海津ヨシノリの気まぐれコラム/2000年2月分(0008〜0036)


0008 ●色調整の道は技術と感覚の狭間
デジタル処理という手段が定番となった昨今、いままでどちらかというと無頓着であったカラー調整という厄介な問題をクリエーターは抱えることになってしまった。アナログ時代は、いい加減な光源と、色温度など無関係に好みで選んでいた青白いケントボードなどでイラストを描いていた方が多かったはずである。ところが、これをそのままデジタル処理に当てはめることは出来ない。出来ないのだが、でも、厳密に調整することは本当に可能なのだろうか? という疑問がいつも私の頭の中にある。もちろん専門的な知識と経験に武装された方が調整するのであれば、理想的な環境も夢ではないだろう。でも、技術的な思考と感覚的(クリエーター的発想)な思考とは、相反するベクトルではないかと考えている。これは、どちらが正しいかという問題ではない。実はどちらも正しいからだ。では、クリエーターは、取りあえずソフトやハードのデフォルト設定で仕事をすればいいというわけにもいかない。結局、必要悪として最低限の調整が余儀なくされる。しかし、この最低限の調整は、さほど難しい問題ではない。要は、手持ちのプリンタで出た結果と印刷結果との相違関係をどれだけ把握出来るか・・・ということになる。もちろん極端な見解ではあるが、結局はこの差の把握というプロセスをどのように受け入れるかという問題ではないだろうか・・・と、個人的に考えている。また、今後は、恐らくUSAなどと同様に日本でもモニター完結での納品形態が印刷原稿よりも多くなる可能性がある。印刷用データを作成するためのカラー調整よりは、モニター完結のRGB調整のほうが遙かに楽なことは言うまでもない。
2000/02/01

0009 ●メーリングニュースの甘い罠
インターネットの面白さの一つにメーリングニュースというものがある。メーカーや特定の団体のニュースから、最近はユーザーグループ的なものも大変多い。また嬉しいことに多くは無料で配信されている。かくいう私も現在50種類のメーリングニュースの配信を受けている。50種類というと、メールがハンクするのではないか?と思われる方も多いと思うが、50種類のうちほとんどが不定期配信であり、特にメールの受信で困惑することはない。むしろ少数のメーリングニュースが時々暴発(ちょっとしたネタで盛り上がり、一日に配信されるメールが100通を突破するあたりを指す)するほうが怖いといったところだろうか。ところで、50種類の内訳は、パソコンハード、ソフト系が5種、クリエータ系が2種、あとは普通の一般情報である。で、実は、この非パソコン系が実に面白い。結局、面白いコトというのは普通の生活の中に埋もれているということなのかもしれない。文章を読むりのは絶対に印刷された紙でなくては・・・と突っ張っていた私も、気が付けば毎日大量の文章をモニターで読んでいたのである。この面白いメールが原因というわけではないのだが・・・。とにかく日頃ドップリとコンピュータと格闘している身としては、『ソウデハナイ』世界が新鮮に映るのかもしれない。何事も他の世界のコトを美化してしまうのが人間の性と言ったら少々大げさかもしれないが、面白いメーリングニュースを読むたびに、やはり一つのコトだけを追いかけるばかりでなく、まったく違う世界を見てみるというのも時には必要なことではないかと感じている。しかし・・・小学生が配信するメーリングニュースまであるというのだから、既にこの世界は相当『キテイル』のかもしれない。
2000/02/02

0010 ●タイミングの難しいデジカメ購入の瞬間
デジタルカメラのスペツク戦争が始まった。いや、デジカメルが登場した時から既に戦国時代であったわけだが、ここにきてプロの用途に耐えられるスペックを持ったデジカメが、各社から雨後の竹の子のようにリリースされてい。こうなると、本当に購入するタイミングが難しくなってしまう。私が最初に購入したのは、出たての100万画素のメガピクセルであった。次が200万画素・・・。しかし、これらは、銀塩カメラで言えばコンパクトカメラの類であり、凝った撮影を行うには少々ムリがある。理想的には、レンズ交換と外部ストロボが利用出来る点だが・・・それが今では機種選別に悩むほどマシンの種類が増えはじめている。さて、カメラというのは本来一生モノであった。電子カメラというものが登場しても、基本的なロジックに大きな違いはない。ウマイ人が撮れば、古き良き時代の機械式カメラでも綺麗な写真を撮ることが出来る。余談だが、寒冷地での撮影などを仕事としているカメラマンはカメラの凍結と、電池の問題からデジタルカメラは利用出来ないそうだ。将来的には、現在の銀塩カメラというものは本当に特殊なプロ御用達となってしまうのだろうか? しかし、時代は完全にデジタル化されてしまった今・・・普通の撮影であればプロであってもデジカメの存在は無視出来ないはずだ。ということで、やはり高性能・低価格のデジカメは国民?のアイテムとなるだろう。なにより、撮影直後に撮影結果を確認出来ることが嬉しい。しかもフィルム代金はゼロである。ところで・・・このデジカメ戦争に勝ち残るメーカーは何処なのだろうか? 
2000/02/03

