海津ヨシノリの気まぐれコラム/2003年12月分(1407〜1437)


1407 ●ジョブズ氏はお疲れ?
11月30日、銀座にアップルストアがオープンした。米国以外では初ということだそうだ。来年には大阪にもオープンするらしい。さて、私はまだ出かけてはいないが、オンラインニュースで少し気になる写真を見た。それはジョブズ氏の激やせした写真である。氏はいわゆる肥満体型ではなく筋肉質体系であり、実際に至近距離で何度も見てたことのある私には、その写真の中にいるジョブズ氏はまるで別人のように見えた。もちろん写真なので写り方などで雰囲気は随分変わる(ある雑誌の対談で私は顔のアップが掲載されたことがあったが、恐ろしく”オデブ”に写っていたのには笑ってしまった。撮影時の角度と顔だけのトリミングによりこんなにも変わってしまうかと唖然としたことを思い出した。)が、やはり何か変な印象を受けた。米国では日本とは比べものにならないほどダイエットは死活問題(入社等の面接では自己管理が出来ないと言うレッテルを貼られるために致命的だとか)だと聞いたことがあるので、もしかしたら単なるダイエットなのかもしれないが、最高経営責任者という立場では色々と心労でも重なってしまったのだろうかとも思ったが、アップルは業績が著しく悪いわけではない。いや、むしろ業績は良い方だ。まっ、それだけでストレート判断するのは失礼なことだし、痩せて見えるのが何故悪いと突っ込まれそうだ。どちらにしてもMacintoshファンでありビクサーファンの私としてはいつまでもエネルギッシュにファンを驚かす夢を作り続けて欲しいと願うばかりである。
2003/12/01

1408 ●外交官が犠牲になった
遂に外交官が射殺されてしまった。テロの痛ましさは今にはじまったことではないが、やり場のない怒りがこみ上げてきた。言葉は悪いが、これも、紛争地へ支援に行く人々に丸腰を要求する馬鹿げた発想の延長上で発生した事件ではないだろうか。赤十字(システム諸国では赤三日月なのだそうだ。十字はキリスト教のシンボルである)ですら異教徒として標的となるイラクで、自衛隊であろうと米兵であろうと民間人であろうと異教徒は敵としてしか見ていないテロリスト達がいることの事実をもっと冷静にみきわめなくてはならないだろう。米軍が攻撃したことが問題なのかも知れない。だとすると、毎日数十人が時の権力者の意に反したというつまらない理由で処刑されていたことをどのように正統化させたらいいのだろうか。内政干渉ということか? この問題はイラクが元気に自力で復興して数年たたにないと出ない答えのような気がする。とにかく話せば解る状況ではなくなっているのは数十年前からだ。難しい問題である。もちろんイラクの人々の大多数はテロリスト達とは無縁である。しかし、そこで支援活動を行っている外国人にとっては周りは皆敵に見えるのかも知れない。アフガニスタンとて同じであろう。かつてのベトナム戦争や日中戦争も似たような状況だったはず。正式の軍人ではないゲリラとの戦いではこちらは丸見えにもかかわらず相手は見えないというストレスは相当なものだろう。そうした異常な状況下で悲劇ともいえる事件は発生してしまうのではないだろうか。悲しい現実である。もちろんそんな状況に至らない道を模索することが大事なのは当たり前だ。しかし理不尽を通り越した馬鹿げた要求を平気な顔で突きつけるワケノワカラナイ国も確かに存在している。そういった狂った国が突然ミサイルを打ち込んできたらどう対処したらいいのだろう。それでも冷静になって今まで通りに話し合いをしたらいいのだろうか。個人的な関係であれば、イカレタ友人には近づかないことで問題は回避出来るが、国家間ではそうはいかない。それぞれの国の未来は隣国の状況に大きく左右されてしまうのはどこの国でも同じである。隣国に恵まれていない我が国は、諸外国の数倍の外交努力が必要ということではないだろうか。今ココで後ずさりすれば永遠に国際社会での信用を失墜させてしまうはずだ。復興活動中、志し半ばで命を落としてしまった全ての国の方々のご冥福をお祈りしたい。
2003/12/02

1409 ●Panther体験記その1
いきなり結論から言うとよく解らない。OSはあくまでもプラットホームであり、使うのは常用アプリ(OSをいじくり回して仕事が成立する人は別)だからだ。とにかく現在の私にとってはMacOSそのものがよく解らない(操作方法など全般について)のでMacOS9環境と単純に比較出来ない。ただし、Pantherとそれ以前のMacOSXとの比較なら、問答無用でPantherだろう。マシンにちょっとしたCPUアクセラレーターをぶち込んだような感じを受けた。いや、今までより確実に早くなっている。体感出来るということは2倍近く速いのではないかと感じた。この体感は期待もこもっているのかも知れない。ということで最大のネックはサーデパーティ製のアプリケーションの互換性だろう。大手は対応も早いだろうが、小さいメーカーは直ぐには対応出来ていないことが多い。なにせ、MacOSXがリリースされてからドット単位で対応未対応を不安定に繰り返して来たと言っても過言ではなかったからだ。ターニングポイントは10.2と10.3だろうか。まっ、こればかりはAppleであろうとMicrosoftであろうと、初物は半年待ての教訓が生き続けているのではないだろうか。だから本来なら私はまだPantherに手を出してはいけないのだが、やはり執筆などで無いと困る。それらな執筆に無関係だったらどうなのか?と言われても、最低限の新しもの好きとしての衝動は抑えきれないだろう。永遠に。なお、アップデートインストールは不安定ということのようだが、うちではまったく問題なく動作している。ところでApple Store Ginzaのオープンに会わせて来日されていたジョブズ氏、激やせしているように見えるが、ストレスが溜まっているのだろうか?と、気になってしまった。
2003/12/03

1410 ●NO・1よりOnly one
第45回日本レコード大賞(日本作曲家協会主催)にて、『世界に一つだけの花』で金賞にノミネートされたSMAPが、『この曲は歌詞の中にあるように、NO・1を目指すよりはOnly one(オンリーワン)を大切にしたいという気持ちを胸に歌ってきた。今回は輝かしい賞をいただくことより、歌ってきたメッセージを貫きたい』と、『さくら(独唱)』で金賞と新人賞にダブルノミネートされた森山直太朗が『アーティストとして胸を張って賞をいただけるポジションには到達していない』としてそれぞれ出演を辞退したそうだ。20年近く前のあの年の瀬の賞レースでまったくもって理解できない方が賞を取ったことを思い出した。いや、それは私の勉強不足だったのかも知れないが、やはり知り合いの多くはさの不可解さに疑問符を投げ合っていた。さて、私は音楽関係の専門家でもないし審査員でもないのであまり気にも留めず、基本的に興味も薄らいでいた。当然どんな方が賞をとったのかさえここ15年ほどは知らなかったりした。さて、今回の出場辞退は一部には演出と陰口を叩く方がいるようだが、私は素直に立派だと感じた。賞というモノは確かに名誉であり誰もが憧れる勲章だ。しかし、SMAPの歌ではないが、頂点を目指すだけが人生ではないし、ましてやアーティストの活動ではないはずだ。にも関わらず頂点を目指したがる方が多すぎるのもなんだかがっくりしてしまう。昔あるソフトのエバンジェリストとして活躍されていた友人がいた。彼とは仲が良かった。そんな彼がぽつっともらした言葉が印象的だった。それまで彼の使っているソフトを馬鹿にしていた方が突然『貴方の次に有名になってやる』と意気込んできたというのである。意気込んできた方も知ってはいたが、あまり親密な付き合いをしていないので話四半分に受け止めていたが、そう言われてみれば意気込んできた彼は目立つことに敏感だったような気もする。その後メディアで話題になるソフトはかたっぱしから使い込んでは昔から使っているようなそぶりを見せていたのには脱帽してしまった。恐ろしい集中力とエネルギーだからだ。私には死んでも真似できない特技かもしない・・・。
2003/12/04

