海津ヨシノリの気まぐれコラム/2000年6月分(0129〜0158)


0129 ●五月雨の季節と五月晴れ
今日から六月というのに外したタイトルと思われる方もあるだろうが、実は、この五月雨とは梅雨のことなのである。そして、五月晴れとは、梅雨の狭間の快晴を意味しているそうだ。つまり・・・旧暦表現なのである。私もつい最近コレを知ったのだが、つまり、私がどれだけ古文が苦手であったかの裏返しである。知らないでいた今まで、特に気にもとめていなかったし、五月の事であることを全く疑わなかった。ところで、調べてみると五月躑躅、五月闇などがあるが、ちょっと意外だったのは【五月蠅い(うるさい)】である。完全に当て字のようだが、どういった経緯でこんな字を使うようになったのかはよく解らない、まったくもって日本語は難しい。ところで、そんなことを思っていたら思い出したことがある。私の母方の祖父は、手紙の場合、は候文しか書けなかったそうだ。しかも巻紙にである。こんな話を聞くとちょっとカッコイイと思ったりする。存命中にもっと色々な話を聞いておくべきだった。その祖父も果たし合いの書状を喧嘩相手に届けるといった事も、まるで映画の中の渡世人がする映画のシーンのように格好よくこなしていたとか。本当だったのだろうか? もっとも、それは、明治時代のまだ日本人が誇りと自信を持っていた頃の話であることを思えばなんとなく解るような気がする。しかし、解ったとしても私にはまったく無縁の世界であることは確かだ。さてさて、現代語である五月病を乗り越えた今年の新人の方はどのくらいいるのだろうか?
2000/06/01

0130 ●エキサイティングだった怪しい6名の呑み会
本日(6/1)某メーカーで最近ご結婚されたKカップル(奥方は寿退社)、伝説のYカップル(奥方は最近思うところ会って退社)、そして、某ソフトのリリースで呑み会どころではない状態のはずの某Iさん(Kカップルのキューピット)と私という・・・なんとも怪しい面々で呑み会が行われた。とは言うものの勝手知ったる友人の集まりである。たまたま私以外の方がメーカーの方であったというだけで、深い意味は無い。余談だが、競合製品をリリースしているメーカーの方々と呑み会をしたこともあった。普通では考えられない世界だが、これが実に面白い。なんたってお互いに言ってはいけない部分を持ち合わせているからである。でも、本当はそういった集まりは必要ではないかと私は考えている。競合しているメーカー同志も結局は共存しているからである。ライバルがいないことの方が不健康だとさえ私は感じている。さて、怪しい呑み会に話を戻すと・・・外の人間からは伺うことの出来ない苦労話や、ストレスの溜まる話などを聞くと、思わず『ブルータス、お前もか?』・・・となってしまう。更に、以前在籍していた会社の話までさかのぼると、実に業界は狭い世界であることを改めて認識させられる。私以外の5名の方が過去在籍していた会社の名前を羅列するだけでコンピュータ業界の歴史が語れるほどだ。むしろ、業界全体が1つの大きな会社のようなもので、それぞれの会社は、全体の中の1つの部署ではないかとさえ錯覚するのに、さして時間はかからない。数年後にこの怪しい6人は、どんなポジションにいるのだろうか? それを予測出来る人は誰もいない。ただ、1つだけ解っていることは、どんなポジションにいたとしても交友関係は何も変わらないはずだということだけである。
2000/06/02

0131 ●海津商会?在庫整理
もちろん、海津商会なる組織は存在しない。単に私の仕事部屋がジャンク屋状態というだけの比喩である。さて、Power Mac G4が届いていたが、なかなかセッティングが出来ずに指を銜えていたが、ここは一気にケリを付けることにし、取りあえず予備マシンであった【7600/200+G3/366/メモリー512MB】をエレクターの上から撤去した。そして、メインマシンの【G3/300+G3/466/メモリー768MB】のモニターをサブマシンのモニターに接続・・・あとはこれを機会に少しケーブル類を整理しようと思ったのがドツボの始まりであった。なんと・・・どこにも繋がっていないSCSIケーブルやらApple Talkのアダプタ・・・初期のMacintoshに繋がっていたEthernetのトランシーバー・・・ADBケーブル等がダンボール箱に溢れるほど出てきたのである。もうケーブル類が地層化しているような世界だ。熱による出火もあり得る。さすがに背筋が寒くなった。思えば、6年ほど前に当時の事務所を掃除して、必要のないケーブル類を大量に処分したことを思い出した。ケーブルは買う時は異常に高いが、捨てる時はただのゴミである。いやいや数十万からするコンピュータとて捨てる時は単なる粗大ゴミである。もっとも無駄な消費物の一つかもしれない。リサイクルという方法もあるが、それはリリースされて数ヶ月以内に売るような場合だけの話である。実質・・・リリース後数年経過したような過去のマシンは何の意味ももたない。しかし、貧乏性が故に私は古いマシンをなかなか捨てられない。こうして私のG4も数年後には部屋の隅で埃を被るだけの意味のないオブジェになることは確かだ。いや数ヶ月後かもしれない。なんとも複雑な気持ちになった今日この頃である。
2000/06/03

0132 ●Adobe Illustrator 9.0の衝撃
アビドシステムズのプレリリース発表により、遂にIllustrator 9.0日本語版のベールが剥がれた。Macromadia FreeHand、Fractal Expression、Corel Draw、Deneba Canvasなどが既に実現していた透明機能が期待に反してIllustrator 8.0には網羅されていなかった。このことは一部の熱狂的なユーザーからブーイングが出たようだが、PostScriptエンジンを開発しているAdobe自身が透明機能を安易に搭載し、PostScriptエンジンとの互換性に問題が発生してしまっては藪蛇であろう。恐らくそのあたりがIllustrator 8.0での透明化実現にはならなかったのではと私は推測していた。そして、Illustratorで透明機能が利用出来るようになるのはIllustrator 9.0以降であると直感した。そして遂に問題のIllustrator 9.0がリリースされた。ところが、透明機能の有無ばかりに神経を集中していた私は他の斬新な機能を知ったとき、思わず絶句してしまった。レイヤーにサムネールが付いただけではなく、なんとサブレイヤー機能まで網羅されている。実際、オブジェクトのグループ化と連動したこのサブレイヤー機能を知ってしまうと、他のDraw系ソフトは使う気にならない。また、透明機能は当然として、更にPhotoshop同様に各レイヤーの描画モードまで設定できる。当然ながらオーバーレイプリント指定を画面で確認出来る。また、1つのオブジェクトの塗り(スウォッチライブラリーに登録出来るものはすべて利用可能)設定を複数合成出来るアピアランス機能と、その設定データを登録出来るスタイル機能。Photoshop同様のWeb用保存やベクトルベースのSVG、Flashデータの書き出し。AcrobatやPhotoshopとのシームレスなデータ互換。更にショートカットキーのカスタマイズ。『Adobe Color Engine(ACE)』の最新バージョン搭載によるカラーマネージメントの強化。元のオブジェクトを変形せずに様々なエフェクトを実行出来るライブシェープ機能。他にもピクセルプレビューモード/パスの単純化/等、予想外の機能が天こ盛り状態である。流石に動作が少し重くなったが、G3/400以上なら特に問題はないはずだ。なにより、このIllustrator 9.0の機能は、Drawソフトへの既成概念を改めなくてはならないほど革新的なソフトウェアに仕上がっている。今後リリースされる次期AcrobatやPhotoshop、それにInDesign日本語版が出たとき、アドビのグローバル戦略が完成することは誰の目にも明らかだ。特定のソフトにのみ固執することはナンセンスな事だと常に私は考えている。だからこそ、PhotoshopやAcrobat、InDesign等必要不可欠なソフトウェアとのシームレスな連動は、ソフト単体の機能を数百倍に増大させる。そんな意味でもIllustrator 9.0のリリースは歴史的な意味を含んでいると私は考えている。
2000/06/04