0011 ●理由無き勢いの継続は難しいかな?
とうとうやってしまった。と言っても危ないコトをしたわけではない。流行の毎日画像作成というアレである。もともと、ドメイン取得直後の数年前には、毎日、英文日記もどきと、それ用の画像をアップしていたのだが、やはり日本人の私としては、いちいち英語に置き換えている手間が半端ではなく・・・とうとう挫折してしまった経緯がある。今回は、コラムが先行する形で、画像は少し後れてしまったが、前回のように連動はしていないので、もしかすると?前回よりは長続きするかもしれない。ところで、当初は、IllustratorやPainterなどを使ったイラストを毎日作成しようと考えていた。しかし・・それは、最近色々なところで流行っていることもあり、まだ(私の知る限り)誰も行っていないようなので、フォトイメージングを中心とした画像に絞ってみた。もちろん・・・時々はIllustratorやPainter・・・Expressionといったソフトで何か作成してみる予定ではある。なにより、この手の挑戦は気軽に続けることだと思っている。あまりムキになって作品を作ろうとすると、やはり挫折してしまうだろう。ということで作品自体は実験的、検証的な処理の過程で出来たモノという雰囲気になってしまうかもしれない。実際、フォトイメージングというのは、意外と難しく、使う素材ごとに処理方法を絶えず試行錯誤しなくてはならない。実は、コレが本当は一番楽しい時間でもあるのだが・・・。さてさて・・・この勢いはいつまで続くのだろうか???
2000/02/04

0012 ●通販とインターネット
インターネットに慣れきってしまうと、普通の買い物が時々面倒に思えることがある。もちろん実際にショップに入って色々なものを見ながら商品を購入したほうが楽しいし、洋服などは、絶対にこの方法がトラブルが少ないと思う。なによりバーチャル空間では試着は出来ない。でも、そうではないもの・・・どこでも売っていて、なんだか解っているもの、あるいは何時も使っているものだったりしたら、手早くインターネットで申し込んでクレジット決算し、後はモノが届くのを待つほうが遙かに楽だと思う。ところが・・・同日同時刻に米国と日本国内に似たようなものを発注しても米国から荷物が届く方が早いって・・・なんか変である。日本は流通が複雑だとよく言われるが・・・従来の方式をそのままインターネットなどの通販システムに取り入れるだけだとしたら、ちょっとつまらない。やはり、早く届いてこそ通販では・・・と。実は、私はこの2年ほど秋葉原に出かけていない。それは変だと言う方もいらっしゃるが、私にとって秋葉原まで出かける時間や交通費を考えたら通販してしまったほうが無駄がないからである。実際、通販で購入するショップは秋葉原の店だったりするわけだし・・・。でも、最近は、近くに店ができたこともあるし・・・通販でも翌日、急げば当日配送を行っているところを見つけたので、ますますコンピュータ関連商品の購入のために秋葉原に出向くことが無くなってしまった。たまには気分転換に・・とは思うが、それだったら知らない町をフラリと散歩したほうが面白いことを発見出来そうな気がしてならない。
2000/02/05

0013 ●ハードウェアは、結局はドライバーが命
私は予備のマシンとして2台のPower Mac 7600を利用している。もともとは7600/200と7600/120であったが、両者ともG3/366ボードでドーピングして、辛うじて現役をキープしている。更にこのうち、もと7600/120は通信マシンとして専用化している。ところが、先日、もう一台の予備マシンを大掃除し、Mac OS9に入れ替えた途端・・・いままでキビキビしていたIllustratorやPhotoshopが亀のように重くなっている。やはりUPCアップグレードボードではダメなのだろうかと買い換えを真剣に考えてしまった。しかし、もう一台の方はキビギヒと動いている。両者ともまったく同じボードを刺しているのに・・・この違いはなんなのだろうか。悩むこと数日・・・結果は・・・なんと、ビデオカードのドライバーが未インストールであったことだと判明。インストール後はもちろんキビキビした動きに変わったことは言うまでもないが・・・やはりスペックだけを頼りにしてもダメということなのだろう。そもそも、コンピータの処理スピードは自分のマシンよりも早いマシンを体験市内限り、普通は鈍感になっているはずである。しかも、公称2倍のスピードというふれ込みの新型を購入しても、そのスピードに慣れるのに30分とかからないはずである。31分後から今までと同じ感覚に戻るだけである。だとすると速いマシンには手を出さないというのがいいようだが・・・やはり人間は、速いものに憧れてしまう。でも、どんなに高速な処理を行うマシンを手に入れたとしても、アイデアを考える処理スピードを高速化させることは出来ないということに誰も気が付かないようだ。
2000/02/06

0014 ●必要もない商品の衝動買い症候群
私の怠慢からか? 最近はあまり見かけないが、思わず買いたくなるような本というものが昔はやたらとあった。内容などどうでも良く、とにかくその本を買って書庫に納めていたいと思わせるオーラのようなものを放った本である。装丁、組み版・・・もう陶酔してしまうモノと言うべきかもしれない。そんな本を昔は、相当買い集めたが、今ではコンピュータ機器に占領されてしまった部屋の限られたスペースの関係でほとんどを手放してしまったのが悲しい。本ばかりではない。概してとにかく私は気に入った小物は衝動買いしてしまう悪い癖がある。特に文房具は危ない。価格的にも一点の商品は低額なので、ついつい買い込んでしまう。一生使い切れないほど筆記具を買ってしまった私はどうしたらいいのだろうか? また、最近の衝動買いの傑作例としては、犬も飼っていないのに買ってしまった首輪が最右翼だろうか。こうして私の部屋の中は『がらくたの山』と化してしまった。実に無節操な話だが、私にとって、形と色が絶妙に調和したモノ・・・すなわちデザインされたものなら何でもよいのである。ただし・・・あまりに高額なものは貧乏性が故に一気に現実に戻ってしまうのが少し悲しいが・・・デザインとはこういった一面もあるのではないだろうか。そして、遂に我慢出来ずにiBookとiMacDVをゲットしたのは最近のことである。財力があれば全色揃えたいところだが・・・取りあえずイチゴ1個。
2000/02/07

