| 0037 ●電子の彼方へ消えたデータは戻せない |
| 今日、Eurdra-Proを立ち上げてみると、今まで30通ほどたまっていた受信データが綺麗さっぱり無くなっていた。慌ててノートンで消去ファイルを確認してみが、該当するデータは存在しなかった。つまり・・・何かの勘違いで私が消去したわけではないようだ。では何故データが消滅したのか? 考えれば考えるほど不可思議なことだが、結論として消えてしまったモノはどうしようもない。唯一救われているのは、頻繁にやりとりしている方や仕事関係、交友関係のメールはすべてフィルタ処理で別のフォルダーに自動格納していたことだ。つまり、消えてしまったデータは、後で返事を書こうとしていた初めて届いたメールばかりであった。逆にこれらの方には申し訳ないことをしたわけだが、インターネットでのメールのやりとりに安全確実というものが無い以上、仕方ない事件として片づけることにした。そもそも時々明後日なアドレスを指定しているにも関わらず私のとろに届くメールがある。もちろん発信者が【Bcc:】で不特定多数に同報し、宛先は自分のアドレスというわけではない。どうして、こんなメールが私のところに?というメールである。明らかに間違ったアドレスの【To:】宛に、その方にしか解らない内容がつらつらとしたためてある。もしかすると、私の送るメールもどこかで、こんな具合に明後日な方が読んでいるのかもしれないと思うと背筋が寒くなる。ということは、一刻も早くメールにプロテクトでも施したほうがよさそうだ。では、そのソフトは??? と新たな問題がでるのではないだろうか? さて、話を戻すが、5年ほどEudraは使い続けているが、こんな事は初めてである。いやいや、きっと何か私が変な事をしたのだろう。思うに便利なデジタルデータも消えてしまえば『はい、それまで』である。 |
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2000/03/01
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| 0038 ●胡散臭い勧誘とボランティア宣言 |
| ネットワーク生活というほどではないが、メールでのやりとりが日課となって久しい昨今、怪しいメールの1つや2つは誰もが受け取っているはずだ。言葉巧みに商品や会員権を勧めたり、ボランティア活動の一環として画像を提供してほしい等・・・内容は千差万別だ。そして、これは国内からばかりではない。いったいこの人はどこの国の人だ・・・という謎の英語メールが届いたという経験をお持ちの方も少なくないだろう。実は、私は過去に3回ほど画像提供で詐欺にあったことがある。多くはメールによる仕事の依頼から始まり、ギャラの交渉・・・そしてデータ発送・・・最後は音信不通という定番コースである。で、偏見をおそれずに言えば、私の場合に限り、これらのパターンはすべて東南アジアからの打診であった。こうして、私の中では、東南アジアからのメールには一種のフィルタをかけて読むという防衛機能が自動的に働くようになってしまった。じゃ、欧米からのものは・・・というと、実は、これも結構危ないものがある。一昨年はオランダからグラフィックの本を出すので画像を提供してほしいという話があった。この時、イラストレーターのYさんにも同じメールが届いていたことが解り、来日する彼らと打ち合わせまでしたのだが・・・この後、メールを送っても一切返事は届かなくなってしまった。更に、世間知らずの私は先日も、米国から郵便で届いた、とある紳士録の登録に関する書面での勧誘に一瞬、どうして良いか解らず、米国在住の友人や、知り合いでこの手の情報に強い方にメールにて相談したことがあった。結果は当然ながら、皆さん一斉に『きな臭いので無視したほうがいい』というものであった。甘い話には、とかく人間はポジティブに物事を解釈しやすいように出来ている。一般生活上と同様に、ネットワーク生活も、まずはじめにネガティブに解釈し、思い切って無視するとい技も身につけなければならないというコトだ。逆に、それだけネットワークというものが普通の世界と同等に成熟したというコトの裏返しである。いやはや・・・。 |
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2000/03/02
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| 0039 ●中世日本の様式美が、何故か今とても美しく感じる |
| 3月3日は桃の節句。所謂雛祭りである。本来は公家社会での伝統儀式であったものが、江戸時代に庶民の中にとけ込んでいったわけだが、最近はこの雛人形も段数を競う時代から、内裏雛だけの様式に変化しているそうだ。都会の狭いマンション内に大がかりな雛壇をセットすることの難しさと、どうせ買うなら良いモノを末永く使いたい・・・ということらしい。成人した女性も内裏雛だけなら一種の置物として飾ることも出来る。仰々しい団飾りは、まだまだ地方都市にいけば色々と見聞することが出来るが、この現象に拍車がかかると、本当に都会から団飾りが消えてしまうのではないかと考えてしまう。戦前にはの団飾りは、天井まで届くような大きなものであったそうだ。もちろんすべての家にそのようなものがあったわけではないが、それでも代々伝わっている家宝とも言える大きな雛人形がまるで家の主かのように床の間を占領していたらしい。しかし、これは何も雛祭りだけに限ったことではない。既に日本の正月は元日のほんの一瞬だけと言っても過言ではないくらいに冷めたセレモニーとなって久しいではないか。いやいや、元日からオープンしているコンビニを責めてわけでもなく、団飾りを買わなくなった都会人を責めているのではない。世界でも数少ない四季を楽しみ、その季節ごとに自然と融合するかのような中世日本の様式美が、何故か今とても美しく感じる。これは単に年をとったからなのだろうか。 |
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2000/03/03
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| 0040 ●プレイステーション・ドットコム・ジャパン |
| プレイステーション・ドットコム・ジャパンで発生した不正なアクセス事件に関して、同サポートセンターの見せた迅速な対応と、顧客に対する処理内容の情報公開の鮮やかさが今話題となっている。通常、このような事件が発生した場合は、『詳細はどこそこのページを参照』なる対応が一般的だが、利用者全員にメールにて事情説明を行い、不正アクセスに直接被害に遭われた方へは別途案内を送るなどの処置が、あまりのスピードで展開される迅速な対応を受け取った者にとって、もう、それだけで同サイトへの信望は、嫌が上にも高まってくる。天下のソニーグループが、このきめ細かいサポートと対応を行ってしまうと、そうではないメーカーの存在は霞んでしまうのではないだろうか。実際、私は会員ではないが、so-netの対応も従来の常識を越える丁寧なきめ細かいものであるらしい。プロバイダーに限って見ると、昨今は価格競争戦国時代だが、そろそろ本当のサービスというものについて価値を認める風潮になってきているのかもしれない。さて、特にゲーム用コンピュータには興味のなかった私も、この事件を知った時、嫌が上にも同サイトを訪れたくなった。そして気が付いた時にはDVDビデオのタイトルを数点発注していた。興味の無かったゲーム用コンピュータ・・・つまりはプレイステーション2の購入も時間の問題かもしれない。恐らく私と梁時ような行動をとった方は多かったのではないだろうか。まさに、グローバルな意味でのプレイステーション・ドットコム・ジャパンの作戦勝ちといったところだろうか。It's a sony. |