1411 ●Adobe Creative Suite
4日、Adobeの新戦略として、Photoshop、Illustrator、InDesign、GoLive、Acrobatが同梱されたAdobe Creative Suite日本語版が発表された。正直、最初に英語版のリリースを読んだときは、個々にアップデートした方が安いし、合体ソフトのダースベーダーのようなMicrosoft Officeを連想してしまった。要するにあまり良い印象は無かったのである。ウィーナスも消えてしまったし。が、しかし、Version CueというAdobe Creative Suiteにしかバンドルされていない強力なツールの詳細を知ると、もうこれは一つの事件だとさえ感じるようになった。それぞれが完全に独立していてVersion Cueで連動する。遍歴管理とネットワークでへの本格的なプロジェクト管理及び進行の流れは、コンピューターで仕事ををしはじめた時の夢だったように記憶している。まさにその夢が現実となったのである。そしてコアのソフトはInDesignなのである。確かにPhotoshopとIllustrator意外は他社に襷を奪われてしまっているが、タル環境で考えたとき、これらのソフトは全てがそれぞれの分野のデファクトスタンダードと言い切って良いだろう。祖浅く活動中に思考を分断されるようなソフトはもう生きていけないような気がしてきた。ところでAdobe Creative Suiteは、もちろんそれぞれが独立しているので個別に購入して利用してもよいのは今までと代わりがない。しかし、3本でもこの中のソフトを利用しているとしたら迷わずAdobe Creative Suiteを購入した方がよいだろう。それほどVersion Cueは凄いオマケ(失礼な表現だが)だ。私はAdobeの宣伝マンではないが、とにかく目から鱗の環境なのは確かだ。他に、IllustratorにはDimensionsばりの3D機能が加わり、Photoshopのレイヤーを透明度を保持したまま読み込め、テキスト処理はInDesignばりに機能や設定が天こ盛り。Photoshopの新機能カラー調整類の数々や角度調整、入れ子レイヤー、InDesignのバスファインダー機能や2色印刷サポートや混合インキサポート、また、大物に隠れて地味ではあるが、GoliveのWebツールで世界初?の拡大縮小表示は『これだけで後はいらない』と言い切るのに充分なツールである。少なくとも私はそう感じてしまった。しかもこの価格設定。まさに達人が本気で勝負に出たといったところではないだろうか。
2003/12/05

1412 ●Panther体験記その2
Pantherの目玉機能の一つにExposeがある。デスクトップが散漫になるMacOSXの解決方法の決定打ということなのだが、私はこの機能が半分ダメである。半分というのは画面の四隅に各表示機能を設定する方法がダメで、ファンクションキーーの割り当てはOKということだ。画面の四隅は集中して作業を行っている時に不用意に機能してしまい思考が分断される。まったくもって大きなお世話機能だと言いたい。ただし、ファンクションキーへの設定は素晴らしいのひとことだ。他にもマウスーの設定と、都合3種類の設定方法を用意しているのは素晴らしい。いや、結果的にキーボージファンクションに割り当てて使えるだけで私は大満足なのだから、このExposeは大満足ということになるのだろう。なんだかヤヤコシイ話だが。いや、実はこの大きなお世話と思える機能がMacOSXへプロが踏み切れない要因の一つのような気がする(多分ね)。たとえばDockがうざったいと思っているのは私だけではないようだが、これを自動的に表示をオンオフ設定にすると、マウスの場合は問題ないが、タブレットを使っていると明後日なアプリを間違って起動させてしまうことが多くなる。一見この問題はタブレットに改善の余地があるように思えるが、恐らく開発の最中はマウス以外はあまり考慮していないのではないかと(個人的に)感じた。タブレットを持っている方は試しに実験してみて頂くとニュアンスを理解してもらえるはずだ。へそ曲がりと言われそうだが、私はデザインは好きになれないが、Windowsのタスクバーとスタートメニューの方が使いやすいと感じている。
2003/12/06

1413 ●地上デジタル放送って何?
12月1日、2011年に全国でアナログ放送終了スケジュール似合わせたテレビモニター販売合戦が開始された。取りあえず地上デジタル放送が東京、大阪、名古屋の3大都市圏でスタートしたことで買い替えに拍車がかかってるそうだ。要するに新型テレビが売れているのである。ところが、肝心の地上デジタル放送については若い世代でも認識や理解力が低いらしい。実は私もさっぱり解らず(2011年までに完全に切り替わるということはだけは解っているが、どう違うのかと言った細かいことはさっぱりである)困惑していたが、若い人も含めてほとんどの人がまるっきり良く解っていないと言うニュースを読み、『なんだ、解らないのは私だけではなかったのか』という安心感が先に立った。まっ、これからは当然液晶テレビだが、あのDELLも国内でのテレビ販売を開始するそうだ。もしかしたら数年後にはアップルマークのテレビが販売されるかも知れない。つまりモニターとしても使えるテレビというわけだ。さてさて、テレビ放送が始まって50年ほどだが、思い返してみる・・・本放送(第1世代)、カラー放送(第2世代)、音声多重放送(第3世代)、ハイビジョン(第4世代)、デジタル放送(第5世代)ということになるのだろうか。大凡10年ごとに世代交代していることになる。この先どんな放送が生まれるのかが興味津々だが、高性能プロジェクター方式のような、まるでスターウォーズに出てくるようなテレビ画面の登場は、あと何十年待てば手に入れることが出来るのだろう。唐突にそんなことを考えてしまった。でも新型TVは液晶ばかりで恐ろしく高い気がするのだが、やたらと売れているらしい。とりあえずまだ古いので頑張るつもり・・・。
2003/12/07

1414 ●医師免許の再試験制度
厚生労働省は頻繁に発生する医療ミスにやっと重い腰を上げたのか、医師免許の再検定制度を検討しはじめたそうだ。ようするに一定年数ごとに試験に合格しないと医師免許を剥奪するということである。『いままでそうじゃなかった』ことの方が驚きである。思えば10年ほど前に済んでいた近くの開業医に風邪で通い、3度目(1週間後)に症状が一行ら改善されないことを説明したら『そんなに直ぐによくなるわけないだろう!』と怒鳴られた事があった。とんでもない老医者である。流石に私は、その場から直ぐに退席して別の医院にいった。案の定というか、そこで処方して貰った薬で翌日に風邪は完治した。もちろんその老医者にもらった薬がそろそろききはじめていたのかもしれないが、いくらなんでも言い過ぎだと今も憤慨している。実はあとで聞いた話だが、その医院には若先生と老先生がいて、若先生は名医だが、老先生はとんでもないヤブで有名だったのである。だから順番で老先生になってしまつた場合は適当なことを言って皆さん逃げてしまうのだとか。要するに私は『飛んで火にいる夏の虫』だったわけである。妙な薬で副作用が出たりとかでなくてよかったと、今も思い出すたびに背筋が寒くなる。とにかく国家試験で得られる全ての免許は自動車免許のように一定期間ごとになんらかの方法で再試験、または更新する制度を徹底すべきだろう。そうそう、ついでで失礼な話だが、イラクでのテロ行為を『レジスタンス』などと表現する文化人の皆さまも再試験を受けた方が良さそうである。
2003/12/08

