海津ヨシノリの気まぐれコラム/2003年06月分(1224〜1192)


1224 ●ストレスによるジンマシン
31日、両腕に少しばかり湿疹が出てきたる痒くてしかたがないが適当な薬を付けても一向に改善される様子がないのでいつもの総合病院に出かけたが、運悪く皮膚科は休みであったるしかたがないので無いかと思ったがね受付理の対応が曖昧だったので諦め、別の小さな病院で診察を受けた。実はここの医師は名医で有名である。で、早速診療を受けると、どうやらストレスから来る湿疹らしいとのこと。身に覚えがあるので、出来るだけストレスを貯めないように、また刺激物は摂取しないようにするつもりだ。コーヒーも控えなくては。幸い私は飲食物で刺激性が強いと言ったらコーヒーぐらいだ。しかさ、出来るだけトラブルに巻き込まれないように、あるいはトラブルを発生させないようにこころがけているつもりだが、時にはその心配りが逆効果として跳ね返ってくることがある。それでもこちらに非があれば直ぐに謝罪して問題を解決するのだが、あちらに非がある場合は困ったことになってしまう。私は全面撤退してしまうからだ。もちろん話せば解る人なら撤退はせずに和平交渉となるわけだ。難しい問題である。案外あちらに非があるとこちらが思っていることをあちらも考えていたりするかも知れないからだ。でも、最近感じたのは、ほんの些細なことでトラブルに発展してしまうということは、話し合っても解決できないほど考え方が異なっていたり、価値観が逆方向という証ではないだろうか・・・と。
2003/06/01

1225 ●パソコン三面鏡と音声オペレーション
複数台のパソコンを使い分けて仕事をしている私だが、気が付くと無意識のうちに三面鏡のような状態に機材をセッティングしていることに気が付いた。液晶モニター花盛りの今だったら、本当に三面鏡環境も夢ではないかも知れない。ところでSF映画の中ではしばし複数のモニターをマルチスクリーンのように配置してそれぞれが独立した処理を行っているというシーンをよく見るような気がする。ただしキーボードは1つである。なんだか凄く進んだ世界の設定なのに相変わらずキーボードというのもなんだか滑稽で面白い。かつて『わかってはいるのだが、そうしないと何も解らない人を説得出来ない』という話を聞いたことがある。言い得て滑稽だ。でも、私が中学生の頃に見たTV版のスタートレックでのコンピュータとのやり取りは音声オペレーションであった。そういえば確かうちにもIBMのMacintosh版音声入力装置(正式名称を忘れた)があったが、あれはどこに行ってしまったのだろう。初期設定が面倒なので箱に入れたままにしてしまったが、Windows版は凄く進んでいるようだ。まっ、流石に文章入力を音声でという流れだが、オペレーション全般についてお名性処理が可能だったら6面鏡環境ぐらいも夢ではないかも知れない。でも、6台一度に別々の仕事をさせる現実性が無いことに気が付いた。
2003/06/02

1226 ●真相は不明だが拒否した新聞掲載
イラスト作家年鑑の類に作品が掲載されたことで色々と妙な電話やメールが沢山くるようになった。例えで電話での話しとして、ある地方都市の大手新聞社(SデパートにY新聞って何の関係?)のローカル版担当者より、『弊社誌面のアートコーナー?に作品を掲載し、専門家に寸評をいただく企画にどうしても貴方の作品を掲載したく、つきましては4万円を掲載、審査料金として振り込んで頂き・・・』とか。広告を掲載するのでもないのに取材される側が掲載料を払うのって地方新聞では当然なのだろうか? なんだか胡散臭さの塊のようだったので丁重にお断りした。寸評をいただくほどのアート作品なんて作っていないし、ワケワカンナイ人に寸評なんてもらいたくないし・・・。そもそも電話口の方は『こちらでは貴方のような作品を見る機会が少なくて、読者も喜ぶと思います・・・』とかる思わず笑いそうになってしまった。日本ってそんなに広くもないし、今時インターネットもバリバリだし、地方だからデジタル系イラストを見る機会が少ないなんて説得力無い(小学生もだませない)話だと思う。さてこの話の結果は、先方が『40万読者に作品を見ていただけるし、貴方の作品が個性的でどうしても・・・』と口説かれたが、もう最初の印象からして胡散臭かったので本気で相手をしていなかった私は相手の気分を損ねないことだけに神経を集中し、『私は新人ではないし、こういったことは若い方に道を譲りたいので・・・』と、丁重にお断りしたというわけである。多分お金振り込んだら消えてしまうのだろうけど。しかし、たまたまイタズラ電話の後だったので非通知電話をとったらこの始末である。やっぱり非通知は取らないぞっと心に誓うのであった。でも、もしかしたらイイ話だったのだろうか?と0.1%ほども後悔していなかったりする私である。
2003/06/03

1227 ●通信障害なのか祟りなのか?
2日の夕方からメールの送信が出来なくなってしまった。悪魔の553エラーである。ただし、1つのアドレスからは送信出来る(なんでコレだけ使える)が、それでは意味のない状態であった。なにより直前にオンラインショッピングを行ったのだが、どうしたわけか二重注文となっており、その確認メールが届いていたのだが、そのアドレスから返事が出せない最悪の絶体絶命状態である。結局Windows側から送信(しかし、EudraはWindows版となるとメチャクチャ使いにくいのはどうしてなんだろう)することで問題は回避したが、同じ回線を使っているのにMacintoshがダメでWindowsがOKというのはよくわからない。兎に角イライラしてもしかたがないのでそのままにしていたが翌朝には何事もなかったように元に戻っていた。今回の事で思ったことは、マシンが一台でアドレスも1つという人が緊急時に送信できなかったらどうなるのだろうと。絶対に安全ではないシステムにドップリ浸かってしまった我々は、どこかで大きなしっぺ返しを食らうのではないかと。それが本当に一刻を争うような状況で起こらないことを祈るだけだ。なにせ最近の傾向として名刺にはメールアドレスだけというのが本当に増えてきているらしい。思えば私もそうしたい気分だったが、もう少し先送りすることにした。
2003/06/04