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2000/03/04
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| 0041 ●最後に残るのは着眼点と強烈な個性 |
| 3月3日は雛祭りだったが、第四回デジタルアートコンテストの審査会でもあった。毎回この審査会で日比野克彦さんや松永真さんとお会いするのが楽しみな私である。特に松永さん(完全に私の中では学生の時から崇拝するデザイナーであり、本来は先生という敬称をつけなければならないが、私の中で先生という敬称に拒絶反応があるため、あえて私自身が誰に対しても使っている『さん』にした)は、とても気さくな方であり、今回は偶然隣の席に座る機会を得た。松永さんは、非常に気を使われる方で、私にも審査のポイントとなる作品がでると様々な意見を私に耳打ちして求めてくださった。うれしいような反面緊張の一瞬である。ところが、不思議ことに、意見の相違というのもがほとんどなく『あれは昭和30年代の某社のTVCMのノリですね〜』などと二人でコソコソ盛り上がってしまった。さて、審査会というものは、何度関わっても大変緊張すると同時に面白い体験を得ることが出来る。ところで、このようなコンテストに作品を出す場合、まず、デッサン力が優れているとか、綺麗な絵、かわいい絵というだけでは、佳作にも残らない。また、当然と言えば当然だが、審査委員が好きそうな画風や、ソフトウェアを使ったもの、もっと極端に審査員の作風の模写といったものは、はじめっから見向きもされない。結局は、『最後に残るのは着眼点と強烈な個性』が評価対象となるのである。当たり前だが、このあたりを勘違いされている方がまだ時々いるようだ。今回は応募数が少ない少数激戦ではあったが、やはり、受賞作品には、それなりに光輝くものがあった。審査発表は、来る4月20日〜22日に東京国際フォーラムで行われる【Digital Art 2000 Tokyo】にて行われる。 |
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2000/03/05
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| 0042 ●交友関係こそが宝の山だと思うのだが・・・ |
| 少しばかりメディアに出るようになった関係か? 4〜5年ほど前から色々なパーティーに誘われるようになった。とはいうものの、たいていは参加している知り合いと話しが弾んで二次会に突入というパターンなのだが・・・。この二次会って実はとっても大切な場であると私は認識している。結局、こういった無駄な集まりとも言える場で知り合った交友関係は、意外な結果をもたらすことが多いからだ。ところが、様々な理由はあるにしても、何度このようなパーティーでお会いしても、まったく二次会に参加されない方・・・いやいや、そんな陳腐な事は抜きにして、まったく本音を出さない方がいる。もちろん本音などいちいち出す必要はないのだが、何時会ってもポーカーフェイスでは、誰も本音で相手をしてくれなくなる。結果・・・個別の集まりには誘われなくなってしまう。もちろん、クローズな集まりに誘われない・・・誘われるといった低次元の話をしているのではない。せっかくの出会いをもっと大切にしてもいいのでは無いか?と思われる方が少なくないことに対して、ちょっと不思議な思いがしたからだ。私は様々な集まりの誘いに対しては、出来る限り参加するようにしている。仕事も、結局はこのような、人と人との関わりから自然発生するのが世の常である。もっとも、私にとっては、このような場での出会いこのが楽しくて仕事が欲しいなどと思ったことは一度もない。さて、センスやスキルがあっても、出会いというチャンスを自ら逃していては永遠に自分のやりたいことは出来ないのではないだろうか? もちろん、そういった方達にとっては大きなお世話であることは確かだが・・・ただ、一度でも『あの人は本音出さないポーカーフェイスな人』といったレッテルが貼られてしまうと・・・元に戻すのは至難の業であることも事実である。 |
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2000/03/06
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| 0043 ●永遠に赤字とはコレ如何に? |
| ちょっと落ち着いたので、確定申告を行ってきた。過去に最終日ギリギリに駆け込んだことを思えば、例年よりは速い書類提出だったので、まずまずといったところである。ところで、コンピュータにドップリと浸かっている者にとって、この申告用書類をPDFかなにかで提出出来るようにしてくれると有りがたいと思った方は、少なくないのではないだろうか。どのみちエクセルあたりで作成しているわけだから・・・るもっとも、コレは個人でやっている者だけだろうが。さてさて、毎回コノ時期になると不思議に思うことの一つに、赤字申告というものがある。例えば1000万の売り上げに対して経費を1200万使ったという申告だ。あるいは、本当は1000万の売り上げに対して経費を500万使っていたが、売り上げを400万として申告というChreatsだ。論理的にはどんなことでも可能だし、実際赤字申告というのは汚い手ではない・・・。しかし、それはあくまでも法人の場合だろう。個人事業主という立場にいるフリーのデザイナーやイラストレーターが赤字っていうのは、ちょっと変だ。もちろん事業を始めた時(フリーとなった時)は機材導入など、預金を叩いて道具を揃えるというハードルを越えなくてはならないので当然と言えば当然である。ちなみに私が始めてフリーとして申告した時には、どう逆立ちしても赤字にはならなかった。結果・・・いままで一度も赤字申告はしていない・・・というより、どうやったら赤字になるのか? 私は、理解に苦しむ。個人で生活をしながら仕事をしていて赤字ということは、一体全体どこから生活費を工面しているのか・・・謎である。で、この赤字申告を毎年繰り返していることを自慢している方が時々いるが、これって卑怯な手口で申告をごまかしているっていうことを公言しているようなものだと思うのだが・・・それは私の確定申告の仕組みに対する無知からなのだろうか? まさに確定深刻な問題である。 |
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2000/03/07
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| 0044 ●新しいソフトに出会うゲーム性 |