1415 ●Panther体験記その3
問題はプリンタである。手持ちのカラーレーザー系プリンタは古いとはいっても激務に使ったわけではないのでまだまだ新品同様である。ただし、公式にはMacOSXに未対応だ。先般も2度に渡り私のが留守の時に営業の方が過激な広告を置いていった。現行品ならMacOSXに対応しているが、あなたのプリンタは未対応だというのである。しかも買い換えはお得な価格設定で200万円とか。確か嫌味にコラムネタにしたと思う。申し訳ないが、早々資源ゴミの箱に丁寧に治めたのは言うまでもない。さてさて、どうしたものか。しかし、基本的には同じPostScriptプリンタなので何とかなるのではないかという楽観からネット上で検索をかけて見ると、灯台下暗しでメーカーのサイトに行き着いた。なんと98年にアップされた最新(最終と言うべきだが)バージョンがMacOSXで使えるというのである。ただしインストールは手動だ。話が違うとはこのことである。営業が持参したチラシはなんだったのだろうか。少々言いすぎかもしれないが、一歩間違えたら詐欺じゃないだろうか。兎に角多少の問題は抱えているものの普通に使う分には特に困らないことが判明した。もちろんこれから何か問題が発生するかも知れないことは覚悟しなくてはならないのだが。さてさて、ここまでの道のりは簡単であったが、実は使っていないと言っても最低限の操作と仕様はイタズラしながらマスターしていたのでネットワーク接続なども特に問題になく設定できたからこそ簡単にここまで行き着いたと言うべきかもしれない。いや、実際はそんなに難しくないのである。むしろPantherは今までのMacOSXよりも遥かに解りやすく簡単になっている。なにせ何年も自分のプリンタにEther接続出来ないWindows環境と比べたら、ことネットワーク環境に関しては天国なのは確かだ。しかし、ネットワーク接続中のマシンがコケルとMacOSXは不安定丸出しなのは何故?
2003/12/09

1416 ●ゴジラは永遠だ〜
ゴジラと言ってもヤンキーズの松井選手のことではない。日本が世界に誇る怪獣ゴジラである。2日、東京12チャンネルで釈由美子さんが機龍隊としてメカゴジラを操縦する作品がオンエアされていたので録画して見入ってしまった(実は松井選手も出演している)。2002年の作品である。恐らく最新作の宣伝を兼ねてのテレビ放映だろう。しかし、このシリーズ辞退は賛否両論あるようだ。SFがチャチイとか、ネタが無いとか数えだしたらキリがない。しかし、ゴジラ映画はソレだけでもうOKだといいたい。特に平成以降に作られた作品には秀作が多いと思うが、今回の作品はファン心理をくすぐるキャスティングが嬉しい。その中でも東宝特撮映画永遠のヒロイン・水野久美が前総理大臣/柘植真智子というのがイイ。こういったキャスティングで最高だったのが、1954年の第一作【ゴジラ】に平田昭彦演じる芹沢博士(実は今回の作品にもチラッと出ている)の恋人である.山根美恵子を演じた河内桃子が、同じ役柄で1995年の【ゴジラVSデストロイア】に出演(残念ながらこの3年後の平成10年に66才という若さで他界されてしまった。出来ればこれからも最新作に.山根美恵子として出演して欲しかった。)していたことだろう。しかもちゃんと芹沢博士も写真で登場していた。今回見た【ゴジラ対メカゴジラ2002】でも随所におもしろいキャスティングがあったり、細かい部分の現実感描写が面白く、ファンとしては楽しい時間を過ごすことが出来た。ところで日本の映画シーンは世界の中でもある意味屈折しているのだそうだ。それは戦争映画に背を向けている点である。戦争イコール全てが悪という妙なイメージだけが一人歩きしてしまったためなのだそうだ。その鬱積がアニメや怪獣映画に流れ込んでいるのだとか。確かにアニメでは複雑なストーリーと戦闘シーンは欠かせない。アメリカで言うと西部劇はインディアンの扱いに困るためにタブーとなり、SF映画でエイリアンを倒す方向に走ったそうだ。なにやらそんなことを考えていたらタブーを作った方が面白いような気がしてきた。ソフトウェアも制限のあるもののほうが工夫したりする余地があって楽しいのと同じように。ところで最新作では中尾彰演じる五十嵐隼人総理を筆頭に政府関係者は概ね同じ方が演じているようだが機竜を操作するのは釈由美子さんではない。冒頭で解説でも入るのだろうか?
2003/12/10

1417 ●毎度お馴染み馬鹿ML〜
ある方向のクリエーター作品紹介情報に特化したMLが勝手に送られてくるようになったのは昨年あたりからだろうか。一度ML発行元が関係しているイベントに参加したことで届くようになったのである。私としては自分では行わないジャンルの作品情報ということでそれなりに楽しんでいたが、最近になって発行責任者の反戦コラム?のような部分が目立つようになり少々憤慨している。言わんとしている事は解らなくもないが、論点がズレている狂信的な反戦論としか映らない。で、問題なのは解約するためにはメールでその旨を告げなくてはならないのである。馬鹿げている。いつもこの問題で騒いでいるが、自動処理で解除出来ないMLはスパムと同じである。そもそも新聞のような体裁のMLであれば色々な意見や主張があることが当然であるが、非常に特殊なジャンルの情報が凝縮されていたから読んでいたのであり、こんな政治的な内容が巻末の編集後記ならいざ知らず、一番最初(あたかもトップニュースのごとく)に書かれているようになってからは、真面目に読む気がなくなってしまった。しかも永遠と勝手に送りつけてくるのだから始末が悪い。こうなったら当然スパム設定でトラッシュである。情報は氾濫し過ぎている。何かきっかけを作って送られてくる情報を整理しないと読むだけで1日が終わってしまうからだ。こんな具合に私は一定の基準を設定してMLを振り分けている。よく考えてみれば送られてくる情報の全ては別に読まなくても問題ない情報だからだ。もちろん極端な論理だが、案外世の中は知らなくても全然平気なことが山のようにあるような気がする・・・。
2003/12/11

1418 ●慌てて年賀状
10年前から毎年年賀状をお願いしている印刷所に、データを入れるのが今年も間一髪であった。1ケ月前にスケジュールを貰っていたのだが、どうもこの時期は多忙・暇に関係なく年賀状処理は後手後手になってしまう。で、本当に虫の知らせのような感じで最後の受付が10日だと知ったのが9日の午後7時(ここ数年は基本的に画像の差し替えだけの統一イメージのデザインなので助かっているが、実際このデザインがいつまで続くのかは本人にも解らない)。慌ててオンラインで申込みをし、データを作成してFTPにアップし終わったのが午後10時。翌日には申込み確認のメールが届き、翌々日の11日午前中には校正確認用の簡易プリントが届いた。毎度のこととは言え、このスリルがどうやら癖になってしまったようだ。実はこの10年の間に一度だけ再入校をしたことがある。それは昨年のデザインだ。やはり土壇場でバタバタしてしまったために大きな勘違いをしてしまったのである。それでもギリギリに再入校が出来てしまうのだから、今更ながら世の中恐ろしい時代になったモノである。それしか知らない世代委にとっては特に気にならないのかも知れないが。さてさて、年賀状に関しては、本当はじっくりと版木などを彫って多色刷りなどを楽しみたいのだが、なかなか勢いがつかないものだ。なにより枚数が手彫りの版画の領域を逸脱してしまっているのはどうしようもない現実である。
2003/12/12

