| 1132 ●ローラーシューズは嫌い |
| 最近、巷の小学生は流行のローラーシューズで武装ることが流行らしい。個人的にこのローラーシューズに嫌悪感はないが、マナーという意味でイライラする事に出くわすことが本当に多くなった。しかも決まって親御さんが近くにいるのである。どんな時に私が気分を害するかというと、デパート等のインドア内でチマチマと動き回られることだ。もっともイライラしたのは飲食店での時だった。流石にキレそうになった。兎に角そんな行為を親御さんがを注意しないのだから子供は悪いことだと感じていないのである。そんな傍若無人の子ども達が目の前を平気でニアミスしたりするのは本当にムカムカする。いや、そもそも非常に危険なのである。考えてみれば当然だ、ビルの通路でローラースケートをしているようなものだからである。なんと危険で問題のある商品だろうと感じていたら、案の定この靴での入室を禁じている店が最近増えているらしい。で、笑ってしまったのはこの靴がやたらと高いので、イキナリ東南アジア製のパチ物が大量に売られているということである。多くは本物を知らずに購入しているのかも知れない。バチ物は粗悪な設計なので危険度は桁違いにアップする。流行モノの玩具と考えれば私は肯定するが、それは幼児や老人のいない公園などでの常識ある使用方法であればという冠をつけての肯定である。もっとも今や常識という言葉自体が死語となってしまっのかもしれないが・・・。 |
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2003/03/01
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| 1133 ●悪しき暗黙の掟 |
| 時間つぶしだからと言っても周囲の雑音が不快なのに変わりはない。花粉症の処方箋をしてもらうためにいつもの総合病院に出かけたが、会計を待っている時間、暇潰し用に持ち歩いている本を読み始めて5分ほどしたら突然後ろの席で拡声器でも使っているのではないかという馬鹿でかい声のお母さんが、子供に絵本を読み始めた。いやはや、とんでもない難聴なのかもしれない。兎に角舞台俳優の比ではない。なにせその昔、とある有名女優の舞台稽古に立ち会い、その風景をカタログ用に撮影した時でも、これほどの爆音ではなかった。いくら暇つぶしでも限界はあるるもう少し静かにしてもらおうかと思ったがねその場を私が移動することが得策だと瞬時に判断してそれを実行し、自分の会計が済む残りの20分ほどは立ったまま本を読んでいた。なんだか変なもんである。ただ、世間的には声の大きいということは良いこと?のような風潮のようだから私のイライラは筋違いかもしれない。でも、超個人的な価値観としては声の大きい人はあまり好きになれない。声が大きいというだけで押し切られそうになるからだ。国同士の関係でも、ありもしない嘘八百を大声で大騒ぎしたほうが正しく正義みたいな流れではないだろうか。確かに自己主張は大切だが、それは罵声を発して言ったり騒いだりするものではないような気がするが、世間はどうしても声の大きい人が中心になってしまうのは昔も今も変わらぬ悪しき暗黙の掟なのかもしれない。 |
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2003/03/02
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| 1134 ●花粉症の処方箋 |
| 花粉症の処方箋をもらいに出かけた病院での出来事をネタにしてしまったので本題は1日ズレてしまった。さて、かれこれ10年ほどの花粉症も昨年あたりから悪化の一途というありさまで苦労している。多分喫煙を止めたことも少なからず影響しているかもしれないという話はしたが、取りあえず病院に花粉症として処方箋をもらいにいったのである。私としては花粉症対策で病院に行くのは初めてである。もちろん耳鼻咽喉科である。そして期待を裏切るようにあっという間に診療は終わり、処方箋に従って薬局でいただいた薬はアレグラ錠、フルナーゼ点鼻液、リザベン点眼液という定番であった。余談だが私は高校生ぐらいまで医者に言ったら何がなんでも注射をしてもらうのが良いと考えていた。要するにブドウ糖の注射なのだが、昔からそれが普通だと思っていたので疑いは無かった。しかも注射針は煮沸して使い回しださたのだから恐ろしさは後からやってきた。やはり色々な医者に診て貰うことが一番安心かもしれない。兎に角いただいた薬は即効性があった。とにかくいきなり効くのである。多分私が苦しいと言っても外出時にマスクやゴーグルで武装するような状況ではないからかも知れないが、それでも感激してしまった。初診料となんだかんだで3000円を突破してしまったが、苦痛にもだえ苦しむことを考えたら安いものである。そして、こんな簡単に症状が軽減されるのだったらもっと早く来るべきだったと後悔してしまった。まっ、何かにつけて万事こんなもんなのだろう。でも、暫くして薬が慢性化して元の木阿弥なんてことになったら更に強い薬とかになるのだろうか。嫌な世の中だ。 |
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2003/03/03
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| 1135 ●洋菓子職人への憧れ |
| 今年の雛祭りは桃の花を生けて、フルーツケーキを作って食べてみた。最近この手のシンプルなパーティーが流行っている。海外の友人と会うことがわりと多い私にとって彼らの習慣は実に新鮮で心の温まるものである。例えばちょっとした手作り品やユーモアのあるカードを気軽に送る習慣である。どうも日本人はこの贈り物がにがてなのかもしれない。派手で高額な物を贈ったり、頂いたりすることが良しという風潮があったのではないだろうか。かつて私の母は近親者同士の盆暮れ正月の贈り物合戦を自粛しようと提言して年長者から罵声を浴びたことがあった。そんな親を見ていたからかもしれないが、私は仕事をするようになっても贈り物をしたことが無い。ドライな関係で良いと言われることもあったが、あからさまに嫌味を言う年長者も多かった。だが景気の低迷に関連し、年賀状も含めた年末年始の挨拶を廃止しましたという会社が増えてきたように、世の中の価値観が少しずつ変化し始めている。これはケチになるということではなく、お金をかけずに真心を贈るという本来のプレゼントの原点に返る間なのかもしない。どこにでも討っているような物を貰うより、手作りの品をいだたく方が私は嬉しい。そんなことを考え始めていて最近やりたいことが出てきた。それは本格的に料理を習うことだ。それも洋菓子を。もし人生をやり直せるとしたら今の私は迷わず洋菓子職人を選ぶかもしれない。もちろん2ケ月後に同じ事を言っているかはわからないが・・・。 |