0015 ●機種依存型の展示会の終演?
あと1週間ほどでMacWorld Expo Tokyo 2000が開催される。日本でMac World Expoが開催されて今年でで何年になるのだろうか? 確か、第3回目の時は、悪性の風邪で寝込んでいたので参加出来なかったが、それ以外は皆勤である。今年もなにやら色々と余興をやることになっているが、Mac World Expoは私にとってちょっと特殊なイベントでもある。実は、海外からの友人との再会がメインなのである。今年も久しぶりに合う方があり、楽しみでもある。ところが昨今、MacWorld Expo Tokyoへの出展メーカーが減っているようだ。やはり不景気の影響なのだろうか。これはMac World ExpoばかりでなくWindows World Expoでも同様のようだ。いや、すべての展示会に共通して言えることのようだ。各社の思惑としては、機種限定していないWorld PC Expoに照準を合わせているようだ。確かに機種依存の壁というものはハードウェアやソフトウェアは、ほとんど無くなってきている。だとすれば、メーカーの思惑も理解出来るが、残念なことに、クリエーターの方達は、Mac World Expoに大挙して参加することが多い。もちろん、それが良いとか悪いとかの話をしているのではなく、出来れば、様々なユーザーが大挙して訪れたいようなイベントが年に1、2回あればいいのではないだろうか? 冷静に考えても、展示会と名のつく催しがちょっと多いように感じる。あまり頻繁に開催されてしまうと、参加したいという気持ちが薄れてしまうのではないだろうか? と私が心配しても仕方のないことではあるが・・・。
2000/02/08

0016 ●突然鳴り響く大音響
ネットサーフィンをしていると最近、突然大音響のBGMが鳴り響くことが多くなってきた。インタラクティブなホームページブームの影響なのだろうか? 概して、これらのサイトのBGMはあまり意味のあるモノにはどうしても思えない。もちろん、音というものは無視出来ないのは言うまでもない。実際、効果的な演出であればいいのだが・・・。デザイン全般も含めて、やはり、押しつけ的なモノが多いように感じるのは私だけではないはずだ。意味のないBGM・・・解りにくいリンク処理・・・どこに何があるのか解らないレイアウト構成・・・可読性が著しく悪いフォント・・・完全に描画が完了しないと何も出来ない一枚画像のページ・・・元に戻れないページトリック・・・ムービーを完全に見終わらないと次に進めないトップページ・・・見せたくないというページ構成が流行っているのだろうか? もし、見せたいページを作るので有れば、子供でも理解出来るデザインを心がけるコトがベストだという話を聞いたことがある。すべてがソレで良いはずはないが、根本的な部分はこの考え方の上に成り立っていたほうがいいような気がする。ホームページの読者は雑誌などとは異なり、読者層を断定さることが出来ない。様々な職業、社会的立場、性別、年齢の異なる多くの人が混在している世界だからだ。だとすれば、もし、多くの方に自分のホームページを読んでもらいたいと思うなら・・・万人に違和感のないデザインにもう少し歩み寄ってもいいのではないだろうか。反面教師・・・見る人が見れば、どんなに絵が上手でも全体の構成で、その人のスキルはバレてしまう。ホームページは本当に難しい世界だ。
2000/02/09

0017 ●アップデートのタイミングは難しい
コンピュータ機器を利用しているモノにとってハード、ソフトのアップデートのタイミングを見極めるのは難しい問題である。個人的経験から、まず、ソフトウェアから考えてみると、OSについては、リリース直後は避けるべきである。もし、複数のマシンがある場合は、予備マシンにインストールして状況を静観出来ればベストだ。問題なのは新バージョンのOSにツール関係のソフトウェアが対応しているかというコトになる。対応していれば切り替えの問題はほとんどクリアされたと言っていいだろう。過去の経緯では、概ね2ケ月以内には代表的なツール関係はなんらかのアップデートが行われている。メーカーのサイトはこまめにチェックしたほうがいい。次にアプリケーションのアップデートはどうだろうか。もし、DTPなどでフォントや出力センター、印刷所との問題から、アプリケーション単体では判断出来ないような場合は、仕事の流れの中で判断するしかない。ただし、いつまでも古いバージョンにしがみついていても効率は高まらない。なにより、通常ソフトウェアメーカーは2バージョン前の製品のサポートは打ちきることが多いからだ。特に昨今は新しいOSでないと動かないソフトウェアが増えてきている。これは新しいOSの機能を利用することでパフォーマンスを上げようとしているためだ。ソフトウェアに関して言えば、古いバージョンは常にフェードアウトする運命にある。もし、ハードウェアもOSも一切アップデートしないという環境で永遠に仕事が行えるのであれば、アプリケーションのアップデートは必要なくなる。さて、ハードウェアの場合はどうだろうか。一概には言えないが、公称スペックが現在使用しているシマンの2倍以上であれば切り替える価値はあるはずだ。もし、大して違わないのであれば1回休み(頻繁に行われる新機種の2つ先を購入する)という手がある。つまり、問題なのは、『少しでも速い環境』ではなく、『出来るだけ安全』な環境と言えるのではないだろうか。
2000/02/10