1419 ●キーボードの艶
なにげなく使っているキーボードをよく見ると『汚い』という状態だったので掃除をしようと思ったが分解出来なかった。常用キーボードは初代プロキーボードなのだが、専用の六角ドライバーでないと開口できない。しかも運の悪いことに私の家には合致したドライバーが無かった(一回り大きいサイズまではあるのだが・・・)。で、問題のキーボードのどこが気になるかと言うと裏返してみると埃が溜まっていたからだ。なんとなく気持ち悪い。取りあえずドライバーを買い求める(普通にのサイズなら安く手に入るが、イレギュラーだと恐ろしく高かったりするので注意しないと)まで、表面の掃除だけでも行うことにした。化学雑巾系のハンデーモップである。ところがマジマジと掃除をしていて面白いことに気が付いた。ある一定のキートップのみ梨地(昔の拡張キーボードの方が頑丈で梨地はなかなかツルツルにならなかった)がツルツルになっているのである。要するにそのキートップを叩く回数が多いということだ。で、一番面白かったのはファンクションキーである。私はF7しか使っていないようだ。どうしてなのか暫く解らなかったが、ここはカナ変換キーなのである。私はかな漢字変換なので、F7で入力した文字をカナに変換するというわけだ。他のキートップで一番ツルツルなのは、tyuik@49eb、Command、Deleteといったあたりである。他のMacintoshのキーボードも似たような状態だった。いや、Windows側も同様である。キーボードはユーザーのタイプ癖の発掘現場かもしれない。
2003/12/13

1420 ●エクセルが無い
ある指定の書類がエクセルで作成されており、これに必要事項を記載して郵送という場合が時々ある。いつものように私は何も考えずにデータを立ち上げた。ただし、この時データが白紙のアイコンであることをさほど気にしていなかった。そして地獄が始まったのである。恐ろしく起動に時間のかかエクセル。こんなに重かっただろうか。事務用のマシンはG3なので速いマシンというわけではないが、エクセルで普通の書類を印刷するには充分である。都の会えず横のメインマシンで別の仕事をしていたので気にせず起動するのを待ってから必要事項を 記載して印刷を始めた。ところが、レーザープリンからは何もないはずの小さな一部分が黒く塗りつぶされて出てきた。『どうして?』という疑問ではじめて、いつもこの書類はインクジェットプリンタで印刷していたことを思い出し、プリンタを切り替えるが、今度はまったく印字する気配もなくなってしまったのである。もしかしたらいつものようにリセットが必要(このマシンは相当老朽化しているので時々挙動不審になる)ではないかと直感した私は、マシンをリスタートさせた。すると今度はエクセルが見つからないというアラート。『げっ、そんな馬鹿な!』と思うも、冷静になって状況を分析して真実路を突き止めた。理由は解らないがG3にインストールしていたエクセルは削除し、通信用のマシンに再インストールしていたのである。先ほど起動したのはネットワークで繋がっていた通信マシン上のエクセルだったのである。リスタートの地にエクセルが見つからなかったのはネットワークが切断されていたからというわけだ。原因は津は来止めたが、通信マシンからは古いタイプのインクジェットプリンタにデータを送ることが出来ない。一応英語版のハードウェアリップとも繋がっているが、日本語が入っているので使えない。かくしてエクセルを通信マシンから削除し、もう一度事務処理用のG3マシンにエクセルをインストールしなくてはならなくなってしまつた。しかもこのマシンの純正CDドライブはCDを時々読み間違えるのかエラーを多発させ、まともにエクセルのインストール(取りあえずからドラッグコピーするだけなのに)すら出来ない。しかたがないので4倍速の外付けCD-Rドライブ側からインストールすることになった。なんだかんだで、たった一枚の書類を出すのに3時間もかかってしまった。とほほである。
2003/12/14

1421 ●iMacDV昇天
挙動不審が続いていたiMacDVが等々昇天してしまった。スリープもダメとなってしまい、外付けHDD(データ関係は極力ここに格納している。このHDDはパーテーションによりスワップ領域も確保しているので内蔵HDD一基で処理するよりも格段に高速な環境が得られるばかりか、万が一の場合もコレだけ救えれば被害は小さいので重宝している。)の電源を落とすだけで起動しっぱなしの状態も2ケ月は続かなかったみとになる。昨夜一回突然落ちてしまったことに嫌な予感がしていたが、少々バタバタしていた関係でミラー処理を怠っていた天罰(天罰と言っても最後のバックアップは1日前である)だろうか。兎に角12日にまったく起動しなくなってしまったのである。どうしようもないので内蔵HDDを外し、内蔵HDDを収納して外付けHDDとするケースで最後のミラー処理(1日前)以降のアクセス結果を吸い上げようとしたが、まったく認識してくれない。HDDケースはFireWire仕様である。兎に角可能な限りの対処を行うがまったく認識しないばかりか接続すると後任のiBook本体が凍結してしまうのである。3時間ほど格闘した末、とう諦めてしまったが、最後の最後にUSB(1.0)仕様の同種のケースがあることを思い出し、ダメ元で対処してみたら問題なく認識し、接続も完了した。もしかしてUSBの方が機構が簡単だからなのだろうか。遅くてもみ認識さえしてくれればよい。というわけで数時間分のメールデータを吸い上げて事は完了した。あとは吸い上げたデータをiBook(シェルタイプFireWire仕様)上で調整しに外付けHDDを接続して突貫工事は完了した。もう既にこのiBookもバッテリーが死にかけており、充電しても15分ぐらいしかもたなくなっているのでプロキーボードを接続し、据え置きタイプとして余生を送るようにした。問題は昇天してしまったiMacDVだが、取りあえずこのまま廃棄する予定だ。恐らく基盤交換などで数万円は消えてしまうからだ。今このマシンにそれだけのお金をかける意味はないだろう。しかし廃棄するにもお金がかかるのは辛い。もちろん一応ダメ元で修理の見積もりはしみるつもりだが・・・。
2003/12/15

