動作が発生し場合より情報を整理する手順を間違えたりすることがある。そうなってしまうと、知らぬ間に音信不通となってしまうことだ。それでも、流石に今年初めて受け取った『宛先人退社』っていうのは何なんだろう。退社後の消息も分からないのだろうか。退社しても社内の誰かは少なくとも交友を続けているとは思うのだが、それほど日本の社会はドライになってしまったのだろうか。会社員を止めて20年以上過ぎてしまった私には理解不能なケースである・・・。
2003/01/08

1081 ●タブレットPCはまだ出ない
アップルが超小型と大型のPowerBookをリリースした。下馬評ではタブレットPCが出るかもという話もあったが、勿論単なる噂の範囲でしかないことはなんとなく分かっていた。でも、今年中には出して欲しい。そんな気持ちでいっぱいだ。速くMacintoshでスケッチブックコンピュータをしたいである。でもOSXではやはり、もっと高速でないと辛いかもしれない。その点巷に溢れているWindows系のノートパソコンは様々な機種がひしめき合っている。しのぎを削るとはこの事だろう。デザインもユニークなものがあるし、小型化という意味でも半端ではない。そしてタブレットPCの登場である。今、残念ながら魅力的なコンピュータというものはWindows系にシフトしてしまっているような気がする。確かにOSの利便性やインターフェースのデザインセンスというものはあるかもしれない。でも、もしアップルが単にマイクロソフトの三種の神器を前面に打ち立てたビジネス路線の雄叫びを上げようとするなら、それは検討違いだろう。かつてマックを追いかけてきたWindows陣営を今マックは追いかけているような気がしてならない。でも、既にある部分では追い越されてしまっているのも事実だ。その最右翼がタブレットPCだろう。あと1年後ぐらいまでには登場するであろうタブレットPCの第二世代は、確実にグラフィックユーザーを意識した仕様になっているのは大いに予想出来る。その時クリエーターはどうするのだろうか・・・。
2003/01/09

1082 ●憂鬱な季節のはじまり
前にもネタにしたような気がするネタを一つ。今日(9日)玉川の東急ハンズに電動ハブラシのカートリッジを買いに行った。近場ではここでしか売っていいのが困る。で、話は歯ブラしではなくて、パレンタインデーのチョコレートである。いやはや既に珍品類の品揃えは半端ではない。日持ちするなら問題ないのだろうが、流石に季節感はメタメタだ。でも、よく考えてみるとあと1ケ月後だ。そう考えればそんなに不自然でもない。で、私はこの時期が憂鬱なのである。ティーンエージヤーの頃に沢山貰ったことがないトラウマだからという事ではなく、チョコレート好きの私が自分で店頭でチョコレートを買えなくなるからだ。いや、別に買ったっていいんだけど、なんだか変な趣味がありそうな人に見られるような気がしてならない。チョコレートか好きな男というだけでも日本では充分に変態的ではないだろうか。しかも、私はプレーンなチョコレートではなくて、今流行の一口サイズのファンシー系が好きだったりするから始末に負えない。こんなのをこの時期に店頭で物色している男っていうのはやっぱり『怪しい』。でも、そういった事を偏見で論じてしまうことの方がそろそろヤバイのかもしれないが、私にはその趣味はなく、単純にチョコレートが好きというだけなのだが、こちらの方が市民権を得るのに時間がかかりそうな気がしてならない。さてさて、来月15日までストックしてあるチョコレートをチビチビと食べることにする。
2003/01/10

1083 ●テレカの用途
部屋の奥からテレカを集めた昔のフロッピーディスク用ケースが出てきた。中には10枚ほどのレアものが入っているが私個人は特に収集癖はない、たまたま珍しかったので使わずにいただけである。もっとも使う事が少ないので使い切れるかが問題だが。そんな具合で一時はテレカを100枚ほど持っていた。イベント用に作成したこともあったし、色々なところで頂いたものも含めてである。で、ある時某デパートのショッピングコーナーに限り利用可能な商品券と同額交換(テレカの額面分だけの商品券と交換という意味)があったので、ごっそり交換してしまったことを思い出した。そこへは品陣に出かけていたので随分重宝した。そう言えばテレカで電話料金の支払いも出来るそうだ。本来の正しい使われ方で役目を終えるテレカは世の中にどのくらいあるのだろうか。なんだかテレカというと怪しい外国人が偽造したものわ売っているイメージの方が強くなってしまったのは寂しいことかもしれない。なお、テレカはパスネット等と同様に仕様隅のものも買い取ってくれるところがあるそうだ。もちろん偽造目的ではなく、それらは海外のマニアのコレクションになるらしい。そしてその利上げ金が様々な援助に繋がっているのだそうだ。
2003/01/11

