海津ヨシノリの気まぐれコラム/2000年8月分(0190〜0220)


0190 ●遂に恐れていた灼熱地獄で汗腺爆発
コンピュータは、新しく導入するごとに電圧が高くなるということを理解できていても、ついつい忘れてしまい、今日のような真夏日には書く部屋のクーラーが前回となることを忘れ・・・毎日のようにブレーカーが落ちてしまう。落ちるのはいいが・・・決まって、何の前触れも無く作業中に落ちてしまう。3Dのレンダリング中であれば1日無駄になってしまう。そして・・・今日も・・・12MBのIllustrator9.0データをPhotoshop形式に書き出し中にプレーカーは落ちた。タイミング的には衣類乾燥機に食器洗い機を同時に起動したお馬鹿さんが家の中にいたのである。可哀相なのは私だ。結局・・・プレーカーを直してマシンを再起動したあとは・・・強風のために窓を開けることが出来ないため、室温は40度近くに上昇している部屋でクーラーを使うことも出来ずに、せっせと仕事をしなくては成らなくなってしまった。この状態がどれだけ悲惨かというと・・・体中の汗腺から汗が・・・まさに吹き出る状態である。額からは汗の滴が垂れまくり、汗を拭うためのタオルは、汗で瞬時に水浸しの状態となってしまう。どう考えても外気のほうが低いという異常事態である。当然ながらそのままのじょぅたいでは確実に脱水症状となってしまうので、イオン系の水分を 随時補給しながらの作業である。涼しいイラストを描いているにも関わらず、現実は、まるで真夏に溶接でもしているような世界である。結局・・・イオン系飲料の2リットルボトルを2本空にし、シャワーを5回も浴び・・・その都度シャツや下着を替えての悪戦苦闘となったが、結局効率は上がらず、さっさと遊びに行ってしまった方が良かったかもしない今日一日であった。だから夏は嫌いである。
2000/08/01

0191 ●今年は異常に蝉が少ないことへの危惧?
毎年、夏は思いっきり蝉取りをするという子供みたいな日課を続けている(もっとも捕獲直後に逃がしてしまうが)私だが・・・今年は毎年あれほど沢山の蝉がいる近所の穴場に蝉が居ない。居ないというより、存在していないに等しいような状況である。今年成虫となる蝉が卵から幼虫となった8年ほど前に何かあったのだろうか? あるいは大地震の前触れなのだろうか? そう言えばどこを歩いていても蝉の鳴き声が少ない。もともと私の住んでいる場所は東京でも緑の多い場所で、昆虫なども簡単に手に入る場所なのだが・・・。もちろん、完全に蝉が居ないわけではない。今年は実質1週間程度の間に3匹の蝉しか捕獲できなかった。そのうち2匹が羽が透明なニイニイ蝉である。こんな事は今まで無かった。大抵は所謂アブラ蝉ばかりなのだが・・・。やはり今年何か我々の知らないことが怒っているのかもしれない。そう言えば、今年はアジアやアリカ原産の大型のカブトムシやクワガタが販売用に大量輸入されたそうだ。遅かれ早かれ、あっという間に日本中の川、湖、沼にまんべんなく繁殖してしまったブラックバスのように生態系がまたまた破壊されてしまうだろう。かつて日本人は農耕民族として秋津(蜻蛉)を神と崇めていた。ヤゴの時も成虫のトンボとなっても害虫だけをせっせと駆除してくれる虫だからである。他にも様々な昆虫の生態を天の声として見守り、生活の道標としてきたが、現代の日本人にとって、これらの小動物は必要のないものとなってしまったのだろうか? 何か大切なものを失いかけているような気がしてならない。
2000/08/02

0192 ●神宮の空に花火は舞ったか?
今日(8月2日)は秩父宮ラグビー場?での花火大会が行われたはずである。はずであるというのはドタキャンしてしまった故に詳しい状況が解らないからだ。もしかしたら神宮球場? 実は、ここ数年、毎年のように北青山の友人のW氏からお誘いを受けていたが、どうにもタイミングが悪かった。しかし今年は万全を期して予定を調整していたにも関わらず土壇場で思わぬ予定が入り込んでしまい・・・結果としてドタキャンとなってしまった。夏場の予定は本当に難しい。そんなわけで、本当ならば・・・『神宮の空に舞う花火を、毎度おなじみイラストレータのYさんと一緒に楽しんだ〜』という書き出しのコラムとなるはずであり、それ用のネタも用意していたが空振りにおわってしまった。やっぱり午前中に碑文谷のダイエーなどに出かけなければ良かったと、超ローカルな話を思い出す私であった。ところで花火と言えば、東京では自宅に庭が無ければ花火を楽しむことはほぼ絶望である。公園での花火は御法度だ。学校の校庭を使うことも出来ない。ただし、実際にはマナーを無視した方達が深夜に公園などで花火で馬鹿騒ぎをしている。朝になると花火の残骸がそのまま放置されているのを掃除している方がいることを彼らは理解しているのだろうか? 私は結局、毎年数回、多摩川の土手で花火を楽しんでいる。もっとも、水入りのバケツを用意し、残骸は一切残さずに清掃を行ってからその場を去るようにしているが、懐中電灯でゴミをさがしていると前日、あるいはそれ以前に花火を楽しんだ方たちの残骸をバケツから溢れるほど拾い集めてしまう。どのみち花火の後かたづけをしないで帰宅したりする家族っていうのは、高速道路などでタバコの吸い殻を窓から投げるような父親を長とした正しい?日本の家族といったところだろうか。猛暑なのに少し寒くなった。
2000/08/03