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2003/03/04
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| 1136 ●二人になった荒野の七人 |
| 3日、西部劇の名作『荒野の七人』のチコ役で有名なドイツ人俳優ホルスト・ブーフホルツが他界した。享年69才である。昨年12月12日に85才でハリー役ブラッド・デクスターが亡くなっているので、荒野の七人は、リー役のロバート・ボーンと、ルナルド役のチャールズ・ブロンソンの二人だけになってしまった。オリジナルの『七人の侍』は既に全員が他界してしまったので、なんだか寂しい気持ちがする。他の故人は、ビン役のスティーブ・マックィーン(1980年11月7日没、享年50才)、クリス役のユル・ブリンナー(1985年10月10日没、享年70才)、そしてブリット役のジェームズ・コバーン(2002年11月18日没、享年75才)である。しかし、こうして改めて知ってみると、『荒野の七人』公開当時の年齢は思っていたよりも若い方が多いのに驚かされる。ちなみにホルスト・ブーフホルツ26才、ロバート・ボーン28才、スティーブ・マックィーン30才、ジェームズ・コバーン32才、チャールズ・ブロンソン39才、ブラッド・デクスター42才、ユル・ブリンナー45才という具合だ。この作品は思い入れのあるもので、何度もネタにしているが、こんな形でネタにはしたくないものだと、書いていて反省してしまった。心よりご冥福を祈りたい。 |
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2003/03/05
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| 1137 ●初の雑誌コラムで資源の活用 |
| 某Mac系雑誌でコラムを執筆することになった。私としては雑誌のコラムは初めての体験である。簡単な打ち合わせのもと、決められた文字数に従って色々と書き始めては修正してという具合にのめり込み、5日もかかってしまったもちろん完全に5日間それだけを行っていたわけではない、執筆は寝る前と朝食後に決めていた。前夜に終わった分をプリントアウトして朝に校正するとい繰り返しである。しかし、結局は最終日の朝に一気に書き換えてしまった文章を採用した。初めてのことだったので緊張していたのかも知れない。だけど、たまにはこんな緊張も大切だと思う。ところで、このプリントアウトという行為は真剣にやる場合は欠かせない。特にコラムのような仕事の場合は文章だけで表現しなくてはならないので尚更である。私自身が古いタイプだからかもしれないが、全てをオンライン上で処理するのは混乱の元となってしまう。まっ、黒インクならお金もかからないし、紙はクリアファイルに挟まっている色つきの上質紙を500枚ほど溜め込んでいたり、上質紙の広告で裏の使える物も捨てず代用できるのでリーズナブルである。使い終わったプリント用紙は資源ゴミに出せばいい。そうそう、最近はガムの外側の包み紙を捨てずにメモ用紙に代用しているるこれが貧乏くさくなく、結構格好いいのである。もちろんガムのデザインに左右されてしまうが。というわけで、最近つまらないことに拘っていたりする。 |
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2003/03/06
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| 1138 ●行動範囲図作成 |
| タイトルが中国からの不愉快きわまりないスパムメールモドキになってしまったが、深い意味はない。さて長距離の散歩に填っている話を時々ネタにしているが、自宅を中心とした散歩の行動範囲を地図で一望したくなり、インターネットの地図をそのままドラッグしてつなぎ合わせて巨大なローカル地図を作成してみた。故人での使用範囲なので問題はないだろう。さて、その地図をそのままプリントしてしまうと3m四方になってしまうので適当に縮小し、A3ノビで4枚ほどにした。しかし、それがかえって面白いサイズになった。自分が今まで歩いた色々なコースをマーカーでなぞってみると、意外なことに散歩の方向がほぼ完全に45度ごとに分割されているのである。偶然なのだろう。更に、ここまでいっているのだったら、あんなところは楽勝ではないかという発見の連発である。自分の生活の行動範囲はたかだか徒歩3時間半径という本当に小さい世界だが、この中には様々な史跡や神社仏閣、池や沼が存在していることに驚かされる。多分こんなことでもしないと生涯気が付くこともない場所があるかもしれない。そんなこんなで新たなコースを模索し始めた。きっと益々変人扱いされてしまうことだろう。私の仕事は不健康で夜型が勲章のような世界だからだ。 |
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2003/03/07
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| 1139 ●東南アジアのコピー取り締まりは意味が無い? |
| 米国のCinea社と米Sarnoff社は、映画館内での海賊版隠し撮りを撃退する技術を、協力して開発すると発表した。人間の目には見えないが、デジタルビデオカメラで撮影すると画面にノイズが入るようにするらしい。これで封切り館にこっそりカメラを持ち込んで撮影し、それを複製して売る行為が防げるということらしい。しかし、相手は尋常ではない輩。どうなることやら、そもそもこの手の犯罪は東南アジアのお家芸、それらの国の映画館にこの技術が浸透するとは考えにくい。言い過ぎだろうか。そもそも日本人だってコピー多いのではと私は思っていた。いや、本当にそう感じていたのだが、出会った米国人の全てが日本はモラムがあるほうだと言い切るには初めのうちは私も『いくら外交辞令とは言え、少しオーバー過ぎないか?』と感じていたが、現実は私の認識が甘いと言うことのようだった。例えば有名ソフトの中国での正規登録数は500、韓国で1000と言う話を聞いたことがある。にわかには信じがたいが、両国の日本文化のコピー天国状態を見るとあながち誇張ではないのかもしれない。日本なら中堅会社の登録数でさえこれ以上だろう。だから日本以外は本気に対応を考えていないと切り捨てる方も多い。そう言えば某雑誌の中国特集では、白昼堂々とIllustrator 12などという存在しないバージョンが売られているあたり、かの国の政府は本気で取り締まりをする気がないのかもしれない。だから盗難アジアと言われてしまうのである。 |