1084 ●年末までの予定?
ある打ち合わせを10日に行い、年内までの予定が決まってしまった。もちろん年内までの仕事がビッシリという意味ではない。年内までにやらなくてはならない事柄の幾つかが決まったという意味である。でも私にはこんなに長いスパンで事を進めるのは久しぶりのことである。ただし、内容はそんなに大袈裟なのではない。詳しい内容は現時点では書けないが、要するに、そのスジュールに添って進めて頂きたいというような話である。でも、ある程度一年の流れ(それが一部の仕事であったとしても)が分かっていれば事前に資料収集やアイデア出しといった準備を計画立てて行うことが出来る。私自身はどちらかと言えば計画的なほうではないが、それでも先がある程度分かっている仕事はやりやすい。一番厄介なのは『いつでもいいですよ〜』というやつだ。これは無意識のうちに『やらなくてもいいですよ〜』に直ぐに置き換わってしまうからだ。どんな事でも精神的なものが大きく結果に左右するのは誰しも経験していることである。『やる気が出る』『やる気がしない』という分岐点は人それぞれだ。ギャラの額で判断する人、露出度で判断する人、内容で判断する人。私の場合はどれだろうか?冷静に考えた時、『面白さ』かな?というイメージが頭の中を横切ったが、本当のところはよく分からない。
2003/01/12

1085 ●ねぇムーミン
12日、2日から14日まで玉川高島屋で開催されている【ムーミンの世界展〜ヤンソンさんからの贈り物〜】を見てきた。実は以外とファンだったりしていたが、ムーミンは、姉のトーベ・ヤンソンさんとその弟のラルス・ヤンソンさんが一緒に描き続けていた事(ムーミンコミックスは、イギリスの日刊紙「イブニングニューズ」で 1954年から7年間連載された作品で、 最初はトーベ・ヤンソンが一人で描いていたが、 後に弟のラルス・ヤンソンがときどき代筆するようになり、1958年には完全に弟ラルスの仕事になりったそうです。また、このコミックスは全78話あり、日本でも入手可能だそうです。)や、ヤンソン姉弟の父は彫刻家で、母は画家であった事、ラルス・ヤンソンさん自身が中学生の時に挿絵画家としてデビューした事など、知らないことばかりで大変新鮮な驚きの時を過ごすことが出来た。なんだか、アレン・アレクサンダー・ミルンと、アーネスト・ホワード・シェパードによって描き継がれた【くまのプーさん】を思い出した。もっともこちらは血の繋がりはありませんが。さて、二人のヤンソンの絵は微妙に異なるが、その違いは言われてみれば姉弟の違いと言い切れるような気がした。残念ながらトーベ・ヤンソンさんは2年前に他界してしまったが、ムーミン谷の人々は世界中の人に愛され、今も生き続けています。そう言えば昔のガールフレンドはスナフキンが大好きだったことを思い出した。当時の私は結局スキフキンにはなれなかったのだが・・・。
2003/01/13

1086 ●黒髪の女性が激減
緑の黒髪という言葉を意識したわけではないが、かつて学生の頃に描く私の女性イラストの髪の毛は絶対に緑色であった。となな事を思い出させるニユースを読んだのである。なんでも、今の日本の女性の70%が茶髪なのだそうである。しかも年々この傾向は強くなり、20才台に絞れば実に80%の方が茶髪なのだそうである。この髪の毛の色といった問題は個人的なものであり、私はどちらかと言えば気にしないほうだ。ただし、小学生や幼稚園児が茶髪にしているのを見ると、親御さんの馬鹿さ加減が気になってしまう。発育ざかりの子ども達が劇薬(アミノフェノール、パラアミノフェノール、ピロガロール、パラアミノオクトクレゾール、硫酸パラメチルアミノフェノール、フェニレンジアミン、パラ(ニトロ)フェニレンジアミン、メタフェニレンジアミン、硫酸トルエン-2,5-ジアミン等)を頭皮から浸透させることが体にとって良いことかどうか?も分からない親は親である必要がないのではないかとさえ感じている。ある意味で児童虐待だとさえ私は感じてしまう。
さて、話を20代の女性の茶髪に戻すと、確かに流行というものはいつの時代にもある。私だって大昔はとんでもない格好をしていた。別に日本人だからって黒髪でなければならないなんて少しも思わない。だいいちブラウンだった髪の毛を金髪に染めて『これで私も日本人みたいでしょ』とジョークを飛ばしたアメリカ人の友人を私は知っている。そのくらい時代は自由になってきている。にもかかわらず前記したような劇薬を使わなくては染めることが出来ないというのはなんだかこの部分だけ研究が遅れているような気がしてならない。もっと安全で気軽に染められる顔料のようなモノが既に発明されていても不思議ではないと思うのだが。そうなったら私も茶髪にしてみることにしようか・・・と。
2003/01/14