0018 ●小型化する携帯電話の限界は?
今日・・・唐突(でもないが)に2台の携帯電話の機種交換を行った。これで機種交換は2度目である。最初に購入した7年ほど前から比べると1/3以下の薄さである。実際、2回線利用している私は今回の機種交換で、いままで4種類の携帯電話を利用したことになる。さすがにすべての機能は理解していないが、今回の交換は前回よりもリスクが大きいようだ。なにより、今度の処理体系がいままでとは違うのである。漢字表記や一生使わないかもしれない付加価値のてんこ盛りならそうなっても仕方ないのかもしれない。で・・やはり、今交換するなら、i-modeかカラー表示・・・と思われるかもしれないが、意外?と普通の携帯(田村さんの208)である。しかし・・・新規購入よりも機種交換のほうが高いというのは・・・ちょっと納得出来なかった。廃棄処理代金が含まれているらしいが・・・。前回の時はキャンペーン期間で、ほとんど数千円で交換してくれたが、今はそれれもやっていないようだ。で、わざわざ普通の携帯電話に高いお金だして交換する必要はあったのか? と思われる方も多いと思う。それは当然だ、しかし、1台は電源不安定(コネクターがガタガタしている)であり、もう一台もそろそろ同じ運命という状況では、修理で数日、あるいは数週間使えなくなるよりは・・・というわけである。もっとも、そこまでして交換しても、2台の携帯電話の通話料金は、基本料を加えた全料金の週費税以下という程度にしか使っていないのである。だいいち、2台のうち1台の携帯番号を知っている人は全国に10名いないし・・・もう一台は少し多くて20人いるだろうか?というクローズな状況である。取りあえずまだ仕事用としては公開していない。プライベートオンリーというわけである。でも、無いと困る。なんだか必要悪の固まりのような気もするが・・・。で、話を戻すと、この薄さはどうなっているのだろうか。あまりの薄さにこれが限界ではないかとすら思える。さすがにキー部分は指の大きさからして現状サイズが限界であろう。だとしたら、後は更に薄く・・・なるのだろうか? これ以上薄くなったら、持ち歩いている間に折ってしまいそうな予感がしてならない。
2000/02/11

0019 ●電卓が埋もれている日本の家屋
昨日、ちょっとだけ部屋を掃除していたら、なんと・・・20台も電卓が出てきた。もちろん、多くは貰い物なのだが・・・どこかに無くしてしまうと、直ぐに適当なものを買ってしまう悪い癖が私にはある。なにより、探している時間がもったいないのだ。だったら部屋を綺麗にすれば・・・という展開になるが、狭いスペースを拡張することは出来ない。さて、この電卓(性格には卓上型電子計算機?)だが、最初に出現したカシオの『答え一発・カシオミニ(というには相当大きなものでった)』というアレを叔母からプレゼントされたのが最初だった(多分知っている方は相当・・・)。その後、関数電卓にハマリ・・・ずいぶん色々な電卓を購入したことを思い出した。でも・・・結局は普通の加減乗除に使うのが関の山である。いつしか私も意味のない関数計算に飽きて、安くて小さいものを買うようになったのはいつ頃からだったろうか。なにより、団卓はとにかく安いのである。まだパソコンが出現していなかった頃、秋葉原を見た外国人がステーキより安い電卓の価格に仰天していた時代である。今では携帯電話ですら電卓機能が組み込まれているので、あえて購入する理由はほとんど無くなっている。ましてや、パソコンを持っていればなおさらだ。だとすると、私は巨大な電卓も20台ほど持っていることになる。もちろん全部が常時駆動しているわけではないが・・・。更に下の部屋にある電卓類を含めると確実に50台は突破するだろう。そんな私の異常さを一瞬笑ってしまう方もいるだろうが・・・冷静に考えてみると、どの家庭でも、このように眠っている電卓をかき集めると、相当な数になるのではないだろうか。なにしろ安さの極限は電池代金より安い製品があるくらいだ。これって腕時計と同じ世界である。なんだかイイ電卓や時計を買って電池交換で末永く使うよりは電池が無くなったら買い換えてしまってもいいような、安いものに取り替えたほうが気分転換になるかもしれない。でも、コレって地球に不親切なんですよね。
2000/02/12

0020 ●携帯電話データ編集ソフト
携帯電話を漢字表記のものに交換してしまったので、必要はないものの、データを漢字に変換したくなった。人情である。まずは毎日シコシコと手作業で訂正していたが、流石に300件近いデータを整理する時間を考えると気絶しそうである。そこで、遂に携帯電話データ編集ソフトなるものを買ってしまった。今はほとんどのソフトがケーブルを同梱しており、メーカーによっては最新機種対応版のパッチをWEBに上げている。実はどのメーカーにするかでショップで散々悩んでしまったのである。私の携帯電話は、今年1付きに発売されたばかりの最新型なので、どのソフトも未対応である。結局、メーカーが随時ネットに新機種対応版をアップしているものに決めた。本当は既に1つ持っていたのだが、古いソフトで最新機種に未対応であったので、見捨てざるをえなかった。結局ソフトウェアはサポートが命といったところだろうか。さて、このソフト、あえてメーカー名は伏せるが、なんと携帯電話と接続中に自動的に充電を行う機能が付いている。なんでも日本初だとか。早速データを携帯電話から吸い上げて漢字に変換、ついでに5年以上一度も使ったことのない方の番号を整理するなど大がかりなデータ編集を行った。大編集である。しかし、そのわりには1時間程度で処理は完了してしまった。とすればこのソフトの価格が1万円程度というのは安いと言えるかもしれない。でもね〜定価は携帯電話代金とほぼ同額というのは、ちょっと考えてしまう。ソフトウェアとして見れば低価格帯のものだが・・・やはり、この価格麻痺というのはパソコンユーザーには深刻な問題かもしれない。なにより非パソコン製品で日常使うようなもので1万円も出したら、相当面白いものが買えるはずだからだ。しかし、便利さを覚えてしまった私は、次は着メロ編集ソフトを狙っていたりする。
2000/02/13