0133 ●モグラ人間現る
和製B級映画のようなタイトルだが、実はわたしの事である。今日(4日)ちょっとワケがあって、朝の9時から、午後3時頃まで炎天下に立っていたのである。もっとも時々は疲れ果てて地面に座っていたりしたが、基本的には立ちっぱなしであった。しかも、5キロほどの機材を抱えてである。流石に日差しが強かった今日の東京は、私にとって特に地獄の世界となった。なにより私は基本的に室内で過ごす時間が多いので、長時間、昼間の屋外にいると疲れ方は普通の人の二倍ぐらいになる。余談だが、紫外線に長時間あたると披露するのは年齢には関係ない。幼児でも極度に疲労する。さて、普段炎天下に出ることの少ない私にとっては、この6時間の強行軍は、昼間に間違って外出してしまったドラキュラようなものだ。いや、モグラ人間と言ったほうがいいかもしれない。というより、私は昔から春先から夏にかけての季節が嫌いである。どちらかと言うと晩秋から冬が好きだ。なにより、熱いと頭がボーとしてしまうからだ。いやいや、『こんな季節は冷たいビールを!』と言われる方も多いが、私はそうでもない。もちろんビールは嫌いではないが・・・結局、お酒は楽しく飲める雰囲気がないと、どんなに美味しい酒も不味くなってしまうからだ。だから、夜のネオン街に出没する事もあまりない。炎天下の昼間より、夜のネオン街のほうが確実に怖い世界だからだ。夏はやっぱり、冷たい麦茶でしょう。
2000/06/05

0134 ●DVD-RAMは亀よりも遅いという現実
Power Mac G4購入の理由の一つに、なかなか市場に流通しないDVD-RAMドライブを、BTOで選べることであった。早速4月のDigital Art 2000 Tokyoの時のデータを、FireWireのハードディスクからコピーしようとしたのだが、これがとんでもなく遅いのである。結果として両面5.2GBのDVD-RAM(とは言っても片面2.3GBずつを裏返して利用するので、フォーマット後の実サイズである片面2.3GB以上のデータは保存出来ない)に合計4GBほどのデータをバックアップするのに1時間半もかかってしまった。あまりの鈍足にドライブに問題があるのか?とさえ考えてしまった。しかし、よく考えればDVD-RAMドライブは、巨大容量のMOドライブのようなものなので、高速を望むのは筋違いかもしれない。取りあえずバックアップがとれた事だけでも良しとすべきだろう。なにより、バックアップに時間がかかっても、サブマシンがあめので、取りあえず仕事には支障が出ない。これが一台だけだったりしたら・・・いったい何時寝たらいいのだろうか?という世界が待っている。思えば、最初に購入したバックアップ用メディアのサイクエストの44MBリムーバブルディスクドライブとの比率が、容量で120倍、価格は1/7(ドライブ本体のみで計算)という現実には悲しいものがある。いやいや、一番最初に購入した320KBの5インチフロッピーディスクドライブと比べたら涙はが止まらなくなるかもしれない。コンピュータ機器に一体全体どれだけ瞬間的な出費をしてきたのだろうか・・・と。
2000/06/06

0135 ●ミュンヒハウゼン男爵の大冒険
奇才テリー・ギリアム監督の"The Adventures of Baron Munchausen"(ミュンヒハウゼン男爵の大冒険)は『バンデットQ』や『未来世紀ブラジル』と並んで彼の代表作の一つだろう。さて、ミュンヒハウゼン男爵とは、誰もが知っている『ほらふき男爵』である。ところが、多くの方は空想上の人物と思いこんでいるらしいが、バロン・ミュンヒハウゼン男爵は、実在の人物で、本名をカール・フリードリッヒ・ヒエロニュムス・フォン・ミュンヒハウゼン(Karl Friedrich Hieronymus von Munchausen /1720-1797)といい、現在のドイツにあるボーデンベルダーの由緒ある貴族の出身である。ロシアのフリードリッヒ大王の騎兵隊長を務め、スウェーデンやトルコと戦い、30歳の時に故郷に戻り、その戦争体験を想像豊かに村人に語った内容を、呑み友達のルドルフ・エリッヒ・ラスぺが英国で小説として出版するや、1785年に大ベストセラーとなり、ミュンヒハウゼン男爵は世界一のほらふき男として一躍有名となった。そのため、後世彼は精神病に冒されていたという話にすり替わり、その結果、精神病の一つとして『ミュンヒハウゼン病』という名称に使われるようになった。ミュンヒハウゼン男爵にしてみれば、汚名以外のなにものでもないだろう。さて、映画は、もう完全にセットと役者の名演技に圧倒される。特に、ミュンヒハウゼン男爵を演じる主演のジョン・ネビルの演技は、見る者をミュンヒハウゼン男爵の世界に無意識に引き込む。ストーリーは、トルコ軍の占領地にあるドイツの村で『ミュンヒハウゼン男爵の冒険』の演劇が行われている最中に、本物のミュンヒハウゼン男爵が現れて、どの部分が現実で、どの部分が想像の世界が解らないストーリーが展開し、最後にトルコ軍を破るという話だ。それは、ラストシーンに繋がるのだが、劇団員と本物のミュンヒハウゼン男爵の家来が二役であるのも、この効果に拍車をかけている。しかも、チャールズ・マッキーワン(脚本も担当)、エリック・アイドル、ウィンストン・デニス、ジャック・パービス(スターウォーズ前3部作に全て出演したことで一躍有名になった俳優)など名優揃いだ。更に、SFXもコンピュータグラフィックは極力使わず、出来る限り現物を造り上げて、その壮大なストーリーを納得させるだけのビジュアル効果は圧巻である。まっ、冷めた見方をすれば、単なる荒唐無稽なおとぎ話なのだが、映画や小説はおとぎ話でいいのではないだろうか。あのスターウォーズも、おとぎ話である。むしろ日本人は、こういった話を本気で映像化しようと試みる監督が少ないのが少々残念である。おとぎ話の宝庫なのに・・・。余談だが、ドイツの村の市長?役のジョナサン・プライスは、『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』の中で、トゥモロー社の社長エリオット・カーヴィー(要するに、007の敵キャラ)を演じている俳優であるが、この映画の中でも小心者の小悪党見たいな設定が妙に微笑ましかった。彼には失礼だが、ああいった役が一番なのかもしれない。
2000/06/07

0136 ●美容院に通う理由
今日(7日)、2ケ月ぶりに美容院にいってきた。私は大田区に引っ越してからずうっと自由が丘のK店を利用している。現在担当者の方は8人目ぐらいである。なんで理容院ではなくて美容院なのか?は今時説明する必要はないだろうが、もともと理容院に対しては拒絶反応があったのである。結果としていままで10回ほどしか入ったことがない。しかも最後にはいったのは?0年ほど前である。とにかく顔を剃られるのがいやなのだ。拒否しても、まるでガソリンスタンドのお兄さんが、灰皿使っていないのを知っているのに、毎回『灰皿お取り替えしましょうか?』という機械的な行動により剃られてしまったのが影響している。完全に幼児体験?による拒絶反応である。以後は親に頼んだり自分でカットしたりして、最後は美容院に落ち着いたというわけである。もっとも、初めて美容院に入ったときにパーマがかからずに・・・ムリして店員さんが処理した結果、デビュー当時の郷ひろみのようなパンチパーマになってしまったのはご愛敬だろう。そんなこんなで自由が丘のK店におちついたのだが、昨年、担当者のMさんが青山店に移動となったので、私もそちらに移動しようと思ったが開店時間が午後からということで、結局いままでの店で別の担当者を決めてしまった。5年ちかく担当してくれたMさんの店にはいってみたいが、午前中に処理しないとフリーは辛いという現実は見逃せない。ところで、このMさん、先週放映されたTVチャンピオンで、まさしくチャンピオンになったMさんである。実は、今日・・・偶然妙なところで再会してしまった。もうなかなか予約はとれないかもしれない。でも一度は顔を出さないと・・・と悩む今日この頃である。
2000/06/08