1228 ●セミナーでお勉強
3日、大崎ゲートシティーで行われた【Adobe×discreet『 Webストリーミングセミナー』】というのを聴講してきた。要するに真面目なお勉強としての聴講である。私はこっちの方向は素人状態に近いのだからだ。Adobeは誰がどんなセミナーの受講に申込みをしても断ってきたりしないので好きだ。コンピュータのセミナーに参加するなんて、日頃の私のコラムを読んでいる方にとっては話が違うのでは?とお叱りを受けそうだ。しかし、私にとって違う世界の話は、それがコンピュータ系であろうとなかろうと等しく新鮮な世界なのである。高慢なスピーカーのセミナーは招待されたって参加したいとは思わないが、同じ視線で話をしてくれるスピーカーのセミナーは楽しい。反面教師、私もそうなるように常に精進しなくてはならないと、いつも思う。ところで、こういった異業種(少々大袈裟だが)のセミナーは本当にアイデアの宝庫となる。自分の世界での展開という意味でだ。兎に角今回のセミナーで利用されたソフトのうち、cleaner XLは以外は持っているので、いつかは自分の作品を作り上げてみたいという気持ちになったのは確かだ。ものを作ったり、アイデアをヒネリ出したりするキッカケなんて、本当に小さな出会いと予想外の刺激が引き金となっているにすぎないのではないだろうか。だからこそ色々な刺激を求めたくなってしまうのである。偉そうな蘊蓄をありがたがって聞くよりは、幼稚園児の話を真剣に聞いている方が絶対にエルモのは多いと思う。とにかく今日のセミナーが有意義だったおかげで私が充実した1日を過ごせたのは確かだ。
2003/06/05

1229 ●コンビニは便利だ
私はコンヒニが大好きだ。と、こう書くと、私はコンビニ族だと思う方が大多数だろう。でも、そんなに頻繁に利用するわけではないのである。では何故コンビニか?というと、私にとってのコンビニは自動販売機なのである。自動販売機でお茶を買うのだったら、道の反対側にあるコンビニで買った方が安上がりというわけでる。場合によっては150円のペットボトルも、キャンペーン品だったりすると100円以下だったりするラッキーな事も多い。ただし、昼前後は弁当行列となるので避けなくてはならないが。ところで弁当もイイ。私は前にもかいたが人で飲食店に入って何かを食べるというのが出来ない(一人で食事をするのは落ち着かないので)ので、そういった状況になってしまう場合は、迷わずコンビニで弁当を買って近くの公園で食事というパターンだ。ただし、雨天の場合は断食モードになる。なにせ私が学生の頃のコンビニと違い、最近のコンビニの食材は本当に美味しい。こうなると既存の食堂というのは死滅してしまうのだろうか。かつて浪人時代にバイト先の町にある何軒もの食堂に通っていたことが懐かしい。あるいは勤めていた頃に新橋や虎ノ門界隈で昼食をすませた食堂は今どうなっているのだろうか。案外昼時にこのビジネス街に誰かと足を伸ばしてみるのもいいかもしれない。きっとコンビニに対抗して頑張っているユニークな店がいっぱいあることだろう。
2003/06/06

1230 ●都営地下鉄大江戸線フェチ?
5日、私用で大江戸線に千駄ヶ谷の国立競技場間で出かけた。で、車中で、最近大江戸線の利用率が異常に高いことに気が付いた。汐留、大門、麻布十番、六本木、青山一丁目、国立器用議場、代々木、新宿、都庁前がよく下車する駅だ。実に汐留〜都庁前区間で下車したことがないのは、赤羽橋だけである。だから最近は混乱することは少ないが、最初の頃は大混乱した。都庁方面側から来た電車が都庁行きと表示されていたりするからである。要するに一周するのだが、その表示を見た瞬間、私の頭の中は大混乱してしまった。さて、最近地下鉄での移動が多いのだが、他に下車する機会の多い駅となると、九段下、東銀座、銀座、有楽町ぐらいだから、いかに大江戸線の利用率が高いかわかる。ただ、そんなに地下鉄が空きなのかと問われると、実は答えはノーなのである。あの閉鎖感と圧迫感はストレスの宝庫である。唯一地上の電車より優れているのはタバコ臭くないぐらいだろう。もちろん比較したら地下鉄の方が臭くないというレベルだある。ところで他の町の地下鉄というとJR京都駅から二条城方面を走る車両(名前を忘れてしまった)しか乗ったことがない。きっと東京の地下鉄よりも地方の地下鉄の方が後発だった分だけ快適な環境なのだろう。もしかしたら近い将来(と言っても最低で50年ぐらい先)には鉄道は全て地下に埋没してしまったりするかもしれない。あるいは病魔が不健康な体を蝕むようにジワジワと地方都市と東京の地下鉄がどこかで繋がったりするかも知れない。そうなったら地下鉄を乗り継いでどこまでイケルかなんてことも挑戦してみたくなるだろう。問題は数時間もトンネル状態に我慢出来るかどうかだが・・・。
2003/06/07