1422 ●フリーター現象
ウケ狙いで最近私は自己紹介の時に『フリーター』という肩書きを使うが、あまりいい言葉ではないのは確かだ。しかし意に反してあまりにも増大するフリーター現象に政府はやっと対策に本腰を入れ始めたようだ。このままだと大袈裟な話、国の存亡に関わってしまう。で、政府が考えたことは、まず手始めに小学生からの職業観を育成するとか。しかし、私見ではあるがフリーター現象の根底には職業観に対する偏重というものがあるのではないだろうか。相変わらず『何をするか』ではなく、『なんという名前の大学を出て、なんという名前の会社に勤めているか』ということだけが尊重される世間の目みたいなものに翻弄されている方が多いからではないかと思う。聞くところによると、カルト教団に陶酔する方の多くは、その日にどんな服を着るかも自分で決められない方が多いそうだ。女性の例なら毎日つける口紅の色を自分で決められないのだとか。信仰とて、自分の意思で行動することが全ての基本ではないだろうか。私はこの部分に随分昔から引っかかっていた。そして、その答えの一つをアメリカ人の言葉からみつけることが出来た。それは、今生天皇が皇太子時代に影響を受けた専属家庭教師であるエリザベス・グレイ・ヴァイニング女史の有名な言葉『人間であれ、自分で考えろ。』である(少し前に偶然TVで紹介されていた)。今の日本人全てが再考する言葉であるような気がする。要するに『人の目を気にせず、自分の目で見て自分で考え自分で判断する。』というわけだ。その訓練が出来なければ、上っ面の指導という名の教育などなんの役にも立たないと思うのだが・・・。
2003/12/16

1423 ●JPCコンファレンス
16日、今年で3回目となったJPCコンファレンスに参加してきた。午前中は自分のセミナー、午後は他の方のセミナーという状況は毎年恒例といったところである。ただし、今年少々雰囲気が異なっていた。まず知り合いをほとんど見かけなかったことだ。夜半のパーティー会場でもそれは続いた。どうしたことなのだろう。偶発的なことなのかも知れないが、ちょつと不思議な気分だった。ただし、JPCコンファレンスそのものは盛況であったようだ。ただ、後半の講堂でのセミナーの最中にやたらと携帯電話が鳴り響いていたのには閉口した。一流企業に勤める分別有る中年紳士のやることではないと思うのだが、既に目くじら立てる私の方が大人げないと叱られる世界になってしまったようだ。思えばMLニュースなどで馬鹿中年管理職の定番台詞とでもいう『おいコラお前!』といった口調でコラムを連発されている方(きっと偉くなられたから許される言動なのだろう。失礼の無いようにしなくてはいけない)を見かける。それがウリなのだろうけど、あまり毎回その口調を連発すると読んでいた気分が悪くなる。辛口などという冠は時々爆発するから価値があるので、年がら年中辛口じゃ麻痺してしまうのではないだろうか。これは私にとっても反面教師の台詞だ。さてさて、JPCコンファレンスも年を重ねるごとに内容が濃くなり活動の成果が開花しているように感じている。
2003/12/17

1424 ●不景気は交友関係の踏み絵
思えば今年は(昨年後半から)随分不愉快な思いをすることが多かった。先方からのお誘いに返事をしたら無視されたり、音信不通になるといったケースだ。依頼をした後になって企画が没ったり、状況が変わってしまうことだって当然ある。それを説明すれば何も問題はないが、大抵は何の説明もないまま音信不通になる。通常こういった状況になると私は何も無かったことにして交信を絶つとにしている。要するに『来る者は拒まず、去る者は追わず』である。精神衛生上不快感を永続して持ち続けたくないからだ。で、どうして今年に入ってから多くなったのか解らなかったが、ある方とヨタ話をしていて似たような事を実感したと聞き、その時、不景気が人を変貌させるという話を聞いた。確かにそうなのかもしれない。思い当たることがズバズバと当たっているのである。不景気になるとギスギスしてしまうのは仕方のないことだろう。でも、そんな状態だからこそ本音の部分や本性がでてきてしまったりするのではないだろうか。むしろこんな状態でも以前と変わらない関係を保てる友人や会社とは生涯の関係を保てるということなのだろう。そう考えると大変だけど不景気も案外いいものではないかと思ったりするのである。ちょっぴりやせ我慢かな?
2003/12/18

1425 ●貴方の隣の知らない人
13日、蒲田のアプリコで行われたちょっとしたコンサートに出かけた。というよりカメラマンを頼まれたのである。私は一番前の席をカメラ席として確保してもらい打ち合わせどおりに撮影を続けていたのだが、終わりに近づいたときに両脇に高齢の女性が座ってきた。おそらくステージに出ている方の関係者であろうと感じた。実際、左隣の方はそうであったが、気になるのは右隣の方だ。ビニール袋いっぱいにパンを入れて持っているのである。しかも、座ってからは寝込んでいる。私は撮影の関係で聴衆に迷惑のかからい様に移動しなから撮影していたのであまりその方を観察していなかったのだが、直感的になにか不自然さを感じていた。このコンサートは私も含めて全員が関係者であり知り合い(面識はない方も多いが、不特定多数の方が参加するコンサートではないので)なので。ところがコンサートが終わり、全員で後かたづけをしている時にその方の存在は忘れてしまったのだが、後からちょっと怖い話を聞いた。なんでもその方が不審だと気が付いていた方が他にもいて、その方の話ではコンサートが終わる直前に退席し、会場の後部座席にかためて置いてあった貴重品コーナーを舐めるように見ていたそうだ。そしてその方が視線をやめると慌てて会場を出たというのである。しかし、私はコンサートが終了してから30分ほどして後かたづけも終わった頃に会場から出てくる問題の女性をロビーで見ているのである。いまのところ何か問題が発生したような話は聞いていないが、全員が安心できる人達だと誰もが勝手に解釈してしまっていた空間での事。今後の対応を検討しなくてはならなくなったのは言うまでもない。
2003/12/19

1426 ●人柱が何故必要なのか
18日、京都の小学校で刃物男が小学生2人に斬りかかり取り押さえられた。幸い小学生の命に別状はなかったようだが、幼児体験として一生この事件を背負わなくてはならないことを考えると胸が痛くなる。実は、うちの近所でも今朝8時頃に近所の小学校に通う6年生の女の子が刃物を持った男に追いかけられるという事件が発生し警察も出動する大騒ぎとなった。以前もコラムのネタにしたが、イカレタ奴がいるのは確かなのだ。ある人が病院から出てくると事件が発生することを誰もが解っている。にも関わらず被害者が出なくては何も出来ない社会の流れには本当に憤慨するばかりだ。迷走し、脱線ばかりの人権問題。頭のおかしい連中の好き勝手がどうして許されるのだろう。まったくもって私の稚拙な頭では理解の限界を超えている。いっいたどんな論理で被害者ではなく加害者を守らなくてはならないのだろう。凶悪犯人の無罪を勝ち取ろうと賢明に奮闘する弁護士、間違いで10のマイナス10000乗ほどの確立で加害者の人権が守られなくてはならないとしても理解出来るものではない。そういえば凶悪事件ではないが、最近起きた落書き事件は馬鹿げたものであった。公園のトイレに反戦落書きをしたことで逮捕されたが、公判では『落書きも一種のメディアと考えた』と自供し、弁護側に至っては『表現の自由が尊重されるべきで、無罪だ』などと主張したそうだ。開いた口が塞がらない。法律に関わる専門家が自由と好き勝手の違いも理解できないのだから。ところで加害者といえば例の中国での集団買春事件の容疑者?として日本人3人がICPOに指名手配(晒し者だが自業自得)された。まったくもって恥知らずで、またまた開いた口の塞がらない事件だ。かの会社も含めて社会的かつ倫理的な責任を取るべきだろう。何故マスコミは本気で取り上げないのだろう。
2003/12/20