| 公営図書館・・・つまりは区立図書館(東京23区内では)の事だが、ここの児童書コーナーというのは実に面白い。もちろん、どの図書館でも似たようなものだろうが。なにせ、普段は見たこともないような本の山である。各国の民話や地方地方に伝わる民話・・・さらには、小学校の図書室にでもいかないとお目にかかれないような児童用小説の類は時間のたつのを忘れさせてくれる。ただし、図書館によっては成人は児童書コーナーに入るべからずみたいな無粋なところもあるので、注意しなくてはならないが、そうではない図書館なら積極的に利用してもいいだろう。私のお気に入りは、なんといっても怪しい小説り類である。『150歳の名探偵』などタイトルだけでも楽しむことが出来るものが実に多い。この図書館でのショックが影響して、私は本屋に出かけるときは必ず児童書コーナーに脚を向ける習慣が出来てしまった。イヤハヤ本は本当に氾濫している。思うに、こんなにも日本には本が溢れているのかと思うと、もっと昔から読書週間をつけていればと後悔するばかりである。余談だが、私が本に目覚めたのは小学校6年の時であった。たまたま同級生が学校にもってきていた少年SF文庫なる一連のSF小説に、突如として眠っていた本能が目覚めたかのように本を乱読した覚えがある。以後は推理・SF等を中心に乱読の日々が過ぎていった。結局、人から与えられるのではなく、自分で目覚めることにより爆進したほうが身に付くということなのだろう。乱読した推理・SF所為説の類が私の身になったのかは別として、本という想像を刺激する世界は永遠に消滅してほしくないものだ。 |
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2000/03/08
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| 0045 ●公営図書館の児童書が面白い |
| 最近、また新しい3Dソフトを買ってしまった。既に仕事などではShade Prefessionalがあれば、特に不自由はない状態ではあるが・・・何故か買ってしまった。どうして?と思われる方も多いだろう。当然である。しかし、私にとって新しいソフトウェアとの出会いは、一種のゲームのようなものなのである。新しいインターフェース(いや独自のインターフェースと言うべきかもしれない)や今までになかった機能など・・・触っているだけでも面白い。ただし、従来は、こんな状況も数日で飽きてしまうというのがほとんどであった。こうして、忘れ去られていったソフトは数え切れない。流石に最近はこのような衝動買いは少なくなったが、数年前は、例えば、一瞬であっても世間を騒がせたようなソフトウェアは必ず購入していた。我ながら実に馬鹿げていると思うが、そういった、いわば瞬間芸で世間を騒がせたソフトも、それなりに常用ソフトへ大きく影響している。それは、常用ソフトには無い機能を、それら消えていったソフトウェアでのノウハウを逆活用するという意味である。で、話を戻すと、今回はどうも、数日で飽きるというソフトではないようだ。もしかすると明日の常用ソフトに化ける可能性が極めて高いと今から予想している。じゃ、Shade Prefessionalはどうなるのか?と思われる方もあるだろう。私から見れば、PhotoshopとPainterの関係に似ていると思う。どちらも似たようなソフトでいてまったく違うソフトなのである。もっと極端に言えば、Shade Prefessionalを取りあえず使いこなしている私がDimensionsを未だに使っている事・・・と言えば理解してもらえるだろう。道具はどんなに沢山あっても良いはず。そして、一番オイシイ部分だけをつまみ食いすれば・・・と。 |
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2000/03/09
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| 0046 ●花より団子である日々 |
| そろそろ花見の季節である。毎年チン所の穴場に出かけることが習慣となっている。もっとも、巷の花見とは違ってお酒は持ち込まずに、風流に桜を観賞しながら弁当を食べる程度である。当然出かけるのは昼間に限る。お酒を持ち込まないのは私が酒を、ほとんど呑まないからだ。というより自宅では呑む習慣がないのである。いわゆる晩酌という習慣のことだ。とはいうものの、月に数回、色々なパーティーや宴会に誘われることが多いが、たいていは車で出かけてしまうため、ウーロン茶を飲む程度となっている。だから、本当にお酒を呑むのは年に数回である。そのかわり、お菓子には目がない。洋菓子、和菓子、なんでもOKなのだが、どちらかと言えば和菓子に拘っていたりする。色々な店を噂を頼りに歩き回っているのに近いことを年中行っている。そんなことが意外と楽しかったりする。ところで、とかく比較される洋菓子と和菓子であるが、昨今は和菓子はダサイ的なイメージがどうしても強いようだ。太るというイメージも付きまとっている。ところが、良く考えてみると和菓子の食材はすべて植物系である。片や洋菓子は動物系の食材をもちいている。どう考えても和菓子の方が低カロリーでヘルシーではないかと私は思っている。なにより和菓子は季節感を楽しむことが出来るのが嬉しい。そんな事を考えていると、最近出向いていない京都に突然行きたくなってしまった。和菓子と言えば京都だろう・・・というのは東京人の偏見だろうか。 |
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2000/03/10
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| 0047 ●デジタルクリエーターは酸欠?に注意 |
| 狭い仕事部屋にジャンク屋の陳列棚のようにコンピュータ数台と、その周辺機器が押し込まれている部屋で仕事をしていると、妙に眠たくなることが多い。詳しいことはわからないが・・・どうも酸欠状態に近くなっているようだ? 試しに部屋の中で使われているコンセントの数を数えてみたが・・・60を越えたあたりで怖くなってしまった。もう尋常な世界ではないのは確かだ。知り合いに、部屋で仕事をしていると眠たくなるのでPowerBookを持って、ファミリーレストランで仕事をしているという方がいる。聞けば私の部屋以上の状態らしい。多分極度の酸欠状態なのだろう。いや・・・もしかしたら酸欠ではなくて異常な電磁波の量によるものなのかもしれない。どう考えても健康に良い環境ではないのは確かだ。しかし、仕事をこなすには、もはやコンピュータを使わざるを得ない。必要悪と言ったら大げさかもしれないが、もう昔の作業には戻れないのは確かだ。そして、コンピュータ機器は一般家電製品よりも遙かにこの手の規制が甘いのは確かである。取りあえず、時々部屋の窓を全開にして空気を入れ換えるなどしないと、そのまま眠り込んでしまいそうになる。しかし、困ったことに、この時期、花粉症の私は天気の良い日に窓を全開するほうが怖い。やはり、こうなったらPowerBook G3/500などをゲットしてリビングで仕事をするのがいいのだろうか? そのためのAirMacだったりしたらちょっと怖いのような今日この頃である。 |
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2000/03/11
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| 0048 ●シェーキーズは何処に消えた? |
| 今日、久しぶりに(何年ぶりだろうか)突然シェーキーズのピッザ食べ放題に挑みたくなって、取りあえず記憶を頼りに蒲田に、違法放置自転車にイライラしながら車で出かけてみた。と・・・ところが、あった場所には痕跡すらない。しかたがないので、そのまま自由が丘の店にすることにしたのはいいが・・・。自由が丘についみたら、これまた痕跡も無い状態であった。流石に午後2時を過ぎていたので、適当なイタリアンレストランでピッザを食べたのだが・・・。こうなると昔、あれほど盛り上がっていたシェーキーズがどうして消えてしまったのかが気になって仕方がない。で、取りあえずインターネットで検索してみれば、別に本社が倒産したわけでもみなく、ちゃんと営業している店は元気に営業していることが解った。と・・・言うことは蒲田と自由が丘は集客率がわるかったのだろうか? 蒲田はなんとなく解るような気もするが自由が丘は理解に苦しむ。なんたって異常上にイタリアンレストランが多いからだ。まっ、それはどうでもいいことで、何が言いたいかというと・・・1年で繁華街は異常な変化を遂げているということである。自分の近くの町であっても、ボーとしていると、数ヶ月でまったく違う雰囲気となってしまう。それはそれでいいとか悪いとかの問題ではないのだが・・・あまりにめまぐるしく変化しすぎてしまうと、哀愁というものは死語になってしまうのではないだろうか。いやいや、そんな事を考えていることが既に老化現象なのかもしれない。なんだか少し悲しい気分だ。 |