0137 ●SCSI機器が認識しない事件
やっとG4のチューニングが完了したので、退役した(もちろんスペースの関係で一時的)7600データ専用の外付けHDDに入っているデータのバックアップを取るためにSCSI接続してマシンを起動・・・ところが一切認識しない。げっ?そんな馬鹿な・・・と焦った私はSCSIボードのファームウェアを最新のものに変更して再起動・・・しかし、どのツールを使ってもまったく認識しない。そもそもCD-Rドライブすら認識しないのである。つまり、HDDが破損していることは考えられない。焦った私は直ぐに近くの店でSCSIボードをゲットして再起動・・・状況は何も変化しない。そこで、サブマシンに問題のHDDを接続して起動すると・・・何事も無かったように認識するではないか? もしかしてG4には対応していないのだろうか?という一抹の不安が頭の中を過ぎるが、もしかして・・・とケーブルを抜いてコネクター部分を確認してみた。『うっそ〜!』コネクター部分のピンが1本折れていたではないですか。つまり・・・SCSIボードではなくてケーブルに問題があったわけです。予備のケーブルを部屋の奥から探し出し、再設定して起動したら・・・いままでの事は嘘のようにちゃんと認識してくれました。あ〜私の無駄な出費と時間は取り戻せない。ところで、CD-Rを焼くためのドライバーをインストールしたら、通常のCD-ROMを認識させる機能拡張書類がどうもコンフリを起こしているようで使い物にならなかった。こんなことは数年ぶりだが、まっ、この程度のトラブルは無いに等しい事かもしれないと素直に諦めることにした。DVD-RAMドライブがあるので、CD-RドライブでわざわざCD-ROMを認識させる必要など無いのでは?と思われる方が多いと思うが、ロイアリティーフリー画像を多用する私にとってCD-ROMのドライブは多い方がベストなのである。Windows系だと10連CD-ROMドライブみたいなものがあるようだが、残念なことにMacintoshではそういった仕様は無いので、当然そのような製品も存在しないらしい。
2000/06/09

0138 ●複数マシン利用の勧め
私は常時3台のマシンを起動して利用している。一見ひとりで何やっているのだ?と言われそうだが、内訳は、通信用/メイン作業/サブ作業・・・という事で区切っている。一応今のマシンはマルチタスク?ということになっているが、Bのマシンで100ページを越える書類を印刷していたり、AのマシンからBのマシンへ2GBほどのデータを転送していたりする時に、Bのマシンで何か別のことをすると確実にとは言えないが、大抵は問題が発生して再起動を余儀なくされる。つまり、効率が低下してしまうのである。更に原稿執筆などでは画像処理とテキスト入力を別のマシンで処理したほうが圧倒的に効率が良い。少なくとも混乱することはない。なによりどんなにモニターが大きくても、2大のモニターで処理したほうが効率的だ。当然前記したように大きな処理は別のマシンで行った方が安全というわけである。また、部屋のスペースの関係で大きなSCSI機器を移動出来ない等の場合は、Ethernetで繋げておけば、SCSI機器に繋がったBのマシンにAのマシンからデータを転送すれば問題なく処理出来る。結局・・・私がマシンを複数台利用するようになったのは、結果として新しいマシンを購入したときに、今まで利用していたマシンをサブに設定するなどして、いつのまにかこのようになったわけである。もっとも実際には手の届く範囲に6台のマシンがあるのだが、残りの3台は、スキャンや外泊時専用マシンのPowerBookと、DVDなどを見るためのiMacDV、そしてWindowsマシンという図式である。当然データはすべて外付けハードデスクを利用しているので、不慮の事故で本体に問題が発生した場合は、ハードディスクをサブマシンに繋げれば急場はしのげるというわけである。さすがにバブル期の金融機関のキャッチフレーズのように『安全確実高利回り』とはいかないが、すくなくとも一台で処理しているよりは『安全確実』だと感じている。なお、通信マシンだけはメインマシンと区別したほうがウイルス対策という観点から安全であることは特に説明の必要はないだろう。また、ポイントとしては、一番早いマシンをサブマシンとすることである。例えば私の現在のメインマシンはG4/500ではなくて、G3/300MTにG3/466ボードを刺したマシンである。一番高速でメモリーテンコ盛りのマシンは、3DのレンダリングやPhotoshopで巨大なデータを作成する時ぐらいにしか利用しない。理由は・・・一番高速なマシンをメインにしてしまうと、他のマシンが鈍足に感じてしまうからである。最近は2台のマシンでキーボードやモニターを共有出来るアダプターなどがあるので、利用してみるのも面白いかもしれない。
2000/06/10

0139 ●セブン・イヤーズ・イン・チベット
今日(10日)日本TV系で【セブン・イヤーズ・イン・チベット】が放映された。ナチス体制下のオーストリアの、ブラッド・ピット演ずる世界的な登山家ハインリヒ・ハラーは、デビッド・シューリス演ずる同僚のペーター・アウフシュナイターらとヒマラヤ登頂を目指して失敗し、そのまま現地で参戦したばかりのイギリス軍に捕らえられ、収容所生活を余儀なくされる。何度か脱走を試みては失敗し、数年後にからくも脱走した二人は、外国人にとっては、禁断の聖地チベットのラサにたどりつく。そこでマコ・イワマツ(最近は単にマコと称している)扮するツァロンと出会い、西洋人として初めてジャムヤン・ジャムツォ・ワンジュク演ずる少年ダライ・ラマ14世に会い・・・という実話を元にしたこの映画は、政治問題にまで発展してしまった。内容は素晴らしい出来だが、中国政府を怒らせるのに十分な描写があったからだろう。しかし、中華人民共和国成立とともに中国は100万のチベット人の犠牲の上にチベットを侵略した歴史は、消すことの出来ない事実である。さて私は政治家ではないので、このあたりの話に深く関与するつもりはない。実は、この映画も映画館で見損ねてしまった作品である。DVDでも買ってじっくり見ようと思っていた矢先だったのでちょっと心の準備不足の感があった。さて、この映画の完成度を一番高めたのは、ダライ・ラマ14世を演じたジャムヤン・ジャムツォ・ワンジュクの名演技だろう。西洋文化に好奇心旺盛にもかかわらず、崇高な精神性を自然に演じきっているシーンは、まさに本物のダライ・ラマ14世をオーバーラップさせる。更にエンディングのシーンは私の好きな描写である。オルゴールから続くこの無言のラストシーンは、そのまま現代に繋がるのである。そんな干渉に浸っていたら・・・やはり吹き替えできなく、オリジナルで見てみたいという気持ちが強まってしまった。そして、この映画を完成させたジャン・ジャック・アノー監督の次回作が気になる今日この頃である。
2000/06/11

0140 ●五島プラネタリウムの閉鎖で思うこと
今日(11日)久しぶりに渋谷にある五島プラネタリウムに出かけた。東京ではプラネタリウムのお世話にならないと星の観察など出来ないのが悲しいことなのは痛感している。ところで、この五島プラネタリウム(正式名称:天文博物館五島プラネタリウム)と言えば東京に住んでいる方なら誰でも一度はお世話になった由緒有るプラネタリウムである。もともと、天文知識の普及と教育・学術及び文化の発展への寄与を目的として1957年4月に開館し、プラネタリウム投影・天文資料の展示等の事業を開始し今日に至っているが、突如2001年3月をもって閉館に決定したそうだ。内情としては同種の施設が乱立したことによる経営難のようだ。しかし、その業績には感銘さえ感じる。太陽望遠鏡による太陽観察、写真展開催等、天文に関心を持つ人たちの場として『星の会』を運営するほか、天文愛好家や学校の教師を対象とした天文講座の開 講、館外観望会、天文施設見学会等を随時開催するな ど種々天文学普及活動に尽力してきた一方、小学校教諭星座指導講習会の実施や、全国各地 のプラネタリウム館開館に伴う解説員研修養成、各大学からの博物館学芸員の資格取得 のための実務実習生の受け入れ等積極的に人材の育成にも努めてきました補が国を代表する天文学博物館と言ってもよい活動を43年間繰り返してきた。そして44年目に閉鎖となるのだ。なにか寂しいものを感じるが、各術的なプラネタリウム施設というものは娯楽施設の集合体のような渋谷の町ではもはや受け入れられないのかもしれない。そもそも、普通の大人にとっては、満天の星を眺めるなどということは小学生の時のプラネタリウム教室以降は無関心じゃないだろうか。空を見ても何も変わらないからだろうが、それってあまりにも悲しいことのように感じる。
2000/06/12