1231 ●高輪泉岳寺へ参拝
7日、唐突に高輪の泉岳寺に出かけた。殆ど衝動的である。季節的にもおもいっきり外れているのはご愛嬌だが、さて、思えば東京生まれの私はいまだかつて泉岳寺を訪れたことがなかった。案外地元の名跡なんていうのはどこの人も『いつでもいける』という頭が働いて意外に知らないことが多いと聞いたことがある。さて、我が家からは徒歩を入れても30分以内でついてしまうので、とんでもなく近いのだが、ついてみるとあまりに小さいお寺で、しかも周りは本当にビルだけという冷たい雰囲気に愕然としてしまった。風情なんて物はなにもないのである。たしかに5分も歩けば品川だし、そんなものだろうとは思っていたが、本当にそのとおりだと流石に拍子抜けしてしまう。さて、気を取り直して赤穂浪士の墓に参拝したが、話には聞いていたように全ての墓石には線香が絶え間なくたかれていた。300年も昔の話なのにだ。また、こんな季節にもかかわらず参拝する人はポツリポツリではあるが後をたたない。やはり日本人の原点みたいなものだからかもしれない。そう思ったせいか、参拝に訪れていたお年寄り達の顔が全て穏やかで穏和に見えたのは気のせいだったのだろうか。無機質なビル街の中にある泉岳寺も一歩境内に入れば何か目に見えない義士たちの心意気のようなものが訪れる者たちを包み込むのかも知れない。
2003/06/08

1232 ●浴用剤はボッタクリ?
浴用剤フェチまではいかないが、わりと頻繁に気分転換的に利用しているのだが、最近購入したものが完全に中身が見えるタイプの容器でね最初にみたときはに仰天してしまった。容器の中身は7割やっとという利用なのである。でも鉈要領は880gと明記して刈るから目検討で嘘ではないことがわかる。つまり容器がやたらと意味もなく無駄に大きいのである。ところか、昨日切れた今まで使っていた大手メーカー品は今回購入したものよりも容器が大きいのに内容量は650gなのである。それを今まで気にしていなかったのは浴用剤の出口が小さいために中身が見えなかったからである。つまりねどう考えても中身は容器の半分程度ということになるる表示要領と合致していれば詐欺にはならないが、不愉快なのはこの無駄に大きい容器のことである。ただでさえリサイクルが大きくクローズアップされている時なのに、この容器はどう考えても無意味で馬鹿げたサイズでしかない。それとも柏の葉からはみ出していた柏餅が今では柏の葉に隠れて見えなくなっているように時代的にコレが正しいのだろうか。どうでもいい話だと自分でも思うが、最低限の生活に必要のない商品だからこそ、もっと控えめにやってほしいと思うのは神経質すぎる入れ件だろうか・・・。それとも白戸には解らない何かそうしなければならない理由でもあるのだろうか。
2003/06/09

1233 ●くさやの干物
部屋の窓を開けっぱなしにしていることが好きな私も、雨でもないのに時々閉めっきりにしなくてはならないことがある。何処の誰だから解らないが『くさやの干物』を焼いている(どう考えてもソレ以外のモノとは思えない)からだ。好きな人には申し訳ないが、私はあれが大嫌いで、もう匂いを嗅いだだけで死にそうになる。食べるなんて言語道断だ。それと、都会ではやってはいけない生活ゴミの焼却を平気で行う人がいるらしい。あの煙と悪臭はそれしか考えられない。もし、病的にブチ切れる人がいたら、事件になるかも知れないと瞬間思うほど困った輩である。また、それに関係するかのように、悪習が出始めたあたりから生活ゴミの出し方がメチャクチャな人が多くなってきた。担当の方は毎回大変な思いをしている。どうも、これらの要因は近くに住む外国人住居者の行動らしいことが解ってきた。東京では少なくとも外国人が理解しやすいように地域のルールをいくつかの外国語で説明したパンフレツトなども配布しているし、定期的なポスターも見かけるようになった。にも関わらず、守ろうとしないのは根底にある文化のようなものなのだろう。自分の国でどう好き勝手に暮らそうと勝手だが、ひとたび外国で生活することになったら、どの国にもあるルールというものを守って貰わないと新たな偏見と差別が発生してしまうといつも思っていたが、どうやらそれは想像している以上に根深くなっているようだ。なんでもかんでも日本人が悪いという稚拙な論理を振りかざせば、せっせと言うことを聞いてくれた日本人は少なくなってきたのではないだろうか。気を使ってまで仲良くしなくてはならない理由などない。
2003/06/10

1234 ●あと8年に迫った地上波デジタル放送?
あまり関心が無かったというより、TVをあまり見ないので解らなかったのだが、2011年にTVの地上波は全てデジタルになるらしい。つまり、今使っている10年前に購入したTVは使えなくなってしまうのである。なんとももったいない話だ。いや、それまで持ちこたえるとは到底思えないのだが、もし中途半端な時期に修理不可能(修理代金が高い場合は修理する意味がないので修理不可対象)となった場合は当然買い替えなくてはならないが、そうすると新しいデジタル地上波が受信出来るTVはどのくらい? いやいや8年後なんだからまだ販売されていない? と馬鹿なことをつぶやいていたら、なんと20万円台で既に販売されているらしい。もちろん現状の地上波も受信出来るようだが、次は液晶TVの大きいのとか色々と考えていたのだけれど、なんだかよく解らなくなってきた。ただひとつだけ解っていることはね取りあえず8年ぐらい経つとTVのチャンネルは今の衛星デジタル波を含めたチャンネル数の数倍になるということだ。いや、数十倍かもしれない。そうなると、本当に少数の人たちだけの妙なTV局というのも雨後の竹の子のように出てくるのだろうか。流石に放送法(確か)はそんなに甘くないということになるのだろうか。どちらにしても、今のようにつまらない番組ばかりの世界だけは勘弁し衒いたい。
2003/06/11