1087 ●郵便局はイライラの元
14日、とある手続きのために郵便局(いわゆる本局)に出かけた。事前に必要な書類類をチェックしていたのだがねこの段階からイライラはボルテージ限界であったるなにせ、問い合わせ毎に解答が異なるからだるもう話をしても仕方がないので、両方(問い合わせをした2つの郵便局の別々の2人の局員)の言う事を全てクリアした書類を持参してイザ鎌倉ではなくて大田区千鳥郵便局へ出かけたのが午前10時半。早速手続きを依頼するが、身分証明の国民健康保険証が無いと、いきなりカウンターを食らう。仕方がないので家に戻り国民健康保険証を持参して窓口に立ったのが午前11時。車で来て隣の家具センターの駐車場に止めていたのが助かった。早々手続きに入るが先ほどの女性は食事?に出かけてしまったのか? 今度は男性の職員がテキパキと処理をする。これで一安心と思ったら、30分も待っても一向に処理が完了しない。流石にキレかかった私は窓口に処理時間を問い合わせると、なんと更に30分かかるという御沙汰。取りあえず怒りを静めて家具センターで40分ほど時間を潰してから戻って窓口に向かうと、今度は書類の記載にミスがあると指摘される。しかし、それは先ほどの男性に指示に従ってかいたものであり私には責任がない。だが、ここで怒り狂っても何も生まれないので、じっと我慢して訂正を行うが、結局、ここから更に30分待たされて、今度は先方の計算やミスだとかで再計算のために更に30分。やれ、判子が足りない等散々弄ばれて処理が完了したのは午後2時半であった。今日ほど郵政省に怒り狂った時は無いと思ったが、よく考えたら面倒な手続きの時はいつもこんな具合だ。もう本当にいい加減にしてほしい。今日はメチャクチャ機嫌が悪くなってしまった。
2003/01/15

1088 ●缶バッチNoグッド
15日、バンダイから販売されている幼児用?玩具の『CanバッチGood!』が欲しくて(実は仲間内で密かなブーム)、散歩がてらに蒲田まで歩いていき、ゆざわや(ローカルネタで申し訳ない)の玩具売り場で購入することにした。少し寒かったが、取りあえず40分ほどで到着し、さっさと購入して帰ろうとした瞬間、価格が割引のない定価であることを知り、それだったら溝の口のトイザラスでゲットした方がお得だという結論になってそのまま帰宅し、食事を取ってから車で溝の口のトイザラスまで走った。ところが、年末にはトイザラスにあった『CanバッチGood!』がまったく置いていないのである。あるのは別売りのバッチパーツ関係だけである。しかしねこのパーツは定価ではなかったので当初予定していた数だけ購入し、店員に入荷予定を聞いて唖然としてしまった。『入荷未定』なのだそうだ。売れているとは聞いていたが、そんなに売れてどうする?のだろう。だからあそこは定価販売していたのだ。だとすると、早く行かないと売り切れてしまう。そう思った私はそのまま蒲田まで車を飛ばし、駐車料金を使って定価(玉川高島屋のお餅や売り場という奥の手も有ったが、同じ定価ならポイントが付くゆざわやがいいに決まっているとセコク計算高く動いた私であった)で物をゲットしたのである。実は最初に徒歩で蒲田に向かう為に玄関を出てから5時間半が経過した夕方のことであった。私って思いっきり間抜けかもしれない。実は急いで買ったのには理由があるのだが、それはまだ伏せておくことにする・・・。
2003/01/16

1089 ●OMシリーズが消滅
さりげなくオリンパスのサイトを見ていた衝撃が走ったる私が愛用している銀塩フィルム35mm一眼レフカメラのOMシリーズが昨年で販売終了。オプション類も今年の3月末まで販売を続けた後は在庫が無くなり次第終了となるそうだ。知らなかった。私は現在OMリーズはOM-1とOM-4を持っている。OM-1は18年ほど前(これはこうにゅうしたのではないが、説明すると長くなるので別の機会に整理したい)、OM-4は8年ほど前だったと記憶している。実は大昔に父の愛用していたオリンパスオートという距離計連動式の凄くよく写るカメラがあったのだが、デザイン学校に入ったときに一眼レフの購入を勧められ色々考えて最後に残った候補が当時センセーショナルな話題をさらっていたOM-1と、弟がいち早く天文写真撮影用に使っていたNikon F2であった。結局、最後の決断は弟のレンズを借りることが出来る(当時で300mmのレンズを弟は持っていた)ということだけでNikon F2にしたが、一度買ってしまうと次々と新しいレンズが増えてしまう関係で、別のメーカーのカメラを買うことはよほどの事がないかぎり絶望的である。そうは言ってもいくつかのメーカーのカメラを購入足手は売り払ったりしていた。そして、たまたま入った店で新品のOM-4が私を呼んでいたというわけだ。純正交換レンズは5本(50mm、35mm、28mm、20mm、135mm)だけである。もちろんサードパーティー製のレンズは持っていない。Nikonのボディー8台、レンズ15本(最近使っていないのでもっとあったかも)とは大違いだが、何故か愛着のあるカメラだった。これからも大切に使い続けたい。小さいしデザインが私好みだったからかもしれない。しかし、最後の良心と言われていたOMシリーズが姿を消すとなると、もう機械の塊のようなカメラはライカを買うしか選択技はないのだろうか。なんだか凄く寂しい気がする。
2003/01/17