0141 ●国語審議会の答申は下手なお笑い芸人のネタより笑えるかも
毎回、素っ頓狂な答申案が笑いをとっている国語審議会だが、今回は、なんと外来語御法度案が出ているそうだ。例えば『コンセンサス⇒合意』『ユーザー⇒利用者』といった具合である。ただし、『ガイド』とか『ストレス』といった言葉は定着している(国語審議会側の判断によれば)ので、そのまま利用しても良い・・・とか。そもそも外来語が国内に入る時になんらかの基準を設定したり、明治時代のように優れた和訳を行う人が居ればいいのだが、残念なことに現在の日本では有識者と言われている方々ですら、誰も使わないE電(要するに国鉄がJRになったことにより山手線の愛称をE電としたという例の話である)なる言葉しか作れない状況なので和訳なんていうことは望めないだろう。言葉や文化は絶えず変化している。それはどうしようもないことだろう。国際化により更にエスカレートするのは確かだ。問題は、対応が常に後手にまわっているということではないだろうか。今更言葉狩りのようなことを決めてもどうしようもないはずだ。更に今回の答申案では、名前の英語表記を現状の【名−姓】ではなくて日本語と同様に【姓−名】に変更しようという下りに至っては、まったくもって開いた口がふさがらない。もちろんそれが正しいことは理解しているが、今更変更してどうするの?という意味である。これって以前話したローマ字表記のバカさ加減と同じかもしれない。クレジットカードには【Yoshinori Kaizu】となっているのにパスポートでは、【Yosinori Kaidu】なんてことの方が大問題だと思うのだが・・・。そもそも出来るだけ日本語表記という部分での答申案の中では『バリアフリー』や『アイデンティティー』などは適当な言い換えが出来ないのでOKということだそうだ。これって国語審議会の関係者の国語力?が欠如していることを自ら認めているようなものではないだろうか?と、素直に感じる私である。
2000/06/13

0142 ●梅雨は嫌いだが、本当は楽しんでいるのかも
一年で一番嫌いな梅雨の季節となった。もう理屈抜きで不快感の出る季節だ。私は当然ながら大嫌いな季節である。個人的には一年を通じて晩秋ぐらいの気候だと幸せだ。暑い、ジメジメは精神衛生上よくない。ところが、仕事などの関係で外国に長期滞在している方に言わせると式のある日本への望郷は外国にいってはじめてボルテージが上がるそうだ。クリスマスなのに常夏状態であったり、8月というのに雪が降るような地域にいると、日本人として体内にもっている四季の時計?が狂いだしてしまうのかもしれない。生まれたときから、そこに済んでいる人にとっては気にならないことかもしれないが、なまじ四季のある国に生まれてしまった日本人の宿命だろうか? 逆に、物心かないような年齢の時に外国に移り住んでしまった方が、成人してから帰国しても日本の四季はもう理解出来ないのかもしれない。最初に体で覚えたことは死ぬまで消えないのである。だとすると今の小さい子供達が好んで食べているハンバーガー等のジャンクフードは、この先50年もしたら立派な和食になっているのだろうか? ちょっと背筋が寒くなってきた。真っ先に死ぬからファースト・フーズって言うんじゃなかっただろうか? もし身近に小さい子供がいたら聞いてみるといい。『好きな食べ物は?』って。『ハンバーガー』なんて答えが返ってきたら、Bingo!である。Jesus!
2000/06/14

0143 ●惰性と踏ん切りの狭間にある葛藤
誰しもお気に入りの雑誌というものがあるはずだ。当然ながら、ここで言う雑誌とはコンピュータ関連の雑誌を指しているわけではない。広く一般的な雑誌すべてを含めた雑誌である。実は、私は学生の頃から創刊雑誌コレクターであった。しかも、その購入判断が実に曖昧であった。『この雑誌はなんとなく綺麗だ』『この雑誌はなんとなく怪しいデザインだ』といった内容とは無縁の判断によりせっせと購入していたのである。更に私の悪い性格(一度購読したら、よほどの事がないかぎり購読を止めない)から毎月購入する雑誌の数は鼠算式に膨れ上がってしまった。さすがに部屋のスペースにも限界があるので、泣く泣く購読雑誌を切り捨てるという判断を半年ごとに迫られた。かくして最後は創刊号だけを購入するという単なるコレクター的な買い方に変わってしまった。しかし、それすら数年も続けていると部屋のスペースは圧迫される。まだコンピュータなど無かった時代であってもである。時はめぐり、結果として私の部屋には、当時の雑誌はほとんど残っていない。もし蔵のようなものがあって、すべてを保存していたら、少しはお宝になったかもしれない等と苦笑いを浮かべながら、改めて自分の仕事場を眺めてみると・・・どこからわき出たのか膨大な雑誌がまるで部屋の中で地層化しているように溜まっている。半年に一度ぐらいは大量に処分するのだが・・・。しかも最近は本当に雑誌を購入しなくなったのに・・・???
2000/06/15

0144 ●映画の邦題の功罪
11日にTV朝日系列で放映されたステーブン・セガールの【沈黙の断崖】という映画がある。私はビデオを所有しているのでTV放映は見なかったが、ステーブン・セガールと言えば【沈黙シリーズ3部作】が有名だが、実は、それは日本人にしか理解出来ない荒唐無稽なシリーズなのである。つまり、これは勝手に邦題をデッチあげた事による錯覚で、3本の【沈黙シリーズ】はまったく別の映画で関連性は皆無なのである。まず、93年に制作された【沈黙の戦艦/原題”UNDER SIEGE”】で、ステーブンはもとSEALの秘密戦闘員であるケイシー・ライバックを演じている。次に制作されたのが94年の【沈黙の要塞/原題”ON DEADLY GROUND”】では、石油発掘現場での事故等による火災消火のプロであるフォレスト・タフトを演じている。最後?に制作された【沈黙シリーズ】は97年の【沈黙の断崖/原題”FIRE DOWN BELOW”】で、環境保護庁の捜査官ジャック・タガードを演じている。つまり、原題からも解るように、これら3本の【沈黙シリーズ】は、まったく何の関係もない独立した映画なのである。ところが、95年にステーブン・セガール主演の【暴走特急】という映画が制作されているが、これの原題が”UNDER SIEGE 2”なのである。つまり、【沈黙の戦艦】の続編が【暴走特急】なのである。事実、【暴走特急】でのステーブンの役どころはケイシー・ライバックなのである。結局、絶妙な邦題を新たにつけて上映することをすべて否定するつもりはないが、中途半端な翻訳をするのであればしないほうがいいのではないだろうか? 実際、私は【沈黙の戦艦】を見てから他の【沈黙シリーズ】を購入したが、期待は見事に裏切られた。もちろん作品がつまらないというのではなく、妙な期待をしてしまったのでという意味である。だからと言うわけではないが、【暴走特急】を見たときは期待通りで得をした気分になった。
2000/06/16

0145 ●皇太后陛下崩御
16日午後4四時46分、皇太后陛下が老衰のため皇居・吹上大宮御所にて崩御された。歴代皇后・皇太后としては最長寿の97歳であった。陵所は昭和天皇が眠る武蔵野陵の隣となるそうだ。崩御された皇太后さまは、久迩宮家の出身で、生まれながらの皇族出身の皇太后であり、その道は初めから険しいものであった。学習院女学部中学科三年在学中の14歳のとき、皇太子裕仁親王妃に内定し、大正12年にご結婚の予定であったが、関東大震災に苦しむ都民に気遣い、ご結婚を翌年の大正13年1月に延期されたことはあまり知られていない。その2年後の大正15年12月25日、昭和天皇が天皇の位に就かれたのにともない、皇后となられた。仄聞するところによれば皇太后さまご婚約成立後に、ご婚約をぐらつかせるほどの騒ぎになった「宮中某重大事件」などに巻き込まれるなど明治・大正・昭和・平成の激動の時代に生きた皇太后さまの人生は決して平坦なものではなかった。昭和46年のご訪欧、同50年のご訪米では「エンペラー・ウエザー(天皇晴れ)」とともに「エンプレス・スマイル(皇后のほほ笑み)」として世界的に有名になった皇太后の微笑みを我々はもう見ることは出来ない。これで完全に昭和という時代は歴史の彼方に消えてしまったのかもしれない。
2000/06/17