1235 ●東急文化会館消滅す
渋谷の東急文化会館が6月30日で閉館になるそうだ。確かにテナントの多くは何世代も前の時代を感じさせるものだったが、それなりに味わいがあった。しかし、これにともなってパンティオンなど東急文化会館にある4つの映画館も47年の歴史を閉じてしまうのである。これだけだったら単なるノスタルジックな話で終わってしまうがね私にとってはちょっと違う。なにせ25ぐらいまで世田谷の若林というところに住んでいた(生まれは隣の代田)私にとって映画を見るのは渋谷の東急文化会館と決まっていたからだ。(特定の映画館だけで上映という場合は除く)確かに隣町の三軒茶屋にもいくつかの映画館はあったが、当時の三軒茶屋にあった映画館は1/3が3番館(メジャー映画館でロードショーが封切られてから数か月後上映されるような三流の映画館という意味。上映中に足下を鼠が闊歩していても誰も驚かない状況を想像して欲しい)で、残りがピンク映画専門という状況だったので普通の人には無縁だった。(ビデオも無かった頃の私にとっては逆に忘れた頃にジョーズを見たりすることは出来たのは重宝したが、それ以外は失礼ながらあまり映画好きの私には意味のない町だった)ということで今でも好きな作品の多くを東急文化会館で鑑賞しているのである。007シリーズ、大脱走、荒野の七人、真夜中のカウボーイ、華麗なる賭け、スティング、空軍大戦略、史上最大の作戦・・・。流石に大田区に転居してからは渋谷ではなく大森や川崎、有楽町という選択技があるので渋谷で映画を見るということはよほどの事がないかぎりなくなってしまった。聞けば今月中は色々と往年の名作を日替わりで上映するらしい。出来れば見に行きたいが、ちょっと無理な情勢が悔しい。
2003/06/12

1236 ●スポーツセンター休会
スポーツセンターを休会した。正確には退会だが、諸般の事情での退会なので状況が変化すれば再入会するつもりでいる。ようするに午前中に時間が捻出できなくなってしまったのである。私は早いときで7時、遅い時で8時半ぐらいに起きて一仕事終えてから10時頃にスポーツセンターに出かけて小一時間ウォーキングを行い、帰宅してからシャワーを浴びてメールのチェックと返信を行ってから食事というパターンだった。ただし、土日は例外。もちろん午前中に打ち合わせの雨場合はそちらを優先していたが、流石に今やっている本の執筆(既にメタメタ遅れている)や私用などでどうしても時間が捻出出来なくなってしまったのである。既に4月末から一回も出かけていない。お金ももったいないので取りあえず落ち着くまで休会というわけだ。まっ、仕事は相変わらず暇なのだけれども、雑用が多すぎて頭が絶えず沸騰しているような有様だ。秋ぐらいに落ち着くといいのだが、どうやることやら。兎に角からだが重くならないように注意しないといけない。一度重くなると戻すのは至難の技だからだ。しかし、我ながらいくら暇とは言え3年も通い続けたのにはびっくりしている。発端が肩の故障だったのだが、もしあの時階段から転落して肩を痛めていなかったら私は確実に10キロは重くなっていたはずだ。想像したくないのだが・・・。
2003/06/13

1237 ●さようならグレゴリー・ペック
13日、グレゴリー・ペックが死去してしまった。好きな俳優だったのでショックは大きい。ただ、好きと言っても全ての作品を見ているわけではないが、『白い恐怖』『白鯨』『ローマの休日』『ナバロンの要塞』『子鹿物語』『頭上の鉄器』『マッカーサー』あたりは特に好きな作品だ。でも、恋愛ものはまず絶対に見ない(ロマンティックコメディーは見る)のに、『ローマの休日』だけは少なくとも10回は見ているので、やはりコレが定番ということになるのかもしれない。確かにオードリー・ヘップバーン(もっとも好きなハリウッド女優だと思う。存命であれば私の母親ぐらいの歳なのだが・・・)は論外で光っているが、彼が相手役でなかったらこれほど末永く支持される作品とはならなかっただろう。なんだかここ数年、好きだった俳優がポツリポツリと亡くなってしまうのを知り寂しい気持ちが沸くのと同時にね懐古趣味というわけではないが、昔の作品の方がしっかり作られていたような気がする。派手なコンピュータグラフィックも無いし、テンポもゆったりとしている。でも、何度も見たい作品となるとそういった時代のモノばかりというのはどうしてなのだろう。単に私がノスタル爺になってしまったということだろうか。少し違うような気がするのだが、兎に角、グレゴリー・ペックさんのご冥福をお祈りしたい。
2003/06/14

1238 ●ファームウェアのアップデート
PSプリンタのファームウェアをアップデートした。ただし、既にその最後のアップデータは数年前に公開されていたのだが、私は特に不自由をしていなかったので気にしていなかったし、そもそも存在すら知らなかったのである。ところがWindows側からあるソフトのデータを出力すると、エラーコードが印刷されてまともにプリント出来ない問題が発生し、色々と情報を収集する段階でこのファームウェアの存在を知った。ただし、これはWindows(正確にはDOSモード)からしか処理できない仕組みになっている。確かにWindows側の問題だからそれでいいのだが、もしMacintosh側からもなにがしらの問題が発生した場合、ファームウェアはどうするのだろう。実は昔使っていたPSプリンタでそういったことが実際にあったのである。ただし、私はWindowsマシンも持っていたので何も問題なくファームウェアをアップデートすることが出来たが、Macintoshしか持っていない人の場合はメーカーに送るか、サポートの人を呼び寄せるしか方法が無かったのである。そして個人で所有している場合は最悪の状態となる。A3の出力できるカラーのPSプリンタをどうやって送るかを想像して欲しい。ピアノの運送業者に頼むしかない。もちろんサポートの人にきてもらうのが得策だが、保守契約をしていない個人の場合は当然無料とはならないのである。さてさて、それは確かに昔の話だが、最近はMacintosh本体ですから時々ファームウェアのアップデートを行う必要が出てきたりするご時世。サードパーティーには辛い時代なのかもしれない。
2003/06/15