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2000/03/12
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| 0049 ●雨の日曜日の時間つぶしは最悪だ |
| 私は土日や祝日に仕事はしないようにしている。もちろん、よほどの事(納期間際)が無い場合である事は言うまでもない。ところが、この、よほどの事が無い時に限ってそれらの日は雨だったりして、外出がままならない事が多い。世の中うまくいかないものだ。となると家の中でなにかを?しなくてはならない。たいていは本を読んだり録画してたまっているビデオを見たりするわけだが、どうにも落ち着かない。1つ上の階に仕事場があるからだ。通信も既に出来る状態だし、なにか自分のプライベートな作品を造り込んだりすることも出来る。これは実によくない。晴天で外出してしまえば、これら危ない環境は皆無となり、完全にリクリエーションに没頭出来るからだ。思い切りよく割り切って行動しないと、やはり何事も中途半端になってしまう。そん訳があるからではないが、私はモバイル機器はもっていない。いや、もってはいるが持ち歩かないようにしている。ただし、携帯電話だけは別だ、これは今となっては無いと困る必需品である。しかし、これとて仕事関係には番号を公開していないのだから、かかってくるはずもない。なんだか変な話だが、今後ますます高機能なモバイル機器がリリースされ続けることは確かだが、本気で私が使い始めるのは何時の事になるだろう。少なくとも東京に住んでいて、打ち合わせでも無いが桐外出することの無い私にとっては、特に必要を感じないかもしれない。もっとも、これは今後リリースされる想像も付かない新しい機械が出てしまうと、どう気持ちが変化するかは私自身にも解らない。よく考えてみれば、20年前にはコンピュータなど無かったわけだし、ほんの10年前には携帯電話など無かったからだ。 |
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2000/03/13
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| 0050 ●もっとも存在していた時間の長い空間 |
| 今日、久しぶりに渋谷に出かけた。といってもピザを食べに入った(コラム48番参照)わけではない。気分転換を兼ねて買い物にいっただけである。もっとも、収穫は、DVビデオテープ10本とDVDソフト3本という実に謙虚な買い物であった。さて、今日渋谷の町に出て、ふと、つまらない事を考えてみた。人にとって、自宅以外で、もっとも存在していた時間の長い空間とは何処なのだろうか?と。通常はここで自宅前の空間と考えがちだが、生まれてから一度も家が変わっていない人というのは、そう滅多にいるものではない。東京在住で江戸っ子の私ですら、生まれてから今までに、11回も住まいが変わっている。これはちょっと異常な部類かもしれないが、普通は何度か住まい(住所)が変わっているはずだ。で、この自宅前の空間というのは対象外となってしまう。そうすると、もっとも存在していた時間の長い空間とは、どこかの町という線が濃厚になる。そこで、思いめぐらしてみると、私にとっては、まさに渋谷の町がもっとも存在していた時間の長い空間ということになる。2番目は三軒茶屋か二子玉川だろうか。どちらしても、渋谷はダントツに私が通い込んだ町であることは確かだ。そうなると、渋谷の町で見たモノ、聞いたモノ、感じたモノというのは私の人生に少なからず影響しているのだろうか?と・・・考え込んでみたが、自分ではどうもピンと来ない。しかし、知らず知らずのうちに、なにがしかの影響があるのは確かだろう。こういったコトは第三者の視点が、鋭いポイントを押さえているはずだ。こうして考えてみると、人にはそれぞれ影響のある町というもの持っていることになるし、町の共有ということもあるだろう。まさに私は渋谷族ということになる。もし、これが新宿族であったとしたらね当然、今の私はなかっただろうと、想像を膨らませるとなんだか面白くなってきた。 |
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2000/03/14
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| 0051 ●プリンタ地獄は接続地獄 |
| 現在、私は10台のプリンタを所有しているが、実働しているのは、5台である。その内訳は、ALPSのMD-5000、EPSON PM-5000 (Fiery PS-5010付)、FUJIXEROX Color Laser Wind 3320PS、Canon LBP-2160 (TDS SuperPLEX3 PX-5200), FUJIX PICTROGRAPHY3000である。このうち、LBP2160、PM-5000、3320PSはイーサーネット接続なので、どのマシンからもColor PostScript3環境として利用可能だが、やっかいなのは、残りの2台である。これらはすべてSCSI接続であり、ケーブルの関係でマトンに近づけることが出来ない。要はスペースの関係なのだが、設置当初からこの2台のプリンタの扱いには相当くろうしていた。特にPICTROGRAPHYは自作のフラットケーブルを作らなければならないほどであった。しかし、頻繁に使うわけではないので、現在、PICTROGRAPHYはPowerBook G3から出力するようにしてしまった。そして、最後に残ったMD-5000は予備マシンに直結し、その予備マシンの上に設置している。もう、完全にジャンク屋状態である。結局、この2台を使うには、それぞれのマシンが起動していなければならない。データそのものは別のシマンから転送すればいいのだが、やはり面倒である。かと言ってイーサー対応オブションがあるわけでもなく、やはりそれらを使い続けるには、ある程度我慢しなくてはならないわけだ。ところで、このように何台ものプリンタをどうして必要なのか?という疑問がわいてくる方は多いだろう。実際、普通に使っているだけであれば、1台で充分である。しかし、それぞれに得意分野があるのである。LBP2160は大量高速両面印刷が可能。PM-5000は特殊タッグシールなど、あるいはインクジェットプリンタなので、深夜の作業には音も少なくうってつけ。MD-5000は特殊用紙やアイロンプリント等の処理に群を抜いている。最後の3320PSは印刷データのサンプル出力用・・・というわけである。最後の3320PSは構造はデリケートなので大量出力には向いていない反面、印刷原稿のサンプルとしてはガイドラインをなんなくクリアしている。かたや、LBP2160は印刷原稿のサンプルとしては、ヤヤ苦しい部分もあるが、大量プリントを行っても問題のない頑丈な設計である。当然ながら、各種資料のPDFなどを日夜ガンガンプリントアウトしている。贅沢な環境だと自分でも感じてはいるが、まだまだソフトもハードもすべてを1台で、あるいは1本でというものは無いのが現実だ。ソフト同様、ハードも状況に合わせて使いこなした方が末永く効率的に使い続けられるはず・・・というのが私の持論である。 |