0146 ●一足先に大坂城落城の段
大河ドラマ『葵三代』もいよいよ佳境の大坂の陣に入る。ここで史実を元に大坂の陣を少しだけ検証してみることにした。慶長14年(1614)3月、平清盛以来の、武家の身で天皇の外戚となることを狙った徳川家康の計画が成功し、二代将軍秀忠の五女和子が、後水尾天皇への入内を決定したが、7月の大坂冬の陣と、その後の家康の死により実際の入内は和子14歳の1620年であった。さて、問題の大崎冬の陣だが、方広寺の鐘銘問題である『国家安泰 君臣豊楽』の一文が発端であることは特に説明の必要もないだろう。あとは、もう完全に政治手腕の抜きんでた家康の思うがままに事は運び。翌、慶長15年5月の大坂夏の陣となり、豊臣氏は秀頼自害をもって消滅した。ここで面白い話としては、多くの方が信じ切っている千姫救出の話だ。家康が発した『千姫を救出した者には姫を娶らす』を信じ、石見津和野藩主坂崎出羽守直盛が、燃えさかる天守から、千姫を救い出したが、顔面が焼けただれ、見るも無惨か形相となった直盛を家康が嫌い、願いは聞き届けられなかった。これに立腹した直盛は、本多忠刻と再婚をするための千姫の行列を襲おうと企てた。という話である。映画にもなっているので信じ切っている方が圧倒的だろう。しかし、真実は、こうである。豊臣秀頼側近の大野治長が淀君、秀頼の助命を条件に茶臼山に陣をとっていた家康宛に、千姫を城外につれだした旨を告げたのである。しかし、助命は聞き届けられなかった。いや、実際のところ、この部分はいまだに不透明なのである。一説には、5月8日、淀君と秀頼の居場所が家康に発見され、家康の使者が派遣されたが、外より、まるで自害せよと言わんばかりに鉄砲をうちかけられ、もはやこれまでと自害したということになっている。個人的には家康が本当に秀頼親子の助命を望んでいたのは疑問の残る部分だ、何故なら、秀頼適子の国松8歳が5月23日に捕らえられて六条河原で斬首の刑となっている。もし秀頼親子の助命を願っていたとしたら、いくらなんでも国松の斬首はなかっただろう。家臣の勇み足により斬首させられたという説に信憑性はない。なお、秀頼の娘は助命され、後に鎌倉の東慶寺に入り、天秀尼と称した。余談だか、この秀頼の子らはすべて腰元との間に生まれた子で千姫の子供ではない。さてさて大河ドラマではどのように描写されるのであろうか?ちょっと気になる今日この頃である。
2000/06/18

0147 ●聖徳太子も10人が限度?であった
既にワールドワイドでメールアドレスがバレバレになって数年経つ私は、色々なメールが毎日平均50通位届くようになっています。少ないときでも20通ぐらいでしょうか? 数的にはパソコン通信黎明期に体験した掲示板への怒濤の書き込みからすれば大した数ではないと感じています。当時は1日に500発言なんてバカなことを平気でしていたからでです。しかし、掲示板やBBSのように不特定多数の方が閲覧したり、書き込み出来る場と異なり、メールという1対1の世界で、コレを実戦してしまうと、完全に仕事はお手上げとなってしまいます。メールで質問を送ってくれる方の気持ちは理解出来ます。でも、私は教師ではないので、解る範囲も限られてしまいます。なにより、実際に自分が常時利用しているソフトですら、すべてを把握しているわけではありません。私にとっては自分の表現したいことが出来れば、ソレでOKだからでです。しかし、メールで質問が来て、解答しなくてはならない場合、一応調べられる範囲で資料を探したり、場合によってはネットサーフィンしたりしてしまいます。中途半端な解答ならしないほうがましだからです。これは私の性格なので仕方がない・・・とは言うものの、流石に新バージョンのソフトがリリースされるとメールによる質問が増大してしまいます。いくらなんでも一日6時間も解答を作成するために下調べや情報収集をしてはいられません。私は霞を食べて生きているわけではないからです。そんな事をコラムに記載するのは不謹慎でしょうか? どちらにしても少しでもご理解いただければ幸いです。実は、そのためにBBSを作成した経緯があります。BBSへの質問であれば、私以外の方が解答してくださる可能性もあります。なにより同じ質問に何度も解答する必要が無くなるのは助かります。ということで、積極的にBBSを利用していただければ幸いです。
2000/06/19

0148 ●黒衣のユル・ブリンナーの帽子
ユル・ブリンナーと言えば、『王様と私』の王様が当たり役だが、私にとっては、やはり『荒野の七人』である。『七人の侍』に衝撃を受けたユル・ブリンナーが翻訳権を買い取り、メキシコを舞台としてリメイクされたこの物語は、続編も作成(個人的には続編は必要なかったのではと感じている。)され、一つの歴史を作った。もちろん『七人の侍』と比べることは出来ないが、ハリウッド映画の歴史の中で重要な意味をもつ作品であることは確かだ。なより、当時はまったくの無名だったスティーブ・マックィーン、ジェームス・コバーン、チャールス・ブロンソンらをユル・ブリンナー自身が抜擢した意味は大きい。その後、同じジョン・スタージェス監督の『大脱走』でも彼らは重要な役で出演している。まさにハリウッド大スターを大量に生み出した作品がこの『荒野の七人』なのである。余談だが、『七人の侍』が『荒野の七人』に、『用心棒』が『荒野の用心棒(これは完全な無許可のパクリ)』として、その後のウエスタン映画に大きな影響を与えたのは誰もが周知の事実である。ところで、『荒野の七人』でのクリス役のユル・ブリンナーはスキンヘッドに黒衣のガンマンとして、強烈なイメージを観衆に与えたが、13年後、そのままのイメージで『ウエストワールド』という映画でロボットガンマンの役を演じている。さて、ここからが本題なのだが、彼はこの『ウエストワールド』の中で何度も撃ち殺されるのだが、絶対に帽子が取れないのである。撃たれて2階から落ちてもである。ラストで丸焼けになっても帽子は取れないのである。やはりスキンヘッドは見栄えが悪いからだろうか? 余談だが、『荒野の七人』では1カットだけ帽子を取るシーンがある。盗賊対策の穴を掘っているシーンだ。ほんの数秒なので気が付かない方が多いよう。話を戻すと、とれない帽子という不自然さはつまらないところで増幅されてしまうものである。余談ついでに『荒野の七人』ほどリバイバル上映するごとに出演者の名前の順番が変化した映画はないだろう。それだけスターが大量に出た映画なのである。で、リバイバル上映の時に作り直されたポスターの中のチャールス・ブロンソンに口髭があるのはご愛敬だろうか?合成?取り直し?・・・と謎は深まるばかりである。ところで、この『ウエストワールド』はコンピュータグラフィックも無く、当然SFXなどという言葉もない1973年の作品であることを考えて見ると、とてつもなく面白いSF映画の一つであることは確かだ。なにより、ユル・ブリンナーが黒ずくめのガンマンを演じたのが良かったと私は感じている。原作者はジュラシック・パークのマイケル・クライトンだということが解ると『なるほど』という感じがする。恐竜をロボットに置き換えれば・・・というわけだ。ところで、この『ウエストワールド』に出てくるユル・ブリンナーは、まんま『荒野の七人』のクリスそのものだ。そしてこの原点は言わずと知れた『七人の侍』だが、私は『荒野の七人』の後に見たのである。その時の感想は特に説明する必要はないだろう。未だに『七人の侍』を越える時代劇は無いと私は感じているが、『荒野の七人』はそれで、いまだに好きな作品の一つである。なにより、エルマー・バーンスタインのあのテーマミュージックは映画音楽の傑作の一つであることは誰もが認めるところだろう。さてさて、ここまでくると、避けて通れないのが、勘兵衛(志村喬)/七郎次(加東大介)/五郎兵衛(稲葉義男)/久蔵(宮口精二)/勝四郎(木村功)/平八(千秋実)/菊千代(三船敏郎)の『七人の侍』の話だが、それはまたそのうち・・・。
2000/06/20