1427 ●仕事ではなくて人として
仕事の関係で様々なメーカーの方とお知り合いになる事が多い。そして、私はその会社の担当者という気持ちを持ったことがないからだ。いつも個人と個人の関係を大切にしていきたいと考えているからだだ。だから暫くすると大抵はヨタ話も出来る関係になるが、数年で退社されてそれっきりとなってしまう方も多い。これがちょっと寂しかったりする。世の中には打算的にしか動かない方が多い。私もほとんどお付き合いのない方から『○○○の担当者を紹介してほしい』という問い合わせが届くことがある。そんなミエミエの問い合わせには丁重にかつ適当にはぐらかしてしまうのが常だ。そんないい加減で打算的な杯を紹介することで先方に迷惑がかかっては失礼だからだ。どんな関係であれ打算的に一度でも動いてしまったら多分信頼関係は崩壊してしまうのではないだろうか。あくまでも人としての信頼関係を柱としたお付き合いでなくてはならないはず。しかし、世の中は意外と打算的で強かな方の方が生命力は強いし世渡りも上手なようだ。もちろんそうではない人も沢山知っているが、どうしてもそんないい加減な輩がやたらと鼻につく。まっ、ある意味では打算的な行動というのは無駄のない合理的なもののかもしれない。でも人間というのは無駄と非合理的なことにエネルギーを使う生き物だったような気がするのだが。すでにそれは古い考えなのかも知れない。交友関係などでメリットが無ければさっさと関係を絶つぐらいの厚顔と度胸があれば私も少しは違った人生だったかもしれない。もっともそれは永遠に私の望まない世界なのだが。
2003/12/21

1428 ●キーボードが変
初期のUSBタイプのプロ用キーボードに変えてから何年経つだろう。遂に一番頻度の高い通信マシン用に接続しているキーボードが変になってきた。いや、分解して掃除をすればいいのだが、特殊な六角ボルトなので工具が無いのである。買いに行けばいいのだが、ちょっと面倒(キーボードを持参してサイズを確認しなくてはならないので)なのでお茶を濁していたがいよいよ変になってきた。どこが変かというと、Command Cが1度で処理できずに2度続けて鍵打しないとメモリーに読み込まれないのである。接触不良というよりゴミが妻手居るのである。裏返してみると細かい砂のようなモノが沢山見える。まっね普通は分解するうなものではないので特殊なボルトでもいいのだが、確かADB時代に使っていた(実は今のサブマシンのキーボードはコレである)ものは簡単に分解掃除が出来て重宝した。それでも初期のMacintosh用の六角ドライバーは高くても購入してその使用感を楽しんでいた。それこそがMacintoshであったからだ。しかし、いくらお洒落でも、マニアツクな玩具から道具コンピュータとして認識されてしまった今のMacintoshにとって果たして特殊なボルトというのは必要有ることなのだろうかと思ってしまった。いつになってもAppleプラントドは特殊で有り続けてほしいという願望と少しばかり裏腹な意見だが・・・。
2003/12/22

1429 ●『しなのちょう』ではなかった
打ち合わせでJR信濃町(どこへいったかバレバレ)へ出かけた。もっとも地の利の関係で都営地下鉄大江戸線の国立競技場で下車してから徒歩200mという変則手順でたどり着いた。調べると、乗り換え時間を含めて36分で310円、五反田からJRを利用すると37分で370円。あまり変わらなかったのはご愛敬だ。基本的にJRであまり新宿界隈には近づきたくないので、今回は大正解ということになる。さて、問題は道順ではない。私は『信濃町』を今の今まで『しなのちょう』と読んでいたのである。要するに信濃町の駅で下車したりした記憶がないのである。神保町は『じんぼうまち』ではないし、紀尾井町も『きおいまち』ではない。余談高紀尾井町は、紀伊、尾張、井伊の屋敷があったからだとか。ということで子供の頃から『町』=『ちょう』という意識が強かった無かった私にとって、信濃町(しなのまち)は、大田区の東峰町(ひがしみねまち)と同じぐらい衝撃的であった。もちろん『町』=『まち』のところだって沢山あるのは解っているが、どうしてもとっさに出てこないのである。何が原因なのかさっぱり解らないが、私はとっさに『町』=『ちょう』と判断してしまうのである。そういえばAdobe系ソフトなどのレイヤーの描画モードにある『乗算』(じょうざん)を私は一昨年ぐらいまで『じょうさん』と疑わなかった。日本語は難しいという結論にしよう。本当は私の頭が悪いだけなのだが・・・。
2003/12/23

1430 ●アップルプロ用キーボードの秘密
2日前にアップルのUSB版初代プロ用キーボードの分解が難儀だというコラムを書いた。ところが、キートップが簡単に取り外す事が出来ることを福岡の友人に教えて頂き、その通りに処理をしたら綺麗サッパリ見違えるような状態となってしまった。思うに昔のキーボードのイメージが呪文のように私の脳裏にこびりついていたため、こんなに簡単に外せるということに気が付かなかったのは笑い話かもしれない。なんだかまるで電子ブロックを組み立てているような感じだ。私は同じものを2つ同時に利用していたので組み立てには混乱しなかったが、もし1台しか持っていなかったらデジカメなどでキートップを撮影してから作業をしないとあとでとんでもない事になる。いや、実は大昔のADBタイプのキーボードで私はこの『とんでもない事』を経験しているからだ。そもそも完全なタッチタイピングが出来ない私にとって、漠然とでもキーボードが見えていなければならないが故の失態である。つまりキートップの位置を間違えて装着してしまったというわけである。愚かで間抜けな自分に赤面モードしたというわけである。そもそも私は意外とそそっかしいのである。後先考えずに突然分解してしまうこともしばしばだ。ソフトウェアだったらマニュアルなど見ずに適当な処理をくりかえしても爆発したり壊れたりすることはないからかもしれない。それが適当な作品に繋がっているのである。だからハードウェア関係の仕事につかなくて良かったということだ。多分。
2003/12/24

1431 ●クリスマスパーティー
記憶の断片をたどってみても(もしかしたら1回ぐらいあったかも)私はクリスマスイブになんらかのパーティーへ出かけた、あるいは参加した記憶がない。ただし、信者でもないのに教会に出かけたことは3回ほどある。シンプルなクリスマスイブを過ごしたというわけである。いわゆる馬鹿騒ぎはどうしたわけかしたことがない。特別毛嫌いしていたわけではないのだが、理由と原因が見あたらない。ところで、私が子供の頃は夜間歓楽街でお酒を浴びながらクリスマスを過ごすお父さんが多かったように記憶している。そして、石油ショック以降にその生態も変化したようだ。そし学生の頃の私は自分には関係のないセレモニー程度の感覚しかなかった。もちろんパーティーが嫌いというわけではない。単に馬鹿騒ぎがあまり好きでは無いというだけのことである。そして月日は流れ、今の私にとってクリスマスは一定の意味を持ち(相変わらず信者ではない)、手作り品を部屋に飾ったり、ちょっとしたイルミネーションを楽しんでいる。もっとも最近流行っている一般家庭でのド派手なイルミネーション合戦に参加出来るような規模ではないことだけは確かだ。あくまでも雰囲気を楽しんでいるだけなのだから。当然ながら24〜25は仕事を外すようにしている。もちろん例外はある。この例外がいつも絶妙のタイミングで消化されていくのである・・・。
2003/12/25