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2000/03/15
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| 0052 ●ユーザー登録とアップデートの案内 |
| ソフトウェアを購入すると、アップデートの権利が得られる。当たり前の話だが、実は、ソフトウェアは購入するのではなく、使用権を取得するというのが本当の意味である。さて、このソフトウェアを購入した時にまず行うのが、ユーザー登録のはがきを出すというコトだ。ところが、このはがきに記載する書く項目のスペースがあまりに小さくて閉口した方はおおいのではないだろうか? もちろんすべてのメーカーが同じように書きにくいというわけではないが、大方のメーカーは細々と個人情報を記載させたがる傾向にある。ユーザーの動向を調べるという意味が含まれているのだろうが、記載する側としてはあまり気分の良いものではない。で、今まで色々なメーカーのソフトを購入してきて思うのは、システムソフトの様に、バーコードシールを貼るだけで、後は何も記載しなくても登録が完了するという仕組みが、一番好感が持てる。そして、私の知る限り、このような方式をとっているメーカーは無いようだ。逆に記載項目のスペースが著しく小さく、書き込むのに不快感さえ覚えるのがマクロメディアの登録書だ。もっとも最近はオンラインでの登録も行えるので、あまり気にはならなくなったが、それでも、もう少し考えて貰いたいと感じている。で、この登録を済ませれば次期バージョンの案内が自動機に届くわけなのだが、同一メーカーのファミリー製品に複数登録している場合にDMが登録数分届くというのも、なんだか効率が悪いように感じる。データベースで登録ユーザーの状態を整理し、DM発送を出来る限り効率よく行えば、経費もずいぶんと軽減出来るとは思うが、私がとやかく言う筋合いではないだろう。しかし、昨今の〒事情から考えるにDM発送費用というのは馬鹿にならないはずだ。出来る限り効率よく無駄であろう経費を軽減し、その分を正規登録ユーザーへなんらかの形でフィードバックしてくれることを望んでいるのは私だけではないだろう。 |
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2000/03/16
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| 0053 ●3Dグラフィック画像の正しい見方 |
| 昨今の3D美少女ブームの流れで、予想はしていたものの、一気に美少女3Dという日本独自の文化?が根付いてしまった。その火付け役となったのは、Expresion ToolsのShade形状データ集だろう。私もこのシリーズの中のガメラ3を購入している。3Dに限らず、なにごとも先人の技を見るということは良いことだ。大いに参考にし、自分の中で消化吸収し、独自の世界に発展させればいいからだ。ところが、この形状データの悪用ということが最近どうも多いらしい。形状そのものは自分では作れないが、市販のデータ集を購入し、マッピングデータを少しだけ改竄してオリジナルと自負する方が増えているようだ。なんとも情けない話だ。もちろんマアチュアの方がこれらのソフトウェアを個人的に楽しむのなら問題はないが、自称とは言え、プロと名乗る方が宣言してしまっては洒落にならない。そして、市販の3Dソフト形状データを微調整したものは見分けが付きにくい。結局はクリエーター個々の良心に委ねるしかないわけだが、雑誌などのTips特集では、相も変わらず、人の著書ならパクッたTipsを、さも自分のオリジナルのように発表している方が後を絶たず、しかもそれらの方をアーティストと絶賛する風潮はどうにも理解に苦しむ。いやいや、解らないようにバクっている人はまだいいほうかもしれない。ソフトにバンドルされているサンプル画像を使って解説されている方よりは・・・と私は感じている。そして、どうもこの国はメディアに出た回数だけで人を評価する国民性があるようだ。ちょと怖い世界である。 |
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2000/03/17
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| 0054 ●名刺交換が苦手な私 |
| 私は、いわゆる営業マンのような仕事をしているわけではないので、名刺交換という機会は、そう頻繁には無い。しかし、名刺交換した相手を覚えるのば実はとても苦手であったりする。多くのメーカーの方の名刺は当然ながら画一化したフォーマットで作成されているため、統一メーカーの方10名と名刺交換をしたりすると、もう誰が誰だったか解らなくなってしまう。しかし、世の中には一度あったら絶対に忘れないという神業の持ち主もいるらしい。あやかりたいモノである。で、私は、このようにやたらと人の顔を覚えるのが苦手である。特にスーツを着ている方は皆さん同じに見えてしまうので、尚更だ。やはり、最近流行の写真入り名刺が一番便利なのかもしれない。これであれば何年たっても一度で覚えることが出来る。で、話は一般のサラリーマンの方を想定してすすめていたが、フリーのイラストレーターやデザイナーの方との名刺交換も実は苦手だったりする。強烈な個性のある名刺であれば別なのだが、やはり、生身の相手との初対面でのシーンによって、印象に残るか残らないかという分かれ目があるようだ。地味な名刺の持ち主でも、お会いしたときのシーンが強烈であれば、脳裏にしっかりと焼き込まれているものである。なにより、狭い業界で、いまだ一度もお会いしたことのない方・・・お会い出来ない方というのは、やはり、単に赤い糸が無いだけなのだろう。何故なら、示し合わせてもいないのに、頻繁に色々な場所で会うことの出来る人がいるからだ。概して、このような方は初対面の時から、既に数年来の仲であったような関係が得られている。もしかすると名刺交換って、実は何の意味もないことなのかもしれない。特にいまどきメールアドメスの記載されていない名刺は・・・と私は感じている。 |
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2000/03/18
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| 0055 ●ラブコメディーの秀作 |
| 所謂コレクターの類にはとうてい及ばないが、私はビデオ(最近はDVD)を、わりと買いあさるほうだ。ただし、アクション、SF、サスペンス系に限っている。ところが、半年ほど前にちょっとしたプレミアムで、【You've Got Mail】というラブコメデーィのビデオを入手した。英語版のため、字幕も英語で、当然日本語吹き替えも日本語字幕もないビデオである。主演のMeg Ryanは日本のCMでもおなじみであり、私のファンだが、趣味の違うジャンルの映画であったので、見ることもなくその辺に投げていたのだが・・・ふと、気まぐれで仕事の終わった夜中に一気に見てしまった。期待せずに見たのだが、これが意外に面白かった。内容は流石に英語なので、半分ぐらいしか理解できないが、ストーリーは解る。なにより、なにか忘れていたものを思い出させてくれるような映画だった。随所に取り込まれている挿入曲に往年の名曲が入っていたりして、思わず映画の中に陶酔してしまった。趣味外の映画でこんなに陶酔してしまった作品は久しぶりだ。やっぱり、話題作というのは一応見ておくべきかもしれないと痛感した。 |