0149 ●DVDビデオのリージョンコードという足かせ
DVDビデオには、リージョンコードという地域識別コードが組み込まれている。具体的には、【リージョン1:カナダ、アメリカ合衆国/2:ヨーロッパ、日本、エジプトを含む中近東、南アフリカ/3:香港を含む東アジア、南アジア/4:オーストラリア、カリブ海諸島、中南米、ニュージーランド/5:アフリカ、インド、モンゴル、北朝鮮、旧ソビエト連邦諸国/6:中華人民共和国/7:未定/8:未定】となっている。このコードの分類には一定の基準があるようだ。どう考えても一目瞭然だが、それはここでは触れないことにする。さて、問題なのは、それぞれの国で販売されているDVDプレイヤーは、当然ながら該当するリージョンコードにしか対応していない。つまり、いままでのように気に入ったビデオをUSAから気軽に購入して鑑賞するということが出来なくなってしまったのだ。もちろん、怪しいアダルト映画を見ようというのではない。日本では販売されていないマイナーな映画タイトルを探したいのである。実は、私は最近までこのリージョンコードについてまったく理解していなかった。事のおこりはプレイステーション2事件である。初期ロットのプレステ2のDVDはリージョン・フリーだったのである。これって確信犯臭いが実際のところは不明だ。さて、国内でも、このリージョンコードを外す危ないTipsを掲載したサイトが多々目立つ。下手をするとハリウッドから訴えられかねないのに後を絶たないのは、同じように海外からビデオをゲットしたいと考えている方が多いのだろう。実際、このようにしてゲットしたDVDビデオの多くは、リージョンコード1にも関わらず、他のリージョンコードも埋め込まれている場合が多いそうだ。つまり、少なくとも日本で販売されているリージョン2のDVDにはUSAで販売されてるリージョン1が含まれている可能性が多いという意味になる。機械的にリージョンコードを固定することによって区別しているだけなのだ。さて、海外から買うメリットは、なんといっても価格が一番大きいだろう。ものによっては半額で購入出来る。さらに、日本語字幕が隠れているのだったら・・・期待するのは私だけではないだろう。しかし・・・リージョンコードをフリーにする改造処理には少なからず技術的な知識とテクニックが必要になる。ハンダコテ使うのだけは避けたいものだ。下手すれば新品のDVDプレイヤーを壊してしまう。で、色々調べてみると、リージョン1のDVDプレイヤーを並行輸入している店がある。これであればリスクは無い。そんな苦労をせずとも『海津さんはiMacDVとG4の2台のDVDプリイヤーがあるのではないか?』と突っ込まれそうだが、今年に入って販売されたコンピュータ機器に組み込まれたDVDプリイヤーはハード的にリージョンコードを制御しているので、例の5回までは変更可能というのは、システムを再インストールしても戻らないらしい。ところで、私はまだリージョン2のDVDしか持っていない。つまり国内ですべて調達している。しかし、一度だけiMacDVでリージョン変更を指示してきたことがあった。慌てていたのでどのタイトルであったか忘れてしまったが、結構いい加減なんだな〜というのが私の感想である。
2000/06/21

0150 ●Daily Photo Imagingが150回を突破していた
コラムの方にエネルギーを使っていたので、メールで指摘されるまで気が付かなかったが、今月16日分が150回となっていた。そんなに作ったかな〜というのが正直な感想である。ここは作品と言うよりは実験的なものが中心なので、実作業も15分程度である。だから、『なんだコレ?』と思われる方もあるだろう。でも、綺麗に作成した作品を披露する場ではなく、実験の途中経過を取りあえず発表しているにすぎないのである。でも、この日課は実に面白い。だから出来るだけ続けたいと考えている。実際、私にとってはこのたった150回のフォトイメージングでも、色々と仕事上のフォトイメージングの手法に開眼していたりする。当初・・・本当は、時々はクロッキーのようなラフスケッチも混ぜたいと考えていたが、ここは潔くフォトイメージングだけに専念しようと思うようになった。クロッキーについては別のコーナーを作ってしまえばいいのである。もっとも・・・そうなると連日連夜の更新コーナーが3つになってしまう。心して準備しないと仕事に影響が出てしまうかも知れない。やはり、それは一番まずいことである。さて、改めてこのDaily Photo Imagingのルールを説明すると『同一メーカーの画像だけを組み合わせる』ということだけで作業を行っている。またコラムの内容とも無関係である。季節も無視している。単なる直感だけである。その時目に入った画像をメインとして機械的に作業を行っているのが実状だ。あまり難しいことを考えない方が長続きするであろうという気持ちも少なからず働いている。なお、セミナーなどで地方に止まるような場合は、PowerBookを持参して夜な夜なホテルで作業を続けていたりする。ちょっと病的だろうか? でも、なにかを作る人というのは、端から見ると、ちょっと可笑しい人が多いはずだ。なお、このネタはコラム150回目を狙ったわけではない。あくまでも偶然である。
2000/06/22

0151 ●私は何か悪いことしたのだろうか?
昨年4月末(ミスタイプと思われるかも知れないが、今年ではなく1999年の4月である)に納品のA社の仕事がいまだに完了していない。私は納期を厳守したが、間に入っているデザイナー(アートディレクター?)が納期をダラダラと延ばしているからだ。それも1年以上も。更に、氏とは別途B社の仕事にも関わっていたが、これも1年経過した今も納期は完了していない。私だけが納期を守っていることが段々バカらしくなってきた。当然ながら、2つの仕事の入金は、いまだに行われていない。もしかすると永遠に行われないかもしれない。まったくもってバカげた話だ。しかも、このような状況下にあって、昨年11月末に納品の新しいC社の仕事の依頼が氏から入った。私は通常は行わない前金を請求して納期を厳守したが、なんと、その仕事が未だに納品されていないことを、メーカーの方から最近になって偶然伺い唖然とした。『なんとかも三度まで』ではないが、10年来の付き合いだった氏とは絶縁した。最終的にいつごろ問題の仕事が正式に完了するのかは不明だが、もし未払いとなった場合は、残念ながら法的手段に訴えるしかないだろう。出来るだけそれはしたくないと考えていたが、もう完全に常識を逸脱していることは関係者の目にも明らかである。更に、ここにきて、ある出版社からの企画で、シコシコと執筆していたフォトイメージング本の出版が突然白紙に戻されてしまった。文字原稿以外はある程度完了していたので、私にとってはなんとも脱力感の出るお達しである。ハードディスクから新作の関連データ10GBほどをセッセとCDRに焼いている私が情けない。なにより、この仕事のために、ある仕事の締め切りを延ばしていただいた経緯がある。その仕事は、早速本腰で頑張らなくてはならない。まさか・・・ソレも土壇場で白紙になったりはしないだろうか? 少し嫌な予感がする。そして・・・止めとも言うべき打診が先日入った。これも1年がかりで行っている仕事である。もっとも、こちらは海外のデザイナーも巻き込んでのCIデザインなので長期化するのは無理からぬ状況なのだが、先方の予算や本年度の事業計画の見直しなどで、ほぼ白紙状態に追い込まれたようだ。こうなってしまうと、途中経過のプレゼンなどに関わった実費の請求は、ほぼ絶望的である。CIデザインは完了してなんぼである。途中経過も、いくらプレゼとは言え、当然ながらソレに含まれているからだ。完了しなければゼロである。結果として私はこの1年、ほとんど仕事(タダ働きをしたことになるので仕事とは言えない)をしていなかったことになる。セコイ話だが、このシワ寄せは今年の秋口に始まりそうで少し背筋が寒くなった。もちろん他の仕事をしていなかったわけではない。しかし、コレらの大きな仕事のためにいくつかの仕事を断っていた。なんとも、これだけマイナスベクトルが集中するのも珍しい。今年は私にとって厄年でもないし・・・いったい私は何か悪いことでもしたのだろうか? 身に覚えはないのだが・・・。
2000/06/23

0151 ●エプソンスクエアでのセミナーに遅刻の失態
23日、西新宿の三井ビル1Fでおこなれているエプソンスクエア会場にてPhotoshopとPhotoDiscを使ったフォトイメージングのセミナーを行った。セミナーは午前11時と午後3時の2回である。雨も降っていたことと、私の家から新宿へ電車やバスを利用して向かうというのは、細濾紙区時間がかかるので車で向かったのだが、とんでもない渋滞に巻き込まれて2時間もかかってしまった。しかし、20分ほど前に新宿についたので、車を駐車場に入れて会場に向かったが・・・エプソンの展示場はあるものの、それらしいイベントは行われていない。日程を間違えたのか?と一瞬青くなったが、どう考えても変だ。そこで、受付の方に馬鹿な質問をしてみた。『新宿三井ビルは、当然ここだけですよね?』・・・まったくもってお上りさんの世界である。しかし・・・事実は小説より奇なりであった。新宿三井ビルは2つあるのである。知らなかった私が大間抜けであったことは言うまでもないが、とにかく目指すビルは、この西新宿2丁目ではなく、西新宿6丁目であることを知らされた時、しかもここら徒歩12分かかる事実は私を十分にびびらせた。とにかく遅刻は絶対にさけなくてはならない。全力疾走で目指す西新宿6丁目のビルに向かったが、結局10分ほど遅刻してしまった。会場で待ちぼうけをしてしまった参加者は既に回じょぅを去った後であった。まったくもって申し訳ないことをしてしまった。もし、11時の回に待ちぼうけを喰ってしまった方がいたら、この場をお借りしてお詫びしたい。それから、急遽中途半端な時間でセミナーを開始し、午後のセミナーを無事にこなしたが、無料セミナーにもかかわらず、雨降りの平日という悪条件が重なり、参加者の数はいまいち少なかったのが残念であった。その後、帰りも大渋滞に巻き込まれ、帰宅したときには疲れから?頭痛と吐き気に見舞われ、とうとうそのまま食事も取らずに寝込んでしまった。
2000/06/24