0021 ●唐突の『いざ鎌倉』で、ふと・・・思ったコト
13日の日曜に、『いざ鎌倉』というわけではないが、突然・・・鎌倉に出かけてきた。こんな風に衝動的に出かける場合はたいていは車を使うのだが、今回は電車とバスを乗り継いでの行軍にした。単なる気まぐれである。そして、いざ鎌倉についてみると、やはり、前に出かけた時よりもずいぶんオシャレな町並みになっていた。所謂ファッション化の波が大きく影響しているという感じだ。心配なのは、幾多の避暑地のようにファッション化が進みすぎて、最後は飽きられてしまうという結末にならなければと少々心配になってしまった。思うに、若者に来て欲しいから、町をミニ原宿化させようとする発想って、なにか安易な気がしてならない。温泉街が自然を切り崩して、団体旅行者のための観光ホテルを乱立させ、気が付けばソッポを向かれてしまったという結末例を多くの方は見ているはずだ。例えば、所謂日本的な地域産業活性化の手本とも言うべき・・・温泉中心の観光名所でっち上げ対策をとらずに頑張ってきたところが、いま、新たに自然と融合した町という新鮮なイメージで多くのファンを魅了している温泉街とは正反対である。最初はなんでも物珍しさにつられて出かけるということを人間は行うが、似たような町の造り・・・都市からのエスケープを兼ねた旅行だったのに、着いてみたところは住んでいた都市と何も変わらず、自然が無い・・・であれば二度と訪れたいとは思わないはずだ。そして、これまたお土産の類がどこにいってもほとんど同じものしかないというのも寂しい。それでも温泉饅頭の類があれば、まだ微笑ましいが、原宿や渋谷などで売っている小物を羅列されても、興醒めするだけなのは私だけなんだろうか。多少の不自由があっても、その場、この時にしか手に入らない、食べられないものを求めてヒトは旅をするのではないだろうか・・・と。もっとも、東京から鎌倉っていうのは・・・旅とは言えないが・・。しかし今回は、いつも立ち寄る和菓子屋さんとお煎餅屋さんが健在であったのが、私の収穫といったところだろうか。
2000/02/14

0022 ●オンラインアップデートの夜明け
今年は、日本でのインターネットブームが更に本格化する気配がある。従来コンピュータ通信を行うには、NTTの回線をょ使うしか方法は無かったが、都市部を中心にケーブルTVがジワジワと普及してきている。かく言う私も昨年8月からケーブルTV経由で通信を行っている。このケーブルTVのスピードは侮れない。むしろ、このスピードに麻痺してしまうコトのほうが恐ろしいかもしれない。そして、今年は似たようなシステムを複数の公共企業が始めるらしい。だとするとNTT離れは相当加速するのではないだろうか? もはや、ISDN128でもスピードは遅すぎる。更に料金固定化が実行されはしたが、プロバイダーを指定しているため、すべてのISDNユーザーがこの恩恵を受けることは現状では出来ない。もちろん過当競争に突入すれば、NTTもそんな対応はしていられないだろうが・・・。で、結果として拘束スピード回線が、低料金で実質繋げっぱなしになったとき、次に待ちかまえているのは、ソフトウェアのオンラインアップデートではないだろうか? これはパッチの類の話をしているわけではない。従来CD-ROMなどで提供されていた新機能満載の新バージョンへのアップデートの話である。恐らく数年後にはどのメーカーもコレを実現させるだろう。既に現在でも、一部のソフトウェアはライブアップデートと称して自動アップデート処理を行っている。もちろん、それらは、まだまだパッチの類を脱していないが、上記のような環境がスタンダードとなってしまえば、誰もが夢見ることではないだろうか。しかし、そうなると・・・従来、新バージョンのCD-ROMを作成したり、マニュアルを印刷していた会社、それらを発送していた会社の仕事は無くなってしまう。いや、もちろんコレはコンピュータ関連企業だけの話だとは思うが・・・本当にそうだろうか?
2000/02/15

0023 ●Mac OSXの襲撃は他をうち消した。
Mac World Expoにてジョブスの基調講演を見た。ジョブス自身は一年前に見てはいたが、基調講演は始めてであった。内容は、既にニュースなどで報じられているように、以上なまでの新製品ラッシュであったが、最後に公表されたMacOSXにバンドルされる日本語OTFフォントのヒラギノ6書体の話は、それまでの新製品の話をすべて吹き消してしまった。それほどこの話は強烈であり衝撃的であった。恐らく、この思いは私だけではないだろう。思えば日本のプリプレス界では、良くも悪くもフォントの様々な問題がネックとなっていたからだ。これで、一部の横暴なフォントメーカーが方針を変更してくれることを、多くのデザイナーが基調講演の後につぶやいていたのが印象的だった。確かに、欧文フォントと和文フォントでは開発コストなど・・・同一に考えられない部分が多い。プロテクトの問題もその延長上にあることは理解している。しかし、正規に購入したユーザーに負担を求める従来のプロテクトのあり方は早くから問題視されていた。出来ればアンインストールが可能で、マシンを交換しても気軽に再インストールが行えるだけの柔軟化ぐらいあってもいいように感じていた。後は、噂のAdobe InDesignとの関係だろうか? 18日のInDesignスペシャルセッションがこの時点で更に気になるセッションとなったことは言うまでもない。
2000/02/16

0024 ●お祭り意識が薄れた感のMac World Expo Tokyo
Mac World Expo Tokyoは今年で10回目を迎えた。私は第三回の時に風邪で寝込んでしまって参加出来なかったが、他はすべて参加している。さて、この10年で何が変わったか? という話が合う人ごとに発せられていたのが印象的だったが、私はズバリ『お祭り意識が薄れた』と感じている。Expoは確かに博覧会なのだが、Mac World Expoはお祭りとしての盛り上がりがある数少ないExpoではないだろうか。クリエーターが集まり、夜には様々なパーティーで盛り上がる。ホテルのアチコチのラウンジで宴会が続く・・・。怪しい打ち合わせでホテルの特別室に消える・・・こんな騒ぎが会期中延々と続けられる・・・私はそれがMac World Expo Tokyoだと感じていた。もちろん今年もそれらの恒例行事はアチコチで開催されていたが、なにか、冷め切った雰囲気があったように思えて仕方がない。展示スペースが少ないことも影響しているのかもしれない。インターネットに情報が氾濫している現在、あえて展示会に出展する意義をメーカーは模索しているのだろう。もちろん、それは間違っていない。ならば、もっと個人の盛り上がりがあってもいいような気がする。個人でブースを構えるというのではなく、Expoに行けば誰かに会えるというようなシンプルな欲求で人が集まるような場を私は期待している。
2000/02/17