0193 ●一方的なコミュニケーションが苦手
毎朝の散歩のような蝉取り行軍も、時として鬱陶しい時がある。それは、お決まりのコースの1つである某公園だ。そして、ここに隣接している工場の社員の方達が実に人なつっこいのである。まるで、『おらが村に30年ぶりの珍客だで〜』とでも言わんばかりに、次から次へと社員が現れては、目線すら合っていない私に、『蝉取りはもっと朝早くにきたほうがいい』『蝉とってどうすんの?』と、どうでもいい話を話しかけてくる。最初は適当に相づちをうって逃げるのだが、親切というか・・・ヒツコイというか・・・人の後をまるで金魚のウンコのようについてくるのである。もしかして、会社以外に友人はいないのだろうか?と思えるほど異常な雰囲気である。元来私は人と話すのが好きなので、見知らぬお婆さんや、おばさんなんかと立ち話に花が咲いてしまうこともしばしばだが、やはり、そういったケースは相互に『ピーン』とくる何かがあるからだと思う。一方的に話しかけてこられても健全なコミュニケーションは成立しないのだが・・・それを説明しなくては気がつかない人には何をどう説明してもダメというものである。しかも、そんな方達は皆さん人の良い善人だったりするので余計に切ない思いをしてしまう。もしかしたら、大昔は、こんな人たちだけで静かに世界は回っていたのかも知れない。そうだと考えれば私だけが変なのだ・・・。
2000/08/04

0194 ●ルール無用の悪党に育てられる子供達
スーパーマーケットやデパートなどの駐車場からの連絡口などでのマナーが欠如している方が実に多いのに閉口してしまう。出る人が優先で、入る人は出る人を待つのが大人のマナーのはず。頭悪そうな今時のお兄ちゃん、お姉ちゃんならイザ知らず、30代の立派な親子連れが父親を先頭に出る人を無視して突進する光景は興醒めでしかない。更に、似たような年代の親子連れで、子供達がスーパーの陳列棚で買いもしない商品を触りまくって玩具にしている光景をとがめることもせず、逆に面白がって一緒に遊んでいる父親と、それを笑って眺めている母親。このどう見ても一流企業戦士のような父親を見た時・・・思わず背後から金属バットで殴りかかろうとしたのは私である。まっ、流石に行動するほど私も馬鹿ではないが、精神的には既に30人ほど血祭りに上げている。こういった馬鹿な親子は観光地にいけば腐るほど発見することが出来る。ゴミを散らかしたまま帰宅したり、灰皿の無い場所の地面でタバコをもみ消したり、野球禁止区域で平気で野球をしたり・・・。悲しいのは、子供達だろう。タイガーマスクの主題歌ではないが、ルール無用の悪党のような行動をする親を、物心つかないうちから手本としてきたのだから・・・その恩義に報いるための金属バットだろうか?。
2000/08/05

0195 ●東京ビッグサイトの21世紀夢の技術展を見て
今日(5日)東京国際展示場(東京ビッグサイト)で明日まで開催されている【21世紀夢の技術展/愛称:ゆめテク】を見てきた。そもそも、この東京ビッグサイトは個人的にはあまり好きな場所ではない。地理的には車で15分もあれば着いてしまうのだが、駐車場の場所が悪く、今日のように灼熱の炎天下の日は悪夢である。また、会場そのものが不親切きわまりない設計ゆえ、よほどの事が無い限り私は足を運ぶことはないのだが・・・例のホンダのロボットなども展示されていたので、ついフラフラと出かけてしまった。さてさて、そんな会場だが、やはり夏休みを当て込んだ家族連れを意識した構成が目立っていた。そういったミエミエの規格はやはりつまらなかった。個人的には住宅会社のリサイクル新建築材や最近流行っているアイボのバチものが面白かった。しかし・・・高速料金と駐車場料金・・・そして入場料金で限りなく5000円に近づいてしまうのには閉口である。そんなにお金払ってまで出かける意味があったのだろうか?と言う私はセコイだろうか。まっ、宇宙人田中太郎の着ぐるみに会えたので良しとしようか・・・なんて考える私は既に熱中病一歩手前かもしれない。冗談はさておき、地味ではあったがね様々な自治体のブースが面白かったように感じた。派手なイベントや展示だけでなく、こういった地味だが確実に動き始めている色々な自治体の現状は見て損はないだろう。
2000/08/06

0196 ●映画ジュブナイルは大人の感受性を計る踏み絵?
今日・・・8月6日、前売り券を購入していたが、諸般の事情でなかなか見るタイミングがなかったジュブナイルをやっとの思いで見てきた。ロボットのテトラのデザインがイマイチ幼稚だという話題が広まっていたが、実際に鑑賞してみると、それは間違いであったと痛感した。なにより、ジュブナイルは、タイトル通りに誰もが通り過ぎて来た夢見る少年期のノスタルジーをSF物語の中に描いた秀作である。決して大作ではないが、見る者に感銘を与える傑作であることは断言出来る。ストーリー性、ロケ地、配役・・・どれもイイ。ご多分にもれず私はラストで泣いてしまった。冒頭に繋がるラストの祐介がイイ。もう最高にイイ。山下達郎の主題歌がとどめを刺してくれたのかもしれない。いや、このジュブナイルのラストで泣くことが出来ない大人は、ぜったいに、誰もが通り過ぎて来た夢見る少年期を体験してこなかった可哀相な人だと私は思う。私はそれを強く感じたと同時に、この傑作に出会うことが出来たことに感謝している。いや、私自身が、誰もが通り過ぎて来た夢見る少年期を過ごしてきたことを証明出来たことが嬉しい。多分この作品は、私がたとえ100歳になった時にあらためて見たとしても新たな発見と感動を与えてくれるはずだ。この作品を見て何も感じない人がいたとしたら、私はその人とは口も聞きたくない心境だ。何やら向かう道を誤ってしまった感のある今の日本だが、まだまだこの作品を見て感銘を受ける大人が大多数であることを信じたい。遠い昔、私たちは、誰もが祐介、秀隆、俊也、岬だったはずだ。私たちそれぞれが、それぞれのジュブナイルを体験して大人になってきたはずだ・・・。必要以上に、いや病的に自虐的教育を子供達に植え付けることを快感と感じている変質的な教育者と似非文化人により、自国を愛することも否定され、未来に対して夢など持てなくなってしまった今の子供達と、かつて大きな夢を抱いていた大人達に是非とも見て欲しい作品だ。子供達がチャレンジする心を失ってしまえば、その国に未来など無い。Juvenile・・・それは今の若き日本人にもっとも欠けている、もっとも大切なメッセージだと私は確信した。Keep your hopes up.
2000/08/07