1239 ●Macintoshでは再生出来ない音楽CD
先日家族の一人が購入した音楽CDをBGMがわりに通信用のiMacDVで再生させようとしてコトに気が付いた。なんとこのCDはMacintoshでは再生できないのである。よく見てみるとどうも最新のコピープロテクトの関係らしい。断っておくが私はコピーを作成しようとしているのではないのである。単にMacintoshで再生させようとしているだけなのである。通常Macintoshに音楽CDを入れるとCDの中が見えるが、このCDは見えないのである。仕組みは解らないが、このMacintoshではダメというのは案外多い。DVDビデオの特典オマケの中にもMacintosh不可という文字は目立つ。大した問題ではないのだが、この文字の視覚的効果は恐ろしく大きい。例えば以前も話したが、メモリーレコーダー類のほとんどはMacintosh非対応である。そんな中でなんとか対応しているモノも実に中途半端で、取りあえずデータを読み込める程度のものだ。確かにユーザー数の違いから判断すればサードパーティーには同情してしまうが、こうなるとMacintoshはますますマニアックな世界に一直線となってしまわないだろうか。奇特にも10倍払ってもいいから同じ環境をと思っていたとしても、同じ環境は存在していないという現実を突きつけられるのはやっぱり嫌な気分だ。Appleはもう少しサードパーティーを大切にした方がいいのではないだろうか。
2003/06/16

1240 ●私的使用の履き違え
著作権という問題は難しい問題だ。国自体がいい加減な所があるのはもう異星人ぐらいに考えていないと怪我をするかもしれないと思う。日本から入ったものをコレは日本人が真似したと国民こぞって真顔で騒ぐような国のことを思い出せばいいだろう。ところでインターネットの普及やコンヒュータ機器の性能アップで誰でも色々な著作物を良くも悪くもコピー出来るようになってしまった。心ある人はそれでも真摯に対処しているわけだが、意味を履き違えて間違った認識の上に自分は正しいことをしていると勘違いされている方が実に多い。こういった方達は正しい情報を教えてあげれば直ぐに対処てくれるのだが、その正しい情報がキチンと浸透していない。これは国にも責任があるだろう。そういった間違った認識の頂点にあるのが『私的利用』というやつだ。個人的な利用なので著作物の複製を勝手に作成しても問題ないという意識である。間違ってはいないのだが、その解釈は完全に一人歩きしている。著作権法でいうところ『私的利用』とは、個人、またはその家族の間だけで利用し、楽しむ行為であり、それが第三者の目に触れた時点で違法となってしまうのである。とにかく小学生、いや幼稚園児からしっかりとした著作権の考え方を指導する必要があるだろう。どこかの国のように著作権など有名無実の国になってしまうほど、まだ日本人はいい加減ではないからだ。それにしても、音楽著作権のように手厚く保護されていない絵やイラストなどは、どうしようもないくらい悲しい結末になってしまうことが多い。どうしてずる賢い奴ほど腹黒く長生きするのだろう。
2003/06/17

1241 ●野球中継の延長は自粛してほしい
視聴率のための行為だということは解っているが、『スポンサーのご厚意により30分延長』というのは本当に不愉快だ。もちろんこういった意見はもしかしたら私だけなのかもしれない。なにせ中年の必修アイテム?である野球、ゴルフ、ポクシングにカーレースというものにまったく興味がないからだ。競輪、競馬、競艇も同様だ。基本的にスポーツは見るのではなく実際に自分が行う方が楽しいと感じている。ただし、それは今の私には体力的に無理な話だ。ということでなんども話題にしているネタだが、専用チャンネルを作るべきだろう。そんな私自身が映画専用の衛星放送あたりを契約したほうがいいのかもしれないが、地上波でエアチェックしたい番組はなにも映画ばかりではないのだから本当に困ってしまう。しかし、タバコ嫌いに酒はほとんど呑まない、ましてスポーツ番組には興味なしとなってしまうと、やっぱりだれも声を掛けてくれなくなってしまうのはもっともな話しかもしれない。じゃ、お前はどんな番組を見るのかと言われると、歴史(ノンフィクション)関係に料理と趣味(園芸やら手芸、書道、簡単な大工仕事みたいなもの)だったりする。別にそれらの趣味を率先しているわけではないのだが、見ていて専門外なだけに新鮮な刺激を得るからだ。でも、やっぱりこんな考え方は妙な奴となってしまうのかもしれない。こうしてますます引きこもりがちになってしまうのであった。
2003/06/18