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2003/03/08
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| 1140 ●流行に鈍感で焦る? |
| 随分と年下の友人とのたわいもない会話の中で流行歌の話になった。要するに今何が流行っていて誰それが好きという話である。ところが私は殆どTVも見ないとラジオも聞かないのでまったく解らない。モーニング娘だって全員解らない。いや殆ど解らない。もっとも彼女達を全員把握出来るっていいうのは、もはやカルトクイズという説もあるが、本当のところはどうなんだろう。そんなわけだから話に着いていけなくなってしまった。そしてこんな自分をなんだか昔の父のイメージとオーバーラップしてしまった。ただし私の父はそれなりにTVは見ていたしラジオは毎日聞いていたのだから私とはだいぶ状況が異なる。多分ビジュアル系要素が強すぎて純然たる曲を聴くというコンセプトが少なくなってしまったことに対して、無意識のうちに拒絶反応が働いてしまったのかも知れない。こういったことはやっぱりまずいのだろうかという気持ちになったので習慣のない私は無理して暫くラジオの音楽番組を聞いてみたが、やっぱり殆どの曲がしっくり来ない。確かに一昔前と比べて明らかに歌の上手い人ばかりなのは解った。でも結局は全体の10%ぐらいの曲しか理解できない。いや理解出来ないと言うのは受け入れられないと言うニュアンスである。やっぱり思いっきり年を取ってしまったのだろうか。それともタイアップドラマをしっかり見ないとイメージが沸かないのだろうか。よく分からない老人Kに一直線なのかもしれない。 |
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2003/03/09
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| 1141 ●恐るべし100円ショップ |
| 最近100円ショップを除くのが書身になってしまった私だが、あまりにとんでもないモノが売られているので愕然とする。折り畳み傘やサングラスもそうだが、事務用品店で買えば1500円ぐらいするようなクリアポケットファイルが100円である。デザインも最近はそれなりに日本のメーカーもののコピーが行き届いているせいか綺麗だ。確かに中には純粋な日本製の商品もあるが、殆どは工賃の安い東南アジア製である。思うに最近は安くてそれなりのデザインになっている事務用品を筆頭に気が付けば前にもまして積極的に100円ショップを愛用しているが、商品はオリジナルメーカーのパテントを侵害しているとしか思えないバチものがあまりに多すぎる。つまり購入していることは間接的な犯罪行為になるのかもしれない。まったく遜色のないDVDのコピーだったら幾ら安くても購入することには抵抗があるが、日用品や事務用品というものであるとこの感覚が鈍ってしまうのではないだろうか。それとも製造工場ではパテント料金を払っているのだろうか。不景気の出口など永遠に見えなくなってしまった感のある今の日本ではそんな事を気にする方が馬鹿なのかもしれないが、私はいつも釈然としない状態でレジを通のである。万が一でもアイデアと努力の上に成り立っているバテント等を足蹴にするような盗品行為があるとしたら、やはり不愉快だ。 |
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2003/03/10
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| 1142 ●コーヒーは糖尿病の予防薬? |
| 東京大病院と朝日生命糖尿病研究所の調査で、コーヒーをよく飲む人ほど血糖値が低く抑えられる傾向にあることが判明したそうだ。コーヒーの成分に糖尿病の発症を防ぐ効果があるらしい。しかし、砂糖やミルクを入れて飲んでいる人も調査対象に含まれているのに、血糖値への効果は詳しく分析していないそうだ。研究者の方には申し訳ないが、なんだかとっても怪しい結果だと感じた。恐らく砂糖は逆効果だろうし、コーヒーだって過度の摂取は好ましくないという結果も既に出ている。もちろんどんな妙薬も過度の摂取は逆効果だが、折角調査、研究したのだから正しく調べて公表する義務はあるのではないだろうか。ちなみに私は3年前からコーヒーにはミルクしか入れない。しかも外出時を除き、試行錯誤の末、ミルクは牛乳と決めている。それまでは砂糖茶さじ一杯にミルクが定番だったが禁煙とともに突然嗜好が激変してしまった。さて話を戻すと、この手の情報にはこうした裏の要素が見え隠れしている場合が少なくないが、今回のようにバレバレの状況で発表というのはやっぱりマズイのではないだろうか。コーヒーに砂糖を入れる人の方が多いだろうし。そして連鎖するように現れる魔法の健康食品達も、よく考えてみると、あれほどブームだったアレは最近見ないが・・・というケースにいきつくのではないだろうか。人間の生活が先進国の価値観の上にだけある文化というものに上りつめるほど不健康になるのはもうバレバレだというのに・・・。 |
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2003/03/11
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| 1143 ●リサイクル封筒 |