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2000/03/19
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| 0056 ●ネクタイをするというセレモニー |
| 数日前、今年はじめてネクタイをしなくてはならない状況に追い込まれた。実は、私はネクタイをするのが異常に苦手なのである。社会人になってから、年に数回有るか無いか?という生活をしていた結果だ。考えてみれば、ネクタイ必修の仕事についた人なら1ケ月もすれば、自然にマスター出来るはずだが、その1ケ月が私にとっては、15〜30年というサイクルになってしまうのである。なんともばかばかしい話だが、本当にネクタイには苦労する。どういった経路でスーツとネクタイという現在の形に落ち着いたのか?という歴史的な部分については解らないが、恐らく英国紳士からきているのだろう。もし、世界の列強国が東南アドアから派生していたとしたら、当然開襟シャツにノーネクタイ・・・つまりは省エネルックになっていたかもしれない。どちらにしても、既に正装はスーツとネクタイと決まってしまった以上、いつかはマスターしなくてはならないのだが・・・年に数回では、マスター出来るはずもない。スーツの気付け教室でもあればいってみたいものだ。ところで、思うに、男性の正装というのは、ダブル、シングル、燕尾という違いはあるモノの、基本的にはスーツ1種類しかない。ところが、女性の場合は、もっと選択技が多いはずだ。第一ネクタイをする必要はまずないのである。この違いは凄く大きいと思う。 |
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2000/03/20
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| 0057 ●劇場版映画のTV放映の罠 |
| かつてのようにTVアニメは見なくなったが、『名探偵コナン』だけは、かかさず見るようにしている。当然劇場版も時間を捻出しては映画館に出かけるようにしている。で、20日は、昨年劇場公開された『世紀末の魔術師』が特別放映されたのだが、ビデオを持っていない私にも納得できないカット(放映されなかった箇所)が数カ所あった。これは、他の映画のTV放映でも同じなのだが、やはり、些細なカットが有ると無いとでは見終わった時の印象は大きく異なってくる。スポンサーと放映時間の関係で、民放放映での、カットという処理は致し方ないことだとは思うが、なんとなく気になってしまう。かつて、故黒沢明監督が作品のTV放映に際して一切のカットを認めないという姿勢を貫いたと聞いている。これは一歩間違えると高飛車な人というイメージを与えてしまうかもしれないが、それだけ自分の作品に対して自信と誇りをもっていた証拠だろう。いつも、こんな風に無カットの作品がTVで見ることが出来ればと思うのは私だけではないかもれない。であるとすれば、CMの無いWOWWOWなどのケーブルTVでの放映はカットが無いのだろうか? それならら、私は直ぐにでも加入したほうがいいかもしれない。もっとも、劇場公開された映画で、残念なことに見逃した作品は必ずビデオ購入しているし、気に入った作品は劇場で見ていてもビデオを購入してしまう私には必要ないかもしれない。時に、お金を払って見ている映画館に入場しているのに、映画の始まりに、予告編とは無関係なCM放映を見させられるのには閉口してしまう。これって絶対に変だと思うのだが・・・。 |
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2000/03/21
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| 0058 ●小型化する食品の不思議 |
| 子供の頃に好きだったお菓子を偶然見つけて、思わず買い込んでしまったが、よく見てみると、当時より小型になっている。体感的には半分ぐらいだろうか。そう言えば、菓子パンなどもそうだ。いや、これは子供の時の自分の手の大きさから見て大きいと錯覚していたのだと、つい最近まで思っていたが、どうもそうではないようだ。やはり、確実に食品類は小型化している。小型化した分だけ価格を抑えるという小技のようだ。それはそれで、仕方のないことだとは思うが、何か、物寂しさを感じてしまう。もちろん、当時の大きさをキープしているメーカーも若干ではあるが存在している。そういったメーカーには親近感を持つが、逆に、いつまで続くのだろうか?という心配が付きまとう。人件費の高くなった日本では、コストを押さえるためは、製造にかかる費用を削るのが定番だ。結果、製造業の多くが東南アジアに工場を移転している。いわゆる空洞化現象だ。作っている人たちは、まず口にしないようなものを、せっせと作っては、日本に輸出しているわけである。これは鮮魚などもそうだ。今では取り立てて珍しいことではないが、じっくり考え込んでみると、なんとも可笑しな流れのように感じてしかたがない。 |
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2000/03/22
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| 0059 ●ゲーム画像はネタの宝庫 |
| 実は、3Dシューティングゲーム系が好きで、せっせと話題作を購入しては遊んでいたりします。もっとも、遊ぶと言っても、本気で遊んでしまうと仕事が出来なくなってしまうので、もっぱら【Cheatsコード】というものを入手して、自分は不死身となり、取りあえず最後の画面まで進むという反則技です。内容はグロイのですが、画面処理は大いに参考になります。出来るだけポリゴンデータを軽く作り、マッピングでリアル感を出すテクニックと、遠近感の処理は限られた環境内で、いかにリアルに表現するかといった、神業的なものが伺えます。ゲームによっては、極悪なテロリストやエイリアンばりの化け物が直ぐ横で私を攻撃している最中に、私は周りの様子を観察していたりするわけで、第三者からみると、実に滑稽な状況です。アメリカの地下鉄やビルの中の様子などは映画でもチェックすることが出来ますが、イラストとしての表現は、このようなゲームを見るしかないはずです。少なくとも私は他に同一の資料の存在を知りません。かくして、通常は、ゲームの達人でも全面クリアするのに1ケ月かかるようなソフトも、私は数時間で終わってしまうわけです。ちょっともったいないような気もしますが、こまめに気になるシーンを保存しているので、いつでも、その場面を呼び出すことが出来るのは資料的にも最適だと思っています。ただし・・・時々化け物に追われる夢を見るのが難点と言えば難点なのですが・・・。 |
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2000/03/23
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| 0060 ●最近少なくなった怪しいソフト |