0152 ●アナウンス効果の波及は陳腐な功罪
ソフトウェアの新バージョンがリリースされる・・・あるいは、競合する新しい製品がリリースされると、必ずと言っていいほどメディアに登場するのが、既存のソフトウェアのシンパの方による罵声であったりする。やれ印刷所では使えない等がその典型例だ。具体的に言えば、PageMakerやFreeHand等の旧アルダス製品はその筆頭だろうか? アドビ製品であっても、Illustrator 7などはバグの固まりのようなレッテルさえ貼られている。実際問題としては最初のリリースでビットマップフォントを使用した場合に表示が狂うという問題はあったが、それも直ぐに回避されている。なにより、この問題は日本の特殊事情に大きく依存していることをメディアはあまり取り上げていなかった。世界中でビットマップフォントだけを使うという行為は、実は日本だけなのである。つまりビットマップフォントだけを使うという行為は既に世界の中では死滅しているのである。当然、そういったごく特殊な状況というものはワールドワイド的にソフトを開発する場合には切り捨てられてしまう。結果、意味もなくIllustrator7は仕事には使えないという悪意ある中傷が横行してしまったのである。じゃ、PageMakerやFreeHandはどうだろうか? これも実は印刷では利用出来ないという話は邪教の迷信でしかない。実際私はPageMakerで印刷データをいくつも作成している。問題にすべきは印刷所での検証が行われているか?という点だけなのである。検証していないソフトウェアは、どんなに優れていても印刷所では受け付けてもらえない。さらに、印刷所にいる方がすべての状況に精通しているわけではないことも見逃せない現実だ。不景気の影響で、新ソフト等の検証に時間を割けないという事情も手伝っているようだ。更に常用ソフトの価格をやり玉に挙げる輩も多くなってきた。確かに価格はやすい方がいいに決まっている。しかし、妥当な額により、メーカーが倒産することなく末永く新しいバージョンの開発やサポートに力を入れてもらったほうがユーザーにとってはメリットは大きいはずである。ギリギリの価格設定によりユーザーの声が反映されなくなった次期バージョンなど、想像したくないものだ。また雑誌などのメディアにも大きな問題がある。読者からの要望は常にメジャーソフトのTips等が多いため、マイナーなソフトは益々マイナーな扱いとなってしまう。思い切ってマイナー的に扱われているソフトを中心に扱うような雑誌が出たら面白いと思うのだが、やはり読者に支持されないと雑誌は生き残れないのも現実である。こうして噂だけが一人歩きし、実際に自分で試してもいないのに第三者の話だけを鵜呑みにして『××は使えない』と雄叫びをあげている輩を見ると、なにか寂しいモノを感じずにはいられない。本来問題にすべきは、公表されているスペックどおりに正しく機能するか?という点ではないだろうか? 闇雲に他社製品と比較しても何も意味はないように感じる。その良い例が、最近リリースされたアドビのLiveMotionだろう。メディアは、こぞってマクロメディアのFlashとの比較論争に発展しているように感じられるが、LiveMotionはFlashではないのである。当然FlashもLiveMotionではないのである。
2000/06/25

0154 ●野武士の発想が求められているかも
どんなに決まり手を理解し、マスターした剣道の達人も百戦錬磨の野武士には真剣勝負では敵わないはずだ。負ければ死ぬしかないからである。理屈や道理は実戦には通用しない。教科書的な筋道や解答は実戦では荒唐無稽なものでしかないのである。そういった意味で、昔放映されていた木枯らし紋次郎や無用の介という時代劇はリアリティーがあって好きだった。映画で言えば荒野の七人のヴィン役のスティーブ・マックィーンだろうか。彼はこの映画の中でシビリアン(銃身4.75インチの拳銃)一丁をズボンの後ろに隠し持っていた。当時の拳銃はリボルバー式で6連発が限界。あとは弾丸を入れ替えなくてはならない。当然白激戦となった場合、1丁では複数の相手とは戦えない。『戦えない=死』である。なお、余談だが面白い実話として、映画でも表現されていたが、実在した名保安官ワイアット・アープは決闘の時に、バントラインスペシャル(銃身20インチの拳銃)という異常に銃身の長い拳銃を所持して望んだそうだ。通常のアーティラリー(銃身5.5インチの拳銃)やキャバルリー(通称ピースメーカー/銃身7.5インチの拳銃)では、どんなに拳銃の名手でも10m先の相手の急所を打ち抜くことは容易なことではなかったそうだ。しかし、銃身が長いバントラインなら、それも可能なのである。ワイアット・アープがバントラインスペシャルを使うきっかけは、彼の腕に惚れ込んだガンスミス社のバントライン氏が特別に製作して寄贈したことがきっかけだそうだ。一説には、これだけの銃身を保持して銃としての機能を満足させる製品の完成度を内外にアピールしたかったという事も理由も含まれているそうだ。ところで、銃身が長すぎる故、この銃は決闘専用で、白激戦には向いていない。さて、話を戻すと、結局、論理的な事は実戦では何一つ役に立たないのである。つまり、論理的な思考回路を強調させてしまうと、ちょっとした発想の転換すら出来なくなってしまう。よく引き合いに出される話の中に『プロはソフトウェアフのパグで騒がない』という話がある。これは、深夜に作業中、仮にバグを発見しても、翌朝10時まで待ってメーカーに問い合わせを行い、確実にそのバグが修正される保証がないからである。バグのために処理出来ない作業があったとしたら、処理出来るソフトを利用するか、別の処理方法を瞬時に考え、判断して作業を続行出来るのがプロである・・・という意味である。まさに野武士の戦法そのものではないだろうか?
2000/06/26

0155 ●サム・ペキンパー屈指の傑作【The Wild Bunch】
サム・ペキンパー監督の『ワイルドバンチ/ディレクターズカット版』を見た。個人的には『ガルシアの首』とともに一番好きな作品である。内容は、あまりにも有名な映画なので説明の必要はないだろうが、もうメチャクチャなバイオレンス映画だ。しかも、ウエスタンというのが涙モノである。私はDVDで今回改めてじっくり見たが、中盤のハイライトとも言うべき橋の爆破シーンは実際に5人のスタントマンが馬にのったまま爆破されているのである。同梱されていた、アカデミー賞ドキュメンタリー短編部門にノミネートされたメイキング映像で、この事を初めて知った私は、30年以上も前に、よくやったものだと驚きを隠せなかった。今だったら、SFXでチョチョイノチョイだろう。しかも、とうの関係者も二度と出来ないだろうと話していたのが印象的だった。当たり前である。本当に爆破しているのだから。もちろん、5人のスタントマンと5頭の馬は無事であった。さて、この『ワイルドバンチ』には、ウォーレン・オーツが出演している。そして、『ガルシアの首』にも。どちらもサム・ペキンパー作品の中で一番好きな映画なので、サム・ペキンパー監督と言うと、ついついウォーレン・オーツを連想してしまう。さてさて、ウォーレン・オーツと言えば、『続・荒野の七人』に出演している。この『続・荒野の七人』ではユル・ブリンナーは出演しているものの、ヴィン役のスティーブ・マックイーンはロバート・フラー(ララミー牧場のジェス・ハーバー役で有名な)に替わり、ホルスト・ブッフホルツも違う俳優に変更されていた。なんでもスティーブ・マックイーンとユル・ブリンナーの不仲が原因だとか? でも、この『続・荒野の七人』はウォーレン・オーツが出ているだけで許してしまう私であった。だいぶ話が脱線してしまったが、今回は暴力シーンについてちょっと話してみたい。サム・ペキンパー監督は未だに一部の方からは好ましくない監督のレッテルをはられている。あまりに暴力シーンを多用するからだ。昨今の子供の暴力・殺人事件の多さは、ゲームや映画、TVなどの暴力シーンが影響していると囁かれている。これって私は信じがたい。何故なら、日本とは違い、TVでの暴力シーンは一切放映出来ないUSAなどでは日本よりも犯罪の低年齢化と犯罪の件数が多い。問題はもっと別のところにあるような気がしてならない。聞くところによると現在、男の子を持つ母親の多くは、ピストルや刀を使った遊びを危険という一語で厳格に規制しているそうだ。子供の戦争ゴッコやチャンバラゴッコは単なる幼児期のお祭りでしかないのに。結果として、高校生ぐらいになるまで、そのような遊びをすることなく、ひたすらゲーム等のバーチャル世界で『ゴッコ』を疑似体験しているのである。つまり、幼児期に玩具のピストルで打ち合って、弾が当たって(エアガンという意味ではない)痛いという体験をしないまま高校生になってしまい、気が付くと手に殺傷能力のあるガスガン(エアガンの一種)があった・・・ら。と説明すれば理解してもらえるだろうか。もちろん、金属バットも有効である。
2000/06/27