1090 ●事務用品売り場で不織布
16日、ちょっとした買い物で東京卸売りセンターのあるビルに出かけた。このビルには近隣では一番大きな店舗のユニクロがあるので、欠かさず店内をチェックしたりするのだが、今回は隣のOffice Depotにふらりと入って愛用のノートの予備とCD-ROM用の不織布のケースを購入した。100枚で549円というものである。最近はCD-Rを業務用50枚入りケースで購入するので、全てむき出しとなっているから、どうしても不織布が必要になる。とてもじゃないがケースなんか使ったら場所が触れて仕事が出来なくなってしまうから不織布にしているのだが、少し前は不織布に入ったCD-Rが10枚セットで売られているモノを愛用していたが、最近は末期のフロッピーディスクのように価格競争も激化の一途で、どこも出来るだけ無駄を省こうとするために、不織布ケースも無しというものが本当に増えてきた。もっとも、別途不織布のケースを購入したからって大した金額にはならないが、メーカーとしてはこの違いは大きいだろう。なにせ生産数は半端ではないからだ。でも、愛用の不織布のケースも、本当は紙ケースが理想だ。だけどなかなか見かけないのと、やはり少々高くなってしまう。セコイ話かもしれないが、枚数が多いと気になる問題である。まっ、そんなことはどうでもよく、実は事務用品売り場を徘徊するのが私は大好きなのである。どうして事務用品って必要もないのに、ついつい買いたくなってしまうのだろう。それともそんな感覚って私だけだろうか。
2003/01/18

1091 ●埋もれていたLPレコード
16日の夜、唐突にコレクション化してしまったLPレコードの保存状態を確認したくなった。発端はシングルレコードを部屋の奥から発見したことにある。さて、問題のLPレコードを最後に梱包のために拝んだのが10年以上前だったような気がする。で、記憶を頼りに部屋の奥を整理するが該当するダンボールが見つからない。もしかして何かの間違いで捨ててしまったのだろうか。少なくとも100枚以上あったはずである。だんだんと気弱になっていく意識の中で、もしかして?という怪しいダンボール箱が仕事机の下にあることを発見した。アップルが最初にMacintosh用として販売したRGBモニターの箱である。勿論モニター本体もまだ我が家で健在だ。当時のアップルの箱は驚くほど頑丈な作りなのである。しかも私はLPレコードを殺陣に保存した記憶がある。高さはばっちりだ。問題はこれをどうやって手元に引くかだがね取りあえず順序だてて上に乗っかっているものを整理し、やっとの思いで箱を開けてみると、殆ど学生の時のままの状態で100枚を越えるLPレコードが出てきた。腰巻き類(これまで保存している人ってそんなにいないはずだ)は別の箱に整理していたし、LPレコードごとに購入時のビニールに入れてあったので中身は本当に綺麗なままである。もうこうなったら頑張って部屋を整理してレコードプレイヤーを買うしかない。でも私の仕事部屋は音が回るような形になっていない。一難去ってまた一難というところだろうか。
2003/01/19