0025 ●Adobe InDesignシンドローム
InDesignは本気だ。昨年のSeybold Tokyoでお披露目されたInDesignが遂に開発中の日本語版を発表するまでになった。当初、Seyboldの時からあまり進化していないのではと冷めた気持ちでいたが、Expo当初のジョブスによるMacOSXへのOTFフォントバンドルの話が、そのまま今日のInDesign日本語版初公開に繋がった印象を多くの業界人が抱いていた。いままではコンピュータソフトウェアに翻弄されたデザインを津区政するという図式が当てはまっていたが、これからはコンピュータソフトウェアに翻弄されずにデザイン出来る環境が揃ったと言い切っても過言ではないだろう。とにかく発売される秋まで待つのが我慢出来ないくらいである。これだけ日本独自の文字文化について突っ込んだ開発がされているページレイアウトソフトは無いはずだ。いや、一部には既に存在はしているが、Macばかりではなく、Windows環境も網羅し、かつ価格も安くサポートも期待出来る状況のソフトウェアは皆無であったと私は言い切りたい。なにより、型にはまったデザインしか出来ないようなページレイアウトソフトの時代は終演したのである。レイアウトとデザインを動じ進行で調整・設定出来るInDesignの登場が、新しいページレイアウトソフトのターニングポイントとなることは誰もが認めることではないだろうか。
2000/02/18

0026 ●運命の出会いは些細なキッカケ?
今年のMac World Expo Tokyoでも様々な出会いがあった。海外の旧友との再会・・・ふとしたキッカケで出会った方・・・予期せぬ出会い。どれも私にとって印象的な事件である。人の出会いは本当に面白い。特に今回は、メールにてお叱りを受けた方と会う機会があった。通常はあり得ない出会いである。ところが、いただいたメールが丹那ね罵声と非望ではなく、紳士的な批判内容であったことが良かったのかもしれない。なんどかメールのやりとりをしての出会いとなった。普通、このような出会いは、会ったその時点で既に昔から知っている友達という雰囲気に変貌してしまう。この不思議な人間関係に私はいつも楽しみを覚える。ところで、同じパーティー会場にいても出会うことも無い方もいるわけである。それは、きっと、その方とは会うチャンスが訪れていないからなのかもしれない。やはり、人との出会いは、偶発的であり意外な巡り合わせであるほうが末永くおつき合い出来ているような気がしてならない。これをきっと赤い糸?というのかもしれない。人間には赤い糸は何本まで許されているのだろうか? そして、次の出会いは4月のクリエーターズ・エキスポだろうか。新しい出会いはどんなに沢山あってもいいものである。
2000/02/19

0027 ●嵐の後の静けさ
普段はお酒をあまり飲まない私もExpo会期中は、ほとんど毎日午前2時頃までせ呑み回っていた。その関係で睡眠時間は3時間あるかないかである。もう完全に不摂生の連続である。適当に切り上げて退席することも可能だが、どうしても、出来るだけその場にとどまりたいという欲求のほうが強く働いてしまう。いつでもホテルに戻れるという精神的な安心があるからだろうか? とにかく普段は近くにいてもなかなか会えない友人との呑み会は時間の経つのを忘れさせてくれる。危ない話。意外な話題。同席している方との出会い。普段は難しい顔をしている方の素顔・・・肴はいくらでもある。そして、最終日の宴会が終わった後にホテルに戻った私はそのまま死んだように眠り込んでしまった。しかし、悲しいことにどんなに疲れ切っていても幕張のホテルでは必ず7時頃に目が覚めてしまう。Mac World、Windows World、PC Worldと、いつも幕張滞在モードの私にとって幕張のホテルでの起床時間は完全に条件反射となっている。そうして、翌日も7時に目が覚めてみると、静かなExpo会場が、まるで翌日までの騒ぎが夢であったかのように私をいつもの現実に引き戻してしまった。
2000/02/20

0028 ●AirMacをゲット
Expo会期中の18日に会場内のショップでAirMacが販売されていた。素早くゲットしようとしたが、あっと言う間に売り切れてしまった。説くかのコレを狙ってのiBook購入であった私は、帰宅のとにすぐさまAppleStoreに申込みをしようとしたら20日待ちという表示に、いったん申込みを見合わせた。渋谷あたりに出かけて直ぐに購入出来ると考えたからだ。ところが、偶発的に近所のショップに予約しておいた携帯電話の電池が入荷したとの知らせが入ったので、フラリと出かけてみると・・・なんとAirMacが販売されていた。もう、そのままゲットして自宅に戻ってすぐさまセッティングしたのは言うまでもありません。多少手こずったものの、あっけなく接続が完了し・・・邪魔以外の何者でも無かったイーサーケーブル25mを始末することに成功した。もう、こんなに便利な状況が出来てしまうと・・・あとは、他のケーブルも始末したくなるのは人情である。あとは、サードパーティーからリリースされるコンパチカードを購入するか・・・新しいMacintoshを購入するかは時間の問題となってしまう。ただし、懐具合との駆け引きが入るのは言うまでもない。しかし・・・いままで、これほどApple製品で私の購入意欲をかきたててくれるモノが連発された時はあっただろうか?
2000/02/21