0197 ●いつもの海岸が今年は変なことに・・・
今日(7日)から暫く自発的夏休みを勝手にとったので、毎年繰り出している下田の某ホテルに出撃した。ここは、いわゆる観光ホテルではなく、普通のホテルであり、しかもホテルの裏口を下ればそのままプライベートビーチというのが気に入って毎年利用している。怪し系の方々が隣室にいたりするようなことが無いのがいい。多少高いが、安全を買ったと思えば安いものである。ただし、朝食バイキングで、焼き海苔の袋を何度もワシ掴みにしては手持ちの袋に押し込めている子供を見て何も注意しない馬鹿親を我慢する必要はあるが、朝から気分が悪くなるのは必至だ。さてさて、初日に現地に到着したのは午後1時頃であった。取りあえず海に向かったのはいいが・・・例年よりも浜辺が汚い。ちょっと異常である。ちょっとゴミ袋をもってゴミ探しをしただけで袋いっぱいに怪しい物が溜まってしまう。まっ、プライベートビーチと言っても柵があるわけではないので、両脇から部外者がワサワサと進入してきては浜辺を汚しているのは仕方のないことだろう。だけど・・・昨年までは遊泳区域でのサーファー行為は確か8時〜17時頃までは御法度であったが、今年はそのルールもなくなってしまったようだ。阿呆なサーファー軍団が幼児が水遊びする海岸でサーファー行為をしているのだから、考えただけでもゾッとする。更に、昨年までは無かったのに、今年はホテル関係者とは無縁の飲食物販売員が闊歩していたのには唖然とした。隣接する飲食店のバイトであることはミエミエだが、このあたりは自衛しないとダメな問題だろう。何もしらない宿泊客は、ホテルの関係者と疑わずにセッセと注文しているようだった。何度も宿泊して、ある程度の情報をつかんでいる私が変なのは言うまでもない。まっ、それは置いて置いて・・・そもそも海岸でビールを販売するって事は・・・ちょっとヤバイ事ではないだろうか? 飲酒水泳は水難事故に繋がるのに・・・なんて言うのはやはり、野暮な事だろうか?
2000/08/08

0198 ●観光地に特有の軽薄な店と店員には騙されない
ホテルに宿泊したからってホテルで夕食するのは詰まらない。というわけで毎年下田まで車を飛ばして適当な店に入って一喜一憂を楽しんでいたが、3年目(4年目かもしれない)となると、流石にある程度の流れが確立されてしまう。私の場合はまず地元の回転寿司だったり、地元の人も利用する穴場の店だったりする。下田駅前の海鮮料理店系は、客引き合戦を繰り返し、店の前を通行するのが辛いほどだ。概して、観光地で客引きしているような店は避けた方が安全というものである。ところで、東京人から見た海水浴場と言えば、湘南、三浦半島、伊豆半島あたりが相場だが、湘南も三浦も既に海は汚染され、とても無条件で泳げるような状況ではないらしい。かと言って伊豆半島がいいかというと・・・それも危なくなりつつあるようだ。そもそも伊豆半島は熱海などに代表されるようにもともとあった砂浜を埋め立ててしまったところが多く・・・今になって人工の浜辺を作成するなど悪戦苦闘していることろが多いそうだ。でも、一度破壊してしまった自然は取り戻すことが出来ない。浜辺がかりに人工で完成しても、景色が都会のようでは、なにか興醒めの世界のような気がする。更に、多くの観光ホテル、観光旅館系は客は一過性と割り切った顧客対策を永年行ってきたツケが今になって現れているようだ。超大手の観光ホテルですら顧客サービスは最低だそうである。民宿系も若者に敬遠されつつあるようだ。いつまでも代々受け継がれてきた観光地の定番というものが通用するはずもないのである。常に新しい世代の感覚が世の中を動かしているからである。大人の常識や価値観は、いつの時代も若者には受け入れられないのである。
2000/08/09

0199 ●今年の日焼け対策は完璧?
夏場の海となったら日焼けがつきものだ。しかし、日焼けが健康に良いと思われていたのは四半世紀も前の話であり、かりに人工的に赤外線等で日焼けを行っても、日焼けという事じたいが非健康的な行為であり、場合によっては皮膚障害や皮膚癌となることも少なくない。というわけで、もともと肌の弱い私は夏場は日焼け止めクリームが手放せない。もし、うっかり日焼け止めをしないでプールや海に出かけたら、まず半日で私は寝ることも出来ないほど全身が日焼け・・・いや火傷してしまう。ただし、世の中には完全ということはあり得ないので、日焼け止めクリームも万全とは言えない。そこで、海の場合は、出来るだけ肌を隠すような出で立ちとなるようにしている。水着は長めで、大きめのTシャツを着て帽子とサングラスを着用・・・ほとんど変なおじさんである。更にビーチパラソルを2つ持参して、巧みに組み合わせて遊泳以外の時は出来るだけ直射日光に当たらないようにしている。そこまでして何で海に行く?と言われてしまうと返すことばが無いが・・・それでも、日焼けは避けられない。しかし、3日間ほぼ毎日6時間以上炎天下にいたわりには日焼けは微量でであった。ただし、それも海の場合であり、これがプールとなると話は違ってくる。なによりプールでは日焼け止め等のクリーム類を塗っての遊泳は禁止である。下手をすると2時間ほどのプール遊びで悪夢の日々を迎えなくてはならない場合も少なくない。人間、時代とともに新しい知識と科学を学習するが・・・知らなかった昔のほうが案外面白い世界であり、生活であったのではないだろうか?
2000/08/10