| 貧乏性というわけではないのだが、ふと昔の癖が戻ってしまった。と言っても妙な癖ではない。私は学生の頃アルバイト先の書店で、小さい書籍類をカバー無しでよいと購入される方用に自発的にカバー用の紙を使って暇なときに小さな袋を作成していたのである。要するに袋貼りである。実はこれが結構好きで、しかも父の仕事が表具師であったので、糊のつけかたや紙の裁き方などもお茶の子さいさいであった。結局随分と重宝されたが、それを突然思い出してしまったのである。そもそも、DMや仕事関係の書類と資料の各種封筒類を今までは捨てていたが、素全て捨てずにとっておき、上手に裁量できるかを執権してみたくなったのである。で、これが殆どの封筒が再利用可能なのである。利用方法は簡単で封筒を裏返して使うだけである。だから一部の宅配便のコーティーングされた封筒は再利用出来ないが、それ以外ならまず100%再利用可能なのである。もっともここで言う彩利用とは郵便封筒として利用する場合のことである。もし宅配便に再利用ならそのままいくらでも使うことが出来る。ただし、この再利用も受取手の気分を害する可能性があるので使う場合は注意が必要かも知れない。 |
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2003/03/12
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| 1144 ●シャープペンシルの芯の硬度 |
| シャープペンシルは頻繁に使うわけではないが、無いと困る、特に私は0.7または0.9あたりの太い芯のものを愛用している。ボールペンもそうだ。太いほうが楽に書けるからだ。ところが色々なシーンで手にする景品類や市販のシェープペンに最初から入っている芯はHBである。これは標準的なものだから当然だろう。ところが私はBを愛用している。製図系では過去に3Hぐらいを使っていたこともあるが、普通に文字を書く場合はBである。かくして新しいシャープペンを購入した時は必ずBの芯を買い、そのケースの中にもともとあったHBの芯を納めて永遠に使わずにしまってしまうのである。そして、それが数日前に出てきたのだから大変。まっ、大変と言っても20個ぐらいなのだが、それだけシャープペンを買ったり貰ったりしていたということになる。もちろん最初の頃はHBを使い続けていたので、実際にはもっと多くのものを手にしていたわけだが。しかし、筆記具は本当に安易に買いすぎてしまう。気にしだしてからここ数年は極力新しいモノは購入しないようにしているが、それでも色々なところで最新のモノをいただくと、ついつい今までのモノをしまい込んで新しいモノを使い始めてしまう。なんだかもったいないな〜と思うのだが、筆記具が使いにくいと思考が分断されてしまうのを何度も経験しているので、ある意味で大いなる無駄だとは思いつつも割り切ってしまうのである。 |
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2003/03/13
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| 1145 ●若大将シリーズの間違った鑑賞方法 |
| 10日から13日まで東京12チャンネルで昼過ぎから加山雄三シリースをやっていた。個人的にはリアルタイム当時も映画館にいったことはないし、TV映画でも見たことが無かっので、ある意味初体験である。で、私はこの35年以上前の映画の中の様々な生活のシーンに吸い込まれてしまった。ファンの方には申し訳ないが、ストーリーや登場人物ではなくて街並みや自動車、ファッションが新鮮だった。特に、アルプスの若大将ではヨーロッパの当時の街並みに走るレトロな自動車は目から鱗だった。確かに映画という空間では当時の世相をそのまま反映しているというよりは、少しばかりハイレベルな生活をしていた方の世界なのだが、それでも実際に動いている人の中で見るというのは驚きに近い新鮮さがあった。特に女性のファッションは圧巻である。今そのまま画面から飛び足してきても違和感はないかもしれない。しかし、加山雄三さんはあまりに変わってしまったので仰天してしまったが、反対に田中邦衛さんって唯一何も変わっていないような感じで妙な感じがした。いい加減にエアチェックしてしまったので、今度は真剣にレンタルビデオでもしてみたくなった。確かこの手の当時の生活をチェックするためのバイブル映画としてはクレージーの無責任シリーズが有名だが、まだ50年も経過していないのだから、その変貌の加速度は半端ではないと改めて感じ入ってしまった。 |
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2003/03/14
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| 1146 ●消火活動に従事 |
| 13日、自由が丘まで散歩をした帰りのとある公園の備え付けの灰皿から煙が大量に上がっているのを発見した。周りには数人の大人がいたが、皆さん無視している。ある意味それが普通なのかも知れない。しかし、もう一カ所に設置されている灰皿の前でタバコを 吸っていたおじさんには少々むかついてしまった。とにかく隣接しているマンションの方に迷惑な話なので、その灰皿の上に載っていた呑み捨てられて灰皿にされたジュースの缶で公園の水道から水を取って消化を行い、都合4回繰り返して鎮火させた。偉そうなことを言うつもりはないが、喫煙していた時も私はこういったシーンでは可能な限り消化に努めていた。しかし、消化後の缶を捨てる場所がないのである。生活ゴミを捨てることを防止する意味で公園にゴミ箱を設置しなくなったのはいいが、こういった時は本当に困ってしまう。そこでその缶を持ち帰ることを考えたが、状況的に私は両方の手が塞がっており、どう考えてもその缶を持ち抱えることが難しかった。綺麗な缶ならなんとかなったが、タバコ臭い缶ではどうしようもない、そこで、まずいことは知りつつもその缶をそのまま放置して戻ってしまった。次回以降似たような状況に遭遇した場合の対処としてビニール袋を持参することにした。しかし、帰宅するまで自分の手に数年ぶりでこびりついたタバコの臭いに吐きそうになったのには笑ってしまった。あんなに吸っていたのに・・・。 |
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2003/03/15
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| 1147 ●SCEが中国で敗訴 |