0029 ●USBマウスの逸品は何処に?
USBタイプとなったMacintoshのマウスをプロ仲間で絶賛している方を私は知らない。私自身もiMacDVを購入すると同時にサードパーティーのマウスを取りあえずゲットした。しかも2種類である。結果は惨敗であった。しかし、まだ純正の丸いマウスよりはましである。結局、iMateにて旧型のADBマウスを使うという反則技でお茶を濁している。これは、もう本当にどうにかしてほしい問題だ・・と私は思っている。実際の作業では、ほとんどをタブレットで行っているので、絶対になんとかしてほしいという状況ではないが・・・やはり、今までのように手にしっくりなじむマウスが欲しいと思っているのは私だけではないだろう。もつろん慣れという問題もある。しかし、無意識に方向を確定出来る従来の形式のマウスに、まだまだ軍配が上がるのではないだろうか。そして・・・実は、新しいキーボードにも不満はある。なにより黒いキートップは見づらい。私はタッチタイピング派ではないので、この・・・キーボードを漠然と見ながら入力するというコトに長らく慣れてしまったのがいけないのかもしれない。セミナーなどでは会場が暗くなるので、キートップ探しにくろうしてしまう。従来の拡張キーボードに匹敵するキーボードも、絶対に欲しいのだが・・・。そういった不満を言う私は既に旧人類ということなのだろうか・・・。
2000/02/22

0030 ●電池の種類がボトルネックになる日
先日のExpoには、初めてデジカメと、DVビデオカメラというフル装備で出陣した。当然充電池用の充電器を持参したことは言うまでもない。これに、携帯電話の充電器と、都合3つの充電器を持っていった。もう、これだけでも大荷物である。更にPowerBookフルセット・・・。こうして思うと便利な電子機器も電池が機種ごとに違うというデメリットは、機材が増えれば増えるほど大きくなってくる。従来電池と言えば、単三、単二、単一が相場であったが、今では単四、単五などというものまで出ている。しかし、それは大きな問題ではない。それらを使うことが出来ればの話である。しかしながらデジカメやビデオカメラは独自のバッテリーを利用しているため、完全に互換性が無くなっている。もちろん、特殊な電池の恩恵で全体の形状がコンパクトになるなどメリットは大きいのだが・・・出来れば同一仕様の電池が流用出来ればと思うのは私だけではないだろう。出来れば企画を統一して各社共通のバッテリーという具合にならないだろうか。いや、現在の各社マチマチの形状でもフル駆動で1週間ぶっ通しで利用出来るぐらいのパワーがあれば、そんな共通仕様はどうでもよくなるのだが・・・超小型原子炉でも組み込まない限り、無理な話かもしれない。
2000/02/23

0031 ●プロバイダー戦国時代は終焉か?
プロバイダーが、料金あるいはサービス過当競争に突入したのは、いつ頃だっただろうか。そして、遂にAppleが無料アドレス&ホームページサービスをはじめた。こうなるとアクセスのためのプロバイダーを1つだけ契約し、あとは解除してしまってもインターネットでのメールのやりとりや、ホームページ作成に何ら支障はない。むしろ複数のプロバイダーと契約しているコトによる無駄な費用の軽減は、個々のプロバイダーの支払い金額が低額であっても、大きな数値になるのではないだろうか? もっと極端に言えは、無料のIDを発行してくれるプロバイダーだけと契約し、Appleからアドレスを取得してしまえば、あとは電話代だけである。いや、ケーブルTVなどど契約していれば、24時間繋げっぱなしで費用は定額・・・。こうなると、小さいプロバイダーの生き残り戦争は更に激化するのではないだろうか。もちろん、企業ユーザーは上記のリーズナブルな設定を行うことは出来ないが、少なくとも、今後暴発するであろう個人ユーザーにとっては、少ない出費という一番気になる部分がクリアされるメリットは計り知れない。いや、実際問題として日本でのインターネットブームは今年からと言っても過言ではない。そして・・・このApple戦略に追従するメーカーは必ず現れてくるはずだ。そして、その先に待ちかまえる各プロバイダーの命運は、おのずと結果が予測出来るはずだ。いやいはや、恐ろしい世界となったものである。
2000/02/24

0032 ●マウスは消耗品だった
昔、毎年マウスを2つほど交換していた時期があった。つまり、半年に一階交換していたわけである。厳密に言と、使用に耐えられない状況となったので交換していた。マウスポインタがバシッと決まらないと言えば理解してもらえるだろう。もちろんMacintoshの話である。Windowsのマウスははじめっから論外のブレブレポインタだからだ。さて、そんな状況にあった頃は、純正マウスをセッセと買いだめしていた。今も新品のADB2マウスは3つほどストックがある。ところが、タブレットペンを頻繁に使うようになってからは、このマウス交換が全くなくなってしまった。要は、あまりマウスを使わなくなってしまったからである。使用頻度の問題というわけである。逆にタブレットのペン先は直ぐに減ってしまうが、こちらは、ペン先だけを交換可能なのでペン自体を交換するような状況にはいまだなっていない。不思議なもので、当初はタブレットペンに対して懐疑的な部分もあったが、ひとたび慣れてしまうと、もう無いと仕事が出来ない状態になっていた。思えば最初に使ったMS-DOSマシン用のマウスの変態的に使いにくかった時代から思えば、なんでもかんでも使いやすい道具ばかりとなっている今は、幸せなのかもしれない・・・ということになるのだが・・・。
2000/02/25