0200 ●ご無沙汰の夏山
夏山と言っても、単なるキャンプあるいは、ペンションで夏の山の息吹を味わうといった程度の事なのだが、一昨年の台風の時に那須でとんでもない事になり、命からがら帰ってきたのだが・・・それ以来夏に山へ出かけることが無くなってしまった。別に避けているわけではないのだが、気がつけば結果的にそんな状態となっていた。そもそも私は海よりも山の方が好きだったりするのだが、今年はちょっと異変が起きている。あることで突如、山よりも海かな?という心境の変化が起きてしまった。じゃ、そのある事とは何なのか?という突っ込みが入りそうだが、それは、また次回のお楽しみということにしたい。ネタは小出しが一番である。まっ、どちらが好きか嫌いか?というのは比較した場合の話であり、基本的にはどちらも好きである。問題は夏場中遊んでいられないし・・・遊び狂うほど財力もないということなのだが・・・。でも、やはり、私にとって定番の那須は今年はなんとしても出かけたいと画策している最中である。こんなことを書くと、那須に別荘でももっているように勘違いする方はいないだろうか? 私は別荘など持つほどリッチではない。あくまで普通のペンションを借りるというわけである。ペンションと言っても、民宿のようなものである。ただし、絶対に外したいのは、山や高原の宿の夕食に刺身なんか出すところである。山の幸を見繕えないようなセンスのない宿はごめんだ。昨今は、どこにでもコンピニが乱立しているので、どこでも日本中、基本的になんでも手に入るようになってしまったが、だからこそもその土地でしか見ることの出来ない、味わうことの出来ないものに接したいと旅人は足を運ぶのではないだろうか?
2000/08/11

0201 ●観光地のボッタクリ商法には閉口
下田の海へ出かけるのに車を利用しているがせ、ガソリン満タンでは往復は出来ない。結果として、帰りは伊豆半島のどこかでガソリンを給油しなくてはならないのだが・・・見事にどのガソリンスタンドも料金を明示していない。要は・・・ナンバープレートで足下を見ているのである。品川ナンバーの私は格好の餌食だ。東京で95円前後なのに、下田〜熱海間では、概ね120円前後ぼったくられてしまう。今度から、ダミーの沼津ナンバーでも用意しておいたほうがいいだろうか? まっ、それはもちろん冗談だが、こういった些細なことも、結果として観光地が馬鹿にされる要因であることは多くの友人の話からも、私は否定出来ない。観光地であること、山林であることなどで、通常よりも割高となってしまうことは悪いことではない。問題なのは価格が明記されていないことである。寿司屋に入ると値段が明示されていないために、ビクビクしながら注文するという話わすれば皆さん理解してもらえるだろう。あの寿司屋の料金体系は、同一のものを注文しても客によって料金を変えているそうだ。だから、回転寿司が流行るのだろう。私自身も、食べるネタの順番まで強要される寿司屋より回転寿司のお気軽さが好きである。さてさて、話が脱線してしまったが、観光地は、観光客が再来してくれるような雰囲気づくりを心がければ、活路は開けるのではないだろうか? 観光客の立場としては、再来したいような場所が年々少なくなっているような気がしてならない。
2000/08/12

0202 ●筆記用具は太めがイイ?
最近、出来る限りメモを取るように心がけている私は、実は筆記用具に拘る変質的な側面もあり、ちょっと困った事が時々発生してしまう。お気に入りの筆記具が無いと次に勧めないというアレである。メモするための用紙なら、代用品も含めて探せばどこにでもあるが、お気に入りの筆記具となると、そう簡単には見つからない。それが市販品であったとしてもである。そんな私が最近愛用しているのが、ペンテルのプラマンという500円(もしかしたら1000円だったかも)ほどのカートリッジ交換方式の万年筆である。面白いのはカートリッジにペン先が着いているので、ある意味で全交換に近いじょぅたいとなる。書き心地はラフな感じで実によい。結果、黒/青/緑/赤の4本を使い分けている。最近ボールペンも1mmぐらいの極太を使うようになったためか?ラフな書き心地の筆記具が妙に気に入っている。細い筆記具はそれなりに便利だが、やはりメモをするような使い方では太いほうが有利だろう。私自身が、メモは出来るだけ大きく書き込むという癖から来るのかもしれない。そして・・・決定的な理由は、数年前に作成したオリジナル便箋とのベストマッチということも影響している。この便箋は100枚綴りがあと10セットほど残っており、まだまだ使い切れていない。kaizu.comを取得する前に作成したもので、刷り込んであるアドレスも当然ながらkaizu.comではない。だから、早く使い込んでしまい、新しいモノを作成したいのだが・・・かと言ってぞんざいに使うのは便箋に対して失礼である。
2000/08/13

0203 ●健康食品ブームの光と影
不健康な現代人が求めるからか、健康食品ブームは後を絶たない。やれ、バナナが癌に効くとか、お茶が成人病を予防するとか・・・全ての情報を守っていたら、24時間何かを食べ続けなくては成らなくなってしまう。さて、健康に気を使うことは良いことだ。だからと言ってメディアの情報をストレートに信じてしまっていいのだろうか?  確かにバナナは癌の効くことは証明されている。しかし、それは、無農薬栽培などで、一切汚染されていないバナナを食べた場合の話である。お茶も同様だ。茶摘みの時には茶畑一面が緑色だと信じている方も多いようだが、さにあらず農薬により一面雪でも降ったような銀世界なのである。お茶が成人病に効いていたのは農薬など使われていなかった頃の話であり、今や、農作物本来の栄養や様々な秘められたパワーも、まともに体内で機能していないそうだ。高額だが、一部で低農薬などの農産物を 販売しているところがあるが・・・それらを食べている人がタバコを吸っていたとしても、普通のスーパーで販売されている農作物を食べている人は、タバコを吸っていなくても前者には健康面で敵わないという報告もあるようだ。もちろん極端な話であるが、我々は一般販売されている食品をもう少し疑ってもいいのではないだろうか? 結局は、まっすぐな胡瓜、白い大根、土の付いていない芋でないと買わないという間違った感覚を身につけてしまった現代人そのものが淘汰されはじめているのかもしれない。多少の虫がついているぐらいの食品のほうが安全だという意識はどこにいってしまったのだろうか? 虫も寄りつかないほど危ない食品を喜んで買っている光景を第三者的に見てみるといいだろう。
2000/08/14