1432 ●エドサリバンショー
大手CDショップでのPR用モニターで、ビートルズのエドサリバンショー出演DVDを見た。生放送であった番組も時差のあるアメリカの国情の関係でフィルム保存されていたために製品化出来たそうだ。もしかしたら日本でも放送されていたのかも知れないが、実は私はエドサリバンショーを見るのは当然ながら始めてである。そして、暫く見とれていてビートルズの演奏よりも間に入っているCMに釘づけになってしまった。つまりCMもそのまま含まれているのである。もう思いっきり鳥肌がたつほど興奮してしまった。リプトンのインスタント紅茶など、なんだか不思議な世界だ。そして40年近く前の世界なのに何か新しい息吹を感じるのは何故なのだろう。古い映画やTV番組を見るときに楽しみな部分はその当時の世相や文化を疑似体験出来ることである。たとえば映画の内容はそれほどでもないがクレージキャッツの映画は60年代バリバリの世界が堪能出来るNHKアーカイブのような世界だ。そんな世界がエドサリバンショーのDVDには含まれている。そして日本とは根底からして価値観の違う世界でのエンターテイメントショーという点も見逃せない。映画も今のようにコンピュータグラフィックすがイージーに使われていなかった頃の方がなにか深みのような部分に迫力があるように思えるのは何故だろう。もちろんリアルという意味では今のほうが格段に凄いのだが・・・。
2003/12/26

1433 ●タブレットPCで遊ぶ
26日、打ち合わせで新玉川線の用賀駅(どこへいったかバレバレ)に向かった。不思議なことに用賀の駅を利用するのはこれが2度目である。しかも地下街は初めての体験。実は地下鉄が出来るはるか昔にはこのあたりに時々出没していたりしたのだが、まるっきり景観がかわってしまったのでもう完全に別世界である。それは二子玉川園界隈と同様である。開発が進んで便利になるのは大歓迎だが、と、北欧などで何十年も変わらない街並みというものにもあこがれがあったりする。第二次世界大戦で破壊された街並みのレンガを一つづつ戻して修復した町もあるそうだ。そういった文化が日本には欠如しているような気がする。そんなことを思い浮かべた。いや用賀の話ではなく、たとえば京都のような古都の話だ。で、話を戻すと生まれて初めて本格的にタブレットPCを使い込む機会を得たのである。使用したのは東芝のマシンであったが、とにかく想像以上に使いやすいのには驚いた。ちょっと本気で色々なメーカーの製品をショップなどで嫌がられるほど試してみたくなった。しかし、メーカー各社はタブレットPCの位置づけをビジネスユースに絞っているのが妙に気になる。それは絶対に大きな勘違いであり間違いだと直感した。このスペックなら充分にアイデアを練るスケッチブックやメモ帳として、クリエーターのわがままをデジタル化されせてくれることを確信した。そういった意見は意外と多いのに、相変わらずクリエータ系へのアプローチが薄いのはメーカーの屈折した価値観かもしれない。どんな製品もそうだが、必ずしもメーカーで開発、設計に携わっていた方達の思惑通りにものが売れるわけではないのである。少なくとも1社ぐらいはクリエーター系に少しは目を向けてもいいのではないかと感じた。プロのクリエーター系だからと言ってフルスペックの高機能でなければならないという古都はまったくないのである。クロッキー帳にラフスケッチを描くときに絵の具がいらないように。でもね通常のパソコンですら、相変わらず時代遅れのマウスが標準添付されているわけだから、タブレツトPCに注文を付けるのは太平洋に石を投げるようなモノかも知れない。ということで来年以降のリリースが控えている次のタブレットPCがどんな展開になるか色々な意味で興味津々だ。
2003/12/27

1434 ●G5とCinema23の呪縛
22日より、Power Mac G5【松】/Dual2.0GHz/1.5MB Memoryに、Cinema HD Display 23という現在考えられる最強の環境を利用している。ただし、購入したわけではなく借り物(とある事情で期間限定納入というわけだ)である。年明け早々には返却しなくてはならないの死ぬほど辛いが、流石にPantherなのでブッチギリに速い。いや恐ろしく綺麗で速いというべきかもしれない。DVD映画によっては圧縮のモヤモヤが見えてしまうほど綺麗だ。またスピードはPantherであることも手伝ってか、ストレスなどまったく感じないのが恐ろしいほどだ。ただし、CD-ROMの認識(マウント)はちょっともたつくし、ネットワークでは同じMacintosh同士の認識に時間がかかる。MacOS9側からの方が速いのはちょっと不思議な印象を受けた。新型のプロ用キーボード(ワイアレスではない方)もなかなか使いやすい。なにより音が静かなのがいい。純正品でモニターまで揃えれば(17ンイチモニターのiMacはダメよ)カラーマッチングも楽だし、誤差も少ない。でもって凄く気になるのはG5【梅】/Single1.6MHzとの性能比だ。もし2倍も違わないのだとしたら価格差で案外G5【梅】がお得かもしれないと感じてきた。どのみちまだ完全に64ビットの性能を活かすソフトはほとんどないのだから。ところで私はMacOSXわパブリックβ版から一応遊んでいたが、本格的に利用するようになったのはPantherからである。もしPantherがいまだにリリースされていなかったとしたら、G5が速くても操作環境はチープなものでしかなくクリエーターの関心度はは薄くなっていたかも知れない。とにかく現状はPantherがある。そして、使えば使うほどだんだん欲しくなってきてしまうAppleマジックも相変わらずたっぷり含まれて健在のようだ。我慢しないといけない。しかし快適にAdobe Creative Suiteを使う環境もそろそろ検討しないとモノが届いてからでは遅すぎることを改めて考えさせられた。もっともまだ注文はしていない。いくら安くても2セット(MacintoshとWindows版)を同時に注文は流石に勇気がいる。しかし、それにしてもアルミフェチになりそうだ。
2003/12/28