1242 ●御餓死CDはPCで再生出来ない
数日前のMacintoshで再生出来ない音楽CDのコラムに対して用心から次のような内容のメールが届いた。『Macintoshで再生出来ないCDは、Windowsでも再生出来ない。ただし、Windowsの場合はお目溢し用の低音質ファイルが再生されるのでスピーカーがプアだと解らない。』・・・なるほど、そんな仕組みだったのか。ただ、古いマシンでは通用しないプロテクらしくiMacDVクラスなら充分に不意ので再生出来るらしいのですが、私のところでは無理でした。彼は『ホントこんなコトしてるとマジでCDなんか今後一切買わないぞ!って思いたくなります』と力説していた。確かに私の部屋に音楽CD再生用のプレーヤーやラジセの類は何もないのである。腐るほどPCがあるのだから意味がないというわけだ。でも、これからはそれすら意味のないことになってしまうのだろう。問題の一部は不正コピーの横行なのだが、目まぐるしく変化するメディアとその関連ハードウェアには既に取り残されつつある私は遠い目になっている。なにせMDもないのだから。そう言えば学生の頃のある夏休みに1週間ほど外出しないで部屋に閉じこもったままの生活をしたことがある。実験のためだ。なんの実験かというと一切の音楽を拒否した生活である。当然ラジオもTVもレコードも御法度である。でもかすかに外からの音楽というものが入ってきてしまうので厳密な意味では完全な隔離状態ではなかったので偉そうなことは言えないが、結果的に案外音楽は無くても生活できてしまった。もちろんあったほうがいいに決まっているのだが、無くても生きていくことにさして問題はないと私は思う。う歌の内容ですら政府により管理されている国もあるくらいだから。
2003/06/19

1243 ●再撮影地獄
仕事というわけではないのだがねある意味仕事でもあり、撮影が目的ではないが必要な撮影というちょつと説明が面倒なモノを3ケ月ほど撮り貯めていたが、とんでもない勘違いのため、結構な分量を再撮影しなくてはならなくなってしまった。はっきり言って憂鬱な気分だ。ただし、発端は私のとんでもない勘違いと思いこみによるものなのだからどうしようもない。自業自得である。どうも私は神経質で緻密な人というイメージが強いようだが、意外ととんでもないミスをしでかすことが多い。分量は正確なのに塩と砂糖を間違えるといったミスである。問題の写真に関してはホワイトバランスをとんでもない状態でとっていたのだから我ながら呆れてしまう。多分その爪にお借りしていたデジタルカメラが自分のソレよりも降雨機能なので、何かとんでもなく勘違いしてしまったのである。恐らく便利になりすぎてしまったことにより、緊張感が少し緩くなってしまったのかも知れない。ある意味で錦地羊羹と不自由さは必要だと痛感した。考えてみればアナログ自体の撮影では失敗は許されない。露出計で測り、ポラでとって確認を何度も行って撮影し、現像が上がってくるまで心臓がバコバコ鳴り続けていたことを思い出した。やっぱりプロ用のマニュアル処理が可能な一眼レフタイプというのは必要かも知れないと思い始めた。
2003/06/20

1244 ●友人の個展
21日、友人の個展が最終日だということに気が付いたが、既に時遅しでどうしようもない状態だった。申し訳ないことをしてしまった。兎に角時間がとれないのである。仕事は暇なのだが、身動きが取れない状態である。それでも頻繁に色々な場所に出かけているがねほとんど用事を済ませたらトンボ返りである。ただし、今回は19日が何も予定がなく時間はあったのだが、体調が少し悪く、このまま人混みに出かけると風邪に発展しそうな予感がしたので断念してしまった。本当に申し訳ないことをしたと反省しきりである。で、個展やグループ展は出来れば初日のオープニングパーティーを狙うのが王道だし、それでないと意味がないと思っている。主催者に確実に会えるからだ。ただし、とんでもなく有名な人でその方とは何の面識もないという場合は論外である。私は個展を行ったことがないがねグループ展なら学生のころ渋谷の公園通りで一度だけ行ったことがある。とんでもない昔の話しだ。当然コンピュータなんて無い時代の話しである。手書きのイラストをセッセと徹夜して描いたことを今でも覚えている。なにかそれを思い出していたら、余裕とタイミングがあれば個展をやってもいいかな?と思い始めた。1週間のために、あの学生の時のようなエネルギーを出せるのなら・・・。
2003/06/21

1245 ●安売りの極地?
近くのデパート(大型スーパーマーケット)でとんでもないバーゲンが開催されたる豆腐一丁9円といった具合(タイムサービス)なのだからいくらなんでも仰天する。更に有名国産化粧品(値引きしたのを見たことがない)が2割引というのだら現場は壮絶な状態だろう。確かに前から安いデパートだったが、正面に有名ドラッグストアの始点が出来たことで勢いがついたるとにかくサービスが桁違いに良くなったのである。やはり競争原理は必要だという証のような変化であった。近所では、そのドラッグストア消滅作戦ではないかとさえ囁かれているほどの安売り天国である。おそらく口コミ情報なども影響したのだろう。既に開店して3ケ月ほどしか経過していないにもかかわらず閉店するのではないかとまで言われている。なにせ同じ商品だったらデパートのほうが格段に安いからである。消費者心理として、一度でも高い店というレッテルが貼られてしまうと、それを払拭するのは容易なことではない。多分全国チェーンの問題のドラッグストとしては破格の価格設定なのだろうが、大森に本店のあるこのデパートの安売りは昨日今日の歴史ではないのである。さてさて、大どんでん返しはあるのだろうか。どちらが勝っても安いのは大歓迎である。
2003/06/22