| 最近、ソフトウェア業界も大手主導型に以降してしまったようで、かつてのように怪しいソフトというものが、めっきり少なくなってしまった。ここで言う怪しいとは、使い物にならないという意味ではない。他のソフトには内ユニークな機能やインターフェースという意味である。数年前は、見つけたら速攻で買いあさっていたものだが、流石に最近はそんな衝動買いも少なくなった。ある意味では後進の方は、ソフトウェアを購入する時にアレコレ迷わなくて良いのかもしれない。いい時代なのか悪い時代なのか良くわからないが、インターネットの普及で、これからは、小さいソフトウェアメーカーが、ネット上で自社製品を販売する形で、低迷していた怪しいソフトが台頭してくるような予感がしてならない。また、面白い現象として、マニュアルがオンライン版なのか製本版なのかを購入時に選べるものも出ている。当然オンライン版は50ドルほど安くなっている。もしかすると、この傾向にも拍車がかかるかもしれない。そうなると、ますますプリプレス業界にとっては、冬の時代到来といったところだろうか。いやいや、もしかすると、今は創造も出来ないような新しい分野で花を咲かせたりするのかもしれない。世の中は本当に明日はどうなるか解らない状態になってしまっている。 |
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2000/03/24
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| 0061 ●史上最低の日が突然やってきた。 |
| 24日、久しぶりに来るまではなくて公共交通機関(バスとか電車)で移動することになった。もっとも午前中は所用のため車で虎ノ門まで出かけたのだが・・・。で、午後からの打ち合わせなどで電車を使ったのが悪かった。雨上がりは花粉症最悪の状態であることを忘れていた。もう、頭はクラクラ、顔をカユイ・・・意識朦朧状態だったため、JR蒲田駅の改札口でイオカードを取った瞬間、ジャケットが自動改札にひっかかり、その反動で、すべてのカード類をバラ巻いてしまった。クレジットカード、キャッシュカード、ポイントカード・・・。幸い足下は乾いていたので、紙のカード類が濡れてしまうようなことはなかったが、混んでいた時間帯でもあり、オオマヌケな状態となってしまった。傘をもっていたのが原因である。更に、ホームに降りた時、運良く電車が着ていたが、快速であったので、やり過ごした。ところが、次も快速・・・。もう頭が花粉症で爆発寸前であったため、この時間帯は快速しか止まらないということに気が付いて、3台目の快速に乗ったのはいいが・・・田町で乗り換えるはずが、見事に東京駅までいってしまった。もっとも目的地は有楽町なので、このほうが良かったのかもしれない・・・。やはりこんな日は、車で移動すべきであったと反省するも、既に遅し・・・打ち合わせを2つこなした後に帰宅した時は、既に絶命寸前状態となっていた。今年の花粉症は史上最強のようだ。本気で宇宙服が欲しくなってきた。 |
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2000/03/25
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| 0062 ●猫か犬かで、トビオを想う。 |
| ペットの代表と言えば、猫と犬だ。両者のどちらを買うかで性格判断までする方もある。さて、私はというと、圧倒的に犬が好きだ。猫はどんなに世話をしてもなつくことはないが、犬は家族の一員と言いきってもいいくらいに飼い主に同化する。そんなわけで犬は大好きなのだが、昔、まだ会社員デザイナーだった頃・・・夜中に突然マドを叩く音に目覚めて開けてみると、一匹の黒い猫がいた。猫は基本的に嫌いだったが、外は小雨混じりであり、どこか調子が悪そうだったので部屋に入れて体を拭き、牛乳をあてがって、取りあえず朝になったら外に出すことにした。次の朝、会社に出かけるためその猫を外にだして、それで猫との関係は絶ったと思っていたのだが、深夜に帰宅してみると、エジプトの猫の置物のように私の部屋のドアの前で、あの猫が待っているではないか。もう、こうなったら部屋に入れるしかない。こうして猫との不思議な同居が始まったのだが、この猫・・・どう考えても行動が犬なのである。トイレは必ず、私が寝ている時でも私を起こして外で済ますし、体を濡れタオルで吹いても嫌な顔一つしなかった。更に、当時は会社から戻っても深夜遅くまで自分の作品を作っていたのだが、その間、まるで番犬のように私の足下で、静かに私を見ているのである。もう完全に私にとって可愛いペットというよりも家族となってしまった。こうして数ケ月がたったある日曜日、外出するために猫を外に出した。いつも外出するときは外に出していたからだ。ところが、その日限って外に出すことを異常に拒んだのである。そうはいっても予定があるので、そそくさと猫を外に出し、私は一人目的地に向かった。用件が済んで帰宅したのは、それから5時間ほどたったころだったろうか・・・部屋に戻った時・・・猫は居なかった。ただし、ドアの前は血だらけだったのである。そして・・・その後私はその猫に会うことは無かった。恐らく、私と別れた後に車にひかれたか何かで怪我をし、やっとの思いで私の部屋の前までたどり着いたが、死を予感したので・・・その場から去ったのだろうと・・・。猫は死に際を見せないと聞いている。思えば、彼にトビオと銘々したのが悪かったのかもしれない。天馬トビオは交通事故で他界し、それを嘆いた天馬博士がアトムを作成したのだから・・・。 |
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2000/03/26
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| 0063 ●デジタルモンスターの最終回 |
| フジTV系列に放映されていた、デジタルモンスターというアニメが最終回となった。これは、タイトルだけを見るとポケットモンスターの二番煎じなのだが、内容は雲泥の差であり、明らかにデジタルモンスターの方が完成度は高い。なにより、ストーリーがシッカリしているばかりでなく、登場人物の個性も豊かで、デザインもなかなかの優れモノである。選ばれし者達として8人の子供がそれぞれのデジタルモンスターとともに悪の・・・といったノリだ。でも、コレって古典的名作の南総里見八犬伝のような気がするのは私だけだろうか。戦いの場も時空を越えた場所であり、状況設定や時間設定も面白く校正されている。方やポケットモンスターは、コレといったストーリー性も無く、ダラダラとポケットモンスター・ゲットの旅を続けているだけである。それはそれで子供にとっては面白いのかもしれないが・・・どうやら、ポケットモンスターは幼稚園児ぐらいにしか支持されていないらしい。実際近所の子供達に聞いてみると圧倒的にデジタルモンスターの面白さを強調している。小気味よいテンポとしっかりしたストーリー性というものは、やはり子供にも支持されるものなのだろう。そして、最終回を迎えたデジタルモンスターも次回からはデジタルモンスター2という新たなる選ばれし者達によるストーリー展開になるようだ。願わくばエンディングテーマは変えて欲しくないのだが・・・。 |
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2000/03/27
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| 0064 ●深爪は不健康の元という新たな学説?に困惑 |