0204 ●ドン詰まりの夏休み返し?
夏休みをこっそり先週まとめて取った影響がおもいっきり出てしまった。もう頭の中が爆発寸前である。そんなわけで運動不足も極限状態・・・だから毎日朝7時頃にひとっ走りしていたりする。そのあまりに健康的な生活のためか?最近は妙に早く眠たくなる。考えてみれば徹夜という行為は、フリーにとっては当然のような風潮となるが、てつやを すれば朝は遅くなる。つまり、起床時間がズレるだけで何もかわっていないのである。であれば、健康的な生活をしたほうがイイに決まっているが、やはり、なにかのキッカケがないと、この健康的な生活というのには目覚めない。わだまだ若いし〜と30代までは無茶をする。30代なら、その無茶も通ってしまう。と、そんな話を思い出していたら、独身願望ではないのに、まっ、30代は独身でも・・・と気がついたら50代になっていた・・・という笑えない話を思い出した。まっ、何歳で結構しようが、一生独身でいようが、それは個人の自由であり、他人がトヤカク言う問題ではない。要するに大きなオセワの世界である。さて、話を健康モードに戻すと、この糞忙しい時に健康的な生活習慣となってしまったことが妙に滑稽だが、まっ、それもいいんじゃないかと、素直に受け入れてしまった。11時頃に自然な睡魔が襲ってくる快感は何十年ぶりの事だろうか? やはり、これはとても気持ちの良い世界である。そして、朝は6時頃に目覚める。健康的なデザイナー、イラストレーターというのはね何か相反する行為のようだが、実際に私の知り合いでもこの健康的な生活を続けている方もいる。朝の涼しい時間に頭がすっきりしているというのは本当に気持ちが良い。さてさて、いつまでこの健康的な生活がつづくのやら・・・。
2000/08/15

0205 ●東京近郊の海水浴場は死滅の一途
先週の海水浴でテンションが上がってしまったが、どうも、色々な話を聞くと、東京近郊の海水浴場というのは年々人が少なくなっているのだそうである。結局は、同予算で海外で海水浴を楽しむことが出来る。あるいは沖縄などに飛ぶということが当たり前となってしまったからだそうだ。考えてみれば一般的な国内旅行が斜陽なのは周知の事実だが、それと同様に海水浴も国内は敬遠されているのだそうだ。出費が同じであれば、より綺麗な海で泳ぎたいというのは人情である。大昔、お金の無かった学生の私は、友人とテントを担いで伊豆の敷根島にキャンプにいったことがあった。小さい入り江で素潜り5mぐらいで大きな蟹を見ることが出来た。今の敷根島は知らないが、当時は透き通るような海で、水面から5m下の海の底に何がいるのかが見えたものだった。やはり、この位綺麗な海が手頃な価格で体験出来るとなれば、薄汚い海など見向きもされないだろう。遊泳しているとビニール袋やペットボトルが手足に当たるような海と、透き通海の中を熱帯魚が泳ぐ海と、どちらがいいか?なんて幼稚園児でも解るというものである。結局、日本の観光地は、高度成長時代にせっせと通ったおじさん、おばさん達の団体で出かけて世界?のショーを大宴会場で見る・・・というものだけになってしまうのだろうか? なんだか情けないやら悲しいやらである。
2000/08/16

0206 ●スチュアート・リトルにウットリ
ちょっとした偶然が重なり、映画【スチュアート・リトル】を見た。どこかのBBSで、内容は小学校低学年以下で見るに耐えられないといった批判が書き込まれていたが、私にはそんな感触はありませんでした。いや、そんなことは無かったと言う私が小学校低学年以下の感性しかないのかもしれない。それはそれで私は否定しないが、この映画をまっこうから駄作で最低と批判する方がいるとしたら、その方は人生において本当に大切なものが何か?を既に忘れてしまった可哀相な方だと私は感じてしまう。言い過ぎだろうか? さて、大変気に入ってしまったこの映画は、登場人物も実に細かいところまで作り込まれているし、なにより、古き良き時代のディズニー映画を見ているような気分になった。また、SFXは、3D画像のスチューアートと実写の猫のやりとりがあまりにも自然すぎて、本当にスチュアートが実在するような錯覚を受けた。特に、リトル家にいるチンチラのスノーベルの演技は圧巻だ。カタログによると、5匹のチンチンラがカットごとに得意の演技を行っているそうだ。映像ではその5匹の識別が出来なかった。私は、DVDが出たら迷わず購入してしまうだろう。さて、これから【スチュアート・リトル】を見たいと思う方がいたら、迷わず字幕スーパー版がお勧めだ。なんてったって、スチュアートの声を、あのマイケル・J・フォックスが行っているからだ。作品は小粒であり、決して大作スペクタクル映画ではないが、こういった映画に出会えることは何歳になっても感激してしまう。
2000/08/17

0207 ●多摩川で自主的花火大会
今年に入って花火を行っていないことに気がついた。いや、別に花火などしなくても生きてはいけるが、やはり風情というものは必要だ。というわけで、花火を楽しむほどの庭もない私は、車で多摩川の旧巨人軍グラウンドあたりまで出かけた。さて、車で出かけるにはワケがある。近くに花火を行う場所がないことも理由だが、実は、帰りのゴミ拾いが大変だからだ。まず花火を行うためには、水をはったバケツを用意しなくてはならない。燃えかすを消すのが目的だ。そして種火用の特殊蝋燭(虫除けの薬が含まれている蝋燭で、小型のバケツに収まっている)と大型ライター・・・。これらを運ぶわけだがね大抵帰りは持参した花火の数倍のゴミを拾ってくることになる。要は、赤の他人の花火のゴミを拾ってくるわけである。別にボランティアをしているわけではないが、目に付いたところだけでも拾ってくるのがマナーだろうという理由だけである。こう書くと、明後日な兄ちゃん、姉ちゃん達の花火のゴミと思われる方も多いだろう。でも、そうではないのである。多摩川の土手でバーベキューをしながら花火をし、それらのゴミをそのままその場所に放置するのは圧倒的に家族連れなのである。いやはや、またまた愚痴っぽくなってしまった。話を花火に戻そう。私の持っていった花火には打ち上げ花火は含まれていない。打ち上げ花火は特殊な場合を除いて都内ではまず実行不可能である。火事のもとになるからだ。だから、手持ち形式の花火と、所謂ドラゴン形式に限られてしまう。ちょっと寂しいが、やはりルールを守らなくて入れない。だけど・・・そんな私も車は路上ではないものの、駐車禁止区域に止めなくてはならない。これは説明すると長くなるので省略するが、東京の端にあたる、この多摩川沿いは、ちょっと不思議(理解に苦しむようなという意味)な場所がスポット的にある。
2000/08/18