| 13日、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が、同社のゲーム機・プレイステーションとそっくりのVCD(ビデオコンパクトディスク)プレーヤーを作る中国企業の意匠権取り消しを求めて争っていた控訴審で、北京市高級人民法院(高裁に相当)が訴えを退け、SCEの敗訴が確定した。今回の判決が判例となれば、中国では、今後、機能が違う商品ならば、デザインを真似しても問題ないことになり、摸倣品の横行に歯止めがかからなく最悪の判決となってしまった。中国での摸倣品を巡る訴訟では、2002年9月にホンダがバイクの意匠権訴訟(一審)で敗訴している。ホンダのある方は、10年前には何も問題の無かった中国という驚異は、今後10年で工業製品の悪の枢軸となるだろうと嘆いていた。モラルなど無い。ある専門家の話では、中国に工場を持つと、技術を修復するまでは従順だが、ひとたび技術を習得すると手のひらを返したような態度に出るそうだ。一部のメーカーでは製造価格が高くても、もろもろの問題と対策費を考えれば結果的に格安なフィリピンなどへ工場を移転する動きに入っているのを見ると誇張された話でもなさそうだ。まごまごしていると全ての技術がパクられてしまうのではないだろうか。そんな馬鹿なことが、なんていう台詞はかの国には通用しないのである。 |
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2003/03/16
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| 1148 ●カバー文化? |
| 『カバーをする』という言葉で真っ先に思いつく行為は購入した本に巻くの包装紙で作成するカバーである。本にカバーをして読むという行為は、買った本を大切にしたいのと、電車の中などで何を読んでいるかを他人に知られたくないからだ。もちろん怪しい本を読んでいるわけではないのだが、やはり何を読んでいるかを見られるのは恥ずかしいと感じている。だから文庫本をむき出しで読むことならあまり抵抗はない。それは、そんな奥ゆかしさを父から叩き込まれたからかもしれない。だから、私自身がマンガ週刊誌を読む習慣が無いからというわけではないが、電車の中でマンガ週刊誌を読んでいる方を見ると違和感を覚える。当然、タブロイド誌で風俗情報を舐めるようにチェックしているオジサンは論外以前だ。ところが、同じカバーでも、ドアノブカバー(死語?)とか、一昔前に流行った電話の受話器カバーというのは凄く抵抗がある。『なんでそんなものが必要なのか?』という抵抗である。その答えの教科書的なものに、衛生面を強調されている方がいた。どう考えてもソレは逆効果だろう。そして、昔ガールフレンドの部屋でソレを見たときに失望したとを思い出した。もちろん私は潔癖性ではない。上手く比喩できないが、靴が汚れないように靴の上から袋を履いて歩くようなものだと思う。しかも、その袋を頻繁に洗濯するわけでもないのでとんでもなく不衛生なのだが、見せかけの綺麗さはいつの時代も人を惑わすのかもしれない。 |
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2003/03/17
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| 1149 ●さぼりぎみのスポーツセンターで思うこと |
| スポーツセンターを随分さぼっている。もっとも、出かけてもウォーキングち軽い体操ぐらいで帰ってきてしまうので体には大きな影響はない。というより、出かけない日のほうが3〜4キロの散歩をしてしまうのであまり違いはないのかもしれない。さてさて、どうしてさぼりぎみかを整理すると、要するに出かける時間を決めているため、その時間に幼児が入ってしまうと休むという凄く単純な理由である。時には寝違えて方を痛めてしまったから休むという場合もあるし、当然体調が優れずに欠席ということもある。ところで、諸般の事情で一歩も外に出ない日になってしまうと、その日は一日中憂鬱である。私はどうも基本的に野外系の種族なのかもしれない。でもだからと言ってアウトドアライフを楽しむほどではない。そもそも、所謂アウトドアライフって自動車で出かけて最先端で便利なアウトドア用品で武装した戦士の食事会のようなものだし、それじゃなんだか意味ないような気もする。しかもそんな方達に限って自然を大切にしようと連呼するのはセレモニー?なのだろうか。そして最後は呆れるほどのゴミを生成し、さのまま山河に置き去りにするのである。ちょっと言いすぎかもしれないが、あのゴミの山を見ると持ち帰る人などいないとしか思えない。なんでだろ〜? |
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2003/03/18
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| 1150 ●机を新調 |
| 今ではメインとなっているカラーPSプリンタはオプションを一切つけていないいので高さ50センチほどで床の上にゴムの板を噛ませて配置している。当然四六時中プリンタを利用しているわけではないので、使わない時は物置となっている。ところが今、ちょっとしたことで工作(いかれたスパイゴッコではない)もどきをする必要に迫られてどうしても机がほしくなり、板を調達し、プリンタの上に載せるちょっとした引き出し付きの机を作成してしまった。さして重くないし、プリンタとの接点はゴムの板を噛ませているのでプリタンを使用していてもその上で作業が出来るようになってしまったるこれってパテント取ろうかと考えたりする馬鹿な私である。さて冗談はさておき、アナログ時代に使っていた道具類を新調した机の引き出しにしまい、いざ工作に取りかかると、これが驚くほど新鮮で、時間の経つのも忘れてしまった。確かにデジタルは便利だし、元に戻ろうとは思わないが、やはり手作りというのは頭を刺激する。更に硬度の鉛筆で図面を 描き、それをカッターで切り取って工作するに至っては、何か違うアプローチについて真剣に考えてもいいのではないかと思うようになった。いやアプローチというよりは表現方法と言うべきかもしれない。もちろんそれが仕事に繋がらなくてはならないが、今は暇なのでそんなことはどうでもいいのである。さてさて次は何を作ろうか・・・。 |
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2003/03/19
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| 1151 ●おじさんの定義 |