1246 ●水路で浅草へ
22日、前からやりたかった水路で浅草行きに挑戦してみた。日の出桟橋から水上バスで浅草行きというやつだ。乗ってみると気持ちはいいが、やっぱり隅田川は臭かった。で、肝心の浅草はどのくらいぶりか忘れてしまったが、相変わらずの風景に何か不思議なになった。ただ、雷門の巨大な提灯が補修とかで8月まで無い状態がつづくらしく、なんとも間抜けな雷門だった。でねちょつど中途半端な昼前ということもあり、雷門の直ぐ側にある有名な天麩羅屋さんに入ったのだが、とんでもない店だった。開店前に列んでいる時、調理人がくわえタバコで吸い殻を調理場に投げ捨てるを見たときには嫌な予感がしたが、付きのお客が2回の階段に列んでいて終始私欲時中に見られているという最悪のパターン。そして止めは、一緒にはいった関係者の一人の食事が完了したとたんにおばちゃんが後かたづけにやってきたのだが、無理な食器の持ち方からお茶をこぼして洋服がずぶ濡れとなってしまったのである。さすがにその人の料金は無しということになったが、配膳も含めて、完全に観光地の飲食店に成り下がっているのに気が付くのが遅すぎた。もう二度と入ることはないからどうでもいい話しだが、天保8年創業が泣いている。ところで食事中になにかの連想からこの雷門の仲店商店街に学生時代の友人がやつている豆屋さんがあることを思い出した。卒業後に何度か訪れているにもかかわらず今になってどうして思い出したのかわからないが、とにかく店を探さなくてはと思ったものの、友人の名前は分かっていたが店の名前を度忘れてしまった。で、困ったな〜と雷門を越えた瞬間、左の最初の店に見覚えのある顔を発見。そのまま店主に声を掛けたら、問題の彼だったのである。なんだか引き寄せられるような出会いというのはこんなことなのかもしれない。
2003/06/23

1247 ●ヨーグルト製造に失敗
市販のヨーグルトを同じく市販の牛乳にすこしだけ加えて12時間ほど放置するとヨーグルトが出来るという話を小耳に挟んだのでコッソリ実戦してみたが、尊に失敗してしまった。ヨーグルトのプランドが違うからと言う結論に達したのだが、もし全く同じ材料で失敗したら笑いモノになってしまうので何もなかったことにする私である。別に異常なまでの健康志向というわけではないが、かつて一世を風靡した紅茶キノコを作るのとはワケが違う。実はアレを叔母がつくっいるのを見てしまって暫く叔母の顔を見たくなかったのは私である。はっきり言って気持ち悪い。そうそう、気持ち悪いと言えば、子供の頃に体にいいと脅かされて父に強引にキャベツを搾ったジュースを呑まされたことがあった。あんなものは飲めない。(人参ジュースに酢を入れて呑んでいる私が言うのも変な話しだ)キャベツは普通に食べるのが一番美味しいんだよ父さん。まっ、ひまし油を飲まされたときよりはましだったが。で、話を戻すと、こういった健康怪し食品は後を絶たないが、今回チャレンジしたヨーグルトは単にヨーグルト菌を牛乳の中で培養するという科学的なお話しなのだが・・・どこを間違えてしまったのだろう。かつては化学工学科の学生であった前科が泣くというものだ・・・。
2003/06/24

1248 ●ガムだけ買う罪悪感
ガムが好きなので品番に買うのだが、どうしても罪悪感がある。要するにガム1つだけもってレジに向かう勇気がないというわけだ。だいたいガムを買うっていうのは1万円札を崩すのが目的だったりする場合が多いというのも拍車となってしまう。だから買うときは別のものと一緒にどさくさに紛れて買うのだが、流石にコンピニの場合はペットボトルのお茶とガムである。なんだかとっても間抜けな選択技のような気がしていつも恥ずかしくなる。もっとも昔は【タバコとガム(禁煙ガムじゃなくて普通のガムである)】というもっと妙な組み合わせだった。で、近くの大型スーパーでは時々まとめ買いをする。だいたい10個単位で買うことが多いが、最近は面倒なのでボトルタイプのものを愛用している。ただし、一番すきなものが東急ハンズでしか販売されていない(国産有名製菓メーカーなのにどうして?)のはストレスの元だ。てっとり早手に入れられる L社のは、なんか噛むとストレスが溜まるようなガムなので基本的に嫌い。やっぱり G社の東急ハンズバージョンか、R社がお気に入りである。もちろんキシリトール系のガムに限った話である。非キシリトール系ガムは論外。
2003/06/25

1249 ●ほとんど籠城モード
仕事というわけではないのだがね諸般の事情で部屋に缶詰状態となってだいぶたつ。もちろん完全に部屋二入りっぱなしと言うわけではないのだが、ほとんどそれに近い状態だ。もっとも動かない日で2回までの往復が1日に10回程度だったりすかするのだから尋常じゃない。もちろん何日もそれが続いてるわけではないが、似たような状態であることは否定出来ない。だから、とにかく理由を付けて外出・散歩をするように心掛けているが雨だと条件は最悪だ。なんだかフリーになり始めの頃に関わった仕事で毎日のように徹夜を続けて仕事先の部屋で倒れたときにちかい状態かもしれない。流石に当時のようなムチャはしないように注意している。ムチャは危険な行為だからだ。兎に角出来ることは水分を多く補給し、出来るだけ定期的に何か別の動作をするぐらいしか頭に浮かばない。取りあえず週末にどこかに出かけることだけを夢見る小市民的な生活はいつまでつづくのだろうか。いやいや、一段落したときにおもいっきり散歩をしたいと思うほど小市民というべきだろうか。ちょっと例えがオーバーだったかも。
2003/06/26