1435 ●2003年の私的な十大ニュース
2003年私の十大ニュースである。【1】本年8月上旬に入校し、秋口には発行予定の著書が色々な事情で年内にはとうとう発売されなかった。恐ろしい脱力感が体の中を吹き抜けてしまった。と同時に1995年から毎年著書、監修、共著のどれかが発行されていた記録が遂に8年でストップしてしまったことはちょっと残念で仕方がない。【2】ピーアンドエーのサイトにて9回連載のExpression 3J Pureオンラインチュートリアルを執筆した。始めてのオンライン連載原稿(コラム原稿を除く)となった。ターゲットがビギナーということで原稿内容にはいつもの倍の神経をつかい最初の頃は胃が痛くなったが、反響は大きかったようで安堵した。【3】JPC CONFERENCE 2003/多摩美術大学上野毛キャンパスにて行われたJPC CONFERENCE 2003にて【Adobe PhotoshopとIllustratorのスーパーティプス】というセミナーを行う。今年で3回目(第一回目からの皆勤でもある)となったが、今回はセミナー直前に発表となったAdobe Creative Suiteを使ったセミナーとなり、例年になく緊張するとともに楽しい時間を過ごすことが出来た。しかし、タイトルにある【スーパーティプス】というのは毎度のことながら恐ろしいプレッシャーであり胃が痛い。私のスーパーは超ではなくてスーパーマーケットのスーパーである。しかし、Adobe Creative Suiteのパワーは強力過ぎる。【4】10年以上執筆していたアゴスト・デザイングラフィックス(名前が何度も変わっているので取りあえず)が春に一冊出たきりで、後続号がとうとう発売されなかった。次号の原稿を締め切り厳守でアップしたのが5月だった。大丈夫なのだろうか。もっとも一時は月刊号に毎回10ページ近く執筆していたことを考えると最近は季刊号に毎回1ページであったので、執筆していたと言い切れるほどではなかったかもしれないが。【5】4年ぶりにWindowsのデスクトップマシンを新規購入し、相当な頻度で仕事に使う事になった。前回購入した時には考えられない状況である。ただやっはり細かい部分でイライラするが、Macintoshしか使わないと捨て台詞をはけるような状況ではなくなってきたようだ。【6】遂にMac World Expo Tokyo が開催されなくなってしまった。3回目に風邪で欠席した以外は全て参加していた(昨年は恒例オークションなどで会議場には出かけたが会場にはとうとう入らなかった)のでなんとなく寂しい年となってしまった。やはり人に会うため(参加目的の99%はソレ)にExpoに多少の無理があってもなんとかして参加していた頃が懐かしく思えてきた。年を取った証拠?【7】Mac i-TokyoにてMacOSXについての討論形式のセミナーに諫山研一さん、菊池美範さん、駄場覚さん、吉井宏さんらとともにスピーカーとして参加。相変わらず話だけのセミナーは緊張しまくりである。参加者のバランスを考えて少々ネガティブな立場で発言してみたが、この問題はいつ決着が付くのかについては誰もが注目していることだけは確かだ。【8】今まであまり発表していなかったビットマップ系のイラストを随分描いた。ただし、色々な事情でまだ表向きには公表していない。個人的には色々なことにチャレンジしてみたいのでとても新鮮な感覚を得た。ただし、手書きの時代にはそんなイラストを随分描いていたことを思い出した。【9】MacFan『2003年ベストMac本選考会』の審査を楽しみにしていたが、企画は昨年一回限りのモノとなってしまったようだ。残念。でも人の著書を評価するのはやっぱり難しいし神経をすり減らす厳しい作業だ。【10】通信専用マシンとして駆動していたiMacDV/450が昇天してしまった。とにかく起動しなくなってしまったのである。ただし、データ管理は万全であったので支障は出なかったが、ちょっとしたデータが起動ディスクに残っていたので本体から外してハードディスクケースを利用して救済した。ただし、仕事場では2番目に新しい(世間的には充分古いが)ので、衝撃は隠せない。【番外編】Windows XPを本格的に使い込む/MacOSX(Panther)を本格的に使い込む/ソフトウェアの間違った使い方に目覚める(Photo Graphic Edges、CADtools)/for Windowsオンリーのソフトに目覚める(Rinoceros、Deep Paint、Alias Skech Pro)/タブレットPCが異常に欲しくなる・・・。
2003/12/29

1436 ●ソフトウェアへの浮気癖
今年の年末年始は例年とは異なり、もしかしたら一歩間違えると悪夢かもしれない。詳しいことはまだ公開出来ないが、7本の新しいソフトウェアを試用しなくてはならない状況に陥っている。流石に頭の中はベトベト状態だ。ソフトウェアは恋人のようなものなので、相性が合えば直ぐにマスター出来るが、性格が合わないとすれ違いの連続である。もちろんそれが頻繁に使うソフトに化ければいいのだが、いくら相性が良くて直ぐにマスター出来ても、滅多に使わないソフトになってしまったりすると悲惨な現実が待ちかまえている。そして私にはそんなソフトがいくつかあるのである。使うときになって細かい部分を忘れてしまっているため、ほぼ毎回新たにマスターし直さなくてはならない。いや、それど難解な構造なのだ。多分このソフトを日本でまともに使っている人はそんなにいないだろう。もっともマスターしたっきりで永遠に使われることのないソフト達よりはましかもいれない。流石にこの2年ほどは衝動買いはなくなったが、シアウェアを入れるとそれでも年に数本は外してしまったりすることがある。いや、悪いソフトというのではなく私とは相性が合わないという意味だ。だから誤解があってはいけないので製品名は伏せることにする。メーカーに対して失礼だからだ。そんな中でコトし本格的にマスターしたソフトの中でお気に入りなのが、所謂ビギナー向けのソフト群である。Expression 3J Pureや、Photoshop Elements がその筆頭である。確かにプロ用として機能は豊富とはいえないし、フル仕様のExpressionもPhotoshopも持っているのに馬鹿じゃなかろうかと言う方もいる。でも本当にそうだろうか。機能が制限されることで使用方法を試行錯誤する工夫が大切なのではないだろうか。あるものを工夫して使うという事がデジタル画材となってから軽視されているような気がしてならない。Tipsを追いかけるのもいいが、もっと大切なものが別の所に潜んでいるのではないだろうか。それに気が付くかどうかが何かの分岐点のような気がする。だから、少ない機能だから稚拙なものしか出来ないと言う低次元な話しか出来ない人には、この話は永遠に判らないかもしれない。
2003/12/30

1437 ●大晦日にWebLog宣言
突然ですが、2000年1月19日から始めた『Daily Imaging』と、2000年1月25日から始めた『気まぐれコラム』及び、2000年1月から始めた『今月の画像』は2003年12月31日をもって『海津ヨシノリのThe Capricious Daily Work』に統合することにしました。いわゆるWebLogです。ところでDaily Imagingのフォトイメージング画像は同一メーカー品だけを使い、そのメーカー名を公開していましたが、メーカーとタイアップしているわけでもなく、実践的でもないので統合後は単なる画像だけの公開にすることにしました。その方が更にリラックス出来ると思うからです。実は12月29日から既にオープンしていたりします。もともとはデザイナーでカメラマンの諫山研一さん2003年の9月頃に『これで遊ばない?』と設定して頂き、『これは面白い』と吉井宏さんに紹介したら吉井さんの方が先にはまってしまい、先日会ったときに『なんでやらないの?』と逆にお尻を叩かれたというわけです。実は私はおもいっきり忘れていたのです(諫山さんごめんなさい)。さて、初期設定は流石に難解な部分があり、石橋を叩いて先に渡ってもらった吉井さんに随分助けられました。将来的にはもっと色々な可能性を模索してみたいと思いますが、いきなり全てというのは、あまりにも肩の荷が重すぎるので、少しずつ実験を重ねてみたいと思います。なお、これに伴い、Daily Imagingの時のフォトイメージングという意味を撤廃(本当は当初からなんでもありだったのですが、引っ込みが付かなくなってしまったので)し、イラストや、ちょっとしたスナップ写真なども随時公開するようにしていきます。また、従来のように1日1つという枠を撤回し、気が向けば1日に幾つものコラムや画像をアップする予定でいます。なお、『The Capricious Daily Work』へはコメントを書き込むことも設定により可能ですが、それを行ってしまうと現在のBBSとの棲み分けが曖昧になってしまいますし、サイト自体の存在意味も無くなりかねないので、当面は一方通行とさせていただきます。なによりサイト自身の骨格がまったくリニューアしていないのが問題なのかも知れませんが。思えば2年前のMACLIFEが休刊になる前号でニューアル用のネタを披露していたのですが、それとて今となっては古い話というわけです。なんとかしなくてはと焦りだしているのは確かです。出来るだけシンプルに飽きの来ないデザインがやっぱりベストですね。
2003/12/31





このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。


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