| いつものように散歩をしていたある日、突然後方から自転車に乗ったおじさんが『じゃまだ〜!』とプレーキも踏まずに突進してきた。慌てて避けたのは言うまでもないが、瞬間殴り飛ばそうかと思ったくらいである。さて、このおじさんはまぎれもなく【おいこら族】すなわち【典型的な日本のおじさん】なのだろう。ちなみに【おいこら族】とは私が作成した造語で、『おいこら!』と罵声をあびせることしか出来ない人(女性にはまずいない)すなわちおじさんを意味する。そして、仕事を始めた頃、これで随分と苦しめられた。だから自分も一定の年齢に達した時に絶対に【おいこら族】に進化するのではという恐怖心が絶えず私の意識の中に強烈に居座っていた。自分がもっとも毛嫌いする種族になってしまった事を想像することすら私には絶えられない。しかしながら、幸いまだ進化はしていないようだが、彼らだって若い頃は絶対にこんな種族ではなかったはず。どこでどう歯車が狂ってしまったのだろうかと、最近は別の視点で考えるようになってきた。つまり【おいこら族】に進化する過程を研究することで、自分は絶対に進化しないようにしたいという気持ちの表れである。 |
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2003/03/20
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| 1152 ●昔の蛍光灯 |
| 数日前に作成した机の上でちょっとした作業を行うために梱包してしまっておいた大昔の蛍光灯の電気スタンドを引きずり出してきた。私の記憶が正しければ12年は経過している。取りあえず掃除をして電源を入れると点灯はするがやはり元気がないので、近くの店で蛍光灯とスターターを購入して見事に復活した。と同時にこの蛍光灯はアナログ時代に手もとを照らしてくれたいわば私の戦友みたいなものである。しかもデザイナー用という製品で、蛍光灯の傘(60cmの直管型蛍光灯を利用する電気スタンド)の部分に取っ手がついているので手前に引き寄せやすくなっている。で、早速色々と作業(非コンヒュータ作業)を始めてみたが、なんだか昔せっせと徹夜をしてパッケージのダミーを組み立てていた時を思い出してしまった。そう思ったら昔使っていて細かい道具を出してみたくなり、右党家捜しして全てを取り出してしまった。10年以上使っていないモノばかりだが、どこも壊れていないので直ぐに使える。例えば特殊なカッターの替え刃もまだまだ使えるのである。そう考えてみると、コンピュータで仕事をするようになってから良くも悪くもハードとソフトのアップデートに追いかけられていることがなんだか滑稽に思えてきた。確かにそれが今風なのだが・・・。 |
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2003/03/21
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| 1153 ●私道の電信柱に不動産パネル |
| 我が家は私道の奥にある。言いかえると玄関の前の道は私道で、正面はお向かいさんというわけだ。で、そのお向かいさんの真ん前に電信端らがたっている。お向かいはビルで、小さな工場もあっちりするので電力消費が一般家庭の許容量を超えているからなのかは不明だが、とにかく電信柱が目の前の道にあるのである。ところが21日、散歩から帰ったときこの電信柱に不動産パネル(新築4LDK、日当たり良好とかいうアレ)が括られているのを発見した。電信柱はお向かいさんの家側だが、この不動産パネルは違法なので、即刻都リハがしてゴミは個に納めた。定期的に近所の電信柱のこの手のパネルは時々剥がしているのだが、本当に最近は悪質になってきた。というより、これだけ厚いマニラボール紙(プリンタ用紙の袋に当て紙として入っている厚紙)のような良質の厚紙に印刷されたお金のかかっているパネルを見ると不動産業はどんなに不況でも儲かるのだろうか?と嫌味の一つも出てしまう。おっとこれから色々と選挙が目白押しなので既に違法ポスターも乱立し始めている。美観を損ねるから嫌だいやだ。で、今更どうでもいいけど、2年も前の選挙の時のポスターがまだ剥がされていない場所がいくつもある。そんなポスターを貼っている政党は信用できないという判断は不謹慎かもしれないが、そんな政党に限って政界では元気がなにかったりするのはなんでだろう? |
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2003/03/22
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| 1154 ●和紙の感触 |
| 仕事柄和紙というものはめったに触れることはないが、私の実家は表具師なので、実は和紙は腐るほどある。当然子供の頃から色々と使っていたり遊んでいた。もちろん今の仕事部屋の奥に色々としまい込んでいたりする。でも使うことがない。用途がないのである。そうなると当然さわることがなくなるからストレスが溜まり始める。そのはけぐちとして折り紙を折ったりするのだが、最近ちょっとした遊びに目覚めた。薄い京花紙を幾重にも重ねて合紙するのである。もちろん凸凹のある面、あるいはテクスチヤーのある面に対してである。場合によってはペットポトルなどの面に張りつめて筒状のものを作成したりする。和紙は腰があるので、薄目に溶いた糊を使って丁寧に重ね合わせるだけである。コツは父から子供の頃に受け継いでいる。一子相伝ではないが、思えば今の自分はその時から導かれていたのかも知れない。さて実際の作業は夜寝る前に行うことが多い。そうすれば翌朝にはほぼ乾燥は完了し面白い張り子が完成する。別にそれがどうのこうのということはない。ただそのプロセスが面白いだけである。計算高い結果を求めるのではなく、プロセスを楽しむということも時には必要ではないかと最近強く感じるようになつた。もちろん仕事とは切り離した価値観である。 |
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2003/03/23
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| 1155 ●美術館三昧 |