1250 ●駄菓子屋は覚醒剤
よく話題にする近くの某デパート(名称はデパートだが、どちらかというと食料品から家電、生活雑貨。更に医薬品に化粧品と本、オマケに食堂に自転車まで売っているダイエーのような店舗)の1階の絶妙な場所に駄菓子屋が出現してしまった。7月の1週ぐらいまで開店している臨時店舗である。もう私はメタメタにコレに弱いのである。イキナリ怪しいモノをいくつか仕入れてしまった。確かに一部は今風のものもあるが、あきらかに当時のまま(もちろんパッケージなどは少しずつ変化んしてるが)だったりするのは更に危ない伯父さんに拍車がかかってしまう。やはりこのチープで危険な匂いが漂う愛子の世界は一度入ったら抜けられないのかも知れない。実は、知る人ぞ知る近所の小規模な駄菓子屋さんは全て調べ上げて入りする。このあたりも散歩のたまものだろう。で、自分にとって絶対にはずせない駄菓子とはなんだろうか?と自問した結果ね先輩によく勝手もらった【酸桃】と【杏棒】のような気がする。そういえば2つ年上のあの先輩は今頃どうしているのだろうか。先輩が中学生になったときにから遊ばなくなったが、私が中学生になったとき、その先輩は中学には居なかったような気がする。恐らく記憶違いなのかもしないが、2つ年上だったのは確かだ。そんな断片的な記憶がいくつも複雑に繋がって妙なモノを突然思い出したりするのがなんとなく滑稽だったりするのはなんでだろう。
2003/06/27

1251 ●神話は崩れている
車道にたむろしていた若者を注意したことで殺されてしまった事件に代表される常軌を逸した事件が最近特に多くなってきた。かつて日本は世界一安全な国と自他ともの認めていたときがあっとことがまるで嘘のような治安の悪化だ。ピッキング御殿、日帰りスリツアーという言葉があるくらいだから、実体は想像を超えているのだろう。もはや男であっても深夜の買い物は危険と考えた方がいい。仕事の打ち合わせで帰宅時間が遅くなる場合は、出来るだけ明るい道を通か、タクシーを利用することを考える方が賢明だろう。その時間も私は10時が限界だと感じている。また9時から10時までの間はグレーゾーンだとも思っている。でもね蛭間だって安心は出来ない。怪しいセールスマンは後を絶たない。なにやらメモを取りながら近所を全て回っているセールスマンには流石に背筋が寒くなったが、意外と多いのだそうだ。あと、セールスマンや電話での売り込みなどは丁重に断らないと後で色々と仕返しや嫌がらせわ受けるそうだ。悪質な場合は嫌がらせ電話をなんども掛けられたという話しも聞いている。特に子供のいる家では家庭教師の売り指呼電話がこの手の類らしい。つまり家庭教師センターから依頼された勧誘専門のアルバイトというわけである。もしかしたらこの先、悪しき神話が成り立ってしまうのかも知れない。嫌な気分だ。
2003/06/28

1252 ●ロシアの二人組
ロシアの高校生デュオが歌謡番組の生放送中にドタキャンしたとかで大騒ぎになっている。番組は見ていないし、そのグループには興味が無かったので私にとってはどうでもいい話しだったが、よく調べてみると、そのドタキャンも、もしかしたら演出じゃないのだろうかと感じてしまった。わがままでお騒がせの絶えないというキャッチフレーズがある種のステータスとなっているからだ。まっ、真偽を憶測だけで決めつけてはまずいが、さんざん『ヤラセ』を見せられた身としては何も信用できないと言うのが本音である。ところで、芸能評論も含めて日本はこの手の話題に甘すぎないだろうか。芸能人だから何やっても、どんなわがままをやっても許されるというのは筋違いである。わがままと言えば数年前政府の要人と同席したおりに、終始無愛想(無愛想を通り越してふて腐れていた)で通した女性歌手にはあ然を通り越して怒りさえ感じたことを思い出した。また、何度も覚醒剤に手を出しては復活したり、青少年の夢をくじくような泥仕合的喧嘩が絶えないタレントなど、どう考えても普通じゃないと思う。まっ、でも、そんな自己中心的な行動こそがアーティーストの由縁なのかもしれない。自分のことしか考えず、○○は何年前から使っていますなんて嘘は当たり前。こんな他人を平気で足蹴にする輩ほどしぶとく生き残り元気に仕事をして羽振りがいいのはなんでだろう。そうじゃない普通の人だってちゃんといるのに不思議なことだといつも考えさせられる。
2003/06/29

1253 ●タイガース?
地域で募集している少年野球のポスターのチーム名をなんと読んでいいのか分からずいつも困惑している。タイガースならわかるが『タィガース』なのてある。手書き文字なのだがねどう差し引いても『イ』は恐ろしく小さく書いてある。『ティガース』ならわかる。でも『タィガース』は読めない。やっぱれ『タイガース』の間違いなのだろうか。だれか近くに入会している子供が入れば答えは簡単なのだが、どうも人気は昨今の野球人気と同じくいまいちのようだ。ところで、こうしたいい加減に読んでいれば気が付かないが、気になると悩んでしまう表現や時は意外に多い。注意して町中を歩くと直ぐに見つかるはずだ。もちろんこういった場合は笑い話の範疇で終わるからいい。ところがこれが人名だったすると話はややこしくなる。いや珍名や奇名の話をしているのではない。例えば『大田真一』という仲の良い友人がいたとする。そこへ仕事関係で『大田誠一』という二かと面識を持ったどうだろう。絶対にミスなく事を済ませられる自身は私にはない。あるBBSでやたらと発言される『福島(仮名)』さんがいて、まったくの別人の『福田(仮名)』さんを『福島さんです』と第三者に紹介してお叱りを受けたことがあった。瞬間的に何かが要因となって条件反射がおこってしまったようで。人間は本当にいい加減な生き物だとつくづく思う。
2003/06/30





このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。


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