0033 ●シンプルという思想は死滅したのか?
iMacのデッドコピー品の販売したソーテックのサホートが劣悪でユーザーが怒り狂っているという話を聞いた。実際のところは私自身が、ソーテック製品のユーザーではないので解らないが、本当だとしたら、やはり・・・ということだろうか。さて、コンピュータに限らず日常使う様々な道具というものは、やはりデザインの善し悪しは重要な問題である。どんなに優れた機能が搭載されていても、部屋に置きたくないようなデザインであれば、買うことを躊躇するだろう。逆にシンプルな機能(必要最低限の機能)であってもデザイン的に優れているものはついつい衝動買いしてしまう。例えば電話機などはどうだろうか。私はあまり多機能な使い方をしていたいためか、複雑怪奇な機能のほとんどを理解していない。使うのは留守番設定ぐらいだからである。Faxもそうである。用紙設定と送信機能以外はほとんど使わない。ところが、日本製のこれらの機械は、いかに多機能であるかというスペックだけを追い求めているような気がしてならない。すべてのものがシンプルイズベストであると断言するつもりはないが、もうちょっと使い勝手が良くておしゃれなデザインというものに神経を使ってもいいように感じるのは私だけだろうか。そもそもデザインとは奇をてらったものを示すわけではないのであり、実は、大変地味な設計に他ならない。このことをはきちがえている方が昨今はどうも多いような気がしてならない。
2000/02/26

0034 ●手塚修虫ランドで散財してしまった。
アップルコンピュータ本社のある東京初台の東京オペラシティービルの地下1階に手塚修虫ランドというキャラクターショップがある。鉄腕アトムを筆頭に手塚修虫氏の作り上げたキャラクターグッズがファンを魅了してしまう。実は、何度も同ビルには訪れていたが、この店の存在は、昨日のJ-Macのミーティング終了後に食事をしに、地下に降りて初めて気が付いた次第である。その時は個人行動ではなかったので、ガチャポンでキャラクター人形をゲットしただけだったが、どうにもムズムズが収まらない、かくして、本日も、この手塚修虫ランドに赴いて、鉄腕アトムの初期TV放映ビデオを数本ゲットしてしまった。いやはや自分でも危ないと薄々感じている。ところで、昨今、この手のグッズショップがにわかに人気を集めているのとは裏腹にディズニーショップの売り上げが低迷だそうだ。具体的な理由は解らないが、やはり飽きられてしまったというコトなのだろうか。かつては数年サイクルでしか新作アニメを見ることが出来なかったディズニーも粗製乱発と陰口を叩かれるように新作をリリースしている。そして、それらの作品はどうにも過去の作品と比較して、イージーな絵であると言う方が多い。私自身は、新作はあまり見ていないのでコメントは出来ないが、これは、どうもあのジャングル大帝のコピーではないか?と問題になったライオンキングあたりから?のようだ。結局この問題はウヤムヤとなってしまったが、国産キャラクターにも優れたものが多いのは確かである。そして、子供の頃にみた夢を裏切るよう状況だけは見たくないと思うのは私だけだろうか。いや・・・昔話に走るのは単なるノスタルジーでしかないのだが・・・。
2000/02/27

0035 ●何故自動車の速度はプロテクト出来ない?
自動車を運転していて常々不思議に思うことは、制限速度を厳守してしまうと、逆に危険度が高くなるという不可思議な現実である。まず、ほとんどの車は制限速度を厳守していない。思うに、日本の高速道路で100km以上の制限速度の標識を私はまだ見たことがない。仮にこれが上限だとしたら、車そのものの速度を100km以上出せないように、どうしてできないのだろうか? もし、法的に車の速度は100km以上出せないと決まれば事故は少なくなるのではないだろうか? もちろん改造したりする輩のことは別だ。もっと極端に言えば、都内の走行車は、なんらかの方法で制限速度50km以上は出せないような電波を出すというのもSF的で面白い。ただ、都内の場合は走行スピードが落ちてしまうと逆に交通渋滞を煽ってしまう危険性はある。都知事が都内走行料金制度を打ち出しているが、これも、ある意味で焼け石に水かもしれない。そもそも、日本は馬車などの交通機関が確立する前に突然自動車が蔓延してしまった国である。馬車の通行すら考慮していなかった町に車が溢れているようなものなのである。首都高にしても、車の運転などしたことが無いという方が設計したとしか考えられないほど、極めて危険な設計となっている。はっきり言って東京の首都高は、事故なく走行するほうが不思議と断言してもいいはずだ。これは、もう今となってはどうしようもないのかもしれない。だれかが昔冗談で言った言葉を思い出した。『ゴジラが首都を破壊してくれれば・・・』・・・と。
2000/02/28

0036 ●スキルアップを目指してはいけない。
コンピュータを使うようになって、にわかに『スキルアップ』という言葉を耳にするようになった。要は『腕前を上げる』ということなのだが、専門の職人的な技術が求められる伝統工芸の世界であれば話は『なるほど』ということになるが、商業デザイン、イラストレーションの世界では、必ずしも『納得出来る』表現ではないのでは?と常々考えている。もし、スキルアップと称して定番と言われているのソフトウェアのすべての機能とすべてのショートカットをマスターしたとしても、デザインやイラストが自由自在に生み出せるわけではないのである。じゃ、『デッサン力を身につければ鬼に金棒』と、次のステップを呪文のように唱える方が時々いる。デッサン力というのは確かに大切な要素ではあるが、デッサン=木炭画という単純な発想ではいただけないのではないだろうか。人間は誰しも様々な想像を頭の中に走らせることが出来る。それは十人十色のはず。問題なのは、アイデアをいかに自分なりの表現で形にするか?という一点に商業デザインやイラストレーションは集約されているような気がしてならない。いや、すべての創造的表現に共通しているはずだ。そうは言っても学生の方にとっては、定番ソフトのマスターという問題は無視出来ないのは理解しているつもりだ。ただ・・・ソフトウェアは生き物である。マスターしたソフトウェアが未来永劫リリースされ続けるという保証はない。なにより現在天下を取っている大手ソフトウェアメーカーも、その歴史はせいぜい10年ほどでしかないからだ。結局最後に残るのは人間らしい感性でしかないような気がする。誰に何と言われようといち早く自分自身の世界を構築した方は輝いているものだ。
2000/02/29





このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。


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