0156 ●国民総おバカ対策で半世紀後に日本沈没?
本年度より、公立小学校では時計の学習が外されている。時計の針の読み方を指導しないそうだ。一年生になると渡される道具箱の中から時計板がなくなったのである。コレって『何考えてるのだろうか?』とストレートに考えてしまうが、こんな事で驚いていてはいけないのである。なんと来年度からは、小数点の学習要領が『小数点下1桁まで』と改訂されるそうだ。そうなると、例えば【823÷100=8.2余り3】が正解となり、【823÷100=8.23】とすると不正解となってしまうことになる。更に、円周率などの計算で使うπは、【3.14】ではなくて【3.1】で計算しなくては正解は得られなくなる。下2桁の消費税はどう説明したらいいのだろう。まさか、コレに合わせて10%になるなんて事だろうか。ゆとりの学習真っ最中なのはよいが、おもいっきり【ゆとりの意味】を外しているとしかいいようがない。次世代を担う子供達をわざわざバカに育てているとしか言いようがない。更に、聞いた話では、学期末の通信簿の手渡しは、それだけのために登校させるそうだ。たったそれだけのために一日使うので有れば、前日の放課後に手渡しすれば済むことである。また、プール開きと称して、学年ごとに延々1時間も、校長〜教頭〜PTA役員と挨拶を聞かされるそうだ。前校生徒が集まる朝の朝礼で一言言えば済むことではないだろうか? このあたりは私立のほうが圧倒的に合理的に時間を利用しているそうだ。無駄な時間を整理し、余った時間を有効に使うことのほうが真のゆとりの教育ではないだろうか? さてさて、とかく世間を騒がせる失言総理がもの笑いのタネになっているが、実は、私立学校の関係者のあつまりで『教育は私立にある』というような失言をしいる。しかし、この失言にはどの野党党首も撤回を求めていない。一見不思議な話だが、実は、どうってことはない・・・政治家はどの政党だろうが、子息を公立ではなく私立に通わせているからである。極度の自虐も含めて、この公立学校の摩訶不思議な教育って、某国の陰謀だろうか? 流石に荒唐無稽な推測であるが、某国に意味もなく詣でる政治家ばかりの我が国だからこそ、もしかしたらと考えるのは私だけだろうか。さて、仕事の関係で仕方なく海外に家族ともども移り住むことで、日本国内で学習している子供たちと学習に差がでてしまうのではないかと心配される方が多いそうだ。見知らぬ国で生活しなくてはならない不安感も手伝い、この心理的な負担は想像を絶するようだ。しかし、もし、そういった状況で悩んでいる方がいるとしたら、私は心配の必要は無いと言いたい。何故なら、我が国の公立学校の実体は大した事ないからである。自己が赴任している間に問題を発生させないために可能な限りの自衛処置をとって子供の教育など二の次としか考えていない校長や教頭ばかりだからだ。例えば、4年ほど前に近所の小学校の新一年生のクラスの担任が新学期がはじまったばかりで突然産休をとったのである。はじめから解っていれば担任などしなければいいものを。それに可哀相なのは、当の新一年生である。結果として彼らは3年生になるまで代用教員のたらい回しの憂き目にあったそうだ。怒った一部の父兄が教育委員会に詰め寄り、ちゃんとした担任を設定するように求めたそうだが、なんと時の校長が圧力をかけたとか。子供達を通わせているということは、則ち人質に出しているようなものであり、親も一定ラインを越える行動はできないのだそうだ。そのあたりを校長はしっかりは把握していたのである。夢をもって入学してきた彼ら一年生は一番大切な時期を担任不在で過ごさなくてはならなかったのである。これって真の教育なのだろうか。クレヨンんちゃんの映画の副題に『野生のおバカが目を覚ます』というのがあるが、まさにソレの世界が現実に教育の現場で起こっているのである。公立学校で、真剣に教育を考え、実戦している教職員の方は少数派でしかないようだ。新聞沙汰になる学校関係の不祥事は何故か公立学校ばかりなのはどうしてだろうか? 私立学校はもみ消している? なにかとんでもない歯車の狂いが確実に大きくなっているような気がするのは私だけだろうか。
2000/06/28

0157 ●崖っぷちのクォーク社の次の一手?
AdobeがInDesign用の新しいテキスト編集ソフトである【InCopy】を発表すると、これに歩調を合わせるかのように、Quark社がQuark Publishing Systemの一部であったワーブロの単体バージョンである【QuarkCopyDesk】を発表した。なんだか最近のQuarkはちょっと焦っているような気がしてならない。DTPの三種の神器と言えば、言わずと知れた【Adobe Photoshop/Adobe Illustrator/QuarkXpress】であることは誰もが認める事実だ。ただ、私は未だにQuarkXpressは使ったことがない。当然ながら持っても居ない。ページレイアウト処理はすべてAldus(現Adobe)の頃からPageMakerで行っている。へそ曲がりと言われそうだが、私にとってはPageMakerのほうが使いやすい(やりたい事が問題なく出来るので)し、今までトラブルは皆無であった。さて、その三種の神器もAdobe InDesignの台頭により揺らぎはじめている。なにより2バイト文字を使う日本では、そのリリースが待ち望まれている。従来のソフトウェアのように単なる日本語ローカライズという処理ではなく、ゼロから日本語版として新たに作り込んでいるInDesign日本語版への期待は嫌でも高まるのは当然だろう。日本語独特の組み版ルールを完全に網羅したInDesign日本語版がリリースされれば、確実に三種の神器の神話は崩壊してしまうのではないだろうか。もちろん直ぐには大きな動きはないかもしれない。しかし、今まで散々ユーザーを無視してきたQuark社が少しずつユーザーの意見をとり入れるような動きを見せていることだけでも、InDesignのリリースはユーザーに対して貢献していると判断してよいだろう。なにより多くのQuarkXpressが使い勝手がよいからQuarkXpressを選択しているわけではない事実を、Quark社は理解しているのだろうか? 少なくとも、1年後になんらかの結論が出ることは確かだ。何故なら遅くとも、その頃にはInDesign日本語版はリリースされ、ある程度ユーザーに浸透している頃だからだ。
2000/06/29

0158 ●Canada & USA onlyの謎?
最近元気のない某メーカーの新ソフトをUSAの通販でゲットした。このソフトは、よくある【Canada & USA only】という分類のソフトである。しかし、このソフトは特に日本語版である必要はほとんどないものなのだが・・・メーカー自体が不安定であるからか?現時点では国内未発売のソフトである。多分リリースされないだろうと感じたので通販に踏み切った。また【Canada & USA only】については、私としても、特に登録することが出来なくても良しという気持ちで購入しているので、どうでもよい話なのだが、笑ってしまったのは登録書である。英独仏・・・と各国語の説明の間に日本語がはいっており、どう読んでも登録は可能である。当然、これは同社の他のソフトウェアと共通の登録書を入れているからであることは直ぐに察知がつくが、だとすれば、たとえ間違いであったとしても登録する権利は私にもあることになる。更にこのソフトのダイアログには、どう見ても東洋人らしきモデルが使われている。東洋人系のアメリカ人だろうが、誤解の元ではないだろうか?と思ってしまうのは深読みだろうか。しかし、このソフト、鳴り物入りで購入したものの、実際に使ってみると意外と使いにくいことがわかってしまった。これは私の英語力とは無関係である。結局、インストール後に数回使用しただけでトラッシュしてしまった。しかし、1つだけ面白いことを発見した。このソフト・・・Macintosh版とWindows版の両方が入っており、それぞれのシリアル番号も別に記載され、利用可能となっている。少しでも使い物になればちょと得した気分になれたのに・・・。やはり、素直に【Canada & USA only】を守るべきだったのだろうか? あるいは使い方を私が正しく理解していないのだろうか? どちらにしても、怪しいグラフィックソフトの衝動買いの癖はまだまだ直らない私である。
2000/06/30





このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。


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