0208 ●肉桂飴に凝る
最近、肉桂(ニッキ)飴に凝っている。聞けば、風邪のひき始めに効果(風邪、発熱、頭痛などを緩和する作用がある)があるようだ。風邪のひき始めというと【たまご酒】が定番だが。私はこの【たまご酒】が苦手だ。苦手というより気分が悪くなる。始めて飲んだ時に、あまりに気分が悪くて突然頭痛に悩まされたことを思い出した。さて、この肉桂飴の肉桂だが、日本ばかりでなく、中国やスリランカなどで薬膳料理として愛用されていたそうだ。そんなコトは最近知った私であるが、それには関係なく中学の頃から、この肉桂の樹皮から作る香料であるシナモンをが大好きであった。一番のお気に入りは、インデアンパン(メーカーを忘れてしまったが、確かキムラヤ?)と言うシナモンを含んだブドウパンだったが、どうしたわけか15年ほど前から店頭で見ることが無い。もしかしたら、私の行動範囲内だけで消滅したのかもしれない。結局和主はこのインブアンパンを15年も食べていないが、絶妙な味は今でも忘れていない。考えすぎだとは思うが、もしかしたら製品名が差別的とかで御法度になってしまったのだろうか? 名称などどうでもいいから、再発売してもらいたい。もし可能性が無いなら自分で作るのもいいかもしれない。パン屋さんというのは実はコッソリ憧れている職業だからだ。
2000/08/19

0209 ●シンメイショオダイバ?
お台場(オダイバ)と言えば湾岸新名所である。東京者(突然出来たような場所なので知らない東京人もいたりする)なら、13号埋立地と言えば通じる場所だ。フジテレビ本社のある場所と言ったほうが今風?かもしれない。今日は仕事で、ここに車で出かけたが、出かけるごとにココは風景が変わるかの変貌ぶりだ。もともと海であったところを埋め立てて開発しようとした場所なので、当然だが、あと5年もしたら、いったいどうなってしまうのだろうか。ここ13号埋立地には、船の科学館がある。実は、その少し先の某公園が私のローラーブレードの練習場だったりするが、ソレってとうでもイイ話だ(失礼)。さて、このお台場だが、今では本当に東京の新名所となり、ハトバスのコースにもなっているらしい。実は、大昔に密かにこのハトバスツアーなるものに挑戦したくてウズウズしていたりする。ちょっとお上りさんの気分になるのも面白いかも知れない。だが・・・なかなか、そのタイミングとチャンスが訪れずにダラダラと今に至っている。こんな馬鹿なコトを考えている私って・・・やっぱり少し変だろうか?
2000/08/20

0210 ●美容院は今が夏休み
流石に2ケ月も髪を切っていなかったので、打ち合わせの合間に散髪に出かけた。ただし、散髪と言っても私は美容院派なので、いわゆる床屋ではない。この話は前にアップした気がするので省略するが、要は幼児期のバリカンに対する嫌悪感が引き金になっている。さて、予約を入れておいたので予定通りにカットが始まったが、見渡すと、異常に店の中が静かである。聞けば、この時期は客が少ないので休暇を取るスタッフが多いのだそうだ。夏休みで美容院が込むのは、初めと終わりだけだそうである。夏休みの終わりは、染めた髪の毛を二学期に合わせて元に戻すといった高校生が多いのだとか。戻すだけ真面目なのかもしれれない・・・なんて天の邪鬼な発想をする私は不謹慎だろうか。思えば、今年の海では、流行の山姥娘ばかりが目立ったが・・・彼女たちも夏休みが終われば普通の?高校生に戻るのだろうか? こんなことを想像するとなんとなく笑い転げてしまう。そうそう・・・話を美容院に戻すが、私は美容院でチャパツにしているわけではない。やはり日本人は黒髪だが、やはり少し茶色ぐらいのほうが、軽く見えて好きだ。でも、それって自分がやる場合だと話は違ってくる。一度はチャパツも面白いかも知れないと考えていたりするのだが、もうそんな勇気はなかったりする。でも・・・突然狂ったようにチャパツ・・・いやいや・・・いっそのことキンパツ?も面白いかも。でも、きっと知り合いからの罵声攻撃に数日で耐えられずに元に戻すのは火を見るよりも明らかだろう。
2000/08/21

0211 ●なかなか壊れないMade in Japan
仕事部屋でビデオ再生などに利用している旧式のテレビの中止が悪くなってきた。既に15年ほど利用しているのでリモコンも紛失してしまい既に無い。つまり、リモコンが無いので細かい調整も出来ない単なるモニターのようなテレビである。だから、画面右上に表示される【ビデオ】といった文字を 消すことも出来ずに不自由な日々を送っていたが、これで晴れて新型を購入出きると喜んでいると決まって・・・調子が良くなったりする。まったく困ったものだ。もちろん使える(普通に映る)のであれば、どんなに古くても使うのだが、突然暗くなったり、カラーバランスが豹変したりするようでは使い物にならない。でも、なかなか壊れない。今度買う時はビデオデッキ内蔵型の小型テレビにしようと計画していたが、それよりもデジタル放送対応版で小型の安いのがあればいいのだが・・・いや、もうちょっと待ってDVDドライブとビデオデッキが合体したようなものが出るといいな〜と思っていたりするが、今年中に発売ということは多分ないだろう。そもそも、ビデオデッキ自体が数年後にはかつてのβ形式のビデオデッキのような運命を迎えるのかも知れない。いまのうちにセッセとDVカセットにダビングしておいたほうがいいかもしれない・・・と思うと、突然憂鬱な気分になる。
2000/08/22