| 小学校の頃、持ち物検査と爪の検査というものがあって・・・爪を少しでも延ばしていると、不衛生ということでみっちりと説教を受けたことがあった。以後、爪は先端の白い部分を出来るだけ残さないように切るという習慣が身に付いたが、先日見たTVで、この爪の先端の白い部分は残しておいたほうが健康にも、爪にも良いという専門家の話を見た。説明によると、指の先端まで爪は延ばしたほうが良く、爪の両端は出来る限り平たく処理するのだ・・・と。そこで、その通りに爪を延ばして、一応、ガイドラインをクリアした状態までにはなったのだが・・・どうにも爪が伸びていることが気になってしまう。だいいち、深爪していたころの名残で、先端の白い部分の形状が実に汚らしい・・・。もちろん手は毎日何度となく洗うので衛生的には問題ないが・・・見た目はどうにも不衛生というわけである。もう、こうなったらマニュキュアでもするしかないのだろうか? どうせやるならラメ入りのピンクだろうか? などと考えると、妙にオカルト的な気分になってしまう。そう言えば、大昔はスポーツの前にたらふくメシを食うという行為を本気で信じていたようだ。数年前に正しいと思われていたことが、あっと言う間に嘘になってしまう事は案外多いが・・・一度染みついた習慣や癖を直すのは並大抵ではない・・・はずだ。 |
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2000/03/28
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| 0064 ●さよならNetscape Communicator |
| Netscape対Explorer戦争はいつ頃か勃発したのだろうか。私はNetscape3.0ぐらいからのNetscapeユーザーであった。その後、Netscape Communicatorがリリースされたあたりから私の中でNetscapeに対する不信感が増幅されていた。しかし、まだInternet Explorerも出たばかりで不安定であった事も含め、Macintosh、WindowsともにNetscape Communicatorにアップデートした記憶がある。当然ながら市販されていた時代である。ところが、バージョンが上がるたびにこのNetscape Communicatorは肥大し、使い勝手は悪くなっていったように感じる。なにより、すべてのウェブ処理を一つにまとめてしまったNetscape Communicatorは、一見便利そうな気がするが、どれも中途半端な作りであったのではないだろうか。そうこうしているうちに、Windows版のInternet Explorer5がリリースされた時点で、私のWindows環境からNetscape Communicatorは消えてしまった。そうなるとMacintosh版のInternet Explorer5のリリースが待ち遠しくて仕方なかったが、やっと長い開発期間を経てリリースされた。もう、私にとってこの日は待ちに待った日なのである。その間、Macintosh環境では、Internet Explorer4.5とNetscape Communicator4.7を併用していたが、もう、そんな必要はないのである。まず世界標準と言ってよいInternet Explorer的にホームページを制作すれば見え方の問題で苦労することはないと・・・。もちろんまだまだNetscape Communicatorユーザーはいるだろうが・・・私の中では、一時期お世話になった過去のソフトでしかなくなってしまった。Macintoshユーザーの中にはMicroSoftを毛嫌いする方も少なくないが、私にはそういった感情は無い。もちろん、今後、Netscape Communicatorが、かつてのNetscapeだけに機能を絞り、Internet Explorer5並の使い勝手になったバージョンがリリースされるのであれば、私の通信環境で復活するかもしれないが・・・今は・・・ありがとうNetscape Communicator、そして・・・さよならNetscape Communicatorと言わざるをえない。 |
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2000/03/29
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| 0066 ●SF映画の中の誇張は微笑ましい |
| DVD版のビデオを買い漁っていて、ナタリーウッドの遺作となったサイエンス・スリラーである『BRAINSTORM』というビデオを安く手に入れた。ストーリーはさておき・・・映画の中で重要な意味をもつシーンに、電話回線を使った通信があるのだが・・・これがカプラーなのである。カプラーというものを知らない方も多いと思うが、300bpsという驚異的に遅い通信システムである。私も13年ほど前に使ったことがあった。どう考えても、大量データをリアルタイムに受けることなど不可能なのである。でも、それは映画という虚構の中では真実味を帯びてくる。なにより、この映画が公開された17年前に電話回線で通信をするという意味を理解出来ている人がどれだけいただろうか? もちろん、この映画を批判しているわけではない。映画は、制作された年で可能な限りのハイテク機能を着く入れているからだ。だとしたら・・・昨年あたりに公開された映画も10年したら・・・粗が出てくるのだろうか? などと考えていると実に微笑ましく思えてきた。とかく映画は見終わった後に即興評論家になる傾向にあるが、どの映画も、かりに有名評論家がメタメタに批判したものでも、私は楽しく見ることが出来る。なぜならば・・・評論家がボロクソに批判した映画だって・・・私には絶対に作れないからだ。評論することは簡単だが、造ることは難しい・・・。モノを造るということはそういった事だといつも私は考えている。それが平面であってもだ。 |
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2000/03/30
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| 0067 ●久しぶりのボーリング |
| さきほど、久しぶりにボーリングを行ってきた。何を突然と思われる方もいるかもしれないが、特に意味は無く、イラストレーターの駄場覚さんたちが毎月行っているボーリング大会に参加したというわけだ。多分1年ぶりぐらいである。成績は・・・笑えるほど悲惨だったが、30名ほどの参加者中、20位にとどまる快挙?であった。そもそも、1年前のボーリングも、実は15年ぶりだったりしている。思うに私は教のボーリングを含めても、生まれてからまだ10回も行っていないのである。でも、ボーリングは適度なスポーツとしては手頃かもしれない。明日はきっとマウスを持つ手が震えるだろう。ところで、巷では、斜陽スポーツとしのレッテルを貼られてしまったボーリングだが・・・そんなに斜陽とは思えない。でも、手持ちのオンラインマップソフトで都内の遊技場を項目別検索で調べようとして唖然としてしまった・・・。ゴルフ場など、定番ともいえるスポーツ系は網羅されているのに、ボーリング場が無いのである。いや、無いというよりは、正確には、ボーリング場で検索出来ないのである。つまり・・・項目がない!・・・それはないんじゃないだろうか? いくら何でも・・・と首を傾げてしまう。でも、幼児用のガイドレールが用意されていたりと・・・ブームの時には考えられないサービスも定番となっていることを考えると・・・やはりボーリング人口なるものは減っているのかもしれない。日本人って熱しやすくて冷めやすい国民性だから・・・。 |
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2000/03/31
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