1092 ●ハリーポッターと秘密の部屋
18日、川崎のシネチッタで【ハリーポッターと秘密の部屋】を見てきた。シネチッタが全面リニューアルしてから初めての利用だったが、劇場は前後の観客を気にすることなくね迷惑をかけることなく鑑賞出来るような階段の傾斜があって、とんでもなく見やすく、劇場内も綺麗でゆったりとしていて癖になりそうだ。映画館はこれでなくちゃ人派は集まらないと思う。なお、シネチッタは全巻指定席となっている。ただし通常の映画館の指定席というものとは違い、前売り券や招待券で入場する場合も座席指定券と引き替えで入ることになる。立ち見なのに同じ料金という不満は無くなるわけだ。確実に座れるというのは有り難い。さて、肝心の映画だが、特にあれこれ言う必要はないだろう。これだけの作品はそう簡単に出てくるものじゃないし、原作もいい。なにより老若男女どんな人も安心して見ることが出来る映画だ。もちろん子供騙しではないし。ところで、メインキャストは次回作までの出演が決定してるそうだが、まず心配なのは校長役だったリチャード・ハリスの他界である。代役はイメージが変わってしまうので難しい問題だろう。そして4作目以降のキャスティングが気になるところだ、かつてネバーエンディングストーリーという映画があったが、続編で主人公のイメージがあまりに変わってしまったので見終わった時にがっかりしてしまった記憶がある(一作目に惚れ込んだ私は2作目を見て幻滅してしまった。だから3作目と4作目は見ていない。キャスティングが変わってしまった事が拍車をかけた見るに耐えないイメージダウンの世界だった。)。ストーリー云々の問題ではないのである。固定されてしまったイメージはそう簡単には変えることが出来ないからだ。まさかそっくりさんというわけにもいかないだろうし、一人のファンとしては本当に気がかりで仕方がない。でも、そういた話題も含めて数少ない楽しい映画なのは万人が認めるところだろう。ただし、今回のパンフレットは最低だった。あれに700円出して買った自分を恥じた。なにせ、作品の解説というよりは登場人物のブロマイド的写真しかないのだから。
2003/01/20

1093 ●エクスツールズ倒産
本日(20日)、3Dクラフィックソフトの老舗であったShadeを生んだエクスツールズが東京地方裁判所に民事再生手続開始の申立を行った。Shadeは順国産の3Dソフトとして注目を集め、その独自の世界を開花させたいたように感じていただけにとても残念でしかたがない。Shadeそのものは別の会社が引き継いでサポートを行うようだが、私自身もユーザーであっただけに、エクスツールズという名称が消えてしまうことは忍びない。ここからは推測だが、Macintosh版の最新バージョンがMaxOSXにしか対応していなかったことが影響していたのだろうか。今までであれば登録数3本を真っ先にアップデートをしていた私もいまだにアップデートをしていなかった。まだ完全にMacOSXに移行していないからだ。恐らく同じような状況下で進退を決めかねていたユーザーが多いのではないだろうか。不景気の影響も複合要素としてあるかもしれない。かつてソフトウェアをアップデートするということは新しい宝物を手に入れる興奮があった。しかし、昨今は極論ではあるが、あまり宝物を得たというインパクトが無い。『別にアップデートしなくても仕事は出来るし』という巷の声が全てを物語っているのかも知れない。どうやら不況の風邪は想像以上に強く頑固なようだ。幾人かのエクスツールズの知り合いが、近い将来新たな夢を我々に披露してくれる日を大いに期待したい。私がShadeで夢を見させていただけたように・・・。
2003/01/21

1094 ●迷惑電話の行き着く先
不景気の影響か、最近私の仕事場の電話にも怪しい勧誘や売り込みの電話が頻繁にかかってくるようになった。エアコンの掃除、羽根布団、マンション、貴金属といった具合に私には無関係のものばかりだ。で、それらの無礼な(ほぼ確実に礼儀などかけらもない対応である)電話は番号非通知でかかってくる。そして私は今年から番号非通知の電話には一切でない事に決めた。馬鹿げているかもしれないが、ヨタ話に付き合っている暇はないのである。問題なのはたまたま仕事関係で非通知にされている方が私の仕事部屋に電話をした場合だ。しかし、これについてはもう『ごめんなさい』と言うしかない。そして私は仕事机の真ん前に電話を置いているので着信音は最低にしている。着信があった時に番号表示を確認出来ればいいだけだからだ。だから少しでも部屋を 離れたら着信の有無さえ判別つかない。本当にへそ曲がりだと自分でも思う。だけど、そうでもしないと朝から晩まで不愉快な思いをしなくてはならなくなってしまう。どうして電話会社機番号非通知という行為を認めているのだろうか。なんどもネタにしているが、これはイタズラ電話やストーカーを用語していると言われても仕方のない行為だと思う。ストーカーもイタズラ電話も立派なお客様だということなのだろう。結局防衛手段をとるエンドユーザーが馬鹿を見るということなのである。でも、私みたいに電話には神経を使われている方が多いらしい。そして私はまだまだ対応が甘いのだそうである。強者なら電話自分が賭ける時以外は一切でないそうだ。つまりいかなる着信にも応じないのだとか。凄いと思った反面、メールで対応出来ることがあまりに多くなってしまったので、電話というものはもしかしたら本当に近親者との連絡用ぐらいになってしまうのだろうか。いや、ここで言う電話には携帯電話は含んでいない。あれはもはや電話ではなく、まったく新しい通信手段と言うべきだろう。
2003/01/22