0212 ●Adobe Ride on Web! / Conference & Seminar
本日(22日)ホテルパシフィックで行われた表題のイベントに参加してきました。ただし、諸般の事情でGoLiveのセミナーしか参加出来なかったのが残念でした。色々な方にお会い出来たのは収穫でしたが、米国Adobe本社の社長と、アドビジャパンの社長と懇談することが出来たのは収穫でした。もっとも、たいした話は当然ながらしていませんが・・・。それよりも何よりも、意外な方と多く再会出来たのには驚きすら感じました。もちろん、これは最後のパーティー会場での話です。そう言えば、メーカー主催のコンファレンスやハンズオンセミナーなどで、参加を拒否された経験が私にはあります。イニシャルだけでもバレバレなので、あえてメーカー名は伏せますが、私としては純粋にそのメーカーの問題のソフトの使い勝手を真剣に学ぼうと申込みをしたのですが・・・どうも、冗談で申し込んだと勘違いされてしまったようです。『今回はビギナーの方のためのセミナーですのでお控えいただければ幸いです』という返事が届いた。名前だけでなにか大きな勘違いをされてしまったようだ。ちょっと悲しくなってしまった。私は、そのソフトに関しては完全にビギナーなのである。しかし、その後も同メーカーからは他のソフトに関係したセミナーなどの申込みを促すメールやDMは相変わらず大量に届く。そして、それだけが原因ではないのだが、私はそのメーカーのソフトをあまり使わなくなってしまった。使えれば便利なことは解っているが、向学心を拒否されてしまっては・・・そのままそのメーカーに対する不信感に繋がってしまうというものだが・・・それって変なコトだろうか?
2000/08/23

0213 ●AIBOが帰った日
コラム81番で書いているAIBOを正規の飼い主に戻した。あまりに長い間お借りしていたので妙な親近感が沸いてしまった。不思議なものだ。さて、このAIBOだが、専門の病院というのがあるそうだ。ハードウェア的な修理という意味ではなく、飼い主の言う通りに動かないことへ飼い主が不満を述べて訪れる・・・という一種カウンセリング的な病院のようだ。面白いことに、訪れる人々はほとんどが独身の方だそうだ。生身の動物では買うのが面倒だが、ロボットなら遊びたい時だけ遊べるという部分が便利とか。だとしたら、かれらは永遠に結婚も、子供を作ることも出来ないだろう。いや・・・本当の意味の友人すら居ないのではないだろうか? 世の中、自分の思うとおりに動く・行動する生物など居ないからだ。もし、本当にそういった方達だけにAIBOのようなロボットペットが支持されているとしたら興醒めしてしまうが、それは案外当たっているようだ。そして、彼らはきっとAIBOを買うまでに、様々なペットを購入しては飽きて捨てるということを繰り返していたのではないだろうか? 各社ロボットペットの研究に余念がないようだ。近々AIBOにぬいぐるみを被せて、よりリアルな外見をもったロボット犬や猫が登場するそうだ。これっと本当に手放しで喜んでいいものだろうか? アンドリュー型ロボットはまだまだ先の話である。何はともあれ長い間ありがとうございました。
2000/08/24

0214 ●日本茶ブームの次は?
始めに缶入りウーロン茶が発売された時、多くの保守的なメーカーは、その行為を罵倒したが、結果としてウーケン茶缶のブームが起きた。その後、麦茶、グリーン茶とブームは移り変わった。聞けば缶入り飲料というのは、コーヒーがダントツ人気のようだが、最近は、いや夏場はお茶系も十分に検討しているらしい。逆に人気にかげりのあるのは炭酸系だとか。それはさておき、健康飲料としてのお茶の様々な効能につられてお茶の缶のボタンをつい押してしまった方も多いだろう。私もそうである。いや、アルカリ飲料と称してアイスコーヒーに付いてくるようなガムシロップ10杯分の糖分を含んでいるようなドリンクを飲むくらいなら、お茶が安全というモノである。でも、中には二度と飲みたくないような不味くて怪しい・・・聞いたこともないお茶に出くわすことがある。もし、CFなどで気になる新製品のお茶があるとしたら、迷わずコンビニで買うことをお勧めする。もちろん安い店で買うためのリサーチに利用してもいいだろう。それもCFを見て10日ほど我慢してがベストだ。何故なら、コンビニでは売れない商品は二度と置かないからである。つまり、コンビニに売られている商品は定番として人気が不動のものだけだからである。
2000/08/25

0215 ●コンビニはゴミ捨て場ではないはずだが・・・
いつものように近所を散歩してコンビニにさしかかった頃、突然急停車した車の中から夫婦らしき二人が家庭ゴミ?のようなものょをもって現れ、コンビニの前に配置してあるゴミ箱にそれを強引に押し込んだかと思うと、そのまま車に戻って逃げるように消えてしまった。恐らく車内のゴミを始末しにきたのだろう。確かにコンビニの前にはゴミ箱がある。だけど、あれば店頭にある缶ジュースや、買い物の時に発生したちょっとしたゴミなどを入れる為のものであって、車内のゴミを始末する場所ではないはずだ。コンビニや、かつて車のゴミを引き受けることをサービスとしていたガソリンスタンドも、今では事業ゴミとして、ゴミにお金を払っている。思い出せば、近所の公園のゴミ箱は、いつも家庭ゴミで溢れている。流石に川にゴミを捨てる人は少なくなったが・・・結局は、脳天気な方がまだまだ多いということなのだろうか? 例えば車の中から吸い殻などを捨てたら懲役10年ぐらいになれば、少しは日本も綺麗になるのかもしれない?なんて考えちゃうのは不謹慎だろうか?
2000/08/26