| 23日、ふらりと町屋界隈に出かけた。目的はぬりえ美術館である。そしてココは、蔦谷喜一さんの自宅でもあるのだ。そう「きいちのぬりえ」のきいちさんである。今も健在で確かそろそろ90際になろうとしている。またこの美術館の館長は姪御さんか行っている。私も少しだけお話しを伺って楽しい一時を過ごした。実はこの目的がなかったら、恐らく生涯訪れることもなかった町である。都電が走りとせことなく昔の東京の味がまだ残っている不思議な町だ。そして都電沿いに知り合いの和菓子屋さんを発見した。正確には支店である。その時帰りに立ち寄ろうと考えていたが、いざ帰り担ったとき、思い切ってた専務(知り合いの役職)のいる根岸の本店まで出かけてみようと思っていたら突然店の中から専務が現れてびっくり仰天してしまった。きけば日曜はこちらに手伝いに来ているという話し。2002年のMac World Expo Tokyo以来の再会である。あまりのむタイミングの良さに、もしかしたら不思議な糸で繋がっていたのかも知れないと感じてしまった。結局そこでお土産を購入し、次なる目的地である根津の東京大学前の弥生美術館と隣の竹下夢二美術館に出かけた。お目当ては弥生美術館の伊藤彦造展である。今だ健在の画伯は貸本全盛期の挿絵画家としてあまりにも有名で、一度は原画を見たいと思いつつ今に至ってしまった。しかし、始めて見る原画は体中の血液が瞬間凍り付くようなに繊細で力強く、リアルで一本の無駄もない緻密な線であった。何か最近色々とこの手の展示に貪欲になってきた。自分の進む道を探しているというわけではないのだが、デジタルという枠に収まってしまった事に対いする一つの反発なのかもしれない。もちろんデジタルを否定はしないが、何か完全にあちらの世界に身を沈めることを私自身のどこかが拒否しているのかも知れない。そんなことを最近考え始めるようになった。また、同時に展示してあった高畠華宵も好きな画家である。いや今風邪に言うとイラストレーターなのかもしれないが、私の中では完全に画家としての認識しかない。見ていて心が洗われるというのはこんな空間かもしれない。 |
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2003/03/24
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| 1156 ●1日の気分を最悪にしてくれた三人組 |
| 23日、結局時間がなくなってしまい知り合いの和菓子屋の本店に向かうことが出来なくなり、上野の水族館の裏にある甘味屋で餡蜜を食べて帰ろうと企てたのだが、これがこの日の気分を全て帳消しにしてくれたとんでもない店となってしまった。店自体は文化財指定されるほどのよい雰囲気の店だ。餡蜜も文句ない味である。問題は狭い店内の隣の席の女性三人組が突然一斉に喫煙を始めたことだ。もう逃げ場もなく、なんと久しぶりに副流煙をおもいっきり吸い込んでしまった私は突然咳き込んでしまったのである。と同時にその仕草をみてあてつけと勘違いされた私はおもいっきりにらまれてしまった。そして嫌がらせとしか思えない2本連続喫煙をやられてしまった。なにもこちらは悪いことをしているわけではないのだが、本当に最悪の瞬間であった。狭い甘味屋は完全に禁煙とすべきであるるそうすることで逆に安心して店に入れるようになるというものなのだが、まだまだ世の中はそんな状況ではないのだろうか。場所柄だろうか。そうは考えたくないが、かつて喫煙していたモノが禁煙した事でもともと吸っていなかった人よりも過剰に反応してしまうのは確かなのかも知れない。それを時々『吸いたくなったのでは?』と、からかう人がいるが、そういったセンスの人とは同席したくないものだ。 |
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2003/03/25
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| 1157 ●催事屋さんは辛いかも |
| 近くの大型スーパーでは定期的に店頭に催事屋さんが現れては面白い商売を行っている。先日は100円で指定のビーニール袋につめこめるだけのお菓子といったイベントもあったる流石に私はソレは参加しなかったが、見ている方が楽しいモノである。確かこの時は店頭斜め前に突然オープンした有名ドラッグチャーンの開店に合わせた対抗イベントだった。実は当初の予想でもこのドラッグストアは苦戦するだろうと誰もが読んでいた。なにせ何十年も未地域に密着してきた大型スーパーには衣料品から日曜大工、薬局から生鮮食料品に書店と文房具コーナーまであるのだから半端ではないる案の定ドラッグストアは連日閑古鳥が続いている。店頭の目玉商品が全てスーパーより数円高いのである。地域を侮ってはいけないという証拠のような展開だ。さて、余談がながくなってしまったが、催事屋さんと言えば100円ショップが最近は客寄せパンダとしては王道といったところだろうか。しかし、最近は大型のチーェーン店を展開している大手の100円ショップに足繁く通っているので100円商品に対する目が以上に肥えてしまい、等々そういった催事屋さんの100円ショップには感心が無くなってしまった。東京でこうなのだから、恐らくもっと凄いであろうと勘ぐっている大阪の大型100円ショップは、生き馬の目を抜くのではないだろうか・・・と。 |
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2003/03/26
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| 1158 ●木の洗濯ばさみ |
| 100円ショップで偶然発見した木の洗濯ばさみは、私にとって意味もなく究極の癒し系グッズである。サイズは4種類もある。実は学生当時でも珍しかったのだが、写真をプリントして、乾燥させる時にどうしても木の洗濯バサミでないと困ったのである。人によってはステンレスを推奨される方もいたが、私はやっぱり木であった。で、当時は六本木か原宿よりの渋谷の中国雑貨専門店の大中で偶然見つけたのを思い出した。20年以上前の話である。そして今回は100円ショップで偶然見つけたのである。ただし、不思議なことに、これらは全て国産であった。価格的に大丈夫なのか疑問に感じてしまうが、木がしっかりしたもので昔購入した粗悪なものとは随分違っている。だが、その分だけ数が少ないのはご愛敬といったところだろう。まっ、本当にどうでもいい話なのだが、その学生の頃がプラスチック文化の全盛期だったような気がする。当時は今の私の年齢になったら世の中はほとんど全てのものがプラスチックになってしまうのではないか?という悪夢のシナリオを本気で考えていた。だが、幸いなことにそれは見当はずれの予測となった。メデタシ、メデタシ〜・ |
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2003/03/27