1095 ●家紋の頻度
訳があって自分の家の家紋を正式に調べなくてはならなくなった。ところが親と同居しているわけではないので瞬時には判別付かない。そもそも私自身が家紋のはいったものを一切持っていないからだ。早々親に連絡をするが、電話では意味が通じない。そこで実家に戻り情報を収集するなどしてやっと分かったが今度は名称があやふやだ。90過ぎの叔母に聞いて貰った正式名称をインタヘネットで調べてみて初めて本当の名前が分かった。なんだか探し求めていた先祖にたどり着いたような気がした。ただし私の家の紋はそんなに珍しいものではなく、三大家紋に属するとか。ちなみに名称は【丸に酢漿草(片喰または方喰とも記すらしい)紋(まるにかたばみもん)】である。本当に三大家紋なのかは知らない(よく分からないが、どうやら丸無しや、剣酢漿草紋のほうが多いらしい。また奈良県に異常に多いとか)が、取りあえずその完成されたデザインに改めて心酔してしまった。早々インターネットで調べまくり、Illustratorでトレースしてやっと子々孫々に伝えられる(大袈裟な話だと自分でも思う)データを作成できた。ところろであまり真剣に考えていなかった、どの家にも家紋があるのは私の知っている限りどうやら日本人だけらしい。そしてそのバリエーションの違いは分家と本家というものや兄弟で少しずつデザインを変更したのだとか。ちなみに大好きな戦国武将で私と酢漿草紋系を使っていたのは、土佐の長曽我部氏(七つ酢漿草)、備前の宇喜多氏(酢漿草)などが有名のようだ。時代を限定しなければ清水次郎長親分がモロ同じ家紋であったのには驚いた。もちろん私とは何の姻戚も無い。で、この酢漿草紋系は20種類ほどのバリエーションがあるとか。暇なときに本格的に調べてみたくなった。自分の家紋というものをステーショナリーなどにワンポイント的に使ってみてもいいかもしれない。ダサイかな〜。
2003/01/23

1096 ●久しぶりのパソコンショップ
22日、プリンタ用紙のストックが無くなったので、久しぶりに近所パソコンショップに出かけた。よく考えたらその日は新宿に打ち合わせで出かけていたので、新宿の店で物色してもよかったのだが、家の近くの駅に着いたときに始めてソレに気が付いたという大間抜けを演じてしまったのである。で、その近くの店は数か月ぶりかもしれない。でも直ぐに必要な用紙を購入し、後は店内を色々と物色してみた。もちろん何か買うということが目的ではなく、何があるのかという冷やかしである。勿論ここで言う『何があるのか』はサプライ品の事であり、パソコンや周辺機器ではない。怪しい特殊用紙や、何に使う羽瞬時に判別付かない妙なグッズの虜なのである。もちろんよほどの事が無いか切り買うことはないが。さて、久しぶりのショップで私が一番驚いたのはDVDの映画が相当数展示販売されていた事である。ある意味飽和状態となっているのは確かだし、複数の店を渡り歩くよりは一つの店で済ませられれば便利だ。特に最近はバソコンでDVDを鑑賞するのが普通になりつつあるのだろう。私も実はiMacDVで鑑賞している癖がついてしまい、たまにPlayStation2で見ると、リモコン操作が分かりづらくイライラすることがある。私自身が殆どPlayStation2を操作したことが無いのがいけないのだが。さて<話を戻すと、この店はオープン当時からちょっとした文房具も販売していたので重宝していたが、DVDが販売されるとなると、次はミュージックCDだろうか。ますます専門店が意味をなさなくなる時代になりつつある世界だ。
2003/01/24

1097 ●血祭りに上げられたアビーロード
ビートルズのアルパム【アビーロード】のジャケット写真のポールが持っている煙草が禁煙活動団体の圧力?により、新しいプレスからデジタル処理によって消し取られるそうだ。確かに青少年に与えるインパクトが大きいが故、一見正論に見えるが、果たしてそれでいいのだろうか。【アビーロード】のジャケット写真が撮影されたのはビートルズ解散間近の1969年である。当時も今のように狂信的な禁煙運動が行われていたとしたら、それは問題であったかもしれないが、少なくとも良い悪いの問題は別として、あの写真は当時としては特に問題はなかったわけである。少なくとも私はそう感じてあのアルバムを当時購入している。そして、今回の処置。これはあの時代のビートルズをある意味で否定してしまうことにならないだろうか。パイプをくわえたシャーロックホームズも血祭りに上げられるのだろうか。チャーチルの葉巻はどうだろうか。かつて毛沢東の持っている煙草を消し取った写真や、消されてしまった林彪氏、あるいはレーニンの横から消えてしまった某氏の写真といったプロパガンダの代名詞のような写真の話は有名だが、なんだかソレに近い物を感じて甚だ気分が悪い。私は禁煙してしまったので喫煙の害について、いや嫌悪感については充分に理解しているつもりだ。しかし、世界中の国で完全に煙草が禁止されたとしても、この写真を加工することは問題だと感じている。歴史を今の価値観で判断してはいけないからだ。
2003/01/25