0216 ●一週間は日曜日からにしてほしい
最近、月曜日が一番左に配置されているカレンダーを見かけるようになった。長年の習慣で、ほぼ100%の確立でこのカレンダーを見ると勘違いしてしまう。一番左は日曜でなければ私はダメな人である。これってなんだか、銀行のATM自動現金支払機の50音順に並べられたキーボードの世界みたいな気がしてしまう。絶対にアレはJIS配列であるべきだ(個人的にはJIS配列は嫌いだが)。さて、カレンダーと言えば、前にも触れたかもしれないが、一部の祭日の日付が年ごとに変わるというなんともフザケタ仕組みに突然変更されているのを知っている人は意外と少ないようだ。私も今年のカレンダーの仕事を昨年行った時に大混乱したことを思い出した。変えてはいけないものというのは絶対にアルと思うのだが・・・。それとも私が年寄りの融通の利かない頭となってしまったのだろうか? でも、老若男女全てが共有する情報は安易に変更しちゃまずいと私は思う。安易に変更しちゃうから感謝の気持ちも薄れてしまうのではないだろうか・・・って。
2000/08/27

0217 ●大安吉日の妄想
今日(28日)は大安である。実は個人的にはまったく興味がなかったので、つい調べてしまった。ところで、大安と言えば結婚式だろう。まず仏滅に結婚式を行う方は極端に少ないはずだ・・・と言うより日本では居ないかもしれない。つまり、ほとんどの既婚者は大安あるいは、それに準ずる日に挙式を上げている。にも関わらず離婚率が高いのはどうしてだろうか?・・・と素直に考えてしまう。世の中には、このように様々なゲンカツギというものがある。最近流行の風水などもその類かもしれない。実は、私が母親の胎内にいた頃、近所にあった某宗教団体(大学まであるのだから驚きだ)の関係者が周到に訪れては、入信しないと五体満足な子には恵まれないとか、事故に遭う等と脅かされたそうだ。気丈な母ではあったが、状況的にナーバスな状態であり、ついつい相手のペースに填りそうになったそうだ。祖父が『あの教団に全ての日本人が入信しているわけではない。下らないことは忘れるように。』と助言してくれたことで、その教団に入信しなくて済んだそうだ。結果として頭の悪い私が生まれてしまったのは、その教団に入信しなかったからだろうか? 縁起というものを全ては否定しないが、それを利用して第三者を脅かすようなものは本物ではないような気がしてならない。
2000/08/28

0218 ●現実とバーチャルの狭間の伝統
自由が丘で、63×90×17mm(内寸49×75×10mm)の霧の箱に硯、墨、折り畳んだ筆が長まっった書道具という小粋なセットを衝動買いした。一応、硯は天然石だそうだ。持ち歩いてもいいが、硯を使ってなにかを書くなんてことはまずないので途方に暮れてしまう。でも、兎に角カワイイ。実は、もうちょっと大きなサイズの硯や墨は既にもっているのだが、なかなか筆でなにかを描いたり、書をしたためるということは敷居が高くなっている。実生活では縁遠いものとなってしまったからだろう。巧い下手は別として本当は書道が好きだったりするが、現代日本では、この伝統的な書道は既にバーチャル世界のようなものになりつつある。これでいいのだろうか?という気持ちがないわけではないが、やはり現実的ではないだろう。フローリングの部屋に人気が集まり、畳の部屋が敬遠されたのと似ている。畳の部屋には家具は配置出来ないからだ。結果として洋式の生活をしている今の日本人にとって和式の生活美?というものは既に骨董の世界となっていると言っても過言ではないだろう。実は私の父は表具師であり、屏風や掛け軸を扱っているが、今の世の中、それらを飾る部屋のある家を探すのは至難の業である。あと20年もしたら和室を持っているということは究極のお金持ちだけの贅沢となるかもしれない。
2000/08/29

0219 ●行方不明の物差しを探す
私は、完全なデジタル処理に移行して既に8年ぐらいたつだろうか? その結果ねあれほど拘っていたアナログ時代の道具・・・とりわけ定規やコンパス、カッターナイフ、ピンセットに当然ながら無頓着になってしまった。それはそれで仕方のないことだが、時々定規が必要になった時、カッターナイフが必要だ〜という時に限って手元に無いのである。いったい何処にしまってしまったのだろうか? 少なくとも同一のものを2セットは用意していたはずなのに・・・。しかも棄てては居ないはずだが・・・と<いつも探し回るのに数時間かかってしまう。仕事部屋が狭いという問題も手伝っているが、それだけではないだろう。人間ってじょぅじ必要な道具というものは、適当にぶん投げておいてあっても、頭の中で瞬時にその場所を探すことが出来るはずだ。でも、一度でも常用道具としての地位を奪われてしまった道具は、どんなに整理整頓された場所に収まっていても記憶の中から消えてしまうのではないだろうか? しかし、アナログ時代当時には道具は高いものだと諦めていたが、今となってはソフトウェアの価格からしたらあまりにも安い一生モノの道具に、ただただ脱帽するばかりである。
2000/08/30

0220 ●泳ぎ納め?というのも変だが・・・
取りあえず夏休み最後の日となった。聞けば近所の公営プールでは9月は前面休業とか。実はこのプールはほぼ1年中泳げる施設なのである。当然冬は温水で、4つあるプールのうち2つは屋内になるように天井がスライドするような設計となっている。まっ、いままで冬場にプールに出かけたことはないが、なんとなく今年の冬はプールへ・・・と計画している。さて、それは置いて置いて、取りあえず意味もなくプールに出かけ・・・手足が動かなくなるまで泳ぎ狂ってきた。25mプールを少なくとも15往復ぐらいしただろうか? 流石に日頃の運動不足がたたって・・・ついにはプールの中で仁王立ちとなってしまった。ちょっと情けない私である。しかし、もうこれ以上は泳げない・・・と、ここまでは取るに足らない話だが・・・突然の過激なスポーツは数時間経過・・・あるいは翌日にシワヨセが確実に来る。一歩間違えると一日寝たきりとなったりすることもある。実は学生の頃、突然の無謀な運動行為で一度コレを経験している。まっ、一応息切れはしていないので・・・良しとするべきだろうか? やはり、どんな仕事でも体力の低下は仕事に支障が出るというものである。ただし、徹夜に耐えられる基礎体力というのは当然ながら筋違いである。
2000/08/31





このコラムは私自身の体験等を整理したもので、内容を推奨・保証するものではありません。


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