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| 1159 ●アナログの感覚が戻る |
| 怪しい作業の連続で、半分以上はアナログ処理という状況かで過去の道具を色々と出しては格闘しているのだが、昔取った杵柄ではないが、みるみる当時の感覚が戻ってくるのが自分でも解る。所謂当時はデザインのダミー作成は完全にアナログ作業だったからである。竹ヘラやペーパーナイフを改造した怪しい突起物に各種改造ニードル類。さしずめ中国ピッキング団顔負けの道具類である。ある時はヤマト糊、ある時は木工ボント、そしてある時はスプレー糊や複合糊という具合に糊だけでも色々と使い分けるのだから楽しくてしょうがない。材料類も含めて細かいことは現時点ではまだ御法度だが、このまま永遠にこんな怪しい手作業で生活が出来るとしたら、迷わず私はこちらの道を選んでしまうかも知れない。かつて、デザイナーは道具を見たらスキルが解ると言われた時代があった。今はそれが難しい。卓上のタブレットやマウスの状態を見ただけではスキルなど判別も出来ないからだ。いやいや、こんな話題すら既に死語の羅列でしかないのかもしれない。道具は使い手が改造するというプロの世界の掟が無くなってしまった今、そしてこれからのプロは何を指針として先人を見つめるのだろうか。ふと、そんなことを考えてしまった。 |
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2003/03/28
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| 1160 ●鯉の滝登り |
| いつものように近くの呑川を散歩していると、突然川の中で何かがあばれるようなにザブザフという音があちこちで発生していることに気が付いた。何がおこっているのだろうと興味津々でのぞき込んだ私はあまりの光景に唖然としてしまった。なんと辺り一面小さいモノでも30センチはくだらない鯉が上流を目ざして滝登りさながらの行軍をしているのである。見える範囲で数えても、その数はざっと100匹どころではない。オマケのように大きな亀まで数匹泳いでいる。そう言えば気のせいか水位が落ち込んでいる。場所によっては巨大な濃いの背中が水面から出ていたりする。だから大騒ぎして水のあるところに移動しようとしているのだろう。しかしねこんな東京の町中の川に恐ろしい数の鯉が生息しているなんて地方に住んでいる方には信じて貰えないだろう。かつて私が小学生の頃は最悪の環境汚染状態だった。そして少しずつ浄化に努力する方達の力でここまで来たと言うことを私は知っているのでなんとなく嬉しい。そんなことを考えていたら、あっという間に散歩の制限時間が過ぎてしまった。縁側の爺さんではないが、日がな一日ボーと鯉が泳ぐのを眺めてみたいモノだ。多分2時間もしたら飽きてしまうのはミエミエだが。 |
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2003/03/29
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| 1161 ●電話で失敗 |
| 以前もネタにしたような気がするが、私は仕事部屋の電話(自宅の番号は非公開)に通知でかかってきた場合は絶対に出ないことにしている。過去の経験値から、まず非通知の電話は確実に怪しげな勧誘だったり商品の売り込み電話だからだ。ところが、たまたま運悪く、ある仕事の打ち合わせ確認で電話が鳴り響いたのである。しかも2度も続けて。当然非通知であったので私は出なかったが、直ぐに右端の通信用マシンにメールが届き、今の電話が誰からだったのかが直ぐに判明したので慌てて電話をかけ直した。運悪くと書いたがねもしかしたら運良くだったのかもしれない。私は頻繁に退席するので、タイミングが悪く通信の出来ない場所からだとしたら、これこそ最悪である。そもそも非通知という仕組み自体が理解出来ない。ほとんどNTTの儲けを増長ざせるための逃げ道のような仕組みでしかないのではないだろうか。もし、非通知などという仕組みがなく、全ての電話がどこから誰にかかってきたかが判明出来るようになればストーカー事件も激減するのではないだろうか。あくまでも個人的希望が入っている想像だが、近い将来電話番号はよほどの近しい関係でないかぎり公開しないという価値観が生まれるのではないだろうか。知り合ったアメリカ人の多くが親しくなっても、自宅の情報はなかなか公開しない。平和惚けしちゃっている喉かな日本人の感覚がイケナイのかもしれないが・・・。 |
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2003/03/30
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| 1162 ●日本人の原点 |
| 知り合いに75才に届こうとしているおばさんがいる。若い頃遠縁で仕事を手伝っていた時、そこの次男に求愛をされたが、その方は戦後ソ連に抑留され病死してしまったそうだ。残されたその方はその家の長男に虐待を受けたことが引き金になってその家を飛び出し、現在の旦那さんと結婚したそうである。そして、あの時虐待をした男が昨年79才で他界したことを暫くぶりの墓参りで知ったのだそうだ。虫の知らせとでもいうか、その男が毎夜夢枕に立ったらしい。墓参りも遠縁の伯母さん、伯父さんのためだったらしい。不思議なことは確かにあるのかもしれない。聞けばソ連に抑留され病死した方も死亡した頃におばさんの夢枕に立ったそうである。でも、おばさんは虐待おところ悪口は一切言わなかった。『死んでしまった人の悪口を言っても何も生まれない』と話すおばさんの目は庭の鉢植えに輝く花のように綺麗だった。自分が歳を取ったとき、見知らぬ若者にこんな感想を思い起こさせることが出来るだろうか。出来るような老人になるように精進しなくてはならないのかも知れない。だが、こういった価値観は世界中共通ではないのである。死んでも子々孫々へ永遠に謝罪しつづけることを強要する民族、永遠に補償を払い続けないと許してくれない民族。そんな国に囲まれてしまった国があるとしたら、その国の若い世代に未来など何もないかもしれない。 |
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2003/03/31
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