1098 ●粛正される『江戸いろはカルタ』
『毒抜き』という言葉に置き換えられて江戸いろはカルタが密かに粛正されてるそうだ。いったい何の話かと私も訳が分からなかったが、「月夜に釜を抜く」が「月とすっぽん」に、総領の甚六」は「損して得取れ」に販売会社が、死語を含む札や難解な札を差し替える風潮が強まっているのだそうだ。しかも、ここでも所謂有識者と呼ばれる方々の勝手な論理だけがまかり通ってしまっている構図が見え隠れする。理由は差別用語や難解表現の駆逐という『いかにも正論をちらつかせる』手法だが、はたして本当にソレでいいのだろうか。文化を否定することは自分の国を否定することである。確かに昨今の日本の知識人や文化人は自虐的な思想を振りかざすことが正義であるかの雄叫びを繰り返してきたが、そろそろ一般の人は、この馬鹿げた風潮に目覚めてもいいのではないだろうか。江戸カルタという名称で売られているものをわざわざ現代の価値観と様式に置き換えるなんてことは本当にナンセンスでしかない。さらに困ったことにこの風潮は絵本などにもジワジワと浸透しているそうだ。チビクロサンボの本が血祭りに上げられたのは記憶に新しいが、猿蟹合戦で猿が渋柿を蟹にぶつけて殺してしまうシーンが残酷ということで血祭りに上げられているそうだ。もし、これらの過去の文化が悪影響を与えるのであるとしたら、昔の人にはろくな人がいないことになってしまう。でも、現実には昔の方が優れた文化人や学者が多く排出していたのではないだろうか・・・。
2003/01/26

1099 ●大河ドラマ『宮本武蔵』の問題点
たかがドラマなのでイチャモンを付けるのは馬鹿げていると自分でも思うが、少々書きたくなったことが出たので整理してみた。まず第一回放送のクライックスの野党との対決シーン。よく出来た演出だと思っていたが、なんとなくどこかで見たという意識が消えなかった。ところが、それは的中し、なんと七人の侍のバクリであった。侍の力量を試すために戸板に隠れて棒で襲うシーン。刀を何本も地面に挿して使い回す(数人切った刀は使い物にならなかったらしい)設定。七人の侍での三船敏郎演じる菊千代が豪雨の中、ドロ沼化した村で野党と戦うシーンのまんまのラストシーン。制作側はそれを認めている。しかも黒沢プロに無許可であったらしい。指摘されてから挨拶にいったとか。なんだか出演者に対して酷い仕打ちではないだろうか。更に3回目の放送で中村勘九郎tが演じる池田輝政が戸襖に『宮本武蔵』と書いて命名するシーンがあったが、いくらなんでも教育漢字っていうのはないと思うのだが・・・。つまり、『武藏』が正しいのではないだろうかと思うと同時に思わず笑ってしまった。それから、女優さんの爪が長いのってやっぱりおかしいと思うんですが、当時はそれが普通だったのでしょうか?と、思わず突っ込みを入れたくなってしまう。でも、主要登場人物の多く(お通、お杉婆、又八等)が原作者の吉川英治氏の創作であることを考えれば目くじらを立てるべきではないのかもしれないが、やはりしっくりこない私である。
2003/01/27

1100 ●数年ぶりで名刺を変えてみる
何年かぶりで新しいデザインの名刺を作成してみた。作成と言ってもプリンタでプリントするだけである。ただし、デザイン変更は本当に数年間行っていなかった。もっとも50種類ほど一度に作成したので、マンネリにはならなかった。そして今回の名刺は今までとはまったく異なるビットマップ系のイラストで、しかも相当ラフなものをあえて利用してみた。これはこれで味わいがあるという意味である。ただし突貫であったので文字のサイズわ勘違いして少々間抜けなものとなってしまったが、自分自身への気分転換という点だけでも面白いような気がしている。今でこそ名刺をプリンタで印刷するのは当たり前になりつつあるがね私が最初に行った頃は奇異の目で見られることも多々あった。特にド派手な名刺は馬鹿じゃないの?という中高年の方の冷たい目を随分体験した。多分職業的に瞬時に多くの方の名前と顔を覚える必要に迫られないからこそ、目立ちたいという欲望が名刺をド派手にさせたのかもしれない。そして、一度でも派手にしてしまうと、もう後には戻れないのである。しかし本当に一回会っただけで顔をしっかり覚える方って尊敬してしまう。私は相変わらず人の顔と名前を正しく覚えるのが苦手である。なにか秘訣のようなものでもあめのだろうか・・・。
2003/01/28

1101 ●六本木のVelfarreで右往左往
28日、とある新年会に招待され、六本木のVelfarreに向かった。今回は大江戸線で1時間ほどで付くことを発見。実はここがどんな店なのかは入り口までいって気が付いたほど六本木は知らない(言葉は悪いが東京の田舎っぺとは私のことだろう)私である。そして、ここに入るのは2度目ということになる。一度目はAdobeのAfter Effectsの発表会のような時だった。そんなわけでもう殆ど場違いな私は終始浮いてしまった。閉所恐怖症で暗いところが嫌いで、しかも煙草の煙の集中砲火。それでも招待でも受けない限り本当にみこういった場所に入ることがないので、その空間のイメージを頭の中にたたき込んでいた。しかし、ほんの7年ぐらい前までほぼ毎日打ち合わせ等で15年間程六本木に通っていたような生活をしていたのに、飲み歩いたことなど無かったことを思い出した。さてさて、時間をもてあましてしまった私に偶然声を掛けて頂いたイラストレーターの方とヨタ話に花がさいて楽しい時間を過ごすことが出来た。なんでも大昔のSTEP BY STEPに原稿をアップしたExpressionの記事で私を覚えていてくださったそうだ。光栄なことである。なによりこういった不思議な出会いをなんとなく私は楽しんでいる。そしておきまりの抽選会がクライマックスとなったが、クジ運の悪い私が当たるはずもないのに最後まで踏ん張っていたのは貧乏根性丸出しだったのだろうか・・・と反省しきりの私であった。
2003/01/29

1102 ●ペーパークラフト
あるメーカーのちょっとした販促物?を作成したところスペースが空いてしまったので個人的な宣伝をしていただい良いという打診が入った。A4の用紙の1/3ほどが空いているのである。さて、どうしたものかと考えてしまったが、個人的な考えとして、メインの作成物を求める方にとって空いたスペースの宣伝文っていうのは、例えクリエーターの情報だとしても受け取った方にとっては少しつまらないのではと思ってしまい、それだったらちょっとした遊び心のペーパークラフトを作成して穴埋めしてみることにした。ペーパークラフトの元となる製品のメーカーの許可を取り作成に入ったがスペースに納めてみると、原寸対比でサイズは丁度1/3となった。ある意味ペーパークラフトとしては厳しい状況だが、こんな遊び心があってもいいのではないかと勝手にニタニタしている私である。ものはどうやら来月後半に告知されるようだが、果たして手にした方はどんなリアクションをするのだろうか。ちなみにこのペーパークラフトを作成するにあたり、円錐台の展開図を作成する必要に迫られ苦労して調べ上げた。底面の半径をR1、上面の半径をR2、高さをH、仮想空間上の任意の頂点から上面までの母線の長さをL1、底面から上面までの母線の長さをL2、仮想空間上の任意の頂点から底面の円周を舐める回転角度をXとすると、L1は平方根{H2(R1-R2)2}(←計算式中の2は全て乗数)、L2はR2/(R1-R2)L1となり、Xは、{360(R1-R2)L1}/{H2(R1-R2)2}で求めることが出来る。ただし、流石に一度では覚えきれない(何10回でも無理)のでExcelに計算式を埋め込んでしまった。
2003/01/30

1103 ●アジア大会は幼稚園の運動会?
青森冬季アジア大会で、アジア・オリンピック評議会(OCA)が1つの国あるいは1つの地域による金、銀、銅のメダル独占禁止を検討しているそうだ。OCA内部に『アジアの友好とスポーツ普及の趣旨から、メダルは複数国で分け合うべきだ』との声が根強くあるというのが理由だそうだ。もし独占禁止が確定してしまうと、1つの国あるいは1つの地域が表彰台を独占することは出来なくなり、3位の選手が4位選手に銅メダルを譲るという事になるらしい。思わずこんな事を考えつく人達の頭の中を見てみたくなってしまった。競技だから場合により特定の国が表彰台を独占してしまうことだってあるだろう。それは仕方のないことだ。スポーツは力を来そうものであり、参加者全員が賞を分ける幼稚園の運動会とは違うはず。参加選手は誰もが表彰台に上がる事を夢見て4年間がんばってきいるはずいや、8年、12年と頑張ってきている人だっているはず。そんな頑張ってきた人達が運悪く魔の銅メダルとなった場合、どうして4位の方に譲らなくてはならないのだろう。でも、きっと声の大きい方がこの問題をクローズアップさせれば正論として光り輝いてしまうのだろう。そうなったらアジア大会はまず絶対に観戦しないだろうし、話題にもしないだろう。まるで言われ無き歪曲を大声で騒ぎ立てたが故にあたかも事実であるかのように歪められてしまう歴史ような気がしてきた。
2003/01/